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2017-06-22

[]玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』

「キャリアデザインマガジン」132号に掲載した書評を転載します。

               

人手不足が深刻化しており、これが経済成長の制約要因になることを懸念する意見も出はじめた。従来の一般的な理解としては、人手不足になれば賃金が上がり、労働供給に制約があっても省力化投資などが進むことから、経済成長を制約することはないと考えられてきた。ところが現実をみると、これだけ人手不足が叫ばれているにもかかわらず、経済全体でみると賃金、特に所定賃金の上昇はほとんどみられない。となると、労働供給不足が経済成長を制約するのではないかと心配になるのもわからない話ではない。

この本では、書名にある「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」、そして「賃金を上げることが今後可能だとすれば、いかにして実現できるのか」について、16組22人の専門家がそれぞれに考察している。

専門分野の違い・多様さを反映して、考察の切り口も多彩であり、各章はそれぞれに興味深い発見を含んでいる。それに加えて、編者はそれらを「需給」「行動」「制度」「規制」「正規」「能開(評者注:能力開発)」「年齢」の7つのポイントから整理し、総括として解題を与えている。各論考間の相互参照にも配慮が行き届いており、書籍全体として一体感のある、統一されたものとなっている。

本書の結論は総括に示されているが、私の個人的な理解を以下大雑把にまとめてみたい。まずこの間、経済全体では賃金は上がっていないが、個人のレベルで見れば相当多くの人の賃金は上がっている。正社員であればベアゼロであっても定昇はあるし、アベノミクス以降はベースアップも行われている。非正規についても最低賃金の引き上げが個人レベルの賃金を上げていることは確実だろう。では、なぜマクロでは賃金が上がっていないのか。主な論点としては大別して3点あるようだ。

第一は労働者の構成の変化に着目するものだ。年齢構成が均一であれば定昇を実施しても賃金原資の総額は変わらないからマクロでは賃金は上がらないというのは賃金実務の基礎だが、高齢化が進むわが国では賃金水準の高い高年齢者が多く、賃金の低い若年層が少ない。賃金の高い高年齢者が退職したり、再雇用で賃金水準が大幅に低下したりすれば、その効果が個別の賃上げの効果を上回って賃金の総額は減少することになる。高年齢者に限らず、やはり相対的に賃金水準の低い非正規雇用労働者の割合が上昇することでも、同様の現象が起こる。

第二は労働市場の構造に着目するもので、たとえば女性や高年齢者にはまだ供給余力があり、こうした潜在的な労働力は賃金水準の小さな上昇にも反応して就労するため賃金が上がりにくくなっているとか、行動経済学の知見から前職における賃金が参照点となり、それを少しでも上回れば効用が大きく上昇することから留保賃金が抑制される、したがって賃金が上がりにくいといったものだ。なるほど、足元の下がったとはいえ完全失業率は2%台後半であり、これは80年代後半の円高不況期の水準だ。その後のバブル景気の当時のそれは2.0%程度であり、人手不足とはいうものの供給余力がまったくないわけではなかろう。

第三は人事管理の側面からのアプローチで、賃金、特に月例賃金は不況期・業績悪化期でも下方硬直性が強く、いったん上げると引き下げることが難しいことから、先行き不透明な状況では引き上げに慎重にならざるを得ないという指摘だ。そのため、業績が好転してもベースアップではなく、比較的引き下げが容易な賞与の増額を実施する企業が多かったことや、経団連・旧日経連がこの間一貫して雇用の維持確保を賃金引き上げより優先し、「雇用確保のためにはベアゼロもやむなし」との姿勢を示していたことも指摘されている。

その他にも興味深く有意義な知見は多数あり、たとえば非正規雇用と若年失業の拡大いによる人材育成の停滞が賃金を抑制しているとの論点は第4のポイントとしてもいいくらいだし、介護労働など公定価格の業種では賃金を引き上げても価格転嫁できないため人手不足なのに賃金が上がらないとか、バス業界では規制緩和後の新規参入者が採算の良好な路線や貸切事業に集中してそこでの競争が激化し、社会的責任として低収益路線の運行を担っている既存業者は人手不足であっても賃金を上げられないとかいった個別の事例もきわめて面白い。良好な就職が困難だった就職氷河期世代の賃金が現時点でも前後世代に較べて劣ることが全体の水準を抑制しているとの指摘も興味深い。非正規雇用の増加が正社員の留保賃金を引き下げているという議論も、どこまで妥当するかどうか検討には値しよう。

