Hatena::ブログ(Diary)

青空学園だより

2017-01-15 どんど焼き このエントリーを含むブックマーク

追伸(17日):兵庫県南部地震から22年.10年前に「阪神淡路大地震から12年」を書き,そしてそれからまた10年が経った.黙祷し合掌する.

f:id:nankai:20170115105006j:image:w260:leftf:id:nankai:20170115104951j:image:w260:right今年も一五日,門松などを燃やすどんど焼きの日.二十分ほど歩いて,地元の越木岩神社へ参ってきた.地震の前はこの近くに住んでいた.どんど焼きについて,辞書には,

(「とんど」とも。「とうと(尊)」からという説がある)小正月の火祭り。正月一四〜一五日に門松、竹、注連縄(しめなわ)などを持ちよって、火を燃やすこと。左義長。どんどやき。どんどんやき。《季・新年》(国語大辞典(新装版)小学館 1988.)

とある.ここにも,もう2010年2012年2013年2014年2015年2016年と書いてきた.毎年,一つ増やして記録を書くのは自分のためである.この神社は,右の写真のような大きな岩をご神体にしている.昔,秀吉の時代,大阪城の石垣に切り出そうとしたが,煙が出てできなかった.今も幾つか大名の名が彫り込まれた岩が残っている.このような巨岩,磐座(いわくら)を神の座として大切にする.これが,弥生時代から続いてきた.あるいは縄文の昔からかも知れない.古くは瀬戸内海の海岸線がもっと山の方に近く,海から見れば高台であるこのあたりはながく人間が生活してきた.

このような巨岩は,この神社を南端にして北の方にいくつもある.この山塊だけは家が建っていない.昨年も少し書いたが,この神社に北側に隣接していた短期大学が移転し,その後を住宅開発会社が買い取り,その地に三つある磐座を破砕しようとしていた.磐座をまもれという若者の運動のことは「磐座(いわくら)を守れ」に書いた.

この住宅開発会社が短大校舎を解体するときに,アスベストを飛散させた.それに対して,この開発会社と西宮市を相手取った裁判が始まっている.そのHPストップザアスベスト西宮である.私の町内には,同じ学校法人の高校中学があったが,この土地も売却され,今解体工事が進んでいる.それもあって,学習会などこちらもいろいろこの神社地元の運動に顔を出している.今のところ,短大跡の住宅建設は止まったままである.あれだけテレビにも取りあげられれば,集合住宅を建てても売れない.しかしよく見守ってゆかねばならない.

この神社宮司さんは,今の神社本庁などのあり方から距離をとっておられる.そのためもあってか,磐座を守れという運動に神社本庁からの支援はないようである.それでも宮司さんは地元の有志や若者とともに,まさにがんばっておられる.境内には,磐座を守ることを訴える掲示などが置かれ,参拝者は読んでゆく.本来,神道とは,このように磐座に祈り,守り,受けついでゆくものなのだ.そして, 万物共生 原発廃炉 こそ,神道の心である.そんなことを考えながら戻ってきた.

2017-01-10 十日戎の日 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170110140036j:image:w260:leftf:id:nankai:20170110175716j:image:w260:right今日は西宮神社の十日戎.授業がない日だったので,昨年の「十日えびす」と同様,今年も午後いっとき参ってきた.今年は猿回しが来ていた.人のでの多いこと.平日の昼間でこれである.夕方から夜はもっと多くなる.今朝も恒例の福男選びが行われていた.神戸新聞:福男選び、一番福は川崎の大学生 西宮神社.何で福女選びはないのだろう,とも思うが,江戸時代から続くこの行事も全国化した.去年も書いたが,えべっさんは西表島などのみるく神と同じ体型をしていて,揚子江域かもっと南のほうか,いずれにせよ海の神である.

人の中を歩きながら,ファシズムとは何かと考えざるを得なかった.ここに来ている人らの多くは,西宮なら維新系の支持者が多いだろう.自民党の地元の国会議員ものぼりを立てていた.戦前も戦争をすすめながら,そのときも十日戎は行われていただろう.今はもうその段階かも知れない.そのときこちらは本当に人の心の襞に届く言葉が出せるのか.このあたりに自分の営みの課題がある,等々考え戻ってきた.

