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弁護士・伊藤雅浩による仕事・趣味・その他雑多なことを綴るブログ(2005年3月開設)

インターネットの憲法学 第7章(名誉毀損・プライバシー侵害)

憲法学者松井茂記の「インターネットの憲法学」が12年ぶりに全面改訂された。


インターネットの憲法学 新版

インターネットの憲法学 新版

かなり大部なものなので,通読していないが,とりあえず第7章「名誉毀損・プライバシー侵害の責任をどこまで問えるか」という部分だけななめ読みした。


論点としては,インターネット上で行われる名誉毀損行為と,その他の場で行われる同種の行為とで,名誉毀損の成否が異なるかどうか,免責の成立要件が異なるかどうかというものがある。


この点に関する判例としては,グロービートジャパン平和神軍観察会事件(最決平24.3.15刑集64.2.1*1)がある。


一審無罪,高裁有罪と,裁判所の判断が変わったが,最高裁は,次のように述べて,インターネット上と,その他の場合とで区別するべきではないとし,高裁判断を維持した(改行位置は適宜修正)。

個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって,おしなべて,閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって,相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない

そして,インターネット上に載せた情報は,不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり,これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること,一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく,インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないことを考慮すると・・より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない


また,民事事件である最判平24.3.23でも,同様の判断がなされており「最高裁判所は,インターネットの特質を全く考慮しなかった」と評価されている*2


これに対し,アメリカでは,インターネットの特性を考慮すべき/考慮すべきでないという議論が数多くあることが紹介されている。


松井先生は,そもそも「刑法第230条*3の規定はこのように限定されていない以上,端的に憲法第21条に反し違憲無効というべきである。」と,強い意見を示した上で,「たとえそれが合憲だといえたとしても,インターネットの特色に照らし,処罰の要件を大幅にみなおすことが必要である。」*4と述べる。


松井先生が挙げる「特色」とは,(1)インターネット上の表現については,誰しも正確性が保障されたものではないことを知っているから,名誉棄損的な表現が行われても,読者がそれを容易に信じるとは考えられないこと,(2)インターネットでは,誰でもが容易に表現者になり得るので,言論には言論で対抗すべきだという考え方が妥当することを挙げる。


これだけを読むと,(1)不正確な情報が流布されることによっても,名誉は毀損されるし,(2)現実に攻撃的な表現がなされれば,言論で対抗することなど事実上不可能だと感じるところである。


しかし,「従来の名誉毀損法理は,職業専門家としての記者などを前提として(略)組み立てられている。(略)その同じ注意義務を職業専門家ではない一般のインターネットのユーザーに期待することは到底できまい。(略)これでは,インターネットの上で表現するなといっているのと同じである。」,「名誉棄損法は,企業に対する批判や不満を黙らせるための手段となりかねないのである。」*5と表現行為の強い保護を主張する。


そこで,松井先生が提案するのは,アメリカでの議論も踏まえて,

民事責任についても,本来,インターネット上での表現行為に対して名誉毀損として損害賠償責任を負わせるためには,原告側で,表現が虚偽であったこと,虚偽の事実を公表したことに過失があったことを証明すべきであり,公職者・公的人物に関する場合には,表現者が「現実の悪意」を有していたことを証明すべきである。


という立証責任の転換である。当然予想される反論に対しても,

表現の自由が保障されている以上,他の人に関して何をいうのも本来自由であり,それを制約するには,制約が正当化されることが必要であり,反論によって社会的評価の低下を防ぐことができ,しかも反論の機会が容易である場合には,訴訟を起こして表現を抑止すべき理由に乏しい。

と勇ましい。


個人的には,多くのインターネット上の名誉毀損行為が,匿名者によって執拗に行われており,対抗言論の法理などは実質的にはむなしく機能せず,被害者は深刻な被害を被っているケースが多いという一般人対一般人のケースでは,名誉毀損の成立を緩めるという議論には与することに抵抗がある。確かに,一般人には,真実性の根拠を得るための情報収集能力に不足するが,他人を攻撃する表現を敢えてする限りは,そういったリスクも併せて負うべきであり,そこに一定の表現の自由に対する制約が生じたとしても,それはやむを得ないものと考える。


これに続いて,掲示板,ブログ,SNS,リンク,評価サイト,サーチエンジンなどの個別の媒体に応じた各論が続き,プライバシー侵害*6やリベンジポルノまで言及されている。


詳細に紹介するのは骨が折れるので,興味のある方はぜひ。また,ヘイトスピーチ(第8章),プロバイダーの法的責任(第10章),越境問題(第12条)など,興味深いテーマがたくさんあるので,少しずつ読み進めて行きたい。

*1:ラーメン店で食事をすると,その代金の一部がカルト集団の収入となるという記載を被告人が運営するウェブサイトに掲載したことが名誉毀損に当たるかということが問題となった刑事事件。

*2:本書219頁

*3:名誉棄損罪を定めた規定

*4:本書227頁

*5:本書228頁-229頁

*6:本書239頁以下