金融危機の陰にあるものをリアルに描き出す問題作『国家が破産する日』

トランプの関税政策以降、見通しの悪くなった世界経済の中で、もし日本が金融危機に見舞われたら?と想像した人も少なくないのではないでしょうか。
今回の「映画は世界を映してる」では、1997年に韓国を襲った甚大な金融危機を描いた『国家が破産する日』(チェ・グクヒ監督、2018)を取り上げてます。

 

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以下、本文より引用。

本作のモチーフは、1997年に企業の倒産と多くの自殺者を出した、韓国での未曾有の金融危機IMF経済危機)。本国で260万人を動員する大ヒットとなったことからも、この危機が当時の多くの韓国国民に与えた計り知れない影響がうかがえる。

話題を呼んだのは、当時の政府とマスコミの国民に対する情報隠蔽を痛烈に抉り出したばかりでなく、韓国政府が救済を求めたIMF国際通貨基金)とアメリカの関係性まで匂わせる演出をしているためだ。おそらく、当時の韓国政府・マスコミだけでなく、過剰な投機が国境を越えて行き交うグローバル資本主義への批判を、事実にフィクションを混ぜ込むことで試みたものと思われる。

 

国内の被害を拡大させたのは何だったのかを鋭く問う問題作です。耳慣れない経済用語も出てきますが、観ていくうちにどのような恐ろしい状況が進行しているのか、だんだんわかってくる仕組み。
立場の異なる人物を並行して追っていきますが、煩雑にならないようテキパキと捌いており、ラストの締めも考えさせられるものがあり、観て損はない作品だと思います。

『ミッドサマー』と『ウィッカーマン』に浮かび上がる近代の限界

「映画は世界を映してる」、更新されています。

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数年前に話題になった『ミッドサマー』、たくさんの批評や感想が出ていると思いますが、それらとなるべく被らないように意識しました。
ウィッカーマン』との比較も、たぶんこの視点はまだないかと思います。

 

いずれの映画に現れる信仰体系も、カルトと古代宗教から要素を取り出して描かれており、合理主義、個人主義の現代人の世界観とはかけ離れているので、一般的には忌避感が先立ちます。最近の新興宗教への警戒感もそれに似たところがあります。

しかし振り返って、人間から信仰をなくすことはできるのか?それによって救われていること、歯止めのかかっていることもあるのでは?と考えると、そう簡単には否定できない‥‥そんな観点で書いています。

 

ちなみに「異教」という言葉をすべてダブルクォーテーションマークで括っているのは、主にキリスト教以外の宗教をそう呼んだという立場性のある言葉(時に侮蔑語となる)であり、あえて使っているということをわかるようにするためです。

 

なお、本テキストには、今一番面白いと私が感じている宗教学者の栗田英彦氏と、読書会などを通じて交流する中で触発されたことが反映されています。

こちらも参照のこと。

 

テレビ局の女性の位相とは? 『スキャンダル』を観る

フジテレビの一連の騒動、その後は目立った続報がありませんが、どうなっているのでしょうか。
今回は、テレビ局における女性キャスターの位相を問う、実話を元にしたアメリカ映画『スキャンダル』(ジェイ・ローチ監督、2019)を取り上げてます。

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FOXニュースのCEOから女性職員への2016年のセクハラ問題を、かなり事実に即して描いた作品。豪華な配役でも話題になりました。
ニコール・キッドマンが演じるのは、セクハラに抵抗して干されている元人気キャスター。
シャーリーズ・セロンが演じるのは、目下実力・人気ともにトップのアンカーウーマン。
マーゴット・ロビーが演じるのは、何とか早く出世したいと足掻く若手(この人だけ架空の人物だが、局内の女性職員のある意識を代表している)。

画像では三人が並んでいて、共に闘っているかのような図ですが、これはエレベーター内で三人がたまたま居合わせた場面の切り取りで、むしろ近くにいながらそれぞれが孤立していることを表してます。
三人の女性のみならず、彼女らを取り巻く局の女性たちの態度がまた微妙に異なる点にも、問題の根の深さ、複雑さが描かれてます。

 

(本文より)
>彼女にアシスタントの女性が投げかける「本当に知りたいんですか? 知りたい振りをするだけですか?」という言葉が強烈だ。

終盤、シャーリーズ・セロンは局内のセクハラ問題を究明せねばと言います。それにツッコミを入れるアシスタントの女性の、非常に巧みな台詞が印象に残ります。組織で大きな問題が生じた中、組織内の人間が殊勝なことを言った時も、えてしてこう思われがちですね。