戻って幾つかネットを見ていると アメリカ国務長官、「ISISの結成目的はシリア政権の打倒」 - Pars Todayがあった.ParsTodayはイラン系ニュースサイトで,2016年1月からはじまったとある.「英語のインターネットサイト、オフ・ガーディアン」からの引用という形なので,ケリーがいつどこでどのような場で語ったのか確認しないといけないのだが,ここに書かれていること以上にはまだできていない.

f:id:nankai:20170111114530j:image:w220:leftただ,アメリカ政府がISISを作ったというのは本当である.冷戦終結の頃,ちょうど資本主義の行きづまりも明白となり,もはや軍需産業しか利益が出ない段階に入り,帝国アメリカの軍産体制が,冷戦終結以降も世界を戦争状態に置くため,アルカイダを養成し,そしてそこからISISを作ったのは事実である.トルコが最近ロシアとの関係を深めている.先日のトルコ国内でのテロISISの犯行声明が出ている.ロシアに寝返ったトルコ政府に対する帝国アメリカの軍産体制の仕返しとみれば,よくわかる.

オバマ政権はこの帝国アメリカの軍産体制と闘おうとして,ほとんど何も出来なかった.それだけにオバマ政権の国務長官が,この話をしていたということは,多いにありうる.こういう一つの事実にも,帝国としてのアメリカの凋落と,そして今日の時代が,帝国アメリカが崩壊し,経済の時代から人の時代へ向かう一大転換期にあることがわかる.そのなかでトランプ大統領も誕生した.「イスラム原理主義」も「ウクライナ問題」も帝国アメリカの軍産体制が生みだしたものである.崩壊する帝国をいかに軟着陸させるのか,これが今日人類が直面する最大の課題である.この観点をしっかりもとう.そのように考えるなら,日本政治の現状が,滅びゆく帝国と心中しようとするまったく二度目の茶番政治であることもまたよく見えてくるのではないだろうか.

私自身は,次の時代の扉を開くため,それをになう人間づくり,そのための基礎作業が近代日本語をその根底から定義しなおす再定義の試みであると考え,この20年いろいろやって書き残してきた.人間は資源ではない.言葉をもって協働する尊厳あるいのちである.日本列島弧や琉球列島弧で,言葉をつむぎ命をつないで,縄文時代からでも一万五千年にわたって人々は生活してきた.その暮らしのなかで形づくられてきた生きかた,つまりそれを里のことわりというのだが,言葉の中にそれを聴きとろうとしてきた.人は言葉をもつがゆえに人である.いかに国破れ,世が荒廃しても,言葉を慈しみ,生き方を模索するものがいるかぎり,希望はあると考えてきた.歴史は,この人間原理による世を求めている.広島・長崎・福島の惨事を経験したものは,それをふまえ,責任を果たさなければならないのではないか.

2017-01-07 七草粥 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20170107233737j:image:w260:right今日は七草粥の日であった.このあたりは,自然が比較的残っているとはいえ,もう七草は自生していない.それで詰め合わせを店で買う.そして,わが家は米は玄米しか食べないので,土鍋で玄米粥を作り,七草と餅と,こちらの好みで卵を落とし,紅ショウガを入れてポン酢で食べた.なかなかよろしいが,夜は授業もありこれだけ食べた(酒ぬきということである).

こうして2017年もはじまってゆく.2016は32で割り切れたが,2017は素数である.素数表はここ.この前の素数は2011.地震の年であった.今年は人間世界のことでも,トランプの就任,フランス大統領選,そして日本政治である.世界で最初に資本主義の行きづまりに到った日本が,あの地震をショックドクトリン式に逆手に使われ,安倍政治を生みだしてきた.いつまでもこれを許しておくことはできない.今年世界は大きく動くだろう.いや,われわれが動かさなければならない.そして,天変地異はまったくわからない.いずれ南海トラフが動くことはまちがいない.

こういう時代であるからこそ,一人一人は,一つ一つ着実にやってゆきたい.昨年は五月〜八月と雑誌に寄稿する原稿づくりに力を使った.数学に割く時間が余りとれなかった.3月にドイツのギーセンにある数学博物館で実験設備を見てこれはやらねばと思いながら,「最速降下曲線」ができたのは,ようやく11月末であった.それでもあの寄稿はやっておいてよかった.雑誌に書いたことで客観的に見なおせた.さらにあれを深めるのには少し時間がいる.もうすこしいろいろやってみてそして考えないと次が書けない.

