労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-04-23

[]野川忍『労働法』

野川忍先生から、特製新型枕こらこらこら、ご著書『労働法』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

労働法

労働法

1,000ページを優に超える労作で、オビには「これまでの労働法学の成果を十全に検証。判例・学説・政策の新機軸と国際的動向も踏まえ、これからの労働法を知るための決定版」とあります。「はしがき」によれば「本書の立脚点は…政策法学と理念法学とに対するマージナルポジションにある。いずれをも重視しつつ、この両者を機能的に連携させうる理念的基盤に立つことに原点を置く。その核にあるのは労使自治の原則である」としています。そのために「判例、学説、その他の資料をできるだけ幅広く、また最新の内容」「多彩な具体例に触れ、かつ、判例…法理をできるだけ幅広く検証」「国際労働法の領域と…労使関係法の領域とのウエイトを高めた」とのことです。

まだ気になるところを拾い読みしただけなのですが、荒木労働法や水町労働法のように労働法の将来展望を論じる終章が置かれておらず、中盤で雇用政策の総論を紙幅を割いて論じているのが目立ちます。また、はしがきにあるとおり、EU・ドイツやアメリカを中心に海外の労働法が多数紹介されていますし、ユニオン・ショップやチェックオフなど集団的労使関係の記載も充実しています。座右において参照させていただきたいと思います。

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2018-04-20

[]懲戒免職

セクハラ疑惑が報じられている財務省の福田淳一事務次官が一昨日辞任を表明しました。順当に行けば今日か来週火曜日の閣議を経て退職が発令されるものと思われます。

  • (4月23日追記)金曜日は安倍首相が訪米中で閣議が開かれませんでしたので退職は明日の閣議以降ということになりました。若干追記しますと、公務員は民間企業(の期間の定めのない労働契約)と異なり労働者が一方的に退職することができない(任命権者による発令が必要)ので、人事院規則では必要以上の人身拘束を避けるため「任命権者は、職員から書面をもって辞職の申出があったときは、特に支障のない限り、これを承認するものとする。」と定めています(人事院規則81-2(職員の任免)51条)。いっぽうで人事院職員局長通知「職員の不祥事に対する厳正な対応について」(平9.1.16職職12)には「懲戒処分に付すことにつき相当の事由があると思料される職員から辞職願が提出された場合には、一旦辞職願を預かり、事実関係を十分把握した上で、懲戒処分に付す等厳正に対処すること」との記載がありますので、懲戒処分が行われるまで退職が発令されない可能性もありそうです。まあ前川氏の前例からして明日には退職が発令されそうではありますが。

福田氏はセクハラをまだ否定しているようなので本当にセクハラがあったのかどうかは断言できませんし(まあ出てきている材料をみるとやったんじゃねえかとは思いますが)、テレビ朝日にも問題がまったくなかったかといえばそうでもないような気もしますが、ここではそれらについて書くつもりはありませんので為念。

ではなにかというと世間の一部で辞任を認めるのはけしからん、退職金の支払われない懲戒免職にせよという意見がけっこうあるようで、まあ気持ちはわかるのですがそう簡単でもなかろうという話です。

まず懲戒処分については根拠規定が必要であるところ国家公務員法82条はこのように定めています。

第八二条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。

一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合

二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

さらに具体的には「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職-68人事院事務総長発)という通知があって、セクハラについてはこう定められています。

(13) セクシュアル・ハラスメント(他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動)

ア 暴行若しくは脅迫を用いてわいせつな行為をし、又は職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いることにより強いて性的関係を結び若しくはわいせつな行為をした職員は、免職又は停職とする。

イ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞、性的な内容の電話、性的な内容の手紙・電子メールの送付、身体的接触、つきまとい等の性的な言動(以下「わいせつな言辞等の性的な言動」という。)を繰り返した職員は、停職又は減給とする。この場合においてわいせつな言辞等の性的な言動を執拗に繰り返したことにより相手が強度の心的ストレスの重積による精神疾患に罹患したときは、当該職員は免職又は停職とする。

ウ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的な言動を行った職員は、減給又は戒告とする。

(注)処分を行うに際しては、具体的な行為の態様、悪質性等も情状として考慮の上判断するものとする。

実際の懲戒は「基準+情状+均衡」で総合的に判断するものではありますが、まずはこの基準を外形的にあてはめれば「イ」に該当して、懲戒処分を行うとしても停職又は減給ということになります。ちなみに佐川宣寿元国税庁長官についてはご自身が非行を認めたので懲戒処分が実施できたわけですが、こちらもこの基準をみるとこう定められていて、

(6) 虚偽報告

事実をねつ造して虚偽の報告を行った職員は、減給又は戒告とする。

したがって処分も減給20%3か月となり、退職金もそれに応じて減額されているはずです。

さて福田氏に戻って、この基準でも「個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる処分の種類以外とすることもあり得るところ」とされているように情状をどう判断するかが次の話になります。そこで今回のケースを考えてみると、処分を重くする情状は相当にあり、たとえば以下のようなものがあげられそうです。

・事務次官(指導者で率先垂範すべき立場)

・記事のとおりであれば、決裁書書き変えが発覚し綱紀粛正すべき時期

・セクハラを否定しており反省がみられない(あくまで本当にやったのなら、の話です)

・公務等に与える影響が大きい

いっぽう、感情的にはなかなか受け入れ難いかもしれませんが軽くする情状というものもあり、まあさすがに事務次官まで上り詰めているわけですから公務における功績というのも相当にあったであろうということも考慮に入れる必要はあるでしょう。

