Hatena::ブログ(Diary)

青空学園だより

2017-02-15 春の気配 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170215150654j:image:w220:leftf:id:nankai:20170215150644j:image:w220:right節分が終わり,2月も早半ばである.植木鉢のオリーブの枝にみかんを半分に切ってさしておくと,メジロが来る.あたりを警戒しながら,みかんをつつく.2匹のときもあれば4匹のときもある.そこへヒヨドリが来て,メジロを追い払いみかんを皮ごと食べる.いまがいちばん食べ物の少ないときで,みかんでしのぎながら春を待っている.

梅が咲き桃の花も咲き始めて春の気配を感じるこの頃であるが,今の日本政治の有り様もまた,いろいろと表に出てきた感がある.個人的には知らないが,名前や活動はよく知っている豊中市の木村まこと議員が,幼稚園児に教育勅語などの「愛国教育」をする学校法人が、豊中市に小学校を作ることになり,政府が国有地を超格安で譲渡した上に,その価格を「秘密」にしていたことを追究した.表沙汰になったのは,木村議員が売買契約書類の公開請求をしていたが,財務省が公開請求に応じないため,大阪地裁に提訴したためだ.この問題がテレビや新聞でも取りあげられた.

その内容は木村議員のブログ豊中市内に建設中の私立小学校をめぐる疑惑>やリテラの記事<国有地疑惑の愛国小学校と安倍の関係 国有地を7分の1の値段で取得“愛国カルト小学校”の名前は「安倍晋三記念小学校」だった! 保護者にヘイト攻撃も>にまとめられている.このあたりは「航空機騒音指定区域」で伊丹空港を出入りする飛行機の音がうるさく小学校向きの土地ではないし,名神高速道路に近いという大気環境の問題もある.韓国の朴大統領が,個人的な関係の崔順実に政策を漏らしていた問題で,全国的な抗議が起こり,現在職務停止で弾劾裁判の審判待ちであるが,この豊中の事件とその背景は,韓国以上に大きな政治スキャンダルである.

その安倍がトランプに会ってきたが,会談の中身や合意事項については,何も明らかにされていない.いいかえると公にすることのできない密約がなされたのだ.それがつまり,日本の公的年金資金をアメリカの事業投資するということである.安倍内閣になって,GPIF(独立行政法人「年金積立金管理運用」)が,基盤整備や不動産にも投資できるようにした.そして,この間,株価を維持するために投資してきたが,それで大きな損失を出し,そのために年金の減額を決めたばかりである.

しかしアメリカへの投資はその比ではないほど大きいものになるだろう.そして,そのような投資にもかかわらず,アメリカ産業がこれまでの方向のままであるかぎり,つまり,新自由主義のままであるかぎり,早晩再び大きな混乱に陥る.そのとき,投資された年金は紙くずになる.そんなことがありうるのかという意見もあるが,現に企業としての東芝が解体に直面している.もはや産業としては斜陽で衰退であると見ぬいたアメリカが,いくつかの原発企業を東芝におしつけ,それに東芝がのり,そのあげくに<東芝が米原発で減損7125億円、債務超過に メモリー事業売却も>ということになっている.

しかし,今回の安倍訪米の結果,アメリカに差し出すものは東芝の比ではない.そのあげくに今度は,日本という国家の規模で,東芝と同じことが起こりかねない.帝国アメリカが日本の金融資産を吸い尽くし,それさえできなくなった段階で崩壊してゆくという歴史過程をたどるのかも知れない.安倍政治は,歴史舞台でのその猿回しとなっている.しかし,それを許しているのは,われわれだ.このままでは,孫の世代に本当に済まないことになってしまう.

その思いから,やむにやまれぬ気持ちで,人が動きはじめる.<稲田朋美防衛相の南スーダン隠ぺい開き直り答弁に国会前で抗議デモ! 憲法を蹂躙する稲田は即刻辞任しろ!>のようにである.そのとき安倍政府は,秘密法,盗聴法,共謀罪でこれを押さえ込もうとする.しかし,それでやめるわけにはいかない.日本のアメリカ従属勢力がおこなう売国政策をとめるために,次の世代への責任を果たすために,大いに共謀しよう.

