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2016-05-24

[]ワークス研究所「新しい調査と働き方指標に関するシンポジウム」

ワークス研究所の戸田淳仁さんにご招待をいただき、昨日開催された同所主催の標題のシンポジウムを聴講してまいりました。テーマは「全国就業実態パネル調査(JPSED)で日本の就業を評価する−働き方の可視化と労働政策への展開可能性」というもので、ワークス研究所が新たにはじめた大規模調査の紹介と初回結果の報告が中心でした。調査の概要と結果はさっそくワークス研究所のウェブサイトに掲載されていますね(http://www.works-i.com/surveys/panel-surveys.html)。

最初に主催者のごあいさつとワークス研究所の大久保幸夫所長の趣旨説明があり、続いてこの調査プロジェクトのリーダーである萩原牧子さんが概要を説明されました。

サイトでは調査対象者が41,000人となっていますが、昨日の説明によるとこれは回収目標数であり、初回は依頼数145,102に対して回答数50,745、有効回答数49,131という結果だったようです。今後は毎年1回1月に回答者の追跡調査を実施してパネルデータ化していくということで、調査票をみると設問数も92問を確保しており、この手の民間の調査としては非常に大規模なものになるようです。

調査手法はインターネット調査ということで、まあこれだけの大規模調査を訪問留置法でやるのはいかにリクルートといえどもコスト的に難しかったのかもしれません。それでもなお相当に高額な費用を要しているはずですが、これはリクルートのご商売に役立つということに加えて利益の社会還元という意義もあるのでしょう。

いっぽうでインターネット調査には学歴や収入が高く出過ぎるなどのかなり強いバイアスがあって注意が必要だというのが通り相場ではあるわけですが、この調査は標本の設計に学歴を取り入れることでその問題をかなり解消しているとのことで、まあ当日大久保所長が指摘していたように訪問留置法のほうにも「ドアを開けてくれて協力してくれる人ってどういう人なのか」というバイアスがあるだろうと言われればそれもそのとおりであって、これだけインターネットが普及してくれば手法としての優劣はそれほどないのかもしれません。

さらに、この調査結果を利用した指標として「Works Index」というものも開発されており、これも概要と初回の結果をまとめた冊子がウェブ上に掲載されています(http://www.works-i.com/pdf/160523_WorksIndex2015.pdf、当日も配布された)。就業の安定(安定性)、生計の自立(経済性)、ワークライフバランス(継続性)、学習・訓練(発展性)、ディーセントワーク(健全性)の5つのインデックスを、この調査の2〜5の設問をインディケーターとして算出することで、働き方の可視化とその変化の定点観測を可能とするという試みのようです。

こちらもますシンガポール大の清水千弘先生が趣旨説明をされ、続けてワークス研究所の久米功一さんと戸田さんが初回結果を報告されました。もちろん経年変化をみるのが主眼の指標でしょうが初回結果だけみてもなかなか興味深く、たとえば就業の安定については就業者が全体の6割超なのに対し雇用保険に加入している人と失業給付を受給している人が33%にとどまっています。これは当日もその低さが課題として指摘されていましたがなかなか実感に合わない結果でもあり、実際問題厚労省の雇用保険業務統計によれば雇用保険の被保険者は3,900万人程度なので就業者のまあ6割、雇用者の7割というところでしょう。これはおそらく就業者に雇用保険に通常加入しない自営業が含まれていることと、「わからない」と回答した人の中に相当割合の加入者が含まれていることによるものと思われ、この数字をダイレクトに出して高低を論じるのはあまり適切ではないと思われます。実態が十分に高いのかどうかは別途の議論でしょうが、しかし自営業者や役員がゼロにならないとフルスコアにならないインデックスというのも少々納得いかないものはあります。

生計の自立については約3/4が自分または自分と配偶者の収入で生計費がまかなえているということなのでそれなりに良好な状況といえるでしょう。家族の仕送りや公的扶助が必要な人は1割を切っており、残る2割弱についても仕事に加えて家賃・配当金などの資産性収入や公的年金などの比較的安定的な収入で生計費を充足している人がかなりいると思われます。

それにもかかわらずスコアが51.6にとどまっているのは「自立者の平均所得からの乖離」というインジケータの影響で、専業主婦・夫や家計補助的に就労する低所得者が多いとスコアが下がるという設計になっているようです。たしかに死別や離婚などがあると即座に自立を損なうリスクはあるわけなのでこれを考慮するのは合理的ですし、非正規労働の賃金改善が唱えられている現状にはマッチしているともいえそうですが、どの程度重視するのかは議論がありそうにも思えますし、高所得者が増えると(まあ格差は拡大するのだが)スコアが下がるというのも少々疑問があるようにも思えます。

ワークライフバランスについては労働時間、週休・年休取得、出産・介護時の就業継続および勤務日・時間・場所の自由度で評価されています。育児休業の利用やワークライフストレスに関する設問もあるのですがインジケータとしては採用されておらず、まあ両立については就業継続で代表させているということでしょうか(育休取得がキャリア面などですべていいというわけでもないでしょうし)。ストレスについても家族的な要素も多く含まれているので除外したのかもしれません。

学習・訓練のスコアは他の4項目に較べて明らかに低く、報告でもその低さが問題視されていました(まあ私にはインデックス間のスコアの比較にどのくらい意味があるのかはわからないのですが、意味があるように設計されているのだろうとは思いますが…)。

ただまあ要請の切実さが他の4つに較べれば低いことを考えればそうかなという感もあり、雇用の安定や生計費の稼得、育児・家事の必要や就業環境の確保といったことに較べれば、まあ学習・訓練の優先順位は低いのも致し方ないわけであって。

年齢階層別のスコアも公開されているのですが、これについては明確に右肩下がり(高年齢ほど低い)となっていてやはり非常に納得のいく結果です。個別の設問の結果(http://www.works-i.com/pdf/160523_JPSED2016data.pdfで公開されています)を見ても仕事のレベルアップ、OJT、Off-JTともすべて年齢が上がると顕著に低下しています。高齢化の影響がかなりあると思われます。

そして年齢と並んで差異が際立っているのがやはり正規/非正規で、これらすべてについてかなりの差があります。

結局のところ、企業の教育は投資であって、リターンの期間が長く量も多いことが期待できる若年〜中堅の正社員が重点になるのは当然といえましょう。逆に一定レベル以上の能力水準に達した人に対する教育の必要性は低くなる(全員が部長レベルの能力を有する必要はない)わけで、そう考えると「仕事における成長機会がない」人が4割弱というのも納得のいく現状だと思います。

したがってスコアが低いことが全面的に深刻な問題なのかというとそうでもないように思えますが、しかしスコアが上がることはもちろん望ましいことなので、非正規に対する教育訓練が行われやすくするような環境整備(5年超の反復更新を認めるなど勤続の長期化につながる施策)や、中高年労働者の自己啓発の促進策が必要でしょう。中高年となると仕事も忙しいし家族も増えますので自己啓発のための時間の確保がポイントになるだろうと思います。

ディーセントワークについては「労働者の権利が確保されていない人が43.3%」という資料が提示されていてちょっと驚いたのですが、これは「労働者の利益を代表して交渉してくれる組織がなかった、あるいはそのような手段が確保されていなかった」という設問に「あてはまる」と回答した比率でした。「どちらかというとあてはまる」をあわせると6割を突破してしまうのでかなり問題ではあるでしょう。いっぽうで「あてはまらない」「どちらかというとあてはまらない」の合計は15.4%であって労働組合の昨年の推定組織率17.4%すら2%ポイント下回っており、設問のような組織・手段とは労組のことであって労組がないから組織・手段もない、という回答をした人も多いのではないかという印象はあります。2%ポイントは誤差だと思いたいですが(まあ誤差でしょうが)、労組があるのに労働者の利益を代表する組織だと思われていないとかいうことは、まさかないでしょうが…。いずれにしてもこれはスコアの5分の1の寄与度があり、かつ他の4つに較べて極端に成績が悪いので、このインデックスが改善するかどうかは労組の頑張りにかかっているのかもしれません。

就業形態別や職種別の分析もあってこちらも興味深いのですが割愛させていただいて、最後は大久保所長の司会で中央の阿部正浩先生、慶応の太田聰一先生、厚労省の中井雅之雇用政策課長、日銀の肥後雅博統計調査局長によるパネルディスカッションとなりました。

とはいえまだ初回調査が終わったところでパネル調査の強みである時系列の分析はされていないため、議論の中身はまあ意義と期待が中心だったわけですが、意義については阿部先生が民間による調査であること、パネル調査であること、データが公開されること(もっとも個票データは佐藤博樹先生が作られた社研のデータアーカイブでの公開ということなので私のような市井人にはアクセスできないわけですが)を上げられ、太田先生はさらに規模の大きさと設問の豊富さを上げられました。

大久保所長からはこれまでになかった転勤や副業などに関する設問を設定して実態を明らかにすることができるようになったことが紹介され、公的調査との補完関係を構築できるとの意義が示されました。さらに具体例として、初回調査だけでわかった事実として第一子妊娠出産による離職率が2000〜2004年の60.3%から10年後の2010〜2014年には46.2%に低下していて政策効果が認められること、副業をした人は全体の13.5%に達していて年間200万円以上得た人もいること、年間の転勤者比率は20-59歳正社員で3%であり、その8割近くが係長クラス以下であったこと、転勤した人は転勤しなかった人に較べて仕事がレベルアップしていることが多いことなどが紹介されました。

今後の期待については、両先生からは大久保所長が紹介されたような従来調査からは得られなかった知見が得られることへの期待が示されたほか、中井課長からは労働政策への、肥後局長からは金融政策・経済政策への活用を期待する意見が述べられました。肥後局長は物価が上がらないのは企業が賃金を上げないのが悪い(意訳)という話が繰り返し述べられてああいつもと同じだなと。

ということで以上の内容が90分というコンパクトなサイズに収容された非常に密度の濃いシンポジウムでした。中でも話があったようにやはり時系列の変化をみることが主眼の調査なので、来年以降回を重ねるごとに有意義な知見が積み重ねられていくことに期待したいと思います。

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2016-05-23

[]たぶん現場の実態は「同一労働同一賃金」とはほど遠い

日経新聞が毎月曜朝刊で連載しているコラム「経営の視点」で、今日は編集委員の塩田宏之氏が「同一労働同一賃金への道――多様な人材生かす制度に」という記事を書いておられます。その中で、「同一労働同一賃金への道」の一例だということだと思いますが、シャープの賃金制度改定の事例があげられています。

…台湾・鴻海精密工業の傘下で経営再建を目指すシャープ。4月、職務給と似た役割給の制度を管理職に導入した。年齢や経歴を問わず、現在担っている役割の大きさで新賃金を決めたところ、月給が30万円下がる人が出た。激変緩和のため6年かけて下げるが、ショックは大きい。一方、抜てきで一気に20万円上がった人もいる。

 新制度は同社が独自に設計したが、結果的に鴻海の制度に近づいた。従来の職能給制度は年功要素が強く「そのままだと鴻海と正反対になっていた」(高井信吾・人づくり推進部長)。

 属人的要素を排した職務給や役割給の制度は、同一労働同一賃金の方向性に沿っている。…

(平成28年5月23日付日本経済新聞朝刊から)

