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2017-01-13

[]中小飲食店の受動喫煙対策

今朝の日経新聞にこんなニュースが流れておりました。

 飲食店などの業界団体が12日、厚生労働省が検討している受動喫煙防止対策の強化案に対する緊急集会を開いた。「中小零細の飲食店は規制への対応が難しい」として、一律の規制に難色を示した格好だ。ただ、家族客が多いファストフードなどの大手チェーンはすでに全面禁煙に踏み切った企業もある。業態や企業規模で影響度合いに違いが出るため、足並みはそろいそうにない。

…個人経営の飲食店が多く加盟する全国飲食業生活衛生同業組合連合会の森川進会長は「(原則禁煙とする)厚労省案に対応するのは困難だ」と指摘。大手チェーンが加盟する日本フードサービス協会の菊地唯夫会長も「役所や医療機関などの公的機関と顧客が店を選べる飲食店に一律で同じ規制をかけるのはふさわしくない」と厚労省案に異論を唱えた。

 業界団体としては厚労省案に反対の声を上げるものの、大手チェーンには先行して禁煙に取り組む企業が多い。ファミリーレストラン大手のロイヤルホストは13年、日本マクドナルドも14年に全店を禁煙にした。日本KFCホールディングスも「ケンタッキー・フライド・チキン」の改装に合わせ、禁煙店を増やす。約300店ある直営店は数年以内の全店禁煙を目指す。従業員の受動喫煙を防止するため、喫煙室も設置しない方針だ。

 反対意見が多いのは個人経営の喫茶店やスナック。「顧客の大半が喫煙者という場合も少なくない」(森川氏)ためだ。個人経営では喫煙室を設置する改装資金を捻出できなかったり、設置場所を確保できなかったりと障害は多い。禁煙にすることで、客が離れて廃業に追い込まれるのではないかという不安も強い。…

平成29年1月13日付日本経済新聞朝刊から)

政府は2020年東京大会に向けて受動喫煙対策を強化する意向で、昨年10月には「受動喫煙防止対策の強化について(たたき台)」が公表されています(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000140971.pdf)。具体的には、(1)多数の者が利用し、かつ、他施設の利用を選択することが容易でないもの(官公庁や社会福祉施設等)は「建物内禁煙」(2)(1)のうち、特に未成年者や患者等が主に利用する施設(学校や医療機関等)は「敷地内禁煙」(3)利用者側にある程度他の施設を選択する機会があるものや、娯楽施設のように嗜好性が強いもの(飲食店等のサービス業等)は、「原則建物内禁煙」とした上で、煙が外部に流出することを防ぐための措置を講じた「喫煙室」の設置を可能とする───というものです。2019年のラグビーW杯までには施行したいとのこと。

さて当然ながら当時から生活衛生同業組合などは懸念を示していたわけで、厚生労働省も昨年2回にわたり関係団体からのヒヤリングを実施しました。

 2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた受動喫煙防止対策で、厚生労働省の規制案に対する業界団体などの意見が16日、出そろった。…

…日本医師会など医療関係を除き、規制強化に慎重な意見が目立った。特に飲食店関係の団体からは「商売が成り立たなくなる」(全国飲食業生活衛生同業組合連合会)など強い反発の声があがった。

 ただ飲食業界内にも温度差があり、全国焼肉協会は建物内の全面禁煙を主張した。コストなどの面で全店舗で喫煙室を設けることは難しく、一律規制の方が公平というのが理由だ。

 各団体が求めているのは例外規定の導入。全国商工会連合会は「一定規模以下の店舗に対しては例外措置を講じるべきだ」との意見書を出した。小規模店を規制対象から外したり、罰則付きの義務ではなく努力義務とする案などが浮上している。

 飲食業界以外にも、一律の禁煙化には反対の声が強い。旅館やホテルの客室は喫煙が認められるが、日本旅館協会は宴会場も規制対象から外したい考えだ。宴会ではたばこを吸いたいという要望が多く、「顧客の判断に任せるべき」。鉄道も「寝台列車の客室は対象外にしてほしい」(JR西日本)と主張する。

平成28年11月17日付日本経済新聞朝刊から)

ということでそれぞれに言い分もあるでしょうし一部当事者にとっては死活問題だという話でもあるでしょうが、私が思ったのは従業員の受動喫煙対策はどうしたということです(だから労働政策タグにした)。今回の話は健康増進法をもとに健康局がやっていることであり、2020年対策ということであればまあそうなるだろうなという話でもあるのですが(そして一応労働安全衛生法や職場の受動喫煙への言及もありますが)、これまで受動喫煙対策をリードしてきたもう一方の推進力、労働安全衛生法をもとにした労働衛生という観点が相当に希薄な感があることに疑問を感じたわけです。

まあ確かに「つぼ八」ではありませんが狭小で喫煙室と言われても無理ですというお店はあるでしょうし、そういう「間口五尺のぽん太の店」が軒を並べている新宿西口の街区というのもあるわけで、そういうお店では焼肉店の方々が言われるようにコスト的にも難しいので「たばこは店の外でお願いします」という話になることも多そうです。それを思い出横丁やらゴールデン街やらでやったら狭い小路が煙まみれになってそれはそれで良からぬ話でしょうし、実際にはそもそも新宿区は路上禁煙なので(まあ思い出横丁もゴールデン街も火災を出しているので防火上も必要な要請でしょうが)新宿駅前に数カ所設置された喫煙所まで吸いに行かなければならず、歩くのも手間なら喫煙所の容量の問題もあろうと思われます。これについては私もまったく同情しないというわけではなく、少なくともそういう店はつぶれてしまえばいいのだという暴論を吐くつもりはありません(ただ、これとは関係なくたたむ店というも一定のペースで出てくるのでしょうから、それを飲食店街の組織が購入・改装して飲食店街共用の喫煙所にするとかいうのはありそうなアイデアのように思えます)。