このように非常に充実した内容を誇る本書ではあるが、今回も一つだけ例によってのないものねだりを書いておきたい。これだけの論者が、これだけの多彩な議論を展開しているにもかかわらず、集団的労使関係は相変わらず影が薄い。「いかにして賃上げを実現するか」を論じるのに、これはやや淋しいように思われる。たしかにこの間、労組、特に個別労組は「雇用確保されるならベアゼロもやむなし」という考え方を経営サイドと共有することも多く、いわば「共犯」関係であったとも言えなくもない。しかしその一方で、近年のベア復活期においては、やはり労組の存在は賃金の引き上げに資するものだったのではないだろうかとの思いはある。ブラックで鳴らしたワタミで今年創業以来初のベアが実現したのも、労組が結成されたこととおそらく無縁ではあるまい。こうしたポイントに踏み込んだ論考も読んでみたかった。

とはいえ、それは私のないものねだりであって、本書の価値をいささかも損ねるものではない。オビの惹句にもあるように、この問題は現下における「最大の謎」であり、その多様な考察を通じて「現代日本の労働市場の構造を驚きと納得の視点から明らかに」することに成功していると思う。専門書なので必ずしも読みやすい本ではないが、しかし多くの人にとっては掛け値なしに「驚きと納得」を実感できる本であろう。

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2017-06-21

[]日置巴美『ビジネスシーンから考える改正個人情報保護法』

経団連事業サービスの讃井暢子さんから、経団連出版の最新刊、日置巴美『ビジネスシーンから考える改正個人情報保護法』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

ビジネスシーンから考える 改正個人情報保護法

ビジネスシーンから考える 改正個人情報保護法

改正個人情報保護法の内容と留意点をコンパクトにまとめた解説書です。広範かつ多岐にわたる改正法の中から、押さえておくべきポイントをさまざまな実務場面=ビジネスシーンを設定しながら解説しています。著者の日置氏は弁護士ですが、前職では内閣官房個人情報保護委員会事務局参事官補佐としてまさに改正個人情報保護法を直接担当された方であり、まことに時宜を得た出版といえそうです。実は私自身の仕事にも少しかかわってくる話でもありますので、さっそく勉強させていただきたいと思います。

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2017-06-20

[]2017年労働政策研究会議(2)

昨日の続きです。この18日に開催されたJIRRAの労働政策研究会議に参加してまいりましたので感想など。

金先生に続いては、近年連合総研で大活躍しておられる早稲田の篠田徹先生が「連合(日本労働組合総連合)は何をしているのか―比較労使関係研究の分析枠組み再考にむけて―」と題して報告されました。余談ながらこの論題、ぱっと見ると「何をやっているのかね君たち連合は」という含意にも読めてしまうのはたぶん私の性格が悪いからでしょう。実際の内容は文字どおりで、春闘を中心にして、近年の動きを中心に「連合は何をしているのか」を論じておられます。

さて本題に戻って、冒頭ご自身で述懐しておられましたがJIRRAの研究大会の自由論題で報告されるのはご自身2回め、初回は27年前とのことでした。その当時から労働政治を専門領域と定めて研究に取り組まれてきたものの、その間の労使関係の変容をシステム全体として評価分析することはできていないとの問題意識があり、そのためには副題のとおりこれまでとは異なる新しい「比較労使関係研究の分析枠組み」を再考すべきとのお考えのようでした。

今回の報告では、新たな枠組みの提案までは必ずしも踏み込んでおらず、先生がそう考えるに至った労使関係の変容の現実(「連合はなにをしているのか」)が中心に論じられました。

