アメリカ vs.日本

日本には原発事故に関する何ヶ月にもわたる事故対策検討委員会の会議の議事録が全く無いという信じられないような報道を聞いて唖然としていたら、アメリカから彼の国で行われたこの事故に関する独自の調査や議論の3200ページに及ぶ詳細な報告書が送られて来たそうである。そこには発言者の一言一句が詳細に書かれているという。日本の行政の稚拙さを世界に露呈した恥ずかしい話である。この事実に日本の閣僚や官僚のまともなコメントは聞かない。議事録は後追いでこれから作ると言うのだから驚く。(作成は後日メモなどをもとに76ページの体裁だけのお粗末なものが作られたと言う)


このアメリカの報告書に照らして日本での事故の把握、対応に関しては大きな遅れがあったことが分かった。例えば3月11日の事故数日後にアメリカでは原発3基のメルトダウンを予測していたのに、東電が2号機のメルトダウンを認めたのは何と2ヶ月後だった。避難区域の設定も半径20kmと80kmと大きな差があった。日本の20kmはその後次第に広げざるを得なかった。これによる被害の拡大は将来に禍根を残すことになるだろう。避難計画の指標となる航空機による汚染地図の作成もアメリカが独自に3月17−18日に実施しているのに当事国である日本側の観測は連絡ミスによる遅れで25日以降になったという。

またSPEEDIという緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムを持ちながら誰もその存在すら知らずそのデータが活かされることも無かったと言う。何故そうなったか、誰がどう判断したかは議事録すらない今となっては闇の中である。悔やまれるのは得難い貴重な体験が今後に活かされず闇に葬り去られることである。

政府はパニックを恐れて事故をなるべく過小に公表したかったのだろう。でも本当は真実をありのままに伝えて国民に理解と協力を求めるべきだと思う。それによってもっとスピード感をもって対処出来ただろう。隠蔽や誤魔化しで国民が政府を信頼出来なくなれば混乱はより大きくなるはずで事実はそうだった。これらの事実は東電ともども日本の行政の隠蔽体質を露呈したものだと思う。また原発推進の関係者が原子力に関する安全神話を作り上げあぐらをかいていた結果でもある。

野田さんが昨年末に冷温停止をもって「事故収束宣言」を行ったがこれは誇張された言い廻しである。メルトダウンした炉の核燃料の状態がまったく分らないからである。また大量の使用済み核燃料が不安定のまま放置されている事も大きな問題である。完全な廃炉には40年かかるという。「収束」という言葉は如何にも現実から遊離しているし誤解されやすい。。

原発推進を進める経済産業省の中にチェック機関である原子力安全・保安院があるという組織的な欠陥も事故直後のIAEA査察団によって指摘されながらいまだに改善されていない。そのために事故後1年になるという今になっても今後の原発再稼動をどうするかという問題についての方向性が決まらない。

被災者の救済についてもスピード感がない。日本のみならず世界各国から寄せられた被災者への義援金の半分がいまだに使われず宙に浮いているという。行政の怠慢もしくは機能不全としか言いようがない。1年も経つ今頃になってやっと復興庁の看板が出来たという。

国家の危機に対して政治家は何をして来ただろう?一党一派一個人の権益を巡って醜い足の引っ張り合いをやっているだけで与野党一致協力して国難を乗り越えようとする気迫がまったく感じられない。これは自民、公明の野党に著しい。解散総選挙を叫ぶだけで政権を奪還したらこうするという訴えがまったく聞こえて来ない。与党の民主党でも党内派閥の存在で党の方針がさっぱり決まらない。今こそ野田さんには強力なリーダーシップを発揮してもらい、議員一人ひとりが心を入れ替えて議員定数や公務員の削減を始めとする政治行政の改革を断行して国民の不安を解消してもらいたい。そうでないと昭和初期のような議会解散、翼賛政治の時代に戻りかねない。すでにその芽が出かかっているように思えてならない。