ということで、昨夜のテレビニュースを見ると(番組は失念しましたがNW9→日経+10→WBSのどこかだと思う)愛煙家のお客さんの「喫煙できない店には行かない」「吸えないとわかったら出ていくだけ」といった声が紹介され、経営者の方の「喫煙できる店です、と明示して、承知のうえで入ってくるお客さんだけなら禁煙にしなくてもよいのでは」という意見も放映されていたのですが、店と客がよければいいという話ではないだろうとは思いました(その点日経新聞は従業員の受動喫煙対策にも触れていてバランスが取れていると思う)。経営者とお客さんは「承知の上」で済ませたとしても、従業員に関してはそうは参らなかろうと私は思うのですが、どうなのでしょうか。あまり一般化して申し上げるのはよくないとは思いますが、しかしこうした職場で働く人の多くはそれほど高い技能を求められるわけではなく、使用者との関係では交渉力のごく乏しい人たちではないかと思うからです。

したがって、仮に一部の業種業態で建屋内禁煙を免除したとしても、従業員の受動喫煙対策は別途義務化すべきものと私は考えます。具体論については私には知見があまりないのですが、だいぶ以前にも書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100608#p1)適切な保護具を支給し装着させることを使用者の義務とすることなどが考えられるでしょう。当然これはコストアップになるわけですが、その一部は喫煙を楽しむ対価として価格に転嫁することで顧客が負担し、一部は利益の減少として経営者が負担することで解決することになるでしょう。

さらに言えば、「旅館やホテルの客室は喫煙が認められる」ということでそれはそれでよろしかろうと思いますが、しかし日本旅館の一室で数人の宿泊客がもくもくと喫煙しながら夕食をとっているところにお料理やお酒を運ぶ仲居さんといった人もいるわけでそうした人にはやはり別途の受動喫煙対策が必要でしょう。ホテルの宴会場を喫煙可とした場合には、結婚披露宴で保護具着用のスタッフがワインを注いで回ることになるわけですが、まあこれは慣れてしまえばなんとも思わなくなるかも知らん。

それにしても、「従業員の受動喫煙を防止するため、喫煙室も設置しない方針」という話をみると、案外一部ではすでに「禁煙にしないと従業員が集まらないという実態も出てきているのかもしれません。保護具を装着するということはそれ自体はおよそ快適なものではなく就業環境を悪化させるので、その分ますます人は集まりにくくなるだろうというのも容易に想定されるところです。これまたそのコストは店と客の負担になるわけで、喫煙のコストはいよいよ高くつくものになりそうです。まあ、喫煙者の健康リスクに較べればたいしたこともないのでしょうし、それで禁煙する人はそれ以前に禁煙しているだろうという気もするので、そちらの効果はあまりなさそうですが…。

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2017-01-05

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

[]日本労働研究雑誌1月号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌1月号(通巻678号)をお送りいだだきました。いつもありがとうございます。今年の表紙色は明るい緑ですね。

今回の特集は「フランチャイズにおける労働問題」ですが、フランチャイズといえば昨年末にこんなニュースが流れて関係者の耳目を集めたこともあり、たいへん時宜にかなった企画と申せそうです。

 大手コンビニエンスストアファミリーマート」のフランチャイズ(FC)加盟店で2013年、勤務中に事故死した男性従業員(当時62歳)の遺族が、長時間労働による過労が原因として、同社とFC店経営者に約5800万円の損害賠償を求めた訴訟が、大阪地裁で和解した。

 同社と経営者が連帯して解決金4300万円を支払う。本部企業が、直接の雇用関係がないFC店従業員の過労死に対する支払いに応じるのは極めて異例だ。…

http://www.yomiuri.co.jp/national/20161230-OYT1T50029.html

フランチャイズにおける「労働問題」の特集なので、労働条件や労働者性が関心の中心であり、また数の多さや労働条件の問題などからコンビニエンスストアがやはり注目されているようです。

ただ、コンビニにおける労働条件(店長にせよ(アルバイト)店員にせよ)については経営問題、特に価格設定の問題が大きいのではないかという印象はあり、今号でも土屋論文が経営問題を論じる中で見切り販売の問題を取り上げています。さらに進めれば、低賃金も長時間労働も価値に見合った価格で販売できていないからという面は相当にあるのではないかと思われ、それは結局価値にふさわしい高い価格で購入しようとしない消費者の問題でありましょう。

それが過当競争によるものであるとすれば、労働時間の上限規制や最低賃金の引き上げ、深夜業割増の引き上げといった方法で過剰な店舗を淘汰していくことも考えられるでしょうが、それはやはり橋本論文でも論じられているように経営者店長の保護について困難な課題があります。となると、営業時間規制とか、出店規制とかを考えることになるのでしょうか。いずれにしても消費者は過当競争から得ていた利益の縮小を余儀なくされるわけですが…。

