Hatena::ブログ(Diary)

青空学園だより

2018-07-16 宵山の日の参禅 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20180716105504j:image:w260:leftf:id:nankai:20180716105458j:image:w260:right昨日は京都で,智勝会OB会の参禅の日であった.智勝会は相国寺の活動にもあるように,在家居士の参禅会である.昭和の初め頃でき,戦後も昔は京大の学生が中心であった.こちらは大学のサークルのような感じで参加した.が,最近は現役学生は2,3人とのことである.そのOB会であった.

京都の夏は暑い.しかも今年は特別である.39度というなかを地下鉄で烏丸今出川まで行き,タイ料理の店で昼飯.しばらくそこにいた.タイ料理が辛く,辛いのは好きなのだが,この日は後で喉が渇いた.それから京都御所の緑地を少し歩いて池の端でしばらく休んでそれから,同志社大学の横を通り,相国寺の境内に入る.

また歩いて,東側の僧堂のある一角を入る.ここは一般には公開されていない.雲水の修行道場である.そこの座敷でしばし時間が来るのをまち,2時から,老師の導きで読経と焼香をする.それを終え,僧堂に移って,拍子木の合図で,それぞれが坐を組む.僧堂の写真などはここにも載せている.僧堂の中は暗いが格子の向こうの緑が鮮やかである.それから老師の臨済録の提唱.それを聴き終えて,座敷に戻り精進料理を皆でいただく.

自分のなかでは年一回の貴重な時間として定着してきている.自分はいつからいっているのかとこのブログを見返すと,2012年の7月14日からなので,今年で7回目である.もうそんなに時間が経過したのかと感慨もあるが,すべて東北地震の後のことであり,個人としては長い時間であるが,事故の行く末としてはまだまったく短い時間である.

自分のために,これまでの経過をあげておく.そもそもこのOB会を知ったいきさつは,智勝会の人からの手紙人に会う(続)にある.そして参禅の記録は,2012 相国寺僧堂2013 夏の京都の一日2014 京都の夏2015 夏のはじめの金曜土曜2016 京都相国寺2017 今年も相国僧堂である.

f:id:nankai:20180716105451j:image:w200:leftf:id:nankai:20180716105446j:image:w200:right会食の合間、順に話した近況報告の中で,こちらは『神道新論』を出版したことも伝えた.老師に一冊,いつも世話をしてくれるFさんに一冊渡し,後の人にはぜひ買ってくれるようにお願いした.神仏習合は,この日本列島弧の人々の考え方として自然であることも話した.

実際,僧堂の向かいにある鐘楼の横には鳥居があって稲荷神社がある.また,来歴のよくわからない小さな祠などもある.この相国寺も,明治維新の後の廃仏毀釈の時代には多くの困難があったようだ.帰りに一休みしていると,昔のことをよく知っている先輩がいろいろ話してくれた.これだけの広い境内であるが,昔はもっと広く,戦後間もなくまでは境内から竹藪が鴨川縁まであったそうだ.

それから地下鉄に乗ったが,烏丸四条駅は身動きがとれないほどの人出と言うことで,烏丸御池で地下鉄を降り,タクシーで四条河原町にでる.七月十五日前後は祇園会の宵山である.四条通は車も止めて,人出がすごかった.暗くなると山鉾の提灯に明かりも入るのだが,それまではいないで阪急で戻ってきた.

長い歴史のある参禅会がこうして今も続いている.雲水の中からこれからの時代に応じて伝統も守りつつこれを継承してゆく師家が出てきてほしいし,かつての西田哲学ではないが,こういう伝統をふまえ,時代の求めに応じようとする思想が生まれてほしい.人ごとで言うべきではない.課題の大きさに比べて力およばずであるが,こちらが『神道新論』で目指したのもそういうことである.

f:id:nankai:20180716135011j:image:w200:left14日は梅田解放区の取り組みであった.国会の動きを見て14〜17日は毎晩やるとのことである.こちらは16,17日もゆけないので,せめてとこの日も横断幕をもっていた.