ごく最近のトピックとしては時間外労働上限規制に関する政労使の合意プロセスがあり、その内容はともかく決定過程の正統性を疑う議論はほとんど見られなかったこと、さらには、春闘に対して政府が介入することで、ゼロが定着していたベアが3年連続で実現し、直近では中小のそれが大企業を上回るに至ったこと、最低賃金についても政府主導で目標値を持って引き上げられていること、さらには中小のベアを実現するために政労使が連携して公正取引が推進されていることなどを指摘され、欧米では趨勢としてネオ・コーポラティズムが退潮傾向にある中で日本ではむしろそれが強化されているようにみえると問題提起されました。さらに、春闘は全国一斉に、賃金に限らず、産業、ひいては社会の課題について議論される場であり、また非正規やワークライフバランスなども議論される、社会的包摂機能を持つ場でもあって、調整型資本主義を支えるインフラとなっている、こうした活動が原則毎年、大きな離脱者もなく60年以上継続しているというのは、世界的に自由主義型資本主義が台頭し、調整型資本主義が後退する傾向の中では異例であると指摘されました。さらに、ローカルも含めて政策制度要求が団体交渉・労使協議に並び立つ存在になっており、労使・官民にとどまらず非営利組織などとも協働が行われていることも指摘されました。

その上で、こうした労働運動の複雑化、多様化は、その中心となる連合の組織率が低下する中で進んでおり、それら組織の全体像や詳細な構造を知ること、「連合は何をしているのか」を理解するための枠組みを見直すことが重要だとの認識を強調されました。最後に、Paul Blyton, Nicolas Bacon, Jack Fiorito, and Edmund Heery, eds."The SAGE Handbook of Industrial Relations"(2008)を、そのための示唆を与えるものとして紹介されました。

ということで無理やりにまとめてはみましたがしかしわかってまとめたとはとても言えないなこれは。まあご容赦ください。

さてそれは承知で雑駁な感想を書きますと、まず時間外労働の上限規制についてはやや過大評価の感はあります。以前も書きましたが、これについてはすでに労使の努力で実態としては36協定の上限時間はほとんど今回の規制におさまる状況が実現していたわけです。それにもかかわらず、繰り返し論点として指摘されながら法制化が実現しなかったのは経営サイドが「ごくまれにあるかもしれない例外的非常事態」を想定して反対してきたからであり、労働サイドもこと個別労使レベルでは非常事態下での企業存続・雇用維持を念頭にそれを容認してきたからでしょう。そう考えると今回の経緯はおそらく労使がともにギリギリためらってきたところで政府が背中に最後の一押しをしたというものであり、政労使三者構成が正常に機能したと評価できるのではないかと思います。

いわゆる「官製春闘」についても、オイルショック時にはやはり政府が労使交渉に介入して世に「管理春闘」と言われたわけで、インフレとデフレの違いはあれ、マクロ経済を正常化するために例外的に必要なことだったと評価すればいいのだと思います。ただし、オイルショック時には比較的短期間で高インフレを脱したのに対して今回は手間取っており、そこの評価は別途あろうかと思います。

そう考えれば憲法改正や安全保障に積極的な政府がまた労働問題の解決改善に前向きなのも、それが積極的経済政策・金融政策の一環であると考えればそれほど不思議とは思えず、むしろhamachan先生が繰り返し指摘しておられるように憲法改正や安全保障に積極的な政府を批判する政治勢力が労働問題の解決改善につながる積極的経済政策・金融政策にも批判的だということのほうが異様に見えるわけです。そのあたりの分析枠組みというのはありうるのかもしれず、しかし悪い奴の言うことはすべて悪いことだという単細胞に過ぎないような気もなにやらひしひしとこらこらこら。

そして自由論題の最後は数々の要職を歴任された花見忠先生で、今回はIIRA前会長というお立場で「IIRA創立50年を振り返って」と題して報告されました。

IIRAはInternational Industrial Relrations Associationの略で、現在では改称されてInternational Labour and Employment Relations Association(Ilera)となっており、花見先生はその会長を1998年から2000年まで務められました。名称のとおりの団体であり、JIRRAもそのメンバーになっているわけですね。今年はそのIIRAの50周年ということで、その間のIIRAにおける労使関係論の変遷を概観するというのが本報告の趣旨ということでした。

内容は花見先生の体験談が中心でしたが、まずIIRAの4人の創設者に中山伊知郎先生が加わっており、当初から日本が重要な役割を果たしていたことを強調されました。設立からしばらくは後進国における労使関係の展開が中心的関心事であったようですが、1960〜70年代にはB.Aaron,K.W.Wedderburn,F.Schmit, T,Ramm らの第1次比較労働法グループが西欧諸国における労使紛争処理の比較研究に取り組み、1970年代から2010年頃まではR.Blanpain,B.Heppple,St.Antoinne,M.Weiss,T.Treu,M.Biaggi,J.Rojotらに花見先生も加わった第2次比較労働法グループが広範かつ活発に活動したとのことです。