人事管理の経験がある人ならすぐにピンとくると思うのですが、この「月給が30万円下がる人」というのはおそらく「もともとはやり手の部長さんで月給85万円もらっていたが、病気などの事情があってメインラインから外れた」というような人でしょう。これまではそれでも賃金は下げなかったけれど、今回は経営再建という事情もあって月給55万円までは下げましょうということだろうと思います。まあ下げた以上は同一労働同一賃金に近づけたということにはなるかもしれませんが、しかし今現在の仕事の価値だけを考えればそれでもなお相当な高賃金であり、さらに6年かけて段階的に5万円ずつ、ということですから、まあ依然として相当に手厚い配慮と言えそうで、記事がいうほど「ショックは大きい」こともないのではないかと思われます。

  • いやもちろん実務経験に基づく感想と推測なので、普通に働いていた・働けている人で、制度変更前後で仕事はなにも変わらないのに降格して60万円の賃金が30万円になりました、という人が10人とかいるのであれば参りましたと退散するにやぶさかではありません。ただまあそれこそいかに経営再建下であっても合理性のない不当な賃下げである可能性が高くコンプライアンス上どうかと思いますが。

つまり、繰り返し書いていますが日本の長期雇用というのは定年まで40年とかいう単位の超長期の雇用であり、長い間には上で例示したような、病気などでそれまでと同様には働けなくなってしまうリスクも存在します。そういう場合にも賃金が下がって生活に困難が発生することのないよう、配置転換しても賃金は変えない(まあ賞与はかなり減るかもしれませんが)、下げてもわずか、という、互助的な一種の保険機能がある賃金制度を労使で構築してきたわけです。これは経団連などのいう「将来も含めキャリア全体を通じての同一価値労働同一賃金」ですらなく、およそ同一労働同一賃金とはほど遠いものです。今回のシャープの例もそれでしょうから、これをもって同一労働同一賃金を論じるのは的外れの感が強くあります。

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2016-05-22

[]一億総活躍プラン

ということでこの間「一億総活躍プラン」と「骨太の方針」が提示されたということで、各メディアが一斉に報じておりますな。

 政府は18日まとめた「ニッポン一億総活躍プラン」と経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案で「名目国内総生産(GDP)600兆円」や財政健全化などの目標達成に向けた戦略を示した。少子高齢化から生じる人手不足に対応しない限り持続成長できないとの危機感がある。ただ雇用改革の抜本策は見えず、財源確保の道筋も不透明だ。

 一億プランは安倍政権発足3年目で息切れが見え始めたアベノミクスを再点火する「新三本の矢」として出てきた。掲げた目標の割に、今回出てきた具体策は小粒だ。

 柱となる働き方改革の目玉が「同一労働同一賃金」の実現だ。正規社員と非正規社員との賃金差を欧州諸国並みに縮めることを目指す。長時間労働の削減や保育所の整備を通じ、子育てと仕事の両立をしやすくする。

 過去15年間で減った労働力は170万人。今や有効求人倍率は1.30倍と約24年ぶりの高水準で人手不足は深刻だ。

 一連の取り組みによって労働者数は2020年度には117人、25年度には204万人増加するとした。改革を通じ働く人が増えれば、賃金総額が上がり、やがて消費に回るという。20年度は13.7兆円、25年度は20.4兆円の消費支出が増え、目標とする600兆円経済に近づく。

 正規と非正規の賃金格差を縮めることによって生じる総人件費の膨張を企業が受け入れる仕組みなど、意欲的な目標をどう実現するかは見えない。成長産業に労働移動を促すような制度改革は盛り込まれなかった。

…財政健全化にも言及、国と地方を合わせた基礎的財政収支を20年度までに黒字にする目標も引き続き掲げた。高齢者向けの予算を少子化対策に回すといった対策が考えられるが、痛みを伴う改革は踏み込み不足。経済環境が厳しさを増す中、健全化目標の実現を疑問視する声は多い。

(平成28年5月19日付日本経済新聞朝刊から)

「ニッポン一億総活躍プラン」の案は、官邸のウェブサイトで見ることができますね。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai8/siryou2.pdf

これをみると、記事にも「柱となる働き方改革」とあるように、「最大のチャレンジは働き方改革である。多様な働き方が可能となるよう、社会の発想や制度を大きく転換しなければならない」とたいへんに気合が入っているようです。

そして最初に「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」をあげて、「非正規雇用労働者の待遇改善は、待ったなしの重要課題である」と繰り返しているわけです。具体的には、

…再チャレンジ可能な社会をつくるためにも、正規か、非正規かといった雇用の形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保する。そして、同一労働同一賃金の実現に踏み込む。

 同一労働同一賃金の実現に向けて、我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、躊躇なく法改正の準備を進める。労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法の的確な運用を図るため、どのような待遇差が合理的であるかまたは不合理であるかを事例等で示すガイドラインを策定する。できない理由はいくらでも挙げることができる。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに意識を集中する。非正規という言葉を無くす決意で臨む。

 プロセスとしては、ガイドラインの策定等を通じ、不合理な待遇差として是正すべきものを明らかにする。その是正が円滑に行われるよう、欧州の制度も参考にしつつ、不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備、非正規雇用労働者と正規労働者との待遇差に関する事業者の説明義務の整備などを含め、労働契約法、パートタイム労働法及び労働者派遣法の一括改正等を検討し、関連法案を国会に提出する。

 これらにより、正規労働者と非正規雇用労働者の賃金差について、欧州諸国に遜色のない水準を目指す。

あれだけ騒ぎを大きくしてしまえば引っ込みがつかなくなるのも道理というもので、この程度は仕方ないのかなあ。なんにしても「我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ」という文言が入ったので、そんなに無茶なものにはならないだろうと楽観しておきます。さすがに労使の入った審議会では現実的な議論になるものと思う。

そこでやることは「法改正」と「ガイドラインの策定」であり、具体的にはまず「不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備」なので、法律のどこかに(労契法3条の均衡考慮のところあたりかな)「同一労働同一賃金」という語は入れるということでしょう。次の「待遇差に関する事業者の説明義務の整備」というのがなかなかの感じで、とりあえず「挙証義務」という文言にはなっていないところが注目です。

あとは「できない理由はいくらでも挙げることができる。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに意識を集中する。非正規という言葉を無くす決意で臨む」などと威勢のいい文言が並んでいて何を力みかえっているのかとも思いますが、しかしそれなりに成算があるということではあるのでしょう。というのも、同一労働同一賃金なんかより次のこれのほうがよほど効くだろうと思われるわけです。

…最低賃金については、年3%程度を目途として、名目GDP成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1000円となることを目指す。…サービスの質を見える化し、トラック運送、旅館、スーパーなどの分野で、業種の特性に沿った指針を策定し、法的枠組みに基づく税制や金融による支援を集中的に行うことにより、サービス業が適正な価格を課することができる取引慣行を確立する。…

最賃引き上げは非正規雇用の需給が逼迫して相場が上昇している今がチャンスであり、これも前々から書いていますが名目GDP成長率にも配慮しつつとわざわざ書かれていますし、やはり労使の入る審議会で議論されるので無茶はやらないでしょう。わが国の正規非正規格差が欧州より大きい一因が欧州に較べて低い最賃であるというのはよくいわれており(ただし本当にそうかどうかはすぐには証拠が見つからなかったのでご存知の方にご教示いただければ幸甚)、経済運営が上首尾で相場の上昇→最賃上昇が続けば非正規の賃金の底上げ効果は大きいだろうと思います。

サービス業については「適正な価格を課する」としたのはけっこうだと思うのですが、しかし大問題はその適正な価格で消費者が購入するかどうかだろうと思います。記事にもあるようにやがて消費にまわって「成長と分配の好循環」が実現するという皮算用のようなのですが、近年の消費者が強硬なデフレマインドを発揮していることを考えると、なかなか楽観もできないように思います。これについては可処分所得ガーという人もいるわけですが賃金が上がっているのに可処分所得が増えていないのはやはり税と社会保険料の影響が大きいわけで、すくなくともここになんらかの手当(たとえば富裕層増税で再分配を増やすとかな)がなければ好循環の実現も難しいのではないでしょうか。

あとは長時間労働の話ですが、

…週49時間以上働いている労働者の割合は、欧州諸国では1割であるが、わが国では2割となっている。このため、法規制の執行を強化する。長時間労働の背景として、親事業者の下請代金法・独占禁止法違反が疑われる場合に、中小企業庁や公正取引委員会に通報する制度を構築し、下請けなどの取引条件にも踏み込んで長時間労働を是正する仕組みを構築する。さらに、労働基準法については、労使で合意すれば上限なく時間外労働が認められる、いわゆる36協定における時間外労働規制の在り方について、再検討を開始する。時間外労働時間について、欧州諸国に遜色のない水準を目指す。あわせて、若者の長時間労働の是正を目指し、女性活躍推進法、次世代育成支援対策推進法等の見直しを進める。

まあこのあたりは過去も繰り返し書いてきたので細かくは書きませんが、上手に舵取りしてほしいと思います。中小の長時間労働にしても、かつてよく言われたような「金曜の夕方に発注して納期が月曜朝→休日出勤必須」みたいなのはしっかり取り締まってほしいでしょうが、下請けとしてはある程度残業になるくらいの受注があったほうが嬉しいという実感もあるでしょうし。若者の中にも、若いうちは時間はあまり気にせずにがむしゃらに働きたいという人もいるわけですし。

ただ、時間外労働の上限規制について「再検討を開始する」にとどめたのは、非正規の賃金に較べるとずいぶん穏当な表現ですね。

あとは高年齢者雇用に関する記述があるのですが特段目新しい話はありません。ということで日経新聞は「成長産業に労働移動を促すような制度改革は盛り込まれなかった」「痛みを伴う改革は踏み込み不足」とご不満なようですが、それはまあここでいわゆる「成長と分配の好循環」を実現してからでもいいんじゃないでしょうか。そうなれば、それこそ現状では「それってどこに」状態の「成長産業」も出てくるでしょうし。

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2016-05-21

[](続き)残業が減らないのは家に帰りたくないから!?