f:id:nankai:20170216211100j:image:w260:leftこのような問題に出会うと,いつも思い起こすのが,故郷宇治の人・山本宣治である.山本宣治のことは,これまでも書いてきた.<山本太郎の行動を支持ほぼ治癒>など.彼はまさに,日本軍国主義に対して闘いぬいた人である.一九二九年春,治安維持法改悪反対の演説をおこなう予定で草稿を準備していたが,一九二九年三月五日与党政友会の動議により強行採決され,討論できないまま可決された.そしてその夜,軍国主義者の手先となった右翼団体である七生義団の黒田保久二に刺殺された.このとき治安維持法改悪に反対したのは,山本宣治ただ一人であった.一九二八年三月一五日に続いて,一九二九年四月一六日に共産主義者への一斉弾圧があった年であり,日本軍国主義が破局の道に踏み出したときであった.

それに先立つ日,彼は全国農民組合大会で「実に今や階級的立場を守るものはただ一人だ,山宣独り孤塁を守る! だが僕は淋しくない,背後には多くの大衆が支持しているから…」という有名な演説をした.宇治川西岸の小高い岡の上の墓地にはこの言葉を刻んだ碑が立ち尽くしている.

ここは私の親戚縁者の墓も多くあるところで,私もいずれこの墓地に還るのだが,歴史はめぐる.いまわれわれは,山宣の時代と同じ所にいるのかも知れない.少なくとも,あのときの政友会といまの安倍自民党は同じことを考えている.背後であやつる官僚制はそのままである.しかしまた,あのときとの違いもある.資本主義にまだ拡大しうる余地があるのか,もはや資本主義の終焉が避けがたいのか,である.いまの条件の中で,山本宣治のこころざしを受けついでゆかねばならない.つくづくとそう思う.

追伸:16日、咲き始めた桃の花.

2017-01-23 日本神道(一) このエントリーを含むブックマーク

日本神道とは,明治期に成立した国家神道とは真逆の,古来よりの神の道である.

私は茶所の宇治に生まれた.小学校低学年まで住んでいた宇治川べりの家の近くに,現存する日本最古の木造建築である宇治上神社があった.桐原の泉といわれる湧水の建屋も古く,そこに座り込んで風に揺れる草木を見つめていた.その後,引っ越したところには縣神社があった.六月五日は奇祭といわれる縣祭.かつてこの日は小学校も午前中で終わりだった.真夜中に梵天のお渡りがある.家を開放し大阪から来た人らを泊める.お宿といっていた.母が鯖寿司を作る.

京都では如意ヶ嶽,いわゆる大文字山の麓の北白川に下宿した.ここは白川女の里であり,北白川天神宮があった.考えごとのあるときは,いつも石段を登った境内に腰掛け思いにふけっていた.そしてまた,大学の横には吉田神社があった.室町時代から続く節分の縁日には夜店が並ぶ.吉田山には多くの摂社末社もあり歩きまわった.八角形の奇妙な建物も印象深い.

働いてからは,西宮に住んだ.はじめに住んだところは西宮えびす神社の近くであった.それから引っ越し広田神社の地元に住んだ.宮参りにも行かせてもらった.さらに北へ引っ越してからは,もう四半世紀以上,巨岩をご神体とする越木岩神社が地元の神社であり,初参りもどんど焼きも毎年欠かさない.左翼活動に打ち込んでいた時代も初参りは続けていた.越木岩神社を取りまく雑木林は,原生林である.冬も葉を落とさない常緑の林である.巨岩を囲む雑木林のなかに神社を置き,その自然を守り,その力への畏怖をいだき,身近なものの安寧,世の平安を願って手をあわせる.この地で営々と人は祈りとともに生活し,そして命をつないできた.

私は別段,神道の信者ではない.近年,日本語の再定義という問題に導かれて,本居宣長や平田篤胤を読んできたが,神道教義として読んだのではない.私も,そして神社に参って手をあわせる多くの人にとっても,神道は,神とその教えを信じるというよりは,このような風土とそれに根ざした文化を受けとめ,われわれの生の根拠を感じとり,そして祈るものであった.

神道の「神」とは何であるのか.言葉としての「カミ」は,大野晋先生があきらかにされたように,タミル語「ko-man」に由来する.その意味は「大きな力をもつ恐ろしい存在」である.この言葉が多くの関連する言葉をともなって,水田耕作技術とともに日本列島に伝わった.このタミル由来の言葉「カミ」が縄文語と混成し,混成語として熟成するの中で「カミ」の「カ」は「アリカ」や「スミカ」の「カ」と同じく人の生きる場を意味し,「ミ」は「ム」の名詞化であり「ム」はその場をむすぶ,つまりそれを成り立たせるものとなっていった.三千年前から二千五百年前の時間である.こうして「カミ」は人の生きる場を成り立たせているはたらきとなる.これが「カミ」の基層の意味である.

