ダービー直前:私のダービー

ダービーウィークということで、今まで私が見たダービーの想い出を。


ダービーというと最初に思い出すのが、「鍛えて最強馬をつくる」ミホノブルボン

当時無敗でダービーに挑戦する馬がいた。名をミホノブルボン。父マグニチュードという短距離血統の安馬は、戸山調教師によって坂路を駆け上がる調教を徹底的に施され、筋骨隆々の怪物に生まれ変わっていた。山のように盛り上がった後肢。

このサイボーグとも言うべき馬の戦法は逃げ。それも後のサイレンススズカのように圧倒的なスピード能力で他馬を引き離すものとも違った。今となっては、それほどのスピードはなかったようにも思う。道中、他馬を引き連れていくのだ。常にハロン13秒をきる地獄のラップタイムで。なぜ他の馬がついていくかというと、サイボーグが疲れないことを知っているからだ。直線に入っても衰えないラップ走法である。スプリンターとしてのスピードに、スパルタ調教によってはじめてスタミナが付加されたのである。


見ていて苦しくなるレースだった。高速ラップで常に走り続ける。途中で息を入れることをしない。常に他馬を引きつけつつ、ラップを刻む。大きくは離さない。並ばれもしない。そうして最終コーナーまで、彼自身が先頭車両となり、馬群はひとつの列車の様に直線に入る。そして直線に入った頃には後続の車両は加速する力を失っているのだ。これは相手のスタミナを削り取っていく逃げであった。いつか先にブルボンのスタミナが切れるという不安を抱かせた逃げであった。


この戦法は圧倒的なスピードも、あふれ出るスタミナも与えられなかった彼にだけ許される戦法であっただろう。彼にはその両方が他の凡庸な馬より少しだけ勝っていただけ。どちらかがもっと備わっていたらもっと別な、楽な戦法が取れたであろう。しかし、彼にはこの方法しかなかった。彼を支えたのは先天的な才能よりも、圧倒的な調教量による後天的な才能。華やかさもなかった。


近年、すばらしい逃げ馬が何頭か出ているが、どれもミホノブルボンのような削られ、削り取っていくという消耗戦のような逃げではないと感じてしまう。


「ブルボン超特急」「ブルボン王朝」などダービー翌日のスポーツをにぎわせた彼だが、ダービー後は先天的な才能を持った馬に屈することとなる。菊花賞という圧倒的なステイヤーの舞台で、後年の名ステイヤーとなるライスシャワーに三冠を阻まれる。


そして早すぎる引退。


彼はレースでは逃げ切ることができたが、血統という呪縛からは逃げ切ることができなかったのかも知れない、と思うのである。