鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから

飛行機に乗るでもいい、いっそ鳥になるでもいい、この地上から離れてあの大空へと飛んでいきたい、そう思ったことのある人は少なくないのでは。最近でもパスカル・フェラン監督の手掛けた「バードピープル」が話題になったが、純粋な憧れにしろ日々の疲れからにしろ、空に自由を求めるのはイカロスの時代から変わることがない。さて今回紹介するのはそんな空に憧れを抱く少女の愛と青春を描いた"The Summer of Sangaile"リトアニア映画界の新鋭アランテ・カヴァイテ監督を紹介していこう。

アランテ・カヴァイテ Alanté Kavaïté リトアニア映画作家だ。リトアニアで子供時代を過ごし、1992年には国民的な映画監督Raimundas Banionis"Jazz"に俳優として出演する。しかし同じ年に家族はフランスへと移住、エコール・デ・ボザールで芸術を学んでいた。彫刻や演劇、写真やビデオ・アートなど様々なジャンルで作品を制作していたが、映画というメディアでこそその全てが成し遂げられることを知り、映画監督としての道を進み始める。

ドキュメンタリー映画の編集を手掛けながら(その中には「タクシーブルース」カンヌ国際映画祭監督賞を獲得したパーヴェル・ルンギンの作品もあったという)幾つかの共同監督作を経て、2002年には単独で短編"La Carpe"を手掛ける。そして2006年にはフランスで初の長編作品「ECHO エコー」を監督する。今作の主人公はTV番組の音響仕事を担当しているシャーロット、彼女はある日母が殺されたことを知る。シャーロットは母が住んでいた家に向かうが、そこで奇妙な物音を聞く……という謎めいたスリラー映画で、今作はサンタ・バーバラ国際画映画祭で作品賞を獲得することとなる。2012年に短編"How We Tried a New Combination of Light"を監督した後、彼女は故郷のエストニアに戻り第2長編"Sangailė"を手掛ける。

どこまでも続く青い空、そこに白い煙を棚引かせて現れるのは1台の飛行機だ、雄大に宙を舞いながらある時は船体を急上昇させ、ある時は重力に身を任せるような急降下、空を自由に飛び回るその姿は地上に佇む人々の心を魅了する、そんな観衆の中に1人、長袖のシャツを着た線の細い少女がいる、誰よりも深く飛行機に見とれる彼女がこの物語の主人公であるサンガイルだ。

17歳の少女サンガイル(Julija Steponaityte)は、両親が所有する別荘で夏休みを過ごしている。だが彼女はいつも感情を刈り取られたかのような無表情で、瞳には人生への果てしない虚無が広がる。サンガイルには自分が何をしていいのか分からない、自分が何者なのか分からない、日々の絶望が彼女を自傷行為に走らせている。そんな彼女が唯一心安らげるのは、空を自由に飛ぶ飛行機を眺めている時間だけだ。

そんなある日、サンガイルは飛行場で同い年の少女アラステ(Aiste Dirziute)と出会う。サンガイルは真逆の、明るく華やかな雰囲気をまとったアラステは彼女を様々な場所へと連れ出す。カヴァイテ監督はこのささやかな交流をサンガイルの戸惑いを交えながら瑞々しく描き出す。お洒落なビキニに着替え川へと飛び込んでいくアラステ、長袖を脱ぐことも出来ないまま川辺で彼女の姿を眺めるサンガイル、だがオレンジ色の夕陽の輝きは彼女たちを等しく包み込み、2人の心は近づくだろうという暖かな予感を私たちに運んでくれる。

そしてアラステはサンガイルを自分の部屋へと招き入れる。そこはおもちゃ箱を引っくり返したような有り様、天井からは傘が吊るされ、色とりどりの布の数々が壁を覆い尽くしている。彼女は服をデザインしたり、縫った服を自分で着て写真を撮影するのが趣味なのだ。アラステはサンガイルのために服をデザインすると言う、サンガイルは服を脱ぎながらも腕の傷を見せないように自分を抱くようなポーズを取り続ける。サンガイルに宿る痛みが強く滲み出るシークエンスは、だが彼女たちの心の機微を繊細に掬いとる監督の采配で以て、いつしか得がたく心を打つ場面へと姿を変えていく。

