西東京日記 IN はてな

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2017-12-13

[] Sufjan Stevens, Bryce Dessner, Nico Muhly & James McAlister/Planetarium  Sufjan Stevens, Bryce Dessner, Nico Muhly & James McAlister/Planetariumを含むブックマーク

 スフィアン・スティーブンスにThe Nationalブライス・デスナー、作曲家として知られるニコミューリースフィアン・スティーブンス作品にも参加するドラマージェームスマカスターによるコラボレーションアルバム

 70分を超えるアルバムで、比較実験色も強いですが、ボーカルスフィアン・スティーブンスということで、やはり過去スフィアン・スティーブンスの作品特に「The Age Of Adz」あたりを思い起こさせますね。


 曲に関してはニコミューリーの色が強く出ているようで、スフィアン・スティーブンスの曲と比べるとミニマルな感じですし、電子音なども多用し、現代音楽っぽくなっています。6曲目の"Mars"あたりなんかはクラシックの曲と言ってもいいような展開と構成ですし、インストの曲もありますし、ロックポップスというよりは現代音楽アルバムと見たほうがいいのかもしれません。

 全体的に「美しい」印象の曲が多く、それがスフィアンの声の美しさと相まって引き立ちます。ただスフィアン・スティーブンスには、美しいだけではなく、ポップに盛り上げていくような曲もあるのですが、そういった曲はあまり見当たらない感じです。16曲目の"Earth"にちょっと「The Age Of Adz」のラストの"Impossible Soul"を思わせる展開がありますが、そのくらいですかね。


 というわけで、スフィアン・スティーブンスのファンでも高く評価する人と、そうでもない人で分かれるでしょう。個人的には「Illinois」が一番好きなアルバムなので、悪くはないがちょっと自分の求めているものとは違うかなという印象のアルバムです。

 

D


Planetarium
Sufjan Stevens
B06XWVDRXN

2017-12-04

[][] ハサンブラーシム『死体展覧会 ハサン・ブラーシム『死体展覧会』を含むブックマーク

 1980〜88年にかけて行われたイランイラク戦争1991年湾岸戦争2003年イラク戦争、そしてその後の混乱とISイスラーム国)の台頭。近年、もっと戦争というもの経験してきたのがイラクという国なのかもしれません。

 そんなイラク出身作家がこのハサンブラーシム。1973年生まれで少年期をクルド人地域キルクークで過ごし、2000年政府から圧力を受け、国外脱出イラントルコブルガリアを経由してフィンランドに辿りつき、そこで市民権を得たという人物です。


 この本には「死体展覧会」、「コンパス人殺し」、「グリーンゾーンウサギ」、「軍の機関紙」、「クロスワード」、「穴」、「自由広場狂人」、「イラクキリスト」、「アラビアンナイフ」、「作曲家」、「ヤギの歌」、「記録と現実」、「あの不吉な微笑」、「カルロスフエンテス悪夢」の14篇が収録されています。


 まず、インパクトがあるのが表題作でもあり冒頭に置かれた「死体博覧会」。人を殺してその死体いか芸術的に展示するかを追求する集団の話で、荒唐無稽な話ではあるのですが、IS処刑の様子を全世界に流しているような世界では、これがまた何とも不気味な寓話として機能します。

 「コンパス人殺し」は、暴力蔓延するイラク主人公の巨漢の兄アブー・ハシードが好き放題するさまと、その友人が語るパキスタン人の少年の話。最初から最後まで暴力支配された救いのない世界が描かれています。


 この冒頭の2篇はかなり強烈で、それだけでも読む価値は十分にあるのですが、そこからはやや一本調子のような気もしました。

 ただ、「アラビアンナイフ」を読んで、このハサンブラーシムという作家が救いのない世界をただひたすら描くだけの作家ではないということがわかりました。

 

