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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-02-11

ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい

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"オフビート"という言葉がある。"奇妙な"という意味なのだが、それだけでは説明できない、何とも言えない"間"だとかそんな意味が内包されている言葉だ。この感覚に当てはまる映画を幾つか観てきたが、個人的に印象深い作品はアレックス・ロスペリー"Color Wheel"だ。負け組姉弟が同窓会だかに出るためにクソボロい車で2人旅に出掛ける作品なのだが、矢継ぎ早に繰り出される妙な会話、白黒フィルム撮影で紡がれる妙な空気感、全体に満ちる妙に居たたまれなくて妙にエロい雰囲気、今作を観ながら私は"オフビート"という言葉の意味を頭ではなく心で理解したのだった。さて今回紹介するのは"Color Wheel"に負けず劣らずオフビートなロードムービー"Sophelikoptern"とその監督ヨーナス・セルベリ=アウグツセーンについて紹介していこう。

ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン Jonas Selberg Augustsénは1974年5月31日、スウェーデンに生まれた。元々は大工を生業としていたが、ファッション業界を通じて映画界に入り、イェーテボリ大学で監督業について学ぶ。

2004年に卒業制作"Hus, torn, stenmurar & en och annan drake"で監督デビューを果たす。2005年にはスウェーデン人と雌牛の神聖な関係性を描き出したという短編"Kalven och friheten"を製作後、2008年には初の長編ドキュメンタリー「心の森」を監督する。映画の撮影クルー3人組が松の木の上にキャビンハウスを建てる姿を日記風に素描したドキュメンタリーで、東京国際映画祭でも上映される。

2009年にはメルボルン国際映画祭で最優秀短編賞を獲得した"Höstmannen"、2010年には2人の少女の彷徨を描き出した短編"Bogland"を製作、以上2つはスウェーデン少数民族の姿を映画として描くプロジェクト"Minoritetskvintett"の一環として作られたのだという。2012年には"The Desert""Room 1112"を、2014年には狩猟地のラップランドでハンターたちに降りかかる不思議な出来事を綴る"Jakten"など短編を精力的に製作していき、そして2015年には初の劇長編"Sophelikoptern"を手掛ける。

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再びの朝がやってくる、その部屋には太陽の光が差し込む、しかしそんなこと気にせずにベッドに横たわる老女は阿呆みたいな鼾を部屋に響かせる、グゴオ、グゴオォ、グゴオオオォオオと。それに対抗するように時計の針が規則正しく動く音、カチッ、カチッ、カチッと。だが突然に鼾が掻き消える、かと思うと老女はおもむろにベッドから起き上がり、頭にベールを着けたかと思うと、何処かに電話をかける、もしもし、ああアンタかい、ちょっと頼み事があるのだけれど……

思い出の時計を家に持ってきてほしい、それがお祖母ちゃん(Singoalla Millon)からエネサ(Jessica Szoppe)にサスカ(Daniel Szoppe)、そしてバキ(Christopher Burjanski)の3きょうだいに与えられた頼み事。エネサたちは時計屋に修理中の時計を受取に行くけども、何かドイツから部品が来ないからまだ直ってないらしい、もう1年も預けっぱなしだったのに! でも、まあ、良いかと3きょうだいは古時計を持って帰宅、父が経営する自動車工場でタイヤを色々何かやる仕事をこなしてから、旅の準備を整える。母からは暇潰し用にとクロスワードを、父からは暇潰し用にとプチプチすると何となく気持ちいいアレをもらい、そして3きょうだいのゆるーい旅路が幕を開けるのだった。

"Sophelikoptern"は正に"オフビートな"という形容詞がうってつけの、ゆるくシュールロードムービーに仕上がっている。乗車中にいきなりアラーム音がビーッビーッと鳴り始めたかと思うと、3人はおもむろに舞踏会だか銀行強盗だかにはうってつけのマスクを取り出して、自分の顔に嵌める、そして音が止むとマスクを外す。こういう下りが何度か挿入されるのだが、この謎の現象に説明などは存在しない、この世界ではこれが常識なんですよといった風にサラッと流される。こういった筆致は、例えば同郷の偉大なる映画作家ロイ・アンダーソンによる真顔で現実踏み越えちゃってるとそんな雰囲気に共鳴していると言えるだろう。

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そしてもう1人、この作品に多大な影響を与えているだろう映画作家がいて、それがジム・ジャームッシュだ。Anders Bohmanによる白黒の端正な撮影は彼の初期作品を彷彿とさせ、更に何の変哲もない情景にこそ何かが存在するのだと思わせる、いわゆる間の演出、これが重要だ。ジャームッシュもアウグツセーンもただ目の前に広がる物をダラダラ撮っている訳ではない。牧場主に牛が引っ張られる光景、主人公たちがストリートレースに参加する顛末(ここなんかもしジャームッシュワイルド・スピードを監督したら……な絶妙に可笑しい間に満ちている)など、映画的な瞬間とは何か?という深い思索瞑想の跡が存在している。

だがこの2人の影響が濃厚なシュール白黒ロードムービーというなら、この作品だけが持つ魅力というのは存在するのかと言えばYESだ。3人の行く道には何だか奇妙な代物が多くあって、例えば道の傍らの野原によくスゴいデカいものが突き刺さっている。ある時は世界で一番デカいチーズスライサーが野原の真ん中にブッ刺さっていて、それを3きょうだいはスマホで写真に撮ったりする。ある時は世界で一番デカい椅子が置いてあって、かと思うと近くにいたオッサンが、最近他の所でもっとデカい椅子が出来ちゃったからこれは2番目にデカい椅子になっちまったと涙ながらに椅子を燃やして破壊したりする。

そして"Sophelikoptern"というタイトルなのだが、これはスウェーデン語で"ゴミクズ・ヘリコプター"という。"ゴミクズ・ヘリコプター"って何だ?って感じだが、これは3きょうだいの一人がクロスワードに当てはまる言葉が思い付かないからと、勝手に考え出した造語なのだ。なので他の奴から、そんな言葉存在しねーよ!と突っ込まれる。だがしかし……とこの下りが終盤で効いてくるのだが、つまり"Sophelikoptern"のミソは"本物"という概念への思考だ。世界で一番デカいチーズスライサー、でもデカかったらチーズとかスライス出来ないし最早それチーズスライサーじゃなくね?という疑問が、例えば劇中では他のデカいオブジェやとある絵画の登場によって反復される。そしていつしかこの疑問が"本物"の映画っていうのは何だ?ってデカい問いに繋がっていく訳だ。

とか、風呂敷をデカくしたが、ここまで書いて先が思い付かなくなった。まあでも全ての映画が何かしらメッセージを持ってるべきって訳でもないし、実際この映画から何かを読み込もうとする方が変かもしれない。うん、"Sophelikoptern"は監督のシュールな笑いのセンスが巧く炸裂している作品だ、それで良いと思う、そういう感じのシュールな映画ってことでね、ダメ?

最新作は短編の"Sommarnatt"スウェーデン北部を舞台に、古びたサマーハウスでパーティーを楽しむ3人の女性を襲う恐怖を描き出した作品だそう。ということでアウグツセーン監督の今後に期待。

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