アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

当サイトは、法律ヲタ&アニヲタな元法学部生の日常を描くblogです。
QB被害者対策弁護団として、「アニメキャラが行列を作る法律相談所」を総合科学出版様から刊行させていただきました
「QB被害者対策弁護団」として魔法少女まどか☆マギカ同人誌
「これからの『契約』の話をしよう」「ミタキハラ白熱教室」を刊行しました!

C81金曜東へ59bに出展し「見滝原で『労働』の話をしよう(ベータ版)」を頒布します!

弁護士法74条に基づく注記:「QB被害者対策弁護団」は、架空の都市、「見滝原町」において
活動する弁護団であり、現実の世界において法律相談その他法律事務を取り扱いません。

2012-01-22 第三者委員会による監査法人の責任追及〜国広正vs伊藤酵

[]第三者委員会の説明責任〜有責と判断したことに根拠はあるのか? 00:17 第三者委員会の説明責任〜有責と判断したことに根拠はあるのか?を含むブックマーク 第三者委員会の説明責任〜有責と判断したことに根拠はあるのか?のブックマークコメント

修羅場の経営責任―今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実 (文春新書)

修羅場の経営責任―今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実 (文春新書)

1.第三者委員会の限界?

  某社の第三者委員会が、監査役等を有責とし、監査法人を有責と認めなかったことが一つの話題となった。

  第三者委員会報告書*1を斜め読みする限り、監査法人の責任の有無を判断するためには監査法人が無限定適正意見を出す過程でどのような資料を見て、どのような点に疑問を持って、どのような確認を行ったのか等を知る必要があるところ、それを証する証拠である監査計画及び監査調書を*2見ていないので、監査法人の説明等に依拠せざるを得ないというのも大きいらしい*3


確かに、監査法人は大量の監査調書を作成する。最近は、埋めるべき書類ばかり増えて会計士自身が自分の頭で考えなくなったという評価もあるようだが、どのような事実を把握し、どのようなチェックをしたのか等プロセス監査調書等を見ずに判断するのは困難であり、また、これを見ないまま「有責」と決めつけることは、逆に後で監査法人から訴訟等を起こされるリスクもある。この意味で、捜査権限がなく、あくまでも任意に説明や資料提出を求めることができるに過ぎない第三者委員会にとっては、限界があるのだろう。


2.日本のコーポレートガバナンス史上類を見ない山一事件

 ところで、「飛ばし」といえば、山一証券を思い出す方も少なくないだろう。


 山一事件の特徴はいろいろあるが、第三者委員会(法的責任判定委員会)が監査法人の責任を認定したという点は、日本のコーポレートガバナンス史上類を見ないと言って良いだろう。

 仮に、かかる第三者委員会が、少ない資料等の限界の中で的確かつ適正に監査法人の責任を指摘していたのであれば、このノウハウは極めて貴重なはずである。


 ところで、この山一証券第三者委員会については、前にこんなエントリを書いた。

第三者委員会の限界〜「山一証券法的責任判定委員会」の検討 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

 要するに、監査法人会計士の方の著作によると、山一証券監査法人は、後に株主等から提訴されたが、なんと、判決までいった案件は全て監査法人の勝訴。つまり公認会計士には責任がないと判断されたのである。

命燃やして―山一監査責任を巡る10年の軌跡

命燃やして―山一監査責任を巡る10年の軌跡


 これをどう見るべきか。

  前のエントリでは、

果たしてこれが、伊藤先生の言うとおり「第三者委員会の失敗」なのか、それとも「第三者委員会の限界」なのかについては、判断材料がほとんどないのでコメント不能であるものの、第三者委員会隆盛の今だからこそ、山一証券法的責任判定委員会という「結果的に裁判所と違う判断となった」事案をもとに、「第三者委員会の検証」をすべきではないか。

第三者委員会の限界〜「山一証券法的責任判定委員会」の検討 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

と提言したところである。


3.国広先生の反論

 ところで、この第三者委員会(法的責任判定委員会)の中心人物が国広正先生である。


 最近、国広先生が、山一事件を振り返る書物を出された。これが、

国広正「修羅場の経営責任ー今、明かされる『山一・長銀破綻』の真実」

修羅場の経営責任―今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実 (文春新書)

修羅場の経営責任―今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実 (文春新書)