本居宣長の定義は次のようになる.

凡て迦微(かみ)とは,古の御典(みふみ)等にも見えたる天地の諸々の神たちを始めて,其の祀れる社に坐す御霊をも申し,又人はさらにも云わず,鳥獣木草のたぐい海山など,其の余(ほか)何にまれ,尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて,可畏き物を迦微とはいうなり(『古事記伝』一の巻)

「すぐれたること」のある「かしこきもの」を「かみ」というのである.「かしこき」は,先に書いたタミル語本来の意味である.では「かしこきもの」の「もの」とは何か.世界のすべてはものである.ものほど深く大きいものはない.この世界はものからできている.森羅万象,すべてはものである.これが世界である.

ものは存在し,たがいに響きあっている.その有様を「こと」という.ものはことを内容として生成変転する.人はものの意味を聞きとり「こと」としてつかむ.人が,ものを,相互に関連する意味あるもののあつまりとしてつかむとき,そのつかんだ内容を「こと」と言う.本居宣長は「すぐれたること」のある「もの」として神を定義した.「すぐれたること」の内容をいま少し深めよう.

世界はいきいきと輝き運動を続けている.人もまたこの世界のなかでいっとき輝きそして生を終えてものにかえる.そのいっときを「いのちある」ときという.いのちあるとき,それを生きるという.人の生きる場を結ぶもの,つまり「もの,いき,こと」といういのちをなりたたせる働きそのもの,それが日本語の「神」である.この「いのちの不思議」に出会ったとき,それをなりたたせるものとしての神のはたらきを「すぐれたること」として,実感する.

神は「かしこき」もの,恐ろしいものである.雷(カミナリ)はまさに神の「鳴り」であり,「成り」であり,怒れる神であった.そしてこの神に,「はらへ」によって穢れをのぞくことを祈り,「まつり」によって豊穣を祈る.人は心に願うことがかなうように神に祈る.心から祈るとき「すぐれたること」のある神は,その願いをかなえる.人が生きることとは,ものに思いをかけ,そのもののことを考え,願いがかなうように神に祈り,人生を動かしていくことである.

いのちあるものとしての人は世界からものを受けとり生きる.それがはたらくということであり,その場でこそもっともいのちが響きあい輝く.人と人はことをわりあい力をあわせてはたらく.人は心から語らい協働することで人になる.

聖書のヨハネ福音書の冒頭は「はじめに言葉あり」である.「logos」は「言葉」と訳されているが,これは「こと」そのものである.西洋語では,ことが先にありそのもとでものが作られると,この世界をとらえる.ここから出てくる「もの」は物質と精神と二分する物質である.日本語はそれとはまったく異なる.このような二分法ではない.ものは実に広く深い.この深く広いものを日本語は「もの」という一つの言葉でとらえる.この意義を吟味し,ここに蓄えられた先人の智慧に注目しよう.同時に,「はじめにことあり」とする西洋の智慧もまた尊重しよう.

この世がものよりできていて,この宇宙があり,そして地球があることの不思議.さらにそこにいのちが生まれ,人が現れたことの不思議.これをむすぶもの,それが神である.そして,神道とは何よりこのような,神との語らいとその人の行いであり,そのゆえに「道」なのである.働くものは,いのちのはたらきとして耕し,ものの世界から糧を受けとる.神道とはこの日々の生産活動の不思議への畏怖と,その生産に携わりつつ生きてきた先人の智慧であり,その実践に他ならない.生産の不思議を聴きとり,語らい,畏怖をもって祈ること,これが神道である.

個々の人間は,言葉を身につけることで,この智慧を受け継ぎ人間としての考える力を獲得し,そして成長する.成長の過程で身につけた言葉は,その人の考える力の土台である.神道とは,言葉に蓄えられてきた智慧を時代の求めに応じてとりだし,明らかにすることそのものである.

