Hatena::ブログ(Diary)

青空学園だより

2016-09-12 9・11の「憲法フェス大阪」 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20160912112640j:image:w300:left安倍政権は,解釈改憲では追っつかないと,憲法そのものを換えようとしている.この流れに対抗して,何よりまず,憲法とは何であり,現憲法がどのように変わるのか,自民党の改憲草案を読みこなそうという集会憲法フェス大阪」がその9月11日に梅田北,前から若者たちの集会所になっていたヨドバシカメラ向かいの広場でであり,3時から5時までこちらは夫婦二人で出かけて聞いてきた.三宅洋平が主宰で山本太郎が弁士という集会である.音楽はこの歳ではよくわからないが,集会が始まってしばらくしてから三十分は音が響く.

三宅洋平の行動には賛否あるだろうが,この日二人が語っていたことは至極もっともであり,それをこのような形で若い人らに訴えることは意味がある.実際,小さい子供をかかえた若い家族の参加が多く,彼らがこの先の世に大きな不安を持ち,三宅洋平のスタイルに動かされてやってきていたのは,まちがいない.

その昨日,その9月11日は,「2001年9月11日の米同時多発テロ」といわれるあの事件から15年である.この事件の経過については議論がある.10年目のとき「9・11から10年」にも書いたが,多くの謎を含む事件であった.しかしいずれにせよこれを契機に,アメリカは帝国主義の最後の段階としてのファシズムに陥ってゆく.ナチス国会議事堂放火事件を自ら引きおこし,それを契機に全権力をヒトラーに集中したのとおなじ意味をもった.

そして今日,アメリカ下院はサウジアラビア政府など外国政府に損害賠償を求める訴訟提起を可能にする法案を可決するところまできている.「サウジ法案可決 オバマ政権は拒否権発動へ」.ヒラリーが大統領になれば,この法案を成立させるだろう.この15年,アメリカの力は崩壊の一途であった.ついにはサウジアラビアもアメリカから離れはじめている.これに対抗するべく下院で成立した法案は,しかしいっそうサウジのアメリカ離れを加速するだろう.実際,サウジアラビアを代表してG20に参加するサルマン副皇太子は,その途上日本にもやってきたが,出国前にサウジの有力紙アルワタンに対し,南シナ海問題で中国の立場を支持し,米国のやり方を批判したと報じられている.

9・11にはじまるファシズムの流れは,日本政府も飲み込み,昨年には戦争法が成立した.そして,現憲法を変えようという動きがさらに現実化してきている.今日の世界で,このアメリカに隷従し,それによって自らの権力を守ろうとしているのは,日本の支配層,それに操られる安倍政府くらいである.

米国の四大同盟国である「JIBS」,つまり日本,イスラエル,イギリス,サウジアラビアは,いずれもロシアとの関係を再構築しようとしている.日本以外の三国は中国が創設したAIIB(アジアインフラ投資銀行)に参加し,中国でのG20サミットの開催直前に、G20のメンバーであるカナダもAIIBへの加盟を表明,米同盟諸国の中でAIIB未加盟は、米国と日本だけとなっている.

こういう時代は,何ごとも原則から,理念をもって考えることである.昨年「深まる秋と金曜行動」で次のようにも書いたが,当面するわれわれの理念,それは次のようにまとめられるのではないだろうか.

天賦人権・人格互敬/人間平等・人民協和/万物共生・原発廃炉専守防衛戦争放棄

これはまさに,現憲法からわれわれが引きつぐべき理念である.

hatehei666hatehei666 2016/09/18 22:32 最近3回ほど福島原発周辺に行きました。浪江、富岡は進入出来るので、ついでに寄ってきましたが、もう除染のフレコンバッグばかり。これを帰還困難区域の大熊・双葉に持ち込もうとしても、すぐ一杯になりそうです。その地区はますます汚染がひどくなるに決まっています。もう一刻も早く原発廃炉にして、その量を減らさない事には。だけど東電は何を考えているのか?第二原発は再稼動させるつもりだというのが、一般の予測です。

nankainankai 2016/09/20 09:42 除染したものをどうするのか.福島第二を廃炉にして,そこを保管場所にと言うのが私の意見ですが,現実は逆に進んでいます.
民進党の顛末などを見ていると,いよいよ現代風のファシズムが,日本に現実化するようです.原発は,廃炉どころか柏崎でさえ再稼働に進みそうです.もういちどの原発事故までゆくのか,という段階です.
こういうなかで,われわれの側の言葉と行動を積みあげ,これに抗してゆきたいです.