これら情状を総合的に勘案して基準を上回る免職処分とするかどうかは見解が分かれるだろうと思うのですが、私としては残る「均衡」を考えれば免職までは難しかろうとの意見です。申し上げるまでもなく直近の事例として前川喜平元文科事務次官の例があるからで、前川氏の場合はあからさまな国家公務員法違反ですし、再就職(「天下り」)問題はセクハラ同様に世間の関心も高い案件でしたが、それでも処分が行われる前の退職が認められて退職金も支払われています(ちなみに文科省の判断は停職相当でしたが退職後だったので実質的な処分はなんらおこなわれていないはずです。このあたりは以前書いた)。にもかかわらず福田氏を免職とするのはさすがに均衡を失するように私には思われます。

もちろん前川氏佐川氏含めて処分が軽すぎるという議論は別途ありえますし私として特に意見を述べるつもりもありませんが、現実の問題としては前川氏が処分前の退職を認められた以上は福田氏も同様とならざるを得ないというのは、情において納得しがいたいものがあるとしても致し方なかろうと思います。

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2018-04-16

[]日本郵政、住居手当を一部廃止へ

意見照会をいただきましたので若干の感想など。詳しいウラ取りはしていないのでややあいまいなところがありますがご容赦ください。

 日本郵政グループが、正社員のうち約5千人の住居手当を今年10月に廃止することがわかった。この手当は正社員にだけ支給されていて、非正社員との待遇格差が縮まることになる。「同一労働同一賃金」を目指す動きは広がりつつあるが、正社員の待遇を下げて格差の是正を図るのは異例だ。

 同グループは日本郵政日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の4社でつくる。廃止対象は、原則として転居を伴う転勤のない条件の正社員(約2万人)のうち、住居手当を受け取っている約5千人。毎月の支給額は借家で最大2万7千円、持ち家は購入から5年間に限り6200〜7200円で、廃止で年間最大32万4千円の減収になる。

 廃止のきっかけは、民間の単一労組で国内最大となる日本郵政グループ労働組合(JP労組、組合員数約24万人)の今春闘での要求だ。同グループの社員の半分ほどは非正社員。非正社員の待遇改善を図る同一労働同一賃金の機運が高まっているとして、正社員だけに認められている扶養手当や住居手当など五つの手当を非正社員にも支給するよう求めた。

 これに対し、会社側は組合側の考え方に理解を示して「年始勤務手当」については非正社員への支給を認めた。一方で「正社員の労働条件は既得権益ではない」とし、一部の正社員を対象に住居手当の廃止を逆に提案。組合側は反対したが、廃止後も10年間は一部を支給する経過措置を設けることで折り合った。今の支給額の10%を毎年減らしていくという。さらに寒冷地手当なども削減される。

 同一労働同一賃金は、安倍政権が今国会の最重要法案とする働き方改革関連法案に柱の一つとして盛り込まれている。厚生労働省のガイドライン案では、正社員にだけ支給されるケースも多い通勤手当や食事手当といった各種手当の待遇差は認めないとしている。

 政府は非正社員の待遇が、正社員の待遇に引き上げられることを想定。非正社員の賃金を増やして経済成長につなげる狙いもある。ただ、日本郵政グループの今回の判断で、正社員の待遇を下げて対応する企業が広がる可能性がある。

(平成30年4月13日付朝日新聞朝刊)

この案件そのものについては、JP労組といえば全逓の流れを汲む有力労組で組織率も高く、労使で交渉し妥結した結果は尊重されるべきというのが私の感想です(周りがご迷惑という話はあとの方で書きます)。

さて記事では「廃止対象は、原則として転居を伴う転勤のない条件の正社員(約2万人)のうち、住居手当を受け取っている約5千人」となっていますが、これは数年前に人事制度を改定して新設されたコースで、そもそも転勤がなくなるので住居手当による配慮の必要性も低下していたものの従来通りに支給してきたという実情だろうと思われます。

それを契約社員にも、という労組の要求の背景として昨年秋に東京地裁が契約社員にも一部手当の支給を求める判決を出したことがあると思われるわけですが(今年に入って大阪地裁でも同様の判決が出ている)、その理由として裁判所はこれら「転居を伴う転勤のない条件の正社員」にも住居手当が支給されていることを指摘していました。私としては基本的には住居手当は長期勤続を前提としたものなので正社員限定というのも合理的ではないかと考えているのですが、この事件については例の「5年無期化」で契約社員が「転居を伴う転勤のない条件の正社員」に転換していくという事情があり、また住居手当は社宅や住宅ローンの利子補給と異なりキャッシュで渡されるものなので、ここをベンチマークとして均衡ある支給をすべきという考え方もありうるかなとも思います(批判的ですが)。いっぽうで年始勤務手当については正月三が日など特別な意味のある日に勤務することに対する配慮なので勤続期間とは無関係であり、均衡ある支給が求められるものと考えます。

いずれにしても、そういう事情もあって経営サイドとしては必要性の低下した「転居を伴う転勤のない条件の正社員」への住居手当を段階的に廃止しようという話になったのだろうと思います。ということはこれは賃金制度の合理化であって、結果的はもちろん格差は縮小しているわけですが記事が主張するように格差是正を意図したものなのかは疑問だと思っていたわけです。

これについてはJ-CASTニュースに続報があって、

日本郵政の人事部は4月13日、J-CASTニュースの取材に対し、格差是正措置であることを否定した。

 「正社員の待遇を下げて、非正社員との格差是正を図る、というような意図は、会社としてありません。住居手当は、転勤の負担のない一般職の方にも、これまでは認めていましたが、社会情勢を考えて必要性があるかと検討した結果、廃止を決めたものです。ボーナスを引き上げており、昨年より正社員の年収は上がります」

