労務屋ブログ(旧「吐息の日々」) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-06-07

[]JILPT様より

(独)労働政策研究・研修機構様から、最近の研究成果をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

すべて、機構のウェブサイトからお読みになれます。

http://www.jil.go.jp/institute/index.html

【労働政策研究報告書】

No.200(2018年3月)

キャリアコンサルタント登録者の活動状況等に関する調査

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2018/0200.html

No.197(2018年3月)

現代先進諸国の労働協約システム(フランス)

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2018/0197.html

【調査シリーズ】

No.179(2018年3月)

企業の多様な採用に関する調査

http://www.jil.go.jp/institute/research/2018/179.html

No.178(2018年3月)

大学生・大学院生の多様な採用に対するニーズ調査

http://www.jil.go.jp/institute/research/2018/178.html

No.177(2017年11月)

ものづくり産業を支える企業の労働生産性向上に向けた人材確保・育成に関する調査結果

http://www.jil.go.jp/institute/research/2017/177.html

No.176(2017年11月)

「イノベーションへの対応状況調査」(企業調査)結果及び「イノベーションへの対応に向けた働き方のあり方等に関する調査」(労働者調査)結果

http://www.jil.go.jp/institute/research/2017/176.html

No.164(2017年2月)

若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)

http://www.jil.go.jp/institute/research/2017/164.html

【資料シリーズ】

No.204(2018年3月)

雇用バッファの動向─長期雇用慣行の持続可能性─

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/204.html

No.203(2018年3月)

仕事の世界の見える化に向けて―職業情報提供サイト(日本版O-NET)の基本構想に関する研究―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/203.html

No.202(2018年3月)

厚生労働省「多様化調査」の再集計・分析結果―雇用の多様化の変遷(その4)/平成15・19・22・26年調査―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/202.html

No.201(2018年4月)

諸外国における副業・兼業の実態調査―イギリス、ドイツ、フランス、アメリカ―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/201.html

No.200(2018年3月)

職業分類改訂委員会報告

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/200.html

No.199-1、2(2018年3月)

雇用システムの生成と変貌―政策との関連―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/199.html

No.198(2018年3月)

高齢者の多様な活躍に関する取組―地方自治体等の事例―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/198.html

No.197(2018年3月)

諸外国における育児休業制度等、仕事と育児の両立支援にかかる諸政策―スウェーデン、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、韓国―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/197.html

No.196(2018年3月)

組織変動に伴う労働関係上の諸問題に関する調査―労使ヒアリング調査編―

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/196.html

相変わらず精力的な調査研究活動が展開されているようで敬意を表したいと思いますが、中でもぜひご紹介したいのが資料シリーズNo.201(2018年4月)『諸外国における副業・兼業の実態調査―イギリス、ドイツ、フランス、アメリカ―』です。標題の4か国の副業・兼業の概況がコンパクトにまとめられたもので、情報量はさほど多くはないものの面白い知見がふんだんに含まれています。

4か国とも、兼業している人はそもそも多くはなく(全体の数%程度)、兼業先がともに雇用労働という人はさらに少ないということは共通しているようです。また、アメリカの例では、兼業の目的はほとんどが(副)収入の稼得であり、企業もしくは別の仕事の経験のために兼業している人は継続的に数%にとどまっておりかつ減少傾向にあります。ドイツでもミニジョブの目的は追加的収入であるとうかがわせるような記述もあり、まあアメリカですらそうであれば各国とも副業の目的は主として追加収入であると推測していいでしょう。

労働時間法制についても非常に興味深く、雇用労働については通算が規定されている(自営は通算されない)ことは英独仏共通です。ただし英独については労働者による労働時間の申告が(事実上)義務とされており、英国においては(兼業の多い医療関連の話のようですが)その状況に不都合があればマネージャーは兼業を禁止しうる(兼業許可を取り消し得る)こととなっていますし、独においては労働者が申告を怠って違法状態を惹起した場合には解雇の理由となるとされているようです。うーん、兼業はできますよって就業規則に書けとか言ってる国があるようですが、どこだったかしら。

仏の場合はさらに興味深く、兼業する場合には法定労働時間を超えて労働しないことは労働者の義務にもなっているという制度のようです(これは私も初耳で驚きました)。違法状態となっている労働者については解雇もありうべしということのようであり、さらに雇用主は労働者から法規を遵守していることを明示する書面の提出を求めることができ、拒んだ場合には解雇しうるということになっているようです。なお米国については通算規定そのものがなく、各使用者はそれぞれでの労働時間について割増賃金を支払えば足りるということのようです。

他にも健康確保などについても記載されていて非常に貴重な資料ではないかと思われます。詳報を待ちたいところですが、まあ各国ともかなり苦労しているようすがうかがわれ、一筋縄ではいかないなという印象です。「兼業・副業を通じて転職・起業」とか、なにを能天気なことを言ってるのかなあとも思うなあ。「働き方改革」には逆行する内容で現政権にとっては不都合な(笑)結果かもしれませんが、しかし十分考慮すべき情報であろうかと思います。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180607

2018-06-04

[]ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件最高裁判決

注目の2事件の最高裁判決が出ました。

 正社員と非正規社員の待遇格差が、労働契約法が禁じる「不合理な格差」に当たるかが争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)は1日、「不合理か否かの判断は賃金総額の比較のみではなく、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきだ」との初判断を示した。そのうえで、契約社員による訴訟で5種類の手当の格差を不合理と認める一方、定年後の嘱託社員による訴訟では近く年金が支給される事情などから大半の請求を棄却した。

 最高裁は不合理性の判断に当たり、労使交渉の経過や経営判断、定年後再雇用などの事情も考慮要素となるとの枠組みを示した。

 その上で、浜松市の物流会社「ハマキョウレックス」の契約社員が6種類の手当の格差是正を求めた訴訟では、4種類の手当の格差を不合理と認定した2審・大阪高裁判決を支持。正社員に支給される皆勤手当も「出勤者を確保する必要性は非正規社員も変わらない」として、この点の審理だけを高裁に差し戻した。

 一方、横浜市の運送会社「長沢運輸」に定年後再雇用された嘱託社員3人が「賃金減額は不当」と訴えた訴訟でも、個別の賃金項目を検討。皆勤手当と同趣旨の精勤手当の格差を不合理とし、相当額の5万〜9万円を3人に支払うよう会社に命じた。一方で、基本給や大半の手当の格差については、3人は退職金を受け取り、近く年金が支給されるなどを理由に不合理性を否定。精勤手当に連動する超勤手当の再計算の審理のみを東京高裁に差し戻した。

(平成30年6月2日付毎日新聞朝刊)

判決文はこちらにあります。

ハマキョウレックス事件

長澤運輸事件

さてこれをめぐっては各方面でいろいろな反応もあり、また今後労働法クラスタから仔細な検討が加えられるものと思いますが、判決文を一読した限りでの私の感想は概ね妥当だろうというものです。以下若干のコメントを書いて行きます。かなり荒っぽい感想レベルの話であり誤りなど多々あろうかと思いますのでご指摘いただければ幸甚です。

