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2017-05-28

[]海老原嗣生飯田泰之『経済ってこうなってるんだ教室』

雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんから、最近著『経済ってこうなってるんだ教室』をご恵投いただきました。ありがとうございます。海老原さんは精力的に著書を出されていますね。

カバーや帯には「小学校の算数と国語の力があればわかる経済・金融の超入門書!」「日経新聞は読んでいるけどわからないという人、もう大丈夫です」との惹句が並んでいますが、経済というよりは1時間でわかるアベノミクスの解説書という趣です。アベノミクスの背景となっている金利、物価、為替やそれらの企業行動や企業業績などに与える影響といったものを平易に説明してアベノミクスへの理解を促すと同時に、最近の中国経済やトランポノミクス、さらにはシムズ理論まで取り上げるという行き届きぶりです。

ということでまさに最近の日経新聞がわかるようにするということに特化した本という印象があり、専門誌の編集にも携わる海老原さんらしく、ビジネス誌の特集の5回分くらいを一貫した流れで整理した本という印象もあり…という本なのですが、あとがきで成り立ちについて書かれているのを読んで腑に落ちました。これはリクルートの営業マン向けの研修をまとめた本なのですね*1。リクルートの営業となると相当にハードなBtoBのビジネスだろうと思われ、経済や景気についてクライアントと議論する場面も多いでしょうし、消費増税をめぐる若干の陰謀論?めいた話題も営業トークには有用でしょう。なるほどそういう場面で特に役立つ本といえそうです。

なお多少アドバンスした内容は経済学者の飯田泰之先生(アベノミクスの理論的支柱のおひとりでもある)が担当しておられます。飯田先生は「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」については「実はまだ人手不足ではない、高齢者や女性に比較的低賃金での供給余力がある」「いずれ余力がなくなれば賃金も上がるし設備投資も進む」とお考えのようですね。

*1:となると「小学生の算数と国語」は少々失礼な感はあります(笑)し、実際難関中学を受験する小学生でも難しいのではないかという内容もありますが。

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2017-05-11

[]海老原嗣生『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』

人気雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんから、最新著『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』をご恵投いただきました。ありがとうございます。わざわざお持ちいただいて手渡しで頂戴しました。まことにかたじけない。

クランボルツの計画的偶発性(Planned Happenstance)理論のきわめてコンパクトな解説書で、お笑い芸人やスポーツ選手などの親しみやすい事例を豊富に引いて読みやすく、楽しく学べるよう配慮されています。若者が将来のキャリアを考えるだけではなく、中高年が自身のキャリアを振り返るのにも有用で、広くおすすめしたい本です。

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2017-05-10

[]島貫智行『派遣労働という働き方』

一橋大学の島貫智行先生から、ご著書『派遣労働という働き方−市場と組織の間隙』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

派遣労働はともすれば善悪の極論や、結論ありきの印象論で語られがちです。この本は、そんな派遣労働について、派遣元・派遣先・派遣労働者の三者雇用関係に着目し、その三者に対する入念な聞き取り調査をベースに、アンケート調査や公的統計の再分析などを組み合わせて、その多様な実情を明らかにしています。特に第2部、第3部でふんだんに紹介されているヒヤリング事例はリアリティがあり、なにかと紛糾しがちな派遣労働をめぐる政策論の基礎資料として有益なものではないかと思います。派遣元と派遣労働者、派遣元と派遣先の長期的関係が重要という政策的含意も非常に納得のいくものであり、「派遣の禁止ではなく常用化促進」という私の持論をサポートしていただけるもので心強く感じました。

あとまあこれは余計なことかもしれませんが昨今流行の(笑)同一労働同一賃金についてはほとんど触れられておらず(たぶん語として一回出てくるだけ)、まあ実態をふまえた堅実な議論をすれば当然そうなると思うのですが、しかし立派な姿勢だと思いました。

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2017-05-06

[]川喜多喬『産業社会学論集IV』

川喜多喬先生から、最新著『産業社会学論集IV−中高年の転職・失業・定年・引退』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

産業社会学論集4

産業社会学論集4

副題のとおり、80年代末から2000年代初めにかけての中高年の転職・失業などのキャリア変化についての調査をまとめた本です。一口に転職、失業と言ってもその実情はきわめて多様であり、また時代背景、特に経済情勢の影響を大きく受けることが示されています。インタビューやアンケートの自由記述欄から抽出された多数の事例は、まさに中高年である私にとって身につまされるものがあります。いっぽう、好況期には中高年であってもかなり良好な転職も多くあったことも再確認できます。とはいえ、昨今の人手不足であっても賃金が上がりにくい状況では、足元ではなかなか良好な転職といっても難しいのだろうのとも思わされるわけですが…。なお企業グループ人事の進展について調べた章もなかなか興味深いものがあります。

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2017-05-03

[]小畑明『労働者代表制の仕組みとねらい』

エイデル研究所出版部の清水皓毅さんから、小畑明『労働者代表制の仕組みとねらい−職場を変える切り札はこれだ!』をお送りいただきました。ありがとうございます。第2章の座談会に参加されている荒木尚志先生にご配慮いただいたとのことです(ありがとうございます)。著者は運輸労連中央書記長で、ヤマト運輸労組出身の活動家です。ヤマト運輸が労使で思い切った改革に取り組んでいることは、この本の説得力を間接的に高めているのではないでしょうか。時宜を得た出版といえそうです。

第1章はQ&A形式による集団的労使関係と労働者代表制の重要性・必要性の解説で、中小運輸労働者のおかれた厳しい状況から書き起こし、労働者代表の好事例でまとめられています。第2章は著者の小畑氏と荒木先生、中小企業家同友会の平田事務局長による座談会で、労働者代表制のより具体的な構想が語られ、その課題と方向性が展望されます。第3章は資料集で連合の文書やJILPTの報告書などのポイントが紹介されています。著者の活動家としての自負、信念と決意が感じられ、たいへん好感を持ちました。

集団的労使関係の重要性については私もまったく同感ですし、現行の過半数代表に対する問題意識も共有するものです。いっぽうで、過半数代表の法制化(特に必置規制化)については、やはり私はきわめて懐疑的です。もちろん労働者代表そのものには否定的ではなく、まあ労働組合への期待は大きいわけですが労組に限定する必要もなく、労組ではない従業員代表が集団的労使コミュニケーションを担って成功している例は大企業にも見られるところです。したがって、集団的労使コミュニケーションへの理解はあるものの労働組合と言われるとちょっと…という経営者に対して、ではまずは労働者代表で、という持ち掛け方が有効な場面というのは多そうですし、それが組織化への第一歩となるなら非常に望ましいことではないかと思うわけです。