前にも書いたが,これだけ現前の政治が腐敗しているのに,なぜこれを打破する直接の行動が広がらないのか.二年前,韓国では朴槿恵大統領の退陣を要求する革命的な波が,ガラス窓一枚壊すことなく平和的に街頭を埋めつくし,大統領弾劾が成立して罷免した.その力が文在寅大統領を生み出した.今日の南北対話,米朝対話は,この「ろうそく革命」の結果である.韓国には,かつての民主化闘争があり,さかのぼれば日本の植民地支配への抵抗闘争の歴史がある.対してこの日本は,非西洋にあって最初に近代資本主義に入り,帝国主義侵略と支配を続け,敗戦後はそれを総括することなく一転して対米従属の下に経済拡大を続けてきた.アベ政治はそのなれの果ての腐りきった残骸である.

韓国のろうそく革命のように,梅田の前の道をデモで埋めつくすときは,必ず来るよ.この取り組みの中心にいるS君とそんな話をしながら9時までやった.そして翌日15日は朝7時半から公園の掃除を皆で済ませ,その後一休みして,京都に行ったのである.体が動くうちは動いてゆこうという思いであった.

umryuyanagi104umryuyanagi104 2018/07/17 06:32 相国寺の参禅会、近いうちに是非参加したいと思いながらまだ実現できていません。
nankaiさんのブログを読む度に、ああ・・もう一年何もしないで過ぎてしまった・・といつも反省。元気なうちに是非参加したいです。
いつも教えてくださりありがとうございます。

nankainankai 2018/07/17 07:10 座禅会の維摩会は基本第二第四日曜に朝から本堂でやっています.京都に来られる機会がありましたら是非いってみてください.
私は年に一度のこの座禅が,生活の大切な柱になっています.

2018-07-09 維新政治からアベ政治へ このエントリーを含むブックマーク

昨夜も,梅田解放区は行われていたが,こちらは用事で行けなかった.来週も京都で座禅の会があり,行けない.

f:id:nankai:20180709083212j:image:w360:right一昨夜は七夕であった.降り続いた雨はようやくに少し小ぶりとなり,どうなることかと思っていたが,なんとしても開催するということで,森友学園問題を考える会(FBtwitt)主催の,「市民集会 森友学園問題から大阪維新の会のヤミを暴く!!」に参加してきた.大雨が上がったばかりで,阪急の運行さえどうなるかと思ったが,それにしては多くの人が参加していた.いつも梅田で会い顔見知りにあった人や,昔からの知りあいのTさんにも会う.彼はいちど飲みに行こうやといっているのだが,いつも車.「来るとわかっていたら車置いてきたのに」といわれてしまった.

阪急宝塚線「曽根」から徒歩5分のところにあるアクア文化ホールで夜の7時からであった.片岡伸行(『週刊金曜日』)さん,横田一(ジャーナリスト)さん,木村真豊中市議(森友学園問題を考える会)の三人による討論と,大阪府議会での森友問題追及についてということで,共産党大阪府議の石川たえさんと,元豊中市議の山本いっとく(森友学園問題を考える会)さんのやりとりとが,おこなわれた.そして,大川弁護士の報告があり,IWJにも録画がある.

森友学園問題については,森友学園問題の真相は何か 初めから今までを見直す→真相はどこにあるのかに詳しい.こちらはもらった片岡伸行さんの資料と横田一さんの資料を読みながら,それを結びつけることで,ああそうかという,私自身にとっての発見があった.私は前から,

2018-05-13 『東北ショック・ドクトリン』,2018-04-29 歴史は動く,2018-03-12 3.11の日に,2018-01-17 阪神淡路大地震から23年,2017-01-07 七草粥,2015-08-21 歴史を教訓に!などで,今日のアベ政治は,福島の核惨事を「ショック・ドクトリン」とする「惨事便乗型資本主義」として生まれたものであると書いてきたが,東北大地震と東電核惨事をショックドクトリンとしてアベ政治を生み出す上で,実際に動いてきたのが大阪維新の会であるということを再確認した.