である。国広先生は「命燃やして」を当然お読みになられているだろうから、この点についてどう国広先生ご自身が反論されるのか、それによって、第三者委員会の問題があったのかなかったのか等が明らかになるのではないかと、相当興味を持って読んだ。


 同書の中には、当初会社が第三者委員会調査報告書の開示を拒んだが、第三者委員会の内部者である菊野晋次氏が、「あの報告書を闇に葬ってはいかん」と、マスコミにリークして、これによってマスコミが「監査法人が悪い」と書きたてたこと等が明らかになっており、「今、明かされる『山一・長銀破綻』の真実」というサブタイトルにふさわしい内容ある。


しかし、肝心の『国広委員会は、なぜ監査法人を有責と認めたのか』『裁判所の判断との食い違いはなぜ生じたのか』については全くと言っていいほど書かれていなかった。


 わずかに、

大きく浮上してきたのが監査法人の責任である。

山一の決算を長期間にわたって監査してきたにはある大手監査法人であった。この監査法人は、簿外債務が発生した92年3月期から97年3月期にかけて、山一の決算について「適正意見」を出し続けていた。この適正意見があったからこそ、本来行い得ない配当が行われ、投資家は山一株を購入していたのである。つまり、監査法人は。二千数百億円もの簿外債務の存在を5年以上にわたって見逃していたわけだが、全くそれに気付かなかったなどということがあり得るだろうか。

(中略)

古海公認会計士をリーダーとするチームは、山と積まれた資料をしらみつぶしに検証していった。そして、監査法人が簿外債務を発見する端緒をつかんでいたことを示す多くの証拠を見つけ出した。

国広正「修羅場の経営責任ー今、明かされる『山一・長銀破綻』の真実」81〜90頁

という記載があるだけである。



4.果たすべき説明責任

 ここで、仮に十五年前の監査のレベルを前提としても、真に監査法人が簿外債務を発見する端緒をつかんでいたのであれば、それなのに、(国広先生のいうには)「5年以上にわたって見逃した」監査法人は、公認会計士としてなすべき注意を尽くさず、発見されるべき飛ばしを見抜かなかったということになるだろう。そして、多くの証拠があるならそのような事実を認定することも容易だろう。しかし、裁判所はそう判断しなかった


 このように、監査法人を有責と判断された国広先生の判断と裁判所の判断に大きな食い違いが生じている。

しかし、国広先生は、判決が出揃った後の現在でもなお、監査法人に責任があると公言されるのである。

  そして、この理由が説明されているのかというと、上記のとおりであって、具体的にどのような証拠を見てこのようは判断をされたかの根拠を示されない。

 そもそも、第三者委員会は監査調書を一枚も見ていないという*4。このような最重要資料を見ない中で、有責と判断したのだから、どうしてそのような判断ができたのか、疑問を持たれるのは当然だろう。


  もちろん、原告の訴訟追行が下手過ぎただけ」ということも理屈からはあり得るだろう。国広先生が具体的に有責と判断した根拠を提示されれば、「なるほど、国広先生がこういう結論に達するのは分かる」となるかもしれない。しかし、現時点でそのような説明はなされていない。


 少なくとも道義的には、国広先生に説明責任があると言っていいのではないか。

 また、この点について議論を深めることが、日本の第三者委員会制度をよりよくして行く上で有益であろう。


まとめ

第三者委員会が監査法人の責任を判断することが多い昨今こそ、山一証券第三者委員会の検証をするべきである。

これによって、第三者委員会の限界や、第三者委員会がなすべきこと/なすべきでないことについて議論が深まるのではないか。

 少なくとも、国広先生が説明責任を果たしているかは疑問が残るところである。

*1:主に106頁以下

*2:一部を除き

*3監査法人弁護士によるセカンド・オピニオンも得ているようだが、その意見書自体も見ていない書きぶりである

*4:伊藤酵「命燃やして」67頁

2012-01-06 C81のお礼&あんさやと死体領得罪

[]C81、本当にありがとうございました 01:59 C81、本当にありがとうございましたを含むブックマーク C81、本当にありがとうございましたのブックマークコメント

20111224194103


 昨年の12月30日のコミックマーケットでは、多くの方に新刊「見滝原で『労働』の話をしよう」をお手にとっていただき、本当にありがとうございました。


 お陰様で、ベーター版にもかかわらず、わずか40分で新刊が頒布終了し、持ってきた休刊2冊も午前中になくなるという、本人達も驚きの結果になりました。


 QB被害者弁護団が活動できるのも、皆様のおかげです。本当にありがとうございます。


 なお、労働法新刊の「完全版」については、今年の前半のどこかの同人イベントで発刊・委託予定です。詳細が決まり次第、このblog及びtwitterでご報告させていただきます。

