クレジットリスクの再解釈(2)

前述したように、クレジットリスクモデルの目的はデフォルトや信用スプレッドという現象を捉えることにある。特に、信用スプレッドはデフォルトの期間構造から成っていることを思えば、「デフォルトをいかに記述するか」という一つの問題に集約される。
モデリングの2つの流派である「構造型」と「誘導型」の違いは、デフォルトを構造の帰結として考える(演繹)か、デフォルトそのもののプロセスを考える(言わば帰納)かの違いにある。最終的に表現したい現象は同じであるものの、考え方(アプローチ)の違いから両者はしばしば相容れない局面もあった。
「構造型」はバランスシートで考えられる。企業の企業価値が確率プロセス(幾何ブラウン運動)に従うとして、企業価値が負債価値を下回った瞬間が「デフォルト」であるとする。株式オプションと照らし合わせれば、原資産の株式が企業価値、オプションの行使価格が負債価値、オプション価格が企業の株式価値(企業価値が負債価値を上回る部分)にそれぞれ対応する。ブラックショールズのモデルに則してるため、負債価値は変動しない定数であるという仮定がある(それ故に企業価値ボラティリティを株式価値のボラティリティで表現可能になり、従って扱い易い「株価の時系列データによる分析」が可能になる)。元来のブラックショールズのモデルがそうであるように、構造の美しさ・シンプルさ・扱い易さが得られる一方で、現実からはかなり乖離した簡便な仮想世界になり過ぎてしまう。そのため、「構造型」のクレジットリスクモデルは自然とブラックショールズモデルの発展系モデルへと展開していくことになった。企業の負債を短期の流動負債と長期の負債に分けたコンパウンドオプション型(複数回のデフォルト判定)や、連続時間でデフォルト判定を行うバリアオプション型といったような構造面での発展。もしくは動かない負債価値にプロセスを与えたり、企業価値変動にジャンププロセスを付加することで分布のテールに厚みを持たせるなどのプロセス面での発展。「構造型」クレジットリスクモデルの発展の理由は、デフォルトという事象を演繹的な構造として捉えることが出来るという「分かり易さと尤もらしさ」に加えて、上述したようにモデルの発展性が歴史的に一定程度保証されている点は大きなポイントになっていると言えるかもしれない。
他方、そういった柔軟性以前の「構造型」クレジットリスクモデルの弱点についても考慮する必要がある。上述したジャンププロセス等の「補正」がない限りでは、「構造型」クレジットリスクモデルにおける正規分布の拡散プロセスは短期デフォルト率の過小評価を招き、言い換えれば市場のクレジットスプレッド構造をそもそも表現出来ないのである。そして、入れざるを得ないジャンププロセスの付加が意味することはある意味「構造的でないデフォルト」を考慮することであり、モデルが複雑になること以上に、「演繹的な構造型」というメリットが失われるというデメリットがある。デフォルトという現象は帰納的に捉えなければ説明は仕切れないということを意味しており、そしてそれは後述する「誘導型」クレジットリスクモデルそのものであることを意味している。もちろん、過度に帰納的なモデルとなると、それは現実(事実)そのものでしかなくなってくるため、そもそもそれが「モデル」であるのか分からなくなってくる面はあり、その点一定程度「尤もらしい」演繹性を持つ「構造型」クレジットリスクモデルの利点は簡単には捨てがたい。適度に演繹性と帰納性を合わせ持つようなバランスこそがクレジットリスクモデルに求められてくるところであり、それは「構造型」と「誘導型」を対立的に見てはいけないことを示唆している。