黄土高原 紅棗がみのる村から




2016-09-21 ようやくあれこれ。

16日に村に戻ったのですが、今回はすっかり体調を崩してしまい、ようやくなんとか持ち直しました。私のネックは鼻炎と胃炎ですが、要するに歳ですね。

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帰って来て最も気になることはやっぱりチビナツとイケニャン。幸いふたり、いえ2匹とも元気にしていました。お隣がまた留守で、イケニャンは数日間ノラとなっていたようです。離石に親戚が何軒かいることとふたりの子どもが共に離石で働いているので、最近は休暇になると離石に行ってしまうのですが、私としてはたいへんに嬉しいです。

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イケニャンは木登りが大好きで、いつもどこかに登っています。これは使わなくなった石臼で、ここもお気に入りの場所。たまにチビナツがいないときは、それがわかるのでしょうね、スルッと私の部屋に入ってきて“主気分”に浸っています。

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出かけるときはまだ真っ青だった棗が色づきました。今年はたくさんついていますが、雨が多かったせいか、どうも虫食いが多いようです。これからの季節は、村中どこに行っても棗だらけですから食べ放題。乾燥させる前の棗は、りんごのような味で、とてもおいしいですよ。でも、それぞれ木によって微妙に味が違うので、ひとつひとつ味見しながら散歩します。去年は1キロが10円にもならない豊作貧乏で、ほとんど誰も収穫しなかったのですが、今年はどうなるでしょうか?

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農作物の収穫はまさにこれからという時期で、まずはヒマワリ(種を食べる)、さつまいも、そしてゴマ、キビ、じゃがいも、粟、トウモロコシ・・・と続きます。1年で一番忙しい季節です。

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これは、ハルビンで買ったロシアパン。半月もつといわれたので(防腐剤がたっぷり!)、小さめのをひとつ買って、ザックに背負って後生大事に持って帰りました。高さが15センチあります。そりゃあ日本のパンほどにおいしくはありませんが、まあまあですね。太原で買ったキューピーマヨネーズをつけて食べています。

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サソリは瓶に入れたままでしたが、蓋をあけてみたらやっぱり生きていました。それで、ネットに書いてあったように、塩ゆでして乾燥して、次回帰国のおりのお土産にすることにしました。長い箸で1匹ずつつまんでエイッ!と鍋に放り込むと、さすがに一瞬ですね。死んだモノはすぐにバラバラに崩れてしまいました。全部で8割くらい、15匹ほど生き残っていましたが、もっといたはずなので、多分共食いしたのではないかと思います。

そうそう、帰って来て部屋を開けたら、洗面器の中に1匹いました(入ったら出られなくなった)。実はこれからの季節が一番ヤバいのです。外気温より室温の方が高くなるので、部屋の中に入り込んで来ます。ちなみに現在の室温は20℃。帰った日の夜、畳んであったふとんを徹底的に検査したのはいうまでもありません。

さんこさんこ 2016/09/23 19:45 なんて可愛いイケにゃん、棗も赤く実って、と思ってご満悦だったら、最後にドカーンと心臓に来ました。
サソリ、こわいです。ムカデも怖いけれど、サソリはもっと怖い。ああ、お土産にもらった人は、卒倒するのでは?

maotouyingmaotouying 2016/09/24 00:51 実はいまさっき、窓のカーテンをめくったら、巨大なヤツがいてびっくり。それそろ動きは鈍くなってきているので、箸で捉まえましたが、ほんと、サソリの来ない部屋に住みたいです。
茹でたサソリはいま乾燥させています。イケニャンにやられないように、洗濯ロープに吊るしてあります。イケニャンは、ゴキブリをバリバリ食べるから、きっとサソリも大好きでしょう。さんこさんにもお土産にお持ちしましょう。

