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2017-07-27

[][][] 山口一男『働き方の男女不平等 山口一男『働き方の男女不平等』を含むブックマーク

 シカゴ大学社会学教授であり、RIETIの客員研究員でもある著者が、日本の働き方における男女不平等に切り込んだ本。

 計量分析バリバリ活用した本で、ここで用いられている手法解説やその是非についてはよくわからないところもあるのですが、さまざまな興味深い知見を明らかにしている本です。


 目次は以下の通り。

第1章 女性活躍推進の遅れと日本的雇用制度理論的オーバービューと本書の目的

第2章 ホワイトカラー正社員管理職割合における男女格差の決定要因

第3章 男女の職業分離の要因と結果―見過ごされてきた男女平等への障害

第4章 ホワイトカラー正社員の男女の所得格差格差を生む約80%の要因とメカニズムの解明

第5章 企業ワークライフバランス推進と限定正社員制度が男女賃金格差に与える影響

第6章 女性活躍推進と労働生産性―どのような企業施策がなぜ効果を生むのか

第7章 統計的差別と間接差別インセンティブ問題再訪

第8章 男女の不平等とその不合理性分析結果の意味すること


 まず、この本が告発するのは次のような問題です。

 1980年代ポストモダニズム議論されていた日本社会特性の一部は、実は現代でも未だ近代社会とも呼べない特性を有しているといえる。重要な業績である大卒か否かより、生まれが男性である女性であるかが、課長以上の管理職になる可能性の大きな決定要因なのである。(70p)

 

 日本において女性給与男性よりも低いことや、女性管理職が少ないことは広く知られていると思います

 この理由としては、「女性の方が勤続年数が短いから」、「最近はずいぶん詰まってきたとはいえ、男性学歴女性よりも高いから」といったものがよくあげられています


 これはもちろんまったくの間違いではないのですが、この本では、統計的分析を駆使して、そうした学歴や勤続年数などで説明できる部分と説明できない部分に分解し、学歴や勤続年数でも説明できない、つまり生まれつきの性差しか説明できない部分が残ることを明らかにしています

 しかも、学歴就業経験などの人的資本特性、さらに就業時間などの要因を加味しても男女の管理職差の40%程度しか説明しておらず、管理職差の約60%は男女差によるものだというのです(80p)。

 これは「生まれによって決まる属性」によって社会的機会や報酬が決まっているということであり、それは前近代社会の特徴でもあるのです(69-70p)。


 実際、「課長以上割合が増え始める35−39歳以降一貫して、女性大卒者の課長以上割合は、男性高卒者の課長以上割合の半分にも満たない」(69p)状況になっています

 「日本でよく「学歴社会」という言葉が使われるが、いったんホワイトカラー正規雇用者になると、欧米に比べ、日本大卒高卒の別の持つ影響は男性の間できわめて小さい。この点では学歴社会とは言えないのである」(70p)と著者が言うように、55−59歳までには6割以上の男性課長以上になっているに対し、大卒女性は3割以下、高卒女性は2割にも達しません(69pの図2.4参照)(ちなみにここからは、「男性と比べ、女性の中では大卒高卒管理職割合に違いははるかに顕著」(70p)ということも言える)。

 仮に学歴や勤続年数がすべて同じになったとしても、男女の管理職差は埋まらないだろうというのが今の日本の現状なのです。


 では、なぜこのような格差が生まれてしまうのでしょうか?

