東へ

旧版の『荷風全集』(岩波書店)の第12巻(1963年)です。戯曲の巻です。
東京日本橋生まれの谷崎が西に向かったのに対して、東京小石川生まれの荷風は東に向いていたような気がします。浅草、向島(玉ノ井)、荒川放水路葛飾、そして市川菅野と、欧米の実地をみて、日本の開化のさまを考え、大逆事件に韜晦のきもちをあらわした彼は、文明のあやうさを実感していたのでしょう。
今でも、船堀あたりの荒川は、なにやら茫漠としていて、浅尾大輔さんが江戸川区だの新小岩だのを作品に登場させるのもさもあらんという風景なのですが、荷風がおとずれた20世紀前半は、もっとその度合いが激しかったことでしょう。
戯曲自体は、そんなにたいした作品ではないようです。