[][]杏子と死体領得罪―あんさやが有罪な訳がない!? 01:59 杏子と死体領得罪―あんさやが有罪な訳がない!?を含むブックマーク 杏子と死体領得罪―あんさやが有罪な訳がない!?のブックマークコメント

このエントリは、ツイッター@ahowota)フォロワーさんとのやり取りの中で思いついたものです。どうもありがとうございます。

1.衝撃の第9話

 魔法少女まどか☆マギカのストーリーの中で、衝撃といえば、まず第三話、マミ先輩がマミられるシーンが挙げられるだろう。

 しかし、これと同程度、いや、人によってはもっと衝撃なのが第9話。さやかの死である。

 ソウルジェムを暗黒化させ、魔女化したさやか。

空から落ちてくる美少女、ではなく、堕ちてくるのは、さやかの死体杏子は、一度は魔女と対面するが、暁美ほむらに連れ出される。

ほむら「彼女のソウルジェムは、グリーフシードに変化したあと、魔女を生んで消滅したわ」

まどか「うそ・・・・・・ だよね・・・・・・?」

ほむら「事実よ。それがソウルジェムの最後の秘密」

魔法少女まどか☆マギカ第9話より


 杏子は、「わざわざ死体を持ってきた以上、扱いには気をつけて。うかつな場所に置き去りにすると、後々厄介なことになるわ」というほむほむの助言*1に従い、ホテルの一室にさやかの死体を連れ込む。ソウルジェムの魔力を使って、死体の鮮度を保つ杏子。そこに忍び寄る悪の手先QB

杏子「こいつのソウルジェムを取り戻す方法は?」

QB「僕の知る限りでは、ないね」

杏子「そいつは、お前が知らない事もあるって意味か?」

QB魔法少女は条理を覆す存在だ。君たちがどれほどの不条理を成し遂げたとしても、驚くには値しない」

杏子「出来るんだな?」

QB「前例は無いね。だから僕にも方法はわからない。あいにくだが助言のしようがないよ」

魔法少女まどか☆マギカ第9話より


 甘言を弄するQBに触発され、杏子は死地へ赴く。

 あんさやファンにとっては絶対に忘れられない一話である。


2.死体を連れ出して、いいの、かな?

 ところで、この話があまりに衝撃的なので、放送後約1年間法的検討をしていなかったが、死体を連れ出して、本当にいいのか?

(死体損壊等)

第190条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。

(窃盗)

第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

本件に関係しそうなのは2つの条文だ。1つは、窃盗罪、つまり、他人の金品を盗んだ場合に成立する犯罪だ。もう1つは、死体領得罪、つまり、他人の死体を自分のものにする場合に成立する罪である。


 死体等は適法な取引の対象にはならないことは事実である。しかし、麻薬でも盗めば窃盗罪が成立する。そこで、さやかの死体という「他人の財物」をとったという点は否めず、窃盗罪が成立する可能性は十分にありえる*2


 また、さやかの死体は「死体」であって、本来は第10話の冒頭のように、適切に埋葬されるべきである。これをホテルの一室という場所に隔離して、その死体を事実上支配しているのだから、「死体」の「領得」という死体領得罪の要件を満たすように思われる。


3.あたしは、どっちで、罰せられる?

 そうすると、可能性としては、(1)窃盗罪のみが成立、(2)死体領得罪のみが成立、(3)窃盗罪と死体領得罪の双方が成立といういずれかの可能性がある。


 ここで、注意しないといけないのは、窃盗罪と死体領得罪は守りたいモノがぜんぜん違うということである。

 そもそも、刑法が刑罰でもって一定の行為を禁止しているのは、それによって守りたいもの(保護法益)があるからである。

 窃盗罪は、他人の財産を守ろうとするのに対し、死体領得罪は宗教感情を守ろうとする*3

 190条の死体領得罪が「宗教感情」を守るというのはどういうことか。それは、人々が死体に対して追慕を感じ、懇ろに葬り長くこれを紀念して礼拝したいという自然な感情を有しているところ、死体が壊されたり、捨てられたり、とられたりすると、このような感情が害されるということである*4