2016-08-25 暑い晩夏に このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20160825163741j:image:w200:rightf:id:nankai:20160825164557j:image:w200:leftむのたけじさんがなくなられた.むのたけじさん死去 101歳のジャーナリスト.前の都知事選のときのむのさんの発言は感銘した.そのことを「むのたけじさん」に書いた.そこでも書いたが,1970年前後から東京では彼に共鳴する人らで『月刊たいまつ』という雑誌も出ていた.私は1973〜4年の頃,その大阪での読者会に顔を出していた.それで,1974年1月号の「月刊たいまつ」の『特集・私の統一戦線論』に,教師をはじめたばかりの頃の私の一文「自らを耕しつづけるなかから」が載っている.この一文をHTML化した.働きはじめたばかりの頃の青臭い一文であるが,懐かしい.

晩夏という時節ではあるが,暑い.ドイツから戻ってから忙しかった.21日は地元自治会の防災訓練と夕涼み会.阪神大震災を経験したものとして,地域の防災は大切である.我が街のように昔からの人と新しい人とが混在しているところでは,日頃から顔見知りになることが大切で,この行事も計画した.市の防災啓発課と消防署の地元分署から十人ほども来て,消火器の使いかたや担架の作り方の訓練と,いくつかの話をしてくれた.そして,市から提供をうけた非常食のアルファ化米に湯を入れる.

f:id:nankai:20160825163739j:image:w220:rightその後,このアルファ化米の試食をかねて,夕涼み会をした.こちらが買ってきたソーセージなどもゆがき,それぞれが持ちこんだビールなどで,懇親のひとときを過ごした.老人ホームの慰問なんかをやっている人が紙芝居も聞かせてくれた.今の時代に,このような地域の結びつきは少しは意味があるかも知れないと考えている.

f:id:nankai:20160825163722j:image:w240:leftそして24日は,町内にただ一つあるお地蔵様の地蔵盆である.去年も「夏の終わりに」に書いたが,半世紀前に皆で作った立派な祠のお地蔵様である.ここでの地蔵盆は今年かぎり.というのはこの土地はそのとき貸してくれた人の土地.そこで世代も変わり売却され戸建ていくつかになる.別のところにお移りいただく.親子づれがたくさんやってきて,線香を上げ鐘を鳴らし手をあわせて,それからお菓子をもらってゆく.今年は去年よりも多くの人がやってきた.世話をしているものは皆70代80代,いちばん元気で花を換えている男の人は92歳とか.60代最後の私が一番若い.この先,お地蔵様の世話をどのように引きついでゆくのか.

f:id:nankai:20160824191601j:image:w200:right私は京都の宇治の育ちなので,お地蔵様はあちこちにあった.実家の前の道の右手30mに一つ.左手40mに小道を挟んで二つあるという具合で,地蔵盆も23日,24日とあった.小学生の頃,地蔵盆になるともう夏休みも終わり,という季節感があった.このような地蔵盆はこれからも伝えてゆきたい.

地元の夏祭りを終えてドイツに行き,ドイツの彼らの地元をいろいろ案内してもらい,またライン川を船でローレライの向こうまで行き,そのドイツ土産ソーセージをいろいろもって日本に帰って,地元のみんなに食べてもらって,そして地蔵盆.土地と人間についていろいろ考えさせられる三週間であった.そして今日は,原稿の仕上げとその送信,申し込みのあったDISC制作などに時間を費やした.ということで,私の夏も終わりかけている.数学仕事の方が貯まっている.それと,青空学園のHPの方でいろいろ改訂したいことや付け加えたいことが出てきた.時が過ぎ,季節は移りかわってゆく.