 このところまたあれこれ起きていますので、とりあえず大急ぎで仕掛中案件をかたづけてしまいたいと思います。ということで「日経ビジネス」5月16日号所載の標記記事のご紹介と感想、前回の続きです。日本人が家に帰りたくない理由のその2ですが…。

日本人が帰りたくない理由(2)帰ってもろくなことがないから

 ブラック企業のように組織的圧力があるわけでもなく、今日やらねばならぬ仕事があるわけでもないのに今日も無駄な残業に精を出す。そんな社員の中には、出世や収入増にさほど関心がない人もいる。彼らが帰らない理由もまた、身も蓋もない。「帰ってもろくなことがない」だ。

 「自分だけでもいいので、ノー残業デーを水曜以外にしてもらえないか」

 あるメーカーの工場で最近、50代の社員、A氏から人事部にこんな奇妙な相談が舞い込んだ。なぜ水曜だと駄目なのか。聞くと、別の会社に勤める妻がやはり水曜がノー残業デーで、お互い早めに帰宅すると、家で気まずいのだという。

 男性の中には、家事をやりたくないから家に帰りたくない、という人もいまだ多い。「多くの日本人男性は残業のおかげで家事を放棄できていた。残業がなくなるとこの“特権”がなくなる」。千葉商科大の常見専任講師はこう解説する。

…「ろくなことがないから」と家に帰ろうとしない社員は既婚者だけではない。

 印刷メーカーで働くBさんは…「…32歳を過ぎた頃から、自己啓発に励んできた友人たちが結婚や出産でいなくなり、自分も何だか疲れちゃって、だらだらと残業するようになった。変に思われるかもしれないけど、今は難しいことを考えず残業するのが一番、気が楽」。Bさんは自嘲気味にこう話す。

 今、首都圏近郊のベッドタウン近くの居酒屋、ファミリーレストラン、パチンコ店、サウナは毎週水曜、かつてないにぎわいを見せている。ノー残業デーを導入した企業に勤める退社後に行くあてのない社員たちが集まっている、というのだ。

(同、p.51)

まあよく聞く話ではありますし、実際に取材もされてそういう人がいたということですからそれを疑うつもりもありません。とはいえそれがどれほどいるのかというと、とりあえず私の周囲には早く帰りたい人のほうが多いと思うなあ。まあこのあたり記事も「こうした“ノー残業デー難民”があくまで少数派なのか、かなりの割合を占めるのか推測する統計などは、まだない」とエクスキューズしている(p.52)わけではありますが。

家事云々の話もありそうな話ですが、これは多分に帰宅して家事をやるよりは残業して残業代をもらったほうがうれしいという家計の所得選好の話だという気もします。人事担当者をつかまえて「御社で無駄な残業をダラダラやる人ってのはなんででしょうねえ」と訊ねればまあ8〜9割は「そりゃ残業代がほしいからでしょう」と答えそうなもので、残業すると出世するとか言うわりには残業すると残業代がもらえるという話が出てこないのはなぜなんだろう。

いずれにしてもここで日経ビジネスが言っているのは「会社から帰りたくない」ではなく「家に帰りたくない」なので、企業にとっては特段気にするほどのこともないでしょう。とにかく帰ってくれさえすれば、家に帰ろうが居酒屋で呑もうが図書館で勉強しようが山手線や大阪環状線や地下鉄名城線でぐるぐる回っていようが関係ないわけであってね。

なお難民がヘチマとか居場所が滑った転んだというのは多分に住宅事情の影響も大きいんじゃないかなあ。通勤時間が長いので勤務先で長く過ごしたほうが有利ということはあるでしょうし、午後5時に仕事を終わっても帰宅が午後6時半で、しかも自宅に書斎があって落ち着いて読書でも自己啓発でもできるというなら格別、わが国大都市部の住宅事情では居間で子どもがバラエティ番組を見ているのと一緒にいるしかないということも多そうで、まあ家族仲良いのはけっこうなこととしても毎日では大変だろうとも思う。たまにならおおいにけっこうなことだという人も多いと思いますが。

ちなみに記事はこのあと「帰宅難民」ビジネスの話を延々と続けるのですが、まあ今日は早めに切り上げて帰りに一杯行きますかというのはサザエさんの昔からあった話であり、そういう人が増えてくればそれをご商売にしようとする人もまた増えてくるのは当然の話であって別に難民だの居場所だのの問題じゃないと思いますがねえ。

さて記事は最後に「日本で残業の削減が進まない背景には、「家に帰りたくない」という諸外国には見られないだろう理由がある――。この仮説が正しいとすれば、企業はどうすればいいのか」ということであれこれ書くわけですが…。

 まず、「出世には残業が必須」と考えている社員を減らすには、経営層がその事実を明確に否定し、かつ、残業時間と昇進が連動するメカニズムを検証、改善する必要がある。場合によっては、無駄な残業をしている社員の評価を大きく引き下げてもいい(残業と昇進を負の相関関係にする)。

 「パソコンは原則、終業時間にシャットダウン」「会議は立って短時間で終了」。そんな大胆な生産性向上策で知られるキヤノン電子の酒巻久社長は「定時で帰れないのは能力が低い証拠」と断言する。

(pp.52-53)

ずいぶん簡単に書きますが、「無駄な残業」と「無駄でない残業」の区別が難しいわけですよ。何度も書いていますが、技術者が非常に難しいイノベーションにチャレンジして、残業もいっぱいしておカネもたくさん使ってがんばっていいところまで行ったけれど最終的にはダメでした、という話はよくあるわけで、この残業は無駄なのかどうか。現業部門であっても、たとえば設備が故障して復旧に手間取って残業が増えましたというのは、もちろん無駄といえば無駄ですが、しかしだから評価を大きく引き下げていいものかどうか。そして、あからさまに無駄な残業(残業代目当てとかな)が多い社員についてはすでに「残業と昇進を負の相関関係に」なっているんじゃないかなあ。

なおキヤノン電子については威勢のいい経営者を紹介するのもいいけれど本当に残業が少ないのかどうかはウラ取りしたほうがいいと思うなあ。そこらの巨大掲示板やら転職サイトとか、まあそれもどこまで信頼できるかどうかはわかりませんが、しかし見当くらいはつくと思うけどなあ。

さて記事はこのあと「ここまでしても、出世にも収入増にも関心がなく「帰ってもろくなことがない」との理由で残業をやめない社員を突き動かすのは難しい」と述べ、さらにそれを放置することには「コンプライアンス(法令順守)上、問題が発生する可能性が高い」とした上で、こう書いています。

…企業は社員に自発的に帰宅してもらうしかない。そのための数少ない方法がこれだ。

(1)残業を申告制にする

(2)申告の手続きを、「家に帰る苦痛」より、大幅に物理的・心理的苦痛を伴うものとする

 日本の産業界には、この“最終手段”で成果を上げた経営者がいる。元トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長で、元祖・残業削減のプロ、吉越浩一郎氏だ。1992年に同社社長に就任後、19期連続増収増益を達成した吉越氏…が導入したのが残業申告制だった。

 「どうしても残業しなければならない場合は許可するが、その代わり、残業した社員には徹底した反省会とリポート提出をしてもらう」。これが仕組みの骨子。申告制自体は既に導入している企業も多いが、トリンプで特徴的だったのは反省会とリポートだ。

 反省会は、残業した翌日から同じ理由で残業が絶対に起きないよう何回でも開かせる。さらに「なぜ、残業をしなければならなかったのか」「どうしたら残業をせずに済むか」について、再発防止策を詳しく書いたリポートの提出も義務付けた。

 リポートは1回書いて終わりではない。繰り返し添削して、内容的に大した問題がなくても何度も突き返した。何度も、何度も、だ。反省会とリポートで業務に支障が出ても、意に介さなかった。

…「残業したらどんな苦難が待ち受けるか身をもって知った社員たちは、定時までに業務を終わらせようと、必死で仕事をするようになった。無駄口をたたく社員は減り、就業時間中のオフィスがすっかり静かになった」。吉越氏はこう振り返る。

 昭和の時代から続く悪しき伝統「無駄な残業」を退治するためには、生半可な対策では不十分だ。

 日本人は皆、家に帰りたくない――。そのぐらい大胆な前提に立って、本気で対策を練らないと残業は減ることなく、日本企業の生産性は永遠に上がらない。

(p.53)

なにこれどういうブラック企業。こっちのがよっぽどコンプライアンス上問題じゃん。組合がよく黙っていたもんだとも思いましたが組合はないのね。

でまあこれもちゃんとウラ取りしてるのかどうかとも思ったところで、口コミサイトとかみてると吉越社長いなくなっていい会社になりましたみたいなのがゴロゴロ転がっているわけですよ。

労働時間や残業の長短もさることながら、従業員の意欲を維持向上できなければ生産性の向上なんて望むべくもないわけなので、まあ本末転倒した倒錯の結論だなあと思ったことでした。くわばら、くわばら。

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2016-05-18

[]パート賃金格差、何が問題かby鶴光太郎先生

不審な判決があったので1日ずつタマツキになっておりますが(笑)、昨日の日経新聞「経済教室」に慶応の鶴光太郎先生が登場され、パート賃金格差について非常に有益な論考を寄せられていますのでご紹介したいと思います。

「エコノミクス・トレンド」ということで研究動向の紹介が中心になるわけですが、

…国際比較を行う場合…、労働者の様々な属性を考慮し、そうした要因を調整した上で、残る賃金格差に着目する必要がある。

 例えば、ベルギー・ブリュッセル自由大学のジル・オドシェ助教授らの2007年の国際比較の分析では、男性のパートタイム賃金格差は調整前でベルギー24%、デンマーク28%、イタリア28%、スペイン16%、アイルランド149%、英国67%となっている。しかし、労働者の様々な属性を調整すると、それぞれの格差の中で説明できずに残る割合は、デンマークでは消滅する一方、イタリアでは半分程度は残るなど、調整前の格差はほぼ同じでも調整後の格差は大きく異なる。

… 日本については雇用形態間の賃金格差を厳密に分析した研究例はわずかだ。

 筆者は経済産業研究所において、リクルートワークス研究所の久米功一主任研究員、千葉大学の佐野晋平准教授、青山学院大学の安井健悟准教授と共同研究を進めているところである。非正社員の中でも正社員に近い契約社員などと正社員の賃金格差は37%程度であるが、学歴、年齢、勤続年数、婚姻、子供数、居住地、勤務先産業、職務などを調整すると暫定的な結果ではあるが、残る格差は4分の1程度となり、1割を切ることが確認された。

(平成28年5月17日付日本経済新聞「経済教室」から、以下同じ)

細かい話ですがアイルランドの賃金格差が149%というのがあれという感じで、誤植かと思ったのですが紙の新聞だけでなく日経電子版も日経テレコン21も149%となっており、元ネタにあたろうと思ってウェブ上を渉猟して*みましたが見当たらず(ジルはGilleかJillでしょうがオドシェはO'Dossierかな?わからん。ブリュッセル自由大学のウェブサイトとリポジトリを中心にあれこれ試して検索してみましたがそれらしき人/論文は見当たりませんでした)謎のままです。

それはそれとして鶴先生たちの共同研究はどんな結果が出るか楽しみですが、「正社員に近い契約社員など」というのは有期のフルタイマー、自動車工場の期間従業員という感じでしょうか。賃金以外のコストの影響(省略部分で鶴先生も指摘しておられます)、自動車工場の期間従業員であれば住宅や食事、通勤手段の提供といったもののコストを考えれば妥当な結果のように思われます。いずれにしても同一労働とか簡単にいうけどそんな単純なもんじゃないんだよということですね。

さて続く指摘はさらに重要です。

 欧州を中心としたパートタイム賃金格差の研究から得られる政策的インプリケーション(含意)として重要なのは、比較的賃金格差の大きい英国での「職務分離」の問題である。

 英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のアラン・マニング教授らの08年の論文では、英国の女性のフルタイム、パートタイムの賃金格差は25%であるが、基本的な属性を調整すると12%程度と半分程度になり、職務まで調整すると3%まで縮小することを示した。これは、フルタイムとパートタイムでは職務が異なることが賃金格差の大きな要因になっていることを示すものである。