 すると、守りたいものが違う以上、窃盗罪と死体領得罪は、「同じような犯罪のうち、より重い行為態様を重く罰した」という関係にはない*5


 そして、このことが、2つの犯罪の関係をどう考えるかという問題を非常に難しくしている。大コンメンタール刑法によれば、なんとどちらの犯罪が成立するのか、その根拠は何かについて、6つもの説が対立するそうである。完全に一人一説状態だ。


 まず、判例は、死体領得罪が成立する以上は、窃盗罪等は成立しないとする*6。とはいえ、この根拠はあまり明らかではない上、後述のとおり学説上は反対説も有力である。

 そして、判例は、死体等が窃盗罪等で守られる財物ではないといっているのではなく、死体等も所有権の対象となるとしている(大判大正10年7月25日民録27輯1408頁)。現在の学説の大勢も、死体であっても「他人の財物」となり得ること自体は肯定している。


 このような前提で、両罪の関係について、どのように考えるのが妥当なのだろうか。


 確かに定説はないが、まず、判例・学説が死体等の財物性を肯定していることに鑑みると、現世における財産的価値と切り離された宗教的感情の対象である*7等として、そもそも死体等が窃盗罪等の対象となる財物ではないといってしまうのは困難ではないだろうか*8

 そうすると、(判例を批判し)「窃盗罪と死体領得罪で守ろうとするもの、保護法益が違う以上は、各犯罪の要件にあてはまる以上両罪が成立する」という説にも魅力を感じることは事実である*9


 しかし、両罪を成立させてしまうのは、死体、遺骨、遺髪を遺体安置所等から盗むという「領得」の典型的な場面について、10年以下の懲役等という重い窃盗罪の刑罰を認めてしまっており、わざわざ死体領得罪が3年以下の懲役という軽い刑の犯罪を定めた意味がなくなるのではないだろうか。

 多分、窃盗の10年というのは、財産的価値がとても高いものを盗んだ場合が想定されているのだろう。俺の大切な財産がとられた、金返せ!という気持ちが、窃盗罪の保護する対象であって、価値が高ければ高いほどその気持の侵害、つまり「法益の侵害」の度合いが高いので、通常は刑が重くなる。しかし、死体について、それが取られた場合に、常識的に俺の大切な財産がとられた、金返せ!と思うだろうか。そして、死体について市場価格は◯円なのでマックス10年のうち、この程度の刑にしようといった判断を裁判所がすることは、果たして遺族が望んでいることなのだろうか。むしろそのような判断をすることこそが遺族の死体への思慕の情を害するのではないだろうか


このように考えると、少なくとも死体については、それが刑法理論的には窃盗罪の客体になるとしても、死体窃盗行為は、社会通念上、遺族の死体に対する所有権や占有権といった財産権を害するという側面は重視されておらず、むしろ、遺族の宗教感情を害するという側面が重視されていることに鑑みて立法者は、死体領得罪の要件を満たす限り、死体領得罪のみで罰することとしたのではないだろうか。

 このような、190条が窃盗罪よりも軽い法定刑を定めている点を考慮し、死体領得罪のみの成立を肯定する見解*10は、このように理論的にも成り立ち得るし、一方で死体の財物性を肯定しながら、他方で死体を「盗む」行為について死体領得罪のみの成立を認める判例の考えをうまく説明できるのではないかと考える。


 以上からは、杏子は、さやかの死体を「領得」した者として死体領得罪が成立し、窃盗罪は成立しない。


4.あたしが死体領得罪なんて、ありえない

 杏子は、万引きについて「窃盗罪」で処罰されるのであれば、それは納得して刑に服するだろう*11

 しかし、さやかの「死体」をホテルに連れ込んだことを理由に死体領得罪というのは、杏子は納得できないだろう。


 その理由は、杏子自身、さやかの死体の尊厳を傷つけようとした訳ではないというところにある。


 QBに提示されたさやか復活の僅かな可能性。頭のいい杏子は、それが罠だと気づかなかったのか。

いや、その可能性を十分に認識した上で、1%であってもその可能性に賭けようとした。そんなさやかへの愛からの行動が、刑法あなたは死者を冒涜したとして死体領得罪として有罪になる。そんなの、絶対おかしいよ?