さんこさんこ 2016/09/24 08:48 maotouyingさん、お願いですからそれだけは勘弁してください。
ゴキブリは私平気ですが、さそりむかでだけは、顔を合わせたくありません。イケにゃんちゃんは、カルシュウム補給に食べて下さいね。私は無理ですよ。

maotouyingmaotouying 2016/09/25 09:58 ゆうべ3匹も捉まえましたよ、庭で。まだ活動してるんですねぇ。
やれやれ、お土産が増えますわ。。。

ふうばいかふうばいか 2016/09/27 05:21 えっサソリ、確かサソリ座の女と言うのがありましたがサソリは日本やアメリカに住む限りご縁が無いですね。以前噛まれてムチャクチャ痛かったそうですがどう言う痛みかちょっと想像出来ないです。サソリと言うイメージだけは何故か固定されているのでその名前を聞いただけで恐ろしさが先に立ちます。サソリ座の女って何時なんでしょうね。何やら側に近寄っただけでもエライ目に合いそうな気がしてきます。その点私は射手座で文字通り走る矢のごとく常に走り回っていないと落ち着かない性分なのでサソリとの共存は絶対無理です。イノシシ生まれの射手座とくればもうこの世の中怖いもの無し、否サソリだけはやっぱり怖い。

2016-09-06 そればかりが気がかりで。

ほんと、これが同じ国だとはまったく思えないですね。村を出て離石泊。離石から北京まで1時間ほど飛行機に乗り、北京から高速鉄道に5時間ほど乗って、今はほんの1日で、東北の都、瀋陽まで来てしまうのですが、すべてにおけるその格差に関しては何をかいわんや。フツーには、「9億という農民の暮らしを知らずして、中国を理解することなどできない」と、私もまたずっとそう思っていましたが、“逆もまた然り”という真実を、今回ほどしみじみ感じたことはありません。そしてこの都会の空気にもうなじめない自分を見出してしまうのです。

明日の夕方生徒たちがやって来るので、今夜が最後の静かな夜ですが、村に残してきた、ワンとニャーはどうしてるだろうか?ちゃんとご飯もらってるだろうかと、そればかりが気がかりです。チビなつは案の定、持ち主に返しても、放し飼いの身なので、必ず私のところに戻ってきてしまうのです。しばらくの間繋いでほしいと、私の洗濯ロープ付きで返すのですが、四六時中繋いでおくわけにもゆかず、放したとたんに、脱兎のごとく駆け込んでくるのです。今頃私の部屋の前で私を待っているのではないか、ニャーを追いかけて、お隣にぶたれているのではないかと、肝心の仕事のことより気になって仕方がないのです。

とまあ、そんな具合ですが、明日からはそんなことも言っておられず、あさってにはもうハルビンに向かい、731部隊記念館に行かねばならないのです。この先10日間ほどは、たとえパソの調子がよかろうと、ここに書き込む時間はありませんので(さんざんサボっておいて今更ですが)、再びワンとニャーの写真でお茶を濁します。

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ニャーはわざわざワンの近くの、高い位置にだいたいいます。

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しょっちゅうワンの方を見ていて、ほんとうは仲良くなりたいのかなぁという感じ。

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ワンの方はそれほど関心を示さないのですが、ニャーがむしろ挑発するので、突然追いかけたりします。

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お隣との塀の上。木の上にもよく登ってます。

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これもワンのロープがぎりぎり届かない位置。ほんとイケニャンですね。

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今年は雨が多いので、裏の畑の道ももうガタガタ、ボロボロ。

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元祖なつめ。ああ、ほんとデブだわ。

追;大事なこと書き忘れてました。昨日午後、20年来の中国人の友人のお宅におじゃましました。彼女は瀋陽師範大学で日本語を教えています。師範大は10年以上前に行ったときは、ほんと〜〜に埃っぽい“荒野”の果てにポツンと建っていたのですが、2年前に地下鉄が通って、瀋陽駅からの時間も1/3に短縮されました。他の大学も移転してきたりして、界隈はとても賑やかな学園地区となり、若者向けのショップが並び、その後ろに高層マンションが並び建ち、すでに昔日の面影はありません。ちなみに、学生数2万、教職員2000人だそうです。

