Hatena::ブログ(Diary)

青空学園だより

2017-03-17 日本神道(二) このエントリーを含むブックマーク

この一ヶ月,森友問題がこのように大きく動くとは思わなかった.籠池氏宅を森ゆうこ,小池晃,福島みずほらが訪問し,事情を聞くことになるなどということはまったく想像できなかった.前にも書いたが,2月15日に「春の気配」でこの問題を取り上げたときは,こんな大きな問題がなぜ全国的な問題にならないのか,という気持ちであった.それがこのように,日本の右翼政権の醜悪さを明るみに出すように動いてきた.豊中の木村まこと市議や,独自な立ち位置からこの問題に切り込んできた菅野完さんらのおかげである.この問題の奥は深い.まだまだ拡がるし拡げねばならない.

問題の一般的な意味は,資本主義が行き詰まるなかで,世界中で排外主義や偏狭な民族主義がひろがっている.安倍政権はこのような今日の排外主義的極右民族主義政権を握った数少ないものであった.ある意味では歴史の最先端を行っていたのであるが,その最先端が崩れ始めた.問題が暴露され,彼らがいかに政治を私物化し,腐敗させて来ていたかが白日の下に曝されてきた.しかし,いったんに握った権力を排外主義者から奪い返すのは容易ではない.彼らはたとえ安倍をすげ替えても,共謀罪は通そうとするだろう.われわれの側ももっともっとやることがある.

それにしても,この排外主義者たちの非人間性の酷さ.安倍はあれだけ籠池氏の思想に共鳴していると言っておきながら,手のひらを返して,捨てようとする.これが彼らの実態である.籠池氏が,何より人間として怒るのはもっともである.右翼国家主義は,本当の理念に基づく団結ではない.人間よりも国家を第一に置くことで,国家のすすめる戦争に個人を駆り出す役割を果たす.これは欧州の極右政党などについても言えることである.さらに経済が行き詰まるなかで,富を一部のものが独占するために,排外主義を煽る.安倍政権の意味もここにあった.

そのうえで,この問題の日本固有の意味は,戦前の国家神道の復活をめざす日本会議神社本庁の本当の姿が,ここで暴露され表に出てきたということである.以下は,前に書いた「日本神道(一)」の続きである.いずれまとめて原稿にするが,今はまだ草稿の段階である.

戦前とはつまり明治から昭和の日本近代であるが,その明治維新の現実は倒幕維新に夢をかけた国学の徒を裏切ってゆく.これについては「いま『夜明け前』を読む」を見られたい.そして明治前半期に形成された近代日本の国家神道は,本来の日本神道とは真逆のものであった.明治維新は,幕府体制の末端をになっていた寺を神仏分離廃仏毀釈のもとに国家から切り離した.しかしその後,逆に今度は神社が国家に組みこまれ,国家神道となる.国家神道は,「場をむすぶ神」を「国家をむすぶ天皇」に置きかえることで成立した.国家神道は,国家を第一にし,人を第二とする.そして,実際には国家の戦争に人々を動員するための役割をはたした.こうして,遂にあの十五年戦争に至る.この戦争は日本の歴史において未曾有のことであった.南太平洋から東南アジア,東北アジア,中国大陸と朝鮮半島,いわば日本列島弧に住むものの祖先の地のすべてに兵を進めた.そして敗北した.

昭和二十二年,民俗学者の折口信夫は神社本庁創立一周年記念の講演「民族教から人類教へ」のなかで,古代から天皇は人であったということを語っている.現人神の否定である.折口は戦前戦後を通じて天皇が神であるという考え方はとらなかった.それは民俗学の良心である.しかし,神社本庁当局は「この折口学説は,一参考に過ぎず,神社本庁がこの説を公認するものではない」と釈明し,国家神道復活の方向に進んだ.

一方,戦後体制では,天皇を「象徴」と位置づけてきた.これは「国家をむすぶ天皇」そのものを,もう一度一から見直した上でのことではなかった.「国家をむすぶ天皇」は,戦後も「象徴天皇」という考え方のなかにひきつがれている.しかし,日本神道では,人が神であるということはありえない.「むすぶもの」は神であり,神のはたらきである.「象徴」にもまた,深い矛盾が存在している.国家神道を根底から見直すということがないままに戦後体制ははじまった.それに対応して,戦争責任もまた内部から問われることはなく,明治維新ののちに成立した官僚制などの基礎組織はそのまま残った.そして,戦後は一転,対米従属の政治となる.アメリカの核戦略の一環として地震列島に原発をいくつも作ってきた.ついに福島の核惨事に到った.