2012年2月26日,民主党政権の時代に,大阪で八木秀次が主催した教育に関するシンポジュウムで,安倍晋三は大阪府知事の松井一郎大阪府知事と,その教育観と教育行政,政治による教育支配をめぐって大いに共鳴,意気投合した2人は,居酒屋へ場を移して教育談義に盛り上がった.大阪府では,2011年国旗国歌条例が成立して,教職員に「日の丸・君が代」の強制が始まった.大阪維新の会と日本会議を背景とする安倍晋三の二人三脚がはじまる.

f:id:nankai:20180709170641j:image:w260:left第一次安倍政権下で教育基本法を改正し,「愛国心」を教育の根幹に据えようと提唱してきた安倍晋三にとって,「教育勅語」を毎日暗唱させる森友学園の教育方針は素晴らしいものと映ったに違いない.その1ヵ月半後、大阪府は森友学園の要請を受けて学校設置基準を緩和した.また,大阪府はさらに2012年には職員基本条例を作り,「君が代」不起立を三回すると免職にするとされている.アベが森友学園やこの基本条例を全国に広げたいと考え,これらを行政主導でおしすすめる松井府政を見て,当時の安倍晋三は力を得たのだろう.これが出発点といえる。

2012年4月9日,野田佳彦首相と原発関係3閣僚は,大飯原発の安全対策の実施計画などに対し,安全性に関する判断基準に「おおむね適合している」ことを確認した.このとき,当時の橋本徹大阪市長は「大飯原発再稼働をする政権打倒」と叫び,東電核惨事発生の1年後の時点で,人々に期待をもたせ,そしてこれは再稼働を容認する民主党政権への反感を煽った.当の橋本自身は2012年5月31日、関西電力大飯原子力発電所の運転再開を「事実上容認する」,「反対し続けなかったことに責任を感じている。正直、負けたと思われてもしかたない」などと発言,あえて混乱を引き起こす.

そのなかで,2012年秋,野田内閣は崩壊,11月16日に衆議院が解散,12月16日に実施された第46回衆議院議員総選挙で民主党が大敗,12月26日に野田内閣は総辞職し、アベ政権が生まれるのである.東北大地震と東電核惨事からそれをてこにアベ政治を生み出すうえで,橋下徹と大阪維新の会が中心的な役割を果たしたのだ.そして,森友問題は,全国的にはそのようには見られていないかも知れないが,実は松井大阪府政と大阪維新の会がいちばん中心にあり,これは実際のところ,アベ政治に先駆ける大阪維新の会の大阪での政治が引き起こしたものである.アベ政治は大阪維新政治の全国版である.

日本における、東北地震と福島核惨事からアベ政治への道は,ナオミクラインの『ショックドクトリン』が出た以降の,最大の歴史事件である.そういうものとしてさらに分析し記録しなければならない.そのことを確認した.集会は,大阪の地元から,この維新政治への闘いを広げてゆこうということを呼びかけて終わった.

2018-07-01 無限搾取法 このエントリーを含むブックマーク

またの名を過労死法案という高プロ法が6月29日成立した.1986年に施行された労働者派遣法が,はじめは今回と同じく一定の技術を要する13業種のみであったが,その後改訂に改訂を重ね対象の制限を取り払い,いまやあらゆる分野で,低賃金と劣悪労働環境業態として定着している.小泉政権規制緩和からそれが加速し,社会に大きな格差を生み出してきた.それと同じく,今回の高プロ法はもっと短期に,まさに過労死法,無限搾取法=死ぬまで搾り取ることを国家が認める法としての本来の姿を現すだろう.いや,むしろ現実を追認するというのが実態かも知れない.森ゆうこ議員のところの資料サイトに詳しい資料がある。

しかし,これでは大多数の人々の購買力は低下するばかりである.一方,企業というものは最終的にはものが売れなければ儲からない.生産の場における無限搾取は,消費の場を枯してゆく.資本は目先の利益を上げるために賃金などを下げる.それによって購買力が低下し,結果結局は購買力が下がり,ものが売れなくなる.これはまさに『資本論』の言う,資本主義の根本矛盾そのものである.アベ政府は,物価水準を2%上げデフレから脱却することをかかげたが,ついにそれはできなかった.購買力を奪い続けたなら,売るために物価は下がる.それを,札を増刷ばかりして市場に流しても,それで物価水準が上がるわけではない.

