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2016-12-06

[]『Works Review vol.11』

リクルートワークス研究所様から、同所の研究紀要『Works Review vol.11』をお送りいただきました。毎年ありがとうございます。

http://www.works-i.com/research/works-review/r011.html

ワークス研究所の研究員による論文集で、毎年楽しみに勉強させていただいています。今回もまだナナメにパラパラ見ただけですが面白そうで、就職や転職まわりの話題が多いのは当然としても、大学新入生の学力不足問題をとらえた豊田論文、高校のランクによる大学生活への適応を調べた辰巳論文など、ワークス研究所ならではという感があります。中村論文で理論的に考察された円環状の採用業務モデル(ホイールモデル)を続く田中論文が日産自動車の事例に応用しているのもなるほどという感じです。冒頭の萩原・太田論文は、大学卒業後の就職までの過程の違い(ダイレクト、無業期間あり、留年、院進)によるその後の就職・収入の相違を検証したもので、結果も実感にあうものですが、就職氷河期から相当の期間を経ることで、従来は少数だった「大卒後無業期間あり」のサンプルが増えてこうした検証ができるようになったのだなあというちょっと斜めな感想ももちました。ちなみに以前ご紹介した「Works Index」(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160524#p1)に関する論文も所収です。

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2016-11-28

[]井上智洋『人工知能と経済の未来』/日本財団子どもの貧困対策チーム『子どもの貧困が日本を滅ぼす』

文藝春秋の高木知未さんから文春文庫の2冊、井上智洋『人工知能と経済の未来−2030年雇用大崩壊』と、日本財団子どもの貧困対策チーム『徹底調査子どもの貧困が日本を滅ぼす−社会的損失40兆円の衝撃』をお送りいただきました。ありがとうございます

井上著は、このところ注目を集めている人工知能と職業・雇用をめぐるもので、AIの解説と今後の技術見通し、その雇用や社会に与える影響、AI技術を受容した場合としなかった場合のシナリオなどが論じられています。著者の見立ては、汎用AI技術が発展すればそれを受容した社会では9割の人の仕事はなくなるが、生産性が急上昇するのでベーシック・インカムのような社会保障制度を充実すれば働かなくても生きられる社会になるというものです。

日本財団…著の実質的な著者は花岡隼人さんと小林庸平さんです。これまた近年問題視されているわが国の子供の貧困について実情をデータで解説し、その社会的損失の資産を提示しています。さらに個別具体の事例を紹介したうえで、必要とされる対策や日本財団などの取り組みについて述べられています。

井上著には編集者への謝辞がないので断言はできないのですが、おそらく2冊とも高木さんの編集になるものと思われます。どちらも新たな重要テーマに正面から向き合った時宜を得た出版と思います。いっぽうで2冊を並べてみると、子どもの貧困対策は足下ではもちろん重大な問題で喫緊の課題ではありますが、汎用AIが活用されるようになれば子どもの貧困対策も不要になる、というか貧困自体がなくなるという話でもあり、なんとなく不思議な感じがしなくもありません。まああくまでも「感じ」であってうまく説明できないのですが…。

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2016-11-17

[]海老原嗣生『お祈りメール来た、日本死ね』

雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんから、最新著『お祈りメール来た、日本死ね−「日本型新卒一括採用」を考える』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

新卒一括採用については毀誉褒貶が激しく議論もかまびすしいわけですが、往々にして表面的な理解・提案になりがちなように思われます。この本は新卒者の就職について、歴史的経緯からはじまり、人事管理、労働市場、ひいては社会システム、国民意識との関係から新卒一括採用の必然性を論じ、あまり知られていないであろうアメリカやフランスの実情を紹介し、世間でありがちな進歩的な(しかし表面的な)提言を論破します。欧米型に全面変更せよとの主張には一定の評価をするものの、しかし「心がついてこない」と指摘し、現状のシステムの中で有効な手立てをいくつか提案しています。

[]匠英一『ビジネス心理学』

経団連事業サービスの讃井暢子さんから、経団連出版の最新刊、匠英一『ビジネス心理学−42の具体例で学ぶ顧客の心のつかみ方、組織変革の促し方−』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

書名には心理学とありますがアカデミックな本ではなく、ビジネス心理学の簡単な概観とマーケティングやマネジメントへの応用事例を紹介してその普及宣伝をはかろうという実用書に近い感じの本です。ビジネスへの活用にとどまらず、消費者や組織メンバーとして賢明に行動する上でも参考になりそうです。

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2016-11-03

[]川喜多喬『産業社会学論集III〜会社員の境遇と心情編〜』

川喜多喬先生から、最近著『産業社会学論集III〜会社員の境遇と心情編〜』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

副題にあるとおり、会社員の境遇と心情にまつわる調査結果を集めた論集です。いずれも1990年代なかば、バブル崩壊後の不況期に実施された調査結果にもとづく論考であり、リストラ、成果主義といった施策にともなって変化した会社員の境遇と、その心境とがさまざまに描き出されています。とりわけ多く紹介されている自由記入欄への記載には意気軒昂なものもある一方で切実なものも多く、当時の人事施策をあらためて振り返ってみるうえでもきわめて有益なものと思います。

