旧・無印吉澤

昔はてなダイアリーに書いていた記事のアーカイブです

創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク

Passion For The Futureの書評に触発されて買ったきり、すっかり放置していた創発(ASIN:4797321075)をようやく読み終わりました。読み応えあったー。確かに、これは橋本さんが言うように「興味のある人はいつか、ではなく、今、読むべき。」な本ですね。

キーワードは「自己組織化」「複雑性」。特に、「自己組織化」という単語をその雰囲気でわかったきになっている(僕みたいな)人は是非読んでみるべきです。個々の部品が与えられた環境に基づいて行う判断が結果的にボトムアップな知性を生み出す、という自己組織化の考え方は物凄く魅力的です。ただ、それがあまりにも魅力的過ぎるために、その自己組織化という枠にあらゆるものを当てはめようとすると失敗しやすい諸刃の剣なのではないか、と感じます(事実、ニューズウィークから「インターネットで最も重要な50人」として選ばれるほどの著者スティーブン・ジョンソン氏すら、訳者の山形浩夫氏に訳注でつっこまれたりしてますし*1)。そういう意味でも、自己組織化に多少なりとも興味のある方なら読んでみることをオススメします。

とりあえず、いろいろメタ話(↓みたいな)が思いついて楽しいと思いますよ。メタネタ大好き、妄想上等ー!*2

*1:p.194の訳注(p.297)

*2:妄想とか横流しもいいですけど、そろそろ何か自分と他人の役に立つソフトを作って公開したいものです……。いや、P2P関係に限らず。

ハイパーリンクと自己組織化(検閲という負のフィードバック)

創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク」では、インターネット上での創発現象の例としてAlexaやスラッシュドット(/.)を挙げています。前者はAlexaツールバーがインストールされたPCが提供するブラウジング履歴による統計的関連付け、後者はシステムから選ばれる期間限定のスーパーユーザによる採点によって、有益なコンテンツをボトムアップに選び出すシステムです。

この両者は「中央集中型」という共通点があります。確かに、ユーザからのフィードバックをどこかで集中管理しなければこれらの機能は実現できそうにありませんし、創発=分散型というわけでは必ずしもないのでしょうが、P2P関係の話題が文中にほとんど無かったのはちょっと意外でした(Freenet創発ソフトウェアの例として挙げられていましたが、特にコメントされていません)。

文中で主に挙げられた例を見てみると、まずAlexaには4章前半で述べられている負の(ネガティブ)フィードバックが存在しないように見えます。一度あるサイトAからあるサイトBへのサーフパターンが多数入力されてしまうと、そのサーフパターンから生み出される紹介によってサイトBへのサーフパターンが更に生み出されるという正の(ポジティブ)フィードバック状態が生まれ、サイトBの価値が低くなったとしてもなかなかそれが反映されないという可能性があります……ちょうど文中にあるクリントンの不倫報道の例のように。

また、スラッシュドットの採点システムは正のフィードバックと負のフィードバックの両方を持っていて確かに素晴らしいですが、その一方で特定のサイト内でしか働かないという制限があります。かといって、サイトを自主的に採点させるソフトウェアないしツールバーを個々のPCにインストールしてもらい、インターネット上のすべてのサイトに対する採点システムを作る、という方向に進むかと言うとちょっと難しいのも事実です*1AmazonやeBayなどのサイト毎に別々の採点システムが存在すること自体は多様性があって、悪いことではないと思いますけど。

そこで、多少なりともブログに興味を持っている人ならこう思うんじゃないでしょうか。「ブログは創発的に自己組織化しているのではないか? 他のサイトに積極的にハイパーリンクを張り、他のサイトからのトラックバックを受け入れるブログは十分なフィードバック機能を持っているのではないか?」そこで、ちょっとこの点について考察してみたいと思います。

HTMLのハイパーリンクについて、「創発」の127ページでは以下のように記述されています。

皮肉なことに、ウェブに欠けているのはまさにこのフィードバックだ。HTMLベースのリンクは単方向でしかないからだ。あなたのホームページのほうは自分がリンクされたことを知るよしもない。あなたがそれぞれのウェブマスターにわざわざメールを送りでもしない限り、各ページはリンク先のアドレスについての正確な情報を含むけれど、でもウェブ上のページはどれ一つとして、定義上、自分をリンクし返しているのが誰かわからない。