f:id:nankai:20180701215745j:image:w300:left日本の企業家には,内部留保を減らしてもカネを大きく世の中に流通させることで,利潤もまたそこから生み出されるという思想がない.あるいはその余裕がない.かつての近江商人はそれがあったが,いまやそのような企業はほとんどない.過労死法は,企業家集団=経団連が目前のカネに目がくらんだ結果できた法である.しかしその結果としてますますデフレとなり,日本の資本主義経済を根底から破壊する.そしてそれはそう遠くない.その過程で,無限搾取,まさに命を奪うところまで搾取してゆくが,しかしどこかで立ちゆかなくなる.

前にも書いたが,自民党の前尾繁三郎は、死の5日前(1981年7月18日)の講演で「経済が低成長時代にならざるを得ない時代にどうするかの認識と対策を採るべきかを,いろんなところで提言しているのに,指導者たちにその認識ができていない」と言い残し他界した.政治が,目先の利益に走る企業を導かねばならないのに,その後の政治はこの遺言を守るどころか,政府も経団連も軍需産業と無限搾取で利益を出そうとしている.いやそうするしかないところまできている.

かつて,社会主義陣営が存在して時代には,その圧力の下,資本主義陣営においても資本の放縦な動きを規制する様々の仕組みがあった.それが結果として日本ではいわゆる中流を生み出していた.世界的にも,社会主義が崩壊して以降,その規制はほとんど取り除かれた.そのなかでアベ政治は「規制の岩盤を砕く」とか言って,一つ一つ取り除いてきた.そしてついに今回の無限搾取法に至った.

f:id:nankai:20180704134736j:image:w260:rightこのような中で,司法や警察は,この資本の放縦に抵抗するあらゆる活動を,それこそまさに法の枠組を無視して,弾圧する.その一つの例が,人民新聞編集長逮捕であった.これは,権力になびかない独立した報道に対する弾圧であり,ほんとうのことを書くとこうなるぞと言う見せしめでもあった.

これにたいして人民新聞は逆に支援者や読者も増え,支える輪も大きく拡がった.この間の経過と今後の方向を話しあうために,人民新聞編集長・山田洋一さんを支援する会が主催して『山田編集長は無罪だ! 判決前大集会』が6月30日尼崎であった.これに参加してきた.このサイトの告知にあるように,山田さんの決意表明に続いて,この間,関西で様々の弾圧を受けそれと闘ってきた人らの討議と,そして関生などからの連帯あいさつであった.どこも、このアベ政治の下での弾圧である.向こうはこれだけどこでも弾圧してきたのだ.

そのうえで,山田編集長が決意表明の中で「十数年前人民新聞の編集長になたとき,金持ちの世界とは違う別の世界を報道してゆこうと考えた.そしていま,資本主義が終焉のとき,その次のあり方を紙面に出してゆきたい」というようなことを言われたのが印象に残った.

実際,その次の世のあり方をどこから作ってゆくのか.もういちど規制をもっと強力に総体的に体系的に行わなければならない.そのうえで教育と医療の無償化を実際に行う.それはしかし,この腐敗した大域資本主義に隷属するアベ政権の下ではありえない.それを政策とする力は人々の闘い以外に生み出されることはない.そして人民の権力を背景とする政府をうち立て,それによって,資本の放縦な動きを規制せよ,これが当面する歴史の要求である.

f:id:nankai:20180701182606j:image:w260:left人民の権力の下,体系的に資本を規制し,そうすることでかつての総中流ではないが,とびきりの金持ちも,格差に沈む層もない世を生みだしてゆく.これを政策として具体化し,その下に様々の勢力を結集してゆくような政治,これを生み出してゆかねばならない.