今年はまず,数学についてやり残していることをやってゆきたい.まだまだ書き残しておきたいことがいくつもある.2012年の「年のはじめに」で「ガロア理論入門は必ず着手する」と書きながら,5年経ってまだできていない.2011年の夏の「ガロア理論」に書いたようにポストニコフの『ガロアの理論』の後半は残された宿題のままだ.これを読み込み,まとめたい.教育数学についても,こちらの考えをもっと明確にして,青空学園に残せるようにしなければならない.三年前「言葉と数学は人間の条件」に書いた研究会の講究録はようやく今年出るようだ.賀状で彼は「次の集会があるようならまたしゃべってもらいたい」というが,喋るにはその中味がいる.実践先行でなければならない.

難しくもいろいろ考えさせられる時代である.いや,これはいつの時代もそうで,人間とはそもそもそういうことであるのかも知れない.そして,地縁血縁と地縁を先に言って,土地での人間関係を大切にしなさいというのは先人の智慧であるが,実際,自分が今生活している地元の人間関係を大切にして,新しい時代の新しい地域のあり方を試行錯誤しながら,今年をやってゆきたい.これだけ書いて読みかえすと,そこからいろいろ考えることが出てくる.毎年こうして念頭の決意を書くのだが,そのままになることが多い.しかし残された時間は有限である.いつも受験前の生徒には「あせらず,あわてず,油断せず」を言うのだが,これを自分にも言わねばならない.

HiruandonHiruandon 2017/01/08 10:08 Nankai先生。遅れましたが、今年もよろしくお願いいたします。
先生の数学に対する研究心と情熱を少しでも見習いたいと思います。
「青空学園数学科」が益々発展されることを念じております。

2016については、「2016と互いに素である数は何個あり、その総和は?」
という問題を高校生に提供したことを思い出します。

HiruandonHiruandon 2017/01/08 10:26 どうもお屠蘇気分が抜けていないようです。
「2016以下の自然数」の前提が落ちていました。
返す返すもお手数をおかけいたします。

nankainankai 2017/01/08 10:30 明けましておめでとうございます.
2016に関しては,2015年の東大の問題
http://aozoragakuen.sakura.ne.jp/kakomon/2015/15ta05.htm
も2016と関連あり,面白いものです.
それに対して2017はどんな問題ができるだろうと考えるのですが,いまのところいいものができまていません.
今年もいろいろ意見をお聞かせください.よろしくお願いします.

2016-12-25 ある雑誌への寄稿(二) このエントリーを含むブックマーク

nankai2016-12-25

今日は,私の亡き母のこれもまた亡き兄のその夫人である人の葬儀で京都は右京の天神川沿いの斎場まで行ってきた.このおばさんは行年105歳であった.京都市南区吉祥院の農家で働き続けた人である.最後は介護施設に入っていたが,2日前にも入浴するくらいであったそうである.まったくの眠るが如き大往生であった.私は25年ほど前,国鉄西大路駅で降りて母の実家であるかつての家に立ち寄り,お茶をもらったことがある.それが最後にお目にかかったときであった.斎場ではたくさんのいとこたちに再会した.その母の兄のおじさんの葬儀以来であるからもう40年に近い時間が経っている.京都もJRより北の西大路通りより西へはめったに行かない.ここは西京極運動場にも近く,今日はそこをゴールに高校の駅伝も行われていて,人の出は多かった.西大路四条の阪急西院駅から斎場までを歩いて行き来しながら,いろいろ思い出した一時であった.

さて,雑誌『日本主義』の第36号に,「いま『夜明け前』を読む」という一文を寄稿した.小説『夜明け前』は島崎藤村の晩年の作であり,主人公の青山半蔵は藤村の実父を原型としている.拙稿のもとになったものは,2004年に作成し青空学園日本語科に置いていた「『夜明け前』を読む」である.これに,それからの12年の世の変転を踏まえて増訂したものである.この12年をふり返ると,2008年にはじまり今日も続く世界的な経済危機,2011年3月11日の大地震による東京電力福島第一原子力発電所の核惨事,2015年に大きく顕在化した難民問題と,歴史が今転換期であることを否応なく教える出来事が続いた.