 まず、第3章でとり上げられているのが、男女の職業棲み分け問題です。

 専門職ヒューマンサービス系の専門職看護師教員介護、保育など)である専門職2と、ヒューマンサービス系でないエンジニアなどとヒューマンサービス系だが高賃金医師歯科医師大学教授専門職1に分けた場合日本女性専門職2の割合が高く、専門職1の割合が低くなっています

 93pの図3.1、3.2、3.3を見ると、大学教員医師研究者の3つにおいて日本女性が占める割合先進国最低レベルになっており、女性がこれらの分野に進出していない現状が窺えます。また、専門職2の賃金一般的に低く、100pの図3.5を見ると、女性専門職2の賃金男性事務職賃金を大きく下回っていることがわかります

 女性高学歴化は進んでいるものの、なかなか賃金水準男性に追いつかないのは、大卒女性の多くがこうした賃金水準の高くない専門職2につくからです。


 また、第7章では「女性結婚出産すると離職してしまうので、人材投資無駄になる」「女性男性に比べて生産性向上心も低い」という日本企業の多くの管理職思い込みが、「予言自己成就」を招いてしま問題をとり上げ、分析しています

 「予言自己成就」とは、「根拠のない予言が、それがなければ実現しないのに、予言されたことで実現してしまう」というパラドックスで、マートンはこれを銀行が潰れるという根拠のない噂を信じた人が実際に取り付け騒ぎを起こしてしまうという例で説明しています(198p)。

 

 これを日本の働く女性問題に当てはめると、「日本の多くの企業女性はいずれ辞めるとみなして、男性雇用者と同等の昇進・昇給機会や訓練機会を与えないから、多くの女性職場に見切りをつけて育児きっかけに離職を選択することになる」(200p)というものになります

 実際、201pの図7.1における「日米の女性の離職理由の差」のグラフを見ると、育児理由にあげているのはむしろアメリカ女性であり、日本女性アメリカ女性以上に「仕事への不満」、「行き詰まり感」といった理由をあげています

 

 この本ではこの問題を、「ゲーム理論モデルを用いて、黒人などのマイノリティ雇用者労働生産性が低いというネガティブステレオタイプについて、それが企業偏見から生じ、予言自己成就となる均衡が生まれることを示した」(203p)コートとラウリー理論を使って掘り下げています

 コートとラウリー理論によると、例えば企業黒人雇用者偏見を持っている場合黒人はたとえ自己投資をしても就職できる確率白人には及びません。すると、黒人自己投資へのインセンティブが弱まり、結果的に「黒人雇用者白人雇用者よりも人的資本が低い」という企業偏見事実となってしまうのです(204p)。

 ちなみにコートとラウリー理論によると、アファーマティブ・アクションは企業の行動は変えるかもしれないが、黒人自己投資インセンティブが削がれるという状況は変わらず、社会的に見ると必ずしも望ましい解決方法ではないそうです(204ー205p)。


 著者は、この日本女性の「予言自己成就」の問題に対して、企業リスク回避的(減点主義的)な人事を改めること、試験雇用期間などを活用してシグナルの精緻化(その人の能力をより深く見極める)を提案していますが、実際に行おうとするとけっこう難しいのではないかと感じました。


 他にも、長時間労働をしないと管理職になれない傾向は女性において男性よりも顕著であるといった指摘や(第2章)、「性別にかかわりなく社員能力開発に努めている」か否かの人事方針GEOgender equality of opportunity)方針)がないとワークライフバランスを進めても男女の賃金格差は縮まらないという指摘(第5章)など、興味深い知見がいろいろと紹介されています


 最初にも述べたように、かなり高度な計量分析が駆使されており、自分を含めた素人には理解し難い部分もありますし、その手法の是非なども判断することは出来ないのですが、働き方における男女不平等についてある程度専門的に語っていくためには外せない本になっていくと思います

 計量分析を使っていない第1章と第8章を読むだけでも、日本の働き方における男女不平等問題ポイントは見えてくると思うので、とりあえず目を通す価値は十分にあります


働き方の男女不平等 理論と実証分析
山口 一男
4532134714

2017-07-20

[] Regina Spektor/Remember Us To Life  Regina Spektor/Remember Us To Lifeを含むブックマーク

 ソ連ロシア出身で、現在アメリカ活動しているシンガーソングライターRegina Spektorの6枚目のアルバムになるのかな?