なおこのファミリーマート加盟店の事件は「2以上の事業場における労働時間の通算」にも該当しており、この例では同一使用者の複数事業場での兼職でしたので疑問の余地なく通算されたわけですが、これが仮に異なる使用者の事業場で兼職しており、それぞれの事業場における労働時間は特段問題になるレベルでなかった場合(特に同じファミリーマートの異なるフランチャイズ店での兼職だった場合)、はたしてどのような解決・救済になるのか、なかなか難しい問題になりそうです。

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2016-12-28

仕事納め。会社に持たされている端末は全部職場に置いて帰るぞっと(笑)。ということで年末恒例のこれを。

[]今年の10冊

例によって1著者1冊、著者名50音順で掲載順に意味はありません。

稲葉振一郎『不平等との闘い』

いなば先生は次々と本を出されているなあ。書評はこちらです。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160601#p1

海老原嗣生『お祈りメール来た、日本死ね』

簡単なコメントがこちらにあります。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20161117#p1

大川慎太郎『不屈の棋士』

不屈の棋士 (講談社現代新書)

不屈の棋士 (講談社現代新書)

今年はAIと労働の関係に関心をもってあれこれつまみ食いしてみたのですが、一番おもしろかったのがこの本でした。プロフェッショナルが、機械が自分以上のパフォーマンスを出すようになったときにどう思い、何を考えるのか、将棋ソフトがトップ棋士の棋力を上回りつつある中でインタビューしたもので、各人各様の語りが非常に興味深いものがあります。

川喜多喬『産業社会学論集III』

簡単なコメントがこちらにあります。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20161103#p1

小池和男『「非正規労働」を考える』

わが国の非正規労働をめぐる歴史的経緯と過去の調査結果をもとに、非正規雇用は古くからあり、その機能は柔軟な雇用調整、安価な労働力の利用、そして能力適性を見極め正社員登用するための人材選別の3つであることを示し、現在の議論が前2者に偏って人材選別機能を看過していることに危惧を表明した本です。人材選別機能を生かしつつ、弊害を縮小することで、人材育成と正社員登用の拡大をはかることが提言されています。小池先生らしい本といえそうです。

武石恵美子『キャリア開発論』

キャリア開発論

キャリア開発論

書評はこちらです。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20161219#p1

鶴光太郎『人材覚醒経済』

人材覚醒経済

人材覚醒経済

簡単なコメントがこちらにあります。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160929#p1

M.ブース『限りなく完璧に近い人々』

デンマーク、アイスランド、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンの北欧五カ国を訪問し(デンマークには実際に居住し)、歴史と風俗を調べ、識者にインタビューすることを通じて、往々にして「世界一幸せ」といわれる北欧の生活実態の「正味のところ」を紹介した、非常に興味深くまた面白い本です。私としては、だいぶ以前から北欧やオランダを賞賛する論調に対して表明していた違和感(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20051013http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090127#p2http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090408http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090507など)に通じる内容が多くあったのも収穫でした。

鳴沢真也『へんな星たち』

巻頭の図版を見て即決で買いました。不審な挙動をする「へんな星たち」について、なぜそうなるのかというメカニズムと、その解明に尽くした天文学者たちの姿を解説・紹介した本で、非常に楽しく読みました。まあ面白く書こうとするあまりすべっている部分もあるのですが(笑)、それにしてもこういう分野につける予算は減らさないでほしいなあ。

八代尚宏『シルバー民主主義』

簡単なコメントがこちらにあります。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160525#p1


今年も読書三昧の楽しい年でした。

今年一年、ありがとうございました。よいお年をどうぞ。

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2016-12-27

[]同一労働同一賃金ガイドライン案・フォロー

書く書くと言ってまた書いてない(笑)。ということで22日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20161222#p3)の続きです。前回はガイドライン案本文を見てみましたが、それではこれを今後どのように展開し活用していくのかについては、実現会議のウェブサイトに掲載された各議員の提出資料をみるかぎりかなりの意見の相違があるように思われます。全員分があるわけではなく、口頭での発言や補足などもあったとは思いますので限界はありますが、公開されている範囲で見ていきたいと思います。

ポイントはいくつかあり、相互に関連していますが、主なものとしては今後の法制化におけるガイドラインの位置づけ、ガイドラインでは示されていない広大なグレーゾーンの扱い、派遣労働に関する考え方といったあたりになるでしょうか。

まず日本総研の高橋進先生の資料をみると、

…ガイドライン案が取り上げていない処遇(退職金など)についても、労働者が不満を感じれば、裁判所に訴えることができる仕組みとすべき

 ガイドライン案に列挙さえている「問題とならない例」「問題となる例」のみならず、具体例が示されていないケース(グレーゾーン)についても、改正法案では、裁判所に訴えることができる仕組みとすべき

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou4.pdf

となっており、主に裁判を通じてグレーゾーンを埋めることが想定されていて、それを可能とする法改正を念頭におかれているようです。

慶応の樋口美雄先生も同様のご意見のようです。

…ガイドラインに照らして問題となる待遇差が生じている場合、訴訟を提起できることが重要であり、例えば、訴訟の提起に必要な情報を労働者が入手できることが必要。

…また、退職金など、考え方が様々で一律のルールが示しにくく、ガイドライン案に明記されていない待遇の項目や、事例として明示されていないグレーゾーンも含め、訴訟の対象となる仕組みが必要。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou6.pdf

