木下順二さんの『巨匠』

昨日、ユダヤ人に関する日記を書いていて、木下順二さんの舞台劇「巨匠」、正確にはこのことについて書いてある加藤周一さんの本「私にとっての20世紀」岩波書店刊を思い出してしまったので今日は「巨匠」について。
ナチ占領下のポーランドのある田舎町。
上からの命令でこの町の教師、医師、ジャーナリスト、俳優を射殺しにナチの将校がやって来る。町の人々は広場に集められるが、今では俳優では食べていけなくなって役場の書記をしている男が俳優志望の青年に向かって、私は俳優だった、と言っている。
彼は『お前は役場の書記で、俳優はアマチュアだろう?』と言うナチの将校の前で、『俳優です!』と言い張り、将校の前で自己のアイデンティティを確立するため、それこそ命がけで「マクベス」の一場面、幻の刀が空に刺さっているのを追いかけていくマクベスを演じる。
俳優志望の青年もナチの将校もその演技を観て感動し、『あなたは役場の書記ではない、俳優である、それも名優である。』と言って、彼を射殺する。
というのが粗筋だが、加藤周一さんは「役場の書記は俳優志望の青年に向かって、ということはポーランド人民全てに向かって、自分が俳優であるということを認めてもらいたかった。自分の命を懸けても自分の誇りを守りたかった」と言う。
自分一人が「僕は俳優だ」と思っていても意味がない。社会との係わり合いのなかで、俳優として認められなければいけない。「生きていく意味」も社会全体との係わり合いのなかでとらえていかなくてはならない、と思った。
明日からまた、プルーストの「失われた時を求めて」に戻ります。