 前作の「What We Saw from the Cheap Seats」が2012年発売なので久々のアルバムですが、相変わらずRegina Spektorならではの曲が詰まっています。

 ボーカルが奔放にメロディを走らせる1曲目の"Bleeding Heart"にしろ比較普通な曲なようで後半でピアノが本ぷうに展開する2曲目の"Older And Taller"にしろ、「ああ、Regina Spektorだ」と思わせる曲です。

 ただ、逆に言うと今までの違いというのはそんなに感じにくいわけで、珍しく強めのリズムが入る4曲目の"Small Bill$"などを除けば、今までのアルバムからの変化というのはあまり感じられないかもしれません。

 けれども、6曲目の"The Light"のメロディファルセットを使った歌い方はいいですし、他にも随所にRegina Spektorらしさにあふれたフレーズがあります。

 というわけで、好きな人はどうぞ、という感じですね。


D


REMEMBER US TO LIFE
REGINA SPEKTOR
B01IW8MN4M

2017-07-15

[][] ウェンディブラウンいかにして民主主義は失われていくのか』  ウェンディ・ブラウン『いかにして民主主義は失われていくのか』を含むブックマーク

 一言でいえば新自由主義批判の本ですが、新自由主義いか格差社会を生み出したか、というような批判ではなく、新自由主義政治の語彙を経済の語彙に変えてしまい、それが政治を歪めているということを、フーコーの『生政治誕生』における「統治」の概念を用いながら批判的に分析しています

 

 と、書くと、読んだ人であれば稲葉振一郎『政治の理論』を思い出すかもしれません。

 稲葉振一郎の『政治理論』でも、フーコーが『生政治誕生』で打ち出した「統治」の概念キー現代社会における政治の変容が分析されていました。古代ギリシャポリスなどで行われていた「政治」にかわって、近世になると政治の場に権力による「統治」が持ち込まれ、それによって社会問題解決することが期待されるようになってきたというのです。


 ただ、違うのはこの本の著者のブラウンが「左翼」だということ。著者は自らを本の中でも「左翼」だと言っていますし、フーコーマルクス主義批判批判しています個人的には「政治」の世界を「経済」の言葉で語ろうとした嚆矢マルクスではないのかな?とも思うのですが)。

 また、稲葉振一郎現代社会において市民間の平等を実現するための一つの手段として検討されているゲイリー・ベッカーの「人的資本」の概念も、この本では厳しい批判さらされていますブラウンにとっては、「人的資本」という言葉こそ政治教育を大きく歪めるものなのです。


 このように書いていくと、この本がイデオロギー色の強い、左翼によるありがちな新自由主義批判の書に思えるかもしれませんが、所々に市場に対する硬直的な味方があるものの、その着眼点にはやはり面白いものがあります

 この本の第一章ではオバマ大統領政権二期目をスタートさせるにあたっての演説引用されています

老朽化するインフラを整えることは「アメリカ合州国よりもビジネスに向いている場所はどこにもないことを証明する」。住宅ローンを借りやすくして「責任の果たせる若い家族」が最初の家を買えば、「わたしたちの経済が成長する手助けになるだろう」。教育投資すれば、十代の妊娠暴力犯罪によって成長の足をひっぱられることが減り、「子どもたをよい職を得る道」に進めませ、「自力中流階級」になることを可能にし、経済競争力をつけるスキルを与えることになるだろう。学校には「大学雇用者」と組んで「科学技術工学および数学今日雇用者が求めるスキル− に特化した授業」を創設することにたいして、報酬を与えるべきである移民法の改正によって、「熱心で希望あふれる移民技能と才能を活用」するとともに、「職を創出し、わたしたちの経済を成長させる手助けをしていくれる、高いスキルをもった企業家技術者」を惹きつけることになるだろう。(20p)

 

 引用さらに続くのですが、これを見るとトランプ大統領などに比べてはるかに「正義」や「公正」に強い思いをもっているオバマ大統領演説でさえも「経済」の言葉によって彩られていることがわかると思います

