黄土高原 紅棗がみのる村から




2017-01-16 ようやくビールなど。

“よんどころない用事”があって、クアラルンプールに来ています。しかし今回、ここまでたどり着くのに、ほんと〜〜に苦労しました。

まずこれで予定がすっかり狂ったのですが、私は出国の前に15万円ほどの海外送金をする必要がありました。以前ならば、ほんの30分ほどでチャチャッと終わったことです。ところが今回、まずマイナンバーが必要だといわれました。私にもすでにあるらしいのですが、そんなお知らせは、個人的にはいっさい受け取っていません。やむなく名古屋の友人に、仕事の都合をつけて来てもらいました。

外貨取り扱いの最大手、三菱東京UFJ銀行に2人で行ったのですが、そもそもこれが間違いでした。窓口対応ではなく、テレビ電話を使った遠隔操作で、これがもう信じがたく高飛車官僚的で、何を恐れてか、送金目的などをしつこく聞いてくるのです。たかが15万円で。あげくには、その15万円の出どころはどこですか?と来ました。今どき、高校生のバイトでも月にそれくらい稼ぐ人だっているのに、失礼きわまりない対応で、けっきょくのところ、ここからは送金できませんでした。最終的には、4行目で送金はできたのですが、この間松本、名古屋で3日間に渡り、銀行にいる間だけでも5時間以上の時間を費やしているのです。この予期せぬ時間の浪費のために、いろんなことが押せ押せになってしまいました。

その後にPCのバッテリーがアウトになって、家電屋を5軒ほど回り、最後になって、「今どきバッテリーだけの入手は難しいですよ」といわれて、もうコードつないで電源から取ることにしたけど、いつまでもつか。。。

名古屋にも雪がちらつき始めたので大急ぎでバタバタ出発したら、やっぱり忘れ物があるんですね、あれこれ。ホテルの予約とか、帰りのフライトの予約とか。チェックインのときに、帰国便がないといわれてあわてたのですが、陸路隣国へ出るとかいって、なんとかクリアしましたが、はたしてそんな陸路があるのでしょうか?

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途中の関ケ原あたりは大雪で、翌朝のフライトは無事に離陸できるんだろうかと心配しいしい、なんばの東横インにとにかくたどり着きました。証明用写真が必要だったのを思い出して、よく見るあのキカイを探して、寒風吹きすさぶ中をウロウロ。ようやく見つけて撮ったら、背景色がブルー。指定は白だったので、けっきょく空港で撮りなおしました。

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日本中が大寒波に見舞われた中、翌朝は、関西方面は信じがたいほどのいい天気で、飛行機は定刻通りに離陸し、定刻通りにクアラルンプールに到着しました。到着時の気温30℃。で、今日の午前中に、“よんどころない用事”もほぼカタがつき、ようやく明日はゆっくり眠れるなぁと、ビールなど飲んでるところです。ではまた明日。

とおりすがりとおりすがり 2017/01/17 06:53 ノートPCの交換バッテリーは、amazonやその他の通販サイトで、機種名と交換バッテリーというキーワードで検索すると見つかるのではないかと思います。私自身は、利用したことはないので、確実なことは言えませんが。

maotouyingmaotouying 2017/01/17 09:55 とおりすがりさん、ありがとうございます。そうですね、今は何でも通販ですね。ところが今回は、とにかくネットが繋がらないので、検索も何もできない状況だったのです。おまけにスマホは使わないだろうと思って、持ってこなかったんですよね。
いずれにしろ、乱暴な使い方をして、相当ガタが来ているので、日本に帰ったら買い替えるつもりです。それまでもってくれることを祈ります。

上海たろう上海たろう 2017/01/17 21:46 なんとか暖かいところに移動できて良かったですね。週末は寒かったですからね、私は風邪ひきました。(笑)

しかし、U銀行は、どっかの国の銀行より酷いですね。官僚主義の最たるものです。ご心境お察しします。

ご著書、半分くらい拝読いたしました。御老人方が記憶の底に埋めた記憶を、O様(実名念のため控えました)に語られるようになるまでに、どれだけの出来事を経たかと考えると、なんとも言葉が出ません。

戦時中の日本人を思い出しながら目の前の日本人女性を御老人方はどう受け止めてたのかと思いました。都市部の中国人の記憶や歴史に埋もれた彼らの日本人に対する怒りや悲しみを、同じ日本人のO様を通し、その向こうにいる日本人に語っているのかもしれません。

