錚吾労働法

二〇三回 労働契約と期間⑤
 抗がん剤は、生体を弱めることがある。「みなし」規定の導入には、この危険があることを縷々述べてきた。しかし、そのこととは別に、法の規律は、正確に知っておかれるべきである。以下、簡単に述べておくこととする。

 1 「有期契約労働者とは」 雇用期間の定めのない労働契約によりフルタイムで雇用されている労働者(正規労働者という)と同じくフルタイムで雇用されているが、雇用期間の定めがある労働契約を使用者との間に締結している者を「有期契約労働者」という。
 有期契約労働者の内、フルタイムでなく短時間労働に従事する労働者を「有期短時間契約労働者」という。有期契約労働者と有期短時間契約労働者を合わせて、「非正規労働者」という。契約社員、アルバイト、パート、嘱託などと言われている労働者は、有期短時間契約労働者であることが多い。派遣社員は、その使用者(派遣業者)との関係では、正規労働者の場合もあれば、非正規労働者の場合もある。
 2 「法律の適用関係」 有期契約労働者、有期短時間契約労働者に対しても、正規労働者と同様に、労働基準法、労働契約法、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保に関する法律、育児休業、介護休業等育児又は介護を行う労働者の福祉に関する法律、労働安全衛生法職業安定法の適用がある。パート労働者には、パート法の適用がある。
 3 「有期契約労働者の職業的安定の要請」 4月1日が入社日で、翌年の3月31日が退職日である。1年の有期契約労働者は、このような職業生活をしているのである。翌年の4月1日には、失業者となる可能性が高い。有期契約によっては、夏季・年末一時金が支払われないのが普通であり、経済的な安定を得るのが困難である。わが国の労働者の中には、このような経済的な不安定の下で失業を心配しながら労働する非正規労働者がいて、その数は、年々増加しつつある。かくては、一方では、使用者が不安定雇用者の増大が一時時的な企業の収益に役だったにせよ、国民全体の購買力の低下というブーメランに痛手を被るということに気づくことなくしては、また他方では、労働者が自己の労働力の質的向上に努め、自己の労働によって他人の生活も支えられており、企業社会の発展もまた自分たちの労働に依存することに気付くことなくしては、わが国の将来をすら展望できないという状態に立ち至ることになる。これ以上は、不安定雇用を増やしてはならない。実は、改革の王道は、人づくり教育にある。様々な教育機会を創出し、望むときにそれにアクセスすることが出来るという意味での教育のチャンスが不断に存在する社会でなければならぬ。
 4 「有期契約の内容の明確化」 有期契約を締結しようとする当事者は、労働契約の期間、更新の有無について合意しなければならない。労働者の募集者は、その募集に当たって、期間を書面または電子メールによって明示せねばならず、契約を締結するに際しては、期間にかんする事項を書面によって明示せねばならない。有期契約は、期間の満了によって終了する。従って、引き続き労働の機会があるかどうかが、労働者にとって重要な問題となる。有期労働契約の」締結時に、契約の更新と更新の有無と判断基準についても明示することとされてきた(雇止め告示1条)。
 5 「契約期間と契約更新」 非正規労働者の不安定な地位をより不安定にするような期間の設定の仕方は、避けるべきである(労働契約法17条2項)。1年の期間を2月契約で6回更新するようなことである。最初から1年の有期契約とすべきである。不必要なコマ切れ更新は、不法行為となる余地がある。更新は、強要されてはならない。契約期間は、更新時に労働者の容貌を聴取して、より長くするよう勤めるのが望ましい(雇い止め告示4条)。