この、かつて荒野の果てだった師範大からバスに乗って、さらに20分ほど北上、つまり郊外に出るわけですが、そこに彼女の分譲マンションはありました。日本ならばため息が出そうな立派な広々とした部屋です。同じ不動産屋の開発で、まわりに何棟も高層や低層のマンションが並び、団地のようになっていました。そこで私はハッと気づいたのですが、若い黒人男女の姿を何人も見かけたのです。

友人がいうには、3年ほど前からアフリカ人留学生がどっと増え、彼女のマンションよりは小さめの部屋を1か月1000元くらいで間借りして、共同で暮らしているんだそうです。しかしアフリカからじゃ家賃だってたいへんでしょうと聞くと、いいえ、政府がたっぷり奨学金を渡しているから大丈夫で、インド人留学生も急に増えたそうです。日本も最近はアフリカ市場の開拓に力を注いでいるようですが、注ぎ方のスケールが違うようだと納得したものです。

さんこさんこ 2016/09/06 15:10 いよいよお仕事ですね。ワンちゃん、ニャアちゃんのこと気になりますね。高い位置から見下ろすのは、自分の方が、偉いぞということを示したい時のようですね。可愛い顔して、威張りたいのですね。可愛い。留学生を沢山受け入れているのですね。日本はその点、人気がいまいちのようです。

六文銭六文銭 2016/09/09 10:55  なるほど、やはり中国のほうがスケールが大きいですね。
 日本の市場開拓というと、極めて近い未来に還金されるような近視眼的なものが主流で、相手との交流と言っても、直接金をばらまくようなもので、基本的には人との交流は二の次のように感じます。
 そこへゆくと中国流は、まず畑を整えて、そこへ種を撒いて育てるというスケール感がありますね。
 日本の狭小な考えでは、技術研修生の名前で招きながら、実は低賃金の労働力として利用する程度ですから、とても未来を見据えているとはいえないようです。

naienaie 2016/09/12 11:28 写真、イイネッ・・・ヘイワなカンジ・・・

2016-08-25 石門焉

もう10年も前から、「行きたい、行かなければ」と思い続けて来た地に、今日行ってきました。なぜこれまで行かなかったかというと、第一にものすごく行きづらいところで、一日車チャーターしなければ無理という地理的条件があったのですが、もうひとつは、この石門焉(シーメンイエ)という村は、私が住んでいる臨県とも、南接する離石とも違い、臨県の東側にある方山県という地域に属していたからです。私がこれまで老人たちから戦争の記憶を聞き取り続けて来た地域は、臨県であり、離石(招賢鎮は臨県の最南部のため離石とは接触が多い)であって、かつその範囲内に限定しようという思いがあったからです。

当時この地域の日本軍は、離石と三交、大武、石門焉の4か所に要塞を建造して(小さなものは各地にたくさん)大量の日本兵を駐屯させていました。特に石門焉はいわば特高警察的な要素が強かったようで、いろいろな地域から民兵や遊撃隊員(と覚しき人たち)を連行してきて、といっても、もちろん普通の農民たちが自分たちの村を守るために、民兵になり、遊撃隊に参加したわけですが、その彼らを老若男女問わず虐待虐殺したところなのです。これは、私が何かの資料を読んでいっているわけではなく、300人という老人たちから話を聞いてゆく中で徐々にわかってきたことです。前々から一度行かなければならないと思いつつも、気が重く、足が向かない場所でもありました。

今回ようやく行くことができたのは、シーピンが黒タクを始めたからであり、私もいつまでここにいられるかわからないので、いよいよ最後の決断をしたわけです。単に車をチャーターして行くだけなら、少しお金を払えば誰でも行ってくれますが、誰か事情がわかる当地の人がずっと一緒でなければ、事はまったく進まないのです。