5.最後に残った植松説

 ここで、杏子を救う学説がある。

 直接的には死体領得ではなく、同じ190条でも死体遺棄、つまり、死体を「捨てる」場面の文脈であるが、故植松正教授は、こうおっしゃる。

ひそかに墓地の一角に埋めたとしても、それは埋葬ではなく、遺棄である。しかし、葬祭を営まなくても、礼意を失わない方法で処置するならば、損壊、遺棄等の行為とは言えない

植松「刑法概論II(各論)」235頁


 つまり、刑法190条の趣旨が「宗教感情の尊重」なのだから、死体への礼を逸しない行為であれば、宗教感情を害するとはいえず、例え形式的に「遺棄」「損壊」に至っても刑法190条で罰することはできないということである。


 本件では、杏子がやっているのは、さやかへの愛を貫くため、さやかへの愛と礼節を尽くした対応としての復活の可能性への挑戦であって、これが「宗教感情の尊重」を害するとは言えないだろう。


 以上より、さやかの死体をホテルに連れ込んだ杏子は、さやかへの愛故に無罪ということになる。


まとめ

 杏子の行為自体は外形的には死体領得罪に該当するが、それが宗教感情を害しない態様で行われていることから、死体領得罪は成立しないと考えるべきであろう。

そう、あんさやは正義、あんさや無罪である!


関連

*1教唆、教唆!!

*2:大塚他「大コンメンタール刑法第9巻」236頁

*3:東京高判昭和27年8月5日、大塚他「大コンメンタール刑法第9巻」206頁

*4:名古屋高判昭和27年12月26日特報30号27頁

*5:例えば、横領罪(252条)を業務上行うと業務上横領罪としてもっと重くなる(253条)というような関係にはない

*6:大判大正4年6月24日刑録21輯886頁

*7:坪内ら「実務刑法」254頁

*8:同旨大塚他「大コンメンタール刑法第9巻」236頁

*9:大塚他「大コンメンタール刑法第9巻」237頁はこの見解をとる

*10:納棺物等についてであるが平野・西田説

*11:とはいえ「少年」なので、少年院行きだろう。

patRIOTpatRIOT 2012/01/06 12:46 こ、この着眼点はすごいですね……!

質問なのですが、人の死体に財物性があること自体には私見も賛成です。しかし、窃盗罪の「他人の財物」の「窃取」に該当するためには、他人の意思に反する占有移転が必要です。とすると、窃盗罪肯定説では、第9話でほむほむが時間を止めてあんこがオクタヴィアの結界からさやかの死体を持ち去る時点で、誰がさやかの死体の占有者であったと考えることになりますか?

(なお、誰かの意思に反する占有移転が認められるとするならば、時間停止の魔法は他人の意識障害を生ぜしめる行為ですから、ほむほむとあんこは窃盗罪ではなく昏酔強盗罪の共同正犯となると思われます。)

ronnorronnor 2012/01/06 17:58 ネタ記事だったのですが、予想外の反響に驚いております。
当弁護団のように、意思主体性ないしは人格的自律を人権享有主体性の根拠とすると、オクタヴィアに財産権が認められるってことでしょうかね。オクタヴィアの占有を時間停止で侵害したという議論です。
とはいえ、伝統的議論からどうなるかは別途研究する必要がありますね。

patRIOTpatRIOT 2012/01/07 01:53 いえ、私的自治の原則に基づいて「意思」を私権の享有の根拠とし、民法の「人」「権利能力」規定をホモ・サピエンス以外の生物に類推すべきなのは、あくまで民法の領域のはずです。刑法の領域では、魔女が人すなわち刑法235条の「他人」に該当するという解釈は、罪刑法定主義の要請から許されない類推解釈になろうかと思われます(『ミタキハラ白熱教室』39頁参照)。

したがって、私見では、オクタヴィアの結界から何を持ち去ろうとも、刑法の「他人」の占有する財物を窃取したとはいえないので、ほむほむにもあんこちゃんにも窃盗罪・昏酔強盗罪は成立しないと考えます。死体を財産犯の客体とみる場合でも、誰の占有にも属しない物=占有離脱物として占有離脱物横領罪の問題となると思われます。

仮想の場合として、オクタヴィアら魔女を刑法上の「人」とみなす規定がわが刑法典にあると仮定し、かつ、さやかの死体を財産犯の客体とみるならば、ほむほむは昏酔強盗罪で御用となると考えられます。