 「アラビアンナイフ」は、ナイフを消す能力を持つ人間と、そのナイフを取り戻す能力を持つ人間の話。僕、ジャアファル、アッラーウィー、肉屋の4人はナイフを消す能力を持ち、僕の結婚相手となったスアードはその消えたナイフを取り戻すことが出来る。それは一種の小さな奇跡なわけで、それが何かを生み出すのを期待したいところですが、イラク現実残酷です。

 この短編にはイラクがそのような残酷世界になってしまったことへの哀しみのようなものが感じられ、強く印象に残りました。


 この他にも、過激派処刑動画で殺される役を演じる男についての話である「記録と現実」なども印象に残ります。


 全体的にリアルさと寓話が混ざり合った世界が展開されており、そこから暴力支配されるようになってしまった国と、それがそこで暮らす人に与えた影響が強烈な形で描かれています。

 改めて戦争とその後の混乱によって失われたものの大きさを突きつけられる作品集です。


死体展覧会 (エクス・リブリス)
サンブラーシム 藤井
456009053X

2017-11-30

[][][] 苅部直『「維新革命」への道』  苅部直『「維新革命」への道』を含むブックマーク

明治維新文明開化が始まったのではない。すでに江戸後期に日本近代はその萌芽を迎えていたのだ――。荻生徂徠本居宣長山片蟠桃頼山陽福澤諭吉、竹越與三郎ら、徳川時代から明治時代にいたる思想家たちを通観し、十九世紀の日本が自らの「文明」観を成熟させていく過程を描く。日本近代史を「和魂洋才」などの通説から解放する意欲作。

 これが裏表紙に書かれているこの本の紹介文。政治思想史を専攻する著者が、文明開化を用意した江戸時代思想家について書いた本になります

 もともと雑誌考える人』で連載されていたものということもあって、20ページほどの中で一人の思想家をとり上げ、その中で江戸時代思想の特徴と変遷を見出そうとしています


 目次は以下の通り。

序章 「諸文明の衝突?」から四半世紀

第一章 「維新」と「革命

第二章 ロング・リヴォルーション

第三章 逆転する歴史

第四章 大坂ヴォルテール

第五章 商業は悪か

第六章 「経済」の時代

第七章 本居宣長もう一つの顔

第八章 新たな宇宙観と「勢」

第九章 「勢」が動かす歴史

第十章 「封建」よさら

第十一章 「文明開化」のおとずれ


 まず、この本のスタンスがよく分かるのは第二章の「ロング・リヴォルーション」でしょうか。

 ここでは竹越與三郎の『新日本史』という明治期に出版された歴史本がとり上げられています。竹越は、明治維新がたんなる勤王論による政治運動だけではなく、もっと長い期間続いた「社会的革命」の過程に支えられていたとしています(61p)。

 竹越によれば、江戸時代封建制は5代将軍綱吉のころからその結合力を弱めており(67p)、村役人や町役人による自治が進むなど、「社会的革命」は深層でゆっくりと進行していたのです。

 明治維新を「ロング・リヴォルーション」として捉える考え方はマルクス主義歴史学者野呂栄太郎にも見られますし、竹越が慶應義塾で学んだ福沢諭吉の『文明論之概略』の中にも見られます


 では、いつ頃から思想面での「リヴォルーション」が始まったのか?

 「ここから」というスタート地点はないのかもしれませんが、この本で何度も参照されているのが荻生徂徠です。

 徂徠朱子学から出発しながら、本当の儒学をつかむには孔子の書いた古典を直接読む必要があると考え、それには中国古代言語や当時の人々の思考を学ぶ必要があると考えました。徂徠あくまでの中国古代理想があると考えましたが、思想はその時代に強い影響を受けており、時代が変われば理想とされる制度もまた違ってくるという考えはのちの人々に大きな影響を与えました。