umryuyanagi104umryuyanagi104 2016/08/26 13:32 保護者会、PTA、町会、婦人部、職場〜…色んな役員をさせてもらいました。何百人もの方々の意見の違いや紛糾する討論の中で、一つ策を決めていかないといけない時が何度もありました。
どんな時も「最高の決定」や「最高の方法」などない、という事を〜…〜…神の救いの手を待っていてもないのだと。
できうる限りの中での良いと思われる方法、少しでもより良いと思われる策、それを模索して行くしかない。それでも口で言うほど簡単ではないし、頭で思うほどすんなりは行かない。また、必ず不平不満が生じる。私利私欲もでる。不平不満分子は共通の敵ができると結束しやすいし、結束力強くなる。多数決で決めるのは一見理があるようには見えるけど烏合の衆化の場合もあり、ほんの僅かな少数意見の中に案外真実があることもある。どんなときも反対することに意義を感じる方もいる。
人が集まるというのは大変。人をまとめるのはもっと大変。その中で、しかもその時点で一つの結論を出さないといけない、・…社会の縮図、人間関係の勉強でした。(笑)

消化訓練今でも行われているのですね。何度か参加させられました。お疲れ様でした。

nankainankai 2016/08/26 14:05 確かに十人十色で,いろんな意見がありますね.
ただ私自身が,皆でわいわいやるのが嫌いではないので,あまり苦痛ではありません.
防災訓練も,これまで小学校校区ではやっていたのですが,単位自治会でやるのは初めてで,皆さん結構楽しんでいました.

hatehei666hatehei666 2016/08/30 21:29 69〜70年頃の全共闘運動の中で、たいまつを出していたむのさんには、皆一目置いていました。貴兄の一文今でも新鮮なひびきがあります。当時先鋭だった部落解放運動、最近あまり聞かれなくなりました。どうして?と自問しています。

nankainankai 2016/08/30 22:16 当時の部落解放運動のなかで,人権というものの大切さを学びました.
それは私のそれ以降の生き方に大きな影響を残しました.

安倍政権等が,人権よりも国家を上におこうという方向に進んでいる今こそ,解放運動のあの理念はもういちど甦るべきです.

しかし,解放運動の活動家も90年代以降,ずいぶん常識的になりました.幾人かの知りあいがいますので,機会あれば問題提起しようと思います.

2016-08-19 ドイツまで このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20160814135202j:image:w240:rightf:id:nankai:20160819155527j:image:w240:left9日から19日までドイツにいて,今朝関空に戻ってきた.子供らの住んでいる,フランクフルトの北30Kmの街バートナウハイムに滞在していた.3月下旬に行ったので4ヶ月ぶりである.この時期でも気温は18°ほど.半袖では寒いほどである.日差しは強く日焼けはするが,気温が日本より10度以上低く,さらに空気が乾いている.温帯モンスーンの日本とは大きな違いである.ドイツ鉄道バートナウハイム駅前の通り(写真左)のその正面に有名な温泉の泉がある.落ちついた街である.

ここを拠点に,数学博物館のあるギーセンや,ライン川の南側にあるマインツ北側にあるヘッセン州の州都ヴィースバーデンに,電車や車で出かけていた.ヴィースバーデンではライン川のぶどうで作るワイン市も見てきた.

ドイツの街で感心するのは公園が大きく広いことである.日本のように山が多いのではなく,なだらかな丘陵平原が広がっている所なので,街もゆったりしている.フランクフルトから電車に乗ってもすぐに林の中を通ってゆく.京都から大阪とは大違いである.自動車道もその両側は麦畑やいろいろな畑が広がっている.フランクフルトもマインツもヴィースバーデンも,広い公園が街中にある.

f:id:nankai:20160815160335j:image:w240:leftf:id:nankai:20160819155414j:image:w240:right1日だけ,ライン川の畔にある,オーバーヴェセルにあるシェーンブルグの古城ホテルに連れて行ってもらった.途中でワイン農家にもより,ワインを買い込んでもみた.古い城でそこがホテルになっている.そして次の日ライン川を少し下り,ボッパルトまで行って,そこからロープウエイで岡に上がり,大きく蛇行するライン川をながめてきた.