 「何が正しい道なのか?」と問われたときに、現代政治家の口から出てくるのは、まずは「成長」や「雇用」といったことなのです。

 もちろん、「まずは経済大事なのだ」というのはその通りでもあって、これを否定することは出来ないとは思うのですが、それでも「市場」や「経済」の領域ではない部分までが、「市場」や「経済」の言葉で語られてしまっているというのが著者の問題意識です。


 このあたりはジェイン・ジェイコブズ『市場の倫理 統治の倫理』あたりを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。ジェイコブズは世の中の倫理には「市場倫理」と「統治倫理」の2種類があり、それが混ざったり不適切なケースに適用されると腐敗や失敗が起きると考えましたが、この本の著者のブラウンはまさに現代社会では本来統治倫理」が適用されるべきところにまで「市場倫理」が幅を利かせ、それが社会を蝕んでいると考えているのです(ただし、どちらかというと「市場倫理」を推すジェイコブズとブラウン立場はずいぶん違う)。


 こうした立場から、第4章では政治に頻繁に使われるようになった「ガバナンス」や「ベストプラクティス」といった言葉俎上に上げられ批判されているわけですが、よりわかりやすいのは「シチズンユナイテッド連邦選挙委員会裁判判決を取り上げた第5章の議論と、高等教育について論じた第6章の議論でしょう。


 「シチズンユナイテッド連邦選挙委員会裁判とは、スーパーPAC、すなわち候補本人の選挙運動の直接管轄外でその候補支援するために組織される政治行動委員会への企業献金政府禁止していることにたいして、最高裁判所違憲判決を下した裁判のことです。著者は、「こうした禁止言論の自由の縮小と呼び、企業法人政治的言論の無制限権利もつ人の地位を与えることによって、判決は、企業の金が選挙プロセスを飲み込んでしまうことを許可している」(172p)と批判しています


 そして、著者が重視するのはこの判決帰結だけはなく、この判決構成するロジックです。

 判決は、基本的に「表現の自由」を重視するものなのですが、この判決を書いたケネディ判事は、言論を「民主主義」の中で機能するものではなく、「市場」において流通するものだと捉えています

 「市場」に対する政府規制有害と考えられることが多いですが、同じようなロジックケネディ判事は「言論市場」を政府規制することの有害性を説きます。「言論」は一種の「資本」であり、それは「市場」において増殖し、流通していきます。そして有権者は自らの判断でそれを「消費」すればいいという考えなのです。

 著者はこうした経済的ロジック政治の場に持ち込まれることが、自由民主主義重要構成要素、人民主権自由選挙政治的自由平等などを撹乱させていくといいます(198p)。


 第5章では、高等教育の変貌が批判されています

 著者に言わせると、「戦間期に始まり1960年代に頂点に達するこの時代は、大衆に読み書きだけなく教養を与えることを約束した」(206p)が、その「教養」は「人的資本」という概念に取って代わられようとしているといいます

 一部の私立エリート大学はその名声とネットワークを売りにして生き残るでしょうが公立大学の多くは就職のための職業訓練施設となりつつあるというのです。

 そうして、こうした変化によって失われるのが民主的市民性(シティズンシップ)です。大学教養教育は「公衆」を育てましたが、現在大学教育が育むのは「人的資本」であり、大学教育もまた「経済」の言葉によって語られるようになっているのです。


 このように著者は、「政治分野を「経済」の言葉で語り規定しよう」という思想新自由主義とみなし、一貫してこれを批判しています

 個人的には著者の主張にはやや粗雑な部分がありますし、その「市場」に対する理解にもやや浅薄なところがあると思うのですが、「政治分野を「経済」の言葉で語り規定しよう」という傾向への注目には意義があると思いますし、現代政治における一つの大きなポイントを指し示していると思います

 