それは一瞬一瞬の彼らが彼らの言葉が日本に伝わるかもしれない可能性への賭けのようにも思えました。全員ではないかもしれませんが、多くの方にそういうそういう姿が拝察されました。ただ、それだけの話しをするには、語り手が聞き手と共有できる何かを感じないと話さないです。なので、本には書かれていない背景を推し量ると胸に迫る感慨深さがありました。

レベルは違うかもしれませんが、私も文化大革命の話を腹を割って中国人とできるようになるまで、ずいぶんいろんな経験を経ました。

勝手な感想を羅列しましたが、とにかくお身体に気をつけて移動されてくださいね。pcがもちますように!

2017-01-11 なつめ、ごめん!

信州地方は8日の夕方から9日朝にかけて雪になりました。実は松本は、北信と比べてあまり雪が降らない地域なのですが、久しぶりに15センチくらい積もりました。

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なつめは当然大喜びなのですが、これだけ積もってしまうと雪原を駆けるというわけにはゆかないので、ピョンピョン、ズボッズボッとけっこう苦労して歩いてました。5センチくらいの積雪だとちょうどいいのですが。

実は私は今日松本を出て名古屋にいるのですが、なつめはいつもの同僚にまた預けました。聞いてみると、私のところに帰って来る前まで、お腹の方もなんら問題はなく、いいうんこをしていたというのです。で、つらつら考えるに、私の部屋は寒くてお腹が冷えて、それで下痢軟便になったのではないかと思います。ああ、その上に、フサフサだった自慢の体毛を、バッサリ半分に切っちゃったんだよね、私の好みで。

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私は鼻炎が辛いし、“冷酷”なので、なつめを私の部屋には入れません。なつめも決して入ってはきません。ふすま1枚隔てた隣の部屋で、私の古いコートにくるまって寝ていて、何もいわないから寒くないんだろうと思っていたのですが、私の同僚は、なつめをベッドの中に入れて寝かせているんだそうです、あんか代わりに。いくらチベット出身の犬だって、そりゃその格差には急には対応できないよね。ごめんね〜!なつめ、寒かったんだね。

上海たろう上海たろう 2017/01/11 23:58 なつめちゃん、なんとも愛くるしい。。。お尻の毛の感じが、うちのたろうと同じですね。

うちのは、実家では電気毛布にくるまってるそうです。(笑)私も一緒に暮らしてた時は一緒に寝てました。私のほうがむしろ添い寝させてもらってるような感じで。チベタンスパニエルは元々猫みたいな犬と言われてますが、確かにチベットのお坊さんの膝の上とかでヌクヌクしてる古い写真などが今も残ってますね。

それにしても、なつめちゃん、嬉しそう(^^)
やっぱり表情豊かですね。

上海たろう上海たろう 2017/01/13 15:04 連投ですみません。今日、ご著書を注文してみました。

届くのが楽しみです。(^^)

maotouyingmaotouying 2017/01/14 20:58 ああ、あの売れない本をありがとうございます。

私はいま、大阪なんばの東横インで、明日のフライトで某国に向かいます。今日、名古屋から移動しましたが、関ヶ原あたりはものすごい雪でした。いまのところ関空は平常通り発着しているようですが、明日はもっと荒れる天気だとか。果たして、無事某国に着けるでしょうか?明日中に着かないと、これまた大変なことになるのです。

では、無事に到着すれば、某国から。ただし、私のPCがこれまた悲惨な状態で、これまで起動が怪しい状態だったので、いつもスリープにして持って歩いていたせいで、バッテリーがいかれてしまったのです。その表示が出たのが昨日。それで、今日はあちこちバッテリーを探し回ったのですが、いまやバッテリーというものは、それが消耗したときには、本体を買い替えるというのが常識だそうで、バッテリーだけでは手に入らないのだそうです。

いまは電源コードで繋いでいますが、これがいつまでもつか怪しい。なんとか頑張ってほしい。なんばにも雪がちらつき始めました。今はホテルで、半年ぶりにテレビを観ています。なんだか、名古屋で頑張っている若いお母さんのことやってるみたいです。では、某国から。