ライン川ではローレライの岩山を船からながめることができた.小学校のときにローレライの歌を聴いてから,いちどは見てみたいと思っていたのが実現した.歌の印象よりもずっと明るい岩山だった.

この十日間,こちらはある雑誌に寄稿する予定の原稿が頭から離れず,行きの飛行機の十時間から,こちらに集中していた.毎日,気分転換しながら,夜や早朝にいろいろ考える.向こうからいろいろ涌いてくる.それで元稿に手を加え,帰りの飛行機の中で最後の手入れができた.もどって,荷物を片付けたりをすませ,ようやくそれらを印刷して,明日から校正読みにかかろうかというところまで来た.ずいぶん考えを深くすることができた.

f:id:nankai:20160823212453j:image:w240:leftf:id:nankai:20160823212434j:image:w180:rightドイツの街々は,アラブ系の人,アフリカ系の人,そしてわれわれアジアの人間が,白人と混じって生活している.社会を支える下積みの仕事はほとんど移民が引きうける.そのようなあり方が,それなりに定着している.しかし日本と同じく,いわゆる格差は広がっているようだし,近年になって,生まれ故郷で生活できなくなって移って来た人らが,やはり苦しい.横から見ること以上にはわからないが,それでも教会を中心に形成されてきたドイツ社会が基盤の所で変わってゆくだろうとは思えた.

毎日,少しではあるがワインを飲んでいた.21日は自治会の防災訓練とその後夕涼み会をするので,ソーセージや生ハムを土産に買って,まさにフランクフルト近郊の街のスーパーでフランクフルトを買って,日本酒が恋しくなる頃合いに戻ってきたような次第である.

A0153A0153 2016/08/27 08:59 昨年のヨーロッパ旅行(ツアー)の最後がドイツでフランクフルト空港から帰国しました。その時ソーセージを是非土産に持ってきたいと思ったのですが、ガイドさんの話では、禁止されていると言うので、泣く泣く諦めたものでした。持ってきても大丈夫なのでしょうか。

nankainankai 2016/08/27 12:42 申請するとどうなるのかわかりませんが,真空パックされているものを保冷袋に入れてトランクに入れておいたらそのまま通りました.三月に行ったときは,すき焼き肉を冷凍して保冷パックに入れてトランクに入れておきましたが関空も通りました.
フランクフルトでは空港内の免税店でも生ハムなどをパックしたのは売っています.乗り場の待合室から買いにゆけます.それを買って手荷物なら可能ではないでしょうか.

A0153A0153 2016/08/28 08:03 どうもご丁寧にありがとうございました。しかし、もうドイツに行くことはもうないと思います。

hatehei666hatehei666 2016/08/30 21:08 長いこと、保守的でむちゃくちゃな米国人宣教師の教えを受けてきて、反発していましたが、今度の福島の教会にドイツ人の宣教師がいて、初めてキリスト教の背景あるドイツをいろいろ教えてもらい、その基礎のしっかりしている事に驚いています。教理の学びに出ていますが、単なる受身的な学びだけでなく、討論を通し、もっとその文化の深いところを理解出来たらと願っています。

nankainankai 2016/08/30 22:22 二度の敗戦を経て,それから目をそらさなかったドイツは,これからもいろいろあると思いますが,足が地についている感じがします.

ただ,ドイツ中西部は,ドイツが東西に分かれていた時代に,アメリカ軍の駐留していた街もあり,プレスリーの逗留していた家には記念碑があり,街の落書きにマリリンモンローがあり,ハローがドイツ語に取り入れられていたりと,アメリカと親和的なのが,私には少し違和感がありました.

nankainankai 2016/09/01 14:50 追伸:
近くのフリートベルグという町には、かつてアメリカ軍の駐留基地があったという標識が立っているところがあります。かつてはずいぶんアメリカ兵がこの町にもいたのだと思います。プレスリーも兵役の間、この町にいました.
その後,ドイツは東西統一を果たし、それを機にすべての米軍基地はなくなりました。
いまもって制空権がアメリカにあり、多くの基地が居座っている日本とは大きな違いです。
原発を廃止し、アメリカ軍を出て行かせたドイツの人々に、落ちついた力を感じました。