まず重要なのは実務的に最大の論点は別にあるということで、賃金、賞与、退職金については判断されていないわけです。これについてはハマキョウレックス事件の一審判決で定期昇給、賞与、退職金、家族手当の相違は労契法20条違反とならないと判示され、その後の高裁判決ではそもそも労契法20条の民事効が及ばないことから「本件請求は理由がない」として判断されなかったという経緯があり、今回最高裁判決もそれを踏襲しています。「不合理か否かの判断は賃金総額の比較のみではなく、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきだ」としたのもこれと整合的だろうと思われます。やや表現は悪いですが幹の話は消えて枝葉の話になっているわけですね。

その点長澤運輸事件は賃金制度の相違についても判断されていて、たしかに今回の判決ではここが最重要であろうと思われます。

具体的には、

  • 正社員の賃金項目は「基本給」「能率給」「職務給」、再雇用の賃金項目「基本賃金」「歩合給」となっており、
  • うち「基本給」と「基本賃金」は固定給で「基本給」<「基本賃金」
  • 「能率給」「歩合給」は出来高払いで、「歩合給」の単価は「能率給」の2〜3倍
  • 「職務給」は職種別に支給され、正社員のみに存在

ということで、これらをトータルすると定年後再雇用の賃金水準は(本件原告の場合)定年前の2〜12%減になるということのようです(2割減というのは賞与が支給されないから)。定年後再雇用については出来高給の割合と単価を上げて稼働の向上を促そうというのはまあ一般的な発想と申せましょう(判決も「基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに、歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫している」と評価しています)。

原告はこうした賃金制度の相違を労契法20条違反と主張したわけですが、判決は

 定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。

と定年前後における賃金体系の相違を検討の基礎になるものとして明示したうえで、他のいくつかのポイントもあわせて検討したうえで

…嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

と判示しました。賞与についても、

…嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。…

…これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえない…

と判示されています。

ということで、ハマキョウレックス事件では賃金、賞与、退職金について判断されることはなく、長澤運輸事件では定年後再雇用の場合は賃金が低下しても必ずしも不合理ではないという判断が示されたわけで、とりあえず人事管理の実務が混乱することは避けられたということになりそうです。

もちろん、働き方改革関連法案の成立後にどうなるのかは、この判決は大きく影響するだろうとは思いますがまた別の話でしょうし、定年後再雇用についても「2割程度なら合理的」というわけではなく、個別に総合的に判断されるものでしょう(この3月に定年後再雇用で75%の減額提示が再雇用の拒否であり不法とする判決が確定していた、はず)。特に賃金については(年収総額ではなく)個別に検討された結果定年前との格差はこの事件ではさほど大きくないことには留意すべきと思われます。

あとは手当の話になりますが、高裁では不合理でないとされていた皆勤手当、精勤手当の不支給についても不合理とされました。これについては、せいぜい1か月単位の皆勤/精勤に対するインセンティブという制度になっているわけなので、そのタイムスパンで「人手を揃える」ための手当に相違があることは不合理と考えるほうがむしろ自然であり、妥当な判断だろうと思います。いっぽうで住宅手当については転勤の有無(ハマキョウレックス)や年代による必要性の違い(長澤運輸)などをふまえて支給の相違は合理的とされており、これも妥当な判断とは思いますが、個別判断であって場合によっては不合理とされる可能性があることには留意が必要でしょう(以前書いた日本郵政の件とか)。

さて実務への影響ですが、まず手当についてはそもそも今回のハマキョウレックスの例では(今回争われたものだけで)無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当と7種類の手当があったようです。こうなったのにはもちろん相応の経緯があるものと思いますが、やはり日本郵政の件で書いたように、各社とも各種手当の趣旨と必要性を考慮して在り方を見直していく必要があるのではないでしょうか。ハマキョウレックスの例でいえば、内情がわかりませんので完全に思いつきレベルではありますが、無事故手当が安全運転励行という趣旨であれば(正規非正規共通で)賞金付き表彰制度にするとか、作業手当は職務給に織り込むとか、やり方はあるのではないかと思います。

一般論としても、新規設立会社は当初から食事手当も従業員食堂も設定しないのが現在では主流でしょうし、本社オフィス移転の際に従業員食堂を廃止し、従業員食堂のある本社とない事業所の間の不公平が解消したことから食事手当も廃止して基本給に上乗せしたという話も聞いた記憶があります(すみません今すぐ事例を発見できなかったので勘違いかもしれません)。家族手当も子育て支援の観点から配偶者対象から子ども対象にするといった戦略的な動きもあります。通勤手当や住宅手当は転勤のある企業ではなかなか見直しにくいでしょうが、しかし通勤手当というのは遠距離(≒長時間)通勤に対する補助金という性格もぬぐいがたくあり、「働き方改革」に逆行していることも一面の事実でしょう(職住近接を奨励する制度を導入する企業もありますね)。

定年後再雇用の賃金については繰り返しになりますが今回は不合理でないとされたという話なので、きちんと説明ができるようにしておくことが重要だろうと思います。これは先日ご紹介した八代尚宏『脱ポピュリズム国家』でも指摘されていましたが、(長澤運輸の賃金制度がどうなのかはわかりませんが)日本的な賃金制度においては定年前は後払い的賃金が乗っていて高くなっていることが多いため、同職種の従業員の平均との比較という観点が必要ではないかと思います。

もう一点、長澤運輸事件で興味深いのは、同社は「老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、月額1万円(のち2万円に増額)の調整給を支給する」制度となっていたとのことで、判決もたびたび引き合いに出して評価しています。これはもちろん65歳雇用延長が年金支給開始までの生計費確保策であったことをふまえたものでしょう。となると当時の経済界(合併前の旧日経連)が「生計費確保が目的であれば、賃金ではなく福利厚生的なつなぎ年金の給付等でも可とすべき」と主張していたことが思い出させるわけで、今後、さらなる年金支給開始年齢引き上げなどが議論される可能性は相当にありますが、その際の対応方法の多様化という意味で注目しておきたいと思います。

なおこれは労組におおいに期待したいところなのですが定年後再雇用の処遇問題の解決は定年延長によってはかられることが望ましいと思われ、その際に60歳以前の賃金も見直して65歳定年まで連続的な制度としていくことが好ましいのではないかと思います。さらに続けて70歳継続雇用の実現に取り組むといったロードマップを描かないことには人生100年時代に間に合わないのではないかと余計なお世話ながらやきもきすることしきり。ただあれなんだよなあ、この判決の出た6月1日には官邸の第8回人生100年時代構想会議が開催されていて教育無償化などの取りまとめが進んでいるのですが、そこに提出された神津里季生連合会長の資料をみると高年齢者雇用の推進についてはこう書かれるにとどまり、

○65歳以上の継続雇用年齢の引き上げに向けた環境整備について、有期労働契約を反復更新して60歳を迎える者も含め、まずは、希望する者全員が60歳以降も働き続けられるよう、現在の高齢者雇用対策をさらに強化することが重要である。

○そのうえで、高齢者の身体機能の低下をはじめとする身体・健康状態を踏まえた適正配置や配慮義務の創設など、高齢者にとって安全で安心して働くことのできる職場環境の構築について、総合的に検討する必要がある。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsei100nen/dai8/siryou4.pdf

まあ前段は現実がそうだから仕方ないだろうという話かもしれませんが、後段の他人事感の半端なさはどうなんでしょうか。65歳の時と同じように、年金が70歳になれば国が企業に70歳継続雇用を義務づけてくれるからいいやって話なのかなあ。それにしても定年後再雇用10年はまずいと思うのですが…。