石門焉は新しくできた呂梁空港の近くにありますが、幹線道路をそれてから、どんどんどんどん山の中に入って行って、ほんとうに辺鄙な場所にありました。途中で道を聞きたくても人がおらず、何度もゆきあたってしまって、いったい今でも石門焉村というのはあるのだろうか?と不安を覚えたくらいです。

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車は徐々に高度を上げ、20分くらいで最初の人家に出会いましたが、すでに無住でした。しかし傍らにあった土地神様の廟に供え物がしてあったし、畑にはトウモロコシが丈高く茂っていて、見晴らしは悪いのですが、どうやら村に人は暮らしているようです。やがてぽつぽつと人家が現れ始め、ようやくにして人影を見つけて車を停めました。シーピンに、日本軍の要塞はどこにあったのか聞いてもらいましたが、ちょうどそちらの方に行く用があるので案内してくれるというのです。

74歳だという、とてもかわいいおばあちゃんと3人で車に乗って目的地に向かいました。あの山の上の一番高いところにあったというのです。たしかに、すぐ目の前に台地上になった山が見えました。山といっても、頂上まで耕されていて、トウモロコシが植わっていました。今年はエルニーニョの影響でものすごく雨が多く、段々畑は濃い緑で覆い尽くされていますが、トウモロコシの出来はどこもいいようです。(トウモロコシは乾燥させて粉に曳いて麺の材料になり、家畜のエサにもなるし、あまり手間がかからない換金作物なので、どこへ行っても広い土地には大量に植え付けられています。)

麓に車を停めて頂上まで10分くらい歩きました。この道を多くの捕虜、つまり農民たちが連行されていったんだなぁと思いながら、私は2人からやや遅れて一歩一歩踏みしめながら歩きました。舌の先に穴をあけて針金を通して連行していった、という話も聞いたことがあります。今は夏草が茂り、すでに秋を感じさせるここちよい風すら私の頬を撫でてゆき、10年待って、ようやくここに来られたという思いで胸がいっぱいになりました。

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この石門焉がなぜ選ばれたのかというのは、何かを調べないとわからないのですが、ここは周辺の山々より一段と高くなっていて、確かに守るには戦略的に優れているのでしょう。例えば賀家湾にしても、尾根伝いにいくつかの“隣村”に行けるのですが、ここは見渡したところ、“独立峰”的な地形で、いったん山を下りなければ隣村には行けないようです。そして辺鄙とはいっても、一本道をずっと道なりに下りてゆけば(とても徒歩で行かれる距離ではありませんが)、そこは臨県(臨県の行政所在地も臨県)と離石を結ぶ主要幹線道路になっているのです。そして当時離石は日本軍の占領下にあり、臨県は八路軍の影響下にあったのです。また、もう一か所要塞があった大武というところは、比較的大きな町で、飛行場ができたのもこの町の地籍です。同じ方山県に属し、10キロ程度の距離だと思います。

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このトウモロコシが植わっているところが、かつて日本軍の要塞があった場所です。すべて耕作地として耕してしまったので、痕跡はなにひとつ残っていないそうです。道端にレンガのカケラなど3つ4つ転がっていましたが、おそらくそれらも当時とは関係のないものでしょう、すでに70年という年月が経っているのです。

まったくの偶然だったのですが、この要塞の跡地は、村で最初に出会ったこのおばあちゃんの家のものだったのです。当然戦後の土地改革以降のことですから、当時はどういう人が所有していたのかはわかりません。おばあちゃんの今も健在な81歳になる老公(夫)は、以前村の書記をしていた人だそうで、戦後に村の有力者に譲渡されたということでしょう。

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今回は時間もなく、なによりまったく見晴らしがきかないので、秋の収穫が終わってから出直すことにしました。もちろん、なんとかしてこの村に“入り込みたい”と考えていますが、それが可能かどうかはなんともいえません。ただ、なんとなく希望はあります。