いかにして民主主義は失われていくのか――新自由主義の見えざる攻撃
ウェンディブラウン 中井 亜佐子
4622085690

2017-07-12

[] 『ハクソー・リッジ 『ハクソー・リッジ』を含むブックマーク

 沖縄戦前田高地ハクソー・リッジ)の戦いに参加した良心的兵役拒否者で銃を持たない衛生兵デズモンド・ドスの活躍メル・ギブソン監督が描いた映画

 メル・ギブソンといえば、監督としては『パッション』や『ブレイブ・ハート』を撮っており、残酷さの中での信念や信仰を描く監督という印象なのですが、そういった意味ではこの題材はまさにうってつけでした。


 デズモンドは、第一次世界大戦従軍しそこで親友を亡くしたことでアル中になってしまった父、信仰心の厚い母、兄とともに育つが、幼いころに喧嘩で兄を殺しかけてしまい、以後、「汝殺すなかれ」という戒めを心に刻み、信仰心の厚い人間として育ちます

 第二次世界大戦が始まると、デズモンドは良心的兵役拒否者ながら、衛生兵であれば参加できるのではないかと考え志願します

 ところが、銃を持とうとしないデズモンドに対して上官や同じ舞台兵士たちはつらくあたり、なんとかしてデズモンドを除隊させようとします


 見る前は沖縄戦のシーンがずっと続くのかと思ってましたが、実は戦場に行くまでのシーンが結構長い。「銃を持たない」という信念を貫こうとするデズモンドの強さと葛藤を丁寧に描いています

 第二次世界大戦舞台にした映画主人公宗教的人物をというとテレンス・マリックの『シン・レッド・ライン』が思い浮かびますが、デズモンドに『シン・レッド・ライン』の主人公のような浮遊したような感じはなく、明確な信仰をもった人間として描かれています


 そして、後半はいきなり沖縄戦。ここの激しい戦闘シーンはかなりの迫力で、それこそ『プライベート・ライアン』の上陸シーンあたりを思い起こさせます

 銃撃に手榴弾火炎放射器銃剣と、さまざまな兵器が使われ、さらに米兵日本兵が入り混じる戦闘の様子は近年の戦争映画の中でもかなりのものだと思います

 日本兵に関しては、基本的に「理解不能」な存在として描かれていますが、それだけに米兵が直面した恐怖というのも伝わってきます


 ただ、やはりこの映画宗教映画でもあって、地獄のような戦闘の中でもデズモンドの「信仰」は揺らぎません。塚本晋也の『野火』では戦場という地獄の中で人間性が溶解していきましたけど、メル・ギブソン映画の中では地獄の中でも「信仰」は揺らぎませんし、「信仰」こそが地獄の中に生きる道なのです。

 このあたりは『父親たちの星条旗』や『アメリカン・スナイパー』で「壊れていく英雄」を描いたクリント・イーストウッドとも対照的だと思います


 ラスト戦闘シーンは明らかに宗教画意識している感じで、最後の単価を下ろすシーンは完全に十字架降架ですし、戦闘シーンには宗教画から影響を受けていると思われる藤田嗣治戦争画アッツ島玉砕」とかを思い出すようなカットもありました。

 

 メル・ギブソンの描く世界観というか宗教観に完全に納得させられるわけではないのですが、戦争映画としてはよく出来ていると思いますし、一つの道を示した映画としても強い力を持っていると思います

2017-07-08

[][] ケンリュウ『母の記憶に』  ケン・リュウ『母の記憶に』を含むブックマーク

 同じ「新☆ハヤカワ・SFシリーズから出た日本版第一短篇『紙の動物園』が面白かったケンリュウ日本版第二短篇集。

 『紙の動物園』では、イーガン的な「テクノロジーと心」の問題から、「良い狩りを」に見られるバチガルピ的なスチームパンクっぽい作品まで、いろいろな世界を見せてくれる器用さに感心すると同時に、「文字占い師」に見られるような中国台湾日本にたいする批評的な眼差しにこの作家のオリジナリティを見たのですが、今作では特に中国に対する批評的な眼差しが前作以上に満ちていて、非常に読み応えがあります