ということで最後は脱線しましたが、今回の判決でいろいろはっきりしてきたこともありそうですし、人事管理改善の動きにつなげていくことも期待できるように思います。労使の努力に期待したいと思います、と自分も他人事モード全開で終わる(笑)。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180604

2018-06-01

[]八代尚宏『脱ポピュリズム国家』

八代尚宏先生から、最新著『脱ポピュリズム国家−改革を先送りしない真の経済成長戦略へ』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

現政権の政策について、政権の長期維持を目的に短期的な利益を国民にアピールし、長期的な利益のために必要な(一部の国民に短期的な不利益をともなう)政策を先送りする「ポピュリズム」と断じ、労働市場・社会保障改革、官製市場改革、経済のオープン化などについて幅広く論じられています。

労働政策については具体論の最初に1章をさいて論じられていますが、現政権の「働き方改革関連法案」については日本型雇用慣行下にある労働者に配慮した「雇用ポピュリズム」であるとの評価です。裏返せば従来型の日本的雇用を縮小せよということであり、例えば賃金については従来型の年功賃金の見直しによる中高年正社員の賃金抑制と供給不足による非正規雇用の賃金上昇が相殺されているから「人手不足でもなぜ賃金が上がらないのか」という状況になっていて悪いことではないとの主張です。

同一労働同一賃金や高年齢者雇用の拡大については、大筋では仕事がなくなる・できなくなったときに解雇の金銭解決が可能なジョブ型雇用を主流にするという方向性です。労働時間法制については、日本型雇用と長時間労働が離れがたく結びついていることから、その縮小につながる罰則的上限規制の導入を高く評価する一方、高プロ制度についてもその必要性を訴えています。労働基準監督行政の民間活用による体制強化も主張されています(私個人としては労働基準監督業務のうち民間で従事可能な部分はかなり限られていると考えていますが。「公務員を増やすことまかりならぬ」ってのも相当なポピュリズムだと思うなあ)。

外国人労働については別の1章を立てて論じておられ、基本的には現行のポジティブリスト方式からネガティブリスト方式に変更せよとの主張なので拡大方向ではありますが、しかしネガティブリストの中に「職種ごとに日本人と同等以上の賃金が支払われていない場合」が含まれていますので、低賃金目的の外国人労働は排除されることになり、むしろ実態からは縮小する方向なのかもしれません。

[]日本労働研究雑誌6月号

労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌6月号(通巻695号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/06/index.html

今号の特集は「休職と復職−その実態と課題」ということで、多くの職場で切実な問題となっているテーマが取り上げられています。わが国の休業・休職の実態を統計から明らかにした太田聰一先生の論文、労働法における課題を整理した水島郁子先生の論文、健康施策と生産性について先行研究を広範に紹介された黒田祥子先生の論文など大変に勉強になります。また高障機構の森誠一特別研究員による実践事例紹介はやはり面白く、そういえば以前幕張の高障機構におじゃました際に「最近では身体障害ではなく精神障害の復職支援がほとんど」というお話を機構の方からお聞きしたことを思い出しました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180601

2018-05-15

[]三菱UFJ銀の総合職、「地域限定」年単位で選択

少々旧聞となりますが、週末の日経新聞から。

 三菱UFJ銀行は2019年4月から人事制度を改定し、海外を含む遠隔地への転勤がある勤務か、地域限定で働くかを年単位で選べるようにする。出産・育児や親の介護といったライフサイクルの変化に合わせて働き方を変えられるようにする狙い。どちらを選んでも給与面の待遇には差をつけず、より働きやすい環境をつくる。

 労働組合と協議した上で導入する。人事制度の改定は9年ぶり。現在の総合職には全国・海外への転勤がある職種と、地域限定で業務内容も絞って働く職種の2つがある。入社時に選択し、賃金体系も異なっていた。

 来春からは1つの「総合職」に統合。地域限定で働くか、遠隔地への転勤もありうる前提で働くかの希望を本人が毎年申告できるようにする。

 これまでは同じ働きをしても給与は全国転勤がある総合職のほうが地域限定職より高いことが多かった。新制度では賃金体系を一本化し、役割や職責で処遇する。責任が重いポストには全国転勤型を選んだ人が就くことが多いとみられる。

 新制度では、親を介護する行員が地域限定で勤め、介護から離れた後で海外への転勤を目指すといった働き方がしやすくなる。入社時に地域限定を選んだものの、仕事をするうちに他地域での仕事も経験したくなるという働き手の意向の変化への対応も想定している。

(平成30年5月13日付日本経済新聞から)

「カネよりキャリア」というわが国の労働慣行を象徴するような事例といえましょう。常識的に考えれば全国転勤のある人はない人より賃金が高く、また役割や職責が重い人は軽い人より賃金が高いというのが当然でしょうし、まあ実際そういう人事管理がほとんどではないかとも思いますが、働く人たちの期待は必ずしもそうではないわけですね。賃金ではなく「役割や職責で処遇する」というのは、まあメガバンクの人たちだからという部分も相当にあるでしょうが、働く人にとっては賃金より権限や裁量を含めた仕事の面白さのほうが大事であり、重い役割や職責を務めることを通じて昇進昇格など中長期なキャリアを形成することのほうがはるかに重要だということでしょう。もちろん昇進昇格が実現すれば賃金も上昇するでしょうが、そちらは従であって主ではないと。まさに高橋伸夫先生の言われるとおり「仕事の報酬は次の仕事」なんですね。

逆にいえば、なんらかの事情で地域限定を選択した人には役割や職責が軽い仕事が割り当てられますよという話でもあり、賃金は同じであってもキャリアの面では不利になるだろうことも想像に難くありません。極論すれば、地域限定を選択した人に対して「カネは同じなんだから、出世はあきらめてね」という制度という見方もできるでしょう(意地悪な見方ですが)。そういう選択をする人、余儀なくされる人がどういう人かと考えれば…まあ、それでも賃金は同じという分だけかなりマシではあるわけですが。そうやって出世競争から納得して「降りて」くれる人が増えればそれも歓迎ということかもしれません。

[]日本労働法学会誌131号

日本労働法学会から、学会誌131号が送られてまいりました。タイトルは「雇用社会の変容と労働契約終了の法理」で、昨年秋に小樽商大で開催された大会における同名の大シンポの記録が中心です。読むと非常に興味深い内容が続いているので参加できなかったのが残念なのですが、しかしさすがに手弁当の企業人会員は小樽までは行けないなあ。なお今後は1日・年2回開催から2日・年1回開催に変更されるらしく、次回は今秋に早稲田大学で開催されるとのこと。大シンポは労働法と知財法をテーマに野川忍先生と土田道夫先生がリードされるとのことでこれはぜひとも行かなければ。

さて大シンポの報告を概観しますと(いやこうまとめられては困りますという話は多々ありそうなのですがご容赦)、まず野田進先生の総論・問題提起があり、それによると「雇用社会の変容」というのは具体的には近年のさまざまな「成長戦略」類において解雇の金銭解決の制度化や、解雇の正当・不当に関する予見可能性の向上などが主張されていること、HRTechなど、AIをはじめとする技術革新の人事管理への応用が始まっていることに加えて、一昨年2月に山梨県民信組事件の最高裁判決が出たことも背景としては大きいようです。同様の動きは先行してフランスで進んでいるとのことで、それを参考としつつ、グローバル化・IT化が進む中で、時に集団的合意のサポートを得つつ行われる「『攻撃的』雇用終了」の新たなルール作りが訴えられています。

