何故『東京都青少年健全育成条例』はあんなに歪になってしまったのか、を考える-後編-

ということで本題。
何故『東京都青少年健全育成条例』はあんなに歪になってしまったのか、を考える-前編- - maukitiの日記
の続きです。


本来ならば、そこまで筋の悪くなかったはずの議論が何故ここまでこじれてしまったのか?
その答えの一つとして、前回日記で小説のそれよりも漫画の方が影響力が高いということを書きましたけど、よく考えると漫画よりもずっと影響力の高いものが実はあるんですよね。それは殆ど全ての映像メディアという、テレビが、映画が、そしてゲームというものが。
つまり小説よりも漫画の方がより影響力が強いという論理を持ち出してしまうと(そしてそれは概ね正しいのだけど)、それよりも更に強い影響力のあるものを見逃してしまうという内部矛盾に陥っているんですよね。前者では影響力の多寡によって小説を見逃しているのに、同じ理屈でしかし、漫画よりも強いそれを見逃してしまうという全くの逆の行動を。
小説以上に強いものを全て規制するのならまだ正当性はあったものの、しかし漫画やアニメ以上のものには触れようとしない。彼らはこの矛盾を、真っ当な方法ではなく、なんとか無理矢理にでも解決しようとした為に、結果ここまでこじれてしまった。


さて置き、ここで最初の問いである「なぜ『青少年健全育成条例』があんなに歪なものになってしまったのか?」や「なぜ『非実在青少年』というトンデモ思考が生まれたのか?」についての答えがここにあると思うんです。
もちろん全く根拠の無い僕の当て推量ではあるんですけど、多分彼らは、漫画やアニメをより強く規制しようとしつつも同時に一般のマスメディアには触れないように気を使った結果ではないのかと。ああした歪な形の『表現の自由』の議論や『非実在』という斜め上の方向に至ってしまったのは、別にそうした方向を初めから狙っていたわけではなくて、より反対の声の大きな(と彼らが想定した)マスメディアへの規制を避ける為に何とかアイディアをこねくり回し、結果的にそうなってしまっただけだったと。
彼らはその内部矛盾を回避しようとして、しかし、より訳のわからない方向に行ってしまった。

故にそれは陰謀でさえない

だから今回の話って、よく言われるような例えば「石原都知事の漫画嫌いという偏見がこうした条例に至った!!!」とか「今回の騒動が報道されないのはマスコミは石原都政におもねっているからだ!!!」とか、そういう陰謀論でさえないのだと思います。
むしろ今回の条例は彼らが初めから狙っていたものではなく、彼らはより穏便な方向を望み彼らなりに考えた結果として今回の条例に至ったのであって、それは彼らの浅慮さの証明ではあっても陰謀の存在の証明では決してない。そして同様に大手マスコミが沈黙したのは陰謀などではなく、単に飛び火が来るのを恐れたからじゃないのかと。漫画アニメ規制の先にある規制を。



結局の所、どちらにしても彼らの浅はかさの証明でしかないと思うんです。彼らの浅薄さと日和見の証明でしかない。まぁそれって「陰謀」などという知的行為からはまったく逆方向の行為じゃないのかと。
ともあれ、皆さんはいかがお考えでしょうか?