2016-08-08 夏の盛りに このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20160808082819j:image:w260:rightf:id:nankai:20160808082806j:image:w260:left6日と7日は地元の夏祭り.6日は授業があり,朝から準備を手伝うだけであったが,7日は,まず朝の7時半から地元の公園の掃除をし,それを済ませて戻り一休みして,夕方から最後までつきあった.こちらの分担もあり,あいまに年にいちど顔をあわす人らとあいさつもする.去年も書いたがこの地域には寺や神社があるわけではないので,主催するのは,小学校区内の自治会やその他いろいろな組織で作る実行委員会.小学校に隣接する公園の広場で毎年やっている.

この公園は大正時代に大阪の商人によって開発された.かつては撮影場や旅館もあったが,昭和中期に廃れた.戦後住宅街として再開発された.大池という池があり,半分埋め立てて小学校にしたのだが,半分は池のまま,その畔に多目的広場があり,そこが会場である.この辺りは,他にもかつて農業用のため池を再整備した池がいくつかあり,野坂昭如の小説やジブリの映画『火垂るの墓』に出てくるニテコ池も遠くない.六甲山系の地下水がこのような池を作っているのかも知れない.

f:id:nankai:20160808082753j:image:w260:left近年,住宅地としての開発が進み,阪急電車の駅から大阪へも神戸へも半時間足らずで行けるので,人気の住宅街である.集合住宅も増え,小学校も一部はプレハブ校舎でやっている.それでも自然が残っている.会場の向こう,阪急電車の両側に写真の背景となる雑木林があり,そこにイノシシも住んでいる.6日の夜ゴミを整理しなかったグループがあり,7日朝にはイノシシに食い荒らされているのが見つかった.祭りの参加者は,れぞれ3000人は来ていたようである.

7日は,子ども神輿が街をまわって戻ってくるところからはじまる.店を出したりバザーをしたりのテントがまわりに並ぶ.とにかく子どもの参加が多い.いろいろな人が準備している.中心になっている一人は70代後半の共産党系の人.神戸集会で出会ったりする.また,学会婦人部の活動もしている人もいる.それから,自衛隊友の会の人もいる.街の店には維新系のポスターも結構出ている.それぞれ互いに認めあって,一緒にやっている.祭りが終わってから一通りの片付けをして戻る.

地元自治会の役員を引き受けた2013年から手伝いはじめた.夏祭りのことは,それぞれ,2013年:夏祭り2014年梅干しと夏祭り,2015:8月の初めに書いてきた.年中行事は同じことを同じ時節に繰り返すところに意味がある.こうしてそれぞれの時代の条件の中で,人間は生きてきたのだ.このような地域の営みは,大切なことだ.

そのなかで時代は,いろいろなことが昨年よりもっと明確になり,動いてきた.親米売国の根なし草右翼政権が,現在の日本の政府である.これに対して従来の左翼はやはり力がない.言葉に根をもつほんとうの愛郷主義が必要である.それに関するこちらの雑誌原稿にも手を入れたい.明日からしばらくドイツ,その準備もあり,8日8時からの後片付けは人に頼んだ.旅の間,いろいろ考えてきたい.

2016-07-15 一歩前進 このエントリーを含むブックマーク

f:id:nankai:20160715101747j:image:w180:leftf:id:nankai:20160715101725j:image:w180:right昨日は京都で授業.その前に四条烏丸あたりで,組み立てられた鉾を見てきた.長刀鉾函谷鉾(かんこぼこ)菊水鉾鶏鉾,これら四条烏丸交差点の四方にある.いずれも豪華な織物が下げられている.宵々山宵山ときて巡行は17日.祇園祭は平安時代,東北地方で貞観大地震のあった年にはじまる鎮魂の祭である.