各論の第1は山下昇先生で、具体的な解雇事例や過去の裁判例から解雇の合理性・相当性判断の要素として12項目を抽出され、判断基準のガイドラインを作成したうえで、それを都道府県労働局のあっせんといったADRの中で活用し、解決金額基準の作成につなげることを提案しています。

次は龔敏先生が能力・適正評価について検討されています。まず外資系企業に多く見られる業績改善計画(を通じた解雇)について検討し、さらに今後HRTechの導入拡大によって能力評価の(科学的ではあるものの)ブラックボックス化が進むことへの懸念が示されます。その上で、雇用契約時に(職務は限定しないまでも)使用者に能力・適性明示義務を課して解雇事由の判断に活用することを提案しています。

柳澤武先生は、整理解雇(的な雇用調整)における人選基準を取り上げておられます。関心の中心はAIで、AIによる人選は恣意性が入り込む余地がないという意味で客観的ではあるものの裁判所がその判断プロセスを検討することは困難であり、かつ、過去の差別的慣行による間接差別が判断に織り込まれ、法律学的見地からは認めがたい判断や、新たな形態の紛争を惹起しかねないと警告しています。

所浩代先生は勤務不良による普通解雇における説明義務・協議義務について検討しておられ、まず使用者のとるべき行為規範として、求められる具体的な内容を時系列でモデル化したガイドラインを作成し、その遵守を努力義務化すべきとしています。また、合理性の評価規範として、個別的対話の充実を解雇の有効要件として位置付けること(これは龔先生の紹介された業績改善計画にも通じそう)、集団的対話についても肯定的評価要素と考えるべきことを主張しておられます。

最後の川口美貴先生の報告は山梨県民信組事件をふまえたもので、労働契約終了の「合意」が有効となるには「意思表示の存在」だけではなく「意思の自由」が必要であり、具体的な紛争においては労働者は「効力阻害要件」を疎明すれば足り、意思表示の存在と意思の自由は使用者が挙証すべきとの観点からさまざまな検討を加えておられます。

さてその後のディスカッションの記録もなかなか面白いのですが割愛させていただいて若干の雑駁な感想を書きたいと思います。

まず金銭解決についてですが、野田先生がフランスの例を引かれて強調されているにもかかわらず、それ以降は山下先生が少し触れているくらいでほとんど議論になっていません。まあ他の先生方は金銭解決そのものに否定的なのだろうと思いますが(特段意外でもない)、期待外れの感はあります。野田先生の提起されたような、例えばもっと高い能力の人と入れ替えたい、といった「攻撃的」雇用終了を可能とするには金銭解決が有力な手法だろうと思われますが、まあ他の先生方は「攻撃型」雇用終了にも否定的なのでしょう。

龔先生の能力・適正明示義務については、職種は限定しないまでも評価制度とキャリアパスは明示を求めるということで一定の具体性を担保しようとのアイデアのようなのですが、例示されているのが「課題設定力、ITにかかるスキル、コミュニケーション能力、リーダーになる資質、分野を超えて専門知や技能を組み合わせた実践力等」ということだと、やはり十分な具体性は持ちえないのではないでしょうか。職務無限定のままに能力・適性要件を定めて雇用終了の判断基準とするのはなかなか難しいように思います。

AIやHRTechについてもこうした人事管理の現状においては補助的にしか使えないだろうというのもそのとおりだと思います。ただまあ解雇のようなクリティカルな場面では抑制的に考える必要があるだろうと思いますが、日常的な業務転換や人事異動などではさらに有効に活用できる可能性はあるでしょう。一方で昇進昇格や賃金決定などに直接利用しようとすると柳澤先生ご指摘のとおり統計的差別が入り込んできてしまうことも避けられないだろうなと思うところでもあります。まあ性別については学習させないということで対応できる(のか?)かもしれませんが、育児休業取得歴とかは性別情報がなくても容易に間接差別につながるでしょうし、期待勤続年数と深く関係する年齢と言ったものも、企業の人材育成戦略を考えると不可欠の要素ですが、しかし「統計的差別」に直結しそうではあります(なお私は繰り返し述べているように年齢による区別は原則として不当な差別ではないと考えておりますので為念(だからカギ括弧つきにした))。

あとこれはディスカッションの中でhamachan先生こと濱口桂一郎先生が突っ込んでおられたのですが、龔先生も言及しておられますがhamachan先生の『日本の雇用終了』などによれば能力評価とは言っても現実には態度・行為の評価であることが多いため、AI・ビッグデータによる評価が従来主観的とされてきた態度や行為まで客観化されて解雇理由とされてしまう恐れがあるのではないか、という指摘もありました。ただまあ解雇理由としてはともかく、実務的にはコンピテンシーなんかは(行動特性といった訳語をふられる例もあり)ある意味態度・行為だよなあとも思います。コンピテンシーについては明確に「能力ではない」とされていたはずで、「成果を出しやすい人の行動特性」とかいう言われ方がしていた(すみませんうろ覚えなので自信ないです)と思いますので、であれば態度・行為を科学的に客観化する努力をしていたのだと評価することもできるように思われます。それがAIとビッグデータで可能になるならけっこうなことかもしれません。

いっぽうでそのヤバさというのもあるわけで、おそらくhamachan先生もそこを含めて指摘されたのではないかと思いますが、職務無限定な中では使用者が任意に職務を指定できるので、例えば担当職務を付与しない(その極端な例がいわゆる「追い出し部屋」)ことも自由に可能です。でまあこれで現実の能力とはまったく無関係に「ローパフォーマー」の一丁上がりというわけです。つまり、hamachan先生の言われるようにAIによって「おまえはいかにダメな奴か」が客観化できるとなると、そういう状態を使用者が作ることができる可能性があるわけですね。

ということでAI・ビッグデータはじめHRTechについては、可能性には期待するものの慎重な考慮も必要だろうということで、要するによくわかりません。よくわからないものの常として、まずは採用あたりから補助的に活用をはじめて、様子を見ながら徐々に配置とかに拡大し、昇進昇格や解雇などへの活用はごく慎重に、というところではないでしょうか。

なお山梨県民信組事件の最高裁判決については、合意の有効性について「当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」が厳格に解釈されると法的安定性がかなりの程度損なわれる恐れがあり、私も批判的です。ただ判決文を読むと「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については」と明確に限定がなされており、また事前の説明と実際の結果の乖離について「著しく均衡を欠くものであった」とした上で「上告人らが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには…上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど,本件基準変更により管理職上告人らに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても,情報提供や説明がされる必要があったというべきである。」ともっぱら情報の非対称性のみ問題視している(うろ覚えですが当時もそういう報道がされていたと記憶)ことから、確かに一般論ではあるもののその射程は相当に限定的と考えるべきでしょう。少なくともここで争われた労契法8条・9条以外への展開は慎重であるべきであり、川口先生が戦線を全面拡大されいているのははなはだ疑問と感じます*1。というか、退職届にサインしてそれを提出した後でも、労働者が「いや本当は退職する気はなかったんです」と言えば、使用者が「意思の自由」を挙証しなければ無効になりますというのは、あまりに不安定で実務が成立しないでしょう。あるいは川口先生は(「攻撃的」に限らず)雇用終了そのものに否定的でこうした説を唱えられるのかもしれませんが…。