他方、この場合も、あんこちゃんは、死体を持ち去った当時は「ソウルジェムがグリーフシードに変化して魔女が生じると、魔法少女は死ぬ」という現象を知らないはずです。彼女にはせいぜい「重傷を負ったがまだ生きているさやかという人を連れ出した」との認識しかなく、財物を窃取する認識も、死体を領得する認識もなかったと認められます。

とすれば、死体を財産犯の客体とみる場合において、生きていると思って連れてきた人が実は当初から死体だと判明したときは、委託信任関係によらず自己の占有に帰した物=占有離脱物を領得したものとして、窃盗罪ではなく占有離脱物横領罪を検討すべきもの(犯罪成立時期は、物の不法領得の意思発現時、すなわち、死体と知らされた後でなおホテルの部屋に持って行き始めた時点)と思われます。

patRIOTpatRIOT 2012/01/07 01:55 なお、私見では、(宇宙人と異なり)魔女は民法上も「人」に該当せず、「人」の規定が類推されることもないと考えます。

私見は、?魔女は、少女が材料を提供しキュゥべえが加工して作った物体であるソウルジェムという物体が変化してできたグリーフシードという物体から生じた物体であり、生物としての「出生」(民法3条1項)をしていない、?実質的にも、あらゆる魔女は、発生時点で固定された単純な行動を繰り返す機能しかもたず、法的効果を発生させようという内心的効果意思を形成して他人に表示する行動が、作品中のいかなる魔女にも全く見られない――という点を重視します。

現代では、海中を自律的に潜航して機雷の位置を母艦へ自律的に伝える自律無人潜水艇や、目標まで外部からの誘導なく自律飛行して自律的に爆発する巡航ミサイル等がありますが、まさか「これらの物は自律性を有するから、『人』の規定を類推すべき」などとは、誰も考えないはずです。魔女に何らかの自律性があるといっても、その自律性は無人潜水艇やミサイルのそれと大差なく、せいぜい「近くの人を自律的に殺す」「使い魔のバイオリン演奏機能を妨害する人を自律的に殺す」という程度のものです。これは到底「意思主体性」「人格的自律」等と呼べるものではありません。

この点で、法的効果を発生させようという内心的効果意思を形成し、それを他人に表示しようとする宇宙人とは異なり、魔女には「人」規定の類推の基礎が欠け、魔女は民法上も「人」でなく「物」として扱うべきだと考えます。(もっとも、この点は、刑法の議論には影響しません。)

ronnorronnor 2012/01/22 00:23 上記は弁護団会議により一応の解決を見ました。結論は、多分占有離脱物横領罪ですね。

patRIOTpatRIOT 2012/01/23 18:07 ご考慮まことにありがとうございますm(__)m

会議の結果、あんこちゃんが有罪になりそうなのがくやしいびくんびくんなので、緊急避難で食い下がってみます><

あんこちゃんの事案と百円札サービス券事件との対比ですが、百円札サービス券事件は緊急状態でない以上、Rw阻却事由たる緊急行為を検討する余地がおよそ存在しないのに対し、あんこちゃんの事案は、一刻も早く手を打たないとさやかちゃんの肉体が腐って確定的に蘇生不能となる緊急事態だった、という違いがあります。
つまり、あんこちゃんの認識した利益状況は、百円札サービス券事件よりも「病人を車で病院へ運ぼうとしてスピード違反をしたが、スピード違反につき緊急避難」という事案に近いのではないかと思います。

違法性阻却事由を基礎づける事実を誤信したことを広く法律の錯誤とする説もありますが、僕はその説には賛成せず、誤想避難としてあんこちゃんの責任故意を阻却してあげたいのですが、なんとかなりませんか。

2011-12-26 冬コミ出展情報&ビブリア古書堂の事件手帖

[]C81に出展します! 〜見滝原で「労働」の話をしよう〜 02:21 C81に出展します! 〜見滝原で「労働」の話をしよう〜を含むブックマーク C81に出展します! 〜見滝原で「労働」の話をしよう〜のブックマークコメント

20111224194103

 これまで「これからの『契約』の話をしよう」や「ミタキハラ白熱教室」等の同人誌を出してきたQB被害者対策弁護団

弁護士監修まどマギ同人「これからの契約の話をしよう」サポートサイト - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


魔法少女まどか☆マギカ法学同人誌第三弾「見滝原で『労働』の話をしよう」をだそうとしていろいろと努力して参りました。


 その結果、諸般の事情により、C81ではベータ版のコピー本を100円で頒布させていただきます。来年のできるだけ早い時期にオフセット印刷のものを正式に作成しますので、何卒ご容赦いただきたく存じます。