今回の春闘で、日本郵政グループ労組からは、格差是正のため住居手当などの5手当を非正社員にも支給するよう求めがあった。結果として、非正社員への年始勤務手当支給については認めることになったが、それは貴重な戦力の非正社員に仕事のモチベーションを上げてもらうためだという。人事部では、「不合理な格差は生じておらず、改善の必要性はなかったと考えています」としている。

https://www.j-cast.com/2018/04/14326160.html

まあ係争中なので当然ながら「不合理な格差はない」としか言いようがないでしょうがそれはそれとして、本音でも格差是正のためだとは考えていないように思われます。ボーナスは変動するので十分ではないにしてもそれなりの穴埋めも勝ち取っており、さらに上の記事にあるように10年間という長期にわたって調整手当が出るということなのでおそらくは経営サイドに相当の持ち出しがありそうで、私としては正直なところ労組はよくがんばったという感想です。働き方改革関連法案が成立して同一労働同一賃金関連が施行されれば、このように必要性の低下した手当などは段階的に廃止・縮小して他の手当(子育て支援とかな)や端的に基本給などに振り向けましょうという話はあちこちで出てくるのではないか、という話も過去何度か書いたと思います。

したがって「日本郵政が働き方改革の同一労働同一賃金を先取りして正社員の労働条件を切り下げたようなのでわが社も」という経営者が出てきて周りが迷惑、という心配をされるのはよくわかるのですが、それで日本郵政の労使を批判するのも気の毒だなあと思います。懸念を払拭するには労組が「穴埋めも経過措置も勝ち取っているし、これは同一労働同一賃金とは無関係」と明言するのが効果的かなあと思うわけですがさすがに立場上恐ろしく言いにくいでしょう(たぶん要求根拠としても同一労働同一賃金を担ぎ出しているでしょうし)。となるとマスコミに期待したいところですが無理だよねえ逆に煽っちゃってるんだもん。いやまあもちろんないものねだりですし同情しなくもないので責めるつもりもないのですが。

もちろん上記のようなけしからん経営者が出てくる可能性は高いというか間違いなく出てきそうなので、事前事後の対策には万全を期してほしいと思います。もちろん労組や労働弁護団などは相談窓口など開設されるだろうと思いますし、行政にも事前の周知や事後の指導をしっかり実施してほしいと思います。これらの広報についてはマスコミにも期待していいかな。

2018-04-10

[]冨山和彦氏

私のツイッターのタイムラインに流れてきたので読売教育ネットワークの「異見交論43 国立大への税金投下に「正当性なし」冨山和彦氏(経営共創基盤 代表取締役CEO)」という記事(http://kyoiku.yomiuri.co.jp/torikumi/jitsuryoku/iken/contents/43-ceo.php)を読んでみましたよ。ちょうどHRmicsの大学教育改革特集を読んだばかりで、結論的には似ていなくもありませんでしたので(立論としてはHRmicsのほうがはるかにしっかりしているわけではありますが)。

でまあこれは編集した記者の問題もあるでしょうが、それにしてもここまで他人への蔑視と憎悪をむき出しにした文章を名前と顔写真入りで公開できるというのはすげえ神経だと思ったわけですがそれはそれとして、なんかいろいろと間違いがあるように思ったので重箱の隅をつつくようですがそれだけ書いておきます。

たとえば、

冨山 税金でまかなわれている国立大学こそ、はっきりと二分化すべきだ。米国ですら、G型大学は10もない。日本でG型と呼べるのは、総合大学としては東京大学だけだ。京都大の一部や東工大などは、分野ごとにはG型だろう。日本の財政がこれほど悪化していなくても、86の国立大学に税金をばらまく合理性は、とうの昔に失われていた。

http://kyoiku.yomiuri.co.jp/torikumi/jitsuryoku/iken/contents/43-ceo.php、以下同じ

「米国ですら、G型大学は10もない」というのですが、アイビーリーグの8校に冨山氏自身がこの直前で例示しているスタンフォードとMITを加えれば10校ですね。でまあ他にもノースウェスタンとかシカゴとかジョンズホプキンズとかカーネギーメロンとか私のような素人でも名前が上がるような大学がいくつもあるわけです(続きの都合上私学だけにした)。

文脈からして(日本の例が東大・京大・東工大でもあり)国立大学のことなのだ、という話かもしれませんが、アメリカの国立(連邦立)大学はウェストポイントやアナポリスなど軍事関係を中心に十数校しかなく、まあウェストポイントあたりでは研究もかなりの規模で行われているようではありますが基本的な性格は職業人養成であり「G型大学は10もない」どころかひとつもない

あるいは「税金でまかなわれている」ということでアメリカについては州立大学だということかもしれませんが、カリフォルニア大学(UC)だけでG型が5校か6校はありそうな…?これにミシガンとかヴァージニアとかワシントンとかオースティンとかチャペルヒルとか、少なくとも国際大学ランキングで東大より上に行っているG型州立大学はやはり10校ではきかないような。すげえなアメリカ。もちろんG型をアメリカで9校以下になるように定義すれば「10もない」ということにはなるわけですが、しかしまあいかにも誇張ですよねえ。

冨山 前提が全く違う。生と死を常に考えておかなければならない高貴な階級のための教養だ。東京大学の大教室で、400-500人にシェークスピアを講義しても何の意味もない。リベラルアーツとは本質的には言語教育だ。考えるための言語を与えるものだ。立場、生きる世界によって、言語は異なる。最先端のAIを学ぶ人ならば、高度な統計数学を言語として持つ必要がある。一方、普通の会社で普通に働く人に高度な統計数学は関係ない。それより、簿記・会計の方が言語になる。「すぐに役立つもの」はすぐに陳腐化する、と大学人はさげすむ傾向があるが、簿記・会計は300年変わっていない。