第二次大戦後の米国と世界を支配してきた金融資本と軍需産業の複合体は,弱肉強食のいわゆる新自由主義をひろくゆきわたらせてきた.しかし今日,経済世界はもはや拡大するところが軍事以外にはなく,拡大を旨とする資本主義が根底からゆききづまる段階に至っている.

ここからの活路をきり拓くことが求められている.このとき,すなおな祈りの心をその根底におく日本神道は,歴史の求めに応じてゆこうとするものに対して,生きる道を指し示すものである.あらためて神の語ることを聴かねばならない.神のことを聴け.そして今の世の有り様を顧みよ.このとき,すなおな心が聞きとどける神の言葉,すなわち今日の問題に即して日本神道の教えることは,次のようなことである.

第一に,すなおな心で祈れ.人は,人として互いを敬え.人のさまざまな力は,けっして私のものではない.世に還してゆかねばならない.人を育て,人に支えられる世を生みださねばならない.人は資源ではない.今日の日本は,人を金儲けの資源としている.これは神道に背く.

第二に,言葉を慈しめ.人は言葉によって力をあわせて生きてきた.人を人とする言葉,それが固有の言葉であり,ここでは日本語である.新たな言葉は固有の言葉のから拓き耕さなければ意味が定まらず,考える力は育たない.近代日本の漢字造語カタカナ語は日本語のことわりと無縁である.これでは,若者の考える力は育たず,学問の根は浅く,人を動かす力も弱い.もういちど日本語を見直せ.

第三に,ものはみな共生しなければならない.いのちあるものは,互いを敬い大切にしなければならない.里山と社寺叢林とそしてそこに生きるものたちを大切にせよ.無言で立つ木々のことを聴け.差しせまった問題についていえば,金儲けを第一に動かすかぎり原発はかならずいのちを侵す.すべからくこれをいったん廃炉にせよ.

第四に,ものみな循環する.消費し拡大しなければ存続し得ない現代の資本主義は終焉する.経済が第一のいまの世を,人が第一の世に転換せよ.人にとって経済は,人として生きるための方法であって,目的ではない.人が人として互いに敬い協働する.人といのちの共生のためにこそ,経済はある.

第五に,たがいの神道を尊重し,たがいに認めあって共生せよ.神のことを聴き,そして話しあえば途はひらける.国家は方法であって目的ではない.国家は戦争をしてはならない.戦争はいのちと日々の暮らしを破壊する.まして戦争で儲けてはならない.専守防衛戦争放棄,これをかたく守れ.

これが日本神道の教えることである.

日本近代の国家神道は,日本神道の真逆のものである.それは,日本語から定義される神道ではなく,神道を語りながら神道に背いている.そして,国家神道に起源をもつ日本会議神社本庁が主導する排外主義軍事主義が,安倍政権である.資本主義は行きづまり軍需産業しか利潤を生みださない.日本もまた戦争で儲けようとする世界大の資本主義の輪にとりいれられた.再び戦争に人を動かすために,かつての国家神道とその体制を復活させようとする動きが,この間続いている.

しかし,日本神道に背いた近代の国家神道と,そこに回帰しようとする神社本庁日本会議,それに操られる今日の政治は,いずれ遠からず神の大きな怒りにふれる.同時に,このような政治を許してきたわれわれもまた,神の怒りに正面から向きあわなければならない.神道をふまえ,その教えをすなおな心で聴きとり,新しい世をひらけ.

hatehei666hatehei666 2017/03/17 21:40 床の補修を終えて、本は大きな負荷を床にかけるから出来るだけ減らせとの友人の助言で、取捨選択をしていました。その中で久しぶり小田実の『「殺すな」と「共生」』を読み直し、共生はいい言葉だなと思っていたところです。
本日の内容から日本神道の経緯を知る事が出来ました。私はキリスト教なので、明治初期の文部省歴史教科書が聖書の創造論から始まっていた事を知り(http://genesisjapan.com/NL21-30/NL024/news24.htm)驚いたものでした。残念ながら弱肉強食の進化論によって駆逐されてしまいましたが、日本神道も含め、並列の形で共生させていたら、日本はもっと違った形になったのではないかと思いました。
貴兄の纏められた第一〜第五の内容に深く共鳴します。

nankainankai 2017/03/18 08:39 まだまだ書いてる途中なのですが、われわれの世代は、それぞれの経験を踏まえて、何かを次に伝えねばならないし、また書いてゆくことで、言葉が少しずつ正確になってゆきます。毎日少しは時間を取って、このようなことを書き始めています。
紹介いただいたサイト、読んでみます。
ペテロの手紙がありますが、もし為政者が創造主を恐れないとき、その為政者を尊ぶべきではないのではないか、とも思います。もう少し考えます。