おばあちゃんは最後にこんな話をしてくれたのです。当時老公は八歳くらいで、日本兵に米と牛肉を食べさせてもらったことがあるが、それはとてもうまかった、といっていたという話です。この、牛肉、あるいは牛肉の缶詰をもらって食べたことがあるという話は数人から聞いていて、みな「ほんと〜にうまかった」となつかしむような口ぶりでいうのです。当時のこの地の農民たちはそもそも「米」というものを食べたことがないし、まして大切な農耕牛をさばいて口にするということはなかったでしょう。おそらくは、“牛肉の大和煮”というものではないかと想像しますが、私は何とかこれを入手して、秋にはそれを持って、石門焉村に向かおうと考えているのです。

六文銭六文銭 2016/08/26 10:00  まだ途中なのでしょうが、日本軍がそんな辺鄙なところにまで進行していたという事実にまず驚いています。

六文銭六文銭 2016/08/26 10:02  上記、「進行」ではなく「侵攻」の間違いでした。

さんこさんこ 2016/08/28 19:09 ひどい話ですね。戦争になると、酷いことが、行われるのですね。よくぞ、行ってくださいました。
今日私は、満州のロシアとの国境、虎頭というところにあった、要塞に取り残された日本人や要塞を作った中国人が殺されたという劇を、観てきたところです。まだ遺骨が2500ほども、そのままになっているとか。なんという国でしょうね。この日本。

maotouyingmaotouying 2016/08/28 19:28 それは演劇なのですね。虎頭要塞というのは、私も初めて耳にしますが、こちらのサイトで調べてみたらかなり詳しくのっていました。中国語ですが、ゆっくり漢字を見ていただけば、かなりの部分が理解できると思いますので、載せておきます。

http://baike.baidu.com/link?url=rJNAm8HVckeTSMKNNG9nMii_-LOGWyg45ZaJ3Ei1RWL6SHNVP2_pdgFNn62Ap1ZhfoUf4xI8jQUX3nO-PWhIJ7RxAocL4KUl-0qsu1ELp7W

maotouyingmaotouying 2016/08/28 21:47 これを見ると、第二次大戦最後の戦闘と書いてありますね。8月19日から27日までの間のソ連との戦闘で、1387人の日本兵が死亡、生存者は53人と書いてあります。開拓団の一般人もいたのでしょうか?
思い出しましたが、以前、虎林に行ってきたとおっしゃる女性からここにコメントをいただいたことがありました。
私は来週には瀋陽に飛んで、それからハルビンに向かいます。生徒のツアコンなので自由はききませんが、一度行って見たいです。

maotouyingmaotouying 2016/08/29 10:13 Wikiの方にものっていました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%8E%E9%A0%AD%E8%A6%81%E5%A1%9E

YozakuraYozakura 2016/09/03 10:36 maotouying様
 虎頭要塞に就いては、その昔、「虎頭要塞戦役の生き残り日本兵であった岡崎哲夫氏が書いた凄惨な体験記【虎頭鎮を知っていますか】1993年発行、平和のアトリエ」を読んで、初めて知りました。戰闘が始まるまでの愚かしい経緯や、始まった戦闘の過酷さ等々に、圧倒された記憶があります。

 なお、要塞の建設の経緯や現状は以下のサイトに詳しい模様が掲載されています。御参考になれば幸いです。検索要素のみ列記します。

[虎頭要塞、日本側研究センター]

 ネットで検索すると色々と浮上してきます。御元気で。

maotouyingmaotouying 2016/09/03 10:53 Yozakura san arigatougozaimasu.
koushite nihonjin ni korosareta nihonjin ga takusan irunodesune.ikariyori mushiro kanashimi no houga tsuyokute kono hon wo yondara namida ga tomaranaito omoimasu.
watashi wa ima shinyou desu. aikawarazu pasokon ga fuuzenno tomoshibi jyoutai de,ima ha nihongo ga nyuuryoku dekimasen,