東京大学の大教室で、400-500人にシェークスピアを講義しても何の意味もない」というのは絵に描いたようなわら人形と思われ、いや東大の大教室で400人相手にシェイクスピアを講義してるわけないじゃん(これはウラ取りしたわけではないので実際にやっているということであれば恐れ入りますが)。とりあえず東大の学年定員は3,000人台の前半(かなり前)のはずで、文学部に進学するのは1学年せいぜい400人でしょう。仮に駒場で全学対象の教養科目で西洋文学をやったとしても400人は集まらないと考えるのが常識的と思います。

リベラルアーツに関する議論もなんか的外れのような気がしますがまあリベラルアーツ自体が多分にバズワードという感もあり、それこそ編集の問題かもしれませんのでそれはそれとして、「簿記・会計は300年変わっていない」というのもひどいなあ。もちろん複式簿記自体は300年どころか15世紀末には骨格ができていたわけですが、しかし減価償却の概念が導入されたのは19世紀のことであり、繰延資産とか引当金とかはさらに新しいものなので、まあ「300年変わっていない」というのは不適切でしょう。つかどこから300年という数字が出てきたのかが不思議です。ちなみに私は大学で簿記・会計を学びました(笑)

冨山 日本国民が豊かになること、幸せになること、それに貢献することだ。ところが実際は、4年間もレジャーランドで遊ばせているだけだ。日本の若者の学力のピークは19歳で、そこから4年間使って下がっていく。

「ピークは19歳」というのも証拠を出せと言いたいところですが学力の定義次第ではあるでしょう。同じ定義だと諸外国でも同じ結果になる例は多そうですが。「4年間もレジャーランドで遊ばせている」っていうのも、冨山氏の学生時代はそうだったのでしょうが、今は違うと思うなあ。かなりミスリーディングだと思います。

冨山 実際はもう変わってきている。たとえばパナソニックでも、従業員の3分の2は海外で、メンバーシップ型ではない。海外に人を送り込もうとすると、「その人は何ができるのか」と問われ、拒絶されるケースも出ている。コストを負担するのは現地法人だからだ。

これは現実にそういう事例もあったのかもしれませんが一般化するのはかなり危なっかしく(これに続いて思い切り一般化されているわけだが)、なにかというと、現地人にできるポストに日本人を送り込もうとして拒まれるのはむしろ普通だと思われるからです。現地法人にとっても現地の政府にとっても自国民の雇用が重要なわけで、とりわけ賃金の高いポストについてはできるだけ現地人でと考えるのが普通でしょう。

ということで半分くらいまで来たのですがさすがに疲れました。この後も誇張や独善をおりまぜてひたすら他人の罵倒が続くのですが、まあ他人がバカに見えて仕方ない気持ちは想像できなくもありませんがしかしなんかこの他人を説得したいならやり方を考えたほうがいいと思うなあ。「大学でももっと実学を」という主張自体はそれなりにもっともな部分もあるわけですし、実際にその方向に進みつつあるようにも思われるわけですし(とりあえず高校の数学の必修をやめて中退を減らすとかいう主張よりは相当にまともだと思う)。

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2018-04-06

[]労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2018』

(独)労働政策研究・研修機構様から、同機構が毎年刊行している『データブック国際労働比較』の本年度版をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

以下で全文がお読みになれます。

http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/index.html

たいへん重宝な加工統計集で、今年はデータが更新されたほか、一人当たり名目GDPの表が加わり、参考としてベンチマーク年の変更にともなう労働力調査結果変更の資料が付されています。今後も継続的な発行をお願いしたいと思います。

[]産政研フォーラム117号

(公財)中部産業・労働政策研究会(中部産政研)様から、機関誌「産政研フォーラム」2018年春号(通巻117号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.sanseiken.or.jp/forum/

(↑まだ前号までしか掲載されていませんが、近日中に今号も追加されることと思います)

特集は前号に続いて「組織風土」で、同志社の藤本哲史先生のインタビューと学習院の竹内倫和先生の論文が掲載されています。エッセイではフタバ産業常務理事の中尾賢一氏の「リーダーシップの多様性と共通性」が、標題にもあるリーダーシップの多様性や、「敗戦処理的な仕事」の重要性を指摘していて実践的な内容になっています(「後藤田五訓」はどんなもんかと思いますが)。呼び物の大竹文雄先生の連載「社会を見る眼」は「企業の社会的責任と従業員の活用」で、企業のCSR活動の人事管理面でのメリットとデメリットをわかりやすく解説しています。もちろんメリットが大きいのですが、CSR活動に熱心だと従業員の不正行為を促進してしまうという調査結果もあるというのは、大竹先生の日経センターのウェブサイトでの連載(https://www.jcer.or.jp/column/otake/index1003.html)でも言及されておらず、非常に意外でした。

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2018-04-03

[]日記

まさか自分が兼業することになるとは。今年度から会社勤めのかたわら中央大学ビジネススクール専門職大学院戦略経営研究科)で客員講師を務めることになりました。もっとも講義は後期の後半期なので11月以降になるのですが「キャリア管理論」を講じます。ということで曲がりなりにも(かなり曲がりなりですが)現役復帰したということでブログ名称を変更というか元に戻しました。どうぞ人生100年時代の学び直しは中央大学ビジネススクールで(←さっそく宣伝)。在勤のまま学べるプログラムになっておりますので40歳定年で退職する必要はまったくありません(おい)。

