theory into practice(理論から実践へ)

昨日4日の会合は午前も午後も今後につながる楽しい会だった。午前はこれからフタを開けるので正しくは楽しみができたというところなのだが、GH対象の調査結果が出てきたので、整理をしていく。ただその際の議論が6日の議論(後見人はどこまで身上監護、意思決定支援をやれば良いか)にずいぶんと示唆的だった。私が勝手に考えているだけではなく、だいたいこんな方針でかまわないんだなと思えたというところで。

午後のほうは theory into practice という意味でいろいろ考えた。先日埼玉で得られた視点が役に立ちそうだった。コンフリクトの課題は上手く意思決定できないことと関連しているので、コンフリクトだけ見ると混乱する。また、外からの意思決定要請は、極端な言い方をすれば本人には役に立たないし、求められても答えようがない。だから答えなくて良い。もっとそれよりやることがある。

そういうことをもう少しまとめて何処かに書きたいと思えるようになった。

ブログの使い方を考えてしまう

放っておいたブログを久々に見る。3年空いているじゃないか。

ブログがある程度まとまった記述をイメージしてしまうと、お気楽なfacebookに流れる。
そしてまとまった記述を出来るほどに時間もない。
ので、書かなくなる。

ただ、facebookでもときどき短文よりも少しだらだら書くことはあり、そうしたときは同文をこちらにコピペしても良いかもしれない。

ひとまずそんな感想。


明日は夕刻に日弁連の勉強会。今回は登壇側で、主に豪州に例を取って意思と選好(will and preference)からみた意思決定支援を紹介。に引き続き、成年後見人として意思決定支援を念頭に置いた身上監護はどこまでやるべきなのかについて議論をする。

成年後見制度利用促進基本計画に関する連続学習会(第3回)「成年後見制度と意思決定支援」


その前に、朝イチで出せと言われている書類がまだできていない。

全国権利擁護支援ネットワーク 実践交流会

(2014年8月23日、於千葉県弁護士会館)

■基調講演
「権利擁護における意思決定支援とは」 佐藤彰一

■分科会
(1)「成年後見と意思決定支援」
(2)「社会福祉協議会の権利擁護支援」
(3)「成年後見以外の権利擁護 」

概要補足→http://on.fb.me/1q90OiJ
他の参加者からの記事→http://goo.gl/Qim0iC

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以下感想。

今年度の実践交流会のメインテーマは意思決定支援だったと思うが、そのうち私が参加した第1分科会「成年後見と意思決定支援」は、事例を通じて意思決定支援のあり方を考えるものだった。7〜8名のグループで、司会進行役にしたがってメンバーが思うところを話す。事例は、認知症の高齢者(女性)が入退院を繰り返す中、自宅でこのまま暮らすのが良いか、それともGHや施設へ入所するかが焦点となったが、後見人を含む関係者の調整によって自宅で死を迎えたというものだった。早期にご本人が愛猫との暮らしを望み気にしていたこと、また近隣の友人の意見などが要因となり、さらに対立要素も特に見受けられなかったため、比較的穏当に自宅生活の継続が進められたようだ(という各位の評価)。これ自体は悪くない。情報は少なかったがおそらくご本人の意思表出は十分ではなく、だから論点として本人の健康状態、経済状態ならびに重要な関連情報の整理と検討が行われた結果、上記のような支援となった。良い支援を行えたのだろうと思われる。

ただ私が気にしたのは、この分科会が意思決定支援をテーマにしていたにもかかわらず、取り沙汰されていたのが代行決定のあり方のみである点だった。事例自体は悪くない。代行決定のための最善の利益検討を論じ合った帰結は反対しない。しかし参加者はみな、これを「よい“意思決定支援”の話し合いができた」と思って帰るのだろうかと懸念した。