[]樋口美雄先生

紫綬褒章を受章されました。おめでとうございます。

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2016-11-02

[]日本労働研究雑誌11月号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌11月号(通巻676号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/11/index.html

今回の特集は「兼業・副業」という時宜を得たものでどれも面白いのですが、それ以上に面白いのが「労働政策の展望」コーナーに寄せられた稲上毅先生の「同一労働同一賃金論に寄せて」という論文です。わが国では正社員についてはすでに内部労働市場において労使協議・職能資格制度のもと「歴とした同一価値労働同一賃金の制度が成立」しており、非正社員については市場価格で賃金が決まっているという実態を前提に、企業内で正規−非正規間の同一労働同一賃金を実行しようとすると非正規の賃金もレンジレート化せざるを得なくなり、労働市場での価格と乖離が生じるという深刻な不具合が発生すること、それを回避するための「安易で狡猾な方法」として正規と非正規の仕事の截然とした棲み分けが起こると指摘し、「同一労働同一賃金というアプローチは−現実にたいする一種の自己覚醒効果は大きいようにみえるが−打出の小槌でないばかりか、あまり有効な方法でないようにみえる」と指摘されます。その上で、短時間勤務・短期勤続の非正規と、長期勤続で能力向上・昇給・賞与のある準社員的な非正規の2種の非正規を有し、狭き門ながらも前者→後者→正社員と転換していく百貨店の例をあげられ、「キャリアと処遇システムが内部化している」準社員的な非正規のボリュームを大きくしていくことを課題としてあげられています。そして「大切なのは、非正社員にかんする正社員との均等あるいは均衡処遇システムの確立であるように思われる」と結論づけられています。「均等あるいは均衡処遇システム」の詳細が不明ではありますが、前提部分の認識や同一労働同一賃金の効果については過去このブログで書いてきた内容をサポートいただけるものであり、非常に心強く感じます。

ちなみに今号では例年のディアローグ「労働判例この1年の争点」も掲載されており、3年連続(だと思う)で鎌田耕一先生と野川忍先生が登場しておられます。例の長澤運輸事件も「ホットイシュー」として取り上げられていますが、両先生とも判決の理論的問題点を詳細に検討された上で、さらに加えて「高齢法に基づいて頑張っている企業に対して、インパクトが大きい」「そうです」と、適用面での問題も指摘されています。これまた、過去このブログで表明した懸念を支持していただけるものであり、やはり心強く思いました。

兼業の各論文にも興味深い内容が多いので、追い追い紹介できればと思っております。

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2016-11-01

[]荒木尚志『労働法第3版』

荒木尚志先生から、『労働法』第3版をご恵投いただきました。ありがとうございます。

労働法 第3版

労働法 第3版

定評あるテキストの最新版で、第2版以降の法改正に対応していることはもちろん、新判例や未成立の改正法案などについても加筆されています。特に今後の労働法の展望を論じた終章(第27章)は、第2版から構成が大幅に見直され、ブラック企業や労働法教育などにも言及されています。ちなみに先日のエントリで取り上げた事業場間の労働時間の通算については、師匠の菅野先生同様、同一事業主に限ると解釈すべきとの記述があります(これは第2版でも同様でした)。

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2016-10-28

[]「働き方改革で副業拡大?」フォロー

職場の回覧で週刊東洋経済が回ってきたところ副業が大々的に特集されている件(笑)。ということで前回のエントリのフォローです。先日は「働き方改革で副業拡大」について法制度面からいろいろ難しい問題があるんだけど解って言ってるのかねという観点からあれこれ書いたところ、読者の方から「長時間労働の是正と副業の拡大ってなんか矛盾しませんか?」というおたずねを頂戴しました。

なるほど、前回ご紹介したロート製薬の例をみても明確に「条件は、本業に支障をきたさないもの。(就業時間外・休日のみ可能)」となっていたわけですから、副業をやるためにこれまでやってきた残業や休日出勤をやりませんという話はあり得るとしても、しかし働く時間はかなり増えるだろうと思われます(ちなみに週刊東洋経済で紹介されている例をみても平日は企業で普通に働いて休日に副業していますという感じのものが多く、働く時間は相当長い印象を受けます)。一企業での長時間労働はいけないけれど副業なら長時間労働していいというのはたしかに一貫していないように見えます。

おそらく、ロート製薬さんがそうかは別問題として、少なくとも「働き方改革」においては「本業に支障のない範囲」という建前とは別に「本業に支障が出たら出たでかまいません」という本音があるのではないかというのが私の推測です。

前回ご紹介した朝日新聞の記事にも「「働き方改革」を掲げ、柔軟な働き方への移行を目指す政府内には、一つの企業に定年まで勤める終身雇用を背景に「大企業が優秀な人材を抱え込みすぎだ」との見方が強い」という記述があります。これはそのとおりで、長期雇用の今日における最大の問題点のひとつは人材育成の効率が良すぎて必要以上に人材を育成してしまうという点であり、結果として高い能力を持ちながらそれを発揮する機会のない人というのが相当数いること(そしてその活性化に各社苦心していること)は事実でしょう。これは中高年が中心でしょうが、決して中高年だけの問題ではありません。かなり若い世代でも、企業組織が拡大しない中で、成長につながるような仕事を得る機会は限られるようになってきているように思われます。