2017-03-11 今年の3.11 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170311134507j:image:w260:rightこの数年間,毎年3月11日には大阪関西電力本社前の集会に参加してきた.しかし今年は,豊中市の市立文化芸術センター多目的室であった「瑞穂の国小学院」の国有地売却疑惑の真相究明を求める市民集会」にいってきた.2時からというので1時半に行ったら整理券を配っていてもう86番.200人ほどの多目的室であったが,立ち見の人もいて,それでも防災上入れることの人数が限られ,多くの人に帰ってもらったとのこと.報道者も多く,顔見知りの人にも出会った.

最初に,この問題を最初に手掛けた豊中の木村市議があいさつ.昨年の6月から,これはおかしいと取り組み,何度ものビラ配布をやり,瑞穂の国小学院問題を考える市民の会を立ち上げて,やってきたが,大手の新聞などはなかなか取りあげない.それで,提訴してようやくに朝日新聞が取りあげ,その余りの酷さにようやく国段階での問題になってきたとの報告があった.市会議員としてやるべきことをしてきただけという,謙虚な言葉に感心した.

講演会の講師は『日本会議の研究』の著者である菅野完さん.はじめてじかに顔を見たのであるが,若い人である.いろいろなことを話しておられた.前半は,不透明な国有地売却,大阪の私学審議会の問題,森友学園の危うさについて問題を整理された.

その上で後半,この問題の根底にある一つの問題が,現代日本人の多数を占める,いびつな女性観,いびつな子供観,いびつな人間観,そのような普通の大阪の「おっさん」(菅野さんの言葉)の考え方を一般化したのが森友学園問題であり,ここに日本の右傾化の本質がある,との指摘はよくわかった.

なぜ森友学園でなければならないのか.「日本会議だから」だけでは解明にならない.日本のおっさん会議=日本会議とも言えるが,籠池は普通のおっさん.それになぜ便宜が図られたのか.日本会議の核の部分は昔からの活動家でそこは増えていないが,そのまわりは時流に乗って増減する.いま日本では「親学(おやがく)」といわれる教育運動がある.(その内容は<「親学」とは何か>などを見ればよくわかる)これは日本会議と重なり,彼らは「親学」をてこに入り込めるところに入り込もうとする.日本会議は,偉大なる三流の集まりであるが,それが森友学園のような所を見つけて,入り込み広げてゆく.籠池のおっさんはその流行にのった.のる素地はあった,

そのようなことを話された.

考えれば,これほど,国有財産を私物化し,政治を私物化したのは,近代日本でもかつてはなかった.安倍政権がやろろうとして来たことは,戦争による経済危機の打開である.これは裏を返せばそれだけ平和を破壊し,福祉を切り捨てることに他ならない.そうなれば当然国民が反発する.それを抑えるために,一方では共謀罪などの法的整備を進め,他方では,現代日本にはびこるいびつな人間観を土台に,森友学園のように,根本のところで戦争を賛美する基盤を作る.資本主義は限界に達し,もはや軍需産業しか利潤を上げることができない.それを可能にする土台作りとして,向こうがやってきたのは,国家のもとに人々を戦争に動員することを可能にする排外主義や狭隘な民族主義一般化であり,そのためには国有財産をタダ同然で払い下げることもいとわない.ここに森友疑獄の意味がある.

この問題は始まったばかりである.歴史の大きな転換点で,表に出てきた問題である.今日は豊中の共産党の市会議員も来ていて,これからの取り組みなども話していた.主催者側の弁護士は土地の売却交渉に当たった財務省近畿財務局を,近く背任容疑で大阪地検に告発する方針を表明した.共同通信記事

それにしても,大阪は北摂の地でこのように共産党と共同でやることになるとは思ってもいなかった.一昨年来の,安倍政治を許さない,戦争法反対の運動のなかで,市民の運動といわゆる共産党などの野党の運動とが手をつないできたが,それが,この森友疑獄でいちだんと深まったように思われる.

