漂流する映画館 〜 5 windows

この映画上映を知ったのは、散歩していた街で初めて入った喫茶店に置いてあった「港のスペクタル」というイベントのチラシだった。「路地裏の空き地や建物の壁面がスクリーンへ、店舗やカフェが劇場へ、街全体が映画館に変貌します。」そこで上映されるのは、瀬田なつきの新作だって!
期待が高まったなか、次第に明らかになるこの試みにワクワクした。

「漂流する映画館”Cinema de Nomad”。シネマドノマドは、横浜の街を映画館に変えてしまう試みです。5つの空間と5つの物語「5 windows」を、街を「漂流」しながら体験します。

これぞ私が待ち望んでいた「瀬田なつき映画」になるんじゃないかしら!なんといっても瀬田監督が映しだす街の風景が好きだ。そこにはその街に流れているリズムがあるからだ。創作物である映画に合わせて街を撮るのではなく、映画と現実にあいだにクッキリ境界線を引かずに、街が人と一緒に呼吸をしている*1

私が「散歩」好きなのは、点と点と点のあいだこそが楽しいからだ。季節の花々、草木の色、猫が寝てたり子供がはしゃいでたり、変な看板見つけたり。点というのはうどん屋さんだったりカレー屋さんだったり、映画館やギャラリーやレコードショップだったり、喫茶店だったりもする。そこへ行く・見ること「だけが」目的なのではない。その行き帰りの道中含めて「映画を観る」だ、私にとっては。その気持ちを押し上げてくれるようなこの企画が楽しみだった。

10月最初の金曜の夜、横浜の黄金町を漂流しながら出逢った5つの物語。それは私の日々をふっと浮かび上がらせてくれるような魔法に満ちていた。5 windowsの向こうにもうひとつ、私の「窓」があった。


実際のところ期待を上げすぎてしまった部分はある。でもそんなアレ?ってとこもまあ、散歩であるからして。
見終わって頭のなかがぐるぐるしてた。その気持ちは未だ文章にまとまらないし、もちろん映画論として語るなんて出来ないし、日にちもだいぶ経ってしまった。でも。私の記録として長々とここに記そうと思う。


17:30 もうひとつの「5 windows

会社を出る。ターミナル駅まではいつもと同じ道程だけど、今日はちょっと違う気分。渋谷駅から東横線に乗って横浜へ向かう。会社帰りに乗ることが新鮮。けっこう混んでてツラかったけど、日吉で一気に人が減った。
横浜駅到着。改札を出たら左が「西口」、右が「きた西口」、どっちにも「京急」書いてある。いったいどっち?コンコース上では超アウェイ、オロオロする。横浜は未知の場所過ぎる。京急ホームにようやく到着、赤い電車に乗れて嬉しいなピロピロピローン。
19:00、黄金町に到着。川沿いに珈琲屋さんを見つけた。後で寄る時間あるかな。「試聴室」にも寄りたいなあ。その先にある真新しい交番の上に鷹?

橋を渡る。光がキラキラ。

集合場所の映画館ジャック&ベティに到着、受付のオンナノコがみんなカワイイ…。いかにも芸術系のオシャレさん*2。受付で貰ったチラシにこう書いてあった。

・シネマ ジャック&ベティを出発後、4つの上映会場を自由な経路でご覧いただきます。5つ目の上映会場はシネマ ジャック&ベティです。
・漂流に時間制限はありません。途中休憩にカフェやレストランに入って頂くことも可能です。

瀬田なつき監督による約5分の異なる短編が、点在する4つの会場でループ上映され、私たちはこの街を歩きながら(漂流して)それぞれを見て回る。そして最後はこの映画館での約25分の作品でシメ、なのだ。
おおー、そうか、ただ映画見るだけじゃなくて、途中お茶する余裕もあるってコトか。珈琲屋さんは行きたいなあ。ごはんも食べたい。さて。どういうふうに回ろうか、地図を見ながら考える。まずは定員制の「CROSS STREET」に行こう。混雑する前に。角を曲って進む。商店が並ぶ。

歴史を感じさせる文房具屋さんの建物。チェーン店もあるし、80年代を思わせる店構えのところもある。この時間、半分閉まってる感じ。おお、自家焙煎珈琲喫茶店を発見、ちと古いけど良さそうだ。あとで寄ろう。