 また、江戸時代思想を考える上で外せないのは江戸時代における商業の勃興です。

 この本の第四章では、朝鮮通信使の見た大阪の賑わいを紹介した上で、大阪町人のつくった私塾懐徳堂、そして懐徳堂から出た富永仲基について述べています富永仲基は「神道」「儒道」「仏道」のすべてを批判した人物です。仲基は、「儒道」はより古い権威を持ちだして相手論破しようとする「加上(かじょう)」というやり方で成り立っていると批判し、伊藤仁斎荻生徂徠もこれから免れていないとしましたが、思想をそれが生まれた時代状況に位置づけて検討するやり方は徂徠から学んだものでした(104ー106p)。

 

 商業について、徂徠商業抑制を説き、武士城下町ではなく農村に住まわせ土着させるべきだと主張しましたが、徂徠弟子の太宰春臺は、倹約の徹底や武士の土着を訴えつつも、今の世が「金銀ノ世界」だとして、それに適用する必要性も説きました(128ー130p)。

 さら徂徠弟子弟子にあたる海保青陵になると、大名特産品生産奨励し、それを市場で売ることで「富国」に努めるべきだと主張します(145p)。海保青陵は『稽古談』には「大名と家臣の関係も、大名が家臣に知行米を与え、家臣が大名のために働く交換関係としての「ウリカイ」だという説明も見える」(146p)のです。

 国学者として知られる本居宣長も、元は商業都市伊勢松坂大商人の家の出で、商業の発展と奢侈に関して、これを肯定はしないまでもある程度しかたのないことと捉えていました。物をほしいと願うのは「人情」であり、それは「物のあはれを知る」ことにもつながるのです(164ー169p)。

 

 こうした一種時代の流れを、「勢」として歴史記述に取り込んだのが頼山陽でした。頼山陽は「天下の「勢」はゆっくりと変わっていくものであり、究極的には人間は左右することはできない。しかし、統治者がその変化をうまく見極めて、「勢」の現状に合わせながら適切な処置を施してゆくなら、人の側が「勢」の変化に影響を与えることが可能だろう」(199ー200p)という歴史観をもとに歴史を書きました。

 著者は、こうした歴史観文明開化を受け入れる準備をしたと見ています


 さらにこの本では、水戸学の會澤正志斎の議論封建制から郡県制への転換を助けたこと、横井小楠など幕末儒学者西洋政治一種の「仁政」と捉えていたことなどが紹介されています

 こうした一連の江戸期の思想の積み重ねが、明治文明開化を用意したのです。


 最初にの述べたように、連載ものをまとめたものであり、がっちりとした一つの理論によっって貫かれているといったものではないですが、江戸期の思想面白さを明治の「文明開化」という視点からスナップショット的に掘り出しています

 また、丸山真男吉田健一を導入に使っている章もあり、そのあたりのつなげ方は広い時代思想史に通じている著者ならではといえるでしょう。


「維新革命」への道: 「文明」を求めた十九世紀日本 (新潮選書)
苅部 直
410603803X

2017-11-26

[] Stars/There Is No Love In Fluorescent Light  Stars/There Is No Love In Fluorescent Lightを含むブックマーク

 Stars、9枚目のアルバム。前作の「No One Is Lost」が2014年なので3年ぶりになりますね。

 ちなみにリリースバンド公式からメールで知ったのですが、Amazon確認してみたらMP3バージョン10円。基本的StarsアルバムはすべてCDで買っていたのですが、さすがに10円なら…ということでMP3で購入しています(一応、このエントリーを書く前に確認してみましたがやっぱり10円でした)。


 中身はというと、1曲目の"Privilege"のAmyがメインでボーカルとるややゆっくりとしたテンポの曲でメロディ歌声の美しさがあり、2曲目の"Fluorescent Light"はTorquilのボーカルからまり、途中からAmyのボーカルも絡んでくるテンポの良い曲。どちらもStarsらしいエレポップです。

 というわけで、今回のアルバムは「とてもStarsらしい」アルバム特に目新しいことはまったくないんですが、Starsファンであれば、安心して聴けるような内容になっています