とはいえ、わが国では転職にともなって賃金が下がることが多いわけで、とりわけ中高年には転職や起業のリスクはとりにくいものと思われます。そこで、リスクを極力抑制しつつ社外での能力活用をはかる方法として副業・兼業が使えるのではないか…という発想ではなかろうかと思うわけです。冒頭ご紹介した東洋経済の特集には正社員から週3日の契約社員に変わって、残る4日で副業していますという人が紹介されていますが(この人自身は中高年という年齢ではなさそうですが)、いま十分活用しきれていない人材がそういう方向に向かってくれるのは企業にとっても悪い話ではないし、社会にとっては活用されていなかった能力が活用されるわけですからメリットがあります。東洋経済によれば「労働力不足の解消策として…実現可能性が高いのは高齢者の就労促進、そしてより高い生産性を働き盛り世代に発揮してもらうことだ。政府が勤労世代の副業に関する議論を始めたのにも、社会全体の労働力を維持したいという観点がある」とのことだそうです。理想的には、そうした人たちが(基本的に企業内で育成されたそれなりに優秀な人たちですから)新興企業やベンチャー起業で活躍して経済を活性化する、というシナリオになるのでしょうが、もちろん、より若い世代でも、副業すれば成長につながる仕事ができる機会は増えるでしょう。ただまあこれは結局のところはたくさん働けば成長や活躍の機会が増えるというある意味当たり前の発想にとどまっているともいえるわけで、依然として長時間労働抑制との相性はよろしくないように思われますが…。

さて、そううまくいくでしょうか。副業奨励というからには副業してるから賃金を下げますとも言えないでしょうから、労働者の側から(東洋経済の事例のように)副業のために週4日とか1日6時間にしてくださいと言ってくるのを待つしかないでしょう。まあ、そういう場合には育児短時間勤務のように時間割で賃金を減額することは認める(副業短時間勤務制度とでも言うのか?)、そういう制度を導入することを奨励するといった政策は考えられるかもしれません。業務に支障のない限りは副業のみを理由とする不利益取扱いの禁止とかもあり得るのかな。まあ、いろいろ議論はされてもいいように思います。だからこんなん数か月でどうこうできるような話じゃないと何度言ったら(ry

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2016-10-24

[]働き方改革で副業拡大?

昨日の朝日新聞が1面で大々的に報じておりましたが…。

 政府は、会社員が副業・兼業をしやすくするための指針づくりに乗り出す。会社勤めを続けながら、勤め先に縛られない自由な発想で新しい事業を起こしたい人を支援し、経済の活性化につなげるのが狙い。24日に開く「働き方改革実現会議」の会合で、副業・兼業の環境整備を進める方針を打ち出す予定だ。

 日本では社員の副業・兼業を就業規則で禁止・制限する企業が圧倒的に多い。「働き方改革」を掲げ、柔軟な働き方への移行を目指す政府内には、一つの企業に定年まで勤める終身雇用を背景に「大企業が優秀な人材を抱え込みすぎだ」との見方が強い。就業規則を見直すときに必要な仕組みなどを盛り込んだガイドライン(指針)を策定し、企業の意識改革を促す。

 副業・兼業を容認するよう法律で企業に義務づけるのは難しいため、容認に伴って起きる問題への対応策などをまとめた手引をつくることで、労務管理の見直しを支援することにした。

 ロート製薬が今年から、国内の正社員を対象に他の会社やNPOなどで働くことを認める「社外チャレンジワーク制度」を始めるなど、副業・兼業を積極的に認める大手企業も出てきた。ロートでは、正社員約1500人のうち100人程度から兼業の申し出があったという。こうした先行事例を参考に、副業・兼業のメリットを指針で示すことも検討する。

 欧米の企業では、兼業を認められた社員が起こした新規事業が大きく成長するケースが目立つ。起業に失敗しても、兼業なら職を失うこともない。これに対し、中小企業庁が2014年度に国内の約4500社を対象に実施した委託調査によると、副業・兼業を認めている企業は3.8%にとどまった。本業がおろそかになることや、過労で健康を損なうことへの懸念が大きいうえに、会社への強い帰属意識を求める企業文化も背景にある。

 副業・兼業の容認が長時間労働を助長しかねないとの懸念もあることから、複数の企業で兼業する社員の働き過ぎを防ぐ時間管理のルールも示す方針だ。

平成28年10月23日付朝日新聞朝刊から)

