☆ ラ・フェラーリ アペルタが名称も公表する前に完売したのは、独立を果たしたフェラーリブランドの戦略に他ならない!!


AUTOGESPOT / Ferrari LaFerrari Aperta


正式な発表を前に予約完売したスーパーカー


 フェラーリといえば新車なら安くても2500万円以上の値がつく、まさに「キング・オブ・スーパーカー」だ。その最高峰モデルの異例ともいえる販売手法が話題になっている。2013年にフェラーリ初の市販ハイブリッド車(HV)として登場した「ラ・フェラーリ」に今秋、追加されるオープンモデルである。


 ラ・フェラーリは6262cc・V型12気筒の大排気量エンジンと高出力モーターの組み合わせによって最大963馬力(エンジン800馬力+モーター163馬力)、同トルク900Nm以上というとてつもないパワーをたたき出す。F1マシンと同じ工程で造られたというカーボンモノコックボディの採用など、まさに技術の粋を極めたモデルだ。2013年に499台限定で発売され、即時完売となった。


 そのラ・フェラーリのクーペボディをベースにしたオープンモデルが世界で初公表されるのは今年9月下旬にフランスで開かれるパリ・モーターショー。ところがそれを待たずして、フェラーリからこんな文面のプレスリリースが送られてきた。


 「2016 年7 月5 日マラネッロ発 ラ・フェラーリのオープン・トップ・バージョンの画像が初公開されました。この特別限定車は、スーパースポーツカーの性能とともに爽快なオープントップドライビングを楽しみたいお客様に向けてつくられました。ネーミングや仕様、生産台数はパリ・モーターショーでの発表となりますが、特別限定生産となるこの車輌は、クライアント向けプレビューの後、すべて予約完売となっています」


 つまり、ラ・フェラーリのオープンはクルマの正式な発表を前にして、実物の写真や価格などの詳細な情報が極秘のうちに重要顧客に案内され、完売したというワケである。一般向けには販売されることもなかった。車両価格や限定台数は現時点で明らかになっていないが、オリジナルのラ・フェラーリが約1億6000万円なのに対して、オープンモデルは2億円近く、限定数十台規模になりそうだという観測が出ている。


 このラ・フェラーリのオープンを購入した顧客は上得意客ばかりだろうし、ベースとなったラ・フェラーリのクーペモデルを所有する超富裕層オーナーも少なからずいると考えられる。一般人からすれば、なぜ基本的なメカニズムやスタイルが同じで、単に屋根のないモデルを買い足すために2億円近くもの大金を支払うのかは理解しがたい。


フェラーリブランドに対する忠誠心


 しかし、これこそがフェラーリブランドに対する忠誠心なのだ。この限定モデルを購入できるということでフェラーリから重要顧客として扱われていることを誇示できるし、何より、次期モデルも優先的に案内される。


 それにしても、フェラーリが特殊な少量生産のうえ、すでに完売御礼となっているラ・フェラーリのオープンモデルをわざわざモーターショーに出展するなど、存在を広くアピールして、高いコストを費す理由はどこにあるのか。


 ひとつの答えは絶妙なブランド戦略にある。写真を見せただけで特別仕様車を買ってくれた優良顧客の「忠誠心」に敬意を払い、それほど忠実な顧客が世界中に存在するということをアピールし、フェラーリというブランドの価値をさらに高める狙いだ。


 それだけではない。2月7日配信の『フェラーリの「独立」は何を意味しているのか』でも解説したように、フェラーリフィアット・クライスラー・オートモビルズ(FCA)からの分離・独立を完了した。


 10%の株式上場を目的として昨年10月にニューヨーク証券取引所(NYSE)へ、同12月にはミラノ証券取引所へも上場。FCAは残る10%をフェラーリ家に、80%をフィアットグループの株主へ割り当てた。1969年にフィアットの傘下に入って約47年。フェラーリは再び独立企業となった。上場したフェラーリは、企業価値をより高めるために、将来へ向けた戦略と売り上げの成長基調を市場へアピールしなければいけない。