[]中部産政研第6期調査研究報告書『一人ひとりが力を発揮するための職場風土と職場環境』

(公財)中部産業・労働政策研究会様から、第6期調査研究の報告書をお送りいただきました。ありがとうございます。今回の研究主査は今野浩一郎先生と上野隆之先生で、まだ中部産政研のウェブサイトにはアップされていないようですが、まもなく掲載されるでしょう。

http://www.sanseiken.or.jp/research/

内容は表題のとおりなのですが、ホワイトカラーの「この仕事は自分の仕事だと考える=当事者意識」と「この仕事は自分の仕事として取り組む=当事者行動」に着眼し、これらが仕事の成果と相関することを確認した上で、本人の意識や人事管理との関係を検証しています。

非常に多岐にわたって「なるほど、そうだろうな」という実感に合う結果が多く導き出されていますが、いくつか目についたところをつまみ食いでご紹介させていただくと、まだ経験の浅い若手は全年齢と較べて相関関係が出にくい傾向が明らかに見られるのですが、本人要因「責任のある仕事は任されたくない」についてはは全年齢では当事者意識/行動と有意な相関がない一方、若手ではかなり大きな負の相関を示しています。意欲ある若手は責任ある仕事を任せてほしいと考えていることの現れでしょう。「規模が大きな仕事」も全年齢では相関がありませんが若手では当事者意識とやはり強く相関しています。人事管理においては全年齢・若手ともに「挑戦的な仕事を与える」が当事者意識/行動と強く相関しているのとも整合的で、能力・キャリア形成に有意義な「少しストレッチした仕事」の付与の重要性がうかがわれます(そしてそれが上位になるほど稀少な資源であるところに人事管理の難しさがあるわけですが)。

人事管理で面白いのが「ほめてくれる」が全年齢・若手とも有意でないのに対し、「叱ってくれる」は全年齢で有意にプラスの相関を示しています(若手では有意ではない)。このあたり一般的な傾向がどうなのかよく知らないのですが「ほめて伸ばす」のは子どもだけという話なのか、ほめられるのは当たり前であって(ある程度経験を積むと)叱られるのをむしろ期待の表現として歓迎するという話なのか…。

「人事考課は公正である」については、全年齢で当事者意識と、若手で当事者行動と有意に負の相関を示していて、まあこれもやる気のある人ほど評価に不満を感じやすいということなのでしょうか。

もうひとつ、「仕事の集中に配慮する」が全年齢で当事者行動と有意にマイナス相関していて、これも意欲の高い人は仕事が増えることを厭わないのだと考えれば納得いくものがあります。これまた巷間「働き方改革」「長時間労働の抑制」でメンバー間の負荷の平準化がマネージャーの大事な仕事とか言われているわけですが、メンバーとしてみたらそんなの望んでないという話なのかもしれません。もちろん程度問題で過度な集中は困るでしょうし、なにより見返りがあるのならという話でもあるでしょうが…。

ということでなかなか面白い調査結果です。楽しみに勉強させていただきたいと思います。

[]日本労働研究雑誌4月号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌4月号(通巻693号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/04/index.html

例年4月号の特集は一般向けに短めの読み物で構成されているのですが、今回は「この国の労働市場」ということで、冒頭のhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT研究所長による「横断的論考」に続いてアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、スウェーデン、韓国の労働市場について各国の専門家が紹介していて、例年のようなエッセイではなく論文になっています。中国がないのが少し残念だったかな。解題にもあるように海外事例を参照しながら議論することは多いわけで、主要国について労働市場の全体像を知ることは非常に有意義でしょう。こちらも楽しみに勉強させていただきたいと思います。

[]HRmics29号

(株)ニッチモの海老原嗣生さんから、HRmics29号をお送りいただきました。ありがとうございます。

こちらから全文がお読みになれます。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_29/_SWF_Window.html

今号の特集は「高等教育、無償化の前に考えること」、表紙に「欧州事情から見えてくる、今、本当にやるべきことは?」と大書されているように欧州、特にドイツの事例から高等教育の在り方を考え直そうというものです。

ごくごく大雑把に言ってしまえば(本当に大雑把です)日本企業が新卒一括採用で未熟練の新入社員を働かせながら(給料を払いながら)人材育成しているのに対して、ドイツでは(進学率が上がったこともあり)学生さんがカネを払って企業でOJTを受けているということであるらしく、日本も高等教育無償化をやるならアカデミアではなく職業的意義のある大学を増やすべきだということのようです。これまたしっかり勉強させていただこうと思います。

海老原嗣生海老原嗣生 2018/04/08 09:18 素晴らしい端的な解説、ありがとうございます。

労務屋@保守おやじ労務屋@保守おやじ 2018/04/09 17:29 海老原様、いつもありがとうございます。ちょっと端的すぎるかと思いますがご容赦ください。

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2018-03-28

[]神津里季生『神津式労働問題のレッスン』

連合の神津会長の本。書店で見かけて即決で買って読みました。

神津式労働問題のレッスン

神津式労働問題のレッスン

2章構成になっていて、もともとサンデー毎日に連載されたエッセイをまとめて書籍化する企画があったとのことでそれが第2章になっています。第1章では昨年9月末からの一連の出来事を中心に連合の立場・主張が記載されています。第2章のエッセイは35話あるのですが、「犬猫の立派さに較べて人間たちは」という基本構造がほとんどに共通しているので、週1回1話読むならいいでしょうが、さすがにこれだけで一冊の本にするのは無理としたもので、そういう意味でも第1章が置かれているのは必然という感じがします。