 やや新しい展開としては、ピアノ中心のサウンドのかなりしっとりしたバラードである8曲目の"The Gift Of Love"、Torquilのボーカルでややダークな感じで進行する10曲目の"The Maze"あたりですかね。

 あと、今までにあったような曲ですが、ラストの"Wanderers"のストリングスの使い方とかはいいです。

 ここ最近作品との比較だと、「The North」よりもいいけど「No One Is Lost」よりもやや落ちる感じでしょうか。

 ただ、Stars世界はまったく崩れていないので今までのStarsが好きなら楽しめると思います


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There Is No Love in Flourescent Light
Stars
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2017-11-23

[][] アダム・ロバーツジャック・グラス伝』  アダム・ロバーツ『ジャック・グラス伝』を含むブックマーク

 「新☆ハヤカワ・SFシリーズ」の1冊。裏表紙の紹介文は以下の通りです。

遥か未来太陽系人類ウラノフ一族を頂点とする厳しい“階層制度に組み込まれた。貧困圧政にあえぐ市民の前に登場したのが、無法の父にして革命扇動者宇宙殺人者、ジャック・グラスだった。彼の行くところには、つねに解決不可能な謎があった。脱出することができない宇宙の片隅にある監獄惑星地球重力下では持ち上げることができない凶器、どこにも弾丸が見当たらない凄まじい威力の銃撃…。哀れな囚人ミステリマニアの令嬢、太陽系一の警察官を巻き込みながら展開する、解けない謎の先にあるものとは?注目の英SF作家が贈る、謎と冒険に満ちたSFミステリ英国SF協会賞/ジョン・W・キャンベル記念賞受賞作。


 この本の冒頭には、まずドクターワトソン役と名乗る人物からの挑戦状的なものが置かれています

 まず、この本のポイントとなるのは光よりも速く移動する手段FTLであり、このあと3つの殺人が起こることが予告されます。そして、その犯人はすべてジャック・グラスだというのです。

 それを明かした上で、読者に謎解きを要求ます。なので、本格推理小説みたいなものかな?と思って、第一部の「箱の中」を読み始めると、ずいぶん違った印象を受けます


 「箱の中」では、7名の囚人たちが小惑星に開けた穴の中に放り込まれます。彼らは11年の刑期を与えられているのですが、その11年の間に小惑星の内部の岩を掘り、居住空間をつくり、最小限の機材を使って自分たちの手で生き延びなくてはなりません。11年の刑期の前に死んでしまうのならば、それはそれで構わないということなのです。

 7名の囚人たちが小惑星の内部という密室に閉じ込められるわけですが、その7名の中でジャック・グラスは足がなく(無重力なのでそれほどは困らないが)、どちらかと言えば弱々しい人物です。

 そして、当然ながら囚人たちが密室に閉じ込められて平和に過ごせるはずはありません。小惑星内部で生き延びるというSF的な設定を活かしつつも、次第にサバイバル小説のような色彩を帯びてきます


 読んでいても息苦しいような展開が続くのですが、最後ジャック・グラスがそこから抜け出すところは素晴らしく鮮やか。方法的に映像化はまず無理なんですが、ここでジャック・グラスというキャラクターを強く印象づけます


 第二部の「超光速殺人」では、ウラノフ一族に次ぐ地位にあるMOHファミリーの令嬢ダイアナが主役となりますダイアナミステリ好きで、自らミステリ解決することを夢見ているのですが、そんな中、召使の1人が殺される殺人事件が起こりますしかも、犯人として想定される人物たちは地球についたばかりであり、殺人に使われた凶器重力関係でとうてい持ちあげることのできないものなのです。

 ここではジャック・グラスの影はちらつきますが、なかなか登場しません。

 しかし、いざ登場してからの行動はこちらも鮮やかの一言。ここでも鮮烈な印象を残します

 