集会のあとは,さらに豊中の北に移動して,いまはNPO学遊をやっている元豊中市会議員の一村さん会い,4月からはじめるネットスクールの打ち合わせをしてきた.これはもう少し具体化したら青空学園数学科の方でも知らせるが,私が自宅の部屋で,ネットでつながった高校生に授業をするということである.彼と協力して,新しい学びの場を作って、残せたらと考えている.一村さんは,学友の運営とこの森友問題の追及で,本当に生き生きとやっておられた.私も少しは元気をもらってきた次第である.

hatehei666hatehei666 2017/03/17 21:57 私は今年の3・11を、原発に一番近いところにあった教会の6年目を迎えた特別集会で迎えました。皆が着の身着のまま避難させられ、苦難の生活を強いられ、にもかかわらず、神共にありで、新しい会堂を設立し、地域と共生しながら、さらに羽ばたこうとしています。
しかし神なき福島県双葉郡の方々の苦悩は、ますます深くなっています。あの悲惨な原発事故忘れてはならないのですが、2号機の今後の調査次第では、再臨界も起こりえるという点でも、現在進行形であり、今後何十何百年と続くものです。安倍氏の言う「制御下にある」というのはとんでもない話です。しかし安倍氏は自分の支持者の多い追悼集会で、原発の事に一言も触れませんでした。多くの福島県人の怒りを買いました。

nankainankai 2017/03/18 08:28 今政治をやっているものたちには、原発この惨事で、周りの環境や多くの生き物、そして人々に大きな傷手を負わせたという、畏れの気持ちがまったくありません。
神を恐れることを知らない政治から、大きなものへの畏怖を失わない政治へ、転換してゆかねばなりません。

2017-02-26 神の怒り,歴史の怒り このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170228143936j:image:w260:rightはや2月も末である.ヒヨドリがメジロを追っ払ってみかんを袋ごと食べる.

1月23日に「日本神道(一)」で「日本神道に背いた神社本庁日本会議は,いずれ神の大きな怒りにふれるであろう.同時に,このような政治を許してきたわれわれもまた,神の怒りに正面から向きあわなければならない.」と書いた.そして,2月15日「春の気配」で豊中市の木村まこと議員が追究した,豊中の国有地の不当払い下げ問題を書いた.

このときは,これだけの問題がなぜ全国的な問題にならないのかという,怒りというか,このままでは次の世代に申し訳ないという気持ちで書いたのだが,その後問題はどんどん拡がり,安倍政治のもとで多くの人の目をかすめて何がおこなわれてきたのかが,ようやくに,広く共有されはじめている.木村豊中市議は大きくは大阪、とりわけ北摂で長い間積みあげられてきたさまざまの運動のなかの人である.私もそこにいろいろ世話になった.先週の日曜日には,もとの豊中市議でいまはNPO学遊をやっている一村さんといろいろ意見交換する機会があった.一村さんの新しい教育のあり方に掛ける思いは,私が青空学園でやってきたこととも重なる.昨年会ったときに,彼のやる新しいネットスクールの代表を引きうけた.そして,木村市議は一村さんの後継者である.良心的な市議NPOの活動をしているものがもっと横につながらなければと思う.

安倍政治、戦争法案、共謀罪新設、排外主義、差別主義国家神道、軍国主義.アベノミクスの名の下での国民の金融財産の投企.アメリカへの無制限な従属.福島原発核惨事を覆い隠してオリンピック.トランプに媚びを売っての辺野古工事再開.そしてオスプレイの全国展開.格差のかぎりない拡大.等々.そのような総ての問題が,この森友疑獄には詰まっている.それでも,いま権力を握る日本の官僚マスコミはあげて現憲法を変える方向にいこうとする.安倍をすげ替えてでもそうしようとする.いずれにせよ,これから長い闘いの時間となる.

地道な追究で、問題を全国化した木村市議には心から感謝する.最近は,地元の問題や課題,原稿書き,仕事の準備と問題づくりの原稿書き.いろいろいろいろあって,いささか苦しくもあるのであるが,森友疑獄のこのような展開に,歴史の怒りそのものを見いだし,逆にそれに励まされてもいるような次第である.

hatehei666hatehei666 2017/03/17 21:59 私もこうした動きに対しては、必ずや神の怒りが下ると確信しています。

2017-02-15 春の気配 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170215150654j:image:w220:leftf:id:nankai:20170215150644j:image:w220:right節分が終わり,2月も早半ばである.植木鉢のオリーブの枝にみかんを半分に切ってさしておくと,メジロが来る.あたりを警戒しながら,みかんをつつく.2匹のときもあれば4匹のときもある.そこへヒヨドリが来て,メジロを追い払いみかんを皮ごと食べる.いまがいちばん食べ物の少ないときで,みかんでしのぎながら春を待っている.