個人的見解とのことで、実際そうだろうなと思うところもあります(安倍総理に対する社労族としての評価とか)。昨年秋以降の政治動向および各政党に対する連合の立場・視点・見解なども、なるほど連合にとってはそういうことなのかと腑に落ちるところも多く、たいへん興味深いものでした。メディアに対する評価も多分に(すべてではない)そうだよねえと思った。

一方でしかしほとんどはお立場をふまえて書かれているようで、正直私としては意見が異なる部分が相当にあると申し上げるを得ないわけですが、特に印象に残った部分について雑駁な感想をいくつか。

まず52ページで、近時春闘における中小・非正規の底上げの成果について書かれているのですが、連合非組織の中小への波及についてこう述べられています。

 この壁をぶちやぶるには、中小企業が主役という意識を世の中全体がもっと持つ必要がある。そしてただ単に「安ければいい」という消費者行動を改めていく必要がある。取引慣行の是正を含めて、これまでの悪しき常識にメスを入れていかなければならない。

(p.52、強調引用者)

けっこう唐突感があるのですが、しかしこの一文が挿入されていることは非常に重要だと思います。最近も私のツイッターのタイムラインに「わが社の○○が売れないのはなぜだろう」「それは御社が賃金を上げないから」といった感じのツイートが流れてきてまあそうだよなと思ったわけですが、いっぽうで「私の賃金が上がらないのはなぜだろう」「それは貴方が○○を買わないから」という一面もあるわけですね。まあニワトリと卵みたいな話ではありますが、過去このブログでも何度か書きましたが労働者は消費者でもあるわけです。商品やサービスに正当な対価を払わないなら、労働に対しても「正当な」対価は支払われにくいだろうなと。だからこれも何度か書きましたが連合は企業等に賃上げを求めるだけではなく、組織構成員に対しても「賃金が上がった分は消費を増やしましょう」「賃上げが価格転嫁されても同じ数量を消費しましょう」と働きかけてほしいと思っています。神津会長も少なくとも個人的には同様の問題意識をお持ちであるようで頼もしく思います。

もう一か所紹介させていただきますと、組合員の皆さんへの呼びかけとしてこういう記述があります。

 労働組合は集会をたびたび行う。またかよ、という感じで動員されるときや、いやいやのおつき合いということもしばしばだろう。でもいやいやであってもどうかお願いします。これら集会を整然と行うことができるということ自体が労働組合の力なのだから。何かあれば人々を集めることができるというパワーは労働組合の力なのだから。実際に集まっている当事者の方はあまり気が付いていないかもしれないが、経営側は、あるいは政府も、実は奥底でけむたく感じていることも事実なのである。

 そしてそういうことを通じて皆さん方は労使関係の一方の担い手となっているのである。

(p.95)

「けむたく感じている」という表現はかなり違和感があるというか残念なのですがそれは別として、少なくとも経営サイドは組合員の方々が思っているよりかなり気にしていることは、(さすがに具体的には書けませんが)私も経験を通じて痛感しているところです。これまた過去何度も書いていると思いますが、労働組合というのは(一部の人がいうような)執行部がサービスを提供して組合員がその対価として組合費を支払うというものでは断じてない。組合費の支払いも、集会への参加も、職場会での発言も、すべて組合員の組合活動への参加の一形態であり、その参画こそが労組の交渉力になるわけです。健全で緊張感ある労使関係に多くを期待している私としては、ぜひ多くの方々に神津会長の呼びかけにこたえてほしいと願っています。

ひとつだけ物足りなく感じた点も書きますと、上記のように連合組織外への波及についての言及があるにもかかわらず、組織拡大に対する熱意がいまひとつ感じられないようには思いました。あまりに当然のことなので、あえて書きはしなかったということなのだろうと思いますが…。

なおこれは余談になりますが神津会長がかつて新日鉄広畑硬式野球部のマネージャーとして1981年の都市対抗野球大会に出場していたことは初めて知りました。この大会は私が大学進学して上京し、真夏の後楽園球場で(まだ東京ドームはなかった)はじめて都市対抗野球を観戦した大会でもありますので、わたくし的には感慨深いものがあります。記憶があまり定かではないのですが、私の大学生時代の新日鉄広畑は投手陣は藤高・西村と左右(右左か)の二枚看板、野手ものちに広島カープで大活躍した正田選手などを擁する強豪チームで、上位の常連だったように記憶しています。

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2018-03-27

[]水町勇一郎『労働法第7版』

水町勇一郎先生から、『労働法第7版』をご恵投いただきました。ありがとうございます。隔年改訂で早くも第7版となりました。

労働法 第7版

労働法 第7版

若者雇用促進法やANA大阪空港事件などこの間の法改正や裁判例が織り込まれ、もちろん働き方改革についても記載があります。法案についてはまだ提出予定という扱いですが、不適切データ問題により裁量労働制関連部分が削除されたという最新動向も記載されています(これは有斐閣の中の人が相当がんばったものと思います)。ということで(働き方改革関連法案など)刊行後の法改正等については来年3月に「詳しくまとめた補遺を有斐閣ホームページで公開する予定」とのことです。

例の「同一労働同一賃金」に関しては、本文の記載に変更はありませんが、「正規・非正規労働者間の処遇格差の公序違反性(私見)」というコラムでは、自説を述べたあと、第6版では「有期契約労働者について期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を禁止した2012(平成24)年の労働契約法改正(労契法20条)は、この方向に向けて政策的に一歩前進したものと位置づけられよう。」と述べていたのに対し、今回の第7版では「2018年(平成30年)の通常国会に提出される予定の働き方改革関連法案は、正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者)との間の不合理な待遇の相違の禁止(均等・均衡待遇の確保)を図る政策を推進しようとしており、この方向に向けて大きく前進している」と述べていて前進感がありますね。

