なぜ経済は成長するのか

pikarrr2009-03-18

池田信夫 イノベーションの経済学 講義録」


池田信夫 blog イノベーションの経済学 講義録」http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/5746c9fd629fc249f4ae15ccb37fde0c) すでに多くのブックマークがついていますが、これはかなりおもしろい。もともとが口頭なので読みやすく、よくまとまっています。池田の経済に関する言説のおもしろさは、絶えず経済学の限界を意識しつつ、通常の経済学者だとそこで踏みとどまるところを、あえて彼岸へと言及するところでしょう。今回も、イノベーションという言葉に彼岸が表されています。

経営学の本では半分くらいイノベーションについて語られているくらい重要な概念として扱われている。しかし、経済学の教科書では、イノベーションという言葉が出てこなかった。ビジネスでは重要なものとして扱われているのに、経済学の分野ではちゃんと語られたことがないところがイノベーションという概念の奇妙なところ。

経済学では商品の需要と供給が均衡するという形で経済システムをとらえるので、均衡しちゃったらイノベーションなんてなくなる。イノベーションは需要と供給が均衡する前の世界、つまり世の中で何が売れるのか分からない、どういう技術が開発できるのか分からないというところから、ある種の冒険をして、新しいモノに賭けるというプロセス。

資本と人口の集中が起きると成長が高まる。人口の多い中国やインドでは田舎から都市に人口が集まってくるだけでも成長率が維持できる。お金も世界中から集まってくるので資本の蓄積もできる。資本と人口が集中する時は、素直に成長が進む。日本では1960年代ぐらいまでは、そういう形で成長が進んだ。でも、それ以降は限界がくる。日本では60年代末〜70年代に石油ショックにぶつかった。資本と人口の集中以上に成長率を高めるためには、知識や情報が大切になってくる。単なる技術だけでは伸びない。


第1章 イノベーションとは何か

単なる資本蓄積とか単なる人口成長というものでは、経済成長は説明できない。それを超えるイノベーション、もっと言うと、知識・技術・教育という要因が実は大きい。・・・たとえば、トヨタが工場が作ったら、トヨタが作った色々な技術や知識や教育やそこで技能を学んだ労働者が、日産やホンダに移動したり、社会に動いて技術が移転されるといった外部性が出てくるから。1つの工場ができたということは、物理的に1つの工場ができたということではなくて、そこで知識の外部性(A)が周りに広がっていく。それによって、収穫は逓減しない。

逆に言うと、A(知識の外部性)が大きいか小さいかということが、経済の規模を決めていく。Y(所得)はK(資本)のA倍。Aというのは、教育・訓練・知識・社会の中で決められた時間を守るといった社会のルールなど。工場や人々の労働というものが、知識として社会全体に広がっていくという効果が成長率を決めていく中で非常に重要だということが、実証データでかなり明らかになってきた。

技術とか教育とか訓練などは、どういうインセンティブ(人の意欲を引き出すために外部から与える刺激)で蓄積されるのか?教育は社会的に公的な機関(学校)で教えられるが、新製品を開発するというインセンティブはどうやって生まれるのか?特許をとって利潤を得たり、もっと本質的なことは、経済学では「製品差別化」と言うが、新しいものを常に作り出していく。・・・このような製品差別化が、経済成長のエンジンとなっていると「内生的成長理論」で言われ始めたこと。


第3章 経済成長と生産性 第2節 内的成長理論

日本はOECD加盟国の中では1993年に「1人当たりのGDPランク」で世界一位になったことがあるが、それ以降は「1人当たりのGDPランク」は右肩下がりに落ちており、OECD加盟国の中では2006年は18位、2008年は20位。

日本のGDPは2000年代になっても絶対的には名目成長率で1%ぐらいは増えているが、他国と比べて相対的に見ると、日本の所得は落ちている、貧しくなっている。日本は格差が開いているとか格差社会だと言う人がいるが、根本的な問題は格差ではなく、日本経済全体が相対的に貧しくなっている。

成長率を基準にする限り、日本は1990年頃に比べて相対的には皆、貧しくなっている。そして、貧しくなっているしわ寄せが、派遣労働者非正規労働者やフリーターやニートにいっている。

問題は成長率。・・・格差を縮めると言うが、縮める原資はどこから出てくるのか?・・・経済の規模が大きくならない限り、基本的には格差を縮めることもできない。・・・成長率が鈍化して、日本経済(会社、ビジネスも含む)が行き詰まってしまっている原因を考え直さない限り、格差を是正することはできない。