そのための種まきとして,7月1日梅田解放区の集まりに参加してきた.7月の土曜はいろいろ集会などある.それで7月は毎日曜日にやることになった.それで今日も行ってきた.喋って歌っては若い人に任せて、こちらは横断幕をもつのを手伝っているのだが,今日は私と同じ世代の女性が,喋ってそして歌って語りかけておられたのには驚いた.喋りもうまい.もう一人その前に喋って元保育士という女性の語りもうまかった.道ゆく人のまなざしもずいぶん共感的になって,敵意を表してとおりすぎる人はほんの数人であった.それだけ,若い人らの現実が厳しくなっているのだ.

今のままではだめだと考える一人一人に,歴史が求めることは少なくない.それに応えることは,これまでのような根なし草の近代主義では,できない.根のある言葉で理念と思想,そして新たな政策を語れ.その政策を語る試みの一つが,「日本神道(二)」で提示し,その後,拙著『神道新論』のなかで改訂していったものだ.道は遠いが,しかしいつかは現実の問題になる.そんなことも考えた.

若者よ.近代の漢字造語をいったん疑え.官僚言葉,東大話法から自由になれ.そして自分自身の言葉を見直せ.これが言いたいことである.そんなことを考える私にとって,路上は教室である.いろいろ教えられ,考えて戻ってきた.

A0153A0153 2018/07/02 17:16 おっしゃることよくわかりました。いやいや、道は遠いですねえ。

労働者や生活者の要求を満たす政党を強くすることも、労働組合の組織率を上げることも、もちろん共産主義でも社会主義でも社会民主主義でも修正資本主義でも、どのものの考え方でも人々の心に共感させるのも難しいことですね。
何せ、生活に追われる、仕事に追われるのが普通の人です。しかもマスメデアは、スポーツ・犯罪・娯楽の情報ばっかりですのでね。どこから手を付けたらいいのやら。私は税制が一番手っ取り早いと思っています。

nankainankai 2018/07/02 23:35 コメントありがとうございます。最近いろいろ毛沢東の言葉を思い起こしています。

歴史の道は曲がりくねっているが,しかし到達するところには到達する。

私はこれを信じて,できるところからやってゆくつもりです。
もう一つ,主要矛盾と副次矛盾という『矛盾論』です。日本の野党はこれがわかっていません。主要矛盾であるアベ政治との対決に,副次的な矛盾は横に置いて,まず団結せよと言うことです。これについてはどこかで詳しく書きます。

2018-06-24 京都から梅田:安倍やめろ! このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20180623130458j:image:w280:left昨日はまず京都の龍谷大学大宮学舎で開かれたインターナショナル・カルチュラル・タイフーン2018の「情動化する社会の政治・経済・文化−グローバル資本主義に未来はあるか」と題する報告と討議を聞きに行った。概要は学会カルチュラル・タイフーン2018の開催のお知らせにある.当日受け取った冊子にはもう少し詳しく載っていた.会場に着くと,案内をくれた杉村さんがいて声をかけ,受付を済ませて半時間あったので表に出て昼食.1時からはじまった.写真は後部の一番前でのものなので三分の一くらいが写っているが,龍大の学生はじめ多くが集まっていた.

この「お知らせ」にあるように,「現在の変化が政治・経済・社会だけでなく、それらを支えている文化と個人精神を飲み込む運動であることも、それが合理的な説得や制度的な変革がもはや通用しない強力な情動に支えられていることも確かです。」との認識はその通りである.そして,カナダの女性政治学者が発言していたように,「グローバル資本主義に未来はない」ことも確かである.基本はその通りであるとして,しかし,昨日の基調報告と討論では次のことはまだ明らかではなかった.

1)大域資本主義が終焉するのはいかなる形においてであるのか.そしてそれは,自然に終焉にするのか,あるいは人々の闘いによってであるのか.

これに関するこちらの考えは,資本主義生産関係そのものを変えるかどうかの問題ではなく,資本に人が使われるのか,人が資本主義的生産関係を使いこなすのかの問題である.こうして経済の時代から人の時代へ大きく転換してゆく.かつて,社会主義陣営が存在して時代には,その圧力の下,資本主義陣営においても資本の放縦な動きを規制する様々の仕組みがあった.社会主義が崩壊して以降その規制はほとんど取り除かれたが,もういちど規制をもっと強力に総体的に行わなければならない.それは人々の闘い以外に生み出されることはない.