そのためにはやはり労働者代表が使用者にとってもメリットのあるものとして理解されることが重要で、まずは労使コミュニケーションの充実が企業経営に好影響を与えることにしっかり納得してもらうことが必要でしょう。ヤマト運輸にしても、小倉昌男氏が労使関係を非常に重視していたことはよく知られていますし、信頼関係に裏付けられた労使関係があればこそ、現在のような思い切った取り組みを進めることができるわけですし。加えて、制度的にも第2章で荒木先生が指摘しておられるように労働条件変更の合理性判断にあたって考慮されることを明確化するとか、集団的合意によって法規制を弾力的に運用できるとかいったメリットを与えるとか、さらにはたとえば専従者の賃金を使用者が便宜供与する場合にその一定割合を国が助成する(これは筋悪かな)とかいうものも考えられるかもしれません。

したがって、まずは労使の努力によって任意で労働者代表を拡大普及させていくことが望ましいのではないでしょうか。それが一定程度の拡大をみて、必置規制化に必要な環境条件が整った段階では、法制化も十分視野に入ってくる可能性はあると思います。逆に、性急な必置規制化は、多くの企業労使にとっては対応が困難であり、連合の地協とかがおおいに頑張るだろうとは思いますが遺漏が出る危険性も否定できず、使用者サイドに対してもいかに簡単にとりあえず形だけ整えるかという指導をする社労士さんというのが出てこないとも限りません。実態を伴わない一律の義務化は往々にして形骸化を招いて終わるということになりかねないわけで、まずは本書に登場するような志ある労使によって実態をつくることが重要なのだろうと思います。

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2017-05-02

[]玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』

社研の玄田有史先生から、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

実際、これだけ人手不足と言われていて、春闘でも4年連続で有額のベースアップが実現しているのに、マクロの数字を見るかぎり賃金上昇がはかばかしくないのは、常識的(なのか?)に考えて不思議な感はあります。この本は、この難問に対して、22人の専門家が16の回答をよせた論文集です。

「実はミクロでは総じて賃金は上がっている(非正規比率の上昇や内転効果で上がっていないだけ)」「実は人手不足ではない(不足しているのは低賃金の人手/高年齢者や女性にはまだ供給余力がある」「所定賃金は人員過剰時に下げにくい分人手不足にも上げにくい」「国際競争部門の動向が非国際競争部門にも波及」「非正規比率上昇などにより人的資本形成に遅れ」「賃金の調整は時間がかかるもの」などなど、さまざまな観点からさまざまな分析が提示されていて非常に面白く読みごたえがあります。多数の執筆者・多数の論文数にもかかわらず各章の連携が行き届いているのは編者ががんばったのでしょう。

現実にはおそらくこれらの要因が複合的に絡み合って現状があるのでしょうが、とりあえず私個人の当面の感想としては経験的に賃金に限らず雇用関連の調整には時間がかかるという実感はあり、(留保賃金が比較的高い)団塊ジュニアのボリュームゾーンにまだ供給余力が若干残っているのではないかと思っている(すみません思っているだけで確認してません)ので賃金が大きく上げるにはもう少し時間がかかるかな、などと思っています。もう一度しっかり読んで、あらためて感想をまとめてみたいと思います。

高原正之高原正之 2017/05/02 15:52 団塊ジュニアに限らず、男性の25歳から34歳、35歳から44歳、45歳から54歳の労働力率は2015年に過去50年間の最低を記録し、2016年に少し回復しただけです。供給余力は十分に残っていると思います。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2017/05/03 10:13 高原さん、ご教示感謝です。若干ではなく、十分余力があるとなると、賃金はまだしばらくは上がりにくいのかもしれませんね。技能ミスマッチがあるなら職業訓練も有効かもしれませんが、IT系エンジニアとか福祉医療関連とか、あまり賃金の高くない分野が多いような気がしますし…

高原正之高原正之 2017/05/04 09:05 十分余力はありますが、労働市場に一気に戻ってくるわけではないので効果は限定的だろうと思います。高生産性・高賃金部門では新卒・中途採油とも採用基準の緩和で確保できるので、賃金の上がり方は低く、中生産性・中賃金部門は採用基準を緩和しつつ、賃金上昇、低賃金のパートタイム部門は、時給を上げつつ女性や高齢者などこれまでより短時間しか働かない人も目をつむって採用する。という流れだと見ています。中小の賃上げが大企業を上回る背景はこれだと思います。なお、時給は上がっても時間が短縮されるので月当たりの賃金は増えにくいでしょう。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2017/05/06 12:17 賃金はまだ上がりにくい構造が続くとしても、人手不足と最賃引上げで低賃金分野で効率化投資が進んで人材が高生産性部門にシフトするということは起こりそうですね。ここは民間労使の知恵の出しどころと思います。

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2017-04-27

[]「3点セット」のなぜ

働き方改革実行計画について連投していたところ読者の方からYahoo!Japanニュースに掲載された上西充子先生の記事についてのコメントを求められました。

「働かせ方改革」ならぬ「働き方改革」のためには、「残業代ゼロ法案」の撤廃と「休息時間確保権」の保障を

たいへん興味深い問題提起や提案が含まれており、また議論を整理する上でも有意義かと思いましたので、だいぶ遅くなってしまったのですが以下書きたいと思います。まず、この論考の論点として以下のとおり整理されています。

 1つは「働き方改革実現会議」のメンバー構成や会議の様子からこの会議の性格を把握したうえで、既に国会に提出されている労働基準法改正案(残業代ゼロ法案)の成立に向けた動きに警戒する必要性である。

 もう1つは、努力義務としてこの実行計画に含まれることになった「勤務間インターバル制度」(休息時間の確保のための制度)を普及させていくことの重要性である。

https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20170402-00069430/

(以下同じ)

ひとつめは「この会議の性格」と「労働基準法改正案」のふたつに分かれるように思われますので、まず前段について見ていきます。

…決定された「働き方改革実行計画」は、冒頭に「1 働く人の視点に立った働き方改革の意義」という見出しを掲げ…ている。…しかし果たしてこの会議は、「働く人の視点」に立って設けられたものだろうか。メンバー構成を見ると、多いに疑問がわく。

…全24名のうち、政府関係者が9名、有識者が15名である。有識者15名のうち、…実に7名が産業界から選ばれており、労働界から選ばれた者は…連合の神津会長ただ1人だ。これで「働く人の視点に立った働き方改革」を検討するにふさわしい人選と言えるのだろうか?