また、IIRAの40周年にあたってILOから刊行されたB.E.Kaufman"Global Evolution of Industrial Relations;Events,Ideas and the IIRA"(2004)をご紹介されました。これについては花見先生が日本労働研究雑誌548号(2006年特別号)に詳細な紹介を寄せておられますが、700ページを優に上回る大著であり、「世界各国における労使関係の発展の歴史と理論について系統だった知識を得ることができる」「労使関係の国際的エンサイクロペディアとよぶに相応しい」と評されています。いっぽう、著者の関心からか、全12章の大半は米英加豪のアングロサクソン諸国の記述に費やされており、あとは大陸欧州に1章、アフリカ,アジア,ラテン・アメリカに1章があてられているにすぎませんが、その中でも日本についてはドイツと並ぶ15ページがあてられているのは(続くのはフランスとインドの6ページ)おそらくは花見先生の活発な研究活動にもよるものなのでしょう。

そして花見先生は、この「第2次グループ」が良好な成果を上げた理由として、相互のケミストリーが得られたこと、それは人種的偏見や政治論議がなかったことや、家族ぐるみの交流が行われたことなどに支えられていたと述べられました(ブランパン夫妻と花見夫妻の2×2ショット写真なども紹介されました)。最後に後進へのメッセージとして、英文で発信すること、ジャーナルや出版社の格が大切であること、国際的な交友関係を増やすことを上げられ、最後に「恥を知らない奴は、恥をかかない」のだから恐れずに海外に出ることを訴えられました。

花見先生は今年87歳になられるとのことでさすがに往年の勢いはなく、機材の不調などもあったのですが、しかし語り口などはまだまだ花見節健在であり、時折聴衆に投げる視線にもかつて官僚を震え上がらせたと言われる鋭さが残り、さすがとの他申し上げようのないお話でありました。聴衆も格段に増えており、この報告を目当てに来られた方も多かったのではないでしょうか。先達の貴重な経験と努力を多くの方が受け止められたと思います。

ということで午前中はこれで終了し、午後は総会のあとパネルディスカッションとなったのですが、今日はここで終わってまた明日以降に続きたいと思いますというか続くといいなあ(笑)

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2017-06-19

[]2017年労働政策研究会議(1)

昨日開催されたので行ってまいりました。今年の準備委員長は明治の永野仁先生、会場は法政の新一口坂校舎で藤村博之先生が段取りしておられました(お疲れ様でした)。

http://www.jirra.org/kenkyu/index.html

さて今年は特段のオープニングセレモニーもなくすぐに自由論題に入りましたが、待機しているといきなり最初の報告者である世人研の河野尚子先生が体調不良でご欠席とのこと。おや。論題が「兼業・副業をめぐる法的課題―ICTを活用した働き方を中心に」というはなはだ時宜にかなったもの、かつ私としても非常に関心のある分野だったので残念でした。事前提出の論文では健康確保のために「兼業・副業に従事する者については、自発的に健康診断・面接指導を受け、その結果を事業者に提出することで、事業主に事後措置等を講ずることを義務付け」たうえで労働時間の通算制を見直す、といった興味深い提案もされていたので、聴講を楽しみにしていたのですが…。

ということでその時間帯は別会場に移動して東大の高村静先生のご報告を聴講しました。「構成員のワーク・ライフ・バランスにつながる管理職の行動特性」ということで、仕事の特徴や組織の取組が管理職の行動特性にどのように影響し、それが組織の成果にどう影響するかと、仕事の特徴や組織の取組と組織の成果とのダイレクトな関係の2つの経路で分析されています。

結果を見ると、仕事の特徴・組織の取組と管理職の行動特性の関係については、仕事量が多かったり突発的な業務があることと管理職による業務支援が行われることが有意に相関している(まあそれが管理職の仕事だ)とか、WLB組織の取組が認知されていることと管理職によるWLB行動特性のすべてが有意に相関している(これもまあ組織として旗が振られているのなら管理職がそれに沿って行動するのは当然といえば当然)などと納得の行く結論が得られています。また、管理職の行動特性が組織の成果に与える影響については、柔軟に働きやすいといった成果は上司による情緒的支援やWLBマネジメントと相関する一方、ロイヤリティに対してはその二つに加えて業務支援も相関し、さらに効率化に対してはその三つに加えてロールモデル性も相関していて、個人成果に較べて組織成果にはマネジメント系の因子も影響してくるという興味深い結果が示されました。さらに別の分析では、企業の取組認知はロイヤリティには直接にはマイナスの効果があり、管理職の行動特性を通じた間接効果で正の影響に転じているという結果が示されていて、管理職の役割が大切であること、たとえば制度を入れた(認知された)だけで使えないようではかえってマイナスで、管理職がそれを使えるマネジメントを行うことでプラスになる、という、まあそれもそうだろうなあという解釈が示されていました。