2)大域資本主義は、普遍の名の下にの固有性を奪う.

カナダやアメリカの西洋の学者のはこの観点が弱い.資本主義の押しつける偽りの普遍性に対抗し,これを越えて,固有性の共存する真の普遍の場を創り出し,そこにおいてこそ生産関係としての資本主義を使いこなす新たな人を生み出すのでなければならない.私は,青空学園を,この偽りの普遍性にに抵抗する根拠地であり,闘いの場としてやってきた.その一つのまとめが『神道新論』であった.自分がやってきたことの意味を再確認できたのはよかったが,これをもっと広めねばとも思った.

やはり問題は,分析ではなく抵抗であり,その実践である.いわゆる学問の知のありかたの問題を含めいろいろ考えさせられた.

f:id:nankai:20180623155453j:image:w280:leftf:id:nankai:20180623155458j:image:w280:rightそれから,七条通りを大宮から堀川まで歩く.昼には降っていた雨もこのときは止んでいた.そして北に曲がって,西本願寺に参る.親鸞の寺である.広い境内をまわる.それから入り口を東に出てしばらく歩き,新町通を南にまがって,京都駅まで裏通りを歩いた.京の街は裏通りを歩く.

裏通りを歩いていつも思うのは電柱の多さであり,それが景観を壊していることである.日本は明治以来電気を引くのに多くの電柱を立てた.近年,大通りの電柱撤去され,江戸時代までの通りの景観が戻りつつあるが,肝心の裏通りの電柱はほとんどそのままである.かつてはこんな電柱はない街並みであった.裏通りほど電線などを地下化するのは大変であるが,次代のために,少しでもこれをすすめてもらいたい.

フランスやドイツの街を歩いていいなと思うのは,電柱がないことである.これがかつての景観であった.故郷の宇治の街も,新町通といわれる表道りの電柱は地下化され,宇治橋からの景観もよくなっていた.しかし縣通りはまだ電柱が立ったままである.

私は,電柱をどんどん立てたことは,近代日本の失敗の象徴だと思う.そして植民地時代に韓国や台湾の街々にも電柱を立ててしまった.これはいずれどこかで始末しなければならない.

f:id:nankai:20180624092924j:image:w280:leftf:id:nankai:20180624092925j:image:w280:rightそれから大阪駅まで電車で移動し,梅田解放区の安倍やめろ行動に参加してきた.これだけ現前の政治が腐敗しているのに,なぜこれを打破する直接の行動が広がらないのだ.アベのやったことは収賄とその見返りの便宜供応であり,これは本来なら犯罪として裁かれねばならないことである.ところがこれが,司法検察一体となって逆にアベを守っている.

二年前,韓国では朴槿恵大統領の退陣を要求する革命的な波が,ガラス窓一枚壊すことなく平和的に街頭を埋めつくし,ついに大統領弾劾が成立して罷免した.その力が文在寅大統領を生み出した.今日の南北対話,米朝対話は、この「ろうそく革命」の結果である.朴槿恵の収賄に比べればアベのやったことははるかに額が大きく悪質である.それでも罷免できないままである.

韓国には,かつての民主化闘争があり,さかのぼれば日本の植民地支配への抵抗闘争の歴史がある.対して日本は,非西洋にあって最初に近代資本主義に入り,帝国主義侵略と支配を続け,敗戦後はそれを総括することなく一転して対米従属の下に経済拡大を続けてきた.アベ政治はそのなれの果てである.