ビジネスにしても経済にしても、いかに成長率を上げる仕組みをどうやって作っていくか・・・日本人が得意としている緻密な品質管理によって既存のものを良くしていく、たとえば、少しでも早い自動車を作るとか少しでも小さな半導体を作るという努力は重要だが、そのような改良的なイノベーションは台湾や韓国や中国でもできるようになってしまっている。

狭い意味での製造業の世界では、日本はどんどん追い上げられてきている。つまり、改良・改善型の日本のイノベーションは限界がきている。成長のエンジンはイノベーションであって、そのイノベーションは情報通信革命の世界では少なくとも、なるべく突飛なイノベーションの方がいい。


第3章 経済成長と生産性 第3節 日本経済の行き詰まり




ポール・クルーグマン「経済政策を売り歩く人々」


同様な話題を扱っているポール・クルーグマン「経済政策を売り歩く人々」ISBN:4480092072)を読んでいます。原書がアメリカで出たのが1994年と古いのですが、最近文庫化されたので読んでいます。ここでは、生産性の低下の影響として、経済的要因の他に、技術的要因、社会的要因を上げています。

生産性の低下


恐慌、超インフレ、内戦は国を貧しくする。それに対して生産性の成長のみが国を豊かにすることができる。大きな社会動乱がなければ、長期的には一国の生活水準の上昇率は、平均的な労働者の一時間当たりの生産性の年間伸び率におおむね等しくなるはずである。

第二次世界大戦が終わった時点では、アメリカの労働生産性は現在の四割相当にすぎなかった。・・・その次の世代になると、著しい変化が現れた。七〇年代の初頭、生産性は倍増し、それにつれて生活水準も上昇した。・・・アメリカは中産階級の国になったのである。

ほとんどすべての人がこうした経済成長が継続するものと思っていたし、なかには成長がさらに加速すると期待する向きもあった。・・・しかしやがて経済成長のメカニズムは停止した。・・・不況の常として、やがて経済は回復したが、以前の成長トレンドには戻らないことが次第にはっきししてきた。

七〇年代から今日に至るまで、この生産性の低下に関しては、大きくいって技術的要因、社会的要因、政治的要因という三つの要因が考えられている。P93-96

技術と生産性の低下


広い意味での技術は経済成長にとって決定的に重要である。この場合の技術とは、新型のハードウェアだけを指すわけではなく、・・・「ソフト面」の技術も含んでいる。・・・長期経済成長の分析に関しては、絶え間ない技術進歩なくしては経済は停滞してしまうことから、そうした技術進歩こそが生産性向上の主たる原動力であることが明らかにされた。

生産性の低下に関する技術面からの説明は、成長の牽引力である技術進歩が停滞してしまったというものである。・・・新しい技術が生産性や生活水準に大きな影響を与えるようになるのは、非常に長い時間を要することが多い。技術は単独で利用されている限りは生産性に大きな影響を与えない・・・技術は幅広く利用され、他の技術と相互に作用し合うようになってはじめてその真価が発揮される。

自動車が珍しかった時代は金持ちの遊び道具にすぎなかったが、舗装道路が整備され、ガソリンスタンドや修理工場が至る所にでき、さらに昔からの繁華街に代わって郊外にショッピングモールが建設され、そこに巨大なデパートが立ち並ぶようになって、自動車は必需品になっていった。技術の持つ生産性を十分に発揮させるようなサポートシステムには、その技術が広範に利用されるようになるための原因であり、また結果でもあるという相乗作用が働く。P96-98

社会学的説明


生産性の低下は七〇年代の前半、ちょうど第二次世界大戦から一世代後にあたる時期から始まった。戦後の良き時代がだった一世代で終わってしまったということには何か重要な意味があるのだろうか。

その理由は簡単に考えつく。何と言っても、六〇年代終わりから七〇年代初頭にかけてはベビーブーム世代が労働市場に大挙して入ってきた時代であった。つまり、新規労働者が大量に雇用されたために、資本労働比率の成長が低下してしまったのである。しかし、ベビーブーム世代は人口が多いだけではなく、豊かな社会に育った最初の世代であり、・・・そして何より、テレビを見て育った世代なのである。

資本主義と労働そのものが軽んじられ、社会を支えていた善意と偽善の絶妙の組み合わせが崩れ去ってしまったようなこの一〇年間に、生産性はなんらかの影響を受けているはずである。・・・一連の社会問題、すなわち中産階級の子弟の経済的向上に対する熱意の喪失、教育水準の低下、下層階層の拡大といったことは、生産性の低下の大きな一因であると考えられる。P102-104


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