 第三部の「ありえない銃」に関しては、ネタバレを抜きで語るのは難しいので内容を説明するのはやめておきますが、ここでも不可能殺人の謎解きがテーマになります。ただ、個人的には第一部、第二部ほどの鮮やかさはない感じがしました。


 なかなか説明するのが難しい小説ではあるのですが、とりあえず第一部の描写・展開はすごいものがあり、これだけでも読む価値があります

 アダム・ロバーツ作品翻訳はこれが初ということですが、これ以外の作品も読みたくなりますね。


ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
アダム ロバーツ Adam Roberts
4153350346

2017-11-22

[][] 笠京子官僚制改革の条件』  笠京子『官僚制改革の条件』を含むブックマーク

 イギリスでは1970年代後半からNPM(ニュー・パブリックマネジメント)と呼ばれる官僚制改革が進み、官僚制は大きくその姿を変えました。

 一方、日本では1990年代から行政改革が進んだものの、官僚制についての改革はそれほど進まず、ようやく2007年の第1時安倍内閣国家公務員法改正が、2008年福田康夫内閣の時に国家公務員制度改革基本法が成立します

 官僚制改革においてイギリスが先行し、日本はそれを追う形になっています


 しかし、官僚制改革必要性は日英両国とも1960年代に指摘されていました。イギリスでは1961年プロウデン報告と1968年のフルトン報告が改革の大枠を提言していましたし、日本でも1964年第一臨時調査会意見内容と90年代行の改革には重なるものがありました。

 なぜ、60年代提言された改革イギリスでは70年代の後半以降に、日本では90年代まで持ち越されたのか? 両国の開始時期のズレをどう考えればよいのか? ということが本書のテーマになります


 とりあえず、本書を読んだ感想簡単に述べるならば

 といったところでしょうか。ちなみにこの本では著者がスコットランド留学していたこともあってイギリス英国表記しています。以下、このブログでも英国表記していきます


 目次は以下の通り。

第1章 分析枠組み

第2章 フルトン報告と第一臨調意見

第3章 英国官僚制改革

第4章 日本官僚制改革

第5章 事例研究

第6章 仮説の検証

終章 日本に何が必要


 まず、NPM改革ですが、これはサッチャー首相の行った一連の改革総称であり、特に厳密な定義があるわけではありませんが、簡単に言うと、「行政組織における管理の相当部分が民間企業経営管理によって代替されうると考える」もので、「専門的管理の重視、企画立案実施の分離、階統制組織フラット化現場裁量の拡大、インセンティブ重視、アウトカム重視、利用者への選択付与競争、透明性、説明責任の強化などを推進する」ものです(36p)。


 こうした改革方向性サッチャー政権の掲げた新自由主義の中で初めて登場してきたものだと考えられがちですが、この本によると1961年プロウデン報告と1968年のフルトン報告でその方向性はすでに打ち出されていました。

 しかし、労働党ウィルソン政権下でまとめられたフルトン報告は、直前まで大蔵事務次官を務め、当時は公務員を統括する立場にあったアームストロングの抵抗もあって、実現したものは一部に留まりました(45ー46p)。

 一方、日本でも第一臨時調査会が発表した意見には、「総合調整の必要性とその機能の強化」、「行政における民主化の徹底」、「行政の過度の膨張の抑制行政事務中央偏在の排除」、「行政運営における合理化、能率化の推進」など、NPM改革に通じるようなメニューが並んでいました(51p)。ただし、日本でもこれらの提言はあまり実現せず、総定員法が制定されるなどに留まりました。


 英国で本格的な官僚制改革が始まるのは1979年サッチャー政権誕生してからです。

 その官僚制改革の中身ですが、この本を読むとサッチャー政権期の改革の中心がエージェンシー制度の創設だったことがわかりますエージェンシーとは、「企業組織を手本とする執行活動に特化した行政組織」(69p)のことで、政策立案を担うコア組織から切り離されました。そして、エージェンシー制度の導入によってサービス向上と組織運営効率化が目指されましたのです。