このように考えるならば,それぞれの言葉は,その言葉の仕組みを通してこの世界の不思議をとらえる.よって,それぞれの言葉にはそれぞれの神とその神の道たる神道がある.日本神道とは日本語の神道のことである.今日の問題に即して日本神道の教えるところは次のようなことであろう.

第一に,ものはみな共生しなければならない.金儲けを第一運転するかぎり原発はかならずいのちを侵す.すべからく廃炉にする.第二に,ものみな循環する.拡大しなければ存続し得ない現代の資本主義は終焉する.経済第一から人間第一へ転換し,経済を人の共生のために使いこなすのである.第三に,人間は資源ではない.今日の日本の教育行政は,ますます人間を金儲けの資源とする方向ですすんでいる.教育は一人一人を人として育てる.そうして現れた人間のさまざまな力は,けっして個人の私物ではない.人を育て,人に支えられる世でなければならない.

これが日本神道の教えるところである.しかし,今日の日本政治がやっていることは,これと真逆のものである.この政府とその背後にあるもの達は,神道を語りながら神道に背いている.国家神道神道ではない.その真逆のものである.人は神の言葉を聞くのであるが,しかし人そのものが神であるという考えは,近代の国家神道を除いて,一切なかった.

かつて民俗学者の折口信夫は,天皇の「人間宣言」を受け,実は古代から天皇は人間であったということを語っている.現人神の否定である.折口は戦前戦後を通じて天皇が神であるという考え方はとらなかった.それは民俗学の良心である.昭和二十二年,神社本庁創立一周年記念の講演「民族教から人類教へ」において,「これからの神道天皇・宮廷から解放され,民族宗教からより普遍的宗教へと成熟していく「希望」のなかにある」ということを言っている.この講演を聞いた神社関係者の多くは本庁の評議員に抗議したが,神社本庁当局は「この折口学説は,一参考に過ぎず,神社本庁がこの説を公認するものではない」と釈明を行い,以降,神社本庁の主流は,折口学説とはまったく異なる方向に進む.そしてそれが今日の安倍政治の背景である.

日本神道に背いた神社本庁日本会議は,いずれ神の大きな怒りにふれるであろう.同時に,このような政治を許してきたわれわれもまた,神の怒りに正面から向きあわなければならない.

cangaelcangael 2017/01/25 14:15 日本人の宗教観というと、私もブログを始めた年(09年)の1月11日に書いた通り、河合隼雄さんの神仏習合の何となく宗教(信心?)という域をでないのですが、先日、借りた本があの竹田恒泰(明治天皇の玄孫・元皇族のタレント?)さんの「皇室へのソボクなギモン」という本で、すぐ読めるから、と押し付けで読まされた?本でしたが、神道を宗教であって宗教でない、仏教が伝来するまで神道という名前すらなかったと解説、なかなか説得力があります。その宮中祭祀という項目の中に年間423回の祭祀が宮中で行われていると書いてあります。それを1500年間続けてきたそうです。(ひょっとすると国家神道になってから作られたモノもあるんじゃないか…と疑ってもみますが、あったとしてもそれ以前から続けておられるものもあるはずですね)
私たちが、なんとなく持っている宗教心というのは、お宮さんがあって、天皇がおられてそれで続いているものということなのか、それとも、それとは無関係に、縄文人的なアニミズムの宗教心なのか・・・神社や天皇についてはどう考えておられますか教えてください。

hatehei666hatehei666 2017/01/25 22:15 私の場合、聖書を深読みすればするほど、古代イスラエルの宗教と日本の神道との類似点を見出さずにはいられません。失せたイスラエルの10部族(アッシリア帝国による北王国の滅亡と離散)が日本にまでやって来たというのは、あり得る話だと思います。
京都に太秦という地がありますが、どうもここに住み着いたという話は、昔本で読みました。それで調べてみたのですが、このサイト(http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/032kodai.htm)は非常に興味深かったです。
それと貴兄の以前のブログに書いたコメントと偶然共通していたのが、ヨハネ1:1のロゴスです。貴兄が「ことそのもの」と言われたのは、大変参考になりました。

nankainankai 2017/01/26 10:21 cangaelさん
私の基本の考えは
http://aozoragakuen.sakura.ne.jp/aozoran/ningen/node12.html
などに書いているのですが,私自身は,この日本列島弧や琉球列島弧で,言葉をつむぎ命をつないで,縄文時代からでも一万五千年にわたって人々は生活してきた,その暮らしのなかで形づくられてきた生きるかたちを,現代日本語の中から掘り出そうとしてきました.
その時代から神の宿るところとして巨岩や巨木に祈ってきました.それが神社の形になってのは古墳時代頃かも知れません.
それが,律令制のもとで国家に再編成されました.一方で大嘗祭などが行われてきました.これが結びついたのは明治の国家神道からではないかと思います.「お宮さんがあって、天皇がおられて」というのは,明治の教育のなかで作られてきた意識ではないかと思います.
神道について現在考えているところです.別の季刊雑誌から原稿依頼もあるのですが,締め切りまでまだ時間があるので,もう少し掘り下げるつもりです.