…英イースト・アングリア大学のサラ・コノリー教授らの09年の論文では、高スキルの女性がフルタイムからパートタイムへ変わる場合、26%(勤め先を変えた場合は43%)が職務格下げを経験し、賃金もこうした転換で32%減少することを示した。…こうした「職務分離」が賃金格差の最も大きな要因になっていることは他の欧州諸国の最近の分析でも確認されている。

 日本の場合、この「職務分離」の問題がどの程度深刻かについてはさらなる分析が必要であろう。しかし、こうした要因が仮に大きければ、同一労働同一賃金の実現ではパートタイム賃金格差縮小はおぼつかない。むしろ、フルタイムで働いている場合、勤め先や職務を変えなくてもパートタイムで働けるようなオランダ型の柔軟な労働時間制度の導入がカギとなる。

 また、パートタイム賃金格差は初職の若年者には存在しないが、パートタイムの勤続年数が長くなると格差が顕著になることがいくつかの国の研究で明らかになっている。欧州連合(EU)指令のように賃金などの処遇においてパートタイムも勤続年数を配慮する「期間比例の原則」の導入が検討されるべきだ。

逆にいうと、これまでも繰り返し懸念しているように、たとえば企業に挙証責任を負わせるなどして同一労働同一賃金を無理やりやろうとすると企業は職務や役割の違いをより明確化する方向に向かわざるを得なくなるだろうということでしょう。いっぽうで「勤め先や職務を変えなくてもパートタイムで働けるようなオランダ型の柔軟な労働時間制度」についてはわが国でも法定を上回る育児時間制度の導入などが拡大しており(そしてほとんどの場合は賃金も時間割であり)、今後一層の拡大が期待されるところだと思います。ここでも普及に向けて重要なのは一時的な職務変更などを柔軟に認めていくことだろうと思います。

期間比例原則についても鶴先生は古くから提唱しておられ、当時は私はどちらかというと否定的だったのですが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100112#p4)、その理由は雇止めを誘発して非正規雇用労働者の勤続の短期化や能力伸長の阻害を招くリスクが高いというものでしたので、逆にいえばやるなら今ということではあるでしょう。こちらのポイントは(これも以前書きましたがhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160209#p1)とにかく欲張らないことに尽きると思います。

[]残業が減らないのは家に帰りたくないから!?

職場の回覧で「日経ビジネス」5月16日号が回ってきたのですが、その中に標題のような記事がありました。フルタイトルは「スペシャルリポート−昭和から続く「悪しき伝統」の真実 残業が減らないのは家に帰りたくないから」となっておりますな。

日経新聞のサイトでも読めるようですが、残念ながら有料のようです。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO02160070R10C16A5000000/

まあ正直カネ払って読むようなものでもないとは思いますが、いろいろと味わい深いので昨日のエントリのフォローという意味も含めて以下コメントしていきたいと思います。

まずは労働時間短縮に取り組む企業事例が紹介されたあと、そうした施策に消極的・批判的な従業員の意見をいくつか並べ、さらにこう続けます。

 経営層の中には、自社の残業削減策がいかに無意味か、どこか自慢げに話す現場社員たちに、混乱する人もいるはずだ。「そもそも君たちは、残業したくないのではなかったのか」と。

 実はその疑問にこそ、日本企業が昭和の時代から残業を減らすことができない真の理由がある。働き方に詳しい専門家の意見を基に、編集部がたどり着いた新説を説明しよう。

 多くの経営者は、残業削減のメカニズムを次のような公式で捉えている。

 残業削減=仕事の絶対量の減少×効率向上

 だがこれは不完全で、正しい公式はこうなる。

 残業削減=仕事の絶対量の減少×効率向上×社員の家に帰りたい気持ち

 新たに加わった3つ目の要素は強力で、これこそが日本の残業が減らない根本的な原因だ。千葉商科大学国際教養学部の常見陽平・専任講師がずばり言う。「日本人は総じて『家に帰りたい気持ち』が低いように思える。だから、会社が仕事量を減らしたり、業務効率化を進めたりしても、それだけでは残業の削減が進まない」。

(「日経ビジネス」2016年5月16日号、p.50)

このブログでも過去繰り返し書いているように、今日は合コンに行きたいとか野球を見に行きたいとかいう事情があればいつも以上に日中はがんばって早めに仕事を切り上げるわけで、「帰りたい気持ち」は「効率向上」に織り込まれているのではないかと思わなくもありませんが、まあこうして別に切り出してみるのもいいでしょう。

そこで「では、なぜ平均的日本人は家に帰りたくないのか」ということで理由を二つあげているのですが…。

日本人が帰りたくない理由(1)日本では残業すれば出世するから

 誰もが薄々感じていながら実証できなかった、この身も蓋もない事実をデータで証明したのが独立行政法人の経済産業研究所だ。

 同研究所は、ある大手メーカーの人事データを用いて、労働時間の長さと、昇進確率の関係を分析した。それが下の図で、男女とも労働時間が長いほど昇進確率が高まる傾向にある。

 とりわけ女性における相関関係は鮮明で、年間総労働時間1800時間未満の人の昇進確率に対し2300時間以上の人は5倍を超える。「長時間労働が難しい女性は昇進機会の少ない働き方に振り分けられるのがその理由だろう」。同研究所の客員研究員、米シカゴ大学の山口一男教授はこうコメントする。

(同上、p.51)

この「下の図」というのがないと話が進まないので、権利関係がどうなのかという気はしましたがTwitterに上げました(https://twitter.com/roumuya/status/732790051256569856)。

これの元ネタは記事に「経済産業研究所。加藤隆夫(米コルゲート大学教授)、川口大司(経済産業研究所ファカルティフェロー)、大湾秀雄(経済産業研究所ファカルティフェロー)によるディスカッションペーパー(2013年)から引用*1」と書いてあり、実物もRIETIのサイトにアップされていて全文を見ることができます(http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/13e038.pdf)。その64ページにはこの「下の図」らしきグラフも掲載されてはいるのですがおいこれ数字が全然違うじゃねえか

比較してみていただけばわかるとおりで、そもそも労働時間の区分が違いますし、女性のグラフ形状だけみれば出典上段の全従業員のグラフに似てはいますが数字がまったく違いますし男性のグラフ形状も異なります。しかも日経ビジネスの「下の図」をみると男性の昇進確率は平均10%くらいはありそうで(女性は1800時間以下の比率が大きいので平均は見た目ほど高くならないと思いますが)、やはりそれはないだろうという数字です(以下確率の話は私としてもかなりアバウトというか間違ってますが(笑)、まあ議論の大筋はこの程度の大雑把で影響ないと思いますので為念)。つまりサラリーマンの昇格というのはそれほどあるわけではなく、大卒ホワイトカラーだと役員になるような稀少なエリートを除けば係長、課長、次長、部長とまあせいぜい4回くらいであり、実際には係長どまり課長どまりという人も多々いるわけで、卒業後定年までの三十数年で2〜3回くらいしかないわけですよ。平均10%ということは三十数年で平均3回以上昇進があり、ということは平均して次長クラス以上に昇進しているということになりますがさすがにそれは実感に合わないだろうと思います。ということで出典の下のグラフ(大卒者)にあるように、まあ年平均なら6〜7%程度というのが妥当であり、日経ビジネスの数字は間違っていると考えざるを得ないわけです。ちなみに高卒ブルーカラーでも、まあ青空が見えていることは見えているわけですが現実には班長、職長、作業長とか3回昇進すればかなりいいほうではないかと思いますので事情は同じです。

また、仮に記事が全従業員のデータを使用しているとすると、少なくとも大卒者のデータも示されている以上は不適切であり、なにかというとこのデータは製造業のデータであるわけです。つまり製造業の現業部門の残業というのは生産量と要員数でほぼ自動的に決まってくるわけなので、長時間労働になるかどうかは本人の意思とはほぼ無関係です。つまり使うなら出典下の大卒のグラフを使うべきだということになります。

そこで出典の大卒者のグラフを見ると、男性は右肩上がりになってはいますがまあ6%→7%程度でごくごく緩やかなものであり、少なくとも日経ビジネスの描くような差はありません。ただし年平均1%の違いでも三十数年積み上がれば昇進回数がだいたい0.4回くらい異なってくると思われますので、その間の昇進が平均2〜3回程度であることを考えれば大きいとはいえるかもしれません。

なお女性については特に長時間労働のほうで95%信頼区間が男性に較べて極めて大きく、サンプルがかなり限られているものと思われます。大卒の2400時間超に至っては25%を上回る高率に上っており、この調査のデータセットは6年分らしいのでその間に2回以上昇進した人がいることになります。ごく単純に考えて(正しくはないが)確率25%なら4年に1回の昇進であり、三十数年では9回程度の昇進となるわけなので女性は2400時間以上働けば平均して社長まで昇進するということになります(笑)。もちろんそんなことはないのであって異常値と考えるよりなく、日経ビジネスが「5倍を超える」とか能天気に書いているのはどうかと思うなあ。

そもそも出典のデータは1企業のものであり、もちろん非常に貴重なデータであることは間違いありませんが、しかし一般化するのは無理としたものでしょう。もちろん出典の著者たちもに日本企業一般について「データで証明した」とは書いていません(当たり前)。

また山口先生の「長時間労働が難しい女性は昇進機会の少ない働き方に振り分けられるのがその理由だろう」というコメントもやや不思議な感はあり、「長時間労働が難しい女性は昇進機会の少ない働き方に振り分けられる」自体はまあ一般論としてありそうな気はするのですが、それは男性に較べて女性の昇進が少ない・遅い理由であって「5倍を超える」理由の説明にはならないように思われます。というか、山口先生に「5倍を超えているのですがどう思われますか」と聞いたらまず「いやその5倍って異常値じゃないの」という反応が返ってくるような気がするのですが。いやそうでもないかな、25%は異常としても、5倍(1%と5%とかな)であれば、全学歴ならそうかもしれないな、という数字かもしれません。労働時間が短いのは高卒や短大卒の事務補助職とか現業職とかで、長いのは博士持ちの総合職だという話であれば、まあこのデータの時期(2004年度〜2010年度の6年間)であればなくもないのかもしれません。

さて記事の続きです。

 長く働くから出世するのか、出世するから労働時間が延びるのか。ここでその因果関係を解明することに意味はない。社員にとって大事なのは、「日本企業では総じて、残業しないと、会社の中枢にいられる確率が下がる」という事実だけだ。

 「50〜60代が中核をなす、現在の経営トップはバブルを知る世代。時間をかければ成果が上がった自らの成功体験もあって、遅くまで働いている社員を評価する傾向がいまだにある」。約250社で残業削減の支援を手掛けた経験を持つ、社会保険労務士の望月建吾氏はこう分析する。

…「出世を狙う社員にとっての最適戦略は、効率など気にせずとにかく膨大な仕事をこなすこと」。たとえそれが誤解でも、多くの社員がそう思っている間は残業は減らない。

(同、p.51)