 「働き方改革」を謳いながらも、この人選では「働かせ方改革」ではないのだろうか、という疑問がわく。

これはなかなか興味深い問題提起で、たしかにそのように見えるかもしれません。

ただ、実際に会議の中で果たされた各人のお役目というか役回りを見てみますと、女優の生稲晃子氏とジャーナリストの白河桃子氏はかなりはっきりとプロレイバーの立場を取っておられます。さらに産業界のメンバーについても、岡崎瑞穂氏、新屋和代氏、田中弘樹氏は働き方改革の先進事例の紹介のために召集されたこともまずまず明らかでしょう(ちなみに新屋氏は定義上は労働者)。残る産業界のメンバーは金丸氏がベンチャーの、大村氏と三村氏が中小企業の、榊原氏が大企業の代表というところで、労働界と異なり経済界はナショナルセンターが統一されていないという事情の違いではないかと思います。連合に加えて全労連をメンバーにしようとか、未組織労働者の代表(誰?)を入れようとかいう話は連合としては耐えられないのではないかと(ただ人数バランスという観点からゼンセン同盟とか有力産別の代表を加えるといった配慮はあってもよかったかもしれない)。なお中小企業代表が2人いるのは重複のようですが、これはおそらく働き方改革の実行上重要な取引慣行適正化で中央会と連合が協働して取り組んでいるからではないかと推測します(形としてはあるいは実行会議のほうが先行していたのかもしれませんが)。

ちなみに研究系のメンバーについては樋口先生と岩村先生は労政審会長・同労働条件分科会長というお立場で巻き込まれたものと想像されまずが、残るメンバーについては水町先生は同一労働同一賃金が実現できると主張するおそらく唯一の労働研究者として動員されたものであり、高橋氏も武田氏も基本的には働き方改革をプッシュする立場での参加でしたので、私の感想としては上西先生が言われるほどには均衡を失してはおらず、むしろ会議の趣旨を考えればことバランスだけを考えればまずまずの人選ではないかと思っています。

ここでわざわざだけと強調したのはもちろん他の面で問題があるからであり、まず最も問題なのは15人の有識者のうち労働の専門家というのは樋口先生、岩村先生、水町先生と神津会長の4人しかいないという点です(まあ生稲氏は病者労働に限れば専門家かもしれませんが)。他のメンバーの方々はもちろんどこからも文句の出ない立派な有識者ではありますがしかし労働の専門家ではないわけであり、それでこれだけ幅広な論点をこんな短期間でやるというのですから出てくるものがお粗末になるのは当然の帰結と申せましょう。まあもちろん平場ですべての議論がされるというわけではなく、予備的な議論はそれなりに重ねられてはいたのでしょうし、その中では官僚や研究者などの専門性も動員されていたとは思うのですが(ものによりますがすでに検討の蓄積が相当あるわけで)、それでもやはり(4回にわたって長々と書いてきたように)平場でそれなりに議論された案件でも有意義な内容になったのはほぼ労働時間の上限規制のみであり、同一労働同一賃金の話はダメダメですし、あとは役所がすでにやっているかやると決まっている・やろうとしている話がほとんどという代物ですからな。

結局のところ政労使のバランスと言ってもしょせんはそれらしい体裁になっているというだけのことであり、本気で政策を議論するならやはり公労使三者の専門家で・労使同数で構成された労政審のような組織でやるべきだということであってそこは私も上西先生に同意です。でまあ労働時間の上限規制については上西先生も言われるようにこれから大きく変わることはないだろうと思いますが、その他の部分は労政審できちんと議論されまともに方向付けされていくものと私は期待しています。

さて次の「労働基準法改正案」については、上西先生はここについては高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しについては労働サイドは合意していないと指摘され(これは事実)、これら制度をさんざんdisった上でその成立を阻止すべきと強く主張しておられます。

これら高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しについての私の意見はこのブログでも過去さんざん書いてきたとおりで、簡単に申し上げれば「透明かつ予見可能性が高く労働者保護に欠けないホワイトカラー・エグゼンプション的制度は必要だが、今回の法案は基本的な性格付けに問題があってあまり評価できない」というものです(前段の「必要」について「不要」とする人は高級官僚や大学教授の働き方を想起すること)。つまり、本来この制度は目先の残業代より将来のキャリアのほうにはるかに関心が高く「私の仕事は時間の切り売りではありません」という高度なハイパフォーマーとその予備軍が「働き過ぎ」にならない範囲で思う存分働ける制度であるべきなわけですが(だからイノベーションにもつながるわけで)、「成果で評価」「短時間・高密度に働いて生産性向上・労働時間短縮」などといった残業代ドロボー対策的な発想に囚われて本来の趣旨を忘却している点が労基法改正法案の最大の問題だと考えています。そういう意味では今回の実行計画がこれについて「創造性の高い仕事で自律的に働く個人が、意欲と能力を最大限に発揮し、 自己実現をすることを支援する労働法制が必要」と書いているのは私としては高く評価しているところで、まあ自己実現という用語は手垢がついていてどうかねえとは思うものの、これが能力の向上とキャリアの形成を意味しているのであれば一応そのとおりとも思うわけです。とはいえ過去あれだけ残業代ドロボー対策論を垂れ流してきたことを考えると依然として正直これじゃあ労働者保護に欠けるとの不安を与えるのも致し方ない部分はあるよねえという感も残り、上西先生がとってつけたように感じられておおいに警戒されるのもわからないではありません(ただ現実には対象業務をかなり厳しく絞り込んでいるので(いやなにを震え上がっているのかと思うくらいで)実用的には使えないんじゃないかとも思っているのですが)。産業競争力会議の長谷川主査ペーパーとか、罪深いことをしてくれたもんだなあといまさらながらあらためて。

いっぽうでたしかにブラック企業もあれば今般の電通のようなブラック職場もあるわけですが、そこで行われているのは端的に法違反であって監督行政の強化徹底で対処すべき問題であり、そういうのがいるからといってまともにやっている企業や職場まで規制緩和を阻止されるのもかなわないなあとも強く思います。法律家の先生方はどうしてもことを法制度で解決しようとされる傾向があるように思うのですが、法違反の問題には監督行政が対応するのが筋の面でも実効性の面でも正論であって若干戦い方を誤っているような気もしなくはない。

さてそれはそれとして、今回の話との関連で議論の整理が必要だなと思ったのは、今回の話は労働時間の上限規制を実施するにあたっての「新たな規制+その適用除外範囲」という枠組みが加わった、という観点を踏まえる必要があるという点です。