その一方で、労使の集団的プロセスを活用するという意見もあります。たとえば東大の岩村正彦先生の資料では、

 ガイドラインの確定のためには、労政審で、労使の意見を十分に聞きつつ議論をすることが肝要

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

 着実に実務に根付いて、待遇格差の不合理性を是正できるガイドラインとするためには、現実に問題に直面している労使からその経験・知見にもとづいた意見を十分に聞いて議論することが適切。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

非正規労働者の処遇の改善を達成するためは、まずは非正規・正規全体を包括した賃金・処遇体系全体を見直す労使の協議・交渉を着実に進めさせ、その結果がしっかりと実効性あるものにするための方策を講じることが肝要

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

ということで労使当事者の協議や参加が繰り返し強調されており、法改正についても、厚生労働省のた「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」の「中間報告」を引用する形で、

…適切にも、 「本検討会では、ガイドライン『案』は、第一義的には、現行法の解釈を明確化するものと位置づけてきた。しかし、現状ではガイドライン『案』の法的位置づけは不明確であることから、ガイドライン『案』は現時点では効力を発生させるものではない旨をきちんと周知すべきである」と指摘しており、これを踏まえる必要がある。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

とのべられ、即座に裁判という法制度ではなく、

…改善計画の作成を企業に義務づける法律を制定し、その計画策定・達成の見通しを踏まえて、改正法施行の時期を設定することが適切。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

といった制度をまず導入し、紛争についてはADRの活用することを提案されています(ちなみにジャーナリストの白河桃子氏もADRの活用を想定されているようです)。

誠実協議義務を尽くさない場合や、協議が整わない場合には、行政機関による調整手続よって解決を図るのが適切。

フューチャー(株)の金丸恭文社長兼会長の資料にも、

 個別企業の人事政策や給与体系は企業の経営戦略そのものである。

 同一労働同一賃金は机上の空論になりがちで、欧州の実情を見ても失業率、格差は日本より大きいことを鑑み、過剰な民間への介入は慎重に対応すべき。

 よって、今回の正規社員と非正規社員の待遇差改善についての政府の役割は、明確で解釈に差が生じない分かり易いガイドラインを示し、民間主導で待遇差改善が推進されるきっかけ作りに徹するべきである。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou10.pdf

との記載があり、やはり裁判での解決には否定的なように思われます。

連合の神津里季生会長は、まずは労使、その後裁判という二段構えです。

…よりわかりやすく、現場の実情を踏まえたものとなるよう、労働政策審議会で議論すべき。…

…処遇差の合理性の立証責任は使用者が負うものとすべき。

…法律で基本的な原則を明らかにするとともに、職場の集団的労使関係の中で、実質的な話し合いを行い、納得性のある処遇にすべき。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou7.pdf

実際には「立証責任」には言及されているものの裁判とか訴訟とか明記はされておらず、念頭には置かれているのでしょうがやや慎重な印象です。そして今回の議論をリードした社研の水町勇一郎先生も

…労使当事者の具体的な協議・調整や個別の事案に応じた裁判所の判断に委ねられるものと理解する…

と、労使の協議・調整と裁判所の判断を並立させておられます。

ということで、そもそもガイドライン案自体にも「具体例として整理されていない事例については、各社の労使で個別具体の事情に応じて議論していくことが望まれる」と明記されているとおり、まずは労使の対話と自主的な取り組みを促すような法改正となることが望ましいと思われます。

というのも、高橋氏や樋口先生がお考えのような裁判所の判断を通じたルールづくりを性急に進めようとすると、かなり大きな影響が出て労働市場や人事管理が大混乱に陥りかねないからです。これは実は前回(第4回)の実現会議で岩村先生が指摘しておられるのですが、

…法令による直接的差別禁止規制と裁判所による是正を、いきなり導入すると、企業の賃金・処遇体系を法令や裁判官が決定するということになって企業の生産性を損ないかねず、またつぎのような弊害を引き起こす恐れがある。

  • 訴訟の頻発による実務の混乱
  • 規制や裁判所の介入を回避するための職務分離
  • 正社員の賃金の引き下げと、正社員間の格差の拡大が起き、ひいては、非正規雇用の賃金水準は上昇しても、多くの正社員の賃金水準は下がり、低位の正社員+非正規雇用と高位の正社員との格差が拡大する
  • 企業の職業訓練提供意欲の低下
  • 新卒一括採用の見直し

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai4/siryou9.pdf

まずもって金丸氏も指摘するとおり「個別企業の人事政策や給与体系は企業の経営戦略そのもの」であって個別労使が決定するものであり、法や裁判所がそれに「基本給を決める要素を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに」しなさいなどど介入するのは全くもって余計なお世話でしょう。

岩村先生の言われる「弊害」については、個別にみれば必ずしも弊害ではないという考え方も可能なので上では「影響」と書いたのですが、少なくとも訴訟の頻発と職務分離は弊害と申し上げていいと思います。高橋氏が主張するように「不満を感じれば、裁判所に訴えることができる仕組み」を導入し、さらに神津会長が主張するように「立証責任は使用者」という制度にしたらどうなるか。現実をみれば自らの処遇に一切の不満がない人などめったにお目にかかれないわけで、そういう人の数%でも「不満を感じるので訴えます」ということにでもなったら、まあ判事さんたちには想像したくない地獄絵図でしょう。自分たちには手にあまるからといって当事者である労使による検討をスキップして裁判所の権威に丸投げするというのはおよそ責任ある態度とは申せません。