基調講演でも「supported vs substitute」が説明されていた。講演中でも、日本ではまだ代行決定プロセスまでを含めて狭義の意思決定支援と混同しているのではないか、のような指摘もあった(私もその点は同意する。かつて京都の研究会で報告書に書いている)。ならば分科会においても、「supported desision-makingの可能性を検討したのちに、初めてsubstitute desision-makingに移行する」手続きを意識化させることによって、両者が異なる(それぞれにある)ことを理解してもらう構成を準備すべきではなかったかと思うのだ(そして、できればその検討をしやすい事例の準備...最初は比較的軽度の方がわかりやすいかもしれない)。自分の発言の順番で、私はその点を問題とし、本人の意思をどのように収集すればよいか、本人の意見がいつ確認されたデータなのか、今もそうなのか、聞き取れるのか聞き取れないのか、聞き取れると仮定した場合はどのような環境を工夫すればよいか、などを含む、本人の意思に関するデータが不足しているのではないかと発言した。そして、なぜMCAで第一原則以下を置くのか、考えてみて欲しい、と話した。しかし(理解した人もいたかもしれないが)、「それはわかるが、今回の事例では重度の認知症で意思表出が望めず、友人の発言などに基づいて検討することが妥当だった」「MCA原則というが、実際の現場では難しいのではないか」などの意見をやんわりともらう(この辺は記録していないので私の意図的な誇張を否定しない。架空の演出と思ってくれてよい)。繰り返すが、この事例の結論に反対しているのではない。ただ、研修の場で、これを意思決定支援の妥当例として理解されるのは、少なくとも重要なポイントを学び損ねている(あるいは誤解する)のではないかと気になったのだ。日本での意思決定支援はこんな感じが妥当だ、とするのならば別なのだが、しかし私個人はそれはまずいと思う。

今まで私は他の研究会(「現場の意思決定支援研究会」ほか)や事例検討会の中で具体事例を話し合った末にひとつ感じることがあった。どうやら私たちは、supported desision-makingの段階で行うべき試み、すなわち、本人意思の確認をどのように行うか、そのための様々な手段、努力、そして具体的な達成イメージを持ち合わせていないようなのだ。Code of Practiceには、「本人の意思を受け取るためのあらゆる努力」として、時間や場所を変えてみること、聞く人を変えてみること、デバイスを工夫すること、などなどが紹介されている。事例検討に際して、本人にそのような可能性はなかったのか質問すると、そういえばやっていないとの返答を得る。思うに私たちは、代行決定に移る前にすべき手続きについて具体的な方法を知らない、あるいは丁寧に検討したことがないという、経験不足の状況にあるように思われる。話し合っていくと、その検討が欠けていたと気づかれる。いつもチェックを行うかは別としても、少なくとも何回かは検討して、自分の意思決定支援の流れの中で「本人の意思能力存在仮説が棄却されたため代行決定に移っているのだ」との気づき(認識)を持つことができるようになったほうがよい。

MCAならびにCode of Practiceを勉強し始めたころから(最近まで)、私はMCAの手順が常識的というか大まかで、あまり実用的ではないような感覚をどこかで持っていた。なんだかぼやーっとした話だなあと思っていた。しかし実際の事例について意見交換してみると、その常識的な手順すら確認できずに代行決定を意思決定支援として進めていこうとするのを目の当たりにすると、この手順をどのように順守するかが今の私たちにはむしろ重要なのかもしれないと考えるに至る。

関連して、私はいわゆる「意思実現支援」を意思決定支援プロセスといったん切り離して考えるほうが良いと主張している。しかしこの主張の言わんとするところをなんとなく理解するとしても、受け入れてもらえる(賛同される)ことは多くない。そのことと、「実は意思決定支援って私たちのソーシャルワークの中ですでに行っていることなんですね。」との発言は近いところにあるように思う(そういう場合もあるとは思うが)。現状ではまだ慣れないsupported desision-makingについて、今はまだ意図的に明確化するほうがよいのではないか。supported desision-maikingはその過程あるいは結果として、相手を突き放すことを含む。良く言えば、適切な距離を持つ、あるいは自己と異なる他者として尊重する。それは一定の難しさや不安(リスクとまでは言わなくてよい)についても、相手にゆだねることを意味する。しかし「実現支援」もコミにすると、どうしても相手の思いとの同一化が早々に図られてしまうように思う。“実現の是非はともかくも、あんたの考えはどうなんだ”と考え求めることが、先ずは必要なのなのだが。
保護的支援の傾向が強いアジア圏域で(これ自体は良い悪いではない)、supported desision-makingのような関わりが受け入れられ、実践されるかはわからない。日本での実践においてもひとつの壁となるのかもしれない。