どういうことかといいますと、従来は36協定の特別条項を使えば事実上労働時間の上限規制はないに等しい状態だったわけですが、そこに新たに原則月45・年360時間、例外月100・複数月平均80時間(休日労働を含む)という規制が導入されることになった。そのとき、この規制を一切の例外なくすべての労働者に適用するかというと、さすがにそうではないだろう。いやもちろん一切例外を認めないという考え方もあり得るかもしれませんが、しかしまあ100人の部下を率いる部課長や、大学教授やキャリア官僚までこの規制で縛るのがいいと思う人というのもそれほど多くはないのではないかとも思います(いや私だって一介のヒラ社員ですがこんな規制マッピラですし。他人にどうこうしろというつもりはありませんが)。実際、働き方改革実現会議でも議論があったように、現行の限度基準で適用除外となっている運輸・建設および新技術、新商品等の研究開発の業務などについては今後も(運輸・建設は当面ですが)適用除外になるとされています。これに加えて、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しとかいうのは、従来であれば割増賃金支払の話に過ぎなかった(いやもちろんそれだけでも重大事だが)わけですが、今回は労基法42条2号の管理監督者なども含めて上限規制の適用を免れる特権階級の範囲を定めるという性格も持つようになったわけです。要するに、ここで適用除外とされている「新技術、新商品等の研究開発の業務」では部課長やキャリア官僚や大学教授は救済できないよねえという話であり、部課長はまあ労基法41条2号、キャリア官僚は国公法附則16条で救済できるとしても大学教授は困ったことになる可能性があります。なにかというと以前書いたように現行制度を厳格に適用すると大学教授の相当割合は裁量労働を適用できない可能性が高いからです。

  • 厳密にいうと大学教授については限度基準が目安時間だったころの行政解釈で「新技術、新商品等の研究開発の業務」に該当するものとして「自然科学、人文・社会科学の分野の基礎的または応用的な学問上、技術上の問題を解明するための試験、研究、調査」が例示されているので上限規制についてはこれで救済できる可能性はあります。ただしではなぜ限度基準になったときにこれが廃止されて放置されているのかという問題はあり、また学務も教育も例示されていませんので専門型裁量労働制で問題となる「主として研究に従事するものに限る。」がここでも問題になる可能性もあろうかとも思います。

そこで私は民間の政策屋なので(一般論として)国民の自由を制約する規制は抑制的であるべきだと考えており、今回の上限規制も必要・適切な範囲にとどめてほしいと思っているわけですが(繰り返しになりますが私自身こんな規制マッピラですし。まあ実態としてそこまで働くことはもうなかろうとも思うわけですが規制されているということ自体が不愉快)、しかし働き方改革実行計画には「現行制度で対象となっている範囲を超えた職種に拡大することのないよう、その対象を明確化した上で適用除外とする」と書かれているわけだorz。まあことの経緯からして政治的に致し方のないところだったのでしょうがしかし軽率だなあとも思う。上限規制そのものの適用除外にするほうが割増賃金が支払われる分はるかに筋がいいわけですよ。そこで手を縛ってしまったものだから、あまり筋がよくないけれどすでに提案されている高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しでそれに代えようという「3点セット」論になってしまっているわけですね。上西先生は「抱き合わせ」と憤られるわけですがしかしそうなるのにはそれなりに理由があるというか致し方ないのかなと。何度も言ってるけど短期間であれこれやろうとするからこういうことに(ry

なので、上西先生はものすごく悪いことが行われようとしているように書かれていますが、本質的には大臣告示による行政指導を罰則付きの強行法規として大幅に規制強化するわけなので、その適用範囲については従来より抑制的に考えることが必要だという、これ自体はかなり常識的な話ではないかと思います。もちろんそれが高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しでいいのかといえば、私自身は上でも書いたようにもっとうまいやり方はあるだろうと思っていますが、しかしそれに伴う懸念は一部で喧伝されているのに較べればかなり小さいとは思いますので、まずはやってみて評価して必要に応じて見直すのかなあとも思っています。まあ労政審の場で公労使の専門家が議論すればいいのではないでしょうか。

勤務間インターバル制度については、健康確保の観点からは上限規制より優れた点が多いとのご指摘は同感するところです。ひっくりかえせは事実上の上限規制にもなるわけですしね。これについても過去繰り返し書いているように必要な人に必要な規制を行うことが重要であり、自動車運転者についてはすでに事実上のインターバル規制が導入されていますし、(一般論として)交替制勤務や危険有害業務などには積極的な導入がはかられることが望ましいと私も思います。ここで重要なのは現場の実態に通じた労使による協議・交渉を通じて適切に実現していくことであり、今回の実行計画がこれを努力義務としてまずは労使の取り組みを促すものとなっていることは適切だと思います。

その関係で私がたいへん興味深く思ったのは上西先生の「「休息時間確保権」という言葉を提唱してみたい」とのご提案で、なるほどそういう考え方もいいのではないかと思いました。つまり、勤務間インターバルを導入する過程では「労働者が11時間以下の勤務間インターバルを請求した場合には、使用者はそれを与えなければならない」という権利として設定するという段階もありうるのではないかと思ったわけです。これなら私のようにそんな規制はマッピラだねという人は請求しなければいいだけの話ですし、災害等臨時の必要の例外規定とノーワークノーペイ原則が確保されれば経営サイドもそれほど抵抗はないのではないかと思われます(さすがに健康確保目的なので年次有給休暇の時季変更のような「事業の正常な運営を妨げる」まで広げることはできないと思う)。まあ労使間の力関係を考えれば「請求しにくい雰囲気ガー」という声はあがるだろうと思われますが、しかし労使の努力で勤務間インターバルを普及拡大していくプロセスにおいては一つのステップとして十分にありうる考え方のように思われ、おおいに労使で実情に応じた知恵を出してほしいと思います。

ということでご質問いただいた方の意図に沿ったご回答になっているかどうかは自信のないところではあるのですが、私としてはたいへん有益でしたので情報提供感謝です。

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2017-04-20

[]地銀の生産性が低いのは解雇が難しいせい?