 まずはSF作家としてのケンリュウにも触れたいと思いますが、テクノロジー家族などのドラマに絡めることが非常にたくみで、表題作の「母の記憶に」や「存在」、「残されし者」などはイーガンの「泣ける」短編を思い起こさせます

 アイディア自体イーガンほどではないかもしれませんが、SFアイディア物語に落としこむ腕はイーガンと遜色がないです。


 ただ、ここでケンリュウのオリジナリティとしてプッシュしたいのが、先程も述べた中国をはじめとする東アジア圏への批評的な眼差し

 巨大熊を仕留めるために機械馬などを用いた日本陸軍満州に赴くという「鳥蘇里羆(ウスリーひぐま)」といった日本を扱った作品もありますが、この短篇集で目立つのは著者の生まれ故郷でもある中国について作品です(著者は子どもの頃にアメリカ渡り現在アメリカ暮らしている)。


もし革命中国に起こるとすれば、その引き金を引くのは、演説ではなく愛人だろうな(156p

 これは「レギュラー」という近未来クライムサスペンスの中にある一節です。

 若い高級娼婦が次々と殺される事件捜査するルースという女性探偵主人公に据えた作品で、近未来ミステリーとしてもなかなかの出来なのですが、そこにさらに深みを与えているのが、アメリカ中国人社会と、中国本土からくる高級官僚といった現在問題とも地続きの背景設定です。


 「万味調和軍神関羽アメリカでの物語」は19世紀後半のアイダホ鉱山にやって来た中国人労働者の一団とアメリカ人少女交流物語中国人労働者たちのリーダーともいうべきローガン(老関(ラオグウアン))という男と三国志関羽が重ねあわせられるように描かれますが、思い出すのはマキシーン・ホン・キングストン『チャイナ・メン』に描かれている中国人労働者たちの姿。おそらく影響も受けているのではないかと思われます

 

 そして、現代中国への批評的な眼差しもっとも鋭く発揮されているのが、清による揚州虐殺を背景にした「草を結びて環を銜えん」と「訴訟師と猿の王」という2つの作品

 揚州虐殺とは1645年に、清のヌルハチ第15子の予親王多鐸(ドド)軍が、南明の史可法軍と戦闘した際に、揚州で大規模な殺戮を行ったというもので死者は80万人にのぼったとも言われています

 「草を結びて環を銜えん」は、その揚州虐殺を背景に遊郭女性が生き抜こうという様を描いたもので、SFとかそういった要素はないものの非常に上手い人間ドラマとなっています

 ただ、この「草を結びて環を銜えん」において、揚州虐殺舞台の背景に過ぎません。ところが、この揚州虐殺はほんの後半に収められた「訴訟師と猿の王」でもう一度重要モチーフとして登場します


 実は清朝揚州虐殺を隠すべきものとして、虐殺について書かれた本を禁書にしました。そして、それらの本は完全に失われたかに見えましたが、一部は日本渡り、そして辛亥革命期になると日本から再び輸入される形で流通したといいます

 つまり、揚州虐殺は当時の政府によって「抹消された出来事」なのです。「訴訟師と猿の王」はその「抹消」に抗う人々を描いた作品なのですが、現在中国において「抹消された出来事」といえば、当然のように天安門事件が思い起こされますよね。

 もちろん、この小説の中で天安門事件について言及されることはありませんが、記憶を書き換えようとする権力に対抗する人々を描いた「訴訟師と猿の王」は100%とは言わないまでも天安門事件意識しているのではないかと思います


