応用美術の著作物性

[文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの]
 著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)です。
 「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」は、これらの4つの何れに属するのかを厳密に求めているわけではなく、文化的所産(法1条)全般を指すと解されています(東京地判昭和59年9月28日判時1129号120頁参照)。裏を返すと、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とは、「実用品あるいは工業製品を排除する趣旨」(中山先生の著作権法67頁)、「特許法や意匠法等と保護対象の棲み分けを図るため」(島並先生ほか33頁)の規定と解されています。

[応用美術]
 この棲み分けが問題となるのが、応用美術です。美術は、「純粋美術」と「応用美術」とに大別されると説明されることがありますが、その区分け自体、明確ではありません。

応用美術も、「美術」である以上、美術の著作物の要素を有していることは明らかです。応用美術について、美術を実用品に応用したもの、実用的な機能を有するものと説明されることもありますが、実用的な用途があっても、美術品として扱われる物品も存在します(例えば陶磁器)。一品制作が純粋美術、量産品が応用美術と説明されることもありますが、量産品でも、購入者が観賞用に用いることもあるのですから、決め手にはなりません。
 
結局、棲み分けの境界線上にある製品群が存在するため、産業財産法と著作権法との重畳的な保護を受けるものも生じます。問題は、その範囲がどの程度広いのかという点です。

ベルヌ条約
 ベルヌ条約でも、応用美術は、「文学的及び美術の著作物」の一類型として挙げられていますが(2条(1))、その扱いは、特殊です(2条(7)及び7条(4))。

ベルヌ条約2条(7)は、「応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、第7条(4)の規定に従うことを条件として、同盟国の法令の定めるところによる。」と規定しています。つまり、応用美術について、意匠法による保護との競合がありうることを明示し、その保護の条件は、各国の法令に委ねています。

ベルヌ条約2条(7)で引用されている7条(4)は、応用美術の保護期間を定めています。通常の著作物では、保護期間は、著作者の生存の間及びその死後50年間ですが(それより長くても構いませんが)、応用美術の著作物は、「製作の時から25年よりも短くてはならない。」と規定されています。


[裁判例
 これまでに、応用美術が著作権法上の著作物であるか否かが裁判で争われた事例に関し、島並先生ほかの教科書の39−40頁に写真が掲載されています(博多人形、仏壇彫刻、妖怪フィギュア(以上について肯定)、ニーチェア、木目化粧紙、ファービー人形(以上について否定))。その境界は、とても微妙です。特にファービー人形は、刑事事件であるという点を割り引いても、微妙な事例です。判決は色々な説明をしているものの、判示事項のみではもどかしい印象を受けます。もっとも、本質は、中山先生が説明されているとおり、意匠法とどのように棲み分けるかという点にあります。


知財高判平成24年2月22日]
 最近では、「スペースチューブ」の著作物性について、地裁と高裁で判断が分かれた事件があります(東京地判平成23年8月19日、知財高判平成24年2月22日(判時2149号119頁);地裁は肯定、高裁は否定)。「スペースチューブ」の形状は、検索で簡単に見つけることができます。
 
「スペースチューブ」とは、弾力性のある布でできた筒状の構造を有し、床から一定の高さに6本のロープにより宙吊りで設置されています。その中は、「やわらかい空間」と表現されています。人が中に入ると、左右方向及び下方向からの反力を感じることができ、「疑似的な無重力環境」を味わえるそうです。

 「スペースチューブ」は、「無重力状態」の体験型展示装置であると同時に、劇場等での舞台装置でもあり、さらには科学館や美術館における美術作品でもあります。したがって、「スペースチューブ」は、実用品であると同時に、観賞用の美術品でもあります。
 

「スペースチューブ」は、人が中に入ることによって、その形状が動的に変化します。控訴人も、「スペースチューブ」の特徴として、「やわらかい空間」、「浮遊を可能にする空間」との主張を行っています。これらの主張も、形状が動的に変化することを念頭に置いたものと解されます。しかし、目録には、静的な形状及び構造が記載されています。
 もっとも、静的な形状及び構造(具体的には、上辺部分が、「く」の字に沿った曲線を有し、神社の屋根や日本刀の曲線に似た形状を有しています。)について、地裁は、著作物性を認めました。しかし、高裁は、

「しかしながら,布状のチューブを宙吊りにする場合,本体部分の端部において支持具とロープとで固定することは格別珍しいものではない。その際,固定用のロープの角度や緊縮度によっては,チューブ部分に「たわみ」や「反り」が生じることはむしろ通常のことであると認められる。もちろん,ロープの角度や緊縮度を調整することにより,「たわみ」や「反り」の形状をも調整することが可能であったとしても,それにより生じるチューブ部分の上辺部分の形状について,制作者の個性が表現されたものとはいえないから,これをもって創作的な表現であるということはできない。
控訴人装置における上辺部分の「反り」についても,それが直ちに「神社の屋根や日本刀」のような美観を想起させるものということはできないし,仮に,そのように観察し得る余地があったとしても,創作的な表現とまでいえないことは,同様である。」

と述べ、著作物性(のうちの創作性の要件)を否定しました。
 
 高裁の判断は、「美術の著作物か否か」という要件ではなく、創作性の要件で判断しています。その背景には、「スペースチューブ」が、舞台装置としても使用され、科学館や美術館でも展示されているという事情があると推測されます。このような利用態様がある以上、「美術の著作物か否か」という要件で著作物性を否定することは、リスクを伴います。
 もっとも、創作性の要件は、本来、非常に低かったはずです。何らかの個性が表現されていれば足り、子供のお絵かきのレベルでも創作性を有しています。「スペースチューブ」の上辺部分の形状でも、それ以外に選択の幅がないというものでもないのですから、創作性を認めても良かったように思います。
 体験型展示装置が主要な用途であるという事情が影響を及ぼしているのかもしれません。