梅が咲き桃の花も咲き始めて春の気配を感じるこの頃であるが,今の日本政治の有り様もまた,いろいろと表に出てきた感がある.個人的には知らないが,名前や活動はよく知っている豊中市の木村まこと議員が,幼稚園児に教育勅語などの「愛国教育」をする学校法人が、豊中市に小学校を作ることになり,政府が国有地を超格安で譲渡した上に,その価格を「秘密」にしていたことを追究した.表沙汰になったのは,木村議員が売買契約書類の公開請求をしていたが,財務省が公開請求に応じないため,大阪地裁に提訴したためだ.この問題がテレビや新聞でも取りあげられた.

その内容は木村議員のブログ豊中市内に建設中の私立小学校をめぐる疑惑>やリテラの記事<国有地疑惑の愛国小学校と安倍の関係 国有地を7分の1の値段で取得“愛国カルト小学校”の名前は「安倍晋三記念小学校」だった! 保護者にヘイト攻撃も>にまとめられている.このあたりは「航空機騒音指定区域」で伊丹空港を出入りする飛行機の音がうるさく小学校向きの土地ではないし,名神高速道路に近いという大気環境の問題もある.韓国の朴大統領が,個人的な関係の崔順実に政策を漏らしていた問題で,全国的な抗議が起こり,現在職務停止で弾劾裁判の審判待ちであるが,この豊中の事件とその背景は,韓国以上に大きな政治スキャンダルである.

その安倍がトランプに会ってきたが,会談の中身や合意事項については,何も明らかにされていない.いいかえると公にすることのできない密約がなされたのだ.それがつまり,日本の公的年金資金をアメリカの事業投資するということである.安倍内閣になって,GPIF(独立行政法人「年金積立金管理運用」)が,基盤整備や不動産にも投資できるようにした.そして,この間,株価を維持するために投資してきたが,それで大きな損失を出し,そのために年金の減額を決めたばかりである.

しかしアメリカへの投資はその比ではないほど大きいものになるだろう.そして,そのような投資にもかかわらず,アメリカ産業がこれまでの方向のままであるかぎり,つまり,新自由主義のままであるかぎり,早晩再び大きな混乱に陥る.そのとき,投資された年金は紙くずになる.そんなことがありうるのかという意見もあるが,現に企業としての東芝が解体に直面している.もはや産業としては斜陽で衰退であると見ぬいたアメリカが,いくつかの原発企業を東芝におしつけ,それに東芝がのり,そのあげくに<東芝が米原発で減損7125億円、債務超過に メモリー事業売却も>ということになっている.

しかし,今回の安倍訪米の結果,アメリカに差し出すものは東芝の比ではない.そのあげくに今度は,日本という国家の規模で,東芝と同じことが起こりかねない.帝国アメリカが日本の金融資産を吸い尽くし,それさえできなくなった段階で崩壊してゆくという歴史過程をたどるのかも知れない.安倍政治は,歴史舞台でのその猿回しとなっている.しかし,それを許しているのは,われわれだ.このままでは,孫の世代に本当に済まないことになってしまう.

その思いから,やむにやまれぬ気持ちで,人が動きはじめる.<稲田朋美防衛相の南スーダン隠ぺい開き直り答弁に国会前で抗議デモ! 憲法を蹂躙する稲田は即刻辞任しろ!>のようにである.そのとき安倍政府は,秘密法,盗聴法,共謀罪でこれを押さえ込もうとする.しかし,それでやめるわけにはいかない.日本のアメリカ従属勢力がおこなう売国政策をとめるために,次の世代への責任を果たすために,大いに共謀しよう.

f:id:nankai:20170216211100j:image:w260:leftこのような問題に出会うと,いつも思い起こすのが,故郷宇治の人・山本宣治である.山本宣治のことは,これまでも書いてきた.<山本太郎の行動を支持ほぼ治癒>など.彼はまさに,日本軍国主義に対して闘いぬいた人である.一九二九年春,治安維持法改悪反対の演説をおこなう予定で草稿を準備していたが,一九二九年三月五日与党政友会の動議により強行採決され,討論できないまま可決された.そしてその夜,軍国主義者の手先となった右翼団体である七生義団の黒田保久二に刺殺された.このとき治安維持法改悪に反対したのは,山本宣治ただ一人であった.一九二八年三月一五日に続いて,一九二九年四月一六日に共産主義者への一斉弾圧があった年であり,日本軍国主義が破局の道に踏み出したときであった.

それに先立つ日,彼は全国農民組合大会で「実に今や階級的立場を守るものはただ一人だ,山宣独り孤塁を守る! だが僕は淋しくない,背後には多くの大衆が支持しているから…」という有名な演説をした.宇治川西岸の小高い岡の上の墓地にはこの言葉を刻んだ碑が立ち尽くしている.