 わざわざご来場いただく皆様のため、フリーペーパーも用意いたしました。

20111223184805


 金曜(30日)東ヘ59bということですので、お越しいただければ幸いです。なお、部数は未定ですが、一定程度旧作も持ち込む予定です。


まとめ

 残念ながらオフセット印刷の正式版は作成できなかったものの、

コピー本のベータ版の同人誌「見滝原で『労働』の話をしよう」を刊行いたします。

30日にいらっしゃった方のため、フリーペーパーも出しますので、ふるってご来訪いただければ幸いです。

[]ビブリア古書堂の刑法学的考察〜本読み向けのライトノベル 02:21 ビブリア古書堂の刑法学的考察〜本読み向けのライトノベルを含むブックマーク ビブリア古書堂の刑法学的考察〜本読み向けのライトノベルのブックマークコメント

注:本エントリはビブリア古書堂の事件手帖のネタバレを含みます。未読の方はご注意下さい!

1.本読み向けのライトノベル

本読み向けのライトノベルといえば、まず最初に浮かぶのが野村美月先生の「文学少女」シリーズだろう。

“文学少女”と死にたがりの道化 (ファミ通文庫)

“文学少女”と死にたがりの道化 (ファミ通文庫)


しかし、最近、有力な新しいシリーズが登場した。

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズである。

鎌倉にあるビブリア古書堂。病気療養中の店長篠川栞子は、古書査定のためにやってきた主人公、五浦大輔と病室で話をする中で事件を解決する。

安楽椅子探偵」ならぬ「病院用ベッド探偵」と本が読めない体質の主人公が古都で織り成すストーリー、これがビブリア古書堂の事件手帖である。



2.小山清「落ち穂拾い、聖アンデルセン」事件

第二話は、新潮文庫の、小山清「落ち穂拾い、聖アンデルセン」が盗まれた事案だ。

落穂拾ひ・聖アンデルセン (新潮文庫)

落穂拾ひ・聖アンデルセン (新潮文庫)

せどり屋稼業をしており、ビブリア古書堂の常連でもある志田は、ある日寺の近くに自転車に乗ってやってきた。トイレに行きたくなった志田は、本を自転車に置いたまま、トイレに向かって歩いていた。ガチャガチャという音に振り返ると、倒れた少女(小菅奈緒)と自転車。少女が自転車にぶつかってしまったのだ。志田はトイレに行きたいため、「すまんが自転車を起こしてくれ」とだけ言ってトイレに向かう。そしてその時、少女は、起き上がり、文庫本を持って行った*1

本をとった少女は何罪になるのだろうか?


3.占有はあるのか?

刑法は、他人の物を「とって」しまった場合の罪として、窃盗罪(刑法235条)と占有離脱物横領罪(刑法254条)の二つを用意している。

刑法235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(略)

刑法254条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

ここで、二つとも、他人様のお金やモノを、その他人の意思によらず*2自分のものにしてしまうという点では共通する。

ここで、窃盗罪が占有離脱物横領罪よりも法定刑がかなり重いのは、窃盗罪が、他人が占有するもの、つまり、事実上支配しているものをトルことによる。落ちていた財布をネコババするのと、財布をポケットからスリ取るのでは、やはり同じ悪いことでも、他人の支配から金品を離脱させるという点において、スリ取る方がより悪いだろう。だから、窃盗の場合には、最高10年の懲役という重い刑を科すことが出来る。


では、本件で志田に占有はあるのか。小山清の文庫本は志田が肌身離さず持っていたのではなく、トイレに行くため自転車に置いておいたものだ。

ここは判例がある。被害者がベンチにポシェットを置き忘れたまま27メートル離れたところまで歩いた時点でポシェットが取られた事案につき、最高裁*3は、占有つまり被害者が事実上支配しているとした。人が直接手元等に持っていなくても短時間で現実に支配を及ぼしうる範囲内であれば、なお占有を認めるのが判例なのだ*4


本件でも、志田はすぐに自転車に駆け戻って現実に支配を及ぼすことはできた。それをしなかったのはトイレに行きたかったからに過ぎない。そこで、未だに占有があるといえる。そう、少女は志田の占有する本を「とった」のである。


4.不法領得の意思

ところで、少女は何も小山清が読みたくて盗んだのではない。あくまでも、新潮文庫のスピン、つまりひも状の栞を使ってプレゼントのリボンを補強しようとしたに過ぎない。これは、窃盗罪の成立に影響を与えるか?