追記
事例検討する場合、最初は軽度の方がわかりやすいのでは、という点を補足(8.27)。

障害学生のインターンシップ

ここ何年か、若干名が企業のインターンシップに参加するようになってきていましたが、今年は少し事情もあって7名のインターンシップ参加者がいます。私が把握しているだけなので、他にもいるのかもしれません。

障害学生の求人については、ここ何年か活発になっているように思われます。もちろんハロワや六本木、あるいは各種人材会社(といえば良いのか)のイベント等は行われてきましたが、大学の障害学生とチャネルが合ってきたのは、近年のような感じがします。実際、企業の本学訪問(障害学生の求人を目的とした)も3年ほど前から増えてきています。この点については、さらにその前から始まった、障害学生の大学入学者数増加と連動している点だけでなく、企業側での変化もあると思われます。
それに加えて、いわゆる就活の後ろ倒しがインターンシップを刺激しており、その波及として障害学生も参加が多くなってきたのかもしれません。これらはおそらく複数要因の複合なのでしょう。

昨日は、2名がお世話になっている、某携帯会社の担当者がお見えになり、挨拶させていただきました。
9月になると、別のPC関連会社でのインターンシップが始まります。その方々とは、今後のインターンシップの持ち方について話し合いをする予定です。
インターンシップは見学のような短期から長期に渡るものまであります。また中身も擬似的な体験から、新入社員のように業務分担して成果を求める対応までプログラムもいろいろです。今回のインターンシップは、いずれも2〜4週間の、しかも有償を基本とする、比較的じっくり取り組むプログラムのようです。すでに始まった学生の話を少し聞いたところ、聴覚障害者には慣れている会社であったことも幸いしてか、「すっごく楽しい」勤務をしているようです。これから他の学生からも話を聞くのが楽しみです。
昨日担当者から聞いたところでは、遠く熊本からインターンシップに来ている学生もいるとのこと。その方の場合は、あまりわからないままに単身乗り込んでいくような心細さもあったのかもしれません。その点は本学学生のほうが若干良い環境になったかもしれませんが、しかし思い切って新しい世界に入っていくところは同じ。良い経験となりますように。

もちろん倫理憲章のとおり、内定直結であると謳われているものではありませんが、就職と自分のイメージ形成や通勤の経験などは、自分のキャリア形成を具体化させる契機のひとつにはなるでしょう。そして企業側からすれば、障害のある社員を自分の部局に迎えるための方法を考える場となるようです。

ここまで書いたのは良い話。今後このような機会が増えていくと、難しいことも困った話も出てくるのでしょうが、まずは現状の課題のひとつである、大学の次の自分をイメージするための試行錯誤が積み重なれば良いと思います。私ももう少し取り組みを深めることになりそうです。

平成23年度障害学生対象就職支援講座「障害学生のインターンシップ」

今年の就職支援講座は、テーマをインターンシップに絞ってやります。
学外参加OK・歓迎です。

日時:12月5日(月)15:30〜
場所:筑波大学第二エリア2C棟401(大会議室)
講師:宇津徹也氏((株)ジェイブロード クローバー事業部)
   小関雄太氏(筑波大学数理物質科学研究科化学専攻2年)
   北橋主税氏(筑波大学人間総合科学研究科芸術専攻1年)
1.「インターンシップを活用しよう」(宇津徹也氏)
2.「インターンシップを体験して」(小関雄太氏・北橋主税氏)
3.「筑波大学におけるインターンシップ支援について」(学生部就職課)
4.質疑応答・意見交換