思ってねえよ。昨日も書きましたがたとえば特段なんらの目立った成果を上げるでもなく、ひたすら長時間労働して残業代はがっぽり稼ぐけどアウトプットは凡庸ですみたいな人がいると思うのですが、それで「会社の中枢にいられる確率」が上がると思っている人は、マスコミや出版業界の中にはいるのかなあ。まあ普通の民間企業にはめったにいないと思います。「会社の中枢にいられる確率」を上げるために有効なのはやはり能力を高めたり大きな貢献をなしたりすることであり、その過程で長時間労働があるかもしれない(そして長時間労働しなくてもめざましい成果を上げるスーパーパーソンというのもいる)ということでしょう。労働時間とキャリアはダイレクトに結びついているわけではなく、かつそこには一定の確率が介在するわけです。

なお引用前段の社労士さんの話は、まあこの人の経験としてそうなのでしょう。経営トップが、と言っておられますので、経営トップが「社員を評価する」くらいの規模の企業が主体と思われ、だとすればそういうこともありそうな気はします。ただ、そういう企業だと、たしかに本人頑張ってるつもりでも無駄が多いですという人もいそるでしょうが、往々にして長時間労働している人が実際に企業を支えていたりもするのではないかと思いますが…。

さて続いて理由その2が出てくるのですが、今日は鶴先生のご紹介もあったりしてかなり長くなってきましたし、時間切れでもありますので続きは明日以降に回したいと思います。

*1:どうでもいいことかもしれませんがしかし川口先生・大湾先生についても一橋大学教授、東京大学教授と書きそうなものだが。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160518

2016-05-17

[]長時間労働「是正」できるか

不審な判決にかまけて1日遅れましたが、先週金曜日と昨日、日経新聞の「経済教室」に長時間労働に関する論考が続けて掲載されたので取り上げたいと思います。まあ正直繰り返し書いているように多分に徒労感のただよう議論ではあるのですが、しかし論点も徐々に絞られつつあるようにも思われますので。

さて先週金曜日(13日)に登場されたのは神戸大の大内伸哉先生です。前半部分は現行法規制の解説が中心なので飛ばさせていただいて、

…日本の厳格な規制は期待通りには機能してこなかった。…ルールが徹底されず、割増賃金の上限設定、定額制、基本給への組み入れといった脱法的な行為が広く行われてきたからだ。

 ただこれだけならコンプライアンス(法令順守)の強化で対処可能だ。より根本的な問題は、割増賃金が収入増を望む労働者にとって長時間労働へのインセンティブ(誘因)になっていることだ。三六協定は、時間外労働を抑制するのではなく、それを合法化する手段にすぎなくなっている。このことは、長時間労働の抑制のために三六協定と割増賃金を用いる手法そのものの限界を示している。

 ではどうすればよいか。第1に労働時間の真の上限を明確にすべきだ。現行法でも三六協定で定める時間外労働には、大臣告示で限度基準が設けられている。1カ月でいえば45時間だ。しかしこの基準の効力は弱く…一定期間内での労働時間の絶対的上限を設けるべきだ。欧州連合(EU)では4カ月平均で1週48時間(時間外労働込み)を上限としている。

 第2に休息の確保のための規定の充実が必要だ。…終業時刻と翌日の始業時刻との間に一定時間の休息を義務付ける勤務間インターバル制度の導入が望ましい。EUでは休息時間は11時間以上とされている。…絶対的上限規制と休息の確保を柱とし、逆効果になっている割増賃金制度を見直すことこそ必要だ。

 以上が規制の強化を巡る提言とすれば、もう一つの提言はこれと逆方向の規制の弾力化だ。経済成長のために必要なイノベーションを実現する働き方とは、企業の指揮命令下で拘束的に就労するという伝統的な働き方とは異なり、労働者個々人が創造的な成果を追求して自主的に仕事を進めるというタイプのものだ。

 後者の働き方では、労働者へのインセンティブを企業が自由に構築できるようにすることが望ましい。だが現行法では法定労働時間を超えれば、時間比例で賃金が増えていき、賃金と時間の関係を切り離すことができない。この問題を解決するために求められているのが、一定の働き方に労働時間規制の適用を除外するホワイトカラー・エグゼンプション制度(WCE)だ。

 政府が昨年提案した高度プロフェッショナル制度はWCEの一種だが、…休息確保など健康確保措置を同時に義務付けているが、本人主導で仕事を進める働き方に休息の強制は余計だ。前述のように、休息強制は一般の労働者にこそ義務付けられるべきだ。

 WCEは割増賃金をなくし企業を利するだけの制度だという意見もあるが、正しくない。WCEの対象者は創造的な働き方をする労働者に限定すべきだし、こうした労働者に対してどのような魅力のあるインセンティブを提示できるかは企業にとって生き残りをかけた重い課題となろう。

(平成28年5月13日付日本経済新聞「経済教室」から)

うーん「後者の働き方」においては、労働者へのインセンティブは目先のカネより中長期のキャリアがはるかに大事、ということを明示していただけるとよかったのですが、

まあそれはそれとして、大内先生の議論は労働者を「労働時間の上限規制と最低休息規制の保護に服する「一般の労働者」」「WCEで基本的に働きたいだけ働ける「創造的な働き方をする労働者」」とに分けて整理されたもので、たいへん明快ではあると思います。そして実際、これまでのWCEの議論には、「創造的な働き方をする労働者」という一種の特権階級をどのように定義するのかと言う側面もあったことも事実でしょう。

さらに現実をみれば、この「特権階級の定義」は事実上企業内の選抜によって行われてきたという実態もあります。具体的には、総合職入社した幹部候補生(大卒の大半が該当するわけですが)については、それなりに勤続して経験も積み能力も向上してきた段階で「管理職待遇」に昇格させて、労基法41条2号該当者として事実上のWCEにするという運用が広く行われてきました。もちろんその中には、賃金だけは部下も権限もあるマネージャー(疑いなく労基法42条2号に該当)と同等ではあるものの自身は部下もいなければ予算も持たず組織におけるなんらの決定権限も持たないという「名ばかり管理職」=事実上のヒラ社員が相当数含まれていて彼ら彼女らが労基法41号2号に該当するのかどうかははなはだ疑わしく、そこに実態に即した規制・保護を実施しようというのもWCE論議の重要な一面だったわけです。

さてこれ以上のコメントは昨日(16日)の経済教室、慶応の山本勲先生の論考を見てからにしたいと思います。

 画一的な長時間労働があると、女性や高齢者などの貴重な労働力を企業で活用することは難しい。そこで性別・年齢にかかわりなく能力が発揮できるようなダイバーシティー経営…などへの転換が求められている。…日本でそうした転換を進めた企業ほど業績が高まりやすく、また転換には共通して労働時間の短さが重要な役割を果たしていることがわかった。

 それでは、どうすれば長時間労働は是正されるのか。

 長時間労働の背景にはいわゆる日本的雇用慣行がある。…かといって日本的雇用慣行を抜本的に見直す場合、移行期に大量の失業が生じたり、企業内の人的資源管理上の支障が生じたりするなどの社会的費用も発生しうる。よって、こうした抜本的な転換の実現可能性は不透明といえる。

 一方で、日本の長時間労働には、長く続いた雇用慣行のもとで醸成された非効率な部分もある。…自分の仕事が終わっても帰りにくい職場風土や長時間働いた人が評価される慣習、業務の範囲が明確になっていない仕事特性、上司と部下のコミュニケーション不足などにより生じる付加価値につながらない…行き過ぎた長時間労働はどうすれば減らせるのか。そもそも長時間労働のどの部分が行き過ぎた非効率なものかを見極めることは難しい。ゆえに企業や労働者が自ら是正策を見つけるのも容易でない。このため政府による介入、例えば残業に対する割増賃金率の引き上げや労働時間の上限規制の強化が正当化される。

 割増賃金率の引き上げは…実際には…残業時間削減にはつながりにくい。内外の研究でもそうした結果が多く示されている。…残業に対する割増賃金の考え方自体を改め、一部の労働者の残業規制を撤廃する「高度プロフェッショナル制度」の導入も検討されている…が、…労働時間削減にはつながらず、不況期にはむしろ長時間労働を誘発する恐れがある。

…労働時間の上限規制の強化については、その手段がポイントとなる。…所定内労働時間でなく、総労働時間あるいは残業時間の上限を厳格に定めたり実質的に上限を引き下げたりすることは、従業員1人当たり人件費の増加を招かないため、長時間労働是正の実現可能性が高いといえる。さらにこうした取り組みは法改正を待たなくても、個々の企業の取り組みとして実施できる。実際、先駆的な取り組みを進めている企業では、労働時間削減が実現している。

…単に総労働時間を減らすだけでは、産出される付加価値が減少し、企業の競争力が低下してしまう。労働時間を削減しても、以前と同じだけの付加価値を生み出せるような効率的な働き方に転換できれば、結果的に時間当たり生産性が高まる。つまり労働時間削減は目的でなく生産性向上の手段として認識すべきだ。短縮された労働時間内でどのような働き方をすれば仕事が終わるかを模索することは、行き過ぎた長時間労働を発見し是正する糸口になりうる。

 加えて、総労働時間の上限規制を強化する場合に重要になるのが、法令順守の徹底だ。

 総労働時間の上限規制があっても、多くの企業が順守しなければ、労働時間削減は望めない。日本には違法に長時間労働を強いる「ブラック企業」が存在するといわれる。本来であればそうした企業には人材が集まらず、自然と淘汰されるはずだ。そうならないのは、日本で雇用の流動性が低く、労働市場のチェック機能が働きにくいからだといえる。そうした状況では、市場の代わりに政府が取り締まりにより法令順守を徹底させるような介入が必要となる。…長時間労働を強いなければ利益を上げられないという意味で「雇用版ゾンビ企業」といえる。労働時間を削減し、日本全体の時間当たり生産性を高めるためにも、雇用版ゾンビ企業の撲滅は重要な政策課題といえよう。

 政府の取り締まりの強化のほか、行き過ぎた長時間労働をしていない企業を優遇するような融資・取引の普及や表彰制度の導入も望まれる。

(平成28年5月15日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から

山本先生のご指摘の中で、企業労使が生産性向上に向けて労働時間の短縮に取り組むというのは大いに奨励されていいと思いますし、実際に多くの労使が取り組んできたところではないかと思います。そのプロセスで労使が自主的に労働時間の上限規制を行うのも十分あり得ると思いますし、これまた実際問題として36協定の上限時間をそのような性質のものとして引き下げる労使というのもまた多くあるわけです。大事なことは目的は生産性向上であって労働時間短縮はその手段に過ぎないということであり、企業労使の自主的な取り組みに全面的に委ねられるべきものだということです。長時間労働を「是正」すれば生産性が向上して企業業績が改善するなら、なにも政府が介入するまでもなく企業はそれを実施するでしょうし、同業がダイバーシティワークライフバランス施策を実施した結果優秀な人材がそちらにジャンジャン流れてしまったという話になれば他社も追随しなければならなくなるのは見やすい理屈だと思います(もちろんそれとは別の部分で特色を出すという戦略もあります。というか、これまでのダイバーシティワークライフバランスにもそうした側面があったように思われます)。ということで、まあ企業と言うのはそんなこともわからないバカ揃いだというのであれば(そして多くの企業は目先の商売と資金繰りでそんなことまで気が回っていないというのも事実ですが)政府が啓発活動を推進して大いにその蒙を啓けばよろしいかとは思いますが、政府が「生産性が上がるから労働時間の上限規制を導入してあげましょう」と言うのはありていに申し上げて余計なお世話であり、手段が目的化した屁理屈だろうと思います。もちろん労働者保護のために上限規制が必要と言う議論はありますし重要ですが、それには必要な労働者に必要な保護という観点が不可欠だというのは繰り返し書いてきたとおりです。