この"The Summer of Sangaile"を支える大きな要素の1つは息を呑むほど美しくリリカルな映像の数々だ。監督は撮影のドミニク・コリン(「カルネ」「スパニッシュ・アパートメント)と共に、リトアニアの素朴な田園を少女たちの想い出が宿るかけがえのない情景に変貌させる。水面に瞬く無数の白い光、森の静かなさざめき、サンガイルたちは自転車で町を駆け抜け、カラフルな衣装を身につけ思い思いのポーズを取る。2人の青春は魔法さながら、世界に彩りを与える。だがそれだけでない、サンガイルの孤独は少しずつ癒えていく一方で、それでも不安定な心は安らぎを得るまでには遠い。類希な映像美はそんな心と共鳴しあい、不穏な幻想すら湛えることにもなる。腕の傷から滴る血は希望と絶望の入り交じる夢へと彼女を導き、闇の黒に染まった湖は彼女を人生の終わりへと引き込もうとする。このある意味で実験映画的な赴きすら感じられる演出は、同じく少女の心の彷徨を幻想的に綴った"I Believe in Unicorn"とまた共鳴する物であり、思春期のどこにも落ち着くことの出来ない心を表現するには正に無類の効果を生み出している。

今作を支えるもう1つの大きな要素がサンガイルを演じる(Julija Steponaityteの存在感だ。長袖のシャツをピタと身に付けるその病的とも思える細い体、1本でも指を触れてしまえば瞬間には壊れてしまうかもと思える繊細な佇まいはサンガイルを演じるために生まれてきたと形容したくなるほどうってつけだ。何処か私たちとは別の世界に生きているような彼女、ひどくちっぽけで孤独な彼女、だからこそ彼女がアラステという名の愛に、自分はひとりじゃないとそう思わせてくれる人の居る場所へ辿り着く姿には筆舌に尽くしがたいほどの感動がある。

そして物語はもっとその先、サンガイルにとって本当の自分がいる場所へと目指す。彼女は大空に舞い踊る飛行機を憧れと共に見つめながら、恐怖が彼女を自分が大空を舞うその夢から遠ざける。私たちは屋上に佇むサンガイルの姿を真上から見ることとなる、ドローンでの撮影によって浮かぶこの景色にはちっぽけな少女のもどかしさ、恐れ、憧れが切実なほど滲み渡る。そんな彼女をアラステの愛が導き、だがサンガイル自身がその足で進める瞬間がいつかやってくる、高く、もっと高く、あの何処までも続く青空へと、もっと高く。

"The Summer of Sangaile"の最後には私たちの誰もが望むだろう風景が広がりながら、そこには一筋の切なさが差すことともなる。つまりはもう1つの物語の始まりの中で今作は幕を閉じるのだ。この終幕な豊かな余韻が、あのいつかの夏の風景を私たちの心の中で永遠のものとしてくれる。

"Sangailė"サンダンス映画祭のインターナショナル劇映部門、アテネ国際映画祭では監督賞を、そしてリトアニア映画賞では女優賞・芸術貢献賞、そして作品賞を獲得するなど話題になり、更にはカイエ・デュ・シネマ誌の2015年ベスト9位に選ばれることともなった。同年にはギャスパー・ノエのパートナーであるルシール・アザリロヴィック「エコール」後11年振りとなる新作"Evolution"の脚本を担当、日本でもキネコ国際映画祭で上映されたオリヴィエ・リンガー監督作「しあわせなアヒルの子」の編集を担当するなど精力的に活動している。監督としての次回作については詳しい情報はないが取り敢えずフランスとバルト海それぞれを舞台にした2作の計画が動いているという。ということでアランテ・カヴァイテ監督の今後に超期待。


3人でギューーーーーーーーーーーーーッ!

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/kavaite-alante(監督プロフィール)
http://www.indiewire.com/article/meet-the-2015-sundance-filmmakers-17-alante-kavaites-the-summer-of-sangaile-reflects-teenage-inspiration-20150117(監督インタビューその1)
http://cineuropa.org/ff.aspx?t=ffocusinterview&tid=2767&did=283396(監督インタビューその2)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画