また、最後の「むずび」は冒頭の日本の労働法の特徴に関する記載は第6版と同じですが、それ以降は全面的に書き換えられており、第6版ではわが国の雇用・労働法政策の整理から今後を展望していたのに対し、今回の第7版では労働法の国際動向から書き起こして(こうまとめると怒られるかもしれませんが)わが国労働法の欧州化を訴える内容になっています。

なお、本書の特徴のひとつとして多くの事例を設定していることがあり、そこに登場する人名や社名が思わずニヤリとしてしまうようなものになっていてこのあたり師匠譲りかななどと思っていたわけですが、今回(おそらくは全体のボリュームとの兼ね合いかと思われますが)いくつか削除されてしまったのが残念です。これなんか、面白い事例だったと思うんですけどねえ。まあここにはもうひとつ事例がありますし、時代遅れということかもしれませんが…。

 経産物産に勤務している好青年の山田君は、ある日営業部長に呼び出され、「西垣水産(経産物産にとっては最も重要な取引先)の社長さんが君を気に入って、君を一人娘の淳子さんの婿にもらいたいといっている。君の方にもいろいろと事情があるのはわかるが、ここはひとつ会社のためだと思って、淳子さんとお見合いをしてくれないか。これはわが社の業務命令だ」といわれた。山田君はこの命令にしたがって見合いをしなければならないか?

(第6版p.111)

そりゃ見合いする一手だろうこらこらこら、使用者の指揮命令権に関する事例ですが、「好青年の山田君」というのがなんともこたえられませんな。「冷たい性格の人事部長」の事例もなくなってしまっていて淋しい。また、いつのまにか時事通信社事件の事例で時季変更権を行使された記者さんの名前が辻村さん(だったと思う)から澤路さんに変わっているのを発見してコーヒー吹きました(笑)。

 大日本新聞社の社会部記者で、40日の年次有給休暇(うち20日は前年度繰越分)を有する澤路さんは、年休を利用してヨーロッパへ私的な取材旅行を行うことを計画し、…

(第7版p.290)

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2018-03-26

[]玄田有史『雇用は契約』

玄田有史先生から、最近著『雇用は契約』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

雇用は契約 (筑摩選書)

雇用は契約 (筑摩選書)

世間では長期雇用・フルタイムの正社員と有期雇用・パートタイムの非正社員という二分法で語られることがまだ多いものの、その実態は非常に多様であることを労働契約、特に契約期間を切り口に明らかにし、実態と課題、今後の方向性を示した本です。主な発見としては企業の人事管理が従来型の長期雇用からプロジェクト管理にシフトしてきた結果として比較的長期の有期契約で働く専門型の労働者が増えていること、契約期間・勤続が長いほど労働条件や人的投資などの面でその後のキャリアに有益であること、雇用期間が不明という労働者が相当数存在し、雇用の安定や労働条件、能力開発などさまざまな面で厳しい状況におかれていることなどがあり、雇用期間の明確化が急務であること、契約期間の長期化が重要であることなどが訴えられています。具体的なデータをもとに平易に論じつつ、見落とされている問題を的確に指摘するという、玄田先生らしい本といえそうです。

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2018-03-19

[]「ホワイトカラー・エグゼンプションの議論はなぜダメなのか」フォロー

財務省のスキャンダルが出てきたとたんにみなさん「過労死」も「命」もどうでもよくなったようであーこらこらこらこら、まあずいぶんトーンダウンしたもんだとは思います(それでもなお高プロ反対とかを唱え続けている人はそれなりに一貫していて偉いと思います)。しかし働き方改革関連法案はまだ提出もされていないわけで、ようやく労働時間の上限規制が実現しようかという時に何をやってるんだとは思います。使用者の労働時間把握義務を追加して30日には閣議決定する予定とのことですが大丈夫かなあ。なにやらこれをいいことに中小企業はお目こぼしするとかいう内容を押し込もうという話もあるらしくいやもうどいつもこいつも。連合の神津会長は今国会での成立を訴えているそうですがどうなりますことやら。いやほんとなんとかしてくれえ

ということでかなり激しくモチベーションが下がっているのですが書くと言いましたので気を取り直してフォローを書きたいと思います。そういう事情であまりていねいには書かないと思いますのでそのようにお願いします。

さてまず高プロについて「年104日休ませれば1,075万円の定額で351日×24時間働かせることができる」という言説についてですが、これは高プロ制度だけを見ればそのとおりになっていますので、まあ活動家のみなさまがこれを言い立てるのは悪いたあ言いません。もっとも、本当にそういう働かせ方をしたいと考えれば(そう考える使用者がいる可能性については否定しない)監禁とか脅迫とか暴行とかいった犯罪をともなうことはまず確実でしょうし、高プロは労働時間規制を適用しないだけであって労基法5条(強制労働の禁止)は適用されることも考え合わせればあまり現実的な想定とは思えません。健康管理時間の把握とインターバル制度または上限時間の導入、一定時間以上での医師の面接指導といった健康確保措置が講じられていることもすでに書いたとおりです。もちろん、以前も書いたとおりそれでも不安だというのであれば修正をはかればいいわけで、正直これも以前書いたとおり私も今回の高プロはあまり出来がよくないと思っているので建設的な議論を望みたいところです。