ただこれは部下を持つ課長職を対象にしたアンケートでサンプルサイズは1,068とのことで、仕事の特徴・組織の取組、管理職の行動特性、組織の成果はすべて課長さんの自己評価なので、近大の中島敬方先生がすぐに指摘されていましたがたしかに限界はあろうと思います。その上で私が興味をひかれたのは、管理職の行動特性が「他の課・グループに比べ業績はよい」と有意に相関しているわけですが相関係数はかなり小さく、相関してはいるもののそれほど大きく効いているわけではなさそうだという印象を受けるのに対し、仕事の特徴の中の「仕事量が多い」「目標水準が高い」と「業績はよい」の相関係数はかなり大きく、まあ課長さんの自己評価ということも加えて考えれば、要するに忙しく多くの仕事を高い目標でこなせば業績もよくなるという話のほうがよほど大きく効いているという結果でもあったようです(「突発的な業務がある」がマイナスで有意な相関というのも納得いくところです)。

その後は元の会場に戻り、ニッセイ基礎研の金明中先生の「アメリカやヨーロッパにおけるクラウドワーカーの現状や課題、そして日本へのインプリケーション」という報告を聴講しました。これも昨今注目を集めているタイムリーなテーマですが、そもそも公的な統計がないというのが実態とのことです。まあこれに限らず、統計調査が世間に遅れがちというのはどこにもある話であり、ある程度は致し方のないことなのでしょう。それでもいくつかの調査は実施されており、米国では以前ワークス研究所のシンポジウムでも紹介されていたと思いますが、Freelancers Unionというフリーランスの中間団体があり(日本にも日本フリーランス協会という組織が存在する)、そこが大手プラットフォーマと実施した調査によれば米国の2016年のフリーランス人口は実に5,500万人(日本の雇用者と同規模)、就労者の35%にのぼるとのことです。まあUberとLyftとか一人でダブルカウントされているという事情があるのかもしれませんが、しかし2014年に較べて200万人も増えているとのことで、たいへんな成長?ぶりといえましょう。イギリスの調査では回答者の11%、ドイツでは14%、スウェーデンでは12%がクラウドワーカーとして働いているという結果だそうで、その収入は平均を大きく下回ることが多いとのことです。また、韓国では「労働の提供方法や労働時間等は独自で決定しているが、発注者から業務の指示・命令を受けている」という「特殊形態勤労従事者」の統計があり、全体の2.5%にとどまっているそうです。

日本はといえば、ランサーズ株式会社の「フリーランス実態調査2017年版」によると、フリーランスの数は2017年現在1,122万人、労働力人口の17%を占めており、昨年度に比べて実に5%も増加したとのことです。その経済規模も18.5兆円と、昨年比15%増とのこと。まことに急拡大していると申せましょう。

こうした中で、ここ数年、有力企業による業界団体(クラウドソーシング協会)の設立や厚生労働省による実態把握などの取り組みも進められているようです。

国際的に見ても、クラウドワーカーは雇用者に較べて収入も低く、就労も不安定であり、社会保障も手薄であるという問題は共通であり、Uberドライバーの労働者性を争う訴訟が米英で起きているというのが実情です。それに対し、英国議会は「自営業及びギグ・エコノミー特別委員会」を設立して調査検討を開始、米国では大手プラットフォーマがフリーランスに対して社会保険を提供、韓国でも自営業者の雇用保険加入を認めるといった取り組みも進んでいるということです。

日本については、3号被保険者制度や健康保険の被扶養者、労災保険の特別加入といった形で一部社会保障が提供されているに過ぎず、また先日は「政府は特定企業に属さずに働くフリーランスを支援するため、失業や出産の際に所得補償を受け取れる団体保険の創設を提言する」「損害保険大手と商品を設計し、来年度から民間で発売」との報道もあったものの(平成27年3月17日付日本経済新聞朝刊)、その後具体的な動きはないということです。