*1:この事件が甲府中央信組が2年間で4つの信組を吸収合併するという異常事態の中であり合併条件なども二転三転したという特殊性も考慮する必要がありそうです。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180515

2018-05-14

[]解雇の金銭解決の制度設計

大内伸哉・川口大司編著『解雇規制を問い直す−金銭解決の制度設計』を読みました。刊行時から気になっていたのですがなにかと取り紛れて失念しているうちに毎日新聞に大竹文雄先生の書評が載り、思い出してあわてて購入して読みました。

解雇規制を問い直す -- 金銭解決の制度設計

解雇規制を問い直す -- 金銭解決の制度設計

まず序章として不当解雇にも「許されうる解雇」と「許されない解雇」があるという観点から論点整理が行われ、続く第I部では近年の日本型雇用システムの変容をふまえて金銭解決ルールの論点が示され、さらにこれまでの解雇規制をめぐる議論の概要がまとめられています。第II部では主として法学の観点から、まず「日本の解雇規制は厳しくない」としてたびたび話題に上るOECDの解雇規制指標について入念な検討が付され、さらに独、西、米、仏、伊、英、蘭、加、伯、中、台の各国の解雇法制が紹介されます。

第III部では経済学の観点から、まず人的資本理論や契約理論など経済学が解雇をどう捉えてきたのかをまとめたうえで、望ましい金銭補償金額が検討されています。経済学的に望ましいのは「完全補償ルール」、すなわち解雇されなかった場合の賃金と解雇された場合の賃金の差額の現在価額であり、具体的には勤続5年で8か月程度、10年で18か月程度とほぼリニアに上昇し、勤続25年で32か月程度のピークとなり、その後は上昇の2倍くらいのペースで急速に下落して勤続37年では6カ月程度にまでなるという結果になっています。過去の希望退職募集の事例における割増退職金の水準と、本書における理論的な算出結果とは、実態にはもちろんバラツキはありますがかなり一致しているように思われ、現場をよく知る労使の協議の有効性を支持しているように思われます。

そして終章では、以上の政策的含意として、「許されうる解雇」については労使双方からの申し立てにより完全補償ルールにもとづく金銭解決を可能とすること、解決金額は完全補償をベースに裁判所が労使の寄与に応じて一定範囲で調整すること、解決金の支払を保障するためのメリット制の解雇保険を創設することなどが提案されています。

さて、本書の内容は私にとっても非常に心強いものであり、なぜかというと私も過去(2006年)『季刊労働法』に寄せた論文「企業実務家からみた労働契約法の必要性」で類似の提案をしているからです。

(6) 解雇の金銭解決

 解雇をめぐる紛争については、和解も含め、復職で解決した事件であっても復職は実現するよりも実現しない確率のほうが高いという*1。人事労務管理の現場では、法律上は事件が終わっても、現実には復職が困難な事情が存在することも多く、さらに金銭解決に向けての長い道のりがあるのが実態なのだ。金銭解決の導入による解決方法の拡大は実務的要請でもあり、したがって、一定要件のもとに使用者からの金銭解決の申立てを認めるという研究会報告の方向性は好ましい。

 この場合、解決金の水準が大問題となるが、研究会報告はこれを労使の事前合意によるとしており、「解雇の金銭解決の申立てを、解決金の額の基準について個別企業における事前の集団的な労使合意(労働協約や労使委員会の決議)がなされていた場合に限って認める*2」などとしているが、これは実務的には現実的でない。研究会報告は希望退職募集における割増退職金からの類推でこれが可能としているが、希望退職募集時の労使協議は、もはやそれが不可避であるという認識が労使間に形成され、企業の支払能力や従業員の生活実態、労働市場の状況といった現実が確定しているからこそ成立すると考えるべきであろう。企業経営が平常状態にある段階で、将来の解雇(当然、その時点での経営状態や支払能力も明確でない)を前提に解決金の額の基準を協議することは、少なくとも現在のわが国の労使慣行においてはほとんど不可能と思われ、これを金銭解決申立ての要件とすることは、金銭解決の活用の余地を大きく制限することとなろう。

 また、研究会報告は「解決金の性質は、雇用関係を解消する代償であり、和解金や損害賠償とは完全には一致しないと考えられる。*3」と述べているが、現実の解決金の金額決定にあたっては、損害賠償における過失相殺の発想を取り入れることが望ましい。解雇が無効とされた例をみるとその内容は多様であり、労働組合加入を理由とした解雇やセクハラ解雇のような論外なケースもあれば、労働者にも相当程度の非は認められるが、手続上の瑕疵や、解雇は過酷との判断により無効となることもあろう*4。使用者に一方的に非があるケースについては、解決金がある程度高額になる、あるいはそもそも使用者からの金銭解決の申立てを認めない*5ことも当然だろうが、いっぽうで労働者に相当の非がある場合と使用者に一方的に非がある場合とで解決金の金額が同じというのは常識的でない*6と考えることもまた当然と思われる。そこにはなんらかの過失相殺的な考え方が取り入れられるべきではないか。

 解決金の水準については、事前に労使で基準を決めるのではなく、希望退職に対する割増退職金の世間相場や、解雇による逸失利益*7(解雇後に就労すれば得られるべき収入を控除する)、企業の支払能力などを考慮して、過失相殺的な考え方も取り入れつつ、裁判所が個別に決定すべきものではないか。こうした判断を行ううえで、労使双方の審判員が参加する労働審判はまことにふさわしいと思われる。時間はかかるかもしれないが、具体的なケースが蓄積されてくれば、ある程度の相場観が形成されてくることも期待されよう*8。

 *1:山口純子(2001)「解雇をめぐる法的救済の実効性」『日本労働研究雑誌』491号参照。

 *2:研究会報告pp.62-64。

 *3:研究会報告pp.60-61。

 *4:たとえば、カジマ・リノベイト事件の第一審(東京地判平13.12.25)。なおこの事件は第二審で解雇有効となり、その後上告が棄却されて解雇有効で確定している。この事件が解雇無効となって原告が職場復帰した場合、これを受け入れる職場の負担は多大であって事実上不可能というよりなく、使用者からの申立てによる金銭解決の実務的な必要性が理解されよう。

 *5:研究会報告も、差別的解雇など一定の悪質なケースにおいては使用者からの申立てを認めないこととすることが適当としている。研究会報告p.63。

 *6:現行法制下では、内容にかかわらず解雇が無効であれば職場復帰というオール・オア・ナッシングの画一的な解決方法しかなく、これが法的に決着した後に金銭解決の交渉が必要となる大きな原因とみることもできよう。

 *7:これはある程度企業の支払能力を反映すると考えられる。

 *8:すでに交通事故については損害賠償等について裁判上の「相場観」が形成されており、(財)日弁連交通事故相談センター専門委員会の編集になる『交通事故損害額算定基準』(青い本)や、東京三弁護士会交通事故処理委員会と(財)日弁連交通事故相談センター東京支部の編集になる『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』(赤い本)などにまとめられている。人事労務管理の実務においても、労災補償などの際に参考とされている。

(荻野勝彦(2006)「企業実務家からみた労働契約法の必要性」『季刊労働法』212号,pp.129-142)

引用註:文中の「研究会報告」は2005年9月15日に発表された厚生労働省「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」を指す。