nankainankai 2017/01/26 10:33 hatehei666さん
教えていただいたサイトには,「今から2千年ほど前、日本にようやく人が住み始めた頃」とありますが,じつは今から3千年ほど前,インドからタミール人が日本列島にも来て,鉄器使用と水田耕作をもたらしたというのが大野晋先生が実証されたことです.その後,二千五百年ほど前,漢が成立する前ですが,呉の民や越の民が日本列島にやって来たことも間違いありません.いずれにせよ,数千年前から思いの外遠いところからも人の移動はあったようです.
日本列島や台湾は昔から大陸での敗者が逃れてくるところでした.近年は蒋介石が台湾に逃れてそこを支配しましたが,これは昔からあったようです.ですから,古代イスラエルとの関係も大いにありえます.
日本列島は,じつに多くの文明が流れ込み,混成文明として熟成してきました.そしてさらに明治期にもういちど西洋文明が入ってきたのです.
これはある意味で貴重な経験です.それをもう少し掘り下げて考えたいと思っています.

2017-01-22 関電包囲全国集会 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170122161048j:image:w260:leftf:id:nankai:20170122161956j:image:w260:right関電包囲全国集会が午後4時からあり,久しぶりに関電前に行ってきた.その集会の「前段デモ」が中之島公園女神像前に2時集合であったのだが,これには行けなかった.高浜原発差し止め、2月にも判断=3、4号機抗告審−大阪高裁にあるように,高裁の判断が近づいていることから取り組まれた行動であった.その様子は以下などに詳しい.

関電包囲行動ブログ関電包囲行動再稼働阻止全国ネットワークYOUTUBE.

この日の集会は,この3日間取り組まれた一連の「高浜原発再稼働阻止!の集会・デモ」の最後であった.1/20(金)夜6時〜:「自治体議員と市民の懇談会in大阪」(新生コン会館).1/21(土)「全国相談会」(エル大阪).1/22(日)「関電包囲全国集会」,前段デモ:中之島公園女神像前に2時半出発〜西梅田公園まで,関電包囲全国集会:4時〜5時半.なお,今日は1時〜3時半:京阪守口市駅そばの守口エナジーホールで,広瀬隆さん講演を主軸に,中島哲演さん,青森の佐原さん,社民党の服部さんアピールも含めた「核燃サイクルにとどめを!緊急集会」もあったとのこと.

f:id:nankai:20170123124835j:image:w200:left集会そのものはわれわれかもう少し下の歳の人らで,日曜日ではある若者はほとんどいなかった.地元の自治会で顔を見る人にも出会った.集会では,この数年,金曜行動でよく一緒であった彼とも出会った.私より年上であるがデモから参加していたとのこと.デモのときは小雨も降っていたようだ.集会も本当に寒かった.集会のあと2人で茶店にはいると,4時間ぶりに腰掛けたとか言っていたが,彼は本当に元気である.

さてトランプがアメリカの大統領に就任し,いろいろなことが現実に動きはじめた.トランプの評価をめぐっては,これまでアメリカに従属する日本のあり方を批判していた人らの中でも意見がいろいろあるようだ.またアメリカでもマイケルムーア氏はトランプを批判している.しかし歴史を見るときは,その人間の個人的な問題と,その人間が現在登場した歴史的意味とを分けねばならない.私は,トランプ勝利と子安観音に書いたように,「今,人類が直面する最大の課題は,崩壊してゆく今日のローマ帝国=アメリカをいかに軟着陸させるのかというアメリカ問題である.その意味でいえば,クリントンではなくトランプになったことは一歩だけ,歴史の前進である.」との考えは変わらない.