 さらメイジャー政権ではPFIが導入され、ブレア政権予算管理改革が進められるなど、政権交代があっても改革は続きました。

 また、人事制度においてもメイジャー政権下で上級公務員団が創設され、公募が導入されるなど改革が進みました(ただし、公募で優秀な人材を外部から採るにはそれなりの給与必要で、内部昇進者との給与のバランスなどの問題が生じている(92ー93p))。

 他にもさまざまな改革が行われていますが、この本を読むと中下級公務員給与を業績で評価しようとするときの大変さなども窺えます(110ー113p)。


 一方、日本で本格的な官僚制改革が行われたのは1996年に第2次橋本政権誕生してからでした。第一次臨調からは30年以上、英国に遅れること20年弱といったところです。

 もちろん、この間に第二臨調があり、三公社民営化総務庁の設置など改革の成果をあげましたが、官僚制の抜本的な改革については橋本行革を待つことになります

 橋本行革は、内閣機能の強化をはじめ、省庁再編、情報公開行政責任明確化、官民関係見直しによる効率化、地方分権公務員の任用まで行おうという包括的な内容で、橋本首相が自ら行革会議会長就任するなどリーシップを発揮しました。

 

 首相リーダーシップや、プログラムである中央省庁等改革基本法が成立したこともあり、内閣機能の強化や省庁再編は実現しましたが、計画通りに進みましたが、NPM改革の側面はやや不十分なままに終わりましたし、人事についてもあまり大きな改革はできませんでした。

 特別会計財政投融資改革は進みましたし、市場化テストPFIなどの典型的なNPMの手法も導入されましたが、市場化テストPFI英国ほど活用されているとはいえません。

 人事改革も何度も先送りされ、退職管理改革を盛り込んだ国家公務員法改正2007年国家公務員制度改革基本法の成立が2008年内閣官房内閣人事局が設置されるのが2014年と、その改革は遅れました。これは組織改革管理改革、人事改革がほぼ平行して進んだ英国とは対照的です(203p)。


 こうした、英国日本官僚制改革の変遷を紹介した上で、この本では第5章で英国エージェンシー制度の創設と、日本国家公務員制度改革基本法の成立過程を詳しく見ていきます。ここでの「公務員制度改革提唱者で世論に影響力をもつ渡辺(喜美)氏の起用は、内閣支持率が急落するなか、07年夏の参院選に向けた起死回生の人事でもあった」(234p)との記述には何だか時の流れを感じますね。


 そして第6章では、英国日本改革スピードの違いをいくつかの仮説を使って検証していくのですが、どれもそれなりには当てはまっているのですが、何かそれまでの疑問がきれいに晴れるようなものはないです。

 例えば、英国英米法系、日本大陸法系と法体系が違い、英国では官僚制改革内閣命令実施できるのに対して、日本では内閣法国家行政組織法国家公務員法などの法改正を行う必要がありました(257p)。このことについては前の部分でも触れられているのですが、人によってはそれが改革スピードが違う理由のすべてではないかと感じるかもしれません。この本では一つの要因としてあげられているわけですが、その要因がどれくらいのインパクトを持つのかということは見えてきません。


 また、官僚制改革が始まった理由として経済危機があげられています英国では1976年IMF融資を求めることになった経済危機が、日本ではバブル崩壊が外因性のショックとして改革を起動させるきっかけになったとしていますが、この2つを同じような「危機」として取り扱っていいのかという問題も残るでしょう。日本の経済が「危機」的な様相を強めたのは橋本行革が始まったあとの97年のアジア経済危機のあたりからとも言えます


後発近代国家であり、天皇制のもと議会政党政治が未熟なまま、20世紀半ばになって市民革命ではなく敗戦によって民主主義国に転じた日本では、官僚制民主化こそが最大の課題であった。最大の課題が、内閣統合調整機能の強化、いわゆる政治主導の確立にあったということは、現状は官僚主導であるということである。したがって、官僚制に対する政治の優位という官僚制改革の条件は整っておらず、日本官僚制改革構造的に困難であったことがわかる。(281ー282p)