 6 「有期契約期間中の解雇」 有期契約は、基本的に短期間契約である。例えば、3箇月の期間で更新のない契約の場合には、労働者の3箇月間の労働機会にたいする期待は一般的に高いものと思われる。1年間の場合であっても、同様である。特に短期間契約を希望することについて労働者個人に特有の」諸利益が存する場合は当然として、短期間雇用を積み上げて(更新に期待をして)働いている労働者にとっては、その期間中における解雇は、厳しい結果をもたらすこととなる。解雇を相当とする事情が労働者に存する場合は別として、そうでない場合には、使用者に解雇権の濫用ありと推定されるべきである。従って、有期契約期間中の解雇については、使用者はそうしないことについて特に社会的に要請されていると、買いすべきである。有期契約でも、ごく短期のものから比較的長期のもの(3年とか5年の期間のもの)まであるが、より短期のものについては、この社会的要請がより強く求められると言うべきである。労働契約法17条の解雇禁止規定は、しかし、このような相違を超越して解雇することが出来ないとするものである。
 7 「有期労働契約の更新」 「こま切れ更新」は、労働契約法17条2項の使用者に課せられた配慮義務の懈怠であり、違法と考えられる。更新拒否の効果は、解雇の場合と大差がない。従って、この効果を和らげるため、労働者による更新の申し込みについて使用者が従前どうりの契約内容の有期契約について承諾したものとみなすこととした。無論、この承諾みなしは、当該の有期契約の更新が(その他の労働者による同一内容の有期契約の締結が計画されている場合を含む)行われるものだという前提が必要である。更新拒絶は、解雇の場合と大差がないため、労働契約法18条本文は、解雇無効の判断基準を踏襲して、みなし承諾を導入しているのである。みなし承諾に反する使用者の行為は、私法上、みなしに従って賃金の支払い義務を発生せしめることとなる。みなし承諾がなされるための要件は、同条1号2号に定められてある野で参照されたい。
 8 「有期契約の無期契約への転換」 同一の使用者との間において、労働者が締結した有期契約が、一回以上更新されて、通算してその全期間が5年を超えるばあいには、有期契約の無期契約へ転換が実現することがある。そのために満たされねばならない要件は、①使用者は同一の使用者であること、②有期契約の通算期間が5年を超えること、③現在の有期契約が満了する日までの間に無期契約への転換の申込をすること、の三点である(労働契約法18条1項)。ただし、通算期間の計算にあたっては、それが6月に満たなければ空白期間を算入することとなっているので注意を要する。またそれが、1年に満たない場合については、その2分の1の期間を」基礎として省令で定める期間を算入することとしているので、さらなる注意を要する(労働契約法18条2項)以上の要件を充足し、計算方法で5年を超える場合には、使用者は、無期契約の申し込みを承諾したものとみなされる(みなし承諾)。
 9 「均等の原則の徹底化」 みなし承諾によって有期契約から無期契約へと転換する場合に、転換前の有期契約の終了に翌日から無期契約が展開することとなる。この場合、労働条件は、原則として、契約期間を除き前有期契約のそれと同一である(労働契約法18条)。5年の有期契約が満了するときには、以上に述べた「五年を超える」という要件は満たされないから、ここに述べたこととは、関わりがない。5年の有期契約を更新する場合については、3年の有期契約を一回更新すれば、次の期間満了以前にみなし承諾の要件を満たすことになることとのアンバランスをどうしたらよいか。均等原則を徹底すると言うのであれば、実は、この点が最も重要なのだが、改正法はこの点については考慮しなかった。労働契約法20条の規定そのものは、読めば理解できる内容である。
 10 「5年後のみなし承諾の発効」 有期契約から無期契約へのみなし承諾の規定は、5年後には実際に適用されることになる。それまでの間に、使用者の体力の回復、日本経済のデフレからの脱却、消費者の購買力の回復が見込めないと、有期契約市場がシュリンクしてしまう可能性もあろう。そのときにどうするかという問題は、早急に検討されねばならない。
 11 「厚労省の担当者へ」 この改正は、極めて重要な改正である。改正によって影響を受ける者、有期契約労働者は、括弧書きが多く、句読点の少ない役所然とした文章を理解するのが厄介なのである。もう少し、読む人間が理解出来るきちんとした文章にしてもらえないだろうか。きれいな文章でなくてもよいから、理解が容易な文章を」書いてほしいのである。当方も、偉そうには言えないが。