今朝の日経新聞こんな記事が載っていたのですが…。

 日銀は19日公表した「金融システムレポート」で、日本の銀行や信用金庫の高コスト体質を指摘した。なかでも中小の地銀は行員1人あたりの業務粗利益が欧州に比べて半分だと試算した。日銀が金融機関の体質改善に深く言及するのは異例だ。金融緩和が長引くなかで、金融仲介機能を担う金融機関の経営難を警戒し、収益源の多様化などの構造改革を求めた。

 リポートでは「金融機関の収益性の評価」として、経費率の高さに焦点を当てた。米欧と比べて割高なのは人件費だ。給料の高さは米欧と同水準だが特に職員の多さが際立っているという。日本の労働市場は解雇や転職が難しいことが原因とみられる。

(平成29年4月20日付日本経済新聞朝刊から)

地銀の方々からすれば収益とか生産性とか日銀から言われるというのは激しくおまゆう感のある話ではないかと思うのですがそれはそれとして、人員が多いのは解雇や転職が難しいことが原因なのかね。これはさすがに日銀が言っているのではなく、日経さんの推測でしょう。

解雇とか転職とかいうからには、地銀は仕事が少ないのに人員が多すぎて余剰を抱えていると考えているわけですな日経さんは。まあたしかに地方は人口が減少していて地銀の仕事も減る方向なのでしょうし、だから合併とかで生き残りを図っているわけですが合併というのはそれにともなって余剰人員が出やすいのも一般的に事実でしょう(まあそれを減らして効率化するのも合併の大きな目的だが)。

ただ、人員が過剰で解雇したいんだけどそれが難しい労働市場だ、というのが本当だとすれば新卒採用はやめるはずですよね。まあゼロでないにしても相当に絞り込んでいるはずです。しかしまあたとえばこのあたりを見ても地銀の新卒採用意欲はそれなりに旺盛であるらしく、あまり絞っているという感じはしません。

まあ本当のところがどうかは事実関係をよく調べてみなければなんとも言えないのではありますが、しかしこれを読むとなにがなんでも解雇したいと考えているような記者か、自然減とか基本的な人事管理の知識もないような記者が書いているのだなあとは思った。

やれやれ。

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2017-04-18

[]雇用再興・正社員ゼロ

池田信夫先生再来(謎)。リクルートワークス研究所の機関誌「Works」の最新号が刊行されました。私はワークス研究所については組織・研究員ともに非常にリスペクトしており、シンポジウムなども開催されれば楽しみに聴講していて(面白いという意味では役所とかのやるシンポジウムより相当に面白いですしね)、「Works]も無料で公開されていることもあり興味深く拝読しています。今号では一昨年秋にスタートして思い出したように続いていたシリーズ特集「雇用再興」が4回めにして最終回を迎えたとのことで、まあなんにしても完結したというのはご同慶です。こちらから全文がお読みになれます。

シリーズ 雇用再興4 正社員ゼロという選択

ちなみにこれまでのシリーズも以下から全文が参照できます。

シリーズ 雇用再興1 日本型雇用によって失われたもの

シリーズ 雇用再興2 人事は日本型雇用を守りたいのか

シリーズ 雇用再興3 働く人の新しい“安心”を求めて

とりあえずシリーズ1〜3の成り行きをざっと振り返ってみますと、まずはシリーズ1の冒頭で無限定正社員を中軸とする日本的雇用の行き詰まりが簡単に解説され、続けて各分野の専門家数人が無限定正社員によって自分たちがいかに迷惑を被っているのかを訴えて無限定正社員をdisっているわけですが、まあそれぞれのお立場からみればそうでしょうねえという話ではあります。その後、シリーズ1の残りとシリーズ2では若手〜中堅・一部ベテランの「働く人50人」と「人事担当者30人」による「フューチャーセッションズ」という、ざっと言えばグループ討議と全体発表・討議の組み合わせみたいなイベントの結果であり、そもそもリクルートが把握しているような・意識高い人たちが柳川範之先生や中野円佳氏などのキーノートでやったイベントなのでまあそうなるだろうなというものになっています。これからは多様な価値観や意識の尊重のもと個性を生かして自分らしい仕事とキャリアで働き生きたいという、まあ強欲な話であって、そういう人たちが生き生きと働きキャリア形成できる人事管理ができるといいよねえという、それ自体はまことにごもっとな話です。シリーズ3はデンマークとオランダの無批判な礼賛で正直気持ち悪い。自由が好きな私としてはデンマーク社会の不自由さはむしろディストピアなのですが、まあこのあたりは人それぞれだろうとは思います。私みたいなのが少数派なのかも知らん。

ということで、かなりキツイ言い方ではありますが、ここまでで読むに値するのは(内容に同意するわけではない)シリーズ1のhamachan先生と八代尚宏先生のインタビューで構成された日本的雇用の行き詰まりを概観した4ページと、シリーズ3で限定正社員を論じた鶴光太郎先生と今野浩一郎先生のインタビュー記事4ページの合計8ページかなと思っていたところ、今回シリーズ4を読んでも結論は変わりませんでしたという仕儀となりました。合計100ページを優に超えるボリュームでこれでは少々せつないかなあ。

さてここで主張されている「正社員ゼロ」というのは「現在、多くの企業で「総合職」「基幹職」と呼ばれる勤務地、勤務日数・時間、雇用契約期間、職務のすべてが「無限定」の正社員をなくそう、と言っているのだ」ということだそうです。具体的には以下の9点を提言しています。

  1. 雇用契約の期間は最長20年とせよ
  2. すべての人を職務限定とせよ
  3. 採用はローカルから始めよ
  4. 転勤を廃止せよ
  5. 副業禁止を禁止せよ
  6. 職業能力を可視化せよ
  7. テクノロジーの力で人をつまらない仕事から解放せよ
  8. ベーシックインカムを導入せよ
  9. プロフェッショナル教育機関を充実させよ

「雇用契約の期間は最長20年とせよ」というのは期間の定めのない雇用を禁止してすべてを有期雇用化し、その上限を20年とせよ、という主張のようで、まあよくある正社員の非正社員化ですな。「すべての人を職務限定とせよ」というのは、無限定正社員の「なんでもやります」ではなくて「その道の専門家」になれば、最長20年で無理やり転職させるときにも容易に転職できて労働市場が流動化するという意図のようです(が本末転倒のような気がしなくはない)。

かなりドラスティックな提案のように見える一方で既視感がひしひしと漂う内容でもあって、基調としては20〜30年くらい前に米国を中心に流行した「エンプロイヤビリティ」論を思い出しました。米国企業がダウンサイジングを迫られる中で従来のようには雇用の維持安定を確保できなくなり、その結果として人材獲得や意欲向上に支障をきたしたことから、「いつでも解雇するかわりに、解雇後に再就職できるような力=エンプロイヤビリティを身につけさせる」ことを売りにしようとしたわけです。これは単に箔のつく職歴だけにとどまらず、職業大学院などに通学するための費用や時間も支援するというもので、それで雇用の不安定さをカバーしようという発想でした。特集では「このとき、企業は「いかに人を育てられるか」を示すことで、優秀な人材を惹き付けることになろう」とか得意げに書いているのですが何十年前の話だ

さてそれがうまくいったかというと、まあ最近では人事コンサルタントでエンプロイヤビリティがどうこうと言う人もそれほど多くはないようで、流行り廃りでいえば廃れたねえという感はあります。米国の今の政治状況なんかも、判断の参考にはなるんじゃないかなあ。