鶏鉾のいわれを読んでもわかるように,中国古代の物語を踏まえ,そのうえに江戸期に輸入された西洋の絨毯などを下げているものが多い.それぞれ,有料で鉾にも登れる.またそれぞれがちまきなども売っていて,ちょうど夕立が上がった後であったので,人通りも多かった.一年にいちどはこの鉾を見ないと落ち着かないので,いっとき地上に出て見てきた次第.

さて,参院選は終わった.数で見ればまだまだ改憲派が多数なのであるが,中味を見るといくつかのところで一歩前進であった.安倍首相は不利な争点を隠して今回の選挙をおこなったが,沖縄,福島山形など,基地問題,核汚染問題,TPP問題などの争点がはっきりした選挙区では,野党統一候補が勝利した.東北各県は自民党惨敗であった.また比例区で投票したものとしては,最後の1人に生活の党と山本太郎の青木愛が入ったのも,無駄票にならずによかった.

量ではむこうが勝ったが,質において反ファシズムの側に前進があった.この質はいずれ量に転化してゆく.政治において最後を決めるのもは量ではない.少数であることを恐れることなく,確信と信念にもとずいて行動する.これがすべてを決めてゆく.もっとも兵庫県は3人区なので候補者の一本化はなし.4位が民進党で5位が共産党.もし2人が統一できていれば,2人をあわせた得票では1位当選.それは出来なかった.また比例区の統一名簿も出来なかった.結局は,もっと反ファシズム運動としての共有をすすめて,複数区でも比例区でも候補を調整できるまでにいかないと,多数にはならない.

f:id:nankai:20160715101702j:image:w180:leftf:id:nankai:20160715101640j:image:w180:leftf:id:nankai:20160714154520j:image:w180:right一定の質が,量に転じるという例が,昨日の野党統一の都知事候補の決定であった.前回の知事選では細川,宇都宮の統一がならず,敗れていただけに,どうなるかと心配した人も多かっただろう.しかし,前回のことを教訓に,ここでも一歩の前進があった.東京知事選で,昨日は鳥越氏と宇都宮氏のあいだで合意が成立,鳥越氏が野党統一候補となった.鳥越俊太郎候補は,第一声で,「困ったを希望に変える東京へ」を掲げ,宇都宮氏の政策を取り入れた.

今回の都知事選の争点ははっきりしている.安倍ファシズムを許すのか否か,である.「それは国政の問題で知事選の課題ではない」という意見がある.しかし,かつてのあの戦争を思い起こせ,である.戦争は国家が遂行したことであり,都の問題ではなかったというのか.東京空襲でどれだけの都民が犠牲になったのか.これを繰りかえすのか.

国が誤った方向にゆこうとしており,それが都民にとっても大きな問題であるならば,これに反対する候補を知事に選び,そこを基盤に国の政策を正すということは,当然である.かつてのあの戦争の教訓を忘れ,国家が同じ過ちを繰り返している沖縄,福島山形などでは,参院選でもファシズム側が敗れている.

歴史はいかに紆余曲折を経ても,到達すべきところに到達する.資本主義が終焉にむかうという客観的な条件のもとでは,ファシズムに土台はない.新しい,つぎの時代を担う人間が歴史に現れつつある.われわれの世代は,歴史の教訓を次に引きつぐ責任がある.出来るところから一歩一歩,である.

hatehei666hatehei666 2016/07/21 20:23 福島は接戦で民進が共産の支援を受けて当選しましたが、勝因はやはり原発事故とその処理の仕方、やみくもの復興推進、恩恵に与れないアベノミクスに対する覚めた目の人が投票所に向かったためと見ています。負けた岩城はそこにほとんど言及していませんでした。
大勝した自公、五輪を前にしゃにむな帰還推進と名ばかりの復興を掲げれば、保守の福島といえども、もっと次の選挙でも負けると思います。
とにかく自公の勝利のために、マイナスのスパイラルへと向かうのではなく、一歩でも半歩でも前進という思考をとられる貴兄の気概に賛同します。

nankainankai 2016/07/22 08:57 歴史が少しずつ動いてゆく。その中で考え,行動する。私にもほんとうに貴重な経験です。できるところから,できることを,と思っています。