ここは私の親戚縁者の墓も多くあるところで,私もいずれこの墓地に還るのだが,歴史はめぐる.いまわれわれは,山宣の時代と同じ所にいるのかも知れない.少なくとも,あのときの政友会といまの安倍自民党は同じことを考えている.背後であやつる官僚制はそのままである.しかしまた,あのときとの違いもある.資本主義にまだ拡大しうる余地があるのか,もはや資本主義の終焉が避けがたいのか,である.いまの条件の中で,山本宣治のこころざしを受けついでゆかねばならない.つくづくとそう思う.

追伸:16日、咲き始めた桃の花.

2017-01-23 日本神道(一) このエントリーを含むブックマーク

日本神道とは,明治期に成立した国家神道とは真逆の,古来よりの神の道である.

私は茶所の宇治に生まれた.小学校低学年まで住んでいた宇治川べりの家の近くに,現存する日本最古の木造建築である宇治上神社があった.桐原の泉といわれる湧水の建屋も古く,そこに座り込んで風に揺れる草木を見つめていた.その後,引っ越したところには縣神社があった.六月五日は奇祭といわれる縣祭.かつてこの日は小学校も午前中で終わりだった.真夜中に梵天のお渡りがある.家を開放し大阪から来た人らを泊める.お宿といっていた.母が鯖寿司を作る.

京都では如意ヶ嶽,いわゆる大文字山の麓の北白川に下宿した.ここは白川女の里であり,北白川天神宮があった.考えごとのあるときは,いつも石段を登った境内に腰掛け思いにふけっていた.そしてまた,大学の横には吉田神社があった.室町時代から続く節分の縁日には夜店が並ぶ.吉田山には多くの摂社末社もあり歩きまわった.八角形の奇妙な建物も印象深い.

働いてからは,西宮に住んだ.はじめに住んだところは西宮えびす神社の近くであった.それから引っ越し広田神社の地元に住んだ.宮参りにも行かせてもらった.さらに北へ引っ越してからは,もう四半世紀以上,巨岩をご神体とする越木岩神社が地元の神社であり,初参りもどんど焼きも毎年欠かさない.左翼活動に打ち込んでいた時代も初参りは続けていた.越木岩神社を取りまく雑木林は,原生林である.冬も葉を落とさない常緑の林である.巨岩を囲む雑木林のなかに神社を置き,その自然を守り,その力への畏怖をいだき,身近なものの安寧,世の平安を願って手をあわせる.この地で営々と人は祈りとともに生活し,そして命をつないできた.

私は別段,神道の信者ではない.近年,日本語の再定義という問題に導かれて,本居宣長や平田篤胤を読んできたが,神道教義として読んだのではない.私も,そして神社に参って手をあわせる多くの人にとっても,神道は,神とその教えを信じるというよりは,このような風土とそれに根ざした文化を受けとめ,われわれの生の根拠を感じとり,そして祈るものであった.

神道の「神」とは何であるのか.言葉としての「カミ」は,大野晋先生があきらかにされたように,タミル語「ko-man」に由来する.その意味は「大きな力をもつ恐ろしい存在」である.この言葉が多くの関連する言葉をともなって,水田耕作技術とともに日本列島に伝わった.このタミル由来の言葉「カミ」が縄文語と混成し,混成語として熟成するの中で「カミ」の「カ」は「アリカ」や「スミカ」の「カ」と同じく人の生きる場を意味し,「ミ」は「ム」の名詞化であり「ム」はその場をむすぶ,つまりそれを成り立たせるものとなっていった.三千年前から二千五百年前の時間である.こうして「カミ」は人の生きる場を成り立たせているはたらきとなる.これが「カミ」の基層の意味である.

本居宣長の定義は次のようになる.

凡て迦微(かみ)とは,古の御典(みふみ)等にも見えたる天地の諸々の神たちを始めて,其の祀れる社に坐す御霊をも申し,又人はさらにも云わず,鳥獣木草のたぐい海山など,其の余(ほか)何にまれ,尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて,可畏き物を迦微とはいうなり(『古事記伝』一の巻)

「すぐれたること」のある「かしこきもの」を「かみ」というのである.「かしこき」は,先に書いたタミル語本来の意味である.では「かしこきもの」の「もの」とは何か.世界のすべてはものである.ものほど深く大きいものはない.この世界はものからできている.森羅万象,すべてはものである.これが世界である.