「最長20年」というのはもちろん「40歳定年」の焼き直しでしょうが、こちらもほぼ忘れられていることを思うと筋の悪いものを担ぎ出したもんだという感は否めません。既視感という意味ではこれはよく知られていますがお隣の韓国に類似の状況があり、一流大卒(でなければ入社できない)で大手財閥系に就職した人であっても、40歳くらいで決定的な選抜が行われてそれ以降は事実上退職するよりないような人事管理が見られるわけです。でまあ当然ながら大手財閥系のブランドで再就職しても労働条件が改善するわけもなくという状況で、それでうまくいっているかというとやはり韓国の今の政治状況(ryそういえばどこかで日本の大学進学率が韓国に負けているとかいうことも書いてあったけど大卒の就職状況の違いとか考えて書いているのかしら。

「採用はローカルから始めよ」というのは、全国採用だと地方勤務の人が勤務地無限定になってしまうからということのようですが、しかしそのために地方の高等教育や職業訓練を充実させろというのはいかにも本末転倒のような。地方創生とかの観点から「アメリカでは地方都市にも大企業の本社があるのに日本では」という筋の話で、優遇税制とかと並んで「人材供給の充実」を議論するなら話はわかるんですけどねえ。「転勤を廃止せよ」というのも同じような趣旨でしょう。こちらは無限定正社員を禁止するならまあ当然のことではありますが、しかし「本人合意ならいい」ってのは無限定正社員となにが違うのさ

「副業禁止を禁止せよ」は、過去繰り返し書いたように制度的・技術的な問題が大半なのでそこを解決できるならよろしいのではないでしょうかとは思うのですが、ここでは「副業すばらしいよねっ!」と叫んだだけで終わっているので無責任だなあとは思うなあ。

「職業能力を可視化せよ」についても基本的に技術的な問題で、とりあえず現在はこれ以上できませんという話です。だから労働市場の需給調整とかで代用しているわけで、それが今後ビッグデータとAIで可能になるならまあけっこうな話かもしれません。

「テクノロジーの力で人をつまらない仕事から解放せよ」これはまさに方法論、やり方次第ですね。今は夢を語るのもいいでしょうが、現実化していく際には激変を避けながら漸進的に対応することが必要でしょう。以前も書きましたが今のところ私はそれほど悲観していません(まあ確たる根拠があるわけではないのだが)。

「ベーシックインカムを導入せよ」については私は決して否定的なわけではなく、とりわけ消費増税の逆進性対策としての活用は十分検討に値すると思います(まあ就労促進的な勤労所得税額控除の方が好ましいと現時点では思っていますが)。ただ、起業や転職の促進についてはあまり期待しすぎないほうがいいとは思います。まあそりゃないよりはマシでしょうが、しかし大幅な減収になることは間違いないわけなので。

「プロフェッショナル教育機関を充実させよ」も、正社員の非正社員化をやれば企業による人材育成は相当に後退するでしょうから、必要不可欠になるだろうと思います。財源が課題と書いていますが、企業の人材育成を肩代わりするのだからその費用は企業に負担させるという議論も可能かもしれません。しかしまあせっかくすでに企業が有している人材育成機能を失うことが本当に得なのかということは考えたほうがいいような気もしますが。もちろん専門職業教育の充実自体は企業がどうこうとは関係なく重要でしょうが。

ということで以上を全体的にみれば実は目新しい話はそれほど多くはなく、20年前の米国の労働市場に韓国の事実上の若年定年制と北欧型フレクシキュリティを接ぎ木したような話で、まあ相当にグロテスクな代物こらこらこら、それなりにまとまってはいると思います。

もちろん目新しい話もあって、まず従来にない(現実化していない)話としてテクノロジーとベーシックインカムがあります。あともう一つ目新しいのはやはり従来型無限定正社員を全面禁止しているところで、諸外国の例をみても(記事中でもたびたび指摘されていますが)、割合の大小は異なるにしてもやはり経営幹部、グローバルリーダーをめざすエリートはやはり無限定に働いているわけで国際的にもありふれたものであり、ただその割合が特に高いことが日本の特色だとされているわけです。それを全面禁止するというのはかなり目新しい話のように思われます。まあ転勤のところで「本人合意なら」という話になっているように選ばれたごく少数の人については無限定も想定されているようではありますが…。

なぜ無限定正社員を「ゼロ」とまで言うのか?まずは「無限定で働く人々を「正」と呼び続ける以上、…「身分」の差が残るのは避けられないからだ。…すべての人をそれぞれの生き方、価値観に合わせて、勤務地、勤務日数・時間、雇用契約期間、職務をカスタマイズして働く「社員」とすることが、身分の差をなくし、全員が自律的に働き続けられる社会の礎だと考える」という主張が出てきて、要するに「フェアでない」ということらしいのですが、しかしイデオロギーだよねえとも思う。「正」という呼称は格別、無限定な働き方をもって「生き方・価値観に合わせ」た働き方だと考えるのも自由だし、それも容認されるのがフェアではないかと私は思うのですが違うのでしょうか。少なくとも選択肢は一つ多いと思う。もちろん「誰もが無限定に働けるのではない以上は全員限定するのがフェアな競争」という意見もあり得るとは思いますので、まあ大げさに言えば国民の選択でしょうが。

もう一つの理由は「雇用を保障された個人は学び続けること、自らの能力を磨き続けることに真剣に向き合わず、結果的に今勤めている企業以外に働ける場を見つけられないでいる」というもので、学び直しを重視する柳川説と整合的になっています。しかしこれに対しては、そのような弊害が仮にあるとしても、「弊害をもたらさない規模にとどめればよい」ということになるはずで、それが「ゼロ」である証拠は見せてもらってないねえという気にはなります。さらに、かつて米国で流行していたエンプロヤビリティ論をコンサルさんたちが日本に輸入した際には、かつての日経連はそれとは異なる「日本型エンプロイアビリティ」を唱えました。これは「外部労働市場で有用なエンプロイアビリティもおおいにけっこうだが、内部労働市場で雇われ続けられ得るエンプロイアビリティも重要」というアダプタビリティ重視の概念ですが、要するに同じ企業で雇い続けられるためには従来とは異なる・新たな仕事やポジションに対応できることが必要であり、それはすなわち「学び続けること」「自らの能力を磨き続けること」に他ならないでしょう。ただこれは企業内部での営みであるため、外部からだと見えない人には見えないんでしょうね。1970年代じゃあるまいし、いまどき「座って新聞読んでいてくれればいいです」なんて窓際族をおける余裕のある企業なんてあるわけないのであって。

