ホロコースト否定派と「石鹸話」

イカリングさんの「ブログ漂流」村上春樹の弁明に、

ナチスホロコーストユダヤ人を「石鹸」にしたなんていうデマはとうの大昔に具体的事実によって覆されています。

という記述がありました。

このエントリーの村上春樹批判に関してはもっともだと私は思っていますが、その論拠のひとつ(というか、話の枕?)として「石鹸話」があげられていたことには、首をかしげてしまいました。

ホロコースト否定派(歴史修正主義者)は、この「石鹸話」を足掛かりの一つとして、ホロコースト全体をなかっことにしようとしており、それを村上春樹批判のなかに織り交ぜることは、議論をいたずらに混乱させる役割しか果たさないと考えます。

「石鹸話」について調べるために、えらく消耗しました。ネットで検索して見つかるのは、ほとんどがホロコースト否定派のものばかり。
信用に足るものとしては、次のような記述くらいでしょうか。

●「人間の脂肪で作られた石鹸もない」? これは本当だが、読者をミスリードしている。非常に限られた実験的な規模で死体から石鹸が作られたという証言や証拠がいくつかあるが、噂されたような「大量生産」はけしてなされず、知られている限りで人間の死体から作られた石鹸は現存しない。だがしかし、石鹸製造実験が行なわれたと供述する、イギリス兵捕虜たちとドイツ軍の役人の宣誓証言があり、それはいまだに反駁されていない。また、人間石鹸の製造法を記した文書も、連合軍によって押収されている。ナチスが人類を材料に石鹸を作らなかった、と単純に述べるのは不正確である。


66Q&Aもくじから
ナチスがジェノサイドを実行した、または故意に600万人のユダヤ人を殺したという、いかなる証拠が存在するのか?

かくもおぞましい話が虚報であったなら嬉しいことですが、事態はかならずしもそうなりません。ナチス・ドイツが人間の脂肪からセッケンを作ったことは事実と見られています。ただ、それはユダヤ人や絶滅収容所とは関係のない実験の産物だったようです。グダンスク(ドイツ名ダンツィヒ)の解剖学研究所において、でした。ホロコーストとは無関係だったことは、イスラエル歴史学者イェフダ・バウアーが、きちんと認めています。ただし、バウアーがこうも述べていることを、忘れてはなりません。「正確でなければならない理由は、犠牲者やその親族に対する、また、何百万ものユダヤ人死者の記憶に対する、大いなる責任と深い尊敬を発揮しなければならないからである。ナチがやったことは、恐るべきことであった。彼らが考えはしたが実現する時間を持たなかった追加的な恐ろしい行為を、私たちは信じる必要はない。待ちかまえているホロコースト否定派は、私たちがうかつに犯すどんな誤りをも、熱心に拾い上げるのであり、私たちは彼らの『仕事』を楽にさせてしまうべきではない。」


ホロコーストを否定する人々から
石鹸とランプシェード
(ただし、インデックスからのリンクは切れているようです。)

ホロコースト否定派(歴史修正主義者)の論拠を論破したものとして、上記のサイト以外に次のようなものが詳しいです。
(この種の論争にお詳しい方は、すでにご存じかも知れませんが)

『アウシュウィッツ「ガス室」の真理』の虚偽
発言録特別編 -- 木村愛二氏とのガス室論争


ホロコースト否定派、南京大虐殺否定派など、歴史修正主義者たちの手口というのは、こうした細かな「傷」を見つけては襲いかかり、不毛な議論をつくり出し、あたかも「あったか、なかったか」という論争が続いているような状況をつくり出す、というものです。そうすることで彼らは、歴史と真摯に向き合おうとする人々を消耗させ、犠牲者たちをもう一度殺すのです。

それにしても、この「石鹸話」ひとつ調べるために、ほとんど徹夜することになってしまいました。私も歴史修正主義者たちが振りまいた地雷を踏まされてしまったのかも知れません。

再度言いますが、イカリングさんの村上春樹批判には賛同します。ですが、イカリングさんご自身が『いや、とりあえず「石鹸」問題はどうでもいいのです。』と書かれているように、村上春樹批判とは本質的に無関係な話をごっちゃにしないほうがいいのではないか、と思いました。