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2016-09-05

[]働き方改革どこへ行く?

いまや政権の目玉政策となった感のある「働き方改革」ですが、先週金曜日(2日)には「働き方改革実現推進室」が内閣官房で発足し、中旬には「働き方改革推進会議」というのもスタートする予定とのことです。報道によれば、1億総活躍プランで示された「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」「長時間労働の是正」「高齢者の就労促進」に加えて「障害者障害者やがん患者が働きやすい環境の整備」についても議論されるとか(時事、http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081800734)。

さて推進室の開所式には安倍総理も出席し、以下のとおり訓示されたということです。

 『働き方改革』にいよいよこれから我々は着手するわけでありますが、一億総活躍社会を目指す私たちにとって『働き方改革』は最大のチャレンジであります。

 同時に、まさに働き方は人々のライフスタイルに直結するものであり、そして経営者、企業にとっても大変大きな課題であります。

 それだけに大変困難が伴うわけでありますが、私も先頭に立って取り組んでいく決意であります。

 世の中から『非正規』という言葉を一掃していく。そして、長時間労働を自慢する社会を変えていく。かつての『モーレツ社員』、そういう考え方自体が否定される。そういう日本にしていきたいと考えている次第であります。

 人々が人生を豊かに生きていく。同時に企業の生産性も上がっていく。日本がその中で輝いていく。日本で暮らすことが素晴らしい、そう思ってもらえるような、働く人々の考え方を中心にした『働き方改革』をしっかりと進めていきたいと思います。

 最大のチャレンジでありますから、選りすぐりの皆さんに集まっていただきました。皆さんの獅子奮迅の活躍を加藤大臣の指揮下でしていただくことを期待しております。

 皆さん一緒に結果を出していきましょう。頑張っていきましょう。

たいへん短い激励のあいさつなので、具体的な話ではなく意気込みを訴えるというのはまあ自然な成り行きのようには思いますが、それにしてもこの意気込みはどうなのか

たとえば「長時間労働を自慢する社会を変えていく」というわけですがいまの日本社会ってそういう社会でしたっけという感は禁じえません。もちろん中にはそういう高度成長期の化石みたいな人もいることはいるでしょうし、そういう人たちが往々にして周囲にもそれを要求して迷惑だという実態もあるわけですが、しかし少数というか例外だろうとも思う。政策目標としてこれを担ぎ出すのは、わら人形を叩いていると言われても仕方ないのではないかと思います。

モーレツ社員については「かつての」がついているので過去の話として語っていただくにはいいのですが、しかし死語だよねえとも思う。まあ死語は言い過ぎとしても、電通総研が去年実施した「「若者」×「働く」調査(http://www.dentsu.co.jp/news/release/2015/0813-004113.html)のニュースリリースをみると「若者は「企業戦士」「モーレツ社員」という言葉を知らない。」とまとめられているわけで(具体的な認知度は40〜49歳の54.4%に対し18〜29歳は21.7%)、実際の用例としても「うちのおじいちゃんは企業戦士だったらしいのよねえ」という感じで、現役のビジネスパーソンをつかまえて「あの人はモーレツ社員だ」とはほとんど言わないでしょう。そんなものをつかまえて「そういう考え方自体が否定される」とかリキまれてもなあと思います。

というか、そもそも当時から「モーレツ社員」という語はそれほど積極的に肯定されてはいなかったのではないかと思われるフシもあり、たとえばこの時期の『日経ビジネス』のバックナンバーを検索してみると、1971年11月1日号では牛尾治朗氏(ウシオ電機社長=当時)の「日本の国民全体としては、モーレツ社員思想とかには反対で…週5日制にするとか、公害がなくなるとか…絶対数ではその方が多いと僕は思う」という発言が紹介されていますし、1972年9月18日号では「"モーレツ社員"とおだてられながら成長期を支えてきたミドル…の層がビジネス社会で最も膨らんだとき、従来の日本的な年功序列制度は内部崩壊してしまっているかもしれない」という記載があります。他にも、1973年5月18日号では大企業経営陣の「(会社のためではなく)自分と…家族のために働いてもらえばいい…自分のためのモーレツ社員ならかまわないが、会社のためのモーレツ社員になる…ほどバカなことはない」という発言が紹介されているなど、総じてあまり好意的ではなく、積極的に評価している例は見つかりませんでした。広く知られているように、「モーレツ」そのものの流行が1969年の丸善石油のテレビCMからなので、仮にモーレツ社員が賞賛されていた時期があったにしても(まあ"おだてられ"てはいたらしいのですが)それほど長いものではなかったのではないでしょうか。

もちろんこのあたりは私もリアルなビジネスシーンの経験があるわけではないのでなんとも言えないのではありますが、まあ引用した記事からの印象としても、モーレツ社員はモーレツに働けば昇給や昇進といった見返りがあったからそうしていたのだろうとは思われ、したがって多分に大企業の話ではなかったかという気はします。でまあそんなものは高度成長で企業組織が拡大し管理職ポストも比較的潤沢だった時代だったから成り立ったものであり、その前提がなくなれば消えていかざるを得ないはずだというのはこれまで繰り返し書いたとおりです。

ということで、長時間労働そのものや、見返りの薄い滅私奉公をよしとしたり自慢したりするというのはいまやかなりの珍種ではないかと思います。こう書くと、いやいや私はつい先日も友人の長時間労働自慢を聞いたぞという人がいるだろうと思いますが、しかしそれは長時間労働そのものではなく「長時間労働で成果をあげた」という話だったのではないでしょうか?ここが大事なところで、やはり繰り返し書いていますがイノベーションやブレークスルーを実現しようと思うと一定期間は集中的に働くことが求められるのは避けられないわけです。こういうわら人形の叩き方をするとこうした長時間労働まで含めて全否定してしまいかねないわけでそれはやはりマズいのではないかと私は思います。

たとえばバブル期の1989年にリゲインの「24時間戦えますか」というテレビCMが一世を風靡したわけですが、あれも歌詞を見ればグローバル大企業で世界をまたにかけて活躍するエリートビジネスマンの話であって、まあ本当に24時間戦うかどうかは別として、その手の人がワーカホリックであるのは洋の東西を問わないでしょう。そんなのは他人に迷惑をかけない限りはやらせておけばいいじゃないかと私などは思うわけです(というか、あのCMがそもそも前年に大流行したグロンサンの「5時から男」の反動という面もある)。で、この手の人が迷惑になるのはエリートでもない人にもそれを要求するからであり、そこでいや私あなたのようなエリートじゃありませんからと言えるような区別をどうするのかというのが人事管理の大問題だという話も繰り返し書いているとおりです。

「『非正規』という言葉を一掃」というのは首相は以前も言っておられましたが、これもどうするのさという感はなきにしもあらず。もちろん「非正規」にはネガティブなニュアンスがあることは間違いないわけなので、本当に言葉が使われなくなるというよりは、ネガティブな側面をなくしていきたいという意気込みなのかもしれません。

私はそもそも労働政策・雇用政策は政労使の三者の協議を通じて形成されるべきだという考え方なので、こうした官邸主導のやり方には必ずしも肯定的ではなく、推進会議のメンバーを見ても少々心許なさを覚えるわけですが、まあ首相が意気込みをもってリーダーシップを発揮するというのであれば、まあそれも悪いたあ申し上げません。ただまあもうちょっとモノのわかった人が回りを固めないと危なくて仕方ないとはこの訓示を読んで正直思った。

働き方改革どこへ行く。さてどうなりますか。

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2016-08-22

[]高校野球の話

この夏はオリンピックイヤーということでスポーツが例年になく盛り上がりを見せているように思います。とりわけリオデジャネイロ五輪では日本代表団がかつてない好成績をあげたということでまことにご同慶です。

さてそうした中で全国高校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」も例年通り開催され熱戦が展開されましたが、そのかたわらであれこれと批判が繰り返されたのもまあ例年どおりだったようです。ということで高校野球ネタも1年ぶりになりますが若干の感想を書きたいと思います。例によって印象論のこなみかんですのでそのようにお願いします。

まずは典型的な批判的論調として元毎日新聞の黒岩揺光氏がHuffington Postに寄せた一文をご紹介しましょう。黒岩氏は野球経験者でもあるようです。

…シーズン通してレギュラーとしてプレーし続けたことを示す「規定投球回数」または「規定打席」をメジャーで5シーズン以上、クリアした日本人選手は何人いるでしょう?

 答えはたったの4人。イチローのほかには、野茂英雄、松井秀喜、そして黒田博樹。

…世界有数の野球人口を誇る日本が、なぜここまで活躍できないのか?私は、原因の一つは、「甲子園」であり、甲子園制度を改革することでしか、日本の野球のレベルアップはありえないと思っている。

…甲子園の最大の問題は、高校スポーツとしては世界でも稀にみる注目度と短期のトーナメント方式にある。高校生のスポーツ大会が、連日全国紙で3−4ページも割かれて報道され、球場に3−4万人の観客を集めるというのは、他の国で聞いたことがない。学校からすれば、甲子園ほど良い宣伝方法はなく、良い指導者、良い施設にお金を投じ、チームに1人良い投手がいれば、絶対勝利主義のもと、その投手を連投させる。

…他の国ではチームの勝利より選手生命が大事にされ、日本では「甲子園」への過度の注目度により、選手生命よりチームの勝利が優先される。

 17歳の若さで無理をしてしまうことに慣れさせては、プロになっても無理をすることを続け、普通の人なら大きなケガになる前に「少し休ませて下さい」と言うところを言えなくなってしまうのではないか。…

 さらに、甲子園は短期決戦のため、一つのミスも許されない状況に置かれ、打撃も守備も型にはめられやすい。リーグ制なら、「今日は思い切ったプレーでエラーや三振して負けたけど、次の二試合ファインプレーで勝って取り戻す」という発想が生まれ、より自分のスタイルを貫きやすい。

…最後に「甲子園」の最大の問題は、大手新聞社が主催しているため、甲子園をメディアが「美化」しようとすることだ。夏は朝日新聞、春は毎日新聞がそれぞれ主催し、NHKが全試合を放送する。

 私は毎日新聞記者1年目に奈良県の予選を担当したが、毎日、「雑感記事」として選手にまつわるお涙頂戴の話を探さなければならなかった。そして、一番よくあるお涙頂戴は選手の「ケガ」にまつわる話。エースだったが、ケガをしてマネージャーになり、選手を影で支えるとか、ケガで前の大会は出られなかったが、今大会で涙の復活とか。ケガを「美化」し、野球部の管理体制に疑問を呈するなんていうことはしなかった。