もう一点、これは書かれたことではなく書かれていないことが興味深いのですが、なにかというと集団的労使関係の端的な不在です。労働問題についてこれだけの分量を費やして多くの人の参加を求めて幅広く議論しているにもかかわらず、「労働組合」という語が出現するのはわずか2回だけ(シリーズ3で、オランダのワッセナー合意の話とデンマークの職業訓練プログラム作成に労組が関与しているという話で出てくる)です。いっぽうで今後の姿として労働条件は上司と部下の交渉で決まるとかいう話は出てくるわけですがそれが多数になるわけもなく、大多数の労働者は使用者に対して圧倒的に力関係が弱く、なんらかの集団的プロセスで労働条件が決まることに変わりはないでしょう。オランダにしてもデンマークにしても労組の果たしている役割はきわめて大きいわけです。また、これにも通じる話ですが、現業部門の不在というのもやや不可解です。まあ現業部門については勤務地や職種が限定されていることが多いわけですが、現実の運用をみると転勤も職種転換もかなり行われていますし、監督職や初級管理職への昇進というのは諸外国ではあまり見られない職種無限定な人事であるわけですが…。まあこれはあれかな、ワークス研究所は労組とか現業部門とか興味ありませんということかな。それはそれでわからなくもない。

ということで冒頭にあるように池田信夫先生だねえとは相当に思いました(なんのことかわからない人はhamachan先生のブログの検索窓に「池田信夫」と入力して検索ボタンを押してみましょう。このブログの上にある検索窓でも同様にしていただくとよりわかりやすいかも)。当時のNHKにはいたかもしれない「ノンワーキング・リッチ」を一般化して無限定正社員を拒絶し、彼らが解雇されるために北欧型の職業訓練や生活扶助を称賛するという図式は既視感ありありです。まあそれが悪いたあ言いませんが、しかし私の印象は悪い(笑)。

ただ、従来型の無限定正社員を中軸とした人事管理は行き詰まっているという問題意識は正しいものだと思いますので、いずれなんらかの見直しが進むことは間違いなかろうと思います。この提案はわが国の現状からあまりにかけはなれているので正直移行コストが高すぎて実現するわけねえという印象もあるのですが、そのあたりは承知の上で議論の材料として呈されているという部分もあるでしょう。もちろん絶対そうならないかというと相当の長期間をかけながら自然進行的に実現する可能性もあるとは思います。ただ政策的に誘導するのは難しいだろうとも思われ、私としては以前から書いているように当面は従来型の無限定正社員も存続しつつ漸進的にその比率を下げ、スローキャリアではあるものの欧米に較べれば昇進の可能性があるジョブ型の限定正社員を拡大して正社員を多様化していく方向ではないかと思います。

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2017-04-13

久しくチェックするのを忘れていていくつかのコメントの公開が大幅に遅れてしまいました。ご容赦ください。ということでしばらく間があいてしまいましたが続きを。なんとか今回で終わりたい(笑)。

[]働き方改革実行計画(4)

さて今回は「7.病気の治療と仕事の両立」からですが、ここの目玉は生稲晃子議員が提起した「(2)トライアングル型支援などの推進」ですね。本文中に2回しか出てこない図の1つがここで使われていて気合が入っている感じです(もう一方は図形ですがこちらは絵ですしね)。ただ実行計画では「主治医、会社・産業医と、患者に寄り添う両立支援コーディネーターのトライアングル型」となっていて「主治医」「会社・産業医」「両立支援コーディネーター」の三者のトライアングルのようなのですが、この話が出た第2回の議事録をみると生稲晃議員は「罹患した社員に対して、主治医、会社、そして、産業医と心理カウンセラーのトライアングル的な連携サポート」となっていて「主治医」「会社」「産業医と心理カウンセラー」の三者なので話が食い違ってますな

心理カウンセラーが両立支援コーディネーターに化けているのはまあすでに両立支援コーディネーターの育成事業が進められているからという話でしょうが、産業医をどちらに入れるかというのは微妙な問題かもしれません。主治医が会社に対して患者のためにあれこれ言うというのはさすがに難しいでしょうから、主治医の見解をふまえて立場の弱い労働者とともに会社にかけあってくれる専門家が必要だという趣旨だと考えれば、それって産業医の本来の役割ではないかいう気もするわけです。まあ現実にはそうなっていないから両立支援コーディネーターが必要なんだという話なのかもしれませんが、しかし生稲議員が産業医も患者の見方であってほしいと思う気持ちもわかるような気も。まあこのあたりは生稲議員に確認して了解済みだろうとは思いますが。

「(1)会社の意識改革と受入れ体制の整備」については昨年すでに「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が出ているわけで、さらにマニュアルを追加するなどして普及をはかりたいということのようです。まあトライアングルも含めてすでに手をつけていることをやっていきますという話でしょうからそれでいいと思うのですが、続けて「治療と仕事の両立等の観点から傷病手当金の支給要件等について検討し、必要な措置を講ずる」となっているのですがはてこれはなんだろう。後の方のロードマップをみてもこれ以上の記述はなく、第2回の塩崎大臣の資料をみてもこの話は出ていません(トライアングル型支援についてはそれに近いものが記載されている)。議事録をみてみると、岩村先生が「傷病手当金の支給期間の延長であるとか、事業主による手当の上乗せの解禁などを、もちろん財政的な制約も考慮する必要はあるのですけれども、検討してみてよいかと思っております」と発言されていて、まあ議論がまったくなかったというわけではなさそうですが、それにしても内容の当否はともかく(特に現状はまったく無給でないと傷病手当金の給付がないので、事業主による上積みの解禁は労使の努力を促す意味で有意義と思う)、これだけしか議論されていないものを書くのってどうなのかしら。「(3)労働者の健康確保のための産業医・産業保健機能の強化」に至っては資料も発言もなさそうで、なんかこれ役所のやりたいことをどさくさまぎれに入れ込んだこらこらこら、いやまあトライアングルとかをしっかりやろうとすれば当然産業医の強化も必要だというのはわかりますが。

さて「8.子育て・介護等と仕事の両立、障害者の就労」ですが、ここに書かれている内容もほぼ実現会議ではほとんど議論されていない話ばかりです。まあ、すでに予算のついている話や、育児休業給付の期間延長など労政審で結論の出ている話がほとんどなので、しっかりやっていくということでしょうか。一点だけ、「部下や同僚の育児・介護等に配慮・理解のある上司(イクボス)を増やすため、ロール・モデル集の作成やイクボス宣言を広める。」というのにはかすかな違和感があるのですが、書き出すと長くなりそうなのであとでまとめて書きます。

