浪速の歌う巨人・ぱぎやん 『 趙博 』ライブ&トーク  当世新説「阿呆陀羅経」全国ツアー

今度は、こんな方が来られるらしい。

ありがたい。

ぼくは、楽器も弾けない、歌も歌えない、踊りもしない。

けれども、ギターを弾く人、吟遊詩人、舞踏家、いろんな人が来てくれる。


ぼくは、ただ来てもらって、一緒に楽しませてもらうだけ。

前世でどんな徳を積んだのだろうか?


ありがたい、ありがたい。


ぼくは、何もできないし、何もしないし、何も知らないし、知ろうともしない。


ありがたい、ありがたい。


今度、来てくれる人は、面白そう。


浪速の歌う巨人・『 趙博 』ライブ&トーク
当世新説「阿呆陀羅経」全国ツアー

2014年5月17日(土)

open : 17時
start : 18時

投げ銭ライブ



趙博 Wikipedia

在日朝鮮人二世として被差別部落に生まれ、生後2週間で右目を失う[1]。西山という通名を名乗って在日朝鮮人としての出自を隠し、勉強やスポーツや喧嘩で日本人に負けまいと必死だったという[1]。1965年の日韓基本条約締結で大韓民国の国籍になった。1975年に神戸市外国語大学・ロシア学科に入学。大学3年まで盗癖がなおらなかった。高校生のころには、万引きをした本を古本屋に売ってお金にすることも覚えた。1年留年の後1980年卒業。関西大学大学院に進み1983年文学修士号を取得。1986年〜1992年まで関西大学河合塾の講師。1993年〜2004年まで河合塾英語科講師を務める。朝鮮学校の高等学校等就学支援金対象除外に反対する「無償化連絡会大阪」の賛同人も務めている[2]。

大学・塾講師を務めていた1992年にロックバンドガーネット&レイジのリーダーとしてデビューし、1995年にCDアルバム『ソリ・マダン』でソロデビュー。TBSテレビの筑紫哲也 NEWS23で歌う塾講師として取り上げられた事によりカルトな全国区人気を博す様になる。デビュー以来、ライブ&トークやテレビ・ラジオ出演では、メジャーシーンで扱われない題材・テーマにこだわって表現活動を続けている。

2002年から、同じ在日の芸人であったマルセ太郎の得意演目「スクリーンのない映画館」(映画再現芸)に音楽的要素を加味した「歌うキネマ」公演を開始、現在までの主な演目としては「ホタル」「マルコムX」「キクとイサム」「神様こんにちは」「砂の器」「風の丘を越えて西便制)」「パッチギ」。2004年に塾講師をやめて芸能活動に専念する一方、おんな組いのちの会員(※ 名義は「在日関西人」)、人権活動家としても知られている。

マルセに私淑した関係から、永六輔と親交が深く2006年TBSラジオの土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界にはよく出演していて「2006年度芸能大賞」に選ばれた。

天皇や歴史的な事柄をはじめとする日本の風土を強く批判し、度々それを新曲やラジオ番組で発表している。北朝鮮による拉致の事実に関しては「本来は僕らの手で暴くべきだったのに、あんな奴らに暴かれてしまった」とし、『拉致議連の議員たちは、我が世の春と言わんばかりに、「それみたことか、俺たちの方が正しかった。北朝鮮は悪い。総連も悪い」と言っているけど、僕に言わせると「お前らに言われる筋合いないんじゃ、アホ!」って思う』と発言したこともある。