…8月10日の甲子園で、広島新庄のエースが177球を投じた。無論、それについてメディアは疑問を呈さない。「エースの熱投」だとたたえるだけである。…相手の4番打者を5回敬遠しても選手生命を絶つことはないが、自分のチームのエースに177球投げさせたら、絶つ可能性はある。…

…投手の球数制限や、最低3日の投球間隔を空けるなどの制度改革。そして、甲子園が「短期」でなくてはならない最大の理由である、阪神タイガースの本拠地併用も見直してはどうだろうか。

http://www.huffingtonpost.jp/yoko-kuroiwa/koshien-major_b_11456704.html

繰り返し指摘されている問題であるにもかかわらず、準決勝前日に休養日が設けられた程度であまり改善がみられないのは、おそらくは「甲子園の最大の問題は、高校スポーツとしては世界でも稀にみる注目度と短期のトーナメント方式にある」という、まあそのとおりではあるのでしょうがしかしどうにもならない点に原因を求めているからなのでしょう。

前者については「連日全国紙で3−4ページも割かれて報道され、球場に3−4万人の観客を集める」というのはたしかに弊害もあるのでしょうが、しかし野球競技の振興においても新聞社はじめ関係者のご商売においてもまことにけっこうなことでもあるわけで、投手の酷使を防ぐために注目度を下げましょうともなかなか言えなかろうと思うわけです。後者についても、プロ野球との併用という施設サイドの事情もさることながら、予選ならともかく全国大会ともなると滞在期間が延びるほどに費用もかさむわけであり、また夏休み期間中には終わらなければならないという事情もあってそうそう長期間やるわけにもいかないでしょう。

それではどうするか。私は多くのヒントは社会人野球にあると思っています。

第1に、都道府県代表をやめて、全国数ブロックに分けて複数代表とし、全国大会出場校を32校程度に減らすことです。これにより全国大会の試合数は48試合から31試合と17試合も減りますので、休養日を増やしたり、準々決勝を2日に分けたりするなどの日程緩和ができることになります。より実力を反映した代表選考となって公平性の観点でも望ましく、また激戦区では予選段階から選手が酷使されるという問題への対策にもなるでしょう。すでに春の選抜大会は類似の運用になっていますので、比較的抵抗もないのではないでしょうか。

そうなると予選のやり方を見直す必要がありますが、なんでも硬式野球部のある高校は全国で4,000校以上あるということなので、あるレベルまでは都道府県のトーナメントでやるしかなさそうです。各都道府県に、出場校50校につきブロック代表決定戦進出枠を1割り当ててまず都道府県予選をやるというやり方なら各県高野連の顔も立つでしょうしこらこらこら、5回戦か6回戦で1枠決められるので、夏休み前の週末だけでも運用可能でしょうし、そうなれば3連投4連投という話にもならないでしょう。夏休みに入ったら敗者復活戦付の代表決定トーナメントということで、ざっと計算するとここでさらに1/3に絞らなければならないようですが、まあなんとかやれるような気はします。

次に記事にある「177球」、1試合での投げ過ぎ対策としては、やはり記事にもあるように直截に投球数の上限を規制するというアイデアもありますが、これには好投手相手の試合で「投球数を増やさせて上限到達を狙う」といった批判もあるようです。1試合の投球数が問題になるのはほとんどの場合延長戦と思われますので(記事にある試合も延長12回)、むしろ延長タイブレークの導入が望ましいでしょう。大学や社会人に進めば採用されているルールであり、また高校でも明治神宮大会や国体では採用されています。真夏の甲子園でこそ採用されるべきルールであり、方式も制球力が十分でない高校生は記事にもあるように延長12回でも177球投げてしまうので、10回から1死満塁という明治神宮大会ルールでいいのではないかと思います。さらに進めて、9回同点は引き分けであって決勝戦であればラグビーのように両校優勝とし、準決勝までは次の試合に進むチームを決めるためのコイントスに代えてタイブレーカをやる(したがって公式記録とはならない)という考え方もありうるでしょう。まあ、このあたりは競技の哲学?に触れるところでしょうし、決着つくまでやるのがいいのだ、という人にはご不満でしょうが…。

そして、ぜひとも決断してほしいのが予選敗退校からの補強選手制度の導入です。現状であれば同じ都道府県の予選で敗退した学校から一時的に選手を借りるわけです。高校野球はベンチ入り選手が少ないのであまり多数にはできないと思いますが、投手1人を含む2人を必須とする、くらいのことはやってもいいのではないでしょうか。特に代表校数を減らすのであればその補完措置としても効果があるのではないかと思います。

もちろん相当の抵抗はあるものと思われ、その中には補強を出す側にもいろいろ手数がかかるというもっともな問題もあります。ただまあ想定される反論として「高校野球は学校体育なのだから他校の生徒を入れることはできない」とか「練習も勉学もともにしてきた仲間との結束を大切にしたいから他校の選手は入れたくない」とか「補強選手の失策や不調のために敗退したら自分たちの努力はどうなるのか」といったものがあるわけですが、しかしそれは視点を変えれば得難い教育機会でもあるでしょう。昨日までしのぎを削ってきたライバルを今日からは仲間に迎えてともに共通の目標を目指すというのは、たいへん大きな教育的効果があるのではないかと思うのですが、どうなのでしょうか。少なくとも私には、これまでの仲間内にこだわる狭量さよりは好ましいもののように思えます。これは補強される選手にとっても大きな機会となるものですし、とりわけ無名校に傑出した選手が現れたケースなどでは有効でしょう。さらには、補強選手を輩出する学校にしてみれば一定程度の宣伝効果も期待できるわけです。もちろん、投手1人を必須とすることでチームに全国レベルのエース級投手が1人増えるわけですから、他の投手にとっては大きな負担軽減になることは言うまでもありません。現場の抵抗も相当なものだと思われますので容易ではないでしょうが、しかし私には利点の多いもののように思います。

ほかにも、たとえばソフトボールの再出場制度(リエントリ、スターティングメンバーはいったん試合を退いても1試合1回に限り同一打順・同一守備位置で再出場できる)とか指名打者制度とかいったものは、選手の出場機会を増やすだけではなく、負担軽減という意味でも効果があるでしょう。特に再出場制度があれば投手交代もしやすいでしょうし、交代の際に投手が外野や一塁の守備につく(ことで再登板を可能としておく)といった負担も軽減されるでしょう。

  • ここでほかの論点についてもコメントしておきます。まず「一発勝負だと冒険しにくい」というのはわかるのですが、だから「型にはめられやすい」とまで言えるかどうか。こちらはむしろ高校生に短期間で一定以上の技術水準を達成させるために「型にはめ」やすくなる、という理屈のほうがしっくりくるように思います。
  • もう一点、若いうちに無理をするのに慣れてしまうとその後も無理を繰り返す、というのは、とりわけプロ入り後にはどちらかというとチームのためというよりは自分のため(競争を勝ち抜くため)という側面が大きいように思います。

ということで、やれることはずいぶんたくさんあるのではないかと思うのですが、しかし高校野球にはこういった合理的な思考となじみにくい「文化」のようなものがあることもたぶん事実なのでしょう。昨年の高校野球ネタで選手宣誓を取り上げましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150819#p1)、そこにもさまざまな価値観が織り込まれていましたし、それは選手自身の思いとともに、周囲の高校野球に寄せる思いの反映でもあるでしょう。

そもそも、高校野球が盛り上がるのはご同慶ではあるものの率直に申し上げて私などは子どもが金属バット持ってやる野球のどこがそんなに面白いんだなどと思うわけで、結局のところそれは競技そのものだけではなくそれを取り巻く物語も合わせて消費しているのだということでしょうし、だからメディアはそうした個別の物語、黒岩氏のいわゆる「お涙頂戴の話」を供給することになるのでしょう。チームゲームなので一定の自己犠牲があるのはむしろ当然ですし、甲子園大会に出ている選手でも多くは高校で「本気の野球」は終わるわけで、最後の・最高の晴れ舞台では無理もいとわないというのも情においてうなずけるものがあります。

要するに舞台装置はお誂えむきに揃ってしまっているのであり、好き嫌いは分かれますが(そして嫌いな人たちは強く反発するわけですが)この手のものが好きな人がたくさんいて日本の野球文化の一部を支えていることも事実なので、まあ急には変わらないと思うわけです。そうした中で選手の酷使をなくしていくためには、そもそも試合数を減らすとか、無理して続投・連投させるよりは別の投手が投げたほうが有利になるように戦力を整えるとかすることが効果的だろうと思うわけで、代表をブロック制にして数を減らすとか、補強選手制度を導入するとかいう手段がそれと整合的ではないかと思うわけです。

実際問題として、こうした対策を導入したらメディア向けの話題が減るかというと決してそんなことはないと思うのですね。もちろん177球とか4連投とかいう話はなくなるわけですが、たとえば代表決定戦が敗者復活戦付きになれば、単調なトーナメントと較べてずいぶん多くのドラマが生まれるでしょうし、補強選手制度にしても、選ばれた選手が話題を提供するのはもちろんのこと、補強が来たことでベンチから外れた選手などはさぞかし「お涙頂戴の話」を潤沢に提供してくれるのではないでしょうか。高校野球の現実をふまえれば、けがとか酷使とかいったことに代わる物語を提供することが、それらをなくすためには大切なのではないかと思うわけです。

[](おまけ)秀岳館高吹奏楽部

上のエントリを書いていて見つけたネタです。かなり旧聞ですが、秀岳館高校の吹奏楽部が甲子園応援を優先してコンテスト出場を断念したというニュースが話題になりました。

 甲子園のスタンドでもう一つの夏が燃焼した。16日の全国高校野球選手権大会で、秀岳館(熊本)のベスト8進出を支えた同高吹奏楽部。部員たちは、この夏の吹奏楽コンテストの南九州大会出場をあきらめ、全国制覇を目指すナインとの夏を選んだ。「甲子園が僕らにとってのコンテスト」。伸びやかな演奏が歓声とともに夏空に響いた。…