さて、山本先生のご所論は基本的には大内先生のいわれる「一般の労働者」が念頭におかれているようですが、しかしその「一般の労働者」の範囲をどう考えるのかというのが最重要のポイントになるわけです。繰り返しになりますが労働者保護のために労働時間の上限規制や休息時間規制を設けることは全否定はしませんが、その範囲については、具体的に政策立案・政策決定にかかわる政府関係者や有識者の方々は往々にして「自分が例外・「非一般」になるなら、あとは安全サイドでいいや」という発想に陥りがちなように思われ、それが規制強化の議論が進まない最大の要因のひとつのようにも思われます。大内先生のご所論は少なくともここの構造については明確にされていますが、山本先生にはその観点がまったく見受けられないのが残念です。

たとえば、山本先生は「自分の仕事が終わっても帰りにくい職場風土や長時間働いた人が評価される慣習、業務の範囲が明確になっていない仕事特性、上司と部下のコミュニケーション不足などにより生じる付加価値につながらない長時間労働」が「平均して週数時間になる」と断罪されるわけですが、これもそれほど単純ではなかろうと思います。

  • ちょっと脱線しますが気になるので書いておきますと、労働時間の長短とは無関係に「上司と部下のコミュニケーション不足により生じる付加価値につながらない長時間労働」はなくしていくことが望ましく、これはコミュニケーション改善のために追加的に必要なリソーセスのコストと効率化のメリットの費用対効果によるわけですが、一般的に多様性の高い職場ほどコミュニケーション不足になりがちだということは言えると思います。いずれにせよここを改善できるならそれはまさにカギ括弧なしの長時間労働の是正といえるでしょう。
  • もう一点脱線になりますが気になるのが「自分の仕事が終わっても帰りにくい職場風土や」「業務の範囲が明確になっていない仕事特性」を長時間労働の元凶として断罪されますがどうしろっていうのさ。いやたしかに「業務の範囲が明確になっていない」から「自分の仕事が終わっても」他の人の仕事を手伝わなければならず「帰りにくい」職場風土になっているという話はよくわかりますし実際そういう職場は多かろうと思います。ただそれは逆に忙しくて自分の仕事が終わらない人にとっては同僚が手伝ってくれて早く帰れるようになるわけですよ?

余談はさておき、山本先生は例によって「長時間働いた人が評価される慣習」を持ち出しておられ、まあこれは山本先生というよりは山本先生の調査対象者のみなさんが実際そう言っておられるわけですが、しかしその意味するところは考えてみる必要がありそうです。つまり、特段なんらの目立った成果を上げるでもなく、ひたすら長時間労働して残業代はがっぽり稼ぐけどアウトプットは凡庸ですみたいな人がいるとして(いるのではないかと思いますが)、そういう人が「長時間働いた人」として「評価される」慣習ってのはさすがに滅多に見られないのではないかと思います(いや賃金は残業代が高くなる分多くなるのでその点では「評価されている」とは言えるかもしれませんが、それって慣習ではなくて制度だよねとは思う)。「長時間働いた人が評価される」ように見えるのは、労働の投入量の如何を問わず上げた業績、発揮した能力で評価されているとか、画期的な貢献をなしげた人というのはやっぱり集中して長時間労働で仕事に没頭してましたよねとかいう話であり、慣習といいたいなら「労働投入量にかかわらず顕在化した能力発揮で評価される慣習」というべきものでしょう。

もちろんそれがいいかどうかを疑う立場は十分あり得るものであって別途の議論ですが、とりあえず「長時間働いた人が評価される」というのはそれが能力向上や能力発揮、具体的な貢献につながっているからであり、それによって得られた評価がその後のキャリアにつながっていることが働く人たちのインセンティブになっているからこそでしょう。これはつまり幹部候補生たるホワイトカラーやエンジニアたちは「自分は「一般の労働者」ではない」と考えていることの反映ではないかと思いますし、日本企業の人事管理というのもまあだいたいそういう形でやってきたわけです。

ここで余談と本論とつながるところがあり、つまり「業務の範囲が明確になっていない仕事特性」のもとで、仕事が終わった人が同僚に手伝いましょうと言ったときに、忙しい同僚が喜んで手伝ってもらうかどうかは時と場合によって微妙だという話はたしかにあります。「自分は「一般の労働者」ではない」と考える人の中には「自分の仕事は自分でやりきりたい」「余計な手出しをするな」という人もいるわけで、それは結局のところキャリアをめぐるライバルである同僚にポイントを稼がせることもなかろうという話ではないかと思われます。となると手伝いを断られた同僚としても早く帰って寝るのではなくもう少し資料をブラッシュアップしようとか周辺の調べものをしようとかいう話になるのもいかにもありそうな話です。「私「一般の労働者」です」という人であれば、手伝いましょうかと言われれば喜んで「お願いします」という話にもなるのでしょうが。

実際問題、聞いた話なので真偽の程は定かではないのですが、午後8時に強制的に電源を落として仕事ができないようにすることで時間外労働削減に成果を上げた企業というのがあるらしく、しかしそこの社員に聞くと自宅のパソコンをクラウド経由で会社のパソコンと同期して自宅で仕事ができるのでまったく困ってませんとかいう話だったそうです。まあキャリアを争う同僚がそうするなら自分もそうするしかないということでしょうし、別にそこまでしなくても競争には負けませんという人はそこまでしないということでしょう。

ということでまたしても同じことを延々と書きましたが手厚く保護される「一般の労働者」と一種の特権階級としての「一般の労働者でない労働者」とをどう線引きするかというポイントが重要であり、これまではやはり企業内部の人事管理で時間をかけて・段階的に・必ずしも明示的ではない形で「引き込み線に入れる」、キャリア・プラトーに到達させるというやり方をしてきたわけです。そこでは大別して相当割合の人を前述の「管理職待遇」にまで昇進させて最後まで「一般の労働者ではない」という建前をとる方法と、相当割合の人を「管理職待遇」手前で留め置いて「管理職」のブランドを守るという方法とがあり、そこで後者の場合には業務量の多寡にかかわらず一定の収入を達成するだけの残業はつけさせていただきますという話になりがちだろうというのもまあ当たり前の部類に入る話でしょう。

もちろんこれまた毎度の話でポスト詰まり、仕事詰まりが進む中で乏しくなる一方のチャンスをインセンティブにして競争させる現状のやり方が本当にいいのかという話は当然あるわけで、私もここにはなんらかの手当てが必要ではないかと感じてはいます。ただまあやはりこれは労使で考えるべき話、さらにいえば国民の選択であって多数の国民が現状を支持するならまあしょうがねえと考えるしかないんだろうというのもいつもと同じ暫定的結論となります。

さて繰り返しの話は以上にして最後に雇用版ゾンビ企業の話です。この話どこかで見たなと思ったところ最賃を引き上げて雇用版ゾンビ企業をつぶせという話と同構造でした。

それはそれとして、「本来であればそうした企業には人材が集まらず、自然と淘汰されるはずだ。そうならないのは、日本で雇用の流動性が低く、労働市場のチェック機能が働きにくいからだといえる」というのはやや首をひねったところで、「ブラック企業」が問題になる企業の業種や規模を考えると、もともと転職が一般的な中小企業・中小事業所(すき家の店舗とかな)や非正規雇用が中心だと思われるので、「日本で雇用の流動性が低く」と一般論で議論されるのもどうかという感はあるからです。実際、すき家の店舗などではまさに「労働市場のチェック機能が働」いて賃金上昇、就労条件改善が実現しているわけで、「ブラック企業」が蔓延したのは過去に例のないような雇用失業情勢の低迷という特殊環境下という条件があったからだというのが一般的な理解だと思います。もちろんブラック企業の撲滅は必要かつ重要であり、場合によっては公権力が介入して解決すべき問題ですが、しかしそうした企業というのはなにも新たな規制を設けるまでもなく法違反の実態があることが多いのも事実であり、なにもそのために労働時間の上限規制が必要だということにもならないでしょう。

ということで、お二方の論考を勉強してあらためて感じたのは、「自分は「一般の労働者」ではない」と考えている労働者に対して、「いやまあだいたい「一般の労働者」みたいなもんなんだよ」ということをいかに受け入れてもらうか(まあ納得はできないでしょうが)、というところが重要なポイントだな、ということです。早い段階であきらめさせてしまえばモラルは下がるかわりに労働時間は短くなるでしょうし、遅くまで引っ張れば(そしてわが国の「遅い選抜」はまさにこちらなのだが)モラルの維持はできてもコストは高くなるということで、まあこれも国民の選択かなというもう一度いつもの話で終わります。本日の「経済教室」の鶴先生の論考も有益なものでしたが今日は長くなってきましたし時間切れなので明日以降書けたら書きます(といって書いた確率はあまり高くないというのもいつもの話、と無理やりオチをつける)。

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2016-05-16

[]トラック運転手「同じ仕事で定年後賃金差違法」

久々の労働法タグ。いや私もそろそろ定年が視界に入ってきているのでそのようにしていただけるならけっこうな話ではあるのですが(笑)、記事を見たときにこういう展開になるだろうと思ったところ案の定ご意見照会をいくつか頂戴しておりますので書きます。ただ現時点では事実関係や判決文など明らかになっていないことが多いので報道ベースであり、なにかと限界はありますのでそのようにお願いします。

そこでまず日経新聞の記事から。

 定年退職後に横浜市の運送会社に再雇用された嘱託社員のトラック運転手3人が、正社員との賃金格差の是正を求めた訴訟で、東京地裁(佐々木宗啓裁判長)は13日、「業務内容が同じなのに賃金が異なるのは不合理」として、請求通り正社員との賃金の差額計約400万円を支払うよう運送会社に命じた。

 判決は「定年前と同じ立場で同じ仕事をさせながら、給与水準を下げてコスト圧縮の手段にするのは正当ではない」と指摘。再雇用者の賃金を下げる運送会社の社内規定について、正社員と非正社員の不合理な待遇の違いを禁じた労働契約法に違反すると判断した。

 原告側の代理人によると、再雇用の賃金をめぐり、労働契約法違反を認める判決は初めて。

 判決によると、3人は2014年に60歳の定年を迎えた後、1年契約の嘱託社員として再雇用された。

 セメントを輸送する仕事の内容や責任の程度が変わらない一方、年収は定年前より2〜3割下がった。

 被告の運送会社は「会社が定年前と同じ条件で再雇用しなければならない義務はなく、不合理な賃金ではなかった」と主張していた。

 代理人の宮里邦雄弁護士は、「運送業界では、中小業者を中心に、全く同じ仕事なのに再雇用者の賃金を下げる例が多い。不当な処遇の改善につながる判決だ」と述べた。

 企業が定年後に嘱託社員を雇用する場合、仕事内容の変更とともに賃金を引き下げることは一般的。佐々木裁判長は「コストの増大を回避しつつ定年者の雇用を確保するため、賃金を定年前より下げること自体には合理性が認められるべきだ」とも判示した。