YozakuraYozakura 2016/09/03 10:57 さんこ様
 演劇の御紹介、有難う御座います。その劇は、【ウスリーの赤き流れに】(岡崎哲夫:原案、ふじたあきや:演出。名古屋市千種区にて上演)ですね?
 先程私が紹介しました「虎頭要塞日本側研究センター」にも、簡単な紹介がありました。もう上演は終了していますね。残念。また情報があれば、お報せ下さい。

YozakuraYozakura 2016/09/03 11:09 maotouying様
 つい先程、午前10時50分過ぎの返信を拝見しました。異郷の地で入力に苦心惨憺の中、返信お疲れ様です。
 その岡崎氏の著書は確かに読んだのですが、只今は書棚の中に見当たりません。概要が分かれば、またお報せします。
 兎に角、戦争の悲惨さ、過酷さ、残忍さが徹底的に記述されています。同書を読了した直後は「本物の戦争に触れた想い」で、慄然としたものです。お元気で。、

2016-08-17 1キロ 12000円っ?!

ところで、忙しいわりにはここ最近ちょっと“凝っている”ことがあって、それは何かというと、サソリ捕りです。サソリは漢方薬の材料としてけっこう高値で取引されるので、日が暮れるとブラックライトを持ってウロウロしている村人は少なくありません。いくらで買ってもらえるのかは、もちろん知りませんでした。

先週のことですが、磧口で年に一度の大きな市が立ち、何人かの村人が出かけるというので、私も一緒についてゆきました。実は1か月ちょっと前に、私がいつも力仕事などを頼むシーピンが、借金して7人乗りのミニバンを購入し、“黒タク”を始めたのです。日本の白タクですが、こちらはずっとおおっぴらで、ごく一般的な市民(農民)の足です。先日チビなつめを離石の動物病院まで連れてゆけたのも、この車があったからです。それで、シーピンは欲がないというより、計算がまったくできない男で、いつも村から離石まで10元で行っているのです。招賢から離石のバスが10元なので、村からだったら20元もらわなければダメだと、いくらいってもダメです。離石までは片道40キロの上に悪路、ガソリン代が往復で50元近くかかるのに、行き返りたとえ満席でも120元です。減価償却ということがわからないのです。磧口も往復で20元×4人ということでしたが、私は以前ときどき黒タクをチャーターして、片道で80元でした。それがかなり前の相場です。私はいつも言い値の倍を払っていますが、それでも安いのです。

とにかくものすごく暑い日で、日陰で微動だにしないか、市をぶらついて熱中症に挑戦するかの選択しかない状況で、私はみなを置いてほうほうの体で先にバスで戻りました。目的は、磧口で取材した何人かの安否を尋ねることだったので、それは無事に済ませました。

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ところで、一緒に行った村人の2人は、実は捕まえたサソリを売りに行くことが主目的でした。界隈では、やはり磧口まで行かないと仲買人はいないようです。それで、いったいどんな取引なのか興味があってついてゆきました。人ごみをかき分けかき分け、街はずれまで歩きましたが、この赤い椅子に座っているのが仲買人のおっさんです。後方は黄河

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これ全部サソリ。これをどうするのかと聞いたら、河北省のなんとかいう町まで持ってゆくのだそうです。死んだらよくないでしょう?と聞くと、サソリは何か月でも絶食できるから死なない、死んだふりしても生き返るというのです。それで、いったいいくらで買ってくれるのかと聞くと、なんと、1斤330元、つまり1キロで(現レートだとおよそ)12000円ほどだというのです。これには私もびっくり!1キロというとかなりの量ではありますが、上述のシーピンの黒タクの減価償却等々抜きで10日分ということになります。しかもサソリが出るのは日没から2,3時間ほどで短時間労働です。深夜気温が下がって来るともう出てこないのです。この界隈はそんなに多くはないですから、夫婦で一生懸命集めて1か月くらいの労働でしょうか?黒タクよりはずっといい稼ぎです。