…県予選を通過しても、甲子園の応援を優先すれば大会には出られない。…「コンテストに出たい」と涙を流す部員もいた。…8月1日の県予選には「上位入賞しても南九州大会を辞退する」と主催者側に申し入れて出場し、金賞を受賞した

http://www.nishinippon.co.jp/nsp/koushien_kumamoto_2016/article/267365

まことに当然ながらこの手の話が嫌いな人からはウェブ上などで批判が殺到したようです。

…吹奏楽部と野球部が一緒に日本一を目指すという美談として伝えられているが、ネット上では、吹奏楽部が本当に納得できているのか疑問の声が多くあがっている。

「自分たちのメインの活動を諦めて応援を優先せざるをえないってどう考えてもおかしい」

「吹部の三年生は何のために三年間頑張ってきたの?」

「学校側が吹奏楽は野球より下って明言したようなもん」

「一聴すると美談に思うが、何か圧力(大人の事情)があったのでは?と勘繰ってしまう」

「自己犠牲を賞賛しているのが気にくわない」

http://news.livedoor.com/article/detail/11900940/

その後さらに検証記事(http://www.j-cast.com/2016/08/18275579.html)も出ていて騒ぎとしてはおさまっているようですが、まさにこの記事、上のエントリで黒岩氏が「毎日、「雑感記事」として選手にまつわるお涙頂戴の話を探さなければならなかった。」と嘆いている、その産物のように思えます。

なにかというと、この記事はこの話を「美談」にするために強豪の吹奏楽部がコンテストを断念して野球応援を優先したという仕立てにしてしまっているわけですね。ただ、実際には秀岳館の吹奏楽部は全国大会に出るような強豪ではなく、部員21人でB編成のコンテストに出て、県代表にはなるくらいの強さなのですね。そのレベルであれば、まあコンテストに出られなくて涙を流すという部員もいるにしても、大勢は(検証記事にもあるように)「コンテストより甲子園応援」というのがまあ自然な流れでしょう。

逆に、熊本県で言えば玉名女子のような全国大会常連の本当の強豪であれば、通常2編成以上持っているので(まあ玉名女子が甲子園に出ることはないわけだが)やりくりしてコンテストと応援を両立させますし、どうしてもダメならOBが楽器を持って(ここが重要で、強豪校のOBは楽器を持っているので学校の楽器を使わなくてもバンドが編成できる)集まってきてなんとかしてしまうはずです。実際、野球の強豪校がまた吹奏楽の強豪校であるという例は多く、こうした学校が当たると野球も応援も負けられない必死の一戦になったりします。

ということでこの記事を書いた記者さんは、ネタがなくて都合よく書いてしまったとしたら誠意が疑われますし、本当に強豪だと信じ込んでいたなら取材不足であって、まあ「お涙頂戴の話」が調達できなくて苦労したのだろうなあと同情に堪えないわけです(笑)。真に受けて火を噴いてしまった人にはご迷惑な話ではあるわけですが。

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2016-08-19

[]最低賃金とビッグマック

先日こんなニュースが流れてきました。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/22/minimum-wedge-nyc_n_7853568.html

「アメリカ・ニューヨーク州のファストフード賃金委員会は7月22日、時間当たりの最低賃金を段階的に15ドル(約1860円)まで引き上げるよう勧告することを決めた。」とのことで、まあ実現性には疑問もなくはないようですが、日本で類似の運動を展開している向きには勇気づけられる話かもしれません。

さてそれはそれとしてマクドナルドということで私にはちょっとどうなんだろうと思うところがあったので簡単に調べてみました。マクドナルド商品の「ビッグマック」は英エコノミスト誌が各国の物価水準の比較に用いられていたりしますが、その価格と最低賃金がどんな感じになっているのか気になったのです。

ということでデータは最低賃金については労働政策研究・研修機構の『データブック国際労働比較2016』(いつもお世話になっています。Web上にもありますhttp://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2016/05/p198_t5-19.pdf)、ビッグマックの価格については「世界経済のネタ帳」というウェブサイトに掲載されていたもの(http://ecodb.net/ranking/bigmac_index.html)を利用しました(ありがとうございます)。なお最低賃金は日額(*)・月額(**)で定めている国もあるため、非常に大雑把ながら便宜的にそれぞれ日額の8分の1、月額の160分の1で時間当たり換算しています。

結果をまとめるとこんな感じでした。

国名通貨(A)最低賃金額(B)ビッグマック価格B/A*100
ドイツユーロ8.53.5942.2
フランスユーロ9.674.142.4
イギリスポンド6.72.8943.1
日本79837046.4
アメリカ米ドル7.254.9368.0
韓国ウォン6030430071.3
中国**人民元12.717.6138.6
インドネシア**ルピア1937530500157.4
フィリピン*ペソ60.1131218.0
ベトナム**ドン2187560000274.2
インド*ルピー44.1127280.0
タイ*バーツ37.5112298.7

表の上半分・下半分がはっきりわかれていて、ビッグマックは先進国ではジャンクフードでも途上国ではまだぜいたく品だということなのでしょうか。

そこで先進国をみると、面白いことに日本と欧州はよく似ていて、ビッグマック価格は最低賃金の40%台くらい。米国と韓国が同じくらいで7割前後になっています。低い低いと言われるわが国の最低賃金ですが(そしてたとえば賃金の中央値との比較などで評価すると実際低くなるわけですが)、ビッグマック平価でみれば欧州との比較でもけっこうがんばっていることになってしまうんですね。

これを見てひとつ考えらえるのが日本のビッグマックは安すぎるということではないかと思います。ということは消費者が最低賃金が低いことによる恩恵を受けているということになりそうです。わが国では現在最低賃金を1,000円を目標に引き上げる(そうすれば先進国では普通くらいの水準になるというわけですが)という政策が進められようとしているわけですが、そうなるとビッグマックの価格は最低賃金比37%ということになって欧州諸国をも大きく下回ることになります。

ということで、もしわが国で最賃を大幅に上げていくのであれば、その負担(の一部)は消費者が負担する=値上げすることが不可避ではないでしょうか(つかそうしないと経営も立ち行かないと思う)。特に確証があって書くわけではありませんが、これはマクドナルド以外にもわが国では(特にサービス産業を中心に)広く見られる話ではないかと思います。

ということでまた毎度の話になるわけですが、やはり消費者が値上げを受け入れるかどうかが問題だということでしょう。近年のわが国の家計は防衛的な傾向が強く、値上げが受け入れられにくい状況にあると言われます。これについては所得不足に主因を求める意見もあれば財政・社会保障の将来不安を原因とする意見もあるなど議論はさまざまですが、要するに着実な経済成長が必要だということは言えるだろうと思います。マクロでみると企業部門に資金が積み上がっているという現状をみれば、まずは企業の奮起が望まれる場面かもしれません。政策的にも企業活動の活発化にむけた環境整備が望まれるところですが、個人消費の促進にも配慮が求められるでしょう。消費の停滞が本当に将来不安によるものなのであれば、再分配の強化や雇用の安定、(最低賃金も含む)労働条件の改善支援といったものにも配慮が必要であり、それと企業活動活性化に向けた規制改革とのバランスが重要だということかもしれません。

[]派遣社員の待遇改善進む

今朝の日経から。上で最低賃金引き上げの話を書きましたが、派遣の時給はそれを大幅に上回る水準で推移しているようです。時給1646円なら、1日8時間20日で月額26万円を超えますので、なかなかの待遇といえそうです。

 派遣社員の時給上昇が止まらない。求人情報大手のリクルートジョブズが18日まとめた7月の三大都市圏(関東、東海、関西)の募集時平均時給は前年同月比2.1%高い1646円だった。プラスは38カ月連続で、07年2月の調査開始以来最高となった。サービスやIT(情報技術)を中心に人手不足が続き、派遣会社は時給を上げないと社員を集められない。

 派遣会社の中には時給引き上げ以外の工夫を凝らすところも出てきた。郊外から人材を得るため「派遣社員に交通費を支給する例が増えている」(エン・ジャパン)。事務職では珍しかった無期雇用に乗り出す例も増えている。派遣先で働いていない間も雇用契約が続き給与を払うため、人材をつなぎとめやすい。アデコは7月から事務職経験者を対象とした無期雇用の派遣サービス「キャリアシード」を始めた。

平成28年8月19日付日本経済新聞朝刊から)

正社員でなければ人材を確保できない、という状況をつくるのが非正規の正規化には最も効果的という、まあ当たり前の話ではあるのですが、そういう状況になってきたということでしょうか。派遣会社に高額な料金を払うくらいなら自社の正社員として取り込んでしまったほうがいい、という状況が拡大していくよう、ぜひとも適切な経済政策、金融政策をお願いしたいものです。

しかしこのアデコの「キャリアシード」、アデコのウェブサイトで宣伝されていますが(http://haken.adecco.co.jp/lp/careerseed/#anc02)、無期雇用であるだけでなく、研修や昇給制度まであり、モデル年収が経験3年、5年で300万円台(残業代月10〜20時間分含む)という、事務職としてはかなり優位性のあるものです。「一般事務、OA事務、営業事務、経理事務」ということですが、有効求人倍率が1倍を上回って推移する中にあっても事務的職業のそれはたしか0.2倍台をうろうろしているはず(すみませんウラ取りさぼってます)であり、本当にここまで優遇しないと人材確保できないものなのか、いささか不審な感は禁じえません。まああれかな、中でも優れた人材を囲い込んで、長期的にモトを取ろうという作戦なのかな。それなら最悪社内での使いまわしも利きそうですし。

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2016-07-25

[]労務行政研究所編『これからのキャリア開発支援』

労務行政の石川了さんから、労務行政研究所編『これからのキャリア開発支援−企業の育成力を高める制度設計の実務』をお送りいただきました。ありがとうございます。

第1章は研究者によるキャリア開発支援の必要性の解説、第2章と第3章は日本マンパワーのコンサルタントによる制度設計・運営の手引きになっており、第4章が労務行政研究所による最新調査の結果分析、第5章が労務行政の取材になる先進事例の紹介、そして最後の第6章はキャリア開発支援の専門団体の紹介と提言という、非常に内容豊富で至れり尽くせりの感がある本です。職業能力開発促進法改正で事業主のキャリア支援が努力義務化された中、まことに時宜にかなった出版といえそうです。

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2016-07-06

[]経団連産業技術本部『職務発明制度Q&A』

経団連事業サービスの讃井暢子さんから、経団連出版の最新書、経団連産業技術本部編著、片山英二・服部誠監修『職務発明制度Q&A−平成27年改正特許法・ガイドライン実務対応ポイント』をお送りいただきました。ありがとうございます。

