ロバート・J・ソウヤー「イリーガル・エイリアン (ハヤカワ文庫SF)」

mike-cat2005-07-23



傑作「さよならダイノサウルス (ハヤカワ文庫SF)」の記憶も新しい、新お気に入り。
満を持して、2冊目に取りかかる。


まず結論から言うと、今回も非常に面白かった。
高度な遊びと、洒落の利いた、これまた傑作。
SFとしても優れた設定がなされている一方で、敷居は決して高くない。
読みやすく、かつ深みのある、とにかく楽しめる一冊だった。


大西洋のど真ん中に、宇宙人の着陸船が不時着した。
人類史上、類を見ない異星人とのファースト・コンタクト。
アルファケンタウリ星系からやってきたトソク族は、
その優れた科学技術で、人類とのコミュニケーションも容易にこなした。
国連で友好のスピーチを行い、世界各都市を回るツアーも行ったエイリアンたち。
しかし、ある日その友好ムードを揺るがす事件が発生する。
異常な手口で行われた、猟奇殺人事件。その容疑者は、トソク族のハスク。
かくして、事件の真相究明は、法廷に持ち込まれることになった…


エイリアンが殺人事件の被告、だ。
誰がこんなこと思いつくんだ、って、ソウヤーが思いついたんだが、
とにかくすごい、としか言葉がない。
この法廷シーンが、ジョン・グリシャムも顔負け、という本格ぶり。
リチャード・ノース・パタースン、とは言わないけど)
アメリカの裁判では恒例、というか、事件の行方を握る陪審員選出のシーンなんて、
ニューオーリンズ・トライアル」のタイトルで映画化された、
陪審評決〈上〉 (新潮文庫)」「陪審評決〈下〉 (新潮文庫)」さながらの、凝った演出がなされる。


ハスクの弁護を務めるのは、公民権運動で名を馳せた、往年の名弁護士デイル・ライス。
声はジェームズ・アール・ジョーンズそっくり、というのだから、これまた泣かせる。
つまり、ダース・ベイダーがエイリアンを弁護するのだ。
とことん突き詰めれば、反則ではあるのだけど、
著者の遊び心と理解すれば、こんなに楽しいことはない。
そして、その遊び心は、こうした部分の洒落っ気だけにとどまらない。
エイリアンに対する偏見、という公民権運動の原点にまで立ち返ったレベルで、
裁判の行方を討議・追求していくライスたち弁護側のスタンスが、まことに心地よい。
SFだから、法廷シーンはこれくらいで、的な甘えはない。
SFとしても、法廷ミステリーとしても、徹底的にその設定を利用して、
その仮定世界を楽しもうという作者のどん欲さが、グイグイと伝わってくる。


そんなわけで、〝エイリアンを裁判にかける〟という仮定のもとに派生する、
およそ考え得る限りの仮定条件は、ほぼ余すことなく描かれるのだ。
まず、エイリアンに〝ミランダカード〟の読み上げが機能するのか。
いわゆる、容疑者の権利、というやつだが、
黙秘権とかそういった概念の説明からして、エイリアンに通じるのか、問題が生じる。
そして、仮釈放だ。保釈金は?、逃亡を防ぐ手だては?
で、いざ弁護に当たってみれば、
心神喪失の訴えはできるのか、とか、前述の陪審員選出では、どういった方針を採るのか。
検察の方だって、証拠集めだけでも、すべてが手探りの世界だ。
たとえ、死刑が決まったって、安心できない。
どうやって処刑するのか、それすら未知の領域なのだから…


そういえば、エイリアン来訪の目的は何だったんだろう、
という非常に本来的な問題も内包しながら、裁判は進んでいく。
こういう設定では欠かすことができない、宗教的な議論も、漏らすことなく語りあげられ、
物語世界は非常に哲学的な風合いも帯びてはいく。
だが、それが決して小難しい方向に走らない。
あくまで、エンタテイメント的な味わいを決して損なうことなく、
ストーリーは小気味のいいリズムを奏でながら、快調に展開していく。


そして、そんな壮大な設定を、気持ちのいいラストにまとめ上げる、
その手練れたるや、もうただただ、うなるしかない。「すごい…」と。
またも傑作に遭遇し、読書の愉悦を味わうことができた。
つくづく、ソウヤーに出逢えてよかった、と実感する。まだ2冊目、だけど。
次回のソウヤー予定(造語)は「ターミナル・エクスペリメント (ハヤカワSF)」。
心身とも準備を整えて、臨んでみようと思う。ああ、楽しみだ。