トランプになってアメリカ支配層の本音がどんどん出てくる.対米従属日本政府への要求も大きくなる.もとよりアメリカの新聞などメディアを握っているのは,クリントンの属する軍産体制の側である.そこが組織した反トランプデモなどもまだまだ続く.一方で,トランプの排外主義に反対する運動も広がる.トランプ就任は,より大きな混乱のほんのはじまりに過ぎない.しかしこの混乱は不可避である.そんな話しも彼として,戻ってきた.

追伸:安保法制に反対し,安倍政治に反対をしてきたあのカタログ販売の「通販生活」が,最近来た春号でその表紙にトランプを応援するとはっきり書いている.トランプが現れたことの本質を見ぬいていると言うべきかも知れない.

hatehei666hatehei666 2017/01/25 21:53 こうした反原発行動をとられた貴兄に心から感謝します。国会前や関電前でのデモが持続しているから、東北電力の東通原発、女川原発の再稼動が止まっていると確信します。東電も口から出掛かっている福島第二原発再稼動を言えないでいるのは、そうした反対運動のうねりに怯えているからだと考えます。

nankainankai 2017/01/26 10:09 この日の集会は,北海道から九州までのそれぞれのところでやっている人が来ていました.
原発廃炉は,多くの人の声です.先の新潟知事選のように,それがまとまって選挙などに反映することを向こうは恐れています.
なかなか外に出て行けないのですが,何とか時間を作って街頭に出ようと思います.

Toshiyasu MatsuokaToshiyasu Matsuoka 2017/02/02 08:52 nankaiさんも行っておられましたか。私は、21日の全国相談会、22日は午後2時から最後まで貫徹(古い! 苦笑)しました。私が若いくらいで元気な老人が、そうだな8割(以上)を占めていました。イベントでの販売を「たんぽぽ舎」に委託している脱原発雑誌『NO NUKES voice』10号も全部売れたとのことで嬉しかったです。また、ある地方から来られた方は、nankaiさん同様、昔『季節』を購読していたとのことで今でも全部持っているとのことです。時々『季節』を読んでいたという方に巡り合います。

nankainankai 2017/02/02 09:45 参加者をざっと見回したのですが,気づきませんでした。ということは西宮におられるのですね。3.11にも関電前には行くつもりです。またどこかでお会いできればと思います。
『季節』は4号がいまも本棚にあります。京大出版会が出していた『序章』なんかもあります。あの時代から,今のような草の根の排外主義が表に出る時代にかわってきました。これをもういちどのり越えていかねばなりません。

Toshiyasu MatsuokaToshiyasu Matsuoka 2017/02/02 15:09 私の知人が過去の運動の資料、機関誌紙類を収集しネットで公開しています。まだ途上ですが、『季節』や『序章』などもアップされています。いちど覗いてみてください。リベラシオン社http://www.geocities.jp/liberationsya/ 今年の3.11は、昨年同様東京に行くか、仕事で忙しければ関電前に行きたいと思います。

2017-01-15 どんど焼き このエントリーを含むブックマーク

追伸(17日):兵庫県南部地震から22年.10年前に「阪神淡路大地震から12年」を書き,そしてそれからまた10年が経った.黙祷し合掌する.

f:id:nankai:20170115105006j:image:w260:leftf:id:nankai:20170115104951j:image:w260:right今年も一五日,門松などを燃やすどんど焼きの日.二十分ほど歩いて,地元の越木岩神社へ参ってきた.地震の前はこの近くに住んでいた.どんど焼きについて,辞書には,

(「とんど」とも。「とうと(尊)」からという説がある)小正月の火祭り。正月一四〜一五日に門松、竹、注連縄(しめなわ)などを持ちよって、火を燃やすこと。左義長。どんどやき。どんどんやき。《季・新年》(国語大辞典(新装版)小学館 1988.)

とある.ここにも,もう2010年2012年2013年2014年2015年2016年と書いてきた.毎年,一つ増やして記録を書くのは自分のためである.この神社は,右の写真のような大きな岩をご神体にしている.昔,秀吉の時代,大阪城の石垣に切り出そうとしたが,煙が出てできなかった.今も幾つか大名の名が彫り込まれた岩が残っている.このような巨岩,磐座(いわくら)を神の座として大切にする.これが,弥生時代から続いてきた.あるいは縄文の昔からかも知れない.古くは瀬戸内海の海岸線がもっと山の方に近く,海から見れば高台であるこのあたりはながく人間が生活してきた.