今回の法改正は原始法人帰属を認めた上で発明者への(金銭に限らず)相当の利益の給付も継続し、指針が定められて予見可能性も向上するなど、おおむね労使双方にとってwin-winになっているのではないかと思われます。本書は現実の法改正のプロセスに現場で関与した経団連事務局が、改正法のポイントをQ&A形式で説明したわかりやすい解説書で、各企業の対応マニュアルとして参考になるものと思われます。

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2016-06-30

[]最低賃金引き上げの是非

昨日、本日の2日にわたり、日経新聞の「経済教室」で表題の特集が組まれました。登場されたのは昨日が日本女子大の原ひろみ先生、本日が拓殖大学の佐藤一磨先生です。

原先生の見出しは「職場外訓練、明らかに減少、技能形成機会の格差拡大」というものです。まず最低賃金引き上げの雇用への影響については「日本でも川口大司・東大教授、森悠子・流通経済大准教授、山田憲・京大准教授らの研究で実証的に明らかにされている」と保留しつつ、しかし「人的資本投資を減らすのなら、将来にわたり負の影響が持続することになる」という問題提起をされています。

その上で、ご自身の調査結果として「最低賃金労働者が相対的に多い中高卒の女性労働者」については、最低賃金を生活保護の整合性に配慮して決定するされた「改正最低賃金法成立以降(08年施行)、最低賃金の上昇率はそれ以前よりも平均的に上がり、かつ地域間で上昇率にばらつきが生じた。…改正法成立以前の06年と比べて成立後の09年に、最低賃金労働者のOff-JT受講者割合が…最低賃金上昇率の高い地域では…17ポイント、上昇率の低い地域では10ポイントそれぞれ低下した」「最低賃金が1円上昇すると、最低賃金労働者のOff-JT受講確率は統計的に有意に0.7ポイント低下する」との結果を紹介されています。さらにこれは条件をさまざまに変えてもロバストなものだったとの結果を紹介され、「最低賃金引き上げは最低賃金労働者の人的資本形成にマイナスの影響を与え、その影響は無視できない大きさ」「最低賃金引き上げには低スキル労働者と高スキル労働者のスキル形成機会の格差を拡大させる恐れがある」「最低賃金引き上げは慎重になされるべきだ。それでも引き上げるのなら、同時に格差拡大を防ぐための対策も必要」と結論づけておられます。

さて、私にはこれを読んでどうにもしっくりこない感があり、なにかというと最低賃金労働者に対するOff-JTというものがどうにもイメージしにくいということなのですね。元ネタ(http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/15e075.pdf)にあたってみても具体的にどんなものだという言及はなく、この困惑は実務家であれば共有していただけると思います。最低賃金労働者に対して、業務命令で、職場を離れて、有給で研修を受けさせることがどれほどあるのでしょうか。そもそも、そこまで企業がコストをかけて人材育成するような労働者であれば、非正規であってもそれなりにリテンションを考えているはずであり、であれば最低賃金そこそこしか払わないということも考えにくいように思われます。

つまり、ここでの原先生の分析は最低賃金労働者ダイレクトではなく、それが比較的多数含まれるであろう中高卒女性労働者を対象としているので、Off-JTが実施されているのはもっぱら最低賃金を相当程度上回る賃金を受け取っている中高卒女性労働者ではないかというのが私の推測です(ウラ取りしていない推測なので違うという証拠を見せられれば恐れ入る準備はあります)。文中で「06年の中高卒女性労働者のOff-JT受講確率は34.7%だった」と紹介されていますが、この34.7%はかなりの程度賃金が高い方に偏っているのではないでしょうか。中高卒女性労働者の中にはたしかに最低賃金労働者も多いでしょうが一方でそれなりの割合で正社員が含まれているはずであり、また期間の定めなく長期にわたって就労しているパートタイマーといった人も含まれているでしょう。こうした人たちについては、たとえば貿易事務とかCADとかいったもののOff-JTを受講させる企業というのもあるだろうと思います。

もちろん、最賃を上げればこうした人たちがOff-JTを受けられる確率が低下するというのは人的資本形成上好ましくないことは間違いありませんし、トータル人件費の増加がそこにしわ寄せされるといったルートも容易に推定されるところではあります。ただ、「最低賃金引き上げは最低賃金労働者の人的資本形成にマイナスの影響を与え」ると言い切るためには賃金階層別とか正規/非正規別とかの分析がほしいようには思います。

さて本日の佐藤先生に移りますと、見出しは「離職増加・就業抑制招かず、労働移動の活発化支援を」となっています。やはりまず最低賃金の雇用に与える影響について「買い手独占市場や求職コストが大きい市場…交渉上の立場の弱い労働者の賃金は生産性以下に抑えられているため、最低賃金を上げても雇用の喪失を引き起こさない可能性もある。この場合、最低賃金引き上げは雇用を維持したまま賃金を上昇させるため、メリットは大きい。…こうした競争的ではない市場が日本で成立しているのかという点については、慶応義塾大学の大野由香子准教授と山本勲教授が…住んでいる場所の近くでしか就業できない…パートタイム労働者の賃金が低く抑えられることを明らかにした。…近年の欧米の研究では、競争的な市場であっても、…価格に転嫁され…たり、…機械化…を促進したりすることにより、雇用の喪失をもたらしていないという分析結果が増えている。以上の分析結果が示すように、最低賃金引き上げが労働市場に及ぼす影響は、正と負の両方の場合があり、先見的には明確ではない」としたうえで、わが国の実情に関するご自身による実証結果を紹介されています。

具体的には「05〜15年の慶応義塾家計パネル調査で…雇用に関する分析では、最低賃金の引き上げが離職、新規就業に及ぼす影響を検証した。その結果、最低賃金引き上げは非正規雇用で働く男女の離職行動に影響を及ぼしていないことがわかった。また、今まで仕事に就いていなかった男女の非正規雇用への就職を抑制する効果がないこともわかった」ということで、原先生と同様にこの結果がロバストなものであったことを紹介されています。

さらに「最低賃金引き上げが非正規雇用で働く男女の労働時間に及ぼす影響も検証した…結果、…影響を及ぼしていないことがわかった」こと、「賃金に関する分析では、…女性では最低賃金引き上げが非正規雇用の賃金水準を引き上げており、…正規雇用の女性の賃金に変化はみられなかった。…男性の場合、最低賃金引き上げが非正規雇用で働く低賃金層の労働者の賃金のみを引き上げていた」ことも紹介され、「最低賃金引き上げは賃金上昇を通じて労働者の就労条件を改善する一方、雇用喪失を引き起こしていないことがわかった。最低賃金をさらに引き上げることのメリットは大きいといえる」と結論づけられています。

一方で「最低賃金をさらに引き上げていく中で、雇用への悪影響が顕在化する可能性が残っている」ことを指摘され、その対策として中小企業の生産性向上策の拡充と労働移動の活発化の支援策、特に労働者の能力開発が必要だと提言されました。

こちらも若干の感想を書きますと佐藤先生が今後「悪影響が顕在化する可能性が残っている」とされたのはまことに妥当なように思われます。つまり買い手独占で賃金が生産性以下に抑えられているから雇用への悪影響がないのであれば、同じ理屈で最賃引き上げで賃金が生産性に応じた水準に達すれば悪影響が出てくるはずだからです。さらに、非正規についてはこの間リーマンショック後の一時期を除けば労働需要が旺盛で概ね人手不足基調にあり、もちろん分析ではその影響を除外してはいるとは思うのですが、しかし完全に取り除くことも難しいのではないだろうかと思うということもあります。

したがって、今後一定水準を超えて最賃を上げるのであれば労働者の生産性向上が必要であり、佐藤先生ご指摘のとおり能力開発が重要だということになるでしょう。これは非正規雇用労働者の賃金を上げる上でも非常に重要だということはかねてから指摘されているところではあります。それには勤続の長期化が効果的だということも繰り返し言われているところであり、そういう意味では労働契約法の5年上限というのはどうなのかということをまたぞろ書いて終わります。

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2016-06-27

[]Brexitとキャリアデザイン

金曜日にキャリアデザイン学会の研究会でゲンダ先生にこのお題で一本書けと言われたので書こうと思います。そういう次第でまったくの雑文になりますのでそのようにお願いします(他のエントリもそうだろうと言われれば否定はしませんがいつも以上にということで)、ということで日記タグにした。

さて離脱という結果が出たということでその背景などがあれこれ報じられているわけですが、移民の増加による失業や公的サービスの機能低下と並んで大きな要因とされているのがEUの規制です。たとえばこんなものがあるとか。

  • ゴム風船を子どもだけで膨らませてよい最低年齢は8歳
  • 吸引力の強すぎる掃除機の規制
  • ミネラルウオーターのボトルには「脱水症状を防ぎます」と書いてはならない
  • 鰹節は製造過程で発がん性物質ができる可能性があるため輸入禁止

ということで掃除機の規制が導入された際には駆け込み需要が発生したとかミラノ万博の日本館が鰹節の規制でしびれたとかいう話もあったわけですが、これはもちろんEU域内民を保護するために導入された規制であるわけですね。真偽のほどは明らかではありませんがスーパーで売るきゅうりの曲り具合とかバナナ1房の本数とかいうものまで規制があるとか。

もちろんこうした規制の善悪は簡単には決められませんが、報道などをみると英国人にとってはこうした規制を強要されることがかなり耐え難いことだったということのようです。いっぽうでEUの主要メンバーであるフランスやドイツなどでは弱者?を守るために政府が規制し保護するというのが普通の発想だということなのでしょう。

でまあこういうことを書くとまた激しく怒られるのだろうなとは思うのですが週48時間とか勤務間インターバル11時間とかいう規制もこういう人たちが決めたものだという見方もできるわけですね。これはこれでこうした規制で守られるべき人たちがいるのだということであって別に悪いわけでもなんでもありません。

ただこの規制で守られる人というのがどういう人かというと、繰り返し書いているようにジョブ型の雇用で、基本的には初職から変わることなく(勤務先は変わるとしても)、賃金もわずかな昇給があるだけで、上位クラスの仕事・待遇に上がることはまず考えられないというキャリアの人たちなのですね。長時間働いて成果を上げたり能力を高めたりしたところで昇進の可能性があるわけでもなし、だったら週48時間を超えて働くなんて嫌だ、一度仕事が終わったら11時間は働きたくない、働きすぎて健康を壊すなんてたまらん…という人たちであり、また為政者としても労働者がそのように「ほどほどに働いてワークライフバランス」で大きな不満も持たずに生きてくれる存在であることが好都合だということなのでしょう(何度でも書くがそれが悪いというつもりはない)。