 現在のフェラーリは一般モデルを2500万〜4000万円台の価格帯で年間7000台ほど生産するとともに、「スペチアーレ」という500台前後の限定モデルを数年おきに発表。さらに「ワンオフモデル」という顧客の注文に応じて作られる世界に一台だけのオーダーメイドモデルを含めた3つのカテゴリを持っている。この5月に発表されたイギリス人オーナーが発注した「458MM スペチアーレ」はベースこそ458スペチアーレだが、新たにデザインされたボディ形状が採用され、車両価格は5億円以上だろうとも目されている。


 フェラーリは希少性を重視するブランドのため、販売数量を大きく拡大できない。とすれば商品単価を持ち上げるのがひとつの戦略だ。ところが、近年、希少性を狙ってスペチアーレ(約500台)とワンオフ(1台)の間の生産台数を設定したライバル達が続々登場してきた。


 たとえば年間生産数量3000台規模で、ほぼフェラーリと同等の価格帯の一般モデルを持つランボルギーニは、創業者フェルッチオ・ランボルギーニ生誕100周年を記念して開発された「ランボルギーニ・チェンテナリオ」をジュネーブ・モーターショーで発表した。


 クーペ、ロードスター共に20台限定生産で、すでに全40台が売約済とアピールされている。さらに名車ミウラ50周年を記念し50台限定生産のリミテッドエディション「アヴェンタドールミウラ・オマージュ」も発表とともにほぼ完売とうたわれている。


経済力を持っているだけではだめ


 これらの限定車を手に入れるには単に経済力を持っているだけではだめだ。メーカーから「忠誠心を持った顧客」と認めてもらっていなければ、この数十台の発注リストに載らないことはいうまでもない。


 このような10〜100台規模というフェラーリ・スペチアーレよりも1ランクボリュームの少ない生産数量をアピールする限定生産モデルが、ライバルメーカーから続々リリースされている。イタリアの手作りメーカーである「パガーニ」など全モデルが1億円を超えるプライスタグを付け、年間60台以上は作らないという戦略を採っている彼らもこのカテゴリに入るだろう。


 先日、筆者がフェラーリ本社を取材した時にも、彼らはこのカテゴリへ大きな期待を掛けていることを大いに語ってくれた。今まで発表してきた「北米限定10台」といった特別モデルや、今回のラ・フェラーリのオープンモデルといった極少量生産の限定モデルを“フュー・オフ”(一台だけのOne offに対するFew off)称する「4番目」のカテゴリととらえているのだ。


 「これこそラグジュアリービジネスだ」と、ラ・フェラーリのオープンモデルの完売を告げるプレスリリースはそう眺めたが、日本の自動車メーカーなら、このような販売手法や情報発信はまず難しいだろうと感じた。それが、日本車で唯一、高級車ブランドとしての地位を確立したトヨタ自動車の「レクサス」であっても、だ。


日本市場でこのような販売手法は難しい


 日本の市場においては、たとえ普通の人が買うことのできないような高価なモノであっても、購入に対する機会の公平さを謳わないユーザーからのクレームの対象となりうる。特に幅広いウォッチャーが存在する自動車市場においては、特にそうだ。「なんだ、このプレスリリースは! 金持ちにこっそりと案内して。それが完売したという情報を流すとはけしからん。買いたいと思っていた私はどうなる……」と、そのクルマを買う気などさらさらない層からの声も大きく聞こえてくることになるから、メーカーも対応が難しい。


 そもそも日本車には、従来のレンジと比較して優れた存在である「プレミアムカー」はあっても、ブランドの力で絶対的な価値を主張する「ラグジュアリーカー」は存在しない。徐々にステップアップしてくる顧客をターゲットにしたマーケティングが主流だ。拙著『フェラーリランボルギーニマセラティ 伝説を生み出すブランディング』でも触れたラグジュアリー・ブランディングの三要素、「独自性と持続性」「希少性」「伝説」――を築き上げるには、ブレない戦略とそれなりの時間がかかる。


 このようにラグジュアリーマーケットを狙うスーパーカーメーカーは、普通の自動車メーカーとは違う「不平等」なマーケティングをどんどん突き進めている。こういったジャンルのクルマは広く宣伝して、いくら大量のセールスマンを投入したからといって売れるものではないし、多く売ることだけが正義ではない。


 本当に欲しいと思われる顧客に対して「あなただけのためにこのクルマを作りました」と的確に届けることこそが重要なのだ。なんだかんだいって、スーパーカー市場におけるフェラーリの独走態勢はなかなか崩れそうにもない。

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