そして、現実に2年後なり3年後なりに「グレーゾーンも含め、訴訟の対象となる仕組み」が導入されるとなると、その間に労使が取り得る手段は限られたものにならざるを得ず、「規制や裁判所の介入を回避するための職務分離」が広汎に行われるでしょう。これは非正規社員の能力向上やキャリア形成、それらを通じた雇用の安定と処遇の改善を大きく妨げるでしょうから、弊害があると申し上げざるを得ません。これら2点の弊害を考えただけでも、短期的に裁判所に判断してもらう仕組みを入れることは無理だろうと思います。

いっぽうで「正社員の賃金の引き下げと、正社員間の格差の拡大が起き、ひいては、非正規雇用の賃金水準は上昇しても、多くの正社員の賃金水準は下がり、低位の正社員+非正規雇用と高位の正社員との格差が拡大する」というのは、現に欧州などではむしろ一般的にみられる状態であり、ひるがえってわが国の現行の無限定正社員を中心とした人事管理や労働市場がサステナブルでないとすれば(私は思うわけだが)、いずれはそれに近づいていく将来像であろうとも思います(それがこれまでと較べて明るいものなのかと問われると自信はないわけだが)。たしかに、これを短期的にやろうとすれば(まあ不可能でしょうが)、たとえば正社員を総合職と一般職に分けて厳格に職域分離し、一般職のキャリアの天井を明確に定めたうえで、非正規社員は一部は一般職とも厳格に職域分離、一部は一般職をベンチマークして均衡処遇という形を強引につくることになり、これは多く人が激痛を被りかねず大変な弊害でしょう。いっぽうで、欧州の例なども参考としつつ、よりましなあり方を考えて、長期をかけて漸進的に変えていくというのは、これはむしろ真剣に考えるべきことではないかと思いますし、過去このブログでもご紹介した鶴光太郎先生のご提案や海老原嗣生氏のご提案などは、まさにそれにあたるのではないかと思います。

ということで、私としてはなにより拙速を避け、岩村先生が主張されるような企業の行動計画を求める制度でもいいと思いますが、まずは労使の対話・自主的な取り組みを促すような法改正を行い、個別労使がミクロの正規・非正規の処遇だけではなく、長期的に見て現行のしくみが維持可能なのか、可能でないとしたらどのようなしくみにどうやって変えていくのか、ということをしっかり議論し合意する必要があると思います。もちろん、ナショナルセンターレベルでも、個別労使の検討状況をふまえてガイドラインの内容を充実しつつ、将来像についても政労使で同様の議論を行い、認識をすりあわせて、想定される将来像とそれに至る工程表について合意をする。これだけでもまあ3年くらいは要するのではないでしょうか。政府はその間、たとえば非正規への賞与支給を後押しする政策(まあ助成金とか表彰とか政府調達での優遇とかアイデアはあるでしょう)を並行して進めればいいのではないでしょうか。

その将来像というのが、まあ少数の無限定正社員・多数のジョブ型正社員・少数の(ジョブ型正社員をベンチマークする)非正規社員というものになるのではないか、というのが鶴先生や海老原氏の見立てであるようであり(hamachan先生とかもおそらくそうではないかと思う)私もそうだろうなと思っているわけで、そこに至るまではまあ10年とかの期間をかけて、激変を避けながら漸進的に取り組んでいくことになるのでしょう。ただまあある程度時間をかけないと「やっぱりこれまでどおりがいい」という合意になってしまう危険性はかなり感じるいっぽう、今後有期5年で無期転換してジョブ型正社員になるという人がまとまったボリュームで出てくれば、自然に進んでいく部分もけっこう出てくる可能性も感じます。したがってこの過程では新卒について「わが社は引き続き全員無限定の幹部候補生で処遇」と言って得をしようとする輩が出てくる可能性があるので政府の指導力が必要になりそうです。

なお派遣労働については、岩村先生は

 派遣労働については、現行の労働者派遣法が定める規制枠組みの基本構造に関わる問題があり、また、前記「中間報告」に添付の中村天江委員および松浦民恵委員の「専門的見地からの意見」が指摘する様々な検討問題が存在する。したがって、派遣労働については時間をかけて検討することが適切。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou8.pdf

としておられますし、水町先生も

 派遣労働者と派遣先の労働者との均等・均衡待遇を実現するための法制度については、派遣元事業者と派遣先事業者の連携・協力のあり方、派遣労働者のキャリア形成など労働者派遣に固有の検討事項もあり、欧州諸国における法制度のあり方も参考にしつつ、具体的な検討を進めるべきである。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou5.pdf

と、慎重な意向を示しておられます。これについて資料上でコメントしているのは労働法学者のお二人だけで、やはり派遣については無理が大きいのではないかと思います。まあ推進法でも派遣についても何かやると言っているわけですし、政治的に派遣だけは別というわけにはいかないという事情もあるかもしれませんが…。

ということで今後の展開次第ではありますが、振り上げてしまったこぶしではあるものの、なんとかうまく下ろせそうな感じもしてきたように思います。短期的な成果を求めるのもいいですがあまり欲張らず、労使の地道で現実的な取り組みを進めてほしいと思います。

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2016-12-22

[]あれこれ・とりあえず終了

たぶんこれでひととおりお答えしたかと思います。まあお答えできない・したくない質問にはお答えしないわけではありますが、エントリを書く動機づけとしては有効なのでご遠慮なくご意見ご要望お寄せください。

