七姫物語(6) ひとつの理想/高野和/電撃文庫

七姫物語 (電撃文庫)

七姫物語 (電撃文庫)

定まらぬ世界のかたち、幾重にも交差する姫影、夏草が匂い立つ季節の中で、複雑に混じり合うのは東和の模様。


東和と呼ばれる世界。七つの都市がそれぞれ象徴となる姫を擁立し、にらみ合っていた時代。主人公の空澄もまた七人の姉妹姫の末妹としてあった。彼女を担ぎ上げたのは一癖も二癖もある将軍テンと軍師トエ。この二人の活躍にも押され、長年対立していた一宮と二宮が連合し、それに対抗しようと地方の残り五都もまた同盟する。今、東和は再編の時を迎えようとしていた。


三年ぶりの新刊にして完結編。前巻のあとがきで「次で東和七姫の物語は大方は決着する予定です」と言っていたので、突然の打ち切りというわけではない。内容も特に焦って話を畳んだようなところはなく、今までと同じように戦争やってるわりにどこかのんびりと時間が流れていく。それまで様々なことを見てきて、ほんの少しだけ何かを掴んだカラは、カラカラさんとしてではなく「空澄姫」として、クロハさんではなく「黒耀姫」と対面。自らの決意を語る。この後もまだ東和の物語は続いていくけれど、ひとまず第一部完、というところで〆。


戦争そのものより政治や外交の描写が多い(それだけに数少ないバトルは緊迫感あっていいんだけど)この物語の性質上、七姫戦争の行く末も、どこかの勢力が天下を取って完結、カラは幸せに暮らしました、めでたしめでたし、という感じにはならないだろうなあとは思っていた。「雄大な歴史の一部分を切り取っただけ」という感覚は「銀英伝」や「封神演義」など歴史物の醍醐味ではある。……でも、それでも。それにしても、え、ここで終わり?という感は強かった。完結したという実感がまるでない。綺麗に終わりすぎて、逆に何事もなかったのように次の巻が出てもおかしくない。電撃のメルマガで「完結」の2文字がなかったのは売り上げ次第では……?ということなのかな、なんて思ってしまう。世にも稀有な読後感ではあった。


……ところでこの作品、「ジブリっぽい」とよく言われる。語彙の豊かな自然描写、匂いまで漂ってきそうな食べ物の数々、全体を通した柔らかい雰囲気、それらをビジュアライズした尾谷おさむのイラスト(自ら「ジブリに影響を受けた」と公言してる)などのためだろう。が、自分としては七人のお姫様の純粋さ、気高さ、凛々しさ、芯の強さこそジブリ、というか宮崎作品っぽいなあと思う。

争いは望まないけれど、上を目指せば競い合いは避けられない。競い合わなければ、多分、高みへは行けない。競い合わずに高いところに辿り着けるのは、きっと、初めから高い場所を知っている人だけだと思う。
私は知らない。見上げただけ。そして、私が手を伸ばした先は、きっと、ずっと遠い。


たとえば悪者二人に担ぎ上げられた傀儡のお姫様という役割に任じている主人公・空澄姫の、純粋無垢だけが「売り」と思われていた彼女の、強さ。それは様々な世界のかたちを見ていたいという欲望だ。善も悪もあまり関係なく、具体的な目的や将来像もなく、ただひたすらに色んなものを見てみたい。飽くなき好奇心。そんな彼女は言ってみれば鏡のような存在で、その曇りなき眼で見つめられることでこちらの自己欺瞞が浮き彫りにされてしまう。そしてそれを咎めてくれるわけでもなく、ただ興味をなくし、こちらを見なくなる。結果、1巻ラストの琥珀姫のように自分を無価値だと思い込んでしまう。


戦記もののわりに日常描写多めでシリーズ通して柔らかい雰囲気で、泥に塗れたりしないので表面的にはあまり目立たないけれど、彼女たちは強かった。そして彼女たちを生み出した作者のお姫様愛は、きっと米澤穂信にも劣らない。できれば、いつかまた彼女たちとどこかで再会できることを祈りつつ、高野先生、お疲れ様でした。

  • わりと百合百合しいよねこの話。各都市がお姫様を擁立して天下取り、という初期設定からしてなにをかいわんやだけど。伝統的な庶民派妹とお嬢様姉の1×7を始めハーレムの1×陰とか反目しあってる1×2とかとか悲劇のカップル3×4とか悪戯な双子に翻弄される堅物の5×3×6とか素晴らしい。
  • 空澄姫は他にもトエル、テン、ヒカゲさん、衣装役さんと意外に欲張り。
  • 琥珀姫は結局何のために戻って来たんだという感がなくもなかった。
  • 最後まで地図がつかなかったのが残念。有志の人が作成してくれたものはあるけど……
  • 新刊に向けて再読してたんだけど、いっこうにペースが上がらなかった。こういうのが当初の予定通り進まないのはいつものことなんだけど、特に七姫は夢中になってページをめくる手が止まらない!って作品じゃないからなあ。腰をすえてゆっくり読みたい。
  • 高野和先生はデビュー作除いて全著作のあとがきで遅筆について謝ってるんだなあ。好きな作品で毎回内容が濃ければ3年くらい待てる体になってしまったので、たまには「この3年間書くのをやめたことは一度もない。ただ掲載誌の休載などが重なって、発表できないでいたのだ。だから安心しなさい、友よ。」くらいのことは言ってもいいのよ。
  • 電撃hpに収録された『東和紀行 晩夏、そして早風』『挿話 向日葵の光景』が収録された短編集を是非に。
  • 七姫ストーリー要約:わたし、気になります
  • ご愁傷さま二宮翡翠