ものは存在し,たがいに響きあっている.その有様を「こと」という.ものはことを内容として生成変転する.人はものの意味を聞きとり「こと」としてつかむ.人が,ものを,相互に関連する意味あるもののあつまりとしてつかむとき,そのつかんだ内容を「こと」と言う.本居宣長は「すぐれたること」のある「もの」として神を定義した.「すぐれたること」の内容をいま少し深めよう.

世界はいきいきと輝き運動を続けている.人もまたこの世界のなかでいっとき輝きそして生を終えてものにかえる.そのいっときを「いのちある」ときという.いのちあるとき,それを生きるという.人の生きる場を結ぶもの,つまり「もの,いき,こと」といういのちをなりたたせる働きそのもの,それが日本語の「神」である.この「いのちの不思議」に出会ったとき,それをなりたたせるものとしての神のはたらきを「すぐれたること」として,実感する.

神は「かしこき」もの,恐ろしいものである.雷(カミナリ)はまさに神の「鳴り」であり,「成り」であり,怒れる神であった.そしてこの神に,「はらへ」によって穢れをのぞくことを祈り,「まつり」によって豊穣を祈る.人は心に願うことがかなうように神に祈る.心から祈るとき「すぐれたること」のある神は,その願いをかなえる.人が生きることとは,ものに思いをかけ,そのもののことを考え,願いがかなうように神に祈り,人生を動かしていくことである.

いのちあるものとしての人は世界からものを受けとり生きる.それがはたらくということであり,その場でこそもっともいのちが響きあい輝く.人と人はことをわりあい力をあわせてはたらく.人は心から語らい協働することで人になる.

聖書のヨハネ福音書の冒頭は「はじめに言葉あり」である.「logos」は「言葉」と訳されているが,これは「こと」そのものである.西洋語では,ことが先にありそのもとでものが作られると,この世界をとらえる.ここから出てくる「もの」は物質と精神と二分する物質である.日本語はそれとはまったく異なる.このような二分法ではない.ものは実に広く深い.この深く広いものを日本語は「もの」という一つの言葉でとらえる.この意義を吟味し,ここに蓄えられた先人の智慧に注目しよう.同時に,「はじめにことあり」とする西洋の智慧もまた尊重しよう.

この世がものよりできていて,この宇宙があり,そして地球があることの不思議.さらにそこにいのちが生まれ,人が現れたことの不思議.これをむすぶもの,それが神である.そして,神道とは何よりこのような,神との語らいとその人の行いであり,そのゆえに「道」なのである.働くものは,いのちのはたらきとして耕し,ものの世界から糧を受けとる.神道とはこの日々の生産活動の不思議への畏怖と,その生産に携わりつつ生きてきた先人の智慧であり,その実践に他ならない.生産の不思議を聴きとり,語らい,畏怖をもって祈ること,これが神道である.

個々の人間は,言葉を身につけることで,この智慧を受け継ぎ人間としての考える力を獲得し,そして成長する.成長の過程で身につけた言葉は,その人の考える力の土台である.神道とは,言葉に蓄えられてきた智慧を時代の求めに応じてとりだし,明らかにすることそのものである.

このように考えるならば,それぞれの言葉は,その言葉の仕組みを通してこの世界の不思議をとらえる.よって,それぞれの言葉にはそれぞれの神とその神の道たる神道がある.日本神道とは日本語の神道のことである.今日の問題に即して日本神道の教えるところは次のようなことであろう.

第一に,ものはみな共生しなければならない.金儲けを第一運転するかぎり原発はかならずいのちを侵す.すべからく廃炉にする.第二に,ものみな循環する.拡大しなければ存続し得ない現代の資本主義は終焉する.経済第一から人間第一へ転換し,経済を人の共生のために使いこなすのである.第三に,人間は資源ではない.今日の日本の教育行政は,ますます人間を金儲けの資源とする方向ですすんでいる.教育は一人一人を人として育てる.そうして現れた人間のさまざまな力は,けっして個人の私物ではない.人を育て,人に支えられる世でなければならない.

これが日本神道の教えるところである.しかし,今日の日本政治がやっていることは,これと真逆のものである.この政府とその背後にあるもの達は,神道を語りながら神道に背いている.国家神道神道ではない.その真逆のものである.人は神の言葉を聞くのであるが,しかし人そのものが神であるという考えは,近代の国家神道を除いて,一切なかった.

