5. まとめ: デフレの展望

5. まとめ: デフレの展望

では、米国はデフレに突入するのであろうか? すなわち、消費者物価が継続的に下落していくという、マクロ経済屋や経済予測屋が最も恐れる展開はあるのだろうか? オーストリア経済学理論から導かれる分析結果は「可能性なし」である。2001年の実質GDP成長は0.13%だった。景気後退下では驚くに値しない数字である。2002年は景気後退が続くか、穏やかな回復が期待されている程度なので、成長デフレが起きる可能性は当面排除できそうだ。一方で、貯蓄デフレが進行しつつある兆候が見られる。AMSが定義している名目収入対通貨供給量比は、2000年4Qの6.53から2001年4Qの6.06まで7.20%の下落を見せている。一方で、名目GDP/MZM比は同じ期間で15.67%下落している。ここから推定できるのは、家計部門が将来への不安を抱いて手元に多目の現金を残している、ということだ。エンロン事件のような出来事が将来も起きる可能性がある、と考えているのだろう。可処分所得から貯蓄に振り分けられる現金が増えるということは、消費者物価への下落圧力につながる。だが、これは短期的な兆候であり、景気後退が終盤に近づき、将来の収入に明るさが見えてくると解消されるであろう。

次に通貨供給側をみてみよう。1999年までの3年間、AMSは年率6.47%の伸びを記録した後、2000年に1.29%減少している。MZMは98-99年に12%伸びを記録した後、2000年は8%の伸び。この通貨伸び率の減少が、現在の景気後退につながっているのは確かだろう。だが、2001年にFedが大幅な利下げを行った結果、同年の通過供給量は急激に拡大している。AMSで12.33、MZMでは20%以上の伸びである。2000年の通貨政策が引き起こしたデフレ兆候は、その後の大規模なFed緩和政策によりすっ飛んでしまった。アルゼンチンのような銀行信用デフレが起きる可能性もない。(浄化作用という意味では必要なのだが) 現金と当座預金比率は2001年に0.96から0.98までわずかに上昇した。すなわち、わずかながら銀行預金が引き出された程度である。仮に景気後退が深刻化し、米国の大銀行が破綻して取り付け騒ぎが起きるような事態になっても、アメリカ指導者層やFedがそのまま放置するような可能性は低いであろう。おそらくFedは銀行を一時閉鎖し、つまり、アルゼンチン的な接収デフレを生み出して時間を買った上で、大規模なインフレ的救済策をとることであろう。

現在進行中のインフレ的景気後退は半年から1年続くというのが大方の合意である。あるいは、予期しない出来事が金融界に発生し、この景気後退は深刻化・長期化するかもしれない。いずれにしても、消費者物価はそれなりの期間、上昇を続けることであろう。今目の当たりにしているデフレとは、皆さんが聞きなれないオーストリア経済理論が魔法のように生み出したお化けなのである。

  • 原文が書かれたのは2002年1月。
  • ネットバブル崩壊と9-11テロとが続き、深刻な景気後退にあった。
  • デフレ到来、という声も多かった。
  • だが、オーストリア学派のJoseph T. Salerno氏は「これはデフレの始まりではない」と断言していた。