お読みのとおり、本書の提案とかなり共通する部分が多いのではないかと思います。もちろん私の提案は交通事故の実務を参考とした思いつきレベルのものにすぎないわけですが(本書でも言及されていますが1980年代には類似の学説もあったということでオリジナリティを主張するつもりもない)、それだけに本書で当代一流の労働法学者・労働経済学者による検討結果がこれに近いものになったというのが心強いのです。

それはそれとして、本書は非常に勉強になりますし、従来の議論の経過や諸外国の例をまとめた部分は資料としてもたいへん有用なものと思われますので、関係者にはぜひおすすめしたい一冊です。

青本・赤い本

季刊 労働法 2006年 04月号

季刊 労働法 2006年 04月号

解雇規制を問い直す -- 金銭解決の制度設計

解雇規制を問い直す -- 金銭解決の制度設計

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180514

2018-05-08

[]日本労働研究雑誌5月号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌5月号(通巻694号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/05/index.html

今回の特集は「高等教育における人材育成の費用負担」で、時あたかも高等教育無償化が進められようとする中まことに時宜にかなったものとなっています。また、特集に続く「労働政策の展望」に諏訪康雄先生、「読書ノート」に清家篤先生と、法学・経済学の泰斗が寄稿されているのも目を引きます。「読書ノート」では清家篤先生が(一財)統計研究会70周年記念出版の川口大司『日本の労働市場−経済学者の視点』によせてこの3月に解散した統計研究会へのレクイエムを書かれており、抑制された筆致の中に無念さがにじみ出ています。諏訪康雄先生は「副業・兼業、テレワーク、そして高齢者就業」について論じておられますが、「雇用+雇用」という形での副業・兼業にはまったく言及されておらず、「雇用+フリーランス」が唯一現実的とのご見解のようです。その上で、今後高年齢者による「年金+フリーランス」拡大の可能性などもふまえ、法政策の方向性について論じておられます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180508

2018-04-23

[]野川忍『労働法』

野川忍先生から、特製新型枕こらこらこら、ご著書『労働法』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

労働法

労働法

1,000ページを優に超える労作で、オビには「これまでの労働法学の成果を十全に検証。判例・学説・政策の新機軸と国際的動向も踏まえ、これからの労働法を知るための決定版」とあります。「はしがき」によれば「本書の立脚点は…政策法学と理念法学とに対するマージナルポジションにある。いずれをも重視しつつ、この両者を機能的に連携させうる理念的基盤に立つことに原点を置く。その核にあるのは労使自治の原則である」としています。そのために「判例、学説、その他の資料をできるだけ幅広く、また最新の内容」「多彩な具体例に触れ、かつ、判例…法理をできるだけ幅広く検証」「国際労働法の領域と…労使関係法の領域とのウエイトを高めた」とのことです。

まだ気になるところを拾い読みしただけなのですが、荒木労働法や水町労働法のように労働法の将来展望を論じる終章が置かれておらず、中盤で雇用政策の総論を紙幅を割いて論じているのが目立ちます。また、はしがきにあるとおり、EU・ドイツやアメリカを中心に海外の労働法が多数紹介されていますし、ユニオン・ショップやチェックオフなど集団的労使関係の記載も充実しています。座右において参照させていただきたいと思います。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180423

2018-04-20

[]懲戒免職

セクハラ疑惑が報じられている財務省の福田淳一事務次官が一昨日辞任を表明しました。順当に行けば今日か来週火曜日の閣議を経て退職が発令されるものと思われます。

  • (4月23日追記)金曜日は安倍首相が訪米中で閣議が開かれませんでしたので退職は明日の閣議以降ということになりました。若干追記しますと、公務員は民間企業(の期間の定めのない労働契約)と異なり労働者が一方的に退職することができない(任命権者による発令が必要)ので、人事院規則では必要以上の人身拘束を避けるため「任命権者は、職員から書面をもって辞職の申出があったときは、特に支障のない限り、これを承認するものとする。」と定めています(人事院規則81-2(職員の任免)51条)。いっぽうで人事院職員局長通知「職員の不祥事に対する厳正な対応について」(平9.1.16職職12)には「懲戒処分に付すことにつき相当の事由があると思料される職員から辞職願が提出された場合には、一旦辞職願を預かり、事実関係を十分把握した上で、懲戒処分に付す等厳正に対処すること」との記載がありますので、懲戒処分が行われるまで退職が発令されない可能性もありそうです。まあ前川氏の前例からして明日には退職が発令されそうではありますが。

福田氏はセクハラをまだ否定しているようなので本当にセクハラがあったのかどうかは断言できませんし(まあ出てきている材料をみるとやったんじゃねえかとは思いますが)、テレビ朝日にも問題がまったくなかったかといえばそうでもないような気もしますが、ここではそれらについて書くつもりはありませんので為念。

ではなにかというと世間の一部で辞任を認めるのはけしからん、退職金の支払われない懲戒免職にせよという意見がけっこうあるようで、まあ気持ちはわかるのですがそう簡単でもなかろうという話です。

まず懲戒処分については根拠規定が必要であるところ国家公務員法82条はこのように定めています。

第八二条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。

一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合

二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

さらに具体的には「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職-68人事院事務総長発)という通知があって、セクハラについてはこう定められています。

(13) セクシュアル・ハラスメント(他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動)

ア 暴行若しくは脅迫を用いてわいせつな行為をし、又は職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いることにより強いて性的関係を結び若しくはわいせつな行為をした職員は、免職又は停職とする。

イ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞、性的な内容の電話、性的な内容の手紙・電子メールの送付、身体的接触、つきまとい等の性的な言動(以下「わいせつな言辞等の性的な言動」という。)を繰り返した職員は、停職又は減給とする。この場合においてわいせつな言辞等の性的な言動を執拗に繰り返したことにより相手が強度の心的ストレスの重積による精神疾患に罹患したときは、当該職員は免職又は停職とする。

ウ 相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的な言動を行った職員は、減給又は戒告とする。

(注)処分を行うに際しては、具体的な行為の態様、悪質性等も情状として考慮の上判断するものとする。

実際の懲戒は「基準+情状+均衡」で総合的に判断するものではありますが、まずはこの基準を外形的にあてはめれば「イ」に該当して、懲戒処分を行うとしても停職又は減給ということになります。ちなみに佐川宣寿元国税庁長官についてはご自身が非行を認めたので懲戒処分が実施できたわけですが、こちらもこの基準をみるとこう定められていて、

(6) 虚偽報告

事実をねつ造して虚偽の報告を行った職員は、減給又は戒告とする。

したがって処分も減給20%3か月となり、退職金もそれに応じて減額されているはずです。

さて福田氏に戻って、この基準でも「個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる処分の種類以外とすることもあり得るところ」とされているように情状をどう判断するかが次の話になります。そこで今回のケースを考えてみると、処分を重くする情状は相当にあり、たとえば以下のようなものがあげられそうです。

・事務次官(指導者で率先垂範すべき立場)

・記事のとおりであれば、決裁書書き変えが発覚し綱紀粛正すべき時期

・セクハラを否定しており反省がみられない(あくまで本当にやったのなら、の話です)

・公務等に与える影響が大きい

いっぽう、感情的にはなかなか受け入れ難いかもしれませんが軽くする情状というものもあり、まあさすがに事務次官まで上り詰めているわけですから公務における功績というのも相当にあったであろうということも考慮に入れる必要はあるでしょう。