これに対抗する力はあまりにも弱い.われわれは韓国の人々の歴史の現在からはるかに遅れた所にいる.しかしそれでもこれは歴史の産物である.歴史の産物は,必ずかえることができる.絶望することなく,言うべきことを言い,街頭に出よう.一人一人の行動こそが歴史を創る.ということでこの日も横断幕をもつの手伝ってきた.

numapynumapy 2018/06/26 08:10 支持率が上昇してるんですって?
あぁ、耐えきれない毎日です。
「諦めは心の養生」で諦めれば楽になるんですが、
何としても諦めるわけにゃいかない!
毎日ストレスが溜まっていきます。

nankainankai 2018/06/26 09:14 耐えきれないという気持ちよくわかります。
一方でアベ政治を支持する陣営があります。新自由主義,グローバル資本主義,経団連,企業,それらが支配する報道機関,多くの雑誌、そしれそれらによって統制されているネトウヨ,老人が多いそうですが,等々です。
いまは,グローバル資本主義はアベ政治のような形でしか存在しえないのではないでしょうか。支持率の調査は意図的なものであり,情報操作の一環としてなされていますので,あまり気にする必要はないと思います。
できるところから、一歩一歩です。

A0153A0153 2018/06/26 20:01 「分析ではなく抵抗、実践」という言う御説に賛成です。抵抗や実践は情動に基づいていると思います。情動は、正しい認識から起きると思うんですね。ただ正しい認識を多くの人が持たないと社会を動かす力になりません。これが難しいと思うのです。

そのような力をこれまで持ってこなかった結果が、安倍政治の誕生になったと思います。
韓国は、民主主義では日本より先進国ですね。GHQに与えられた民主主義と光州事件等圧政に対して抵抗してできた民主主義の違いでしょうね。

「一人一人の行動こそが歴史を創る」、まさしくその通りと思います。

nankainankai 2018/06/27 13:52 人の情動を向こうがつかんでしまうと,ヘイト行動やネトウヨに向かいます。
われわれもまた,言われますように「正しい認識」を体で納得して,情動のレベルから行動を起こしてゆかねばと思っています。

2018-06-10 安倍やめろ! そして このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20180609192333j:image:w360:left昨夜は定例の梅田解放区の日であった.時間がとれたので参加する.歌って踊って喋っては若い人に任せて,こちらはもっぱら横断幕をもつ.しばらくすると,地元の自治会活動で知りあい,その後アスベスト問題や,最近では人民新聞山田編集長の公判などでも顔をみかけ,自宅への駅も同じである人が,通りがかった.こちらは思わずポールの維持を両横の人にたのんでポールの手を離して飛び出し,あいさつした.彼も驚いていた.彼は,昨年の6月に地元の「九条の会」でこちらが喋ったとき,司会をしていた.そのときのことは「六月五日に」に書いている.家に戻ってからその彼にメールしたら,今朝返信が来ていた.

おはようございます。昨日は、驚きと感動でした。普段は、あの場所ではつまらないイベントばかりを目にするものですから、「安倍はやめろ!」は、本当に良かったです。

彼はしばらく一緒に声をあわせていってくれた.こうして街頭に立てば,人との出会いがあり,また知りあいどうしでも,まだ知らなかった一面を知りあい,関係が深まる.この日はまた,通りががりの若者が自分でマイクをとって「安倍やめろ」をしばらく声を出していってくれた.同じように立ち止まり,最後まで見ている人もいた.こうして,20人+α人での行動となった.このような街頭での直接行動を通した関係の深化は,いずれどこかで力になるだろう.それを思わせることであった.

数年間,毎週金曜日に関電前に通っていたときも思ったのだが,街頭は私にとっての教室である.筆と紙とそしてパソコンで考えることを中断して,街頭に立つ.すると思わぬところから新しい考えが浮かんでくる.時間のあるときには夕方犬を連れて1時間ほど歩くことにしているが,これもまた同じような働きをする.足が動いてくれるうちは街頭に出て,そして地元でも歩く.

一昨日8日の夜は杉村さんと食事をしていろいろ話しあった.6月23〜24日,龍谷大の大宮で開かれるインターナショナル・カルチュラル・タイフーン2018のことをうかがった.詳しい内容は学会カルチュラル・タイフーン2018の開催のお知らせにある.23日だけでも行って,それから梅田に来るつもりである.ただ,この「お知らせ」文の日本語とその背後にある思想に対し,私は次のように考えている.