「9.雇用吸収力、付加価値の高い産業への転職・再就職支援」については、ロードマップのほうに「成長産業への転職支援」として「転職者採用の評価や処遇の制度を整備し、中高年齢者の採用開始や転職・再就職者採用の拡大を行い、生産性向上を実現させた企業を支援する。また、成熟企業から成長企業へ移動した労働者の賃金をアップさせた場合の支援を拡充する」と書いてあるのですがこれはなんだろう。(1)でも書きましたが、生産性向上を実現できた企業にさらに助成金を給付する必要があるってのはなんか変なんじゃないかという素朴な疑問があるわけです。

これについては、第3回の塩崎大臣の資料http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai3/siryou12.pdf)を見るかぎりやや錯綜している感があり、なにかというと雇用保険法を改正して「助成金の理念に「企業の生産性向上の実現の後押し」を追加」すると言っているのですね。でまあ「生産性向上を実現させた企業を支援」と「企業の生産性向上の実現の後押し」というのはずいぶん違うんじゃないだろうかと。さらに「金融機関が行う「事業性評価」も参考に「生産性向上」を判定」とも書いてあってこのカギ括弧付きの「生産性向上」ってなんだろうとも思うわけです。まあ事業性評価というのは(私は金融のことはわからないので間違っていたらご容赦)要するに財務の良し悪しではなく事業内容の良し悪しで融資を判断しましょうという話でしょうから、事業評価が高ければすなわち生産性も高いということではなさそうですし、むしろ今は生産性は高くないけれど今後高まる可能性が高い企業の事業評価は高いという話ではないでしょうか。それをもって「生産性向上」を判定して助成金の給付の可否を判断するというのは、それ自体はそれなりに合理的な考え方だとは思いますが、しかし普通に使われる言葉としての生産性とはずいぶん違うなあとも思う。だからカギ括弧付きなんでしょうが。

まあ確かに今はまだ高い賃金は払えないけれど成長性はありますという企業もあるでしょうから、いずれ企業が成長して賃金も上がってくるそれまでの間は賃金アップ分(の一部)を助成しましょうという話はわからないではありません。「生産性向上に資する人材を計画的に中途採用する企業への助成を創設」というのもまああからさまにそういう印象ですね。ただまあ現行の労働移動支援助成金はそれほど予算規模も執行額も大きくなく、そんなに思惑通りに成長産業があるのかしらという感はありますが。

なお私としては「年功ではなく能力で評価をする人事システムを導入する企業への助成を創設する」と「能力」限定になっているのが目をひかれたところで、これは第3回の塩崎大臣の資料では「能力等の評価に基づく年功序列ではない賃金制度の構築を通じ生産性向上を図り、賃金アップ等を実現した企業を助成」と「等」がついていたのが外れています。実はこれは同一労働同一賃金の部分でも「年功ではなく能力で評価する人事システムを導入する企業への支援」と書かれていて、他の部分ではたとえばその直前にも「職務や能力等の明確化と公正な評価」という文言があり、単に混乱しているだけなのか、あるいは職務やら成果やら(「等」にはなんでも含みうるわけで)を考慮した人事管理をするのはいいけれど助成金を出すのは能力のみで評価する制度だけという話なのか、どうなんでしょうか。

「10.誰にでもチャンスのある教育環境の整備」はもっぱら奨学金の話という感じで、これもすでに予算のついた話と、別の場で議論してやりましょうとなっている話なのでいいんじゃないでしょうか。

「11.高齢者の就業促進」はかなり問題含みなように思われます。その中心は65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長であり、しかも「2020年度までを集中取組期間と位置づけ」「終了時点で、継続雇用年齢等の引上げに係る制度の在り方を再検討する」とまで書かれていてかなり踏み込んだ書きぶりになっています。しかし、高齢者雇用については第7回で少し話が出ただけであり、その回の塩崎大臣提出資料http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai7/siryou8.pdf)でも「65歳を超える継続雇用等に対する企業トップの理解促進」「65歳を超える継続雇用等に取り組む企業への支援の強化」とまでしか書かれていません。唯一、水町先生が「現在の法律は、簡単に言いますと、60歳定年制、65歳までの雇用確保措置を定めていますが、これを将来的に65歳定年制、65歳以降、例えば、70歳までの雇用確保措置に引き上げていくことが必要であり、そのための環境整備を政策的に進めていくことが重要になります」と具体的な時期などには触れずに一般論を述べられているだけです。それでここまで具体的に書いてしまうのはいくらなんでも悪乗りしすぎじゃねえかなどと思うことしきり。いやもちろん2004年の65歳継続雇用から10年以上を経過してそろそろ労使で真剣に取り組むべき時期に来ているとは思いますし、先々の景気見通しなどを考えると五輪景気が期待できる2020年というのもわからないではないですが、しかし現状を考えるともっと時間はかけるべきではないかとも思います。私には厚労省がここまでやるとも思えず、案外財務省あたりが策動したのではないかなどと邪推を巡らす私。

「12.外国人材の受入れ」については第8回でそこそこ議論にはなりましたが、高度人材は積極的に、それ以外は慎重にという基本路線に変化はありません。技能実習制度についても議論があったのに言及はなし。結論は「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受け入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める。このため、移民政策と誤解されないような仕組みや国民的なコンセンサス形成の在り方などを含めた必要な事項の調査・検討を政府横断的に進めていく」ということでまあ先送りであり、「持続可能性を確保」と人口・労働力減少対策の側面をにじませる一方で「移民政策と誤解されない」とも述べ、まあ苦心の書きぶりだなという感じです。

そして最後が「13.10年先の未来を見据えたロードマップ」で、ずらずらと工程表が続くわけですが実はここが最重要で、なにかというとやはり10年くらいはかけましょうよということです。同一労働同一賃金にしても、裁判できるように法整備するぞと勇ましいわけですが、まあ法整備そのものは2017年度中に出さないと上げた拳が下りないので致し方なかろうとは思いますが、施行までに十分時間を取り、まずはソフトローを先行させてADRのしくみなども充実させつつ、ジョブ型正社員もそこそこに普及させて、まあ裁判やるのは10年後くらいというくらいの時間軸でお願いしたいと思います。

ということで全体を通じての感想は一部画期的ではあるもののいかにも拙速すぎるというところでしょうか。これはさすがに閣議決定まではしないらしく、まあ総理の入った会議の決定なのでそれに準じるような重みはあるでしょうし、本文中にも「労働界、産業界等はこれを尊重し」と書いてもいますが、逆に言えばわざわざこう書くということはやはりすべて尊重するのはマズイのではないかという話でもあるのでしょうし、関係法案等が早期に国会に提出されるという形が整えば中身は別途でもいいという話でもありましょう。現実的で漸進的な取り組みを望みたいところです。

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