いずれにしても各国ともにフリーランス・クラウドワーカーの処遇改善が急務と思われるものの立ち遅れていてわが国も例外ではなく、まずは最初に戻って公的統計の充実が第一歩と提言されました。

私の感想としては、過去繰り返し書いていますがやはり労働者性を云々するよりはフリーランスのための法整備をきちんとすべきだと思っており、そのためには発注者/受注者双方の中間団体を整備することが必要かなあと思いながら聞いておりました。報告後の質疑でも日本ILO協会の長谷川真一さんが「労基法上の労働者でなくても労組法上の労働者として交渉権や協約権、争議権が認められる類型がある」と指摘されて集団的関係の重要性を指摘しておられました。さすが元労働組合課長

さてこの会場では続けて篠田徹先生、花見忠先生(!)という大物が登場されて報告されたのですがこれ本当に自由論題ですか。まあこのお二方の報告はぜひ聞きたいということでこの会場を選んだわけですが、お二方とも普通に応募されたとのこと。すごいなあ。

ということでとりあえず今日のところは時間切れとなりましたのでここで終わります。何回かに分かれるとは思いますがなんとか最後まで行きたいと思います(がどうなることやら)。

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2017-06-13

[]平成28年版公務員白書

人事院人事官の立花宏さんから、『平成28年度年次報告書』(公務員白書)をご恵投いただきました。ありがとうございます。わざわざご持参いただき、重ね重ねありがとうございました。

人事院のウェブサイトで全文がお読みになれます。

http://www.jinji.go.jp/hakusho/pdf/index.htm

特に目をひくのが第1編第2部の「魅力ある公務職場の実現を目指して」で、霞ヶ関の国家公務員の意識調査結果が記載されています。霞ヶ関横断的な調査は今回が初めてということで、見れば見るほどに興味深い結果が示されています。

職制階層別や年齢階層別、採用区分別などの結果も示されていて全般的にはなるほどそうかなという感じではあるのですが、省庁別の比較とかやってみたらさらに面白い結果が出そうなのですがさすがにそういう公表はしないかなあ(各省庁から苦情が出そう)。つかこれ10年くらい前からやっておけば民主党政権時代との比較とかとんでもない結果が出そうで特に厚生労働省と来た日にはあーこらこらこら、しかしぜひとも毎年とは言いませんが隔年くらいでは継続的に実施してデータを蓄積してほしいと思います。

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2017-06-02

[]JILPT様より

独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)様から、以下の資料をお送りいただきました。いつもありがとうございます。すべてJILPTのサイトで全文がお読みになれます。

【労働政策研究報告書】

#188『壮年非正規雇用労働者の仕事と生活に関する研究−正社員転換を中心として

#189『子育て世帯のディストレス

#190『欧州の新たな非典型就労組織に関する研究

#191『キャリアコンサルティングの実態、効果および潜在的ニーズ−相談経験者1,117名等の調査結果より

#192『育児・介護と職業キャリア−女性活躍と男性の家庭生活−

#193『ドイツにおける集団的労使関係システムの現代的展開−その法的構造と規範設定の実態に関する調査研究

#194『次世代幹部人材の発掘と育成に関する研究−事業をグローバルに展開する製造企業を中心に

#195『中小企業における採用と定着

#196『日本企業における人材育成・能力開発・キャリア管理

【調査シリーズ】

#165『ものづくり企業の経営戦略と人材育成に関する調査

#166『ものづくり産業における労働生産性向上に向けた人材確保、定着、育成等に関する調査

#167『高等学校の進路指導とキャリアガイダンスの方法に関する調査結果

#168『雇用保険受給者等の就職の実態−雇用保険受給資格取得者実態調査

※堀春彦さんのご冥福をお祈り申し上げます。

#169『企業の人材活用と男女のキャリア

#170『非正規労働者の組織化とその効果−アンケート調査による分析−

【資料シリーズ】

#181『諸外国における最低賃金制度の運用に関する調査−イギリス、ドイツ、フランス、アメリカ−

#182『地域における高齢者の多様な活躍のヒアリング事例−地方公共団体等の取組を中心に−

#183『日本的雇用システムと法政策の歴史的変遷−バブル崩壊以降の労働政策の変遷−

#184『東日本大震災からの復旧・復興と雇用・労働の記録(一般資料整理)−平成25年度〜28年度半ばを中心に−(JILPT東日本大震災記録プロジェクト取りまとめ Mo.9