これを英国人がどう思っているかは知らないのですが(英国も事情はそれほど違わず、したがって低賃金の移民に職を奪われることが恐怖なのだという声があるわけですが)、さて日本人の考えるキャリアデザインがそういうものかというと実態も含めて全く異なるわけですし、国民の太宗が大陸欧州で保護されている労働者のようなキャリアがいいと思っているかというと、まあそんなことはなかろうとも思う。

もちろん労働者の健康や労使間の力関係にかんがみて必要な人に必要な規制を適切に行っていくことは必要不可欠ですし、ブラック企業みたいなものはなくしていかなければならないわけですし、労働時間短縮はじめ労働条件の改善には労使で着実に取り組むことが望まれるわけですが、そこでEU出羽出羽とEUがきわめて素晴らしいように語ることのヤバさというのが今回のbrexitの教訓かなあと、まあそんなことを考えたわけです。

(6月28日追記)トラックバックにあるように案の定怒られたわけですが、これが主因ではないだろうというご指摘には同意です。なお一部で誤解を受けているようですが自由主義者でありビジネスマンでもある私は当然ながら今回の結果はたいへん残念なものであると思っていますので為念。いや実際かなりの実害も被っているしな(泣)

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2016-06-20

[]2016年労働政策研究会議

さる18日に開催された日本労使関係研究協会の2016年労働政策研究会議に参加してまいりましたので概要と感想など書きたいと思います。例によって午前中は自由論題、午後は総会とパネルディスカッションというタイムテーブルで、午前中は2分科会6論題の報告がありました。事前提出論文を見るとどれも興味深そうな報告で迷ったのですが、労働法・労働経済の第1分科会を聴講しました。人事管理の第2分科会も面白そう(特にJILPTの藤本先生の報告は聴講したかった)だったので残念ですが追ってJIL雑誌の特集号で勉強できるものと思います。

第1分科会の最初の報告者は東大院の車東┐気鵑如◆峇攅颪力働法制における労働者の集団的意思反映構造」と題して報告されました。

韓国の集団的労使関係は企業別組合を基軸とするという点では日本と共通するところが大きいのですが、その法制度はかなり異なります。もともと韓国では同一事業所には一労組のみという制限があり、2011年に複数労組が容認されてからも団体交渉の窓口は一労組に一本化するという制度になっていて、複数労組のすべてと交渉応諾義務のあるわが国とはかなり異なっています(米国の唯一交渉団体に似ていますが韓国の場合は当該組合員の代表にとどまる点が異なります)。これに対して勤労基準法(日本の労働基準法に該当)上の集団的関係は日本と類似しており、過半数代表者との書面協定によって法定基準を逸脱しうるとされていること、その選出プロセスや代表性に課題を有することなど日本と共通しています。

さらに韓国には勤参法(勤労者参与と協力増進に関する法律)という従業員代表制を定めた法律があり、従業員30人以上の企業では労使協議会が必置とされています。法律名にもあるように労使の協力関係を増進し産業平和を実現することが目的とされており、制度導入当時(必置規制化されたのは1980年)の韓国における争議の多発が背景にあるものと推測されます。過半数労組が存在する場合には労使協議会も過半数労組による団体交渉とほぼ一体的な運営になるようですが、労組のない事業所では労使協議会が団体交渉と類似の役割を果たすこともあるようです。労使関係に関わる多くの事項について労使協議会の決議が必要とされている(使用者は一方的に実施できない)わけですが、逆に決議事項が履行されない場合の強制力がなく、労使協議会が形骸化している実態も広く見られ、また労働者委員の選出プロセスや代表性に問題を有することも過半数代表と同様であり、労働組合との関係なども整理されていないといった課題もあるようです。

こうした現状に対しては当然ながら少数者の利益の保護が不十分、労組の権利の弱体化につながるなどの批判が強いようで、報告者も基本的にはその見解に賛同しているようですが、いっぽうで過半数代表制度の問題点や組織率の低下などを考慮すれば韓国の労使協議会は従業員代表制として相当に制度化された存在と評価できること、交渉窓口一本化についても労働協約の拡張適用を通じて米国のように労働者全員の代表として機能しうることなどを指摘し、日本の集団的労使関係法の課題にも参考となりうるとも主張されました。

韓国における労使関係の最新情報という意味でも非常に興味深い面白い報告でしたが、私としては、政策的含意としては過半数代表の代表性といった課題もさることながら、やはり日本では少数労組の権利がやや強すぎることに注目すべきではないかと思いました。ショップ制で有資格者をほぼ全員組織している労組や過半数労組と、従業員が一人が加入しただけの合同労組とに同様の権利を保障するというのは、実務経験者としてはやはり均衡を失するように思われるからです。

2人めの報告者は元厚生労働省の高原正之さんで、かつて物議をかもした大竹文雄・奥平寛子(2006)「解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡大させる」の分析手法の検討を報告されました。この論文およびこれを所収した福井秀夫大竹文雄編『脱格差社会と雇用法制』が巻き起こした騒ぎ論争をなつかしく思い出しながら聞きました(もう10年も経つのね)。この本はかなり政治色が強く、労働弁護団などが即座に強く反発した(機関誌で批判特集が組まれた)わけですが、その後経済学者からのアカデミックな批判も提示されました(http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/02-03/pdf/108-119.pdf)。高原氏の報告はここでも指摘されているデータセットと指標作成の問題点について、指標の始点と測定誤差を中心にていねいに検証し改善案を提示されたものです。あとは司会者の脇坂明先生も言われていたようにできればこのモデルにデータを入れて分析してほしいわけですがデータの制約があり、それはないものねだりということのようです。

また、やはり司会の荒木尚志先生(今回の準備委員長でもある)から、米国のように各州が地理的にも制度的にも相当程度独立している国は格別、わが国のように都道府県の独立性の低い国では大竹・奥平論文のこの手法(それ自体はスタンダードなものですが)がどこまで適当かという指摘もありました。実際、私の経験的な感想としても、各都道府県の経営者協会(旧日経連の地方組織で連合の地方組織のカウンター)の活動を見てもローカルな労働運動の動向などについては精力的に情報収集もすれば情報提供もしているわけですが各都道府県の地裁判決についてはほとんど関心を寄せておられないわけで、それが企業の立地や人材戦略に影響するという前提に無理があるとしたものでしょう。

3人めの報告者は大阪府大の野田知彦先生で、「信頼的労使関係と従業員の発言」と題して報告されました。自動車産業の企業・労組・従業員を対象とした大規模アンケートをもとに、労使の信頼関係により相互利益を得られるかを検証したということで、労使間および労働者間のコミュニケーション、労働組合の経営に対する発言と組合員への説明が強いことが、経営への信頼性・労使間の信頼が有意に高いことが示されています。また、昇給があると経営への信頼性が有意かつ相対的に大幅に高いこと、昇進が速いと経営への信頼性と発言とが有意に高いこと、非役職者であると経営への信頼性が有意に低いことなど、当然といえば当然ですが実も蓋もない結果も明確に示されていて興味深いものがあります。労働集約的で企業特殊的熟練のウェートが高い製造業という特殊性はあるものの、良好な労使関係が経営上も好ましいことの証左といえましょう。

さて午後の部はパネルディスカッションとなりましたが、今回のテーマは「労働時間をめぐる政策課題」というもので、モデレータが準備委員長の荒木先生、パネリストが早稲田の黒田祥子先生、東北大の桑村裕美子先生、ゼンセン同盟の松井健さん、ニッセイ基礎研の松浦民恵先生という豪華メンバーでした。ゼンセンの人がいるなら経団連(まあ同友会でもなんでも)の人もいないとバランスが悪いのではないかとも思いましたが、まあ労働経済、労働法、労働運動、人事管理という専門分野の組み合わせということであればこうなるかなということでだいたい納得しました。

まず桑村先生が現在継続審議となっている労基法改正法案について、特に注目されている高度プロフェッショナル制を中心にプレゼンされ、たいへんわかりやすい解説で有益でした。

ポイントとしてはまず「平均の3倍を相当程度上回る」という年収要件が収入確保のためのものとされている点で、まあ確かに現実にはこの制度を適用する際には企業としても従前の時間外労働手当に見合うような手当を設定して収入確保するだろうと思うのでそうした側面もあるかもしれませんし、過重労働対策ではないことはそのとおりだと思います。ただ、私としてはこれにはやはり「平均の3倍以上も稼得しているのであればそれなりに専門性も裁量度も高い業務に従事しているだろう」という(一種間接的な)職務要件という意味合いも持たせたいところであり、まあ今回はそもそもかなり厳格な職種限定が付されてしまったので意味がないわけではありますが、しかしそうした観点は持っておきたいとは思います。さらに下世話に言えば(まあ政策論としては良好ではありませんが)平均の3倍も賃金を払うということは企業にとって重要な戦力であるわけでそういう人が健康を害することは企業にとっても困るだろうという話でもあり、また週100時間働かせたいのであれば平均の3倍の賃金を払うより平均程度の賃金で2人雇ったほうがよほど簡単だろうという話でもあるでしょう。

健康管理時間については事業場外労働について過少に計上される恐れがあるとして、勤務間インターバルや絶対休日などの直接的な規制が選択的措置にとどまるのは健康確保措置としては不十分であるとされています。私もある程度同感するところはあり、健康確保時間の把握とそれにもとづく医療的配慮は必要としても、それに加えて出勤はしない、業務に関するコミュニケーションはしないといった意味での絶対休日規制はあってもいいのではないかと思っているということは過去何度か書いたと思います。

また、労働時間の量的上限規制やインターバル規制の不在および過半数代表者制度の運用に関する問題意識も示されており、これは多くの論者の指摘するところと同じです。前者については私も否定するものではなく適切な対象者に適切な規制を行うべきとの立場であり、特に交替制勤務に従事する労働者を対象とした勤務間インターバル規制は積極的に検討されてよいと思っています(ただし即座に法改正によるのではなく単組・単産レベルとの取り組みが先行すべきだというのも繰り返し書いているとおりです)。後者についても同様で即座に労働者代表の必置規制に短絡するのではなく、労使委員会の設置と実質的な運用に対するインセンティブを付与することでその拡大を図ることが望ましいという立場です。

次に黒田先生が長時間労働と健康、労働生産性との関係についてプレゼンされました。黒田先生といえば労働時間研究の第一人者ですが、最近はそこから発展して健康についても調べられているとのこと。