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サソリが棲んでいるのは、土や石やレンガの割れ目、裂け目です。だから、新しく造ったコンクリートで固めたような建物にはいません。古い土ヤオトン、特にすでに人が住んでいなくて、あちこち崩れかかっているような場所がねらい目なのです。私が住んでいるヤオトンも、続きの2部屋は無住で、危険が迫りつつあるほど崩れかかっています。庭に造ってある、使われなくなった石組みのかまどにもよくいます。帰路にふと、私が普段使っている懐中電灯にブラックライトも付いていたことを思い出し、磧口から戻った翌日から、さっそくサソリ捕りを始めたのです。これがないとまず発見することが困難です。

サソリはブラックライトを当てると、見事に薄緑の蛍光色に発光します。私の小さな懐中電灯でもはっきりとわかります。それを割り箸ではさんで、ちいさなガラス瓶に入れるのですが、サソリは足裏がつるつるで、ガラスやプラスチックやホーローの壁を登って来ることはできません。だから、蓋なしで大丈夫です。ただ、箸では逃げられることも多く、プロは長いピンセットを使っています。そして、私が前住んでいて、今も鍵を預かっているイージャオの庭にはものすごくいるのです。しかも巨大なヤツが。でも半分は捕りそこねますね、割れ目に逃げ込む足はけっこう速いです。

上の写真で2日分、2軒だけです。縄張りがあるから、あまり他人の庭には行けないです。もちろん、これを売りに行くつもりはありませんが、やり出すとこれがけっこう面白いんですね。キノコ採りや山菜採りと同じで、捕るのが面白いのです。ちょっとスリリングだし。ただ、絶対に登ってこないとはいわれてますが、やっぱり寝るときは瓶の蓋をして寝ます。いまはチビなつめが部屋にいるので、何かの拍子にひっくりかえしたりしたら大騒動ですからね。

YozakuraYozakura 2016/08/18 14:58 Maotouyingさま
 この蠍を捕獲し仲買人に転売する商売が山西省では繁盛しているとの由、初耳です。
 但し、都会から遠く離れた辺境に位置し「これと云った産業にも欠ける地域では、漢方薬の材料となる毒虫の捕獲が主力産業となるのは、如何にもありそうなことだ」と感じ入って居ります。

 そして、この捕獲事業の加熱ぶりは、直ちに、25年以上も前に聞いた
「鹿児島県の離島---奄美大島や徳之島---に於ける毒蛇買い上げ事業」を想い出しました。
 これは、「同地域に生息する毒蛇のハブを地域の保健所が鹿児島県や地元自治体の予算で買い上げることで、毒蛇に依る咬傷被害を減らし地域社会の安全を高める目的がある」のだそうです。

 買い上げ価格は、以前は一尾4000円だったそうですが、2年前より一尾3000円に値下げされたそうです。理由は、県予算の緊縮と地元予算の縮小、並びにハブの乱獲防止によるそうです。

 この「鹿児島県による毒蛇買い上げ事業の変遷」に関しては、以下に面白い新聞記事がありました。検索要素のみ、列記しておきます。

[奄美新聞、ハブ買上価格引き下げ、2014.01.04]

 お元気で。

maotouyingmaotouying 2016/08/19 23:02 なにしろ“収穫期”が短いですから、“主力産業”というにはちょっと無理がありますが、乱獲で年々少なくなり、逆に年々高くなっているようです。ただ、この界隈は人も住んでいるし、新しく建てた家も割合に多いので、乱獲気味ですが、この広い高原に散らばる過疎の村、集団移転した村などに行けば、ぞっとするほどいると思います。絶滅はぜったいにしないでしょうね、気候の大変動がない限り。
すでに秋の虫が鳴くようになり、ウロウロする村人も急に見なくなりました。私は今のところ30匹くらい捕まえましたが、さてこれをどうしましょう?なんでも、生きたまま塩水で茹でて、それから乾燥させると漢方の材料になるそうです。

六文銭六文銭 2016/08/21 17:05  そんなにサソリがいることが驚きです。映像以外ではサソリは見たことがありません。

2016-08-14 ワンとニャーでくたびれたぁー!