[]豊洲市場関係者の懲戒処分

豊洲市場の問題については正直あまり関心を持っていなかったのですが、関係者の処分について一部で過酷ではないかという話があるとのことで、具体的には以下の記事について見解をたずねられました。

http://agora-web.jp/archives/2022426.html

この宮寺さんというブロガーの方はフリーランスのエンジニアということですが、エントリをいくつか読んだ限りではまあほぼネタであり、城繁幸氏のエピゴーネンと言ったら城氏が怒り出すかも知らん(笑)。まあいつも書いていることですがこういうものでも需要があるならそれに応えるのは立派な経済活動であり、面白いものを教えていただいてありがとうございますということでコメントしたいと思います。welqとかに較べりゃ害はないよな。

ただまあ私には事実関係がほぼ不明であり、調べて書くほどの時間もないので、表面的なコメントになることはご容赦ください。事実が違うなどのご指摘があればお寄せいただければ幸甚です。

とはいえ基本的な資料として都の「懲戒処分の指針」は公開されており(http://www.soumu.metro.tokyo.jp/03jinji/pdf/fukumu/cyoukaisisin.pdf)、当該懲戒処分についても公表されていて(http://www.soumu.metro.tokyo.jp/03jinji/pdf/fukumu/choukai281125.pdf)いずれも都のウェブサイトから読むことができます。

それによれば、処分にあたるとされた事故の概要は、

 平成21年2月6日に技術会議報告書をもとに、「豊洲新市場整備方針」として「敷地全面に盛土を行う」ことを知事が決定したが、その後、適切な手続を経ることなく、知事が決定した方針に反する整備事業を行った。

 また、都議会における答弁等、事実と異なる説明を行うとともに、環境影響評価の変更手続に違反した。

http://www.soumu.metro.tokyo.jp/03jinji/pdf/fukumu/choukai281125.pdf

となっています。

まず前段については、知事が決定した方針を変更する際に適切な手続を行っていなかったということで、まあ地方自治体ですから案件に応じた決裁や権限が定められているはずであり、それに従った手続が行われていなかったということなのでしょう。ざっと見るかぎりこれは当事者も自認しているようです。

そこで指針をみると

(7) 不適切な事務処理

 故意又は重大な過失により適切な事務処理を怠り、又は虚偽の事務処理を行い、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、停職又は減給とする。

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/p_hukumu/sisin.pdf

との記載があり、根拠はありますし処分もルールどおりということに一応はなります。「一応」というのは、実はこれに限らず他の案件でも規定通りにやらずに権限のない人がバリバリと決裁していてそれが常態になってましたとかいう事情があればいやありそうで怖いわけだがこらこらこら、そうした特別の事情があれば懲戒できないとか処分が重すぎるという疑義は発生しうるからです。

ということで一応は違法を疑うことは可能ですが、しかし宮寺氏の述べるような理由ではないということになりましょうか。つか宮寺氏は「豊洲関係者は「整備方針」を「都民のために、より安全で、より低コストな豊洲市場を」と解釈し、誰よりも真剣に考え、実現しようと努力してきたのだ」から懲戒処分の条件を満たさないと力説しているわけですが、いやこれ目的や結論の善良さではなく手続の問題ですから。つかこの言い分は「祖国への愛という目的が善良だからイトーヨーカドーに投石放火しても無罪だ」という主張とたいして違わないんじゃないかという気がするんですけどいいのかしら。

さて後段に関してはもう少し疑わしいところがなくはなく、「環境影響調査の変更手続に違反」はまあ前段と類似した話だろうと思うのですが、「事実と異なる説明」については本人たちも「意図的に事実と異なる答弁をしたのではない」という趣旨の主張をしているようです。ということはここで問われている非違は「事実と異なる説明」そのものではなく、議会答弁のような重要な場面で正確な説明ができるような準備確認をしなかったという問題で、まあやはり上述の「不適切な事務処理」ということになりましょうか。これについては準備確認ができなかったことにどれほどの理由や事情があるかによっては懲戒は酷ではないかという議論はありえます。一般論としては、部下が勝手にやったことを上司に報告せず、上司が質問しても回答しなかったとかいう事情があれば、上司が間違った説明をしたからといって懲戒までしますかというような話ですね。

ということでここでも疑うことは可能ですが、やはり宮寺氏の言うような理屈ではないということになりそうです。宮寺氏は「「盛り土をしないことで利益を得る人は存在しない」ので、虚偽の答弁を行うメリットは無い。この答弁ミスは関係者の悪意によるものでは無く、情報の行き違いに過ぎない。」と主張しているわけですが、「情報の行き違いだから仕方ない」ではすまされないくらいの問題が起きているという話なんですから。

あとは、それにしても重すぎるじゃないかという議論は別途あり、「指針」にも諸般の事情や情状を総合的に勘案して決定するという趣旨の記載があります。これについては事実関係がわからないのでなんとも言えないところではありますが、一般的には上位者ほど処分が重くなりやすいという傾向はあり、今回の処分にも当てはまるように思われます。

なお宮寺氏は「OBを懲戒処分している」と憤っておられますが、都の発表をみると「退職後は地方公務員法が適用されないため、処分を行わない」と明記されておりますな。処分を行わないが、「減給相当額の自主返納を求めていく」ということです。これは「自主」返納ですから返納を強要されるものではなく、直接的に強要する手段もありません。ということで、「OBへの懲戒処分は違法」との宮寺氏の主張はそのとおりですが、それを理由に今回の都の対応を違法と主張するのは端的に失当だと思います。