(平成28年5月14日付日本経済新聞朝刊から)

正直言って非常に不審というか不思議な判決という感じで、民事11部のやることですし、この判事さんもざっと調べた限りではそれほど妙な判決を出してもおられないようなので、正直なところ記事になっていない重要な事情というのがありそうな気がひしひしとしているのですが、それはそれとして。

もちろんこれがドライバー経験者の中途採用定期昇給のようなものも特段ないジョブ型雇用であれば60歳になったからといって賃金を下げるというのはおよそ合理的でない話ではありますが、報道によると「3人は同社に21〜34年間、正社員として勤務。2014年に60歳の定年を迎え、1年契約の嘱託社員として再雇用された。業務内容は定年前と全く同じだったが、嘱託社員の賃金規定が適用され年収が約2〜3割下がった」(同日付朝日新聞朝刊)ということなのでまあ一般的な正社員だったということでしょう。

となるとこれは極めて不可解な話で、たとえば高齢法に関する厚生労働省のQ&Aには「継続雇用制度について、…従来の労働条件を変更する形で雇用することは可能ですか。…」というQに対して「高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、事業主と労働者の間で決めることができます」(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/)と明記されているように、定年後再雇用の場合は定年をもって従前の労働契約が終了し、新たな労働契約を締結するものであって、高齢法の趣旨に反しない=事実上再雇用を拒む・不可能とするものでない限り労働条件は自由に設定しうるとされていました。

もちろん、今回の判決が依拠する労契法20条はその後の改正で成立したものではありますが、これについても厚生労働省のマニュアル(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/dl/pamphlet07.pdf)には「定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で、業務の内容および当該業務に伴う責任の程度や、今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化の有無や範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解されます」と明記されています(読みやすさに配慮して一部引用者が編集しました)。これはおそらく審議会審議や国会審議でも確認された立法者意思であると思われますので(いま会議録にあたったわけではないので誤りがあればご容赦)、なるほど画期的な判決なようにも思われます。

ただし判決は「コストの増大を回避しつつ定年者の雇用を確保するため、賃金を定年前より下げること自体には合理性が認められるべきだ」とも判示したうえで(上記日経記事)、それでもなお今回のケースについては「「正社員と嘱託社員で職務内容や配置変更(転勤)の範囲、責任の度合いに違いがないのに、賃金額が異なるのは不当だ」とした(同日付産経新聞朝刊)ということのようです。まあ、仕事そのものは定年前と同じだったということは報道をみるかぎりではそれほどの争いはなかったようですが、「異動や転勤の範囲」については会社は「正社員の時は年功賃金で処遇され、定年退職時に退職金も支給され、そのころには家族構成も変わっている」などと主張したということですから(同上)、それが事実であれば「今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化の有無や範囲等」は再雇用前後で明らかに変わっているわけなので、これを「同じ」とすることは人事管理の実情から乖離しており明らかに失当と思います。昇進の可能性が同じなんて常識的にあり得ませんよねえ。

ということでここについては報道では明らかでない大きな事情があるのではないか、たとえば再雇用者の就業規則が正社員の就業規則から賃金と契約期間のみを書き換えただけであとは同じものでしたとかいったずさんな実態があったのではないかなどと推測しているわけです(それでも実態にもとづいて判断すべきだという気もかなりしますが)。いやそうでもなければこんな判決が出るわけがないわけであって。

ただまあ仮にそういう事情だったとしても定年直前の処遇と比較するのはどうなのかという感もあり、会社側が主張するように正社員の賃金は「年功賃金で処遇され」ていて定年後は職務給だということなのであれば、比較対象は少なくとも同一業務に従事する正社員の平均であるべきでしょうし、再雇用が新たな契約であることを考えれば、新規採用(新入社員ではなく、同一業務の経験者中途採用)の賃金との比較であるべきとの考え方もあるかもしれません。ただし、これについても判決文では「仕事は正社員と同じで、定年前と能力に差があるとも考えにくい」と判示しているようなので(同日付産経新聞朝刊)このあたりも就業規則が不備で定年後再雇用も職能給という定めになっていたとかいう話なのかもしれません。

もうひとつ不審なのは、判決が「会社の経営状況は悪くなく、賃金を抑える合理性はなかった」「運送会社は再雇用制度をコスト削減の手段としていた側面があるが、人件費圧縮が必要な財務状況ではなかった」(同日付産経新聞朝刊)などと経営状況を気にしているらしいところで、これは就業規則の不利益変更における合理性判断をあるいは意識しているのかもしれませんが、経営不振に迫られて実施する就業規則の不利益変更と継続雇用の実現のために導入する再雇用制度とを同様に考えるのもおかしいような気がします。ことによると、「コストの増大を回避しつつ定年者の雇用を確保するため、賃金を定年前より下げること自体には合理性が認められるべきだ」と述べていることとあわせて考えれば、トラック運転手というのは慢性的な人手不足状態であって被告としても原告らに継続して就労してもらう必要性は高く、であれば被告にとって継続雇用が実現することの利益は大きいものではなく、したがって賃金を下げるのは被告の得る利益に比して不当だ、という話なのかもしれません。このあたりは判決文を見ていないのでまったくの推測ではありますが、しかしある程度長期的な運用が予定されている再雇用制度の当否が足元の労働市場の状況や企業業績などに左右されるというのも妙な話のような気はします。

ということでやはり判決文を読まないとわからんということではあるのですが、多分にこの事件の個別事情による部分が大きくあってメディアが騒ぐほどの射程はないのではないかという印象はあります。被告に就業規則の不備のようなどうしようもない労務管理上の手落ちがあるのであれば格別、そうした事情がないのであれば控訴審で覆るのではないでしょうか。

人事管理への影響についても、就業規則の不備が決定的だったのであれば各社ともその点検整備に乗り出すでしょうし、そうでなくても「今後の見込みも含め、転勤、昇進といった人事異動や本人の役割の変化の有無や範囲等」をより明確化する方向で対処することに足下ではなるのでしょう。

ただ、私としては、(判決文を読むまで評価はできませんが)こういう不審な判決が出たということを別の形で受け止める必要がありはしないかとは思います。なにかというと、65歳継続雇用原則義務化からはもう10年以上、基準制度廃止からも3年以上が経過したわけですから、そろそろ労使が65歳定年延長に向けた中長期的なロードマップづくりに取り組むべき時期ではないかと思うわけです。世間的に65歳継続雇用が「当たり前」になりつつある中で、65歳までの雇用が保障されるのだから労働条件が低下してもいいだろう、と言える程度も徐々に小さくなってきているのかもしれません。もちろん定年延長となれば定年前の賃金制度や人事管理も大幅に見直す必要があるでしょうし、それなりに時間をかけて段階的に進める必要があるでしょう。だからこそ、早めに取りかかることが望ましいのではないかと思います。

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2016-05-12

[]労働政策研究・研修機構資料

(独)労働政策研究・研修機構(JILPT)様から、以下の資料をお送りいただきました。いつもありがとうございます。例によっていずれもJILPTのウェブサイトで閲覧することができます。


【JILPT調査シリーズ】

No.126「ものづくり企業の新事業展開と人材育成に関する調査」

http://www.jil.go.jp/press/documents/20140516.pdf

No.148「「労働時間管理と効率的な働き方に関する調査」結果 および「労働時間や働き方のニーズに関する調査」結果―より効率的な働き方の実現に向けて、企業の雇用管理はどう変わろうとしているのか―」

http://www.jil.go.jp/institute/research/2016/148.ht

No.149「中高年齢者の転職・再就職調査」

http://www.jil.go.jp/institute/research/2016/149.html

【JILPT資料シリーズ】

No.154「職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの実態―個別労働紛争解決制度における2011年度あっせん事案を対象に―」

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2015/154.html

No.165「職業相談場面におけるキャリア理論及びカウンセリング理論の活用・普及に関する文献調査」

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2016/165.html

No.166「労働力需給の推計―新たな全国推計(2015年版)を踏まえた都道府県別試算―」

http://www.jil.go.jp/institute/siryo/2016/166.html

【JILPT国内労働情報2016】

16-03「労働組合法立法史料研究III」

http://www.jil.go.jp/kokunai/reports/report006.html


今回もまた興味深い資料揃いなのですが、やはり最大の注目は「労働組合法立法史料研究III」でしょう。法案の起草にあたっての労務法制審議委員会における政公労使による議論の全文議事録で、史上に名だたるビッグネームが登場しています。最初のところで使用者委員が労使協調や職工一体を訴えるのに対して学識経験者委員が反論するといったあたりからすでに引き込まれてしまうわけですが、中盤以降の逐条的にギシギシと議論して固めていくプロセスはとりわけ読ませるものがあります。なお助詞や句読点の補遺をはじめ大量の校訂が実施されており、なお判明せずに□□□□とされている部分もあるなど、執筆者のご苦労がしのばれます。

その他、「職場のいじめ・嫌がらせ〜」は先般の解雇事案同様労働局のあっせん事案を調査したもので、解雇のものほどではありませんが、しかしかなり生々しい事例紹介もあって、これもまた残念な現実として再認識させられます。

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2016-05-11

[]経営資源としての労使関係と従業員代表制

昨日、NPO法人人材派遣・請負会社のためのサポートセンター2016年第2回派遣・請負問題勉強会が開催されましたので聴講してきました。今年度はhamachan先生が全体プロデュースをされているらしく、先生のブログでもさっそく紹介されていますね(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-f573.html)。

今回はメイン講師のおひとりとしてJILPTの呉学殊先生が登壇されるということでこれは聞き逃せないぞというのが主目的ですが、良品計画の松井元社長のお話も一度聞いてみたいと思っておりましたのでたいへんありがたい企画であり、またhamachan先生の解題も有益なものでした。

中でもやはり呉先生の熱意あふれるお話はたいへん感銘深いものであり、その志には私もおおいに敬服するところです。アンケート調査や事例のご紹介はすでに先生のご著書(呉学殊(2011)『労使関係のフロンティア−労働組合の羅針盤』)で勉強させていただいていたので実は私には目新しいものではなかったのですが、しかし資生堂労組の事例など、聴講者の中には目頭を押さえておられる方もいらっしゃいました。

そこで呉先生が力説されたのは「労使関係・労使コミュニケーションは企業の重要な経営資源であり、その発揮のために従業員代表制を法制化すべき」ということで、これについてはしばらく書いていませんでしたのであらためて少し書きたいと思います。

呉先生はまず、わが国における労組組織率の低下、特に中堅・中小企業における過半数労組が減少している(1000人以下企業の過半数組合組織率は10%程度)ことを紹介されました。さらに、時間外・休日労働協定などの当事者となる過半数代表の実態について、その代表の適格性(非管理職であることなど)や選出プロセス(目的明示のうえ民主的手続をとることなど)などが法の想定を厳格に満足するものはほぼゼロであることなどを紹介され、わが国集団的労使関係が形骸化・希薄化して労使コミュニケーションが重大な危機にあり、企業経営、ひいては国家経済を脅かしかねない状況にあることを指摘されました。