地図に寄るとあの角の建物が…

19:10 「CROSS STREET」

本日1本目。既に10人強は並んでいることと会場のそっけなさに驚く。ここ、オシャレなイメージでつくったハコみたいだけど、地域の集会所的な使われ方。そんな雑然とした中にただ「映画を観る装置」が置かれていて、文化祭ぽくて一気に期待感が冷えてしまった。こういうところにも気を使った企画だと思ってたのになあ。10分ほど待って、中へ。ミニミニ映画館のような「木の装置」のなかを覗くと、小さな画面にDVDの粗い映像だったので拍子抜け。とはいえ、映像の薄く且つ強度を持った印象にクラッとして引きこまれた。音の粒。光の粒。水の粒。揺れるワンピース*3。水色のサンダル。少女のキラメキ。何かの断片のような、実験的な要素の強い映像に思えた。あー、ここじゃない場所で見たかったな。。。「映画館」というハコに縛られないことがコンセプトのはずなのに、結局ハコに縛られてしまったようで、自分のココロの狭さが残念。


さて。次は何処へ行こうかな。さっきの珈琲屋さんへ行きたいけど、今の上映で並んだことがちょっとした不安を呼び、同じく定員制で最も横浜寄りの会場に向かうことにした。


地元の人の生活の一部のような、ちょっと古めの喫茶店がけっこう多い。ミニストップの角を曲って川沿いを歩く。大きな高層マンションが建築中。ファミリー向けのようで、まあ確かに横浜に近いし便利だよねえ。かつての街並みを一掃して新たな街並みを作り出そうとしている黄金町は、たまにくるたびに変わっていく。

19:40 「日ノ出スタジオ」

本日2本目。高架下の”飲食”店が立退き後、”アートスポット”になった場所。高架の”天井”に貼られたスクリーンを階段に座って後ろを仰ぎ見る(階段の上がスクリーンのため)格好で見辛い。更にヘッドフォンをして音を聴く。かなり違和感。映像はストーリー仕立ての映画然としている。音は生活音を強調して直接耳を震わしつつ、上を実際に走る列車の響きが体を震わせる。隙間みたいな場所で、外でもなく中でもない曖昧な空間。見ているような眺めているような曖昧な鑑賞。
音楽担当は蓮沼執太、この人の音はやっぱり2000年代後半の音。世代が違うなあって思わされる音の処理。


見終わって再び川沿い。

あー。ここで前も写真撮ったなあ。Y字がいいあんばい。前に来たときは高架下もまだ工事中のところが多かったけれど、今はキレイに舗装されてギャラリーが増え、作品の展示に使われていた。

剣道場では練習中の子供たち。犬の散歩してる人。暮らす人々の普通の夜。かと思えば家の2階の窓に映像のアート作品が映しだされる普通じゃない景色。昔も今もなかなか日常にさせてもらえない街なのだなあ。

橋をわたって、向こう岸を歩いて、横道曲ってふらふらしつつ、また向こう岸へ。橋があるから遠回りせざるを得なかったりする。ちょっとお休みしたくなった。

珈琲屋さんへ。駅から向かうときに気になった店。カウンターだけの小さな店で、常連と思われる女性2人と店主さんが会話中。浅めの豆を尋ねるとすすめてくれたブラジルを頼む。さっぱりとした味わい。明らかに新参者なので店の人に今日はどうしたのかと聞かれる。「この街を回って映画を見るというイベントで〜」などと話したけれど、店の人は知らないようだった。町内の飲食店も協力してるかと思ってたけども。

20:30 コインパーキング

3本目。高架沿いの路地の片隅、コインパーキングに人が集まっている。お隣の家の窓枠がスクリーンになって、上映されているのだ。

これぞ、街と映画が溶け込んだ格好でなんとも素敵*4。真昼のこの街の光のやわらかさ。さっき降り立った駅や川や橋を画面の中のオンナノコが歩き、列車に乗る。そこへ実際に赤い列車が走ってくる。ああ私と街が溶けていく。制服姿のオンナノコの視線。近い記憶の中のオンナノコのまなざし。この作品、いっとう先に見たかったなあ。。。