ということでネタにマジレス感がひしひしと漂うわけではありますが、まあご要望もありましたので書いてみました。やれやれ。

[]同一労働同一賃金ガイドライン案

海上周也さんから、16日のエントリのコメント欄でご質問をいただきました。

 政府の同一労働同一賃金ガイドラインについてなかなか厳しい見解を示されていらっしゃいますが…。一つひとつの批判のご指摘点は小生も理解できない訳ではありませんが、では(例えば基本給に関して)このタイミングでどのようなものを同ガイドラインに望んでおられますか?それによって日本企業の人事労務あるいは日本人の働き方について何をどのように変えていけるとお考えでしょうか?建設的なご提案を開陳して頂けるとブログ読者皆さんも大変参考になると思われますのでお時間ありますときにご検討頂ければ幸いです。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/comment?date=20161216#c

さて「このタイミングでどのようなものを同ガイドラインに望んでおられますか?」というご質問ですが、私は過去繰り返し書いているように非正規雇用労働者の処遇改善のために同一労働同一賃金という理屈を担ぎ出すのが決定的に筋悪だと考えていますので、ガイドラインになにを望むかと問われても「特に期待することはありません」とのほか申し上げようがないように思います。残念ながら同一労働同一賃金で建設的な提案はできそうにありません。

とはいえガイドライン案の全文(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf)をみてみるとそれなりに考えらえていて悪いばかりでもありませんので、以下そのあたりを見ていきたいと思います。

まず第一感はこれはもはや同一労働同一賃金ではないなというものです。報道では見当たらなかったのですが最初に「前文」があり、その冒頭に「均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定」と書かれていて、本来均等≒同一労働同一賃金と対照的な概念である均衡を取り込んでしまっていますし、続けて「同一労働同一賃金の考え方が広く普及しているといわれる欧州制度の実態も参考としながら検証した結果、それぞれの国の労働市場全体の構造に応じた政策とすることが重要」というのも「日本の労働市場全体の構造では欧州型の同一労働同一賃金は普及しない」というのと同じ意味でしょう。「我が国の場合、基本給をはじめ、賃金制度の決まり方が様々な要素が組み合わされている場合も多い」とはっきり認めているのも目をひきます。安倍首相はガイドライン案が提示された働き方改革実現会議で「正規労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇差を認めないが、我が国の労働慣行には、十分に留意したものといたしました。」と発言したそうですが、まあそうなのかもしれません。ということなので、結局のところは「具体例として整理されていない事例については、各社の労使で個別具体の事情に応じて議論していくことが望まれる」ということにならざるを得ないというのは納得いくところですし、それが結論であるなら私も賛同するところです。

個別の事例については基本的に16日のエントリで書いたとおりですが、退職金については本当に事例がないのね。まあなかなか書きにくかったかなあ。

若干付け加えますと、こんな例もあげられていて、

<問題とならない例?>

・B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。

<問題とならない例?>

・C社においては、同じ職場で同一の業務を担当している有期雇用労働者であるXとYのうち、職業経験・能力が一定の水準を満たしたYを定期的に職務内容や勤務地に変更がある無期雇用フルタイム労働者に登用し、転換後の賃金を職務内容や勤務地に変更があることを理由に、Xに比べ高い賃金水準としている。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

なるほど、このあたりはわが国の労働慣行に十分に留意したものといえそうです。実はガイドラインの最後には「注」としてこんな記述もあるのですが、

 無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の間に基本給や各種手当といった賃金に差がある場合において、その要因として無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者の賃金の決定基準・ルールの違いがあるときは、「無期雇用フルタイム労働者と有期雇用労働者又はパートタイム労働者は将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」という主観的・抽象的説明では足りず、賃金の決定基準・ルールの違いについて、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならない。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

というわけで、「役割期待の違い」といった漠然とした理由ではダメで、現実にローテーションや勤務地変更、昇進昇格などについて決まりがあり、それが実現している実態が求められる、ということのようです。まあ言いたいことはわかりますしそれでよろしかろうとも思うのですが、創業まもないベンチャー企業に「具体的な実態」を求められてもなあという感もこれあり、やはり大企業ターゲットのものなのだなあとは思います。まあ大企業であればこのあたりぬかりなくやっているだろうとも思うわけですが。

あとやはり急ごしらえだなあと感じるところもいくつかあって、たとえば慶弔休暇に関するこの事例ですが、

<問題とならない例>

・A社においては、慶弔休暇について、無期雇用フルタイム労働者であるXと同様の出勤日が設定されているパートタイム労働者であるYに対しては、無期雇用フルタイム労働者と同様に付与しているが、週2日の短日勤務のパートタイム労働者であるZに対しては、勤務日の振替での対応を基本としつつ、振替が困難な場合のみ慶弔休暇を付与している。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

気持ちはよくわかるような気はするのですが、「週2日の短日勤務のパートタイム」勤務で「振替が困難な場合」という事態が想定できなくて困りました。まあ、無理に考えれば月給制になっていて賃金締切日に弔事が発生したので振替先がありませんとかいうケースは考えられなくもありませんが…。もちろんこの事例自体は「振替対応で可」ということを明確にしていて有意義なものですが。

あるいは

<問題となる例>

・基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているE社において、無期雇用フルタイム労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの職業経験を有することを理由として、Xに対して、Yよりも多額の支給をしているが、Xのこれまでの職業経験はXの現在の業務に関連性を持たない。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