これら情状を総合的に勘案して基準を上回る免職処分とするかどうかは見解が分かれるだろうと思うのですが、私としては残る「均衡」を考えれば免職までは難しかろうとの意見です。申し上げるまでもなく直近の事例として前川喜平元文科事務次官の例があるからで、前川氏の場合はあからさまな国家公務員法違反ですし、再就職(「天下り」)問題はセクハラ同様に世間の関心も高い案件でしたが、それでも処分が行われる前の退職が認められて退職金も支払われています(ちなみに文科省の判断は停職相当でしたが退職後だったので実質的な処分はなんらおこなわれていないはずです。このあたりは以前書いた)。にもかかわらず福田氏を免職とするのはさすがに均衡を失するように私には思われます。

もちろん前川氏佐川氏含めて処分が軽すぎるという議論は別途ありえますし私として特に意見を述べるつもりもありませんが、現実の問題としては前川氏が処分前の退職を認められた以上は福田氏も同様とならざるを得ないというのは、情において納得しがいたいものがあるとしても致し方なかろうと思います。

MM 2018/04/20 19:46 「職場」なのでしょうか。

heikematuheikematu 2018/05/02 14:18 この場合は、おそらく「職場外」でしょう。ただ、この基準に当てはまらないからと言って処分の対象にならないわけではないと思います。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180420

2018-04-16

[]日本郵政、住居手当を一部廃止へ

意見照会をいただきましたので若干の感想など。詳しいウラ取りはしていないのでややあいまいなところがありますがご容赦ください。

 日本郵政グループが、正社員のうち約5千人の住居手当を今年10月に廃止することがわかった。この手当は正社員にだけ支給されていて、非正社員との待遇格差が縮まることになる。「同一労働同一賃金」を目指す動きは広がりつつあるが、正社員の待遇を下げて格差の是正を図るのは異例だ。

 同グループは日本郵政日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の4社でつくる。廃止対象は、原則として転居を伴う転勤のない条件の正社員(約2万人)のうち、住居手当を受け取っている約5千人。毎月の支給額は借家で最大2万7千円、持ち家は購入から5年間に限り6200〜7200円で、廃止で年間最大32万4千円の減収になる。

 廃止のきっかけは、民間の単一労組で国内最大となる日本郵政グループ労働組合(JP労組、組合員数約24万人)の今春闘での要求だ。同グループの社員の半分ほどは非正社員。非正社員の待遇改善を図る同一労働同一賃金の機運が高まっているとして、正社員だけに認められている扶養手当や住居手当など五つの手当を非正社員にも支給するよう求めた。

 これに対し、会社側は組合側の考え方に理解を示して「年始勤務手当」については非正社員への支給を認めた。一方で「正社員の労働条件は既得権益ではない」とし、一部の正社員を対象に住居手当の廃止を逆に提案。組合側は反対したが、廃止後も10年間は一部を支給する経過措置を設けることで折り合った。今の支給額の10%を毎年減らしていくという。さらに寒冷地手当なども削減される。

 同一労働同一賃金は、安倍政権が今国会の最重要法案とする働き方改革関連法案に柱の一つとして盛り込まれている。厚生労働省のガイドライン案では、正社員にだけ支給されるケースも多い通勤手当や食事手当といった各種手当の待遇差は認めないとしている。

 政府は非正社員の待遇が、正社員の待遇に引き上げられることを想定。非正社員の賃金を増やして経済成長につなげる狙いもある。ただ、日本郵政グループの今回の判断で、正社員の待遇を下げて対応する企業が広がる可能性がある。

(平成30年4月13日付朝日新聞朝刊)

この案件そのものについては、JP労組といえば全逓の流れを汲む有力労組で組織率も高く、労使で交渉し妥結した結果は尊重されるべきというのが私の感想です(周りがご迷惑という話はあとの方で書きます)。

さて記事では「廃止対象は、原則として転居を伴う転勤のない条件の正社員(約2万人)のうち、住居手当を受け取っている約5千人」となっていますが、これは数年前に人事制度を改定して新設されたコースで、そもそも転勤がなくなるので住居手当による配慮の必要性も低下していたものの従来通りに支給してきたという実情だろうと思われます。

それを契約社員にも、という労組の要求の背景として昨年秋に東京地裁が契約社員にも一部手当の支給を求める判決を出したことがあると思われるわけですが(今年に入って大阪地裁でも同様の判決が出ている)、その理由として裁判所はこれら「転居を伴う転勤のない条件の正社員」にも住居手当が支給されていることを指摘していました。私としては基本的には住居手当は長期勤続を前提としたものなので正社員限定というのも合理的ではないかと考えているのですが、この事件については例の「5年無期化」で契約社員が「転居を伴う転勤のない条件の正社員」に転換していくという事情があり、また住居手当は社宅や住宅ローンの利子補給と異なりキャッシュで渡されるものなので、ここをベンチマークとして均衡ある支給をすべきという考え方もありうるかなとも思います(批判的ですが)。いっぽうで年始勤務手当については正月三が日など特別な意味のある日に勤務することに対する配慮なので勤続期間とは無関係であり、均衡ある支給が求められるものと考えます。

いずれにしても、そういう事情もあって経営サイドとしては必要性の低下した「転居を伴う転勤のない条件の正社員」への住居手当を段階的に廃止しようという話になったのだろうと思います。ということはこれは賃金制度の合理化であって、結果的はもちろん格差は縮小しているわけですが記事が主張するように格差是正を意図したものなのかは疑問だと思っていたわけです。

これについてはJ-CASTニュースに続報があって、

日本郵政の人事部は4月13日、J-CASTニュースの取材に対し、格差是正措置であることを否定した。

 「正社員の待遇を下げて、非正社員との格差是正を図る、というような意図は、会社としてありません。住居手当は、転勤の負担のない一般職の方にも、これまでは認めていましたが、社会情勢を考えて必要性があるかと検討した結果、廃止を決めたものです。ボーナスを引き上げており、昨年より正社員の年収は上がります」

今回の春闘で、日本郵政グループ労組からは、格差是正のため住居手当などの5手当を非正社員にも支給するよう求めがあった。結果として、非正社員への年始勤務手当支給については認めることになったが、それは貴重な戦力の非正社員に仕事のモチベーションを上げてもらうためだという。人事部では、「不合理な格差は生じておらず、改善の必要性はなかったと考えています」としている。

https://www.j-cast.com/2018/04/14326160.html

まあ係争中なので当然ながら「不合理な格差はない」としか言いようがないでしょうがそれはそれとして、本音でも格差是正のためだとは考えていないように思われます。ボーナスは変動するので十分ではないにしてもそれなりの穴埋めも勝ち取っており、さらに上の記事にあるように10年間という長期にわたって調整手当が出るということなのでおそらくは経営サイドに相当の持ち出しがありそうで、私としては正直なところ労組はよくがんばったという感想です。働き方改革関連法案が成立して同一労働同一賃金関連が施行されれば、このように必要性の低下した手当などは段階的に廃止・縮小して他の手当(子育て支援とかな)や端的に基本給などに振り向けましょうという話はあちこちで出てくるのではないか、という話も過去何度か書いたと思います。