1)ここにある言葉は,根のある日本語ではない.言語帝国主義に圧倒された奴隷の言葉である.2)西洋現代思想が提起することを,非西洋の日本で受けとめる意味と意義がわかっていない.3)このようなエセ知識人の言葉を乗りこえ,現代が直面する課題に根のある言葉で向きあえ.4)その試みのみが,次の時代をひらき,また逆に西洋の知に課題を提起することになる.

このような取り組みは,資本主義が閉塞するという状況の中で,次の段階の人と世の有り様を考えるという,大きな枠組でくくれるものであるが,西洋の知識人はどれだけ非西洋の問題を我がこととしてとらえているのだろうか.そしてその問題は,西洋自身へも提起されることであり,そうしてはじめてほんとうの新しい普遍性が生まれるのではないか.それをわれわれが考えねばならないと言うと,それはお前が書いて提起しろと言われた.確かに,問題を言うだけではいけない.こちらがその次を考え文字にしなければならない.そのための基礎作業が『神道新論』であった.その意味で自分の課題としてそれはわかっているのだが,難しい.

そして,もう一つ話したのは,イギリス労働党のコービンやアメリカのサンダースのような,既成左派の中からそれをうち破るような人が、日本にはいないのか,である.いればいろいろ応援するのだが,という問題であった.彼も,知りあいの社民党の人にそこから脱皮して,という話しを何回もしたようだが,そうならない.既成左派にそんな人はいない,とのこと.こちらにもいない.もう一つ下の世代が出てくるまで,まだまだ地道にやることが必要なようだ.このようなことを考えた週末であった.

追伸:6月10日,今日は日曜日で,朝から公園の掃除.雨かと思っていたら曇り空.そして夕方は1日だけの授業が神戸であった.その前に本屋に立ち寄り『図書新聞』3355号と『週間金曜日』1187号を買う.『図書新聞』は特集:「動く朝鮮半島,動かぬ日本」で,1面から金時鐘さんの『背中の地図 金時鐘詩集』によせたインタビュー.金時鐘さんはかつて湊川高校の教員.1970年前後,湊川高校,尼崎工業高校,そして私のいた市立芦屋高校などが,いわゆる解放教育運動の拠点であった.金時鐘さんもそのころから知っている.本紙での語りはいろいろ考えさせられるものであった.また『週間金曜日』は「韓国・民主主義の底力」である.いずれもが,韓国の文在寅政権を生み出し,今も前に進み続けている韓国の運動を,提起するものである.

私は8日「西洋の知識人はどれだけ非西洋の問題を我がこととしてとらえているのだろうか」といったのだが,ではわれわれは「どれだけ韓国やアジア諸国の運動を我がこととしてとらえているのか」という問いを自らに問わねばならない.この2紙はそのことを問うている.さらにまた,われわれは「どれだけ日本語の伝える智慧我がこととしてとらえているのか」という問いにいたる.時間をかけて読み込み,考えたい.そしてここに,われわれのなすべきことと課題とそしてゆくべき方向の示唆があると考えている.

numapynumapy 2018/06/12 05:36 アベは、目立ちたがり屋と独裁志向の政治屋ですからねぇ。
それにしても、何故、こいつを自民は持ちあげるのか?
支持者はなぜ、ダメなものをダメと言わないのか?
新潟知事選が自民推薦候補の勝利。いやはや、これまた
上手いこと使われますよっ!政治の私物化は万死に値しますね。

nankainankai 2018/06/12 10:53 新潟選挙は,田中さんが言っているように
http://tanakaryusaku.jp/
アベ政治を作ってきた中枢の,ネット技術を駆使した選挙に負けました。
こちらは今までと同じやり方でした。この点で,われわれの方が遅れてしまっていました。
政治の私物化を許さないというネット世論を広げてゆきたいです。

umryuyanagi104umryuyanagi104 2018/06/19 05:45 nankaiさん、地震の被害がない事を祈ります。
まだ余震も有るかと思います。
どうか気を付けて・・・

nankainankai 2018/06/19 10:27 ありがとうございます。朝飯を食べているときで、一つ額が倒れてガラスが割れました。阪神の地震を体が覚えているので、緊張はしました。
地震が続きますね。これで原発再稼働とは,あまりに愚かです。