ここで、器物損壊罪という犯罪がある。

刑法261条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 これは、窃盗罪よりも大分軽い刑であるが、他人の物を壊したりした場合に成立する。


 具体的に考えよう。

Aが本を盗んで本を読んだ。

Bが本を盗んでビリビリに引き裂いた。

なんか、Bの方が悪い奴で、Aは善良なインテリのように見えなくもないが、刑法はAを重い窃盗罪とし、Bは軽い器物損壊罪とする。なぜだろうか?


そもそも窃盗罪が重いのは、その盗んだもののを「本来の用途(経済的用法)に使う」ことを意図するというところに原因がある。

そのような意思は犯行の強力な動機となることから窃盗罪の重い刑を予告することが必要である。また、このような意図で犯罪を犯した者には強い非難が加わる。だからこそ、そのような意思があるAは重く罰し、そのような意図がないBは器物損壊罪として軽く罰するのだ*5。専門用語で「不法領得の意思」といわれる問題である。


本件では、少女は、スピンを引きちぎってリボンを補強したいという思いで本を盗んだ。別に本を読んだり換金するという本来の用法に従った利用をしようとしたのではない。そこで、「犯行の強力な動機となることから窃盗罪の重い刑を予告することが必要」といった趣旨は本件にはあてはまらない。


よって、少女には、窃盗罪は成立せず、軽い器物損壊罪が成立するに留まる。


5.その後の不法領得の意思の発現

ところが、本件では、その後不法領得の意思が発現している。

つまり、途中から少女は本を読み始めている*6。ここで本来の経済的用法で用いる意思が生じているのだ。これをどう考えるべきか。


窃盗罪が成立するためには、窃盗、つまり、モノを盗んだタイミングで経済的用法に従って用いる意思が必要である。そういう意図で占有を奪ったことに窃盗罪の強い非難が妥当するからだ。


しかし、この事案では、要するに「占有離脱が窃盗罪として評価されないまま、ある時期から経済的用法で用いる意思を発現させている」といえる。

 この場合には、時系列で考えるのが良いだろう。まず、占有を現実に奪った段階においては、窃盗罪の成否が問題となる。ところが、上述のように窃盗罪は成立しない。つまり、占有を奪うこと自体は何の犯罪としても評価できないのだ。

 ところが、その後で経済的用法で用いる意思を発現させているので、この段階の少女の行為は器物損壊罪では評価しきれない。

 このような、経済的用法で用いる意思を発現させている場合に成立する犯罪のうち、窃盗罪はもはや成立しない。そうすると残ったのは占有離脱物横領罪だ。

 確かに、今回は落し物のネコババのような典型的な占有離脱物横領罪ではない。しかし、占有離脱物横領罪は、(窃盗にならない形で)モノが他人の支配から離れたところで「とる」犯罪である。「本人が落とす」のが典型だが、それ以外でも、モノが他人の支配から離れたところでとれば、占有離脱物横領罪の成立を妨げない。

本件では、他人の支配から離れる方法は「器物損壊のつもりでとる」という方法であり、これでもなお、窃盗罪にならない形なのだから、そのような他人の支配から離れたものについて、「本を読もう」と考えて経済的用法に従って利用した少女には、占有離脱物横領罪を成立させて差し支えないのである。


よって、少女には占有離脱物横領罪が成立する。


まとめ

自転車が倒れた際に文庫本を奪った少女には、器物損壊罪と占有離脱物横領罪が成立する。

ビブリア古書堂の事件簿は、刑法学的にも興味深い事例を提供する

なお、同書の掲載する本はほとんど青空文庫で提供されている*7青空文庫片手に、ビブリア古書堂の事件簿で名作の世界へ旅をしてはどうだろうか。

*1三上延「ビブリア古書店の事件手帳」108頁以下

*2:騙したり脅したりすれば、詐欺罪、恐喝罪等の問題だ。

*3:最決平成16年8月25日刑集58巻6号515頁

*4山口厚刑法」284頁

*5山口厚刑法」294頁

*6三上延「ビブリア古書堂の事件手帳」148頁

*7:ただし、小山清の本は著作権が存続しているのでまだ提供されていない。