 もちろん、SFとして優れたその他の収録作品も多数なのでSFファンにはお薦めですが、それ以外の人、例えば、中国に興味を持っている人などにもお薦めしたいですね。

 Amazonでは現在品切れのようですが、Kindle版も出ています


母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ケン リュウ 牧野 千穂
415335032X

2017-06-28

[] Ásgeir/Afterglow  Ásgeir/Afterglowを含むブックマーク

 アイスランド出身シンガーソングライターの2ndアルバム。ちなみに「アウスゲイル」と読みます

 前作は全体的に落ち着いた歌声とダークな世界観、そしてSigur Rosを思いおこさせるような浮遊感のようなものが魅力だったわけですが、そういった浮遊感のようなものはやや後退し、そのぶん1曲1曲の個性を出して生きている感じがあります

 1曲目の"Afterglow"はキラキラしたピアノで始まるさわやかな明るい曲、一方、4曲目の"Here Comes The Wave In"ではさまざまな楽器を使って厚みのあるサウンドが構築しており、今までになかったような迫力を感じさせます

 また5曲目の"Underneath It"や7曲目の"I Know You Know"などは、かなりエレクトロニカに寄せつつ、生楽器プラスするようなサウンドになっており、曲の多様性は増していると思います

 ただ、多様性が増した分、アルバム全体の「引っかかり」のようなものはやや薄れたかも。特に後半の曲は平板に聴こえてしまうところもあります

 ちなみにデラックス盤は2枚組になっており、"Afterglow"や"Unbound"の別バージョンなどが収録されていますが、そんなにピンときませんでした。


D


Afterglow
Asgeir
B01MS9FUO5

2017-06-27

[][] ジョージ・A・ アカロフロバート・J・シラー不道徳見えざる手 ジョージ・A・ アカロフ、ロバート・J・シラー『不道徳な見えざる手』を含むブックマーク

 人間の持つ非合理性経済学にと入り入れようとした『アニマルスピリット』の著者であるアカロフシラーコンビが、市場における詐欺手法について分析しようとした本。

 アカロフ情報の非対称性研究で、シラー投機的な市場研究ノーベル経済学賞を受賞しており、ともに「うまくはたらかない市場」を研究してきたわけですが、この本ではさらに踏み込んで、詐欺手法蔓延する市場告発しています

 クレジットカード自動車住宅政治食品医薬品たばこ、酒、金融市場と世の中は詐欺手法に満ちているというのです。


 彼らはこの詐欺手法を「釣り」と「カモ」という概念を使って説明しています

 「釣り」とは、「釣り師の利益にはなるが、その標的の利益にはならないことを人々にやらせるという話」で、「カモ」は「理由はどうあれ、うまいことつられてしま人物」です(10p)。

 そして、カモには心理的なカモと情報的なカモがいます心理的なカモはギャンブルにはまったりポテトチップスを食べすぎてしまうような自分が抑えられなくなるタイプで、情報的なカモはエンロン株価や格付け情報など、意図的につくられた誤解を招く情報によって行動してしまうタイプです(11p)。


 人間合理的判断をすることが出来ますが、常に出来るわけではありません。著者たちは「肩の上のサル」という表現を使っていますが、短期的な欲求脊髄反射的な判断によってしばしば道を誤ります

 そして、市場にはこうした「肩の上のサル」を利用して儲けようとする人々もいます。彼らは様々なテクニックを使って「肩の上のサル」を反応させ、人々をカモに仕立て上げようとするのです。


 この本では様々な分野のこうした釣りテクニックが紹介されています。すべてを紹介知るわけにはいかないので、ここでは序章に載っているトレーニングジムの例と、第5章の政治、第6章の医薬品の例を紹介したいと思います


 まず、トレーニングジムですが、その支払い方法にはだいたい、1.ジムに来場するごとに払う、2.クレジットカードによる月次の自動更新払い、3.年額払い、の3種類の方法があります。ほとんどの客は2の月次払いを選びますが、8割の客は1の来場するごとの支払が安くつくといいます。また、多くのジムキャンセルがしにくい仕組みが取られています(33p)。