次はかつて当時の塩崎厚労相が「小さく生んで大きく育てる」と発言したという話ですが、まず一般論として規制緩和にせよ規制強化にせよ労働政策は漸進的に進めるというのはまったくの正論だろうと私は思います。労働法というのは自然人が対象なので激変による混乱は避けるべきでしょう。規制強化する場合もまずは努力義務といったソフトローからはじめ、労使の取り組み状況をみながら段階的に義務化していくという方法で60歳定年も週40時間制も実現してきました。週60時間超の割増率引き上げもまず大企業→今回中小企業と段階を踏んでいますね。規制緩和についても、それこそ裁量労働制などは当初はきわめて限定的に導入され、実施状況をみながら段階的に拡大してきたわけで、その段階段階で労使でギリギリと議論が重ねられてきました。

今回の高プロについてもまあいろいろ不安もあるということで相当に慎重な制度になっており、対象者は極めて限定的になることは間違いありません。導入後の実施状況を見て、しっかり評価・議論したうえで拡大して問題ないと判断すれば拡大すればいいでしょうし、問題があるなら縮小・廃止が検討されるべきものだろうと思います。そこでしっかり議論すればいい。実際、現状評価でのデータ使用が不適切だったということで今回の裁量労働制拡大は再検討となったわけですね。「小さく生んで大きく育てる」は、まあ口の利き方としてどうかという話はあるとしても、政策論としてはごく普通の考え方ではないかと思います。

続いて高プロが有期雇用契約にも適用されるという話で、これについては私も年収が要件ならば少なくとも1年以上の雇用契約についてのみ適用するのが正論だろうとは思います。ただいっぽうでこれは使用者の使い勝手への配慮というよりは(それがないというつもりはない)労働者のニーズへの配慮ではないかという印象もあり、「金融商品の開発業務」「金融商品のディーリング業務」「アナリスト(企業・市場等の高度な分析)の業務」「コンサルタント(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言)の業務」「研究開発業務」に従事して月1,075/12≒90万円を受け取るような専門家であれば「1年間も足止めされたくない」と考える人がいても不思議ではないからです。

ただまあ企業としてみればそういう高度に裁量的な専門家を有期契約で活用したいというのであれば雇用ではなく請負などの形態にしそうなものなので、別に1年以上ということでいいんじゃないかと思わなくもありません。まあ請負よりは保護の強い形態ということで選択肢を確保したというところかもしれません。このあたり情報がほとんどないのですが、どういう説明がされているのでしょうか。

もうひとつ、今回働き方改革関連法案が一括して提出されることに対して異を唱える向きというのもあるらしく、たとえば日本労働弁護団の意見書(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」(働き方改革推進法案要綱)に対する意見書)にもこんな記述があります。

 一括法案とした政府のねらいは、「働き方改革の推進」という聞こえのいい名称を付して、その内容は複雑化させることで、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度等の問題点が含まれる法案であることを分かりにくくするとともに、労基法改悪法案と時間外労働の上限規制や同一労働同一賃金とを一括法案にすることで、法案全体に対して反対しづらくすることにあるのは明らかである。

http://roudou-bengodan.org/wpRB/wp-content/uploads/2017/11/a5bd7381d07420555fc5d0c973133bd6.pdf

もちろん個別に・時間をかけて審議することが望ましいというのはそのとおりなのでしょうが現実には審議時間には限度があり(特に厚生労働委員会の審議時間不足はとみに指摘されるところ)、関連性の高い法案は一括して審議の効率をはかるというのは合理的で常識的な考え方だろうと私は思います。そうした合理的な説明があるものに対して、(一括法案とすることの是非は格別)こういう状況証拠のみに依存した陰謀論めいた主張について「明らかである」と断言するというのはどういうことなのでしょうか。法廷で相手方がこのような立論をしてきたら先生方はそれこそフルボッコに論破すると思うのですが。

同じく今回の一括法案について「財界は裁量労働制拡大と高プロをなんとしても実現すべく上限規制を容認した」という陰謀論を振りまく向きというのもあるらしく、確かに働き方改革実現会議でも有識者議員の金丸恭文氏が「罰則付き時間外労働の上限規制の導入は、高度プロフェッショナル制度と裁量労働制の拡充の3点セットを前提に実行されるものとして理解している」という資料を提出してもいるのですが(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai10/siryou6.pdf)、これを「裁量・高プロのために上限」と読むのはいかにも無理としたものでしょう。以前も書いたとおりこれについては上限規制を導入することで「大臣告示による行政指導を罰則付きの強行法規として大幅に規制強化するわけなので、その適用範囲については従来より抑制的に考える(裁量労働制の拡大・高プロの導入)」と考えるのが適切ではないかと思います(そこでも書いたように裁量・高プロがいい方法かといえばそうでもねえなとも思っているわけですが)。常識的に考えて大半の労働者に適用される労働時間の上限規制のほうがそれに較べればごく少人数の適用除外の拡大より重大な話だろうと私は思いますし、そもそも働き方改革一括法案には「同一労働同一賃金」という地雷も埋められているわけですから、使用者サイドとしてみれば「せめて裁量と高プロくらいは」というのが正直なところではないかと思われます。

最後に、ホワイトカラー・エグゼンプションとは関係ありませんが、フレックスタイム制の見直し(完全週休二日制の事業場で、労使協定により、労働時間の限度について、当該清算期間における所定労働日数に八時間を乗じて得た時間とする旨を定めたときは、清算期間を平均し一週間当たりの労働時間が当該清算期間における日数を七で除して得た数をもってその時間を除して得た時間を超えない範囲内で労働させることができるものとする)だけはなんとか早期に実現してほしいなあ。これは日本中の実務家が願っているのではないかと思います。まあなんか内閣総辞職しろとか言っている人もいるようでもあり、あれだなこのさいあたまをひやしてはたらきかたかいかくじつげんけいかくじたいをとりさげてもういちどろうどうせいさくしんぎかいでじかんをかけてぎろんするのがいいかもな(なげやり)。