#185『中国進出日系企業の研究

#186『ヨーロッパの育児・介護休業制度

#187『職業情報の整備に関する基礎的研究−マッチング効率の高い職業分類策定のための課題

#188『地方における雇用創出−人材還流の可能性を探る−

#189『ソーシャル・インパクト・ボンドの動向に係る海外事情調査−イギリス、アメリカ−

#190『介護人材を活かす取組−キャリアアップと賃金−

#191『官・民・諸外国の職業分類等の現状と比較

#192『企業内プロフェッショナルのキャリア形成II−社外学習、専門職制度等に係るインタビュー調査−

#193『対人サービス職等の分野における能力評価の試み−業界団体等の取り組みを中心に−

#194『諸外国における教育訓練制度−アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス−

#195『改正労働契約法への対応状況に関するインタビュー調査

【国内労働情報シリーズ】

労働組合法立法史料研究IV

渡辺章先生はじめ多くの研究者が心血を注いだ労働組合法立法史料研究プロジェクトが今回の『労働組合法立法史料研究IV』をもって完結したのとのことです。資料シリーズ#184は東日本大震災以降の復興過程における雇用・労働に関する行政文書や地元紙報道などの膨大なデータベースですが、これも今回のNo.9で一区切りとのことで、どちらもたいへんな労作であり、関係者の尽力と勤勉とには頭が下がるばかりです。というか、これは本当にJLPTでなければできない仕事だなあと思う。それをつかまえて官庁の外郭団体で官庁出身者がいるのが気に入らないから廃止とか何考えてたんだと。

また、研究報告書#192と調査シリーズ#196は池田心豪先生の一大プロジェクトの集大成という感じです。他にも、来年に迫った「有期反復更新5年で無期転換」を先取りした資料シリーズ#195(ヒヤリング対象は多くはありませんが、今後の本格調査のパイロットという位置付けでしょうか)や、やはり分量は大きくないもののチェコ、ハンガリー、オーストリアといった小国の情報まで含んだ研究報告書#190など他になさそうな情報が含まれています。

そうした中でも私としてはやはり調査シリーズの#165、#166で、製造業の人事管理に関する調査のクロス集計による地道な分析です。正直あまり流行らない(失礼)分野ながら重要と思われ、これもまたJILPTらしい研究成果といえるのではないでしょうか。

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2017-06-01

[]日本労働研究雑誌6月号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌6月号(通巻683号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。今回の特集は「マクロ的な観点から読み解く労働問題」となっています。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/06/index.html

特集の趣旨からして経済学、それも理論・計量であって私には正直手に負えないわけですが(笑)それでもまあわかりそうなところを拾い読みしてみました。福岡大学の玉田桂子先生の論文「マクロショックが地域の雇用の変化に果たす役割」では全国7ブロックの就業率の変化率を全国共通、海外、地域固有のそれぞれのショックに分解しているのですが、全国共通のショックは全体の2%〜24%、海外は数%に過ぎず、75%〜95%が地域固有のショックという結果が示されています。したがって雇用対策は全国一律ではなく地域別の対策が望ましいというインプリケーションになるわけですが、よくわかりませんがこれって結局は公共事業という話になるのかしら。論文中では厚生労働省の地域活性化雇用創造プロジェクトに言及されていて、これはまだ始まったばかりなので効果のほどはこれからですが…。

東大の中林真幸先生の論文「雇用の長期的な趨勢」では、高度成長期においてはわが国には大きな中途採用市場が存在していて労働移動も多く、1971年にはじまる雇用調整期においては中途採用の抑制が主要な役割を果たしたことが示されています。それに対して1999年以降の雇用調整については中途採用市場は縮小していてあまり機能せず、残業抑制が主要な役割を果たしたと指摘されています。中林先生はその理由を主として新卒一括採用の定着に求めておられますが、私はなんとなく好条件の転職先が容易に見つかった高度成長期には中途採用市場が拡大し、好条件の転職先が稀少になっていった安定成長期・低成長期には中途採用市場が縮小したというのはたいへん自然なことのように思われます。