上海たろう上海たろう 2017/01/15 23:08 大変そうなところを、コメントありがとうございます。

日本は秋葉原とかのPCパーツを取り扱ってる店はバッテリーだけ売ってることもあります。が、むしろ、そっちの電子城のゴチャゴチャした店ならありそうですが、、、何軒かあたらないとダメかも。

ノートならバッテリーを外してコードから電源とる方法でしばらく行けると思われますが、コードのほうがダメになる場合もありますから、コードのスペアあったらいいかもしれません。

幸運を祈って。

2017-01-08 永厳寺

ベトナムは仏教国です。しかし、日本も遠く離れた国々の人たちからは、“仏教国”と認識されているようですが、仏教が生活の中に根を張っている度合い、というのはぜんぜん違うと思います。

今回は、ベトナム国内でたびたび長距離バスに乗ったので、窓越しとはいえ、通過する町や村の様子を間近に見ることができました。国境→ハノイはすでに日暮れが近かったし、ハノイ→ダナン→ホーチミンは飛行機でした。ですから、ホーチミン界隈から南部ということですが、とにかく仏教寺院が多いのです。それもほんとうに立派な寺院ばかりで、寂れた街並みの中に突然ニョキッ!と出現したりしました。中国でも“有名な寺”は、それは立派なモノですが、名もない町の名もない寺など、ほとんど廃寺といった風情で、無人になっているところも多いのです。そもそもお寺にお参りに行く人の姿など目にしたことはありません。(あくまで、私の住む界隈)

統一会堂に行った翌日、私はホテルのフロントで聞いた、サイゴンで一番有名な寺−永厳寺(ヴィンギエム寺)に行ってみました。日本に留学した僧が建てた寺のようです。街中でもあり、寺域そのものは特に広いものではありませんでした。本堂が広々としていて、参拝に来ているベトナム人は多かったのですが、ちょっと驚くのは、参拝客の若さです。

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みな本堂の入り口、あるいはもっと前の階段の下で靴を脱ぎ、線香を持って、深々と頭をたれます。このご本尊は、どうやら本物の金でできているようです。もちろん金箔でしょうが、日本にはこんな仏像はないですよね。

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中国と同じで、故人の写真というものを大切にするようです。古い写真をガラスに焼き付けたものもたくさんありましたが、日本では自宅以外で写真を飾るという習慣はないですよね。あと、お供えものというのが、とても豪華なんです。とにかく山のように積み上げてありました。花もすごかったです。お参りに来た人に聞いてみると、これは普通で、祭礼の時はお供え物で堂内が埋まるようです。これらは、仏様と僧のために捧げるのだそうです。

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おかしかったのはこれ。お供えの粥に、寺の人がまわりに御札のようなものを並べたのですが、一番下側に並べてあるのは、なんとドル札(もちろん偽物)。ベトナムドンじゃないんですね。

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参拝客の若さがおわかりいただけると思います。

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本堂の1階のホールで説教をやっていたのですが、その様子が観音像の横にある巨大スクリーンに映されていて、びっくりしました。若い僧侶が、いかにも弁舌巧みといった感じで、何だか人気“芸能人”みたいな雰囲気もありました。

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ところで、先に書いた“靴を脱ぐ”という習慣ですが、ベトナムではある意味日本以上に、“靴を脱ぐ”のです。寺の本堂で脱ぐのはよくわかりますが、私が泊まった安ホテルでも、ハウスクリーニングの女性たちは、みな靴を脱いで部屋に入って来るのです。私はもちろん履いています。ないしは、備え付けのスリッパです。彼女たちは必ず裸足になって、部屋の床を雑巾がけしてくれるのです。なんだか申し訳ないような気がして、いえいえ、脱がなくていいから、などとゼスチャーで伝えても、それは習慣なんでしょうね、素足で入ってきます。

そしてびっくりしたのが上の写真。これは公園にあった公衆トイレです。で、トイレにATMが置いてあったので、それも不思議だなぁと思ってシャッターを切ったのですが、前まで行って、もっとすごいことを知ったのです。ATMの右下に小さな靴置きの棚が置いてあるのがおわかりになると思います。そこにはゴムのサンダルが置いてあって、トイレを使う人は、ここでそれに履き替えて中に入るのです。野外の公衆トイレで靴を脱ぐ、という光景は初めて見ました。

