Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『映画なしでは生きられない』(真魚八重子)

映画なしでは生きられない

映画なしでは生きられない


 真魚八重子さんの評論集『映画なしでは生きられない』(2016年)。真魚さんの文章、特に古い邦画(ロマンポルノ)やユーロ・ホラーについての文章が好きで、以前よりブログ(「アヌトパンナ・アニルッダ」)を愛読しておりました。本書は『映画系女子がゆく!』に続く真魚さん二冊目の評論集。あとがきには「映画なしでは生きられない」という本書のタイトルについて、陰気な性格からして「映画があれば生きていける!」というポジティブな言葉は言えないので、ネガティブな自分の精一杯の言葉として選択されたものだ、というようなことが書かれていた。本書は「基本的に生きる姿勢が暗いです」なんてことも。


 本書で採り上げられている映画は『マッドマックス怒りのデス・ロード』から、スピルバーグジョニー・トービリー・ワイルダーファスビンダー、ホン・サンス、ウェス・アンダーソン、邦画も三隅研次成瀬巳喜男木下惠介野村芳太郎黒沢清、と多岐に渡っている。


 第7章「憧れの女子寮生活(殺人鬼込み)」、第18章「少女の人殺し」、第19章「野村芳太郎の奇妙な映画」等で、ホラーの場面描写になるとちょっと筆が滑っちゃったかのように生き生きする文章が味わい深い。また、世間ではいわゆる「巨匠」扱いのビリー・ワイルダー(第8章「巨匠でいいのか?! ビリー・ワイルダーのいびつなセックス観」)、成瀬巳喜男(第14章「モラハラを描いた巨匠 成瀬巳喜男」)の率直な指摘も的を得ているなあと。


 に、しても。「映画なしでは生きられない」というこのタイトル。これは、冗談でも気取りでも何でも無い、真剣な言葉なのだろうと思う。映画を見ることで今日を生き延びて、とりあえず明日、もう一本映画を見よう、という一節には泣けた。終盤の2章、第22章「あなたのことをわかってあげられるのはわたしだけだし、わたしを理解してくれるのは、この世にあなたしかいない」、第23章「生きていたくない人へ」は、本書のタイトルに直結する部分であり、映画を単なる暇つぶし以上の何かとして感じたことのある人なら必読。