多くの企業が就業規則で兼業を禁止・制限していることは事実だろうと思います。厚生労働省のモデル就業規則にも「遵守事項」として「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。」とあります(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/dl/model.pdf)が、事前に企業の許可が必要、としている例が多いのではないかと思います。記事中にあるロート製薬の事例(「社外チャレンジワーク」というらしい)も会社が「容認・支援します」ということなので(http://www.rohto.co.jp/news/release/2016/0614_01/)、積極的に推奨するという点では珍しいかもしれませんが就業規則的には会社の許可を要するという一般的なものではないかと思われます。

さて、記事では企業が兼業を制限する理由として「本業がおろそかになることや、過労で健康を損なうことへの懸念が大きいうえに、会社への強い帰属意識を求める企業文化も背景にある」と書いていて、まあ帰属意識云々はまったくないとはいわないが主な理由ではなかろうと思います。前2者についてはそのとおりであり、とりわけ安全配慮、たとえば睡眠不足で疲労した状態で就労したことが労働災害につながることを避けるというのは兼業を制限する大きな理由でしょう。

それに加えて、実務面での理由としては労基法38条の労働時間通算規定の問題が大きいというのは大方の人事担当者の賛同を得られるものと思います。労基法38条は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、さらに通達で「『事業場を異にする場合』とは事業主を異にする場合も含む」(昭23.5.14基発769号)、「法定時間外に使用した事業主は法第37条に基き、割増賃金を支払わなければならない」(昭23.10.14基収2117号)とされています。この場合、そうは言ってもどちらが「法定時間外に使用した事業主」に当たるのか、どちらが三六協定を締結し賃金の割増分を負担するのかが問題になりますが、これについては「通常は、当該労働者と時間的に後で労働契約を締結した事業主と解すべきであろう。けだし、後で契約を締結した事業主は、契約の締結に当たって、その労働者が他の事業場で労働していることを確認して契約を締結すべきであるからである。ただし、甲事業場で四時間、乙事業場で四時間働いている者の場合、甲事業場の使用者が、労働者がこの後乙事業場で四時間働くことを知りながら労働時間を延長するときは、甲事業場の使用者が時間外労働の手続を要するものと考えられる」との行政解釈が示されています(労働省労働基準局編(2000)『改訂新版労働基準法上』労務行政、pp.489-491)。

まあ理屈はわからないでもありませんが、しかし「事業主は、契約の締結に当たって、その労働者が他の事業場で労働していることを確認して契約を締結すべき」と言われても本人の自己申告によるしかないわけであり、したがって少なくとも会社への届出は求めるという定めは置かざるを得ないでしょう。さらに、行政解釈のとおり割増賃金を計算・負担するには、甲企業と乙企業とが本人の労働時間について連絡を取り合い、時間外労働にあたる労働を確定してその負担を決めるというかなり煩雑な調整が必要になります。加えて、甲企業での就労中に緊急の事由で一時的に乙企業の仕事をした場合(勤務医とかではすでにあるらしい)や、兼業先の1社または2社がフレックスタイム制や変形労働時間制を適用していた場合や、3社以上で兼業していた場合などなどを想定すると頭を抱えるよりないわけで、これが刑事罰になっているわけですからまあ制限したくなるのが普通の神経だろうと思います。

ということで、記事が「兼業を認められた社員が起こした新規事業が大きく成長するケースが目立つ。起業に失敗しても、兼業なら職を失うこともない」と書き、厚生労働省のモデル就業規則が「他の会社等の業務」となっているのも、雇われて働くのはどうかという話でもあるのでしょう。実際、兼業容認・奨励で知られる他の事例(サイボウズとかエンファクトリーとか)でも、具体的な事例は自営(起業)がほとんどのように思われますし、田畑を有する従業員が就労の傍ら営農することは古くから広く容認されてきました。ロート製薬にしても「本業は大切にしながらも、自身の時間を使って(兼業という形で)社会に貢献したいという方のための制度です」となっているので、どことなく自営が想定されているように見えなくもありません。というか、ロート製薬は明確に「条件は、本業に支障をきたさないもの。(就業時間外・休日のみ可能)」としていますので、兼業先の雇用主は基本的に(ロート製薬の所定労働時間が1日8時間であれば)ロート製薬の就業日についてはすべての労働時間に割増賃金の支払を要することになるわけで、それでも雇う企業がどれほどあるかという気がしなくもありませんし、そもそも兼業を制限している企業がロート製薬の社員を雇用するのかという問題もありますし…。

逆に、労基法38条は「労働時間に関する規定の適用については通算」としているのみで休日については定めていないので、休日に兼業しても企業には4週4日の問題は発生しない(もちろん1週40時間の上限を超えれば時間外の問題は発生しますが)ことになります。多くの企業が非正規社員については必ずしも兼業を制限していないのは(割増賃金は基本的に兼業先の問題となるわけで)休日にも別途就労したいというニーズに応じたものだろうと思われます。

いずれにしても記事がいう「副業・兼業の容認が長時間労働を助長しかねないとの懸念もある」というのはもっともであり、「複数の企業で兼業する社員の働き過ぎを防ぐ時間管理のルールも示す方針」とのことですが、であればこの労働時間の通算規定をどうするのかという問題もぜひとも解決してほしいものです(いや「複数の企業で兼業する」というのは普通はいずれも雇われて働くという意味でしょうから)。