本稿は,この時代に立って,もういちど島崎藤村の『夜明け前』を読みなおそうとするものである.来年は戊辰戦争から150年目,つまりは明治維新から150年である.この150年はどのような時間であったのか.それを考えるときに立っている.つまり,西洋帝国主義の圧迫のもと近代日本がはじまり,その日本自体がまた帝国主義の段階に入り,そして今日まですすんできたのであるが,いったいそれは何であったのか.あの戦争の敗北と福島原発の核惨事に至りつく近代とは何であったのか.

物語は「木曽路はすべて山の中である」との一文ではじまる.青山半蔵は,木曽の馬籠で本陣,問屋,庄屋を代々の家業とする家に生まれ,その家業を継ぐ.半蔵は,本居宣長,平田篤胤を敬い,篤胤の弟子として明治維新に王政復古の夢を託した.だが明治維新は半蔵が夢見たものではなかった.維新の現実に絶望した半蔵はついに狂い,座敷牢にその生涯を終える.

戦前の国家神道と軍国主義の時代に立ちかえることを掲げる潮流が、いまの日本政府を主導している.しかし島崎藤村の『夜明け前』は,明治以降の近代日本が,徳川封建制を倒すためにまさに一身を捧げた多くの人々の心を踏みにじってできたものであることを,痛恨をもってふりかえっている.それを素直に読むなら,今日の戦前へ復帰しようとする主張が,いかに幕末の志士たちを裏切るものであるかが明らかである.近代日本が,あの幕末の志士たちの願いを裏切って成立したものであるのなら,今われわれは何を大切にしてこれからの世を考えてゆかねばならないのか.こういうことをこの寄稿の一文では考える.

さらに私は,この島崎藤村の晩年の小説を読み解きながら,幕末の彼らが夢見た「あの古代の人の素直な心」こそ,資本主義が終焉にむかいつつある今,新しい人間の時代を築く人々の心として顧みられ,そして現代に甦るべきと考える.これは私の思いであり,またできるところからやってきた青空学園を導く理念でもある.活字にしてみて,さらに掘り下げるべきことが多々あることに気づく.間もなく雑誌もこちらに届くだろう.9月に35号を送らせていただいたところには,送りたい(追伸:27日発送).本屋に並ぶのは27日のようだ.ジュンク堂系の書店には置かれている.機会あれば手にとって読んでみてほしい.送付希望があれば連絡ください.

こうして2016年も暮れてゆく.明くる年は,数学の方でももっと時間をとり,教育数学についてまとめたり,講座を開いたりしてゆくつもりである.いろいろと,し置かねばと思うことが多い.それは,この歳になると,何をしなければならないのかがいっそう明らかになるとともに,残された時間に限りあることもまた,明らかとなり,後世に引き継ぐためにここまではしておきたいという気持ちが募るからだと思う.せめて日本語の根底に関わる問題と,教育数学については,後世だれかがこれを引き継げるところまでは実際の形にしておきたい.そして,そういうことを考えやっている人間として,地域のためにできることをしておきたい.

明日から3日間は年末夜回り.拍子木をたたいてマイクで戸締まり用心,火の用心とやる.天気はどうだろうか.そして夙川学院跡地の再開発では,地域の老人から小さい子供までが集える場を作るつもりである.それについても年明けからいろいろすることが多い.

よい年をお迎えください.