 

当時、大統領に立候補中のトランプがわりと重要な役で登場する場面は、ニュース映像をうまく編集して取り入れてます。しかし実際にあったスキャンダルを、当事者たちがまだ現役だったりする数年後にこれだけ生々しく描いてしまえるというのは、日本ではなかなか難しいかもしれません。

 

トランプ就任後に『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を観る

連載「映画は世界を映してる」、今回は昨年の話題作、アメリカの近未来を描いた『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を取り上げています。

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独善的な大統領が法を無視して第三期目の任期に入ったアメリカでは、19もの州が国家
を離脱し、内乱状態が勃発しているという設定。本作は、対立の具体的な内容には踏み込まず、対立によって生まれた深い分断そのものが、どう人々を蝕んでいるかに焦点を当てています。
そこには、現在の私たちの姿も隠喩的に映し込まれています。

ハリウッド映画的なスペクタクルは終盤の市街戦で見られるものの、全体としては抑えたトーンで骨太の作りになっており、特にカメラワークが秀逸。ベテランの戦場カメラマンを演じるキルスティン・ダンストも、さすがの貫禄を醸し出していて良いです。

トランプ就任後の現在のリアリティの中で再見したい作品。おすすめ。

人類よ地上の暮らし諦めて穴に住むのだ涼しい穴に

 

     

 

 

飼い犬タロになっているつもりで詠んだ、2024年下半期の犬短歌です。一部、俳句と私名義の短歌も混じってます。気に入っているのには*をつけてます。

今年は飼い主がやたら忙しく、前よりタロと遊ぶ時間が減ったためか、ストレスで食い気に走り、私も罪悪感からいろんなおやつをいつも以上に与えてしまい、結果食べ過ぎでお腹を壊すことが何度かありました‥‥。すみません。

来年タロは12歳。元気でシニア犬ライフを楽しんでもらいたいです。

 

七月

 

天の川洪水となり満天の星吉凶を超えて輝け  *

 

「貼りまわれ!こいぬ」に頼もう街中のシールの上に犬ステッカー

 

なぜ君はおいしいねぇと言うのだろう食べているのはこの俺なのに

 

スズムシがやらせてくれと一晩中きれいな音で訴えている

 

もの忘れ激しいひとに本日のおやつはまだ?と嘘のおねだり

 

オシッコはツイツイツイート犬たちのタイムラインで炎上はなし  

 

人類よ地上の暮らし諦めて穴に住むのだ涼しい穴に  *

 

 

八月

 

何もかも忘れ楽しむスペシャルな日が毎日の犬の生活

 

水色のクールリングをした人とふたりで夏に繋がれている

 

体臭が消えちゃったらばどうやって自分をアピールしたらよいのか

 

盆の膳片付けられて一個だけ俺のメロンが残されている  *

 

直前の豪雨予報ができるので予報士犬でデビューしたいな

 

台風は週末に来る今はまだのんびり泳いでおいでメダカよ

 

 

九月

 

会長の犬として言う自治会の住宅地図に犬地図入れろ

 

見えている景色は違うけど秋の気配にそっと君の指噛む

 

一瞬の中に彼女と秋の陽をうけて過ごした永遠がある

 

退屈な日のエンディングに似合わない映画のような夕焼けの赤  *

 

縁の下あまり掘るなと言う人と掘りたい俺の正義ぶつかる

 

土掘りはアイデンティティ犬自認してる者なら知っているはず

 

イオンには犬のおやつの棚があるお金払えば棚ごと買える

 

 

十月

 

生きてたら百歳だわと母ポツリ 父誕生日の十月三日/サキコ

 

人間じゃもう五十ねと言いながら俺の目ヤニを拭く六十五  *

 

あのひとの消し炭色のカーディガン箪笥の匂い雨に溶けゆく

 

岩合さんみたいな人が歩いてた 犬でよければモデルやります

 

輸送機の低く飛ぶ空 鈍色に光る雨足 俺は中年

 

町内に防犯カメラつけるより防犯犬団組織しようぜ

 

あのひとがホラーに出るなら『呪われたゲゲゲの老婆 犬の怨念』

 

神々が降りてきそうな星空の下でさみしい糞をするなり  *

 

 

十一月

 