というか、正直これは以前からある、既視感の強い議論であり、たとえばもう10年以上前の2004年に開催された厚生労働省の「仕事と生活の調和に関する検討会議」でも「複数就業」が検討課題となり、同年6月23日に発表された報告書にもすでに「労働時間管理の在り方については、本業・副業ともに雇用労働である場合においては労働時間が通算されて労働基準法の規制が課されるのに対し、本業又は副業のいずれかが請負等の自営業である場合には労働時間が通算されないが、この場合の労働時間管理の責任をどう考えるのかといった問題がある」との記載があります(ちなみに労災保険の給付基礎日額の算定についても問題提起がされているのですがこれもほったらかしだな)。これも働き過ぎ防止の観点から問題提起されているわけですが、その当時でも労働時間通算規定の問題点も指摘されていたはずです。

そして、やはりその当時すでに「週40時間制移行後の解釈としては、この規定は、同一使用者の二以上の事業場で労働する場合であって、労基法は事業場ごとに同法を適用しているために通算規定を設けたのである、と解釈すべき」との有力説が存在していたくらいで(菅野和夫(2003)『労働法第六版』弘文堂、pp.254-255、なお最新の第11版にも同じ記載があります)、今回兼業を政策的に奨励するのであれば、この際使用者が異なる場合の労働時間は通算しないという形ですっきりさせた方がいいのではないでしょうか。その上で、労働者が兼業(雇用であれ自営であれ)する場合にはその事実を使用者に報告することを義務付け、労働者・使用者双方の協力のもとに働き過ぎ防止がはかられるような仕組みを考える必要があるのでしょう。とはいえ企業に過度に責任や制約や配慮を求めるものだと「じゃあやっぱり禁止・制限」ということになりかねません。特に自営の場合には労働者にも相応の責任があると考えてしかるべきと思われます。まああれかな、兼業を容認・支援する企業に対しては実績に応じて助成金とか減税とか、そういう施策は考えられるような気はしますが…。

いずれにしても具体的な方法論はなかなか難問で、「就業規則を見直すときに必要な仕組みなどを盛り込んだガイドライン(指針)」「容認に伴って起きる問題への対応策などをまとめた手引」と記事は簡単に書きますが、それがどういうものになるのか、ちょっと想像つかないものがあります。「「働き方改革実現会議」の会合で…打ち出す」とのことですが、推進事務局にはなにか成案があるのか、厚生労働省に相談しているのか、どうにも心配ですが…。

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2016-10-20

[]大内伸哉先生の受難

今朝の日経新聞が1ページ使って働き方改革の大々的特集を掲載しております。コンテンツは企業経営者3人と研究者1人のインタビューと記者による簡単な解題で、研究者枠では神戸大の大内伸哉先生が登場しておられます。ここでも先生のいつも持論を展開されている…のかと思いきや、かなり踏み込んだ記事になっているのでご紹介したいと思います。

まず引用しましょう。

■成長分野へ人材を移す 神戸大学教授 大内伸哉

 仕事の生産性を高めるためには、人工知能(AI)など今後の技術革新を見据えた労働政策が欠かせない。

 これまで日本企業はある業務がなくなっても社内の配置転換で対応してきたが、ICT(情報通信技術)はかつてないスピードで進歩し、潜在的な余剰人員が増えていく。企業が雇用を保障したいと思っていたとしても放っておけば会社そのものが倒産してしまうかもしれない。そこで必要なのが解雇規制の緩和だ。

 日本はどういうときに解雇できるのか基準がはっきりしていない。企業が必要だと思った解雇でも裁判所で不当と見なされれば無効になる。企業が余剰人員をずっと抱えることにならないように、解雇をお金で解決できる制度が必要だ。今は労働者が裁判で勝っても、なかなかもとの会社に戻れないのが現実だ。だったら金銭補償を明確にするメリットはある。人材を衰退分野から成長分野へと移していくという意味もある。

 ここで重要なのが労働者が新しい会社に移るための職業訓練だ。…時代の先を見据えたものが要る。…

 長時間労働は規制強化した方がいい。…併せて労働時間と賃金を分離するホワイトカラー・エグゼンプション(「脱時間給」制度)の導入も必要だ…

 労働者が目の前の生活を守りたいのはわかる。でもいま変えなければ、もっと厳しい未来が待っているかもしれない。それを実行するのは政治の力だ。安倍晋三首相は国民に聞こえの良いことだけでなく、20年先を見据えた働き方改革を進めてほしい。

平成28年10月21日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

いや正直なところ本当にこのとおり発言されたのかという疑念を持たざるを得ません。多分に記事化した記者の問題があるのではないかというのが率直な印象です。

たしかに解雇規制の一定の緩和は大内先生のご持論であり、『解雇改革』という著書も出されているわけですが、その具体的な内容は政府の定めるガイドラインのもとでの労使による事前のルール化、不当解雇の金銭解決の導入、小規模事業所における解雇の規制緩和というものです。これは先生ご自身が内閣府のヒヤリングに応えられた資料があります(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/hearing_y/ouchi.pdf)。このブログでも過去簡単にまとめてコメントしたものがありますのでご参照ください(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130411#p1)。