ご自身によるもの含めてさまざまな研究結果を報告されましたが、どれも非常に納得のいくもので興味深く聞きました。いくつかご紹介しますと、まず定型的な、マニュアルどおり働けばアウトプットが確実に出るような仕事であれば、成果給、歩合給を採用することによる生産性向上効果は大きいものがあるが、創造性や革新性が求められる仕事ではそうではない。たとえば、解雇が容易な国の研究者は解雇が困難な国の研究者に較べてリスク回避的(短期的に小さな成果を上げようとする)になりやすくイノベーションが起こりにくいとか、経営戦略立案などの創造性が必要でリスクが高い仕事については固定給のほうが歩合給より経営成績が高くなることなどが示されていてたいへんに納得のいくものでした(だから日亜化学の地裁判決はダメなんだともう一度書こう)。

休息についても、ノルウェーの看護師を対象とした調査で、勤務シフト間の間隔(勤務間インターバルですね)が11時間未満となる回数が多くなると健康問題が出やすいという結果が紹介され、これは上で書いたように交替制勤務に従事する労働者に対するインターバル規制の導入をサポートする結果だろうと思います。メンタル不調による休職・退職者比率の高い企業は利益率が有意に低いというのもまあそうだろうなという感じではありますが、メンタル不調を減らせば必ず利益率が上がることが示されないと動かない経営者というのも多いだろうとも思った。

仕事中の休憩についても、意図的に仕事の合間に休憩を設け、かつメールや電話に対応しない仕事に集中する時間を作った従業員の成果が13-30%高くなったという結果が紹介されていてまあこれもそうだろうなと思うわけですが注意が必要かなと思うところもあり、つまり彼ら彼女らがこうしたメリハリのついた・好都合な働き方をした結果発生する不便というものがないのかどうか、あるのであればどこにしわ寄せされたのかという問題はあるだろうと思います。そのしわよせが対照群に行っているのであれば差がつくのは当然であって。

「スラックタイム」、仕事中にいわゆる「遊び」の時間を持てるように資源配分をすることでイノベーションが起こりやすくなるというのも、まあそもそも資源投入量が多いのだから成果も多くなるだろうという話は別として(当然そこはコントロールされていると思う)、実感としてわかるところです。私の経験でも、裁量労働制を適用されると残業してもしなくても賃金は変わらないからには効率よく仕事して早く帰った方が得だからそうしようという人には滅多にお目にかかったことはなく(もちろん別途早く帰りたい事情がある日にはペースアップして働いて早く帰るわけだが)、大半の人はその逆で「残業時間のことをうるさく言われなくなったのなら、多少帰りが遅くなってもマイペースで働こう」ということで労働時間そのものは長くなりがちだというのが私の経験則です。でまあそのマイペースの中にはかなりのスラックタイムが含まれていることも想像に難くないわけで、私はこれは技術者や専門職がやりたいことをできるだけやれるようにする、少なくとも労働時間を理由に不自由を強いないという意味で、裁量労働制やホワイトカラー・エグゼンプションを支持するものだと考えています(もちろん労働条件や健康面などの対応は別途必要になります)。

ということで、高度プロフェッショナル制に対して「成果で評価することが望ましいというが、そうではない」という批判になるわけですがそのとおりです。ただ、これはホワイトカラーエグゼンプションが悪いわけではなく、「成果で評価」が悪いのだということは重要だろうと思います。それにもかかわらず、成果で評価とかいう残業代ドロボー的な発想の寝言を繰り返すのがいかんわけで、まあこのあたりは過去何回も書いたので繰り返しません。

さて黒田先生は「普段はやらないのですが」と前置きしつついくつか政策的含意を提示されたのですが、割増賃金規制と長時間労働規制については、不況期において割増賃金規制が適用除外されている労働者の労働時間が長くなりやすいというデータを提示されました。これも実務的に納得がいくところで、適用除外されているということは(法的な該当性はとりあえず別として)組織内でそれなりのポジション(将来キャリアも含め)を占めているということでしょうから、不況期のような逆風のあるときにそれにともなう負担を優先的に引き受けることはそれほど不自然なこととも思えません。もちろんそれで行き過ぎた長時間労働になることがないよう配慮は必要でしょうが、そうした限られた範囲・場面を理由に割増賃金規制の有効性がどこまで主張できるだろうかとは思います(まったく有効でないというつもりもない)。

中小企業への配慮についても、黒田先生ご指摘のとおり長時間労働のボリュームゾーンが中小企業であることを考えると、見直す時期に来ているのかもしれません。個人的には中小に配慮するのであれば労働時間規制より解雇規制ではないかとは思っており、大内伸哉先生も提案しておられたと思いますが、ある意味実態追認的に一定規模以下(ドイツだと10人)の小規模企業については一人の労働者の経営に与える影響の大きさにかんがみ解雇規制を相当程度緩和することは考えられていいように思います。

労働時間規制の適用除外について法制度がわかりにくく、法令遵守の面でも紛争の面でも問題だという指摘はまさにそのとおりと思います。労使の対等性を確保するための簡素な手続規制(たとえば特別多数労働組合との労働協約とかですね)、予見可能性の高い要件(集団的・個別的な合意や平均の2倍以上の年収要件など)に必要な保護(前述した出勤しない・業務上コミュニケーションがないという意味での絶対休日規制など)を組み合わせ、適用業務についてはホワイトカラーであれば足りるくらいにすれば保護に欠くことなく予見可能性の高い制度にできるのではないかと思っています。実はこれはかなり適用範囲が狭い制度になります(主に対等性と年収の要件による)が、保護に欠けることがないということを考えればそれでいいのではないかと思うわけです。

健康確保と労働時間規制に関しては、実は労働時間と業務満足度の関係をみるとあるところまでは労働時間が長いほど低下するが、そこをすぎるとむしろ上昇する、労働時間が長くなると満足度が上がるという調査結果を紹介され、さらに健康については自信過剰になりがちだという傾向もあわせ考えると、満足度向上のために長時間労働することを外部が介入して制限すべきとのご意見のようで、具体的にはシンプルな総量規制やインターバル規制を設けることも検討に値するとのことでした。これについては私は上でも書きましたが決して全否定するものではなく、適切な範囲に適切な規制ということに尽きると思っており、一律的な規制ではなく個別労使の集団的合意を重視するのが妥当だろうと考えています。

続いてUAゼンセンの松井健さんが、ゼンセン同盟および日本毛織の史料を紹介しながら日本の労働時間短縮闘争の歴史を振り返り、その意義と今後の課題を述べられました。

具体的な政策課題として、まず労働時間の上限規制として、特別条項の繰り返し締結の禁止、連続労働日の上限規制、連続労働時間の上限規制をあげられました。特別条項の繰り返し締結の禁止というのは、事実上特別条項の有効期限を設け、それまでに特別条項を必要としないよう労使で取り組むということでしょうか。他の2つの規制も業種・職種などによっては効果的に機能する可能性はあり、選択肢の一つでしょう。

また、地方立地の大企業製造業には労働時間の問題はほとんどなく、長時間労働は都市部・ホワイトカラー・サービス業など特定産業の問題だと繰り返し指摘されたのが印象に残りました。

最後にニッセイ基礎研の松浦民恵さんが登場され、働き方改革の最前線事例を紹介されました。

まず、現状では「働き方改革」の射程は「職場マネジメントの充実」と「働き方の柔軟化」にとどまっている例が多いと指摘されました。前者は業務の効率化、たとえば重複した業務の改廃や会議時間の短縮といったものと、そのためのITツールの導入などであり、後者はフレックスタイム制やテレワークといったものと、やはりその支援のためのITツールの導入といったものですね。

しかし、こうした施策だけでは働き方改革の進展も限定的なものであり、事業戦略や組織戦略の見直しといった経営戦略の部分や、より具体的な関連人事管理政策の見直しにまで踏み込む必要があるというのが松浦先生の趣旨であるようでした。

もちろんこれには、まずは事業戦略があり、これを大前提として組織戦略が決まり、職場マネジメントや働き方が変わり、必要であれば人事管理政策も見直すのだ、という反論があるわけですが、そうなると事業計画というのはどうしても株主・投資家などの視線を意識して、実現性が低くとも右肩上がりの絵を描かざるを得なくなる。するとその右肩上がりを達成するために長時間労働が求められてしまい、働き方改革が進まない。しかも現実にはもともと実現性の低い計画だったので達成できませんという話になりがちである。だったら働き方改革のほうを前提にして事業戦略や組織戦略を再構築するほうがむしろ好ましいのではないか、というわけです。

まあそれはそのとおりなのですが上場企業ではなかなか難しいだろうなというところはあり、結局はそれこそニッセイさんとか(笑)機関投資家や株主の理解が必須になるわけで、まあ近年理解は進んできたものとは思いますが、しかし現実には「働き方改革をやります、減収減益になります」という事業計画にはまだまだ抵抗感があるのではないでしょうか。いやもちろん政府の成長戦略においては機関投資家がスチュワードシップコードにもとづいて企業に対して非採算分野からの撤退と成長分野への進出、まさに事業戦略の変革を求め実現させるという話になっているわけで、その限りでは話は合っているともいえるわけですが、それができるなら企業は言われなくてもやるぞとも思いますが…。

その後は具体的事例の紹介になりましたが、とはいえやはり働き方改革として事業戦略の見直しまで踏み込んだ事例というのは少ないということで、それでも収益性の高い事業領域へのシフトや顧客に対する理解協力依頼にまで踏み込んだ某社(いや誰でもすぐ特定できる事例なのですが社名は出さないという約束になっているらしく)の例が紹介されました。この企業は組織の管理スパンの見直しや重点事業への人員再配置(まあ事業領域をシフトするのだから当然ですが)など組織戦略の見直しにも踏み込んでいるとのことです。人事管理政策の見直しについては他にも取り組む事例があり、たとえば早朝時間外勤務の割増率を上げたり、目標管理制度に働き方改革関係目標を必ず設定するなどの取り組みが紹介されました。

いっぽうで、働き方改革を進めることで人材育成への影響が出てくるという問題も提起されました。OJTで仕事に没頭し試行錯誤しながら人材育成を進めるという従来手法は時間がかかるため、試行錯誤を少なくすべく「最初から答を教える」ような手法を取った場合、「失敗から学ぶ」といった機会が失われるのではないか、という懸念です。これについてはまだ各社とも模索状態ということのようですが、私などはそんなことは考えもせずに働き方改革に取り組み始めた企業というのもあるのではないかと邪推することしきり。逆に言えばそれほど深刻に考えなくていい業種や企業というのもあるのかもしれません。