しかし、現在普及しつつあるブログではトラックバック機能やコメント機能がありますし、それらが無かったり禁止しているサイトでも、アクセス履歴のリファラを見れば重要なリンク元はだいたい分かります*2。かといってこれらの機能によってブログ同士が、もう少し広い言い方をするとサイト同士が、「都市」のような近隣を形成しているかというと、必ずしもそうはなっていないような気がするのです。リンクを張る、という行為にはAlexaやスラッシュドットのようにユーザの取捨選択が含まれているはずですし、googlePageRankもその取捨選択の存在を前提にしているはずなのに、一体何故なのか? それは、言うなれば「近隣性を表現するリンク」と「関係性を表現するリンク」が全く区別されていないからではないかと思います。

  • 近隣性を表現するリンク
  • 関連性を表現するリンク

(うちのサイトには今のところありませんが)よく訪問するブログへのリンクを画面の端に常に表示するようなものが「近隣性を表現するリンク」で、気になるニュース記事が掲載されているサイトに張るリンクが「関連性を表現するリンク」、という感じです。例えば、うちのサイトはよくCNet Japanの記事にリンクを張っていますが、別にCNet Japanのサイト(またはその記事)と近隣性があるわけではありません。それは、トラックバック機能によって仮にCNet Japanからうちのサイトへのリンクが張られたとしても同じことです。あるのは関連性だけです。

この流れはブログの登場によって加速されたと見るべきでしょう。少なくとも日本では、昔は「親密になってからお伺いを立てて相互リンク」のような流れがありましたが、今では同じ話題について議論しているだけで、トラックバックリンク元リファラ)表示機能によって賛成派も反対派も相互リンクされてしまいます。インターネットを都市の例に当てはめてみると、各サイトが建物に相当し、サイト間のリンク(何ホップで到達するか)各サイト(ブログ含む)が建物に相当し、サイト間のリンク(何ホップで到達するか)が家の間の距離に相当します。で、自己組織化がうまく進んで近隣性が生まれれば、サイトの周りにはそれと傾向や思想の似たサイトが集まって、それと似ていないサイト(反対派)は自然と閲覧者には見えなくなるはずですが……。現状では、賛成派も反対派もごちゃごちゃに集まってしまう正のフィードバックを生み出しています。

この現状に対する一つの対抗策は、負のフィードバックとして、自分のサイトに表示されるトラックバックリンク元を積極的に検閲することです。余程自分のサイトと親密でない限りは削除するか、または2chのようにhttpのhを取って「ttp://d.hatena.ne.jp/muziyoshiz/」のようにしてハイパーリンクとしては表示しないか、どちらかを選択する、と。CNet Japanは自分のところの記事に批判的なトラックバックは積極的に削除しているらしく、最近それを知った*3ときは「ブログはself publishingのために生まれたツールだから、検閲なんて普通しないんじゃないか?」と訝しんだのですが、これは親密性を否定する「負のフィードバック」だと考えると正しい行動として納得できます。完全に削除するのは、関連性まで否定することになるのでどうかと思いますけど。

他の対抗策としては、「サイト間のリンクはすべて関連性を表現するもので、サイト管理者の取捨選択によって生まれる親密性など微々たるものだ」と見捨てて、あくまでAlexaのように閲覧者の行動によって親密性を見いだすという方法もあるとは思います。この方法は、サイト間の親密性とか、サイトの自己組織化とかいう幻想を無視する方法とも言えるんですけどね……。

どちらにせよ。結局、ブログによってRSSが普及し、セマンティックWebの世界に近づきつつあるとは言っても、それによってサイト同士が自己組織化するとは一概には言えない、という点では共通しています。この辺りについては今後もうちょっと考えてみたいと思います。

*1:そういうサーチエンジンが昔失敗していたような記憶が……。なんて名前でしたっけ?

*2:この点については、山形氏も訳注で「そんなことはない。リンク元をたどる方法はたくさんある。」と反論しています。

*3:僕はCNET Japan Blog - エッセンシャル・サーチエンジン:マスメディアとパーソナルメディアのコメント欄を見ていて、初めて気付きました(関連:切込隊長BLOG 〜俺様キングダム: オーディエンス調査とパーソナル調査を混同する人がいるらしい