もちろんこれはすでに2-3年前の話であり、その後もインタビューで触れられているようなAI技術の進展といったものもあったので先生の見解も変わったということはあるかもしれません(が、ざっと探した範囲ではこれ以上のものは見当たりませんでしたが…)。実際、先生はAIなどICT技術によって既存雇用が大量に置き換えられる可能性に大きな問題意識をお持ちのようです。その規模が大きくなると社内の配置転換だけでは対応できないだろう、ということですね。これは非常によくわかる問題提起です。

ただ、そこでこの記事は続けて

…そこで必要なのが解雇規制の緩和だ。

 日本はどういうときに解雇できるのか基準がはっきりしていない。企業が必要だと思った解雇でも裁判所で不当と見なされれば無効になる。企業が余剰人員をずっと抱えることにならないように、解雇をお金で解決できる制度が必要だ。…

と書いているわけですね。こう書かれると、大内先生が「配置転換で吸収できない余剰人員の解雇をお金で解決できる制度が必要だ」と言ったように読めますが、しかし本当にそう言われたのか。

私はきわめて疑わしいと思います。まず、「企業が余剰人員をずっと抱えることにならないように、解雇」することは、一定の条件を満たし手順を踏めばなにも「お金で解決」するまでもなく可能です。もちろん現実には割増退職金を積んで希望退職を募るなど「お金で解決」するわけですが、法律上はそれこそ「余剰人員をずっと抱えること」ができない事情があり、配置転換など解雇回避措置をとり、合理的な人選基準のもとに労働組合との協議など十分な手続を踏めば、「お金で解決」するまでもなく解雇しうるわけです。これはいうまでもなく人事部の初任研修で学ぶくらいの初歩であり(まあそのくらい解雇はたいへんだという文脈になることもあるわけだが)、一流の労働法学者が「企業が余剰人員をずっと抱えることにならないように、解雇をお金で解決できる制度が必要」などという雑な発言をするとはとても思えません。

大内先生が一貫して主張しておられるのは、このような「AIによる雇用代替が大規模で配置転換だけでは対応できない」という状況にも対処できるよう、労働者保護に欠けたものとならないよう政府がガイドラインを設定した上で、企業にたとえば「自動化などの技術革新によって当該職種が機械化され、雇用の維持が困難となった場合には、労働組合と協議(割増退職金に関する事項、解雇者人選の基準に関する事項を含む。)のうえ解雇する。」と言ったことを就業規則で事前に定めることを義務付け、それが現実になった場合にはその定めのとおりに解雇するが、当然ながら裁判所のチェックが入る、ということでしょう。それこそが大内説の核心部分であるにもかかわらず、それを「解雇の規制緩和が必要だ」で片付けてしまって金銭解決の話につなげるというのは、どうにもミスリーディングが過ぎるように思われます。

さらに金銭解決についても「企業が必要だと思った解雇でも裁判所で不当と見なされれば無効になる。企業が余剰人員をずっと抱えることにならないように、解雇をお金で解決できる制度が必要だ」という書きぶりで、普通に読めば「お金で解決」=「お金を払えば解雇有効」という意味に読めてしまうと思うのですが、実際には大内先生は内閣府のヒヤリング資料では「いわゆる事前型(補償金を支払うと解雇できるという方式)は不可」と明記されており、まあそこは意見が変わったのかもしれませんが、しかし私としては記者の理解不足のほうに賭けますね。

「人材を衰退分野から成長分野へと移していくという意味もある」は、あるいは言われたのかもしれませんが。「意味もある」ということですから、「人材が衰退分野から成長分野に移ることになりますね」と聞かれて「そうですね」とか答えたのでしょう、とこれは私の完全な邪推ですが(笑)、だとしたらこれを見出しに使うのはどうかと思うな。

後半の省略だらけにしたところは前半ほどの違和感はありませんので、おそらくは記者の方に理解不足と思い込みとがあって、日経の論調に近いものとして記事構成してしまったという推測でいいのではないかと思います。意図的にやったのであれば悪質ですがアタマいいなとも思いますが、たぶんそうではなさそうな。いずれにしても大内先生にはご災難であって同情を禁じえません。

ということで、たぶんこれ掲載前に本人の確認とか取ってないよねえと思うので他の方々の記事にあれこれ言うのもやや気がさすのですが、お一方だけ簡単に感想を書きますと、SOMPOホールディングス社長の桜田謙悟氏がこう発言しておられるのですが、

…SOMPOホールディングスでは(役職ごとの仕事や役割を明確にする)ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)の導入を検討している。これにより、処遇について透明性が高まり、評価基準も明確になる。残業を前提にした働き方ではなくなり、仕事の成果を重視するようになる。…

 こうした変化は、いずれ労働市場の流動性の向上にもつながる。新卒一辺倒ではなくなる。…労働市場の流動性が高まれば、リストラという形ではなく自分の意思で会社を移っていく環境も生まれるだろう。