もうひとつ興味深かったのが「労働時間の問題発見機能」で、これ自体は生産工学の世界などでは古くからあります。たとえば10人の職場で一人退職者が出たときに、すぐに補充を入れるのではなく、退職者の仕事を残った9人に割り振って9人でやってみる。そのとき、全員がお手上げになるかというとそうでもなく、6人か7人はなんとかなるけれど、残り2人か3人がお手上げだということになることが多い。であれば、その部分を効率化する(典型的には自動化投資をする)ことで9人でやれるようにすれば1割の効率化になる、というような話です。長時間労働になるということはそこに職場の問題点があるということであり、そこに対応策を打っていけばいいというのが労働時間の問題発見機能ですが、全員が長時間労働になっているとそれが機能しない、ということは働き方改革を進めればこれが機能するようになって一層効率化が進むだろう、という話で、実際働き方改革が進んだ企業ではそうなっているのだそうです。

ということで人事管理の実情をふまえた非常に面白い報告だったのですが、人材育成についてはなかなか難しい問題だという印象は持ちました。私の個人的な意見としては、働き方改革で効率化されて浮いた時間については、他人の仕事でないかぎりは仕事に振り向けてもいいんじゃないかと思うところはあります。もちろんそれは「過剰品質をなくして効率化した時間をまた過剰品質に振り向ける」という話になりかねないわけですが、しかしその時間を社会人大学院で学んだり資格取得のための勉強に費やしたりすることは問題ない、というかむしろ奨励されるのであれば、「仕事」であっても仕事ではなく勉強だ、ととらえて社会人大学院と同様に認めてもいいのではないかと思うわけです。とりわけ実験設備や資材などを利用したい技術者などには会社の「仕事」でしかできない勉強というのもあるからです。

さてその後は参加者も交えた質疑応答と議論になり、なかなか談論風発で活発な議論になりましたが、やはり出てきたのは「日本人が長時間労働になるのはそれが高く評価されて昇進などに結び付くから」という議論で、山口浩一郎先生が来場しておられて大学での実情を愉快にお話しされて場内爆笑となったわけですが、これについては松浦先生が「大学はともかく民間企業では長時間労働ではなくそれであげた業績が評価されているのであり、長時間労働だけして業績が上がらない人が評価されることはない」と軌道修正をはかってくださったので安心しました。

また、議論の中で脇坂明先生が「長時間労働のボリュームゾーンは大企業ホワイトカラーというよりは中小サービス業ではないか」と指摘され、そこからサービス業の生産性が低い・労働時間が長いのは営業時間が長すぎるからではないかという議論に発展しました。フランスではスーパーのレジに長時間並ばされるのが当たり前であり、ドイツではそもそも日曜日には店が開いていないではないか、日本のサービス業においても営業時間規制などを導入し、消費者はそれにともなう不便を受忍すべきではないか、というわけです。これについては黒田先生が「医療や介護などで夜間・休日に就労する人が増えていく中では深夜・休日営業にも一定の必要はある」、桑村先生が「欧州でも営業時間規制・営業日規制は緩和される傾向がある」などと指摘されて必ずしも明確な結論が出たわけではありませんが、非常に重要な論点だったと思います。私としては、多くの場合消費者はまた労働者でもあるわけで、供給者と消費者の利害調整というよりは、消費者であり労働者である国民の選択かなという気はしましたが。

ということで終了後のレセプションにも参加させていただいて多くの方と旧交を暖めることもでき、たいへん有意義な研究会議でありました。上記の要約は多分に私の理解が行き届いていないところがあると思われますがご容赦いただければ幸甚です。今年もJIL雑誌の特別号が刊行されるものと思われますので改めて勉強し誤りなど正したいと考えております(このエントリまで手を入れることはないと思いますが)。

高原正之高原正之 2016/06/21 12:02 拙い発表をお聞きいただきありがとうございました。私はアカデミックではありませんが(笑)、論文はアカデミックなものです(きっぱり)。国がいわゆる解雇規制に手を付けようとするなら、その前にどのような情報を収集しなければならないかを示したものでもあります。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/06/21 13:39 高原さん、コメントありがとうございました。拙い発表ではまったくなかったと思います。脇坂先生がこう言われたということは、それに値するよくできたモデルだという意味だと思いますし。大竹先生、奥平先生の一連の研究は私もわが国におけるフロンティアだと思いますが、それをもって解雇規制緩和を強くサポートするものでもないという点も同感です。

野田知彦野田知彦 2016/06/22 19:56 当日は貴重なコメントをいただき誠にありがとうございました。私の研究は、もはや歴史研究の域かもしれませんが、地道に良好な労使関係のもたらす効果を検証していきたいと考えております。今後ともご指導よろしくお願いいたします。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/06/23 11:35 野田先生、コメントありがとうございました。こちらがご指導いただいている立場なのに恐縮です。労使コミュニケーション、とりわけ職場の発言の重要性をサポートする調査結果は、労使関係の現場で日々苦労している人たちを勇気づけるものだと思います。今後のお仕事にも期待申し上げております。

松浦民恵松浦民恵 2016/06/23 23:49 労務屋様
素晴らしいスピードで、盛りだくさんな内容をご紹介いただきまして誠にありがとうございます。大変恐れ入りますが、一点だけ・・・。私の発表についてご紹介いただいているなかで「働き方改革のほうを前提にして事業戦略や組織戦略を再構築するほうがむしろ好ましい」という部分は、「働き方改革から事業戦略や組織戦略を見直すというのは本末転倒であるとは承知しておりますが、働き方改革との連動の必要性や余地はあるのではないでしょうか」ぐらいな感じでもう少し遠慮がちに申し上げたつもりだったのですが、早口だったうえに、きっと態度が遠慮がちでなかったためにうまくお伝えできなかったのだと思います。私の不徳のいたすところ、謹んで修正させていただきます。今後とも引き続きのご指導をどうぞよろしくお願い申し上げます。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/06/24 09:21 松浦先生、コメントありがとうございました。ご指導いただいているのはこちらですのでどうぞそのように。さて先生の本意を伝えきれておらず申し訳ありませんでした。たしかにその前提付きでお話しされていたと思います。実は私はこのお話に非常に感銘を受け、ここだけではなく随所で紹介してしまっておりますので、そちらにも水をかけておきます。ご容赦ください。

松浦民恵松浦民恵 2016/06/24 09:39 ありがとうございます!

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2016-06-16

[]同一労働同一賃金フォロー(2)

第4回検討会に提出されたワークス研究所の中村天江氏の資料を紹介したいと言って数日別の話をしていたところ第5回の資料も公表されていた件(笑)。ここにありますhttp://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000127426.html

第5回ではUAゼンセン同盟(誰がプレゼンしたかは不明)、川口大司先生、神吉知郁子先生、松浦民恵先生が資料を提出されたようで、だいぶ現実的な議論になってきた印象があります。神吉先生の資料は英国の紹介なのですが資料だけだとちょっとわかりにくいところもあるかな。

ということで第5回もご紹介したいところではあるのですがまずは手形を落とさなければ(笑)ということで第4回の中村天江氏提出資料をご紹介したいと思います。こちらになります。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/shiryou2.pdf

さてごらんのとおり表紙に「「非正社員の待遇改善」という観点から同一労働同一賃金の実現をとらえ直す」とあるように、基本的には非正社員の待遇改善の話が中心です。

まず非正規の賃金が低い要因が示されていますが、その中では「日本人のキャリア観」というページ(5ページ)の資料が非常に面白いのでぜひごらんいただければと思います。「仕事をする上で大切だと思うもの」上位3つを勤労者を対象に調査した結果の国際比較なのですが、他国はすべて第1位に「高い賃金・充実した福利厚生」をあげているのに対し、日本はこれが第4位に後退しており、回答率も他国が50〜80%程度なのに対して日本は39%にとどまっています。ちなみに日本の上位は1位が良好な職場の人間関係、2位が自分の希望する仕事内容、3位は適切な勤務時間・休日となっています。

中村氏をこれをもとに日本では「個人が賃金について表立って交渉することは少ない」から非正社員の待遇が低いと結論づけておられるわけですが、まあそういう面もあるだろうとは思いますが、しかしこの資料の読み方としてそれでいいのかという気はしました。

つまり、この手の「大切だと思うものをお答えください」という質問に対しては、人々は往々にして「足りないもの」を回答する傾向があるのではないか、人間は十分に持っているものより不足しているものを大切だと感じる傾向があるのではないか、と思うからです。この資料をみても、たしかに諸外国では賃金・福利厚生が1位ではありますが回答率は二極化しており、米独豪がいずれも50%台なのに対して中・韓・マレーシア・インドネシアは75%〜83%という高率になっています(インドは例外で58%)。所得水準の比較的高くない、生活水準向上への期待が大きい国ほど賃金や福利厚生を重視しているわけで、そう考えればこの結果は日本人は賃金や福利厚生については比較的充足している(まあ十分たあ言いませんが)ということの反映と考えることもできると思います。

同様に考えれば、日本では賃金以上に人間関係や仕事内容が充足されていないということになるわけで、なるほどこれはわが国労働市場の流動性の低さを反映しているのかもしれません。人間関係が悪いとか仕事が希望どおりでないとかいった問題に対して良好な転職で対処する可能性が日本では他国に較べて低いというのは、まあなんとなく感覚的にうなずける話でしょう。ただこれについては労働力の流動性が高いアメリカでも上げる人が多く、オーストラリアでも多いところを見ると、経済が成熟して学歴も高い国では働く人の仕事に対する希望もまた高いということが反映している可能性もありそうです。日本で労働時間や休日を上げる人が多いのも、韓国では日本以上に多いのも、まあそうかなという感じですね。

同一労働同一賃金とは全然関係ありませんが(笑)ほかにも面白いところがあり、たとえば中国では「明確なキャリアパス」が堂々の第2位であって50%超の支持を集めており、他国が軒並み10〜30%前後なのと比べて突出しています。将来を約束してくれ、というのはいかに将来が不透明かということの裏返しだと考えれば、まあ文化大革命を持ち出すのはともかく、かの国の歴史や国情を考えると妙に納得がいくような気がします。