再び川を渡る。「タチンボ」の女性とすれ違う。

「犬を洗える」てどういうこと…。

20:40 「nitehi works」

さて4本目。カフェの2階へ上がると、一面に張られたスクリーン。ギャラリーで「映画を見ている」感じ。自転車が走る。染谷将太くん。横スクロールで走る様が気持ち良い!どんどん広がっていく。私も一緒に呼吸する!ふと、小沢くんの「buddy」のPVを思い出した。だって川沿いを走り橋を渡る自転車!そして、列車が緩やかにカーブしながら走る線の美しさに泣きそうになる。
終わって奥へ回ると、ダンボールを重ねてつくられたスクリーンだと気付かされ驚く。ダンボールの断面の穴によって向こう側が透けて見え、ループして再上映される映像が動き出して息を呑む。木々の葉や自転車の動きで光と影が変化していく。その光に吸い込まれてく。楽しくてもう1回、裏から見てしまった。

階段を下りるとフリースペース?かなにかになっていて、外を見下ろすことが出来た。

外は静かで、あまり人が通っていない。夜、生活圏から離れたこの街で過ごしていることが不思議。こういうぽっかり感好き。

1階のカフェも見下ろせる。この派手な感じは90年代っぽいねえ。

さて、最後に映画館へ戻らないと。気がついたらもうすぐ21時。上映はあと2回しかなかった。あらら。
向かう途中、カーンカーンと金属を叩く音が聞こえてきて、なんだろなと思ってたら小さな男の子が標識の棒を叩いて遊んでいた。

20:55 「ジャック&ベティ」


当初、私といっしょの時間に出発した人はいなかった。各自のリズムで自由に回るってこういうことなのだなあ。
最後の映画だけは25分ほど。始まってそうそう、「瀬田」印なモノローグのリズムにぐっときて、こころのなかでダンスした。そしてこれまで見た4つの映像が重なりあう。薄いレイヤーで重なりあうけれど混じり合うことはない。太陽の光、風、水しぶき、葉のざわめき、すれ違う人々、その中で私は見えるものも見えないものも発見し、私を作っていくのだと思う。時間を読み上げるモノローグに、同じ時間軸のうえでそれぞれが生きている時間を思う。「14時45分」と「14時50分」の、大きな断絶。私の時間は進んでいる。不在喪失記憶幻想過去未来、今。

瀬田なつき監督の作品は映画に詳しい人がみたら影響下にある作品を指摘したり、技術的なことを論じるのだろうけれど、それよりなにより、実にチャーミングで、瑞々しく光を放っているところが素敵だなあ。

見終わってぼーっとしてしまった。からだのなかからすーっと風が吹いていた。外へ出て、川沿いを歩いた。

自転車に乗った染谷くんとすれ違った気がした。試聴室のライブはまだやっているのかな。

あの子もこの月を見ているのだろうか。


「5時半から9時半のクレオ」ばりな夜だった。赤い列車に乗り込んで、次の駅を過ぎたときに車内に充満するお酒の匂いにげんなりした。金曜の夜ね。数駅先の横浜で乗り換えのために階段を降りているそのとき、ふと、あのメロディが浮かんできた。映画の中でなんどもリフレインされたあの曲。このタイミングで思い出すなんてね。
これからも不意にあのメロデイーを口付さみ、あの風景を思い起こすことだろう。スクリーンの中と外が融け合ったあの街を頭の中で散歩することだろう。

*1:「東京公園」は未だ見ていなくて、先に原作を読んでしまったのだけど、瀬田なつき監督で染谷将太くん主演の映像が頭の中で上映してた。勿論青山監督の作品として見ることを楽しみにしている

*2:余談だけど、佐々木敦絡みの映画やライブ見に行くと男の子の服装が「眼鏡・アウトドアなジャケット・ハーフパンツ」が多いのは何故。世代的な流行りの定番服だから?今回もそういう人けっこういた。

*3:衣装協力シアタープロダクツだった、そういえば元々この企画に絡んでいるのよね。かわいかったなーあのワンピ。私はゼッタイ着れないけどさ…

*4:写真すみませんすみません、映画泥棒…