まあキャリア、特に内部昇進をどうするのかをどうお考えなのかなあとは思いました。もちろん人事部では検討されているのでしょう。一般論としては、欧米ではむしろ一般的な「転職しないかぎりずっと同じ職務記述書の仕事をする」という働き方であればたしかに「透明性が高まり、評価基準も明確になる。残業を前提にした働き方ではなくなり、仕事の成果を重視する」ことになるでしょうし、逆にローテーションや内部昇進で随時職務記述書が変わり、社内でキャリア形成するということになると、その程度が強くなるほどに透明性は失われ、評価基準も必ずしも明確ではなく、残業も…ということになっていくわけですが。

海上周也海上周也 2016/10/25 07:04 大内氏のblog「アモーレと労働法」によれば、日経記者の取材で話した内容を「よくまとめていただきました」ようです…。時代の要請に合わせて持論が変わってきたのか?、細部への目配りが疎かになってきたのか?というところではないでしょうか。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/10/25 09:04 海上周也さん、コメントありがとうございました。情報提供感謝です。
「よくまとめていただきました」というのは、「わずかな時間で」という意味で受け取りたいですね。「分量が少ないので十分に言いたいことが伝わっているわけではありません」「原稿の事前チェックの機会はなかった」というのは、ああやっぱりね、という感じです。
それにしても大内先生はまた続けて本を出されるようですね。雑誌の連載とかもありますし、どうしてそんなに書けるのか驚きです。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/10/25 09:06 ブログ記事によれば大内先生はWedgeにも寄稿されているそうなので読んでみたいと思います。

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2016-10-19

[]電通第二事件

読者の方から電通過労自殺事件についてお問い合わせをいただいたので少し書こうと思います。もっとも私はこの事件そのものについてはほとんど情報を持ち合わせておらず、具体的なことは言えませんので、常見陽平さんがブログでこの事件を取り上げて日本の人事管理についてコメントした記事を材料に使わせていただきたいと思います。まず主要部分を引用します。

 私は今回の事件は、電通や大手広告代理店の「特殊性」に答を求めてはいけないと考えている。これは、大手、中堅・中小を問わず、日本企業が抱える「特殊性」である。誰もが成果や出世の競争をさせられ、職務の範囲も明確ではない。労使関係の利害関係を調整する機能が十分ではない。これが日本の問題である。この手の問題は精神論で語られがちだ。なぜ、このような精神になってしまうのかを問わなくてはならない。人間の精神活動は経済、社会の基盤と密接に結びついているからである。

 国をあげての「働き方改革」が話題となる今日このごろであり、長時間労働の是正、格差の是正などが問題として取り上げられている。しかし、これらは所詮「働かせ方改革」であることを我々は自覚しなくてはならない。仕事の絶対量や任せ方にメスを入れない改革はナンセンスだ。「いかに働かないか」という視点を、今こそ持つべきではないか。「1億総活躍」というあたかも霞が関ポエムのようなコンセプトを超えて(郊外のマンションに”天地創造”というコピーがつくのと何ら変わりはない)、「1億総安心労働社会」をつくるべく、議論を深めるべきだ。

「現代日本の過労自殺論 電通悪者論ですませず「1億総安心労働社会」を目指せ」

http://www.yo-hey.com/archives/55553079.html

電通の話はのちほどにして、まずは総論として常見さんが指摘する「電通や大手広告代理店の「特殊性」に答を求めてはいけない」について考えてみたいと思います。

まず「誰もが成果や出世の競争をさせられ、職務の範囲も明確ではない。労使関係の利害関係を調整する機能が十分ではない。これが日本の問題である」というのは概ねそのとおりと思いますし、少なくとも前2者については「日本企業が抱える「特殊性」である」ことにも同感です。諸外国では「成果や出世の競争」に参加できるのは出自や学歴で選抜された一部の人に限られていて、そうしたエリートの多くはワーカホリックで長時間労働している一方、大多数の人は競争に参加できず、したがって出世することもなく、きわめて明確な「職務の範囲」でほどほどの時間働くというのが一般的でしょう。

こうした「日本企業の「特殊性」」は、敗戦による社会階級の消滅と、その後の奇跡の復興・高度成長(下における人手不足、特に管理職・熟練工不足)というまさに特殊な環境、「誰しも頑張れば(それなりに)報われる」というきわめて恵まれた状態を前提に成り立っていたのであり、安定成長を経て低成長に至った現在では非正規雇用問題に代表される弊害も目立ってきており、持続性が疑わしくなっているというのはこのブログでも過去たびたび書いてきました。

長時間労働についても、高度成長期の供給不足・人手不足下では、「長時間労働して供給を増やすのが「頑張り」」だという意識があったことは否定できず、現在でも「長時間労働を自慢する風土」とか言い出す人がいるわけですが、さすがに低成長・需要不足の中ではもはやそういう考え方は通用していないでしょう。こんにち、組織の枢要なポストを占めている人たちの中には、高度成長が終焉して頑張っても報われることがだんだん少なくなる中で、激しさを増す「成果と出世の競争」を勝ち抜いてきた人たちが一定割合を占めているはずで、そうした人が自身の長時間労働について言及するのは長時間働いたことそれ自体ではなく、長時間働いて大きな成果を上げたこととか、長時間働かざるを得ないほど稀少で貴重な能力を持つ人材(本当にそうかは別問題として)であることを自慢しているのだろう、ということも過去書いたと思います。