「正当な評価」を求めるのは実は日本が最も多く、25.3%にのぼっています。これまた面白いのは対照的に中国が5.6%と比較国中最低になっているところで、うーんこれはなぜだろう。ちなみにその他は概ね10%前後でインドが22%、日本の高さはかなり際立っているようです。これまた正当に評価されていないと感じている人が多いということなのかどうか。

もうひとつだけあげると「会社のステイタス」という選択肢があるのですがこれを選ぶ人は少ないようで、9か国中5か国が10個の選択肢の中で最も少なく、少ない方から2番めが2か国、3番めが1か国となっており、数字も一桁から10%台にとどまっています。例外がインドで30%という突出した高率であり、10項目中堂々の4位となっています。先ほども書きましたがインドは賃金を重視する人が比較的少なく、その分ステータス重視の人が多いという感じになっていて、ステータスの高い会社であれば他のものもそろっているということなのか、それとも他のものよりステータスが大切だということなのか、このあたりはわかりません。

次のページ(6ページ)では日本では転職で賃金が上がりにくいというデータで、フルタイムについてはその相当部分を正社員が占めているでしょうからそうだろうなという感じなのですが、パートタイムでも上がりにくいのはなぜだろう。2014年に調べているようなので、日本でも時給は上がっている時期だったと思うのですが…。まああれかな、察するに諸外国に較べて日本のパートは好条件を求めて積極的に移動することをあまりしないということなのでしょうか。まあこれもわかりません。

さてここからが同一労働同一賃金というか非正規の賃金引き上げの話になるのですが、次のページ(7ページ)で「内部労働市場が発達してきた日本の実状に照らすと、最優先すべきは企業内の仕組みを整備すること」、つまり非正規についても評価をしてそれを昇給などで反映しろということで、これはスーパー大手などの例を想定しているのかなあ。もちろんそれは優れた先進事例であるわけですが、一方で非正規も多様であり、ありていに言って中には企業としては評価の手間やコストをかける必要性を感じない仕事というのもあるでしょう。まあ「最優先」というだけで全部が全部そうしろという話ではないのだろうと思いますが。

次からが各論になる(なぜかこの資料は7ページ以降がすべて7ページになっているので以下ページ数は省略します。すみません)のですが、雇用管理区分間、つまり正規と非正規の格差については「非正社員の賃金増のためには、「同一企業の複数の雇用管理区分“間”における不合理な賃金差の是正」に取り組む必要がある。雇用管理区分“内”の差は、企業の人的資源管理の範疇とみなす。」とかなり大胆な限定をしておられます。このブログで以前も書きましたが、同一労働同一賃金をやり始めると正規−非正規だけではなく正社員間の格差はどうなのよという話になるわけであり、それはなかなか手に負えないだろうと心配していたわけですが、もうそこは考えないことにしましょうよということですね。非常に現実的で好ましい考え方だと思います。

ただまあ雇用管理区分間の格差だけにフォーカスするということになるとこれはもはや限りなく「均衡」の議論であり、「均等=同一労働同一賃金」の議論じゃないよねえとはかなり思います。なるほど、「「非正社員の待遇改善」という観点から同一労働同一賃金の実現をとらえ直す」というのは、実質的には同一労働同一賃金じゃなくて非正規社員の待遇改善の議論をしましょうよという意味だったのだろうと憶測をめぐらす私。

この後は基本的に論点の提示で必ずしも結論が示されているわけではありませんのでポイントのみご紹介しますと、続く論点として集団的労使関係との整合性として、長期的には企業内労組等との集団的労使関係の中で正規・非正規の不合理でない処遇差を実現していくべきとの意見が示されています。労働運動的には非正規の組織化と正規・非正規の利害調整ということになるでしょうが、労使ともに重要かつ重く困難な課題といえそうです。

労働市場との整合性については「労働市場の需給バランスにともなう「雇用管理区分“内”の賃金差」は合理的な差と位置づける」ということできわめて妥当ではありますが同一労働同一賃金からはますます遠ざかっており、さらに同一労働同一賃金だと限定正社員の賃金が上がらなくなるという、これ自体はまことにもっともな指摘もされているのですが、もうここまで来たら同一労働同一賃金批判じゃないかと言う感じです。

あとは派遣は難しいから後回しという話と労働者への周知が必要という話が来て終わっているのですが、まあさすがリクルートというかかなり現実的な話にはなってきたと感じました。冒頭ご紹介した第5回の資料をみてもなんとか収束しそうな感じにはなってきており、だいたい昨日のエントリで書いたような内容に落ち着いていくのでしょうか。

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2016-06-15

[]同一労働同一賃金ガイドライン

ほほお来ましたか。

 同じ仕事なら非正規労働者にも正規労働者と同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」の実現に向け、「不当な賃金格差」の事例を示すために政府が年内にもまとめるガイドラインの概要が判明した。通勤手当や病気による休業、社内食堂の利用などは正規社員と同じ取り扱いを求める一方、職務内容に関連性が高い基本給などは、合理的な理由があれば差を認めるとしている。ただ、ガイドラインは法的根拠が乏しいため、どこまで実効性が担保されるかは不透明だ。

 政府は、パート労働法、労働契約法、労働者派遣法の3法を改正し、2019年度の施行を目指している。ガイドラインは法施行までの間、各企業への自主的な努力を促すために策定する。

 概要では、通勤手当や社内食堂の利用などは同じ職場で働く人にとって等しく必要なものとし、正規・非正規間で差を付けることを「不当」とした。…

 一方、基本給などは仕事の中身との関連性が強いため、経験や資格など合理的な理由があれば差を認める方向だ。退職金や企業年金などの取り扱いについては、勤続期間が同じであれば非正規に正規と同様の扱いを求めることも検討する。

…「ニッポン1億総活躍プラン」では、非正規労働者の賃金水準を正規の約6割から欧州並み(正規の8割程度)とすることを目指している。法改正には時間がかかるためガイドラインを策定するものの、現時点では法的な裏付けがないため、早期の実現は容易ではなさそうだ。【阿部亮介】

同一労働同一賃金ガイドラインの骨子

<合理的な理由があれば差を認める>

・職務内容に関連性が高い基本給

・勤続期間に応じた退職金、企業年金

<同様の取り扱いを求める>

・通勤手当

・社内食堂の利用

・病気休業

毎日新聞ウェブサイトhttp://mainichi.jp/articles/20160615/k00/00m/040/138000c?fm=mnmから

前々から繰り返し書いているように労働条件はパッケージなので、こうやって細分化して個別に議論するのもなかなかうまくいかない印象はあるのですが、まあガイドラインを作らなければならないとなれば「パッケージです」ではすまないというのもわかる話です。

現実のガイドラインはさらに詳細なものなのだろうとは思いますが、とりあえず記事をもとに考えてみますと、「職務内容に関連性が高い基本給」は「合理的な理由があれば差を認める」となるようです。当然ながらこれは何をもって「合理的な理由がある」ことになるかによるわけですが、従来どおり期待役割や想定キャリアの相違が考慮されるのであれば大きな混乱は避けられそうです。これも何度も書いてありますが、非正規雇用労働者の処遇を改善したいのであれば(それは望ましいことだと私は思いますが)、労働需要に応じた職業訓練とか、より直接的には最低賃金の引き上げとか、さらにはそれらのための環境整備などによるべきであって、同一労働同一賃金の理屈を利用するのは筋が悪いということであり、ここで「手ぬるい」などと批判してもあまり建設的ではなかろうと思います。

「勤続期間に応じた退職金、企業年金」というのはさらにそうした性格が強く、いずれも現行の人事管理においては多分に長期勤続奨励・報償型の制度になっているのではないでしょうか(もちろんこれらはいっぽうで企業による強制積立という性格も持っていて賃金の一部でもあるわけですが)。したがって非正規雇用であっても企業が一定の勤続(1年とか3年とか)を期待しているケースでは、年金はともかく退職金類似の制度を持っている例が多いことは以前も紹介しました。いずれにしても非正規であっても退職時になんらかの給付があることは望ましいので、勤続に応じた退職金制度は企業としてもおおいに考慮されていいのではないかと思います(もちろん強制貯蓄としての意味も持ちますので月々の賃金は相応に減少することになるでしょうが)。企業年金については、現実には退職金の一部を年金として支給するという形をとる企業が多いと思われますので、勤続がそれほど長くならない有期契約労働者については退職金が年金化するほどの金額になることは考えにくいでしょう。長期にわたって勤続するパートタイマーなどをどうするかは、退職金とあわせて上手に制度設計する必要がありそうです。

通勤手当、食堂の利用、病気休業などについては正規非正規を問わず同一にするということのようで、これって同一労働同一賃金だよねえなどと思うわけですが戯言はさておき、通勤手当については当面は非正規雇用の採用は近距離からにとどめるという対応になりそうで、これは一応通勤時間の短い仕事を望むという非正規雇用の多くの要請とも一致するものではあろうと思います。遠距離からしか人手が確保できないというのであれば、つまるところ通勤費を支給するか、しないのであれば時給を上げるかするしかないわけで、案外実務にはそれほど大きな影響はないのかもしれません。ただこれは以前も書いたように通勤手当そのものの見直しの契機になる可能性はあります。そもそも居宅をどこに構えるかは通勤時間をはじめ通勤のコストと、価格や環境など住宅のコストとを勘案して判断するわけですから、そこで企業が遠距離通勤への補助金を出すのがいいのかどうかは議論がありそうです。ワークライフバランスが重視される昨今通勤時間のコストは上昇しているはずで、少なくとも持家居住の人に対する長時間通勤奨励的な通勤手当は廃止し、転勤など会社都合によって通勤経路が変わった場合のみ補助するという方向性かもしれません。

従業員食堂については利用まで認めている例は少ないように思いますが、採算度外視の価格設定になっている(事実上の補助が発生している)例は少なくないように思われます。まあ「社員食堂の利用」ということであれば、利用が認められれば価格差までは問わないということのように思われますが…。

病気休業というのは、年次有給休暇とは別に有休の、あるいは無給でもそれ以上の不利のない病気休業の制度を持っている企業も多いので、それも同様に、ということでしょうか。ここで問題になるのは時間比例的にできるかどうかでしょうが、さすがに週2日勤務の人も週5日の人と同じ年間10日、というのも変な話なので、これは時間比例ないし日数比例ということになるように思います。

まだ情報量が限られているので何とも言えないところが多いのですが、細かい技術的なところをていねいにつぶして明らかにしておかないと紛争も増えるでしょうし実務家も困るわけで、そのあたりは労使が加わる審議会プロセスでしっかり議論されることを期待したいと思います。

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