かつて民俗学者の折口信夫は,天皇の「人間宣言」を受け,実は古代から天皇は人間であったということを語っている.現人神の否定である.折口は戦前戦後を通じて天皇が神であるという考え方はとらなかった.それは民俗学の良心である.昭和二十二年,神社本庁創立一周年記念の講演「民族教から人類教へ」において,「これからの神道天皇・宮廷から解放され,民族宗教からより普遍的宗教へと成熟していく「希望」のなかにある」ということを言っている.この講演を聞いた神社関係者の多くは本庁の評議員に抗議したが,神社本庁当局は「この折口学説は,一参考に過ぎず,神社本庁がこの説を公認するものではない」と釈明を行い,以降,神社本庁の主流は,折口学説とはまったく異なる方向に進む.そしてそれが今日の安倍政治の背景である.

日本神道に背いた神社本庁日本会議は,いずれ神の大きな怒りにふれるであろう.同時に,このような政治を許してきたわれわれもまた,神の怒りに正面から向きあわなければならない.

cangaelcangael 2017/01/25 14:15 日本人の宗教観というと、私もブログを始めた年(09年)の1月11日に書いた通り、河合隼雄さんの神仏習合の何となく宗教(信心?)という域をでないのですが、先日、借りた本があの竹田恒泰(明治天皇の玄孫・元皇族のタレント?)さんの「皇室へのソボクなギモン」という本で、すぐ読めるから、と押し付けで読まされた?本でしたが、神道を宗教であって宗教でない、仏教が伝来するまで神道という名前すらなかったと解説、なかなか説得力があります。その宮中祭祀という項目の中に年間423回の祭祀が宮中で行われていると書いてあります。それを1500年間続けてきたそうです。(ひょっとすると国家神道になってから作られたモノもあるんじゃないか…と疑ってもみますが、あったとしてもそれ以前から続けておられるものもあるはずですね)
私たちが、なんとなく持っている宗教心というのは、お宮さんがあって、天皇がおられてそれで続いているものということなのか、それとも、それとは無関係に、縄文人的なアニミズムの宗教心なのか・・・神社や天皇についてはどう考えておられますか教えてください。

hatehei666hatehei666 2017/01/25 22:15 私の場合、聖書を深読みすればするほど、古代イスラエルの宗教と日本の神道との類似点を見出さずにはいられません。失せたイスラエルの10部族(アッシリア帝国による北王国の滅亡と離散)が日本にまでやって来たというのは、あり得る話だと思います。
京都に太秦という地がありますが、どうもここに住み着いたという話は、昔本で読みました。それで調べてみたのですが、このサイト(http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/032kodai.htm)は非常に興味深かったです。
それと貴兄の以前のブログに書いたコメントと偶然共通していたのが、ヨハネ1:1のロゴスです。貴兄が「ことそのもの」と言われたのは、大変参考になりました。

nankainankai 2017/01/26 10:21 cangaelさん
私の基本の考えは
http://aozoragakuen.sakura.ne.jp/aozoran/ningen/node12.html
などに書いているのですが,私自身は,この日本列島弧や琉球列島弧で,言葉をつむぎ命をつないで,縄文時代からでも一万五千年にわたって人々は生活してきた,その暮らしのなかで形づくられてきた生きるかたちを,現代日本語の中から掘り出そうとしてきました.
その時代から神の宿るところとして巨岩や巨木に祈ってきました.それが神社の形になってのは古墳時代頃かも知れません.
それが,律令制のもとで国家に再編成されました.一方で大嘗祭などが行われてきました.これが結びついたのは明治の国家神道からではないかと思います.「お宮さんがあって、天皇がおられて」というのは,明治の教育のなかで作られてきた意識ではないかと思います.
神道について現在考えているところです.別の季刊雑誌から原稿依頼もあるのですが,締め切りまでまだ時間があるので,もう少し掘り下げるつもりです.

nankainankai 2017/01/26 10:33 hatehei666さん
教えていただいたサイトには,「今から2千年ほど前、日本にようやく人が住み始めた頃」とありますが,じつは今から3千年ほど前,インドからタミール人が日本列島にも来て,鉄器使用と水田耕作をもたらしたというのが大野晋先生が実証されたことです.その後,二千五百年ほど前,漢が成立する前ですが,呉の民や越の民が日本列島にやって来たことも間違いありません.いずれにせよ,数千年前から思いの外遠いところからも人の移動はあったようです.
日本列島や台湾は昔から大陸での敗者が逃れてくるところでした.近年は蒋介石が台湾に逃れてそこを支配しましたが,これは昔からあったようです.ですから,古代イスラエルとの関係も大いにありえます.
日本列島は,じつに多くの文明が流れ込み,混成文明として熟成してきました.そしてさらに明治期にもういちど西洋文明が入ってきたのです.
これはある意味で貴重な経験です.それをもう少し掘り下げて考えたいと思っています.