Hatena::ブログ(Diary)

LAST GIGS

05年11月18日 たった50字で批評気取り?問題 このエントリーを含むブックマーク

「しねばいいのに」問題をちょろちょろ見ていて

http://b.hatena.ne.jp/Leiermann/

この人のブックマークのトップにこんなことが書いてあった。

・公の場での言動には公の場で批評される可能性を当然予期すべきである。

・従って「ブックマークお断り」といった要求には全く同意できない。

・逆に、本ブックマークへの批評・言及を拒む権利も私にはあるはずもない。

んで、俺が気になったのは一番上のやつ。「公の場での言動には公の場で批評される可能性を当然予期すべき」というのはまったくその通りであるのだが、はてブの場合たった50字しか言及できないという制限がある。脊髄反射的に書かれた(書かれるものが多い)50字の文字列を「批評」と言われても個人的にははぁそうですかと思う部分がないわけでもない(立ち位置を明確にしておくと、俺ははてなブックマークはコメント機能さえなければとても良いサービスなのにねとは思っている。プライベートモードでは使ってるしね)。

ま、批評の定義をやり出すとキリがないので置いておく。というか上のことは本論ではない。短い字数の中で書かれるレビューをクリエイターがどう思うか、というところで思い出したエピソードがあるからだ。それを書いてみたい。

インターネット上には演劇情報で多分一番有名な存在として「えんげきのぺーじ」(http://dx.sakura.ne.jp/~nnn/play/)というサイトがある。ここはかなり便利なサイトで、俺自身何度か使ったことはある。便利さの1つに閲覧者が見た芝居の感想を投稿できる「一行レビュー」というコーナーがあり、ここを見ると大体の演劇の評判をチェックすることができる。演劇というのは一般メディアで取り上げられる機会がどうしてもほかのエンターテイメントと比べると少ないので、いきおいネットにおける情報交換の重要性というのは昔から高かった(えんげきのぺーじのhtmlの作りを見れば、このサイトの「老舗感」がわかるだろう。今年でこのサイト10周年を迎えたそうだ)。んで、90年代末くらいになるとネットをやってる演劇好きの人は当たり前のようにここを使うようになるのだが、そうするとこの「一行レビュー」に「影響力」が出てくるという話になってきた。

今はどう思っているのかしらないが、当時劇作家の鴻上尚史が言っていたのだが、「えんげきのぺーじの一行レビューは絶対に見ない。少なくとも何か作品を見て語ろうとしたときに、それは一行なんかで書けるものでないからだ」みたいなことを言ってたんだよね(正確な発言や媒体は忘れた)。要するに劇作家である以上、作った作品に対して批評(それが酷評であろうと)されるのは当然ではあるし、その覚悟もあるが、しかし少なくともえんげきのぺーじに書かれているような「カジュアルなレビュー」は批評以前のものだろうと。

漫画家の椎名高志絶チルおもしろいね!)は、かつて自分のサイトに「自分の漫画の感想や批評を送ってくる人がいますが、そういうものは見ません。岡田斗司夫や原えすりんなどにきちんと批評されるならどんな批評でも俺も真剣に受け止めるけど、単なる思いつきレベルの感想や一方的な決めつけをメールで送られても困る」みたいなことを書いていた(これも正確ではないかもしれないけど論旨はそんな感じだった)。

もちろん50字で喫茶店ダベリング感覚で思いついたことを言いたい(それをサカナにコミュニケーションしたい)だけという自覚がある人は、そういうはてブのコメントについて「批評」なんて大上段に構えた単語は使わないだろう。「作者(リンク先)がどう思おうが知ったこっちゃねーよwww」という人がゆるやかなつながりを持つことで生まれる生ぬるい気持ちよさってのがあるのも何となくは理解できる。俺だって私生活で友人と話してるときはいろいろなものの悪口言いまくりだ(でも俺はさすがにそういうのをネットに持ち込むのはスマートじゃないと思ってるのでやらないわけだが)。ま、いずれにせよ「だべってるだけだよ」という感覚がある分だけ、マシなようは気はする。

問題(だと俺が思っているの)は、自覚のない層だ。自覚のない層は多分2種類の人がいて、1つは本当に批評とかそういうものを超えてナチュラルに脊髄反射的なことしか書けない、あるいはネットがどこにおいても2ちゃんねる的みたいなものと思っている人だ。それはある種の確信犯と言えるかも知れないけど、小学生の頃から普通にネットがあってそういうネットの付き合い方してる人には、ネチケットとかそんな古い概念自体が通用しないんじゃないかとも思う。

で、もう1つ。(これは俺もそういう人がホントにいるのか、どれくらいいるのか、はかりかねるのだけど)制限された中でノーリスクの罵倒的行為を本気で「批評」と信じてるような人だ。一番上のリンクで例に挙げたLeiermannさんは自分のダイヤリーもやってるし、そういうのには当てはまらないとは思うのだけど、ブックマークだけやって適当にコメントしてる人とか、自分のブログはないのに意味分からないコメントだけ残していくコテハンの人とか、ああいう人は自分の立ち位置をどのように思っているのかと思う。

まぁこの話を突き詰めていくと何のためにサイト(ネット)やってるの? みたいな話にもなっちゃう気がするし、全然話の落としどころが見つかるとも思えないのでこのあたりでやめておくが、鴻上尚史と椎名高志の発言に見られる「批評行為に対するしきい値を求める感覚」というのははてなブックマークのコメント問題となんかリンクするなぁと思ったのでとりとめもないことを書いてみたよ。

ホント、コメント機能なんかなくしちゃえばいいのに。

あ、はてな的に言い換えれば「コメント機能なんかしねばいいのに!」か(そこ! しねばいいのに!とか言ってるのは「一部の人」だけとか言わない!)。