ベトナム人と靴を脱ぐ習慣。強い影響を受けた中国文化ではないし、いったいこれは何なんでしょう?ご存知の方は教えてください。

上海たろう上海たろう 2017/01/10 19:42 こんにちわ。

なつめちゃんのアレルギーが治ってて良かったです!(^^)
いろいろ心配なのは分かります。中国から出国する時もホントにドキドキしました。往日本と書いたラベルをケージに貼って預けましたよ。変な飛行機に載せられないように。笑 本人はケロっとしてベルトコンベヤーの横に出て来ましたが。ちなみに、たろうも実は今は私の両親の家にいます。働いてると見てあげれないから。泣

ところで、ベトナムは行ったことないのですが、もしかしたらトイレが水でビチャビチャはしてたりするから買か?と思ったり、昔いた日本人の影響か、それとも清潔感がタイよりさらに一歩上?なのかな。寺院の隣なら、そういう清潔感に拘ってるのめ分かりますけど。。。

当てずっぽうですいません。笑

でも、中国よりずっとその辺りは文明的というか衛生に対する観念が違うようですよね。

一路平安♪

maotouyingmaotouying 2017/01/11 23:33 清潔好きというのは間違いないです。町全体も、中国と比べてずっときれいで、ゴミもそんなに落ちていません。これは、暑くて湿気があるから、ゴミを投棄すればじきに腐敗するので、自ずときれい好きになるのかなという気もします。トイレもとてもきれいです。便器の横にホース付きの蛇口があって、しょっちゅう水流して洗ってます。でもそれと靴を脱ぐ習慣とは関係ないような。。。こんどこっちに来ているベトナム人に聞いてみましょう。

2017-01-05 儒仏混淆?

私たち10人は、5日に友誼関から“歩いて”国境を越え、ハノイ到着。そして8日に飛行機でダナンに移動し、そこから30キロほど南にあるホイアンという町に向かいました。ホイアンは、16、17世紀に“南蛮貿易”の拠点として繁栄した町で、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。かつては日本人町があったようですが、徳川幕府鎖国政策のために撤退し、現在残っているのは、ほとんど中国人が造った建造物のようです。ベトナム戦争時、米軍基地があったダナンからすぐ近くなのに、破壊されずに残ったのは幸運でした。

私たちは空港から2台のタクシーに乗って移動したのですが、途中で“とんでもない”光景に出くわしたのです。もうおわかりですね、私が黙って見過ごすはずはありません。ドライバーに停車を求め、生徒をほったらかしにして、私は走って現場に向かったのです。見ると、中国と同じで、プロのカメラマンが記録を撮っていたので、私も遠慮なく撮らせていただきました。

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私ももちろん、儒教や仏教の作法に詳しいわけではまったくありません。ただ、この10年間、村でさんざん見てきた葬儀の様子は、ほぼ儒教の作法に則っているはずです。それと比較しての話ですが、同じ所もあれば、違うところもあって、ほぼ仏式だなとは思います。とまあ、あいまいきわまりないのですが、これらはいずれベトナム人に聞いてみたいと思っています。

この親族が着ている白い葬衣は、儒教の孝衣と同じですが、白いハチマキはどちらなんでしょう?この右側にいる派手な衣装を着た人は、閻魔さまみたいに思えますが、そうなると仏教ですね。

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お供えの中に札束が見えますが、ウチらの葬儀では、お札は必ず付きものです。仏式でもそうなんでしょうか?

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供え物はその場ですべて燃やして、あの世に届けます。これもウチらと同じ。

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おそらくこれが霊柩車だと思います。花はすべて生花で、蘭の見事さには思わずため息が出てしまいます。

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これが先導車で、おそらくは親族や閻魔さま(?)が乗る車。下世話ですが、日本だったら、花代だけでいったいいくらかかるでしょう?