大学(障害学生支援室)の公式案内はこちらをご覧ください。
JASSOのページにも、追って掲載されると思います。
http://goo.gl/KrMPP


アクセスについても大学mapのリンクを入れてもらいました。しかしそれでも学外からいらっしゃる場合はわかりにくいと思います。その場合は、障害学生支援室までお問い合わせください。

他大学の学生からも問い合わせ受ける話題なので、できれば他大学の人にも来て欲しいのだけど、しかし肝心の学生に情報がなかなか辿り着かない。各大学が、この情報を必要としている学生につながっていないことがある。だからお手数ですが、関心のありそうな学生さんに、どうぞご案内お願いします。


障害学生のインターンシップは、まだこれからだと思います。障害学生の就職支援機関でも、これに関する情報を整理できていない段階です。しかし一般にもインターンシップは学生のキャリアを考えるために広く活用される機会であり、その意味ではまさに障害のある学生にとっても有用です。
で、今回の企画は、現時点では、このテーマについてかなりまとまった話を聞ける希有な機会だということになります。

今回おいでいただいた企業は、下記ページのように、障害学生のインターンシップについて紹介を掲載している、意欲的なところです。今はシーズンではないので表には出ていませんが、こんなページもあります。シーズンには、どの企業がインターンシップを受け入れているのかについても紹介されていました。
http://bit.ly/oURaay

今回は、そのようなノウハウを持っているところから来ていただき、インターンシップの活用についてお話をしてもらいます。
またインターンシップを体験した学生さんからも具体的な話を聞きます。


現在、明確に「障害学生もインターンシップ受け入れます」と言っている企業はあまり多くありません。しかしだからといって必ずしも閉ざしているわけでもありません。障害学生の雇用にも熱心な企業の人事担当者と話をすると、だいたいは「そうですね、枠を作っているわけじゃないので、申込み有れば他と同じように取り扱いますよ」と言うこともあるので、先ずは問い合わせすることが大事です。
講師にお願いした学生の1人は、そのようにしてインターンシップを体験してきました。そのあたりのチャレンジについても話をしてもらえると思います。


ただ受け入れてくれたからといって、それらの企業がすべて障害がある人の労働についてノウハウを積み重ねているわけではないでしょう。だから、どのような事に気を付けながらやっていくべきかも、今回の機会に聞ければと思っています。

障害学生の就職活動(支援)もそういう季節

以下、大学生の話です。
 
昨日は午前に障害者の求人で企業の人事担当者と話をする。誰かいないかということではなく、今後どうしていったらよいかなど。また別会社からもアクセスがあった。やはりそういう時期なのだ。
午後はキャリア支援室や就職課の方々と、障害学生の就職支援について協働戦線を促進するためのWG。そこで、京都って一定区画内にいろんな大学があって連携とれていいよね、しかも京都市がコンソーシアムとか積極的にやるし、などと脱線(特に私立はという話だったが)。合同企画をやるにはやはり一定数の求職者と求人者があった方が良く、そのためには近隣と連携できた方がよい場合もあるので。

 
閑話休題(それはそれとして)、学内の就職支援企画について障害学生参加がしやすくなるようプログラムが組み直せそうで、それはうれしい話だった。WG参加者がみんなおもしろそうだなと感じているのが伝わってきたのもうれしい。

昨日午前も午後も共通話題として指摘されたこと。
大学等への入学とその支援についてはこのところブームのように盛り上がった。これからはよりいっそう出口のケアに向かう。ただし企業は、障害者枠だからどうという姿勢にはなくなってきている。学生個人の適性と能力と相性を見る。それに障害がくっついているなら、それはそれで受け入れますとの姿勢。もちろんこれはある程度経験豊富な企業について言いやすい話で、未だに障害者枠できゅうきゅうとする企業もあるだろうけど、上述の傾向はますます強くなってくると思われる。