俺の腹やや恢復の兆しあり 優しく風に揺れる秋桜

 

ポンポンはもう治ったねと腹さする君はなにゆえ赤ちゃん言葉

 

いつまでも鞄の中で鳴っているスマホのような秋の虫の音  *

 

「犬は」でも「柴犬は」でも駄目なんだ「タロは」とちゃんと書いてください

 

腹減って腹減りすぎて君の鼻食べそうだから早く飯くれ

 

 

十二月

 

枯れ草は冬の空き地の抜け毛なり

 

オダイコンゴボテンチクワガンモドキ朝から呪文唱えてるひと

 

舐めた手も頬も冷たい冬の朝

 

いつのまに十一年も生きたかな俺の心は三歳のまま

 

ふたりきり密談をしたカーシート夜明けは遠い夜明けは近い  *

 

 

⚫︎2024年上半期の犬短歌。ページの最後にそれ以前の年へのリンクもあります。

 

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地方の「カネと政治」の闇‥‥傑作ドキュメンタリー『はりぼて』

今月はあまりに忙し過ぎて、こちらでの更新がなかなかできず、大晦日になってしまいました。

連載「映画は世界を映してる」、今回はドキュメンタリー『はりぼて』(監督/五百旗頭(いおきべ)幸男・砂沢智史、2020)を取り上げてます。

 

13人もの議員辞職を生んだ富山市議会を巡る不正を追っていった地元のテレビ局。前半の失笑は二転三転するうち次第に重苦しい空気へと変わっていき‥‥。
編集が上手いです。政治家の「顔」も見ものです。以下、本文から抜粋。

 

このドキュメンタリーを面白くしているのは、こう言っては語弊を招くかもしれないが、登場する人々の顔だ。まるで本物の役者を起用しているかのように、それぞれの”役割”に顔がぴったりとハマっている。
まず前半の要の人物、中川議員の面構えが凄い。睨まれたら怖そうな大造りで肉厚の顔立ちだが、よく見るとどこか味わいもある。いろんな場面を酒と金と人情でまとめてきたんだろうなと想像させるような、昔ながらの”地元の顔”。謝罪会見での見るも無惨な憔悴ぶりと合わせて、タイトルの「はりぼて」感がもっとも端的に現れている。

議員たちが次々辞めていく中で、まるで人ごとのような態度の森市長は、いわば小狸顔だ。不正や問題発覚のたびに取材を受けるが「コメントすべき立場にない」「制度論の話だから」などと判で押したような同じ返答でかわす様子は、おそらく見る人を一番イラつかせるだろう。中川議員のような小悪党より、こういう”狸”が実は一番問題なのではないかとさえ思わせる。
政務活動費情報請求者の名前の漏洩という疑惑を持たれ、弁明と謝罪に追い込まれた事務局長の困り果てた顔も印象的だ。元は真面目で若干気弱な人が、さまざまな圧力の中で忖度するようになってしまった、そんな”板挟み”状況が顔つきにそのまま現れている。

 

最後まで緊張感が途絶えることなく、引き込まれました。おすすめ!

冤罪と死刑について考えさせる『黒い司法 0%からの奇跡』

早くも師走感が漂ってきた中、この一ヶ月ほどやたらと忙しく、ここの更新も遅れてしまいました。公私共にいろんな案件が同時多発で‥‥映画をチェックしてる暇もなく‥‥。

ところで映画ってなんであんなに長いんでしょうか。一時間くらいで十分だと思いますけど。特にハリウッド映画とかね。きっと、金と時間をかけないとならないシステムが出来上がっているんでしょうね。

 

さて、連載「映画は世界を映してる」、今回は先月の袴田巌さんの無罪獲得の話題を枕に、死刑囚と若い弁護士の再審までの遠い道のりを描いた『黒い司法 0%からの奇跡』を取り上げてます。

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実話を元に、冤罪や死刑制度について考えさせる佳作。演出が引き締まった感じでダレるところがまったくなく、結末がわかっていても最後まで引き込まれます。
黒人差別と闘った弁護士を描いた往年の名作『アラバマ物語』を観ていると、もっとこの映画の芯がわかると思います。

そして、俳優陣が皆いいです! エンドロールに演じられた実在の本人たちの当時の画像が出てきて、なるほど、この人をあの俳優が演じたのかと感心することしきりでした。

 

次回は年明けになるかもしれませんが、連載の告知以外の記事が出ると思います。