したがって「日本郵政が働き方改革の同一労働同一賃金を先取りして正社員の労働条件を切り下げたようなのでわが社も」という経営者が出てきて周りが迷惑、という心配をされるのはよくわかるのですが、それで日本郵政の労使を批判するのも気の毒だなあと思います。懸念を払拭するには労組が「穴埋めも経過措置も勝ち取っているし、これは同一労働同一賃金とは無関係」と明言するのが効果的かなあと思うわけですがさすがに立場上恐ろしく言いにくいでしょう(たぶん要求根拠としても同一労働同一賃金を担ぎ出しているでしょうし)。となるとマスコミに期待したいところですが無理だよねえ逆に煽っちゃってるんだもん。いやまあもちろんないものねだりですし同情しなくもないので責めるつもりもないのですが。

もちろん上記のようなけしからん経営者が出てくる可能性は高いというか間違いなく出てきそうなので、事前事後の対策には万全を期してほしいと思います。もちろん労組や労働弁護団などは相談窓口など開設されるだろうと思いますし、行政にも事前の周知や事後の指導をしっかり実施してほしいと思います。これらの広報についてはマスコミにも期待していいかな。

2018-04-10

[]冨山和彦氏

私のツイッターのタイムラインに流れてきたので読売教育ネットワークの「異見交論43 国立大への税金投下に「正当性なし」冨山和彦氏(経営共創基盤 代表取締役CEO)」という記事(http://kyoiku.yomiuri.co.jp/torikumi/jitsuryoku/iken/contents/43-ceo.php)を読んでみましたよ。ちょうどHRmicsの大学教育改革特集を読んだばかりで、結論的には似ていなくもありませんでしたので(立論としてはHRmicsのほうがはるかにしっかりしているわけではありますが)。

でまあこれは編集した記者の問題もあるでしょうが、それにしてもここまで他人への蔑視と憎悪をむき出しにした文章を名前と顔写真入りで公開できるというのはすげえ神経だと思ったわけですがそれはそれとして、なんかいろいろと間違いがあるように思ったので重箱の隅をつつくようですがそれだけ書いておきます。

たとえば、

冨山 税金でまかなわれている国立大学こそ、はっきりと二分化すべきだ。米国ですら、G型大学は10もない。日本でG型と呼べるのは、総合大学としては東京大学だけだ。京都大の一部や東工大などは、分野ごとにはG型だろう。日本の財政がこれほど悪化していなくても、86の国立大学に税金をばらまく合理性は、とうの昔に失われていた。

http://kyoiku.yomiuri.co.jp/torikumi/jitsuryoku/iken/contents/43-ceo.php、以下同じ

「米国ですら、G型大学は10もない」というのですが、アイビーリーグの8校に冨山氏自身がこの直前で例示しているスタンフォードとMITを加えれば10校ですね。でまあ他にもノースウェスタンとかシカゴとかジョンズホプキンズとかカーネギーメロンとか私のような素人でも名前が上がるような大学がいくつもあるわけです(続きの都合上私学だけにした)。

文脈からして(日本の例が東大・京大・東工大でもあり)国立大学のことなのだ、という話かもしれませんが、アメリカの国立(連邦立)大学はウェストポイントやアナポリスなど軍事関係を中心に十数校しかなく、まあウェストポイントあたりでは研究もかなりの規模で行われているようではありますが基本的な性格は職業人養成であり「G型大学は10もない」どころかひとつもない

あるいは「税金でまかなわれている」ということでアメリカについては州立大学だということかもしれませんが、カリフォルニア大学(UC)だけでG型が5校か6校はありそうな…?これにミシガンとかヴァージニアとかワシントンとかオースティンとかチャペルヒルとか、少なくとも国際大学ランキングで東大より上に行っているG型州立大学はやはり10校ではきかないような。すげえなアメリカ。もちろんG型をアメリカで9校以下になるように定義すれば「10もない」ということにはなるわけですが、しかしまあいかにも誇張ですよねえ。

冨山 前提が全く違う。生と死を常に考えておかなければならない高貴な階級のための教養だ。東京大学の大教室で、400-500人にシェークスピアを講義しても何の意味もない。リベラルアーツとは本質的には言語教育だ。考えるための言語を与えるものだ。立場、生きる世界によって、言語は異なる。最先端のAIを学ぶ人ならば、高度な統計数学を言語として持つ必要がある。一方、普通の会社で普通に働く人に高度な統計数学は関係ない。それより、簿記・会計の方が言語になる。「すぐに役立つもの」はすぐに陳腐化する、と大学人はさげすむ傾向があるが、簿記・会計は300年変わっていない。

東京大学の大教室で、400-500人にシェークスピアを講義しても何の意味もない」というのは絵に描いたようなわら人形と思われ、いや東大の大教室で400人相手にシェイクスピアを講義してるわけないじゃん(これはウラ取りしたわけではないので実際にやっているということであれば恐れ入りますが)。とりあえず東大の学年定員は3,000人台の前半(かなり前)のはずで、文学部に進学するのは1学年せいぜい400人でしょう。仮に駒場で全学対象の教養科目で西洋文学をやったとしても400人は集まらないと考えるのが常識的と思います。

リベラルアーツに関する議論もなんか的外れのような気がしますがまあリベラルアーツ自体が多分にバズワードという感もあり、それこそ編集の問題かもしれませんのでそれはそれとして、「簿記・会計は300年変わっていない」というのもひどいなあ。もちろん複式簿記自体は300年どころか15世紀末には骨格ができていたわけですが、しかし減価償却の概念が導入されたのは19世紀のことであり、繰延資産とか引当金とかはさらに新しいものなので、まあ「300年変わっていない」というのは不適切でしょう。つかどこから300年という数字が出てきたのかが不思議です。ちなみに私は大学で簿記・会計を学びました(笑)

冨山 日本国民が豊かになること、幸せになること、それに貢献することだ。ところが実際は、4年間もレジャーランドで遊ばせているだけだ。日本の若者の学力のピークは19歳で、そこから4年間使って下がっていく。

「ピークは19歳」というのも証拠を出せと言いたいところですが学力の定義次第ではあるでしょう。同じ定義だと諸外国でも同じ結果になる例は多そうですが。「4年間もレジャーランドで遊ばせている」っていうのも、冨山氏の学生時代はそうだったのでしょうが、今は違うと思うなあ。かなりミスリーディングだと思います。

冨山 実際はもう変わってきている。たとえばパナソニックでも、従業員の3分の2は海外で、メンバーシップ型ではない。海外に人を送り込もうとすると、「その人は何ができるのか」と問われ、拒絶されるケースも出ている。コストを負担するのは現地法人だからだ。

これは現実にそういう事例もあったのかもしれませんが一般化するのはかなり危なっかしく(これに続いて思い切り一般化されているわけだが)、なにかというと、現地人にできるポストに日本人を送り込もうとして拒まれるのはむしろ普通だと思われるからです。現地法人にとっても現地の政府にとっても自国民の雇用が重要なわけで、とりわけ賃金の高いポストについてはできるだけ現地人でと考えるのが普通でしょう。

ということで半分くらいまで来たのですがさすがに疲れました。この後も誇張や独善をおりまぜてひたすら他人の罵倒が続くのですが、まあ他人がバカに見えて仕方ない気持ちは想像できなくもありませんがしかしなんかこの他人を説得したいならやり方を考えたほうがいいと思うなあ。「大学でももっと実学を」という主張自体はそれなりにもっともな部分もあるわけですし、実際にその方向に進みつつあるようにも思われるわけですし(とりあえず高校の数学の必修をやめて中退を減らすとかいう主張よりは相当にまともだと思う)。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20180410