このような巨岩は,この神社を南端にして北の方にいくつもある.この山塊だけは家が建っていない.昨年も少し書いたが,この神社に北側に隣接していた短期大学が移転し,その後を住宅開発会社が買い取り,その地に三つある磐座を破砕しようとしていた.磐座をまもれという若者の運動のことは「磐座(いわくら)を守れ」に書いた.

この住宅開発会社が短大校舎を解体するときに,アスベストを飛散させた.それに対して,この開発会社と西宮市を相手取った裁判が始まっている.そのHPストップザアスベスト西宮である.私の町内には,同じ学校法人の高校中学があったが,この土地も売却され,今解体工事が進んでいる.それもあって,学習会などこちらもいろいろこの神社地元の運動に顔を出している.今のところ,短大跡の住宅建設は止まったままである.あれだけテレビにも取りあげられれば,集合住宅を建てても売れない.しかしよく見守ってゆかねばならない.

この神社宮司さんは,今の神社本庁などのあり方から距離をとっておられる.そのためもあってか,磐座を守れという運動に神社本庁からの支援はないようである.それでも宮司さんは地元の有志や若者とともに,まさにがんばっておられる.境内には,磐座を守ることを訴える掲示などが置かれ,参拝者は読んでゆく.本来,神道とは,このように磐座に祈り,守り,受けついでゆくものなのだ.そして, 万物共生 原発廃炉 こそ,神道の心である.そんなことを考えながら戻ってきた.

hatehei666hatehei666 2017/01/25 21:47 私もこの正月にすぐ裏の田んぼでどんと焼きをやっているのを見ました。非常に古い行事ですね。
>万物共生 原発廃炉 こそ、神道の心
こういう宮司さんもいるとは。共感です。

nankainankai 2017/01/26 10:04 それぞれの歴史ある宮を守ってきた宮司さんの多くは,今の神社本庁などのあり方に批判的だと思います.
日本会議などは増殖炉もんじゅ推進です.風土の中でそれぞれの土地を守ってきた神社というものをよく考えれば,原発廃炉はまさに神の教えです.

2017-01-10 十日戎の日 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170110140036j:image:w260:leftf:id:nankai:20170110175716j:image:w260:right今日は西宮神社の十日戎.授業がない日だったので,昨年の「十日えびす」と同様,今年も午後いっとき参ってきた.今年は猿回しが来ていた.人のでの多いこと.平日の昼間でこれである.夕方から夜はもっと多くなる.今朝も恒例の福男選びが行われていた.神戸新聞:福男選び、一番福は川崎の大学生 西宮神社.何で福女選びはないのだろう,とも思うが,江戸時代から続くこの行事も全国化した.去年も書いたが,えべっさんは西表島などのみるく神と同じ体型をしていて,揚子江域かもっと南のほうか,いずれにせよ海の神である.

人の中を歩きながら,ファシズムとは何かと考えざるを得なかった.ここに来ている人らの多くは,西宮なら維新系の支持者が多いだろう.自民党の地元の国会議員ものぼりを立てていた.戦前も戦争をすすめながら,そのときも十日戎は行われていただろう.今はもうその段階かも知れない.そのときこちらは本当に人の心の襞に届く言葉が出せるのか.このあたりに自分の営みの課題がある,等々考え戻ってきた.

戻って幾つかネットを見ていると アメリカ国務長官、「ISISの結成目的はシリア政権の打倒」 - Pars Todayがあった.ParsTodayはイラン系ニュースサイトで,2016年1月からはじまったとある.「英語のインターネットサイト、オフ・ガーディアン」からの引用という形なので,ケリーがいつどこでどのような場で語ったのか確認しないといけないのだが,ここに書かれていること以上にはまだできていない.

f:id:nankai:20170111114530j:image:w220:leftただ,アメリカ政府がISISを作ったというのは本当である.冷戦終結の頃,ちょうど資本主義の行きづまりも明白となり,もはや軍需産業しか利益が出ない段階に入り,帝国アメリカの軍産体制が,冷戦終結以降も世界を戦争状態に置くため,アルカイダを養成し,そしてそこからISISを作ったのは事実である.トルコが最近ロシアとの関係を深めている.先日のトルコ国内でのテロISISの犯行声明が出ている.ロシアに寝返ったトルコ政府に対する帝国アメリカの軍産体制の仕返しとみれば,よくわかる.