hatehei666hatehei666 2017/01/03 11:42 遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年も宜しく。
年末に油断して風邪を引き、寝正月を決め込んでいましたが、送って頂いた貴兄の論考だけは一気に読ませて頂きました。それが出来たのは、1数学研究徒として優れた貴兄の緻密で美しい日本語、しかも論理的でありながら平易でもあった事によってでした。
前回同様多くの事を学びましたが、若い頃の私は青山半蔵とその周辺の出来事位にしか把握していませんでした。
しかし歴史というものは、現代の動向を理解する為、新知見を踏まえた上で、幾度も更新可能なものと捉えれば、昔の教科書的な理解はいかに陳腐なものであったか、という事を思い知らされました。
幕末志士の高い志と行動と、その挫折が、半蔵の悲劇的な死の向こうに新鮮に浮かび上がって来ました。これは即私にも適用出来るものゆえ、資本主義の終焉に向かう今、何をすべきか、自己との対峙の時だと考えています。
特に原発にそう遠くない所に住む者として、イノベーション・コースト構想なるものが、福島県民を疎外し、踏みにじる形で着々と進んでいる事を考えると、それこそが県民の第二の敗北と見ていましたが、貴兄の言われる十五年戦争の敗北も考慮に入れると、第三の敗北かなと思っているところです。
前回の「もの」と「こと」をずっと考えて来て、今回もコメントすべき宿題を一杯抱え込みました。いずれ応答させて頂きたいと願っています。感謝。

nankainankai 2017/01/03 14:01 書き込みありがとうございます.このように言葉というものを間にした対話が,新しい時代の基礎としてなくてはならず,そういう文化というか,人と人とのつながりが,根づいていってほしい,それが私の願いです.
福島の核惨事は,核汚染そのものとともに,対応する政治の非人間性において,惨事です.今の日本政治の酷さ,醜さが集中しています.これを私達の自身の問題として,それぞれのところでできることをしてゆきたいものです.
風邪,気をつけてください.自分の体の調子はなかなか自分では分からないものだと三年前思い知りました.油断せず,御自愛ください.

2016-12-04 S1会 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20161204160021j:image:w260:right今年はわれわれの世代が大学生になって半世紀の節目の年である.同窓会が5つあった.小学校,中学校,高校,大学教養のクラス,数学教室,である.このうち地元の用事と重ならなかった,小学,高校,大学教養の三つに出た.一番素直につきあえるのが小学校の同窓会だが,一方,大学1年のも,あの時代を経たその後の人生を聞き知れば,いろいろ感慨がわく.

昨日はその大学1,2年のときの理学部1組のクラス会があった.S1会と皆はいっている.昨日は10人以上が参加し,京都は六角通り新町上ルの古い日本料理屋で昼食会をしてきた.最初はビールであるが,あの料理には熱燗しかない.みなで日本酒を味わいながらの一時であった.このクラス会はもうだいぶ前からやってきたそうであるが,こちらは知らなかった.2011年2月の「人と会う(続)」,2014年2月の「言葉と数学は人間の条件」に書いたように,ロシア語クラスの蟹江幸博さんに再会したことにはじまる過程をたどって,「六月の金曜行動」に書いたように,その彼に誘われ昨年六月六日の数学科の同窓会に出た.そこでS1クラス会の幹事の人に出会い,次のクラス会を呼びかけるからということになって,昨日こちらも出かけたきた次第である.「旧友に会う」に書いた高校からの友人は,私の方から幹事に連絡し,彼も参加してきた.

私にとって,数学科へ行った人以外は四八年ぶりの再会である.数学科へ行った人らとは二年間近いストライキのあいだいろいろな話しあいなどを一緒していた.そして、四六年ぶりの再会ということになる.当時理学部の教養課程では第二外国語でクラス分けしていた.1組はフランス語のクラスである.数学科を出てから何年か浪人して人類学に変わって京大で教員をした人,独力で勉強して司法試験に通り今も弁護士をしている人,ベトナムが気にいって退職後はハノイで暮らしている人.左翼党派の府委員長の彼.ながく働いた仕事を終え,その後,JAICAからガーナで統計などを数年教えてきたという人もいる.いつまでもやめられないと仕事を続けている人もいる.私もふくめて理学部1組は実に多彩である.何人かは亡くなり,何人かとは連絡も取れない.それぞれはなしてゆくうちに時間はすぐに経ち,また再会を約して分かれてきた.その後数人でお茶を飲みながら2時間近くいろいろ話した.それぞれの人生を踏まえての言葉に考えさせられることが多かった.資本主義の拡大が限界に来ていること,ものの循環する拡大しないで分けあって生きることの大切さを力説する人もいて,そうだそうだという話しもした.神戸に帰る2人と途中まで一緒した.