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ISUZU車には花輪がどっさり。故人もすでに高齢だし、かなり裕福な家の葬儀でしょう。

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圧巻だったのが、この仏教旗を掲げた“暴走族”まがいの集団。かつては当然徒歩で、野辺送りの行列をなしたのでしょうね。この仏教旗というのをベトナムの寺院ではよく見たし、中国でもときどき目にしますが、日本では見た記憶がないので、Wikiで調べてみました。それもそのはず、かなり新しいもので、1885年セイロンのコロンボでデザインされたものだそうです。私ひとりだったら、こういうときにはずうずうしく、私も連れてって!とバイクの後ろに飛び乗ったでしょうね。残念です。埋葬の現場が見たかったです。

naienaie 2017/01/06 01:39 越南見聞録・・・イイネッ・・・

六文銭六文銭 2017/01/07 01:43  一ヶ月ほど前に葬式を出しました。私のうちのものはともかく、一般的にいって日本での葬式はもともとそんなに派手ではなかったのですが、さらにだんだん地味になっているようですね。装飾は式場の供花とお供えの果物ぐらいです。札束に相当するものは香典でしょうか。お供えを燃やすというより、ある程度のものをお棺の中に入れて一緒に燃やしますが、それにもけっこう厳しい制限があって、係の人の説明を聞いているうちに、ごみ収集のルールを思い出しました。
 かつての走る仏壇ともいうべきキンキラキンの霊柩車もほとんど姿を消しました。ですから、街中で葬儀の車に出会っても、よほど注意をしていない限りそれとはわかりません。
 霊柩車に従う2輪車の隊列ははじめて知りました。乗り手はどんな人たちなのでしょうか。縁者とは関係なく頼まれた人たちなのでしょうか。
 日本の葬儀がだんだん地味になっているのは、高齢化社会で、死者はその段階ではもう社会的つながりをほとんど失っているせいかもしれません。
 最近は、いわゆる家族葬が増えて、お供えの果物も売れないと高校時代の同級生の友人である青果商がこぼしていました。その彼は、私の連れ合いの通夜に、ミカンを一箱持ってきてくれました。

maotouyingmaotouying 2017/01/07 11:54 日本の葬儀は、“喪失”というイメージがものすごく強く、どうしても暗く、悲しいモノにならざるをえませんが、中国(あくまで私の暮らしている地域での経験上)では、“役目を終えた”といった感じが強いのです。ですから、子どもはもちろん、未婚で家族を成していない人の葬儀はまず行われません。役目を果たしてないからです。結婚していても60歳くらいまでの人の場合、葬儀はほんとうに地味で、30代40代だったりするとほぼ密葬のかたちになります。葬儀の主役は子どもではなく、孫で、ひ孫が7、8歳にでもなっていれば、葬列の先頭で写真を掲げるのはひ孫だったりします。で、それはとても立派な葬儀ということになるのです。日本にも“めでた葬儀”という言葉がありますが(今は使わないですかね)、少なくとも、派手な葬儀を行っているとしたら、それは、役目を立派に果たして黄泉の国へ旅立ってゆく人に対して尊崇の念を捧げているわけで、暗く、寂しい事ではないのです。もちろん親しい人を亡くす悲しみはいずこも同じでしょうが、実は最も悲しみをこらえている人、つまり故人の連れ合いとか親は、葬儀にも埋葬にも直接は参加しません。

お供えの札束ではなく、香典というのは別にあります。「礼房」という部屋が別に作られて、親族の友人などがお金を集めて、帳面につけてゆきます。日本と違うのは、袋に入れてなどということはなく、すべて裸で、誰がいくら持ってきたかはすぐにわかります。そもそも、日本ではお金を裸で見せるのは礼を失するという感覚がありますが、こちらにそういう感覚はないです。

日本で家族葬のような形が増えているのは、“死”というもののとらえ方が個人に密着していて、故人と家族、親族との関係に収斂されてゆく傾向が強いからではないでしょうか?それと、葬儀には(いわば、死んでしまった人のためには)あまりお金をかけたくない、という思いもあるのではないかと思います。こちらでは、葬儀は、生きている人(子や孫や親族)が、家族の中で役目を終えた人を見送るセレモニーであって、葬儀にお金は惜しみません。地位もお金もある人が地味な葬儀をやったら、それこそ、生きている人たちが“笑いもの”になってしまうからです。私の界隈でも、あんなに貧乏だったはずの人が。。。と思うこともたびたびです。葬儀には膨大な費用がかかり、かつてはそれは共同体における“冨の再配分”という考え方もあったので、その伝統もあると思います。