オバマ政権はこの帝国アメリカの軍産体制と闘おうとして,ほとんど何も出来なかった.それだけにオバマ政権の国務長官が,この話をしていたということは,多いにありうる.こういう一つの事実にも,帝国としてのアメリカの凋落と,そして今日の時代が,帝国アメリカが崩壊し,経済の時代から人の時代へ向かう一大転換期にあることがわかる.そのなかでトランプ大統領も誕生した.「イスラム原理主義」も「ウクライナ問題」も帝国アメリカの軍産体制が生みだしたものである.崩壊する帝国をいかに軟着陸させるのか,これが今日人類が直面する最大の課題である.この観点をしっかりもとう.そのように考えるなら,日本政治の現状が,滅びゆく帝国と心中しようとするまったく二度目の茶番政治であることもまたよく見えてくるのではないだろうか.

私自身は,次の時代の扉を開くため,それをになう人間づくり,そのための基礎作業が近代日本語をその根底から定義しなおす再定義の試みであると考え,この20年いろいろやって書き残してきた.人間は資源ではない.言葉をもって協働する尊厳あるいのちである.日本列島弧や琉球列島弧で,言葉をつむぎ命をつないで,縄文時代からでも一万五千年にわたって人々は生活してきた.その暮らしのなかで形づくられてきた生きかた,つまりそれを里のことわりというのだが,言葉の中にそれを聴きとろうとしてきた.人は言葉をもつがゆえに人である.いかに国破れ,世が荒廃しても,言葉を慈しみ,生き方を模索するものがいるかぎり,希望はあると考えてきた.歴史は,この人間原理による世を求めている.広島・長崎・福島の惨事を経験したものは,それをふまえ,責任を果たさなければならないのではないか.

hatehei666hatehei666 2017/01/25 21:39 非常に興味深かったのでちょっと調べてみましたが、報道関係者が「ケリー長官」と言っているのは間違いで、検索しても出て来ません。分かったのはトランプと対決して今年辞めてNBCに移った元フォックス・ニュースホストのメーガン・ケリーという別人です。彼女はフォックス・ニュース時代に「ザ・ケリー・ファイル」という人気番組をやっていました。あまり情報源がないので確かな事は言えませんが、その中でケリー長官でなく「オバマ政権」がアサド政権と対決する為ISISを支持したという事でしょうか。
これは日本の報道陣の誤訳というべきでしょうが、大局的には貴兄が言われる、アメリカ政府がISISを作ったというのは、間違いないと思います。もう少し調べてみます。

nankainankai 2017/01/26 08:33 情報ありがとうございます.
「ケーリー長官」の写真もそのときのものではないのですね.
オバマ政権はISISと闘うふりをして,実際はトルコ経由などで裏で支えていたのは事実です.ISISの車には[TOYOTA]と書かれたのが多いですが,あれなどもそうだと思います.
こちらでもまた調べてみます.

hatehei666hatehei666 2017/01/27 15:17 オバマ政権の国務長官はクリントンで、この二人が秘密裏にアサド政権を倒す為、対抗勢力を起こさせ、結果的にISISが設立されたと見られます。しかしオバマはその後ISIS打倒をアサド失脚より優先させて来ました。でも有効な手が打てないまま、政権を去りました。一方アサドとしては、政権維持の為ISISとほどほどの関係を保つ方が、西欧世界の軍事的結束で歯向かわれるよりましとの計算もあるようです。またロシア、イランもアサド支持で動いているので、就任したトランプもISIS打倒の有効な戦略がありません。トランプが腹いせの為、オバマとクリントンを痛烈に非難し、二人がISISの始祖だと言ったみたいです。結局トランプの反ISIS計画も、この二人と同じ穴の狢です。米国は行き詰まっており、貴兄が主張されるように、崩壊へと向かっているのは確かでしょう。

nankainankai 2017/01/27 19:11 国際問題でアメリカは行き詰まってきています。そして帝国として崩壊に向かっているのも、間違いありません。しかしその過程は過酷です。アメリカはこの70年、従属国内部にいざというときに使える装置を何重にも埋め込んできました。オリバー・ストーンもそのことを指摘しています。
ですから、帝国の崩壊ということをおさえたうえで、これを少しでも軟着陸させることが、われわれの直面している課題だと言う気がします。