 多くの人は自分規則正しくジムに通えると思っているので、月次払いを受け入れますし、キャンセル方法煩雑でも気にしませんが、実際にはそんなことはないのです。


 政治について、選挙とカネの問題をとり上げ、次のような選挙戦略を紹介しています(144p)。

1 公式には、典型的有権者にとって重要で、みんなが情報を持っている分野では、かれらにウケるような政策を訴える。

2 でも典型的有権者があまり詳しくなくて、選挙戦への潜在的寄付者が詳しい他の問題では、その寄付者にウケるような立場を取ろう。この立場寄付してくれそうな人には知らせても、世間一般に広める必要はない。

3 こうした「利益団体から献金を使って、一番ありがちな有権者、「テレビで芝刈りをしている」人物投票したがるような人々にとって人気を高めるようなキャンペーンを打つ。

 3番目の「テレビで芝刈りをしている」人物というのは「普通の良きアメリカ人である」というようなイメージ戦略で、この本によると1920年大統領選挙ハーディングがはやくも用いていたといいます(110ー111p)。

 

 こういった有権者無知につけ込むようなイメージ戦略に対して、有権者啓蒙すればいいかというとそう簡単ものではありません。現在政治問題は、時にあまりに複雑で、専門家ですらなかなか見通せないようなものも多いのです。

 この本では「2008年緊急経済安定化法(HR1424)についてとり上げられています。この法案GMクライスラーの救済にも使われましたが、この法案によって銀行自動車会社の救済が可能なのかどうかは著者たちにもわからなかったといいます現在の複雑な法律などを正しく評価するには、かなりの専門知識政策立案者の意図を見抜く力が必要となるのです(日本だとこの前の国会共謀罪を巡る議論などが思い浮かぶ)。

 また、特定企業業界にはロビイストに巨額の報酬を支払ってもそれを上回る便益を引き出せることが多いですが、たとえロビイスト政治家に吹き込もうとししている政策が般的な有権者にとって有害だったとしても、一般的有権者ロビイストを雇ってその政策をやめさせることは割に合いません。


 最後に第6章でとり上げられている医薬品のケースです。

 現在アメリカ新薬を発売するには食品医薬品局(FDA)の承認必要であり、その承認を得るためにはランダム対照実験(RCT)を行ってその薬効を証明しなければなりません。効果のない薬を無知患者に売りつけることはできなくなっているのです。

 しかし、それで問題解決したわけではありません。1999年マーク社が売りだした関節炎に効く薬「ヴィオックス」は、確かに効く薬で今までの薬にあった副作用を防ぐ薬でしたが、心臓発作などの別の重大な副作用を招く薬だったのです。

 ランダム対照実験は薬の効能を見るには有効でしたが、心臓発作という低頻度の副作用を見るには期間が短すぎました。また、製薬会社自分たちにとって都合の悪かった実験を隠すこともできますさら製薬会社実験母集団自由選択することで、都合の良いデータを引き出すことができるかもしれません(170ー173p)。

 製薬会社はさまざまな手を用いて、患者規制当局を釣っているのです。


 このように現実世界に見られるさまざまな詐欺手法を軽妙な語り口で紹介しているのが本書の魅力です。また、釣りに対抗するためにはやはり何らかの規制監督機関必要場合が多く、この本を読めば市場経済における政府役割を再認識できるでしょう。

 けれども、釣りの「理論化」という点では、まだまだ明確な形にはなっていないような気がします。一番最後の部分で著者たちは「本書には「新しい経済学」と見なせるようなものは何もないかもしれない」(306p)と述べているように、この本で打ち出されている新しい理論はありません。

 あくまで、釣り詐欺手法)が市場には付き物なのだということを指摘した本で、今まで人々が断片的にしっていたことをまとめてみせた本といえるかもしれません。

 ただ、読み物としては面白いので楽しく読める本だと思います


不道徳な見えざる手
ジョージ・A. アカロフ ロバート・J. シラー George A. Akerlof
4492314989

池田先生の池田先生の 2017/06/28 11:48 医薬品/市場活動に関しては現在進行形で

http://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/adagntmejm.html 
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ttp://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/dmekuso.html
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