2輪車の隊列は、一番前でした。ベトナムは中国以上に村落共同体の繋がりが強いと聞くので、彼らは同じ村の若い衆だと思います。

たろうたろう 2017/01/07 22:07 こんにちわ。初めてブログ拝見んいたしました。こちらの記事の内容と関連がなくて恐縮ですが、実はわたしもチベタンスパニエルらしき雑種を飼っています。6年前はに上海から日本に持ち帰りました。

上海の歩道橋の上でダンボールに無造作に入れられたなんだか分からない死にかけの仔犬だったので、成長するまでチベタンだと分かりませんでした。やっぱりなつめちゃんや色が同じなのでドゥドゥちゃんには更に似ています。女の子ですが名前はたろう。凄く賢い、人間くさい子です。

犬種は風貌とペギニーズと仲良しなところからリサーチして突き止めました。同じような境遇のチベタンがいるのを見つけて嬉しくてコメントしました。

わたしも6年近く中国で仕事してました。今は日本ですが、異文化コミュニケーションの研究などしつつ外資で働いています。チベタンスパニエルはとてもコミュニケーション上手ですよね。中国時代はたろうからいろいろ学びました。

海外でお仕事されている方応援してます。お身体に気をつけて!^_^

maotouyingmaotouying 2017/01/08 11:03 え〜〜っ?!そんなお仲間に出会えてうれしいです。ドゥドゥに似ているということは、やっぱりチベタンスパニエルですよね。ウチのなつめは顔が違うのですが、体型や毛の生え方、性格も、チベタンに間違いないと思っています。私が住んでいる村の界隈には割合に多いのです。もっとも、ほとんどが親族かも知れませんが。一昨年蘭州のチベット族自治区に行ったときも、やっぱりいたんですよ、ドゥドゥそっくりなのが。チベット仏教寺院でマニ車を廻していた、というのを私は納得しますね。おっしゃるように、ほんとうに賢くて、人間くさいです。
そのなつめが、正月に肉のフライを食べさせたら、下痢になってしまって、いまもまだおかゆ食べてます。今朝はだいぶ固くなって、単なる食べ過ぎだけならいいがなぁと心配しているところです。もう8歳を過ぎましたから。たろうちゃんによろしく。

上海たろう上海たろう 2017/01/08 15:17 コメントありがとうございます!
うちのたろうさんも元気ですがもう10才です。

おせっかいは話ですが、なつめちゃんのアトピー治りましたか?うちのもカイカイやってました。卵を絶って、アレルギー犬用の餌にしたらでなくなりました。あれでけっこう繊細なんですよね。笑 あと油ものも好きですがフライものとか(小さい時は中国のKFCあげたのがまずかった)たしかにゲーっとかしますね。笑

でも中国みたいな汚いとこで、怪しいもの食べてたわりに(いやおかげ?)、丈夫で元気です。うちのめ人を選びます。犬もえらんでますね。温厚ですが、いざとなったら勇敢で、リードない柴犬に襲われた時は歯を剥き出して噛み付かんがばかりでした。私が犬の間に傘をはさみ入れました。

あ、あと寝言が凄い。ながーく喋ってます。日本語らしき言葉を。たぶんご飯に関する文句だと思います。

また、犬以外の話題も楽しみにしてます。ちょこちょこ書き込ませていただくかもしれません。あ、私も一応たろうと同じで女性です。笑

maotouyingmaotouying 2017/01/08 20:13 なつめも寝言すごいんです!何語だかなんだか、ほとんど言葉にはなってないみたいですが、ながーくしゃべっていて、夜中に起こされます。やっぱりチベットの草原を駆ける夢でも見ているのかなと、私は思いたいです。

なつめもけんか強いです。気に入らないオス犬が寄って来ると、ものすごい勢いで追い払いますよ、中国にいた頃の話ですが。

アトピーは、ソーセージをあげるのを止めたら自然に治りました。

ご承知かと思いますが、山西省から日本に連れてくるのは、ほんとうに大変でした。お金もかかりました。でもやっぱり置いてくることはできなかったですね、あの当時の社会状況から。でも、今も友人に迷惑のかけっぱなしで、私が帰国するたびに、この先どうしてくれるの?という話になるのですが、ほんと、いったいどうなるんでしょう?なつめも私も。