この状況を打破するためには、まずは企業、ひいては社会が労使関係、労働組合の経営資源性を認識する、具体的には労組などを要求やストライキの主体と捉えてそのエネルギーを抑え込もうとするのではなく、会社が把握できない情報収集や経営の健全性の監視や提言などにそのエネルギーを活用することが必要だと指摘されました(資生堂労組の事例はここで出てきたわけです)。さらに、個別労使、特に経営者の努力で良好な労使コミュニケーションを樹立して経営発展につなげている例も紹介されつつも、しかしながら上記のような集団的労使関係の形骸化・希薄化の実情をみれば労使の努力で実現することは現実的でないとの判断から、従業員代表制の法制化が必要だとの結論を述べられました。

労使コミュニケーションの重要性や、とりわけその経営資源としての重要性については私もまったく同感であり、事実多くの企業労使ではそうした考え方を重視して安定した労使関係を構築しています。それは今後とも有効な方策であり、むしろそれを中心に取り組むべきだということは、私も以前JILPTのBusiness Labor Trend誌に寄稿したことがあります(http://www.roumuya.net/bltunion.pdf)。ちなみに呉先生は労使コミュニケーション最大化要件として経営者の半労働者化(情報公開や従業員によるチェックの受容など)と労働者の半経営者化(短期的処遇より長期的な企業経営の重視)を上げられていてこれまた非常に共感できるものですが、しかし昨今の一般労働者は職務給にして同一労働同一賃金とかいう議論とは真逆の方向性ではありますな。

ただ私はそこから一足飛びに従業員代表制の法制化・必置規制化に進むことには懐疑的で、やるにしても相当の準備期間をおいて実態がある程度ついてきてからではないかと思っています。

まっさきに実務的にいちばん気になるのはすべての企業で従業員代表の適任者を確保できるかという問題で、これは従業員代表にどこまでの役割を負わせるかに依存しますが、多くのものを負わせるほどに従業員代表に求められる資質も高いものとなるでしょう。経営の健全性をチェックし、それなりの提言をするとなると、企業経営そのものについての知識があり、さらに自社の経営方針、経営状態や経営課題についての情報開示を受けてその内容を正しく把握できなければならないわけで、あまり規模の大きくない企業、とりわけそういったことに従来取り組んでこなかった企業だと、適任な人材は少ないうえにそういう人はすでにマネージャーポストについており、かつ非常に多忙であって別のことに資源を割きにくいことが多いのではないでしょうか。まあこのあたりは、とにかくそのポジションにつけてしまえばそれなりに格好がついてくるものだ、という話かもしれませんし、連合や産別が自分たちが指導しますという話もあるでしょうが、しかしなんらかの手違いなどでコミュニケーションの成立しにくい人が選ばれてしまった場合は、かえって経営を悪化させかねない危険性があるだろうと思います。

また、労働組合との関係がやはり悩ましいところで、とりわけ呉先生は従業員代表については経理上の援助を可能にすることをお考えのようですので、労使ともに「従業員代表制があれば労組は不要」ということになってしまうことが大いに心配されます。従業員代表が定着した後に、会社の経費援助を返上して(さらに組合費を負担して)まで労組を作ろうということになるだろうか、という話です。それでかまわない、という考え方もあるのかもしれませんが、しかし労組がこれを推進するのは自殺行為じゃないかと思わなくもない。

それと関連しますが、私としては「やはり従業員代表より労働組合が望ましい」という考えがあり、これにはもちろん労組には一定の地位と権利・手段が与えられていて緊張関係を持って経営と対峙しうるというのもありますが、それ以上に労働者の主体的な参加の程度が労組と従業員代表では大差だろうと思うからです。労使関係の成熟した企業において経営者がなぜ労組の意見を重視するかというと、組合員が労組の方針にしたがってそれに参画しており、その協力なくして企業活動が成り立たないという事情があるからではないでしょうか。繁忙時に時間外労働に対応するとか、自動機導入にともなう配置転換に協力するとか、生産性向上活動に取り組むとかいったことに、労組の方針に沿って組合員が参画するからこそ、労組が交渉力を持ちうるのでしょう。このあたりは、法律で設置が求められたので選びましたという労働者代表とはかなりの違いが出てくるように思います。まあそれでもないよりはマシだという考え方もあるかもしれませんが…。

ということで私としてはいつも書いているとおりで、従業員代表はいいとしても一気に必置規制にするのではなく、一定の要件を満足した従業員代表に対しては法制度の運用にあたって広めの自己決定・裁量を認めるといった一種の優遇措置を講じるなどの施策を通じて経営者にとってもメリットのあるものとしてその理解を得つつ従業員代表の拡大をはかっていくというのが望ましいのではないかと思います。それが労働組合結成に向けた橋頭堡づくりにつながればさらに望ましいと思いますし、過半数労組や、それ以上の多数を組織した労組にはさらに幅広い自己決定・裁量を認めることで、やはり使用者の理解・協力を得ながら組織化を進めるという考え方も十分ありうるように思います。

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2016-05-06

[]勤務時間インターバル制度に助成金

一億総活躍社会に向けた施策のひとつとして、厚生労働省は長時間労働の抑制につなげるべく勤務時間インターバル制度を導入した企業に助成金を支給する方針とのことです。5月4日の日経新聞から。

 厚生労働省は従業員がオフィスを退社してから翌日に出社するまで一定時間を空ける制度を導入した企業に助成金を出す方針だ。就業規則への明記を条件に、早ければ2017年度から最大100万円を支給する。深夜残業や早朝出勤を減らすことで、長時間労働の解消につなげる。

 退社から翌日の出社まで一定時間の間隔をとる仕組みは「勤務間インターバル制度」と呼ばれる。欧州連合(EU)は1993年に法律を制定し、この制度を導入した。EU加盟国の企業に対して労働者の休息時間として退社から出社まで11時間を確保したうえで、4カ月平均で1週間に48時間以上は働かせてはならないと義務づけている。

 政府が5月にまとめるニッポン一億総活躍プランに、この制度の普及を目指すと盛り込む。厚労省は現段階で義務化を考えておらず、助成金で導入を促す。

 支給先は中小企業を想定しているが、対象を広げる可能性もある。間隔を何時間空ければ助成金を出すかは今後詰める。

 具体的には長時間労働の削減や有給休暇の取得促進に取り組む中小企業を対象とする「職場意識改善助成金」に、勤務間インターバル制度の導入も対象に加える。制度導入に必要な労務管理用のソフトウエアの購入費、生産性を高めるための設備や機器の導入費用などを支援する。

 職場意識改善助成金は数十万円から100万円で、これを参考にする。企業側に目標の数値を盛り込んだ計画を提出させたうえで、達成度合いに応じて金額に差をつける予定だ。

 勤務間インターバルは大手企業の一部が自主的に導入している。KDDIは退社から出社まで8時間空けることを就業規則に明記。15年の7月から実施している。努力目標として11時間の休息時間も規定している。JTBグループのJTB首都圏も15年4月、9時間の間隔を空ける制度を導入した。

 厚労省は企業が退社から出社までどれくらい間隔を取っているか実態調査にも乗り出す。現状ではそうした統計がないためだ。

 長時間労働の解消は安倍政権が掲げる一億総活躍社会の重要テーマの一つだ。達成に向けては、労働基準監督署が立ち入り調査する目安を残業が月100時間から80時間に引き下げるなど、対策を打ち出している。

(平成28年5月4日付日本経済新聞から)

勤務間インターバル規制については以前からも書いていますが決して全否定するわけではなく、むしろ対象者によっては積極的に導入を進めるべきものだろうと思います。実際、すでにトラック・バス・タクシー運転手については事実上8時間のインターバル規制があるわけですし、交替制勤務など休息確保に配慮の必要な変則的な勤務についてもおおいに導入を検討すべきだろうと思っています。記事であげられているKDDIについても、やはり保守点検やトラブル対応などで変則的な勤務が多くなることは容易に想像されるわけで、そうした職場でインターバル規制を導入をはかるのはまことに理にかなった話だと思います。

逆に言えば必要のない仕事・職場にまで規制をかけてしまうと単に柔軟性を欠くことになって労使ともに得をしない話でもあるわけで、たとえばホワイトカラーの中でも業務の時間配分やペース配分などの自由度の高い人たちや、新商品・新技術の開発に取り組むエンジニアといった人たちにとっては、こうした規制は余計なお世話であるばかりではなく、往々にして創造的な成果の達成を阻害するものに映るのではないかと思います。要するに適切な範囲で適切な内容の規制を講じるという考え方が重要でしょう。

  • そういう意味でKDDIのインターバル規制の対象者がどのような範囲になっているのかが興味深いのですが、少し調べた限りでははっきりしませんでした。報道などを見るかぎりでは管理職を含む全社員について「インターバル11時間が確保できなかった日が月間11日以上に上った人については産業医の面談指導等実施」というのに加えて、「就業規則に定めた組合員について1回8時間のインターバル」という制度になっているようなのですが、この「就業規則に定めた組合員」の範囲がわかりません。ただ、情報労連のサイトにある「働く人たちのための情報労連リポート」というコーナーでKDDIのこの取り組みが紹介されている記事(http://ictj-report.joho.or.jp/1603/sp06.html)を見ると「会社側は、制度の適用対象者の少なさを理由に、懐疑的な意見を示した」(強調引用者)と記載されていますので、相当の少数にとどまっているものと推測されます。報道の中には対象者数を1万人とするものが散見されるのですが、連結従業員数が3万人に満たないKDDIで1万人といえば「適用対象者の少なさ」が問題になる規模ではなく、これは誤報である可能性が高いように思われます。このあたり情報がありましたらご教示いただければ幸甚です。

そう考えるとやはり現場の実情をよく知る個別労使や産別労使による自主的な取り組みを先行させることが望ましく、KDDIや(記事にはありませんが)通建連合、情報労連、さらに先行した三菱重工などの取り組みも多とすべきものだと思います。

ということで今回も行政が「現段階で義務化を考えておらず、助成金で導入を促す」こととしているのは適切だろうと思います。ただここでも同様に適切な範囲で適切な助成というのが難しいだろうと思うところもあり、たとえば「一定時間の間隔」の「一定時間」がどの程度かという問題があり記事でも「今後詰める」となってるわけですが、これがたとえば三菱重工並の7時間でよいとするのであれば、現状のままで支障のない企業もかなり多いものと思われ、単に就業規則にその旨記載すれば助成の対象となることになります。記事によれば現行の職場意識改善助成金制度の中に勤務時間インターバルを加えるということですが、この助成金の予算規模は平成27年度で約14億円なので平均50万円を助成するとしても2,800件分しかありません。まあ対象は中小企業限定でさらに達成度合いで支給額を傾斜配分するということですから間に合うのかもしれませんが、しかしわが国中小企業は一声400万社といわれているわけですから大丈夫なのかと思わなくもない。「早ければ2017年度から」ということなのであるいは予算の増額を視野に入れているのかもしれませんが。いっぽうでたとえば最低11時間で例外は認めないとかあまりハードルを上げると数十万円の助成金があるからといってそんな面倒なことはやる気にならないという話にもなりかねないわけで、まあ「今後詰める」制度詳細のさじ加減が難しい話だろうなあとは思うところです。限られた予算の中で必要なところに必要な助成ということを考えると、やはり交替制勤務を採用している企業とか、ターゲットを絞った方がいいような気がするのですが、実際には難しいのかなあ。

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