経済学者の論文が並ぶ中、静岡大学の本庄淳志先生が論文「ビジネスをとりまく環境変動と労働法」で労働法を「マクロ的な視点から読み解く」ことに果敢に挑んでおられます。不確実性の増大というマクロ的な趨勢下では流動化と多様化が進展し、それに対応した労働法制が必要だという結論は、たしかに本庄先生も指摘されるとおり伝統的な論者からは批判を受けるものでしょうが、しかし実務的・現実的には納得がいくもの、少なくともそれに備えた議論は進めておくべきものだと思います。

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2017-05-28

[]海老原嗣生飯田泰之『経済ってこうなってるんだ教室』

雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんから、最近著『経済ってこうなってるんだ教室』をご恵投いただきました。ありがとうございます。海老原さんは精力的に著書を出されていますね。

カバーや帯には「小学校の算数と国語の力があればわかる経済・金融の超入門書!」「日経新聞は読んでいるけどわからないという人、もう大丈夫です」との惹句が並んでいますが、経済というよりは1時間でわかるアベノミクスの解説書という趣です。アベノミクスの背景となっている金利、物価、為替やそれらの企業行動や企業業績などに与える影響といったものを平易に説明してアベノミクスへの理解を促すと同時に、最近の中国経済やトランポノミクス、さらにはシムズ理論まで取り上げるという行き届きぶりです。

ということでまさに最近の日経新聞がわかるようにするということに特化した本という印象があり、専門誌の編集にも携わる海老原さんらしく、ビジネス誌の特集の5回分くらいを一貫した流れで整理した本という印象もあり…という本なのですが、あとがきで成り立ちについて書かれているのを読んで腑に落ちました。これはリクルートの営業マン向けの研修をまとめた本なのですね*1。リクルートの営業となると相当にハードなBtoBのビジネスだろうと思われ、経済や景気についてクライアントと議論する場面も多いでしょうし、消費増税をめぐる若干の陰謀論?めいた話題も営業トークには有用でしょう。なるほどそういう場面で特に役立つ本といえそうです。

なお多少アドバンスした内容は経済学者の飯田泰之先生(アベノミクスの理論的支柱のおひとりでもある)が担当しておられます。飯田先生は「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」については「実はまだ人手不足ではない、高齢者や女性に比較的低賃金での供給余力がある」「いずれ余力がなくなれば賃金も上がるし設備投資も進む」とお考えのようですね。

*1:となると「小学生の算数と国語」は少々失礼な感はあります(笑)し、実際難関中学を受験する小学生でも難しいのではないかという内容もありますが。

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2017-05-11

[]海老原嗣生『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』

人気雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんから、最新著『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』をご恵投いただきました。ありがとうございます。わざわざお持ちいただいて手渡しで頂戴しました。まことにかたじけない。

クランボルツの計画的偶発性(Planned Happenstance)理論のきわめてコンパクトな解説書で、お笑い芸人やスポーツ選手などの親しみやすい事例を豊富に引いて読みやすく、楽しく学べるよう配慮されています。若者が将来のキャリアを考えるだけではなく、中高年が自身のキャリアを振り返るのにも有用で、広くおすすめしたい本です。

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2017-05-10

[]島貫智行『派遣労働という働き方』

一橋大学の島貫智行先生から、ご著書『派遣労働という働き方−市場と組織の間隙』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

派遣労働はともすれば善悪の極論や、結論ありきの印象論で語られがちです。この本は、そんな派遣労働について、派遣元・派遣先・派遣労働者の三者雇用関係に着目し、その三者に対する入念な聞き取り調査をベースに、アンケート調査や公的統計の再分析などを組み合わせて、その多様な実情を明らかにしています。特に第2部、第3部でふんだんに紹介されているヒヤリング事例はリアリティがあり、なにかと紛糾しがちな派遣労働をめぐる政策論の基礎資料として有益なものではないかと思います。派遣元と派遣労働者、派遣元と派遣先の長期的関係が重要という政策的含意も非常に納得のいくものであり、「派遣の禁止ではなく常用化促進」という私の持論をサポートしていただけるもので心強く感じました。

あとまあこれは余計なことかもしれませんが昨今流行の(笑)同一労働同一賃金についてはほとんど触れられておらず(たぶん語として一回出てくるだけ)、まあ実態をふまえた堅実な議論をすれば当然そうなると思うのですが、しかし立派な姿勢だと思いました。

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