上海たろうさん、今後ともよろしくお願いします。

2017-01-04 国境に架かる滝

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今からちょうど1ヶ月前の12月4日、私たち(ウチの学校の生徒とスタッフ総勢10名)は、広西省チワン族自治区に位置する「徳天瀑布」というところにいました。高さ50m、幅100mほどの中国ベトナムの国境を跨ぐ滝で、滝の右側(手前側)が中国領、左側はベトナム領です。

私はたしか13年前だったと思いますが、一度訪れたことがあります。というのは、当時ウチの学校で、“国境を見る旅”というのを構想していて、その下見を兼ねて、まずは南方の国境地域を見にゆき、その後すぐに北朝鮮との国境地域に足を運びました。けっきょく南方コースは遠くて経費もかかり過ぎということで、北方コースとなり、その後12年間、毎年生徒たちと一緒に東北地方を訪れていたのですが、今年から南方コースにシフトしたわけです。

13年前に行ったときは、だ〜れもいない静かな山里で、国境線の辺りには銃を持ったベトナム兵の姿も見ましたが、今や一大観光地となっていて、入場料もしっかり取られました。団体の観光客がひっきりなしにやってきて、かつての素朴な風情は失われましたが、かわりに、とても興味深い情景をあれこれ目にすることができ、生徒たちにとっては“意義深い”訪問地となりました。

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発動機付きのおおきな筏が何艘も並んでいて、観光客はこれに乗って滝の下まで行くことができます。今の時期は水量が少ない方ですが、それでも下まで行くとなかなかの迫力です。その観光筏の横に小さな手こぎの筏が横付けされているのがおわかりになると思いますが、対岸のベトナム側からたばこや香水、コーヒーなどの土産物を売りに来るベトナム人です。

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これは観光筏を下りたところ、つまり中国領です。水辺にやはりベトナムのおばさんたちが店を広げていますが、彼女たちは中国側に上陸することはありません。

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滝から上流に15分ほど歩くと、国境碑が建っているところがあります。この新しい碑は13年前にはありませんでしたが、同じ碑の表と裏側です。3枚目の写真がもともとの国境碑で、当時はここにベトナム兵が2人座っていました。

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新築の碑を背にして、左側の中国領と右側のベトナム領を撮った写真。3枚目は、対岸のベトナムの船着き場。観光客らしき人たちもちらほら見かけましたが、観光筏に乗って出てくる人の姿は見ませんでした。

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国境をはさんだベトナム側には、土産物を売るテント張りの店が数十軒、びっしりと軒を並べています。お客さんは当然中国人観光客で(つまり、みなビザなしで越境してくるわけです)、店の人たちはほぼ中国語を解します。売れ筋は、私が見たところ、たばこ、香水(フランスの置土産)に加えて、サンダルのようでした。ちなみにベトナムのサンダルは、色鮮やかでしっかり作ってあり、ウチの女生徒たちもみな買っていました。ウチらの世代だと、ホーチミンサンダル、思い出してしまいますね。

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彼らはどこからやって来るかといえば、この道の奥から。この道路の左端のコンクリートの部分までが中国領で、その左側の草むらはベトナム領です。それを誰から聞いたかというと、路端に停まっていた中国公安のパトカーにいたおっさん。「いつ頃来たら一番水量がありますかねぇ?」などと適当に雑談して、何ら緊張感はありませんでした。つまり、ベトナム人は毎日中国領を通って行き帰りしているわけで、それを取り締まるということもなさそうなのです。聞いてみると、みな国境などは関係なく、自由に行き来しているとか。南寧辺りまでは何度も行ったことがあるといっていました。南寧は広西省の省都で、ここからバスで4時間ほどかかります。

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これは泊まった翌早朝の写真。“走私”(闇取引、密貿易)は禁じられているという看板の前で取引をするベトナム人と中国人。ここでは米が多かったです。おおらかなもので、私にも買わないかと声がかかりました。

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これは滝から下流に数百メートル行った地点、向こう側はベトナムです。川にロープが張ってあり、それを伝って筏で行き来していました。ここでも私に声がかかり、ハノイまで2時間で連れて行くよといわれました。

“国境”といえば、私たち大人ですら、峻厳な山岳や深い谷、あるいは高い壁や鉄条網、厳格な管理と警備兵の姿などついついイメージしてしまうのではないでしょうか?参加した生徒たちにとって、これらの国境の姿を自分自身の目で見たことが、この先の人生、いろいろ物事を考えてゆくときの、何かの参考になればいいなと思っています。