これに対する本校の戦略は、一般学生の支援とあまり変わらない。キャリアガイダンスとしての自己認識の向上。表層的ではなく対社会的な見識を深める。そして企業側からは、有能な人材としての本学学生のことをもっとよく見てもらえるようにする。どの大学等も同じと思うが、まだ学内の障害学生について、求人側からは見えにくいのが現状。


といいつつ、この後者が難しいのだが。

「ミツバチの羽音と地球の回転」柏市上映会と監督トークショー(8/14)

書き尽くそうと思うと切りがないので、あっさりと書く。


鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」を親子で見に行った。柏に映画と監督を連れてきたグループがあり、映画の後で監督のトークも聞けたものだ。概要は公式サイトほかを見て欲しい(実際はこのサイトだけでは不十分と思うが)。祝島原発反対運動と、問題へのひとつの回答としてスウェーデン自然エネルギー利用とそれを可能にするエネルギー政策・流通システムの転換を提示している。私たちは2回目に行ったが、3回目も満員のようだ。

http://888earth.net/


2時間15分は長いと思う。しかし生活の時空間をじっくりと描くとこうなるのだろう。
面白いのは、笑わせる映画ではないにもかかわらず、何回もアハハと声が上がることだ。苦笑だったり、登場する子どもや豚の愛らしさだったり、政策の滑稽さ、あるいは強行に祝島を埋め立てようとする電力会社が拡声器で主張する言葉の哀しさへの笑いだったように思う。「みなさんが心配しているような、海が壊れるようなことは絶対ありません。絶対と言っていいほど壊れません。」「このまま、本当に農業とか、第一次産業だけでこの島が良くなると本当にお考えですか」笑いながらも笑えない。
警官ともめるおばちゃんが「放しませ、おしりを触りよる、警察が」と叫んだのはさすがに可笑しかったが。


この映画の作成は昨年だった。そしてあの地震が起きる。祝島では地震直後も「もっと安全な原発を作るんです」と工事が進められていたが、現在は周辺市町村議会、県議会での決議を受けて一時凍結になっているそうだ。
27年以上反対運動を続けていた住民のリーダー「これ、前からはっきり言うとんやけど、島の人たちだけで原発計画つぶすってことは絶対できひんって。だけど、引き延ばすことはできるぞって。こちらができるだけ引き延ばしている間に、社会情勢がどんどん変わってきて、原発がもう必要ないような世界になってくれればいいし、もう原発はだめだというふうな世論形成ができてくればいいんだけど、(後略)」
ビワの大切な収穫の時期と重なってしまっても、反対するときには行かなければならなかったのだと(映画後のトークで)監督は話していた。
それであの地震が起き、確かに社会情勢と世論が変わりつつあるのだが、これをいったいどう考えれば良いのだろうか。もちろんだから良かったなどという話をしたいのではなく、地震原発事故が起きる前から彼らがこの言葉を言い続けていることについて、その覚悟と明確さに驚く。そしてその間、私は何も荷担も寄与もしていない。


エネルギー政策を変えることができるし、すべきとの感覚はあった。しかし原子力がなければ今の生活を維持できない、じゃあオマエは今の生活と引き替えにエネルギーのあり方を変えるつもりがあるのかと、言われ続けてきた。現在は政治家レベルでもエネルギー転換や電力供給システムの変換を主張する人も出てきたが、まだそう簡単ではない。某政治家のブログによると、例えば再生可能エネルギーの買取法案が三党で合意され、可決の見通しとなったけれど、しかし実はこれからがたいへんなのだと書いてあった。私たちレベルでこれらに関わるためには、市町村議員レベルからでも良いから、あんたには一票くれてやったけど、エネルギーについてはどんなふうに考えているんだいと問うことからだとのことらしい。


監督によれば、技術的に日本は自然エネルギーに関する特許・アイディアの2/3を持っているにもかかわらず、それを活かしているのは海外ばかりなのだそうだ。

(住民等のセリフは、パンフレットのシナリオより引用)