3日前のことですが、しばらく見なかった“チビなつめ”がやって来ました。一見まったくフツーでしたが、後ろ足の付け根のところに大きな穴が開いているのを発見したのです。中の肉が丸見えで、本人、いえ本犬はぜんぜん痛がっていないのですが、見てるこっちの方がドキッとするほどの深い穴です。まだ膿んではいないようでしたが、放っておけば必ず腐敗が始まって徐々にダメになってゆくのは目に見えています。犬同士のけんかかしらと思ったのですが、なんと、村人のひとりに、鉄の棒で殴られたというのです。たしかに、チビなつめは、なつめに似て、よく吠えるのですが、襲って来るわけでもないこんな小さな犬をまともに殴りつけるなんて、ヒドいもんです。ただし、このいきさつには、村の権力闘争の影響が潜んでいると私はにらんでいます。殴ったのは、旧村長派の男で、チビなつめの飼い主は、新村長派の“重鎮”なのです。

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それはともかく、急な事故ならあきらめもつきますが、徐々に腐敗が進行して、最後はまだ息があるのに谷に投げ捨てる、という当地の一般的な習慣は、私には耐え難いので、離石の動物病院まで車で連れてゆくことにしました。一昨日のことです。その日の朝には、飼い主もさすがに申し訳ないと思ったのでしょう、100元くれました。そして、帰って来た翌日にも、とうもろこしとかぼちゃを持って来てくれましたが、こういう人は、当地ではほんとうに珍しいです。

動物病院といっても、要はペットショップですが、私が連れてゆくと必ずボラれるので、運転手のシーピンに頼んだのですが、多分効果あって、70元で済みました。ちょちょちょっと、ぞうきん縫うみたいなもんでした。でもしっかり消毒もしてくれたし、多分これで大丈夫でしょう。

で、帰って来てからがまた大変で、飼い主のおっさんがちょうどウチの前にいて、チビなつめをもらってほしいというのです。今さらいうまでもなく、私はしょっちゅう家を空けるので飼えない、といくらいっても、私がいない時には自分が面倒をみるから問題ない、とか、お隣が犬嫌いなのでダメだといっても、自分から頼むからとか、とにかく周りにいた人も一緒になって、私が飼い主になれば誰もいじめないから一番いい、などと無責任な言葉で口を揃えるのです。

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もちろん、絶対に飼うことはないですが、とにかく傷口がふさがるまではと、今現在、チビなつめは私のところにいるのです。外に放すと犬同士のけんかなどでまた傷口が開いたりしたら目も当てられないですから。酷暑の中の一日仕事で疲れ果てて、死んだように眠っています。

で、ちょうど病院に行ったその日からお隣が出かけて、子ネコの面倒も見なければならないのです。この両者の駆け引きがなかなかに面白いのですが、私はいま学校のツアーの準備で忙しいので、そんなことを楽しんでいる時間はないのです。この駆け引きを書き出すと長くなるので省略。またの機会に。

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ワンの方はけっこう気にせずおおらかですが、ニャーの方はやっぱり警戒心満々です。

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ニャーは自分の方が先客だったのに、ワンに私の部屋を占拠されておもしろくありません。

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前はこんな感じで自由に遊びまわっていたのですが、今はだいたい高い位置にいます。

さんこさんこ 2016/08/28 19:02 こんな可愛いなつめちゃんにそっくりなワンちゃんに、なんてひどいことをする人がいるのでしょうか。
傷がうまく治りますように。仔猫ちゃんの可愛さに、何度も眺めてしまいます。なんて器量よしなんでしょう。可愛い!!