 著者が終章で述べているこの分析はその通りだと思うのですが、そうなるとすでに政治主導が確立していた英国比較対象として適切だったのかという疑問も出てきます

 日本官僚制改革が遅れた原因を確かめるためには、英国に加えて、政治主導が確立しきっていなかった国を対象に加える必要があったのではないかという気もしてきます。 

 また、「改革」と一口に言いますが、それがどのような方向に進もうとするものかということを分類することも必要でしょう。曽我謙悟『現代日本の官僚制』では、橋本行革における不整合な部分が指摘されていましたが、そのような視点必要かと思います


 最後はやや注文が多くなってしまいましたが、英国日本官僚制改革概観するには非常に便利で有益な本であり、改革というものいかに立ち上がり進んでいくのかということを見せてくれる内容になっています


官僚制改革の条件: 新制度論による日英比較
京子
4326302593

2017-11-20

[] 『ブレードランナー2049』  『ブレードランナー2049』を含むブックマーク

 今なお、SF映画に大きな影響を与え続けている『ブレードランナー』。特にテクノロジー東アジア的な猥雑さをミックスした近未来描写は、例えば最近の『ゴースト・イン・ザシェル』なんかも基本的には『ブレードランナー』の世界継承していました。

 そんな『ブレードランナー』の続編を今になってつくるということは、少なくともあの世界観匹敵するようなイメージを構築しなければならないわけで、そのハードルはけっこう高かったと思います。


 この『ブレードランナー2049』の監督は、『メッセージ』でテッド・チャンあなたの人生の物語」を見事に映像化してみせたドゥニ・ヴィルヌーヴ

 本作でも冒頭のカリフォルニア風景からロサンゼルスの外の世界、打ち捨てられたラスベガスなど、前作のような猥雑な街を描きつつも、同時に新しいイメージを付け加えています。

 さらに、主人公のK(ライアン・ゴズリング)のパートーナーともいうべきAIの描くホログラムジョイ(アナ・デ・アルマス)が実際の娼婦と重なるシーンは出色の出来で、素晴らしかったです。

 他にも暗闇のステージに明滅するエルビス・プレスリーホログラムなど、さすがドゥニ・ヴィルヌーヴだなと思わせるシーンは随所にありました。


 ただ、ドラマとしてはやや弱いところがあって、ここは前作の『ブレードランナー』には及ばない所。

 前作は世界観アイデンティティをめぐる謎だけではなく、レイチェルというファムファタールと、ルドガー・ハウアー演じる敵役のかっこよさがドラマを引っ張りましたが、今作はそういった要素が弱いです。

 もちろん、アナ・デ・アルマスは素晴らしく可愛くて、AIという設定も非常にたくみに活かされていたと思いますが、主人公のKを引っ張る要素としてはやや物足りない気もします。

 基本的ハードボイルド小説を下敷きにしているような展開なので、主人公が1人で行動するシーンが多いのですが、そのせいもあって展開がややスローに感じます。実際長い映画(163分)なのですが、やはりすこし長く感じるのはそのせいかもしれません。


 ハードボイルドに寄せたことで前作よりもドラマ性が落ちたという点では、押井守の『イノセンス』を思い出しました。

 『イノセンス』も映像的には前作に劣らないものがありましたが、チームとして動く面白さのあった『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』に比べて、バトーの一人芝居のようなシーンが増えた結果、映画としてのテンポは悪くなったと思います。

 この『ブレードランナー2049』にもそれに通じるものを感じましたね。

 ただ、映像はとにかく良いと思うので、退屈するということはありませんでした。SF好きであれば、やはり見ておくべきではないかと思います。


ブレードランナー ファイナル・カット [Blu-ray]
B073P9T96Z