したがって、こんにちの過労自殺につながりかねないような長時間労働に、常見さんの言う「精神」「精神活動」があるとすれば、表層的には「自分は成果と出世の競争に参加するエリート」という意識であり、それと裏腹の「成果と出世(だけ)が人生の成功」という価値観であり、さらにその深層には「頑張れば報われる」の陰画である「報われなかったのは頑張らなかったから」という自己責任意識があるのでしょう。

そこで「働き方改革」「働かせ方改革」ひいては「いかに働かないか」という話になるわけですが、人事管理の立場からすれば「いかに働かせるか」より「いかに働かせないか」のほうが難しい、というのは大方の人事担当者に賛同してもらえるのではないかと思います。基本的に働くインセンティブがあれば働いてしまうわけであり、働かせないためにはそのインセンティブを取り上げることが必要になります(だから残業代ドロボー対策としてホワイトカラー・エグゼンプションとかいう困った発想が出てきてしまうわけですね)。したがって「成果と出世の競争」がインセンティブになっているのであれば、一定の「職務の範囲」を上回って頑張って働いても出世(なりなんなり)のインセンティブがない、ということにすればいいわけで、それが欧州の非エリートの労働時間が短い理由でもありましょう(というか、すでに事実上出世のインセンティブがなくなってしまった中高年をいかに活用するかというのはわが国の多くの企業で課題になっているのではないでしょうか)。

つまり、大半の人についてはハナから「成果と出世の競争」を降りてしまうことで、「仕事の範囲」が明確化されて「仕事の絶対量」も決まり、それ以上働くことを求められず、決まった仕事をすれば決まった賃金が支給され、業績がどうであれ安定した収入が確保されるということで、まあ「1億総安心労働社会」と言えば言えるものになるだろうと思います。それならたしかに常見さんが言われる「仕事の絶対量や任せ方にメスを入れ」る改革ということになりそうです。

ただまあこれまた過去何度も書いているように、じゃあその「成果と出世の競争」に参加できるエリートをどうやって選ぶのかという話があり、さらにはどれだけの人が「安心労働」を望んでいるのか、長時間労働でもいいし報われる可能性も低くていいから競争に参加する「エリート」でいたいという人が実は多いんじゃないかとかいう心配もあるわけで(実際、保守的な男性にはそのほうが居心地がいいという人もけっこういそうな)、正直私はあまり楽観的にはなれません。こうした「働き方改革」「働かせ方改革」を断行したときに、「安心労働」の人たちを「負け組」視するような風潮も出てきそうな気もしますし。

さて、そこで最後に少し電通のことも書きたいと思いますが、常見さんに逆らうわけではありませんがさすがに今回のケースはかなり極端なので、業界、企業、さらには職場や上司の特殊性も考えるべきではないかと思います。業務量もかなり過重だったことに加えて、パワハラ的な人事管理もあったようですし。

いっぽうで電通といえば相当なエリート集団であり、やはり相当にクリエイティブな業務に従事しているはずですから(もっとも、実際どうかはわからないものの、年次的には今回亡くなられた方がそれほどクリエイティブな仕事だったとは思えませんが…)、ある程度は長時間労働になることは容認されるべきかもしれません。それにしても今回の件は常軌を逸しているわけで、「安心労働」という観点からは、中央官庁のキャリア/ノンキャリアのような人事制度を導入して、少数のエリート組は初任からアシスタントマネージャークラスの仕事につける、くらいのことを考えてもいいかもしれません。もちろん競争は激しいでしょうが、しかし少人数かつそれなりに確実な将来が見込めるということになれば、極端な長時間労働にはならないかもしれません。

なお、周知のとおり電通では1991年にも同種の事件が起きているわけで(だから標題を電通第二事件にしてみた)、その当時も労働時間管理や人事管理の見直しに取り組んでいたはずですが、まあ長時間労働にしてもいわゆるサービス残業にしても、問題になると改善はするものの、手を抜くといつのまにか元通りなんていう話になりかねません。電通のように特に優秀な人材が集まる企業では「成果と出世の競争」はさらに過酷であって長時間労働への誘因も強いでしょうし、そこでマネージャーになる人というのはそれを勝ち抜いてきた人なのでパワハラに陥りがちとも言われるわけですから、私は偉そうにお説教をするような立場でも身分でもないわけではありますが、それでも正直なところ人事部門はもっときちんとやるべきだっただろうと思いますし、労働組合にももっと頑張ってほしかったとは思います。今回も電通は風土改革に取り組むとのことですが、容易ならざる道になるでしょう。常見さんも書いておられましたが、私も労使でしっかり取り組んでほしいと余計なお世話ながら願っています。

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