昔京都を出て兵庫にゆくとき,もう京都で何かすることはないだろうと思っていた.そのつもりであった.それでも塾講師の仕事をしてきたこの20年は,授業で京都には毎週来ていた.そして京都の街は懐かしく,自分の体のようでもあり,毎週京都で少し飲んで帰るのを楽しみにしていた.それでも,大学に関係することはもうないだろうと思ってきた.しかしそれがあの地震の頃から少し変わってきた.数理解析研究所での教育数学の研究会に出て彼と再会し,その3年後にこちらも報告し,そしてこのようにクラス会にも出ることになった.また,年に一度,夏の京都相国寺での座禅も,今の生活になくてはならないものになっている.智勝会の人に再会したのも、2011年の秋であった.不思議でもあり,必然であるかも知れない.などなどいろいろ来し方を振りかえる時間であった.

それで今日は,これから元気なうちにしておきたいことなどいろいろ考えた.私の基本は,新しい時代の人間の土台となるよう,言葉を掘り下げ拓き耕すことである.自分のうちにある思想をもっとかみ砕いて語りたい.あわせて,高校から大学につながる部分の数学をもう少しまとめる.それは言葉の実践そのものであり,それがまた教育数学である.そして,そういう人間として地域の活動をすることと,一人の人間として政治意志をあらわすために可能なときに街頭にも出て活動もすること.そして,家人がやっている子育て支援のNPOを手伝うこと.そんなところであるが,授業や問題作成の仕事もそれ自体面白くまだまだやめないので,時間はいくらあっても足りない.そして毎日,一献一献である.本当にわれながら酒好きである.大津に住む妹が地酒を送ってくれたということだ.間もなく来るだろう.

宇宙に想いを馳せる大学院生宇宙に想いを馳せる大学院生 2016/12/10 16:46 お久しぶりです。
わざわざコメントありがとうございます。
最近は、修士卒業まで忙しくて休まることはありませんが、非常に充実した毎日を送っています。
今は研究の傍、高校生の研究活動の手助けなどをしていたりします。自分の手と頭を使って、必死になって考えることが、伝われば何よりの幸いと思ってみています。
後3年ほどは京都で研究をしようと思っているので、また機会があれば会いたいと思います。

nankainankai 2016/12/10 22:24 私も京都大好き人間です.
機会あれば京都の街でお会いしましょう.

hatehei666hatehei666 2017/01/03 11:59 大学闘争まで極めて高慢で人を差別化していましたが、以後自分の言動には差別のないように気をつけています。
しかし貴兄のような優れた大学の仲間の近況を伺いながら、あえて一言言わせて頂ければ、異質な才能の持ち主との多くの出会いこそが、論争などで互いに切磋琢磨してゆく過程で、人格形成に大いに寄与するものだと信じています。
良き友人に囲まれた貴兄は、本当に幸いだと思います。

nankainankai 2017/01/03 13:44 かつての知りあいの多くの人との再会や,貴兄とのこのような出会いが,あの地震以降に続いてきたことに,不思議を感じます.
私もながくいろいろ試行錯誤ばかりで,ようやくあの地震の頃になって,自分の立ち位置が定まってきたのかなとも思います.
これからもよろしくお願いします.

Rokusaisha MatsuokaRokusaisha Matsuoka 2017/01/05 17:54 明けましておめでとうございます。久しぶりに覗かせていただきました。私も京都から兵庫に来ているわけですが、若い時代、京都で過ごした日々がよみがえりますね。一昨年あたりから、京大(工学部)の同期の人と、70年代前半の日々を回顧するような本の出版を計画しています。さすがに京大の人は真面目で原稿出来ているのですが、慌ただしさに紛れ、生来ずぼらな私の分がまだです。今年はロシア革命100年というメモリアルな年なので、なんとか今年じゅうには出したいものです。

nankainankai 2017/01/05 23:17 松岡様
ご無沙汰しています.本年もよろしくお願いします.
『NONUKES』のvol10,p116読みました.了解です.難しい時代に,がんばってください.
私は73年の秋には兵庫に来ており,松岡さんとは4歳ほど年が違いますが,あの時代の京都は本当に懐かしいです.その本,楽しみです.
われわれも,頭と体の動くうちに,できることはしておきたいものです.