これについても「現在の業務に関連性を持たない」「これまでの職業経験」というのが想定できなくて弱りました。もちろん程度問題で、製造業で金属加工をやっていた人がコールセンターに転職しましたとかいうケースを考えているのかもしれませんが、それでもたとえば「業務の標準化スキル」みたいなものは関連性を持ってくるのではないかと思いますが…。いやもちろん、なくはないにしても程度問題だ、というならわかるのですが、それはまさに均衡の話であって同一労働同一賃金じゃないだろと(ry

さらに、

<問題となる例>

・基本給の一部について労働者の業績・成果に応じて支給しているC社において、無期雇用フルタイム労働者が販売目標を達成した場合に行っている支給を、パートタイム労働者であるXが無期雇用フルタイム労働者の販売目標に届かない場合には行っていない。

(注)基本給とは別に、「手当」として、労働者の業績・成果に応じた支給を行おうとする場合も同様である。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

これも販売目標達成のインセンティブを基本給と称して支払っている例というのが思いつかないのですが目標管理制度とかを念頭においているのかなあ。もちろん労働時間が短いパートタイマーとフルタイム正社員の販売目標が同じってのはひどいじゃないかというのはよくわかるのですが。またこの例はやや不明確な感はあり、たとえば歩合制でフルタイム・パートタイム問わず「成約1件につき1万円」というのは同一なんでしょうか。「成約0.5件につき5千円」というのは現実的でないような…。

いやまあ明らかな事例を示すという性質上どうしてもリアリティが低下することは致し方ないとは思うのですが、しかしこうして並べてみるとやっぱり実情をきちんと調べていない机上の空論だよねとも思う。実際、ガイドラインの末尾には「本ガイドライン案の策定に当たっては、欧州での法律の運用実態の把握を行った」と言い訳めかしく書いてあって判例がいくつか並んでおり、机上の空論感をいやがうえにも高めておりますし。

あと気になるのが派遣をどうするかで、

 派遣元事業者は、派遣先の労働者と職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情が同一である派遣労働者に対し、その派遣先の労働者と同一の賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。また、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情に一定の違いがある場合において、その相違に応じた賃金の支給、福利厚生、教育訓練の実施をしなければならない。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

これはやはり無理があるのではないかなあ。特に派遣先と同一の福利厚生を派遣元が提供することは端的に不可能ではないかと思います。もちろんものにはよりますが、スケールメリットや長期継続を生かしている団体保険なんかは派遣会社に同じものをと言っても無理というものでしょう。福利厚生というのは大半は技術論なのであって、そのあたりを詰めずに理屈だけ語ってもあまり意味はないとしたものです。派遣会社にできるのは、同じ派遣元・派遣先で同じ仕事をしている労働者については派遣会社として同一の処遇を、というところまでではないでしょうか。

まだ気になるところはあって、

 B社においては、無期雇用フルタイム労働者であるXは、パートタイム労働者であるYと同様の仕事に従事しているが、Xは生産効率や品質の目標値に対する責任を負っており、目標が未達の場合、処遇上のペナルティを課されている。

要するにペナルティの有無で処遇が異なってもよいという事例なのですが、類似の例が販売目標でもあって、働き方改革って従業員にペナルティを与えることを推奨するものなのかねえなどど不審に思うことしきり。

全体的な感想としては、16ページを費やしてもこれだけしか書けないのだなあという印象はかなり持ちました。まあ当たり前で、欧米では産別労組が労働条件について詳細に交渉し、その結果として電話帳みたいな(死語)協約を作っているわけです。どこまで行ってもすべてをガイドラインに疑義なく書ききることなどおよそ不可能ですから、疑義や紛争が発生したときにどうやってうまく解決するかという方法を考えたほうが建設的というものでしょう。それはやはり実情がわかった個別労使による協議ということになるのだと思います。まあそのためのガイドラインだということかもしれませんが。

さて今後の展開がどうなるかというのが次なる問題ですが、働き方改革実現会議にはそれについて各委員が発言したようですので、エントリを改めて提出資料から探ってみたいと思います。

海上周也海上周也 2016/12/23 08:16 早速の詳細な解説、誠にありがとうございました。
同じ分野のプロ(人事労務屋)同志であってもこれまでの経験や現在のご本人のお立場や今後わが国雇用社会のあり方に対する期待など様々な要因の違いによって、今回のガイドラインに対する評価も大きく変わりうることが納得できました。私自身は、かつては財閥系総合化学メーカーの人事労務、現在はグローバル外資系人事分野の実務家です。今回のガイドラインについては(拙ブログでも記載したように)、中長期的に日本社会の向かうべきベクトルに沿った現時点で考えうる最良の選択「小さくも大きな一歩」と捉えています。

ご承知の通り日本企業においては正規と非正規の間の格差もさることながら、同じ正社員(直接雇用フルタイム)の中でも「総合職と一般職」という男女の「間接差別」が存在しているように思われます。もっとも今回のガイドラインもこの点は確かに慎重のようで、日本企業の人事の実態に鑑み、将来の異動や配転がありうるコースに転換した場合は(仮に現時点で同一価値の職務についていても)待遇差が問題とならないと言っています。そこで私自身は次のメスはここに入れなくてはならないと考えており、日本企業人事の根幹たる使用者の広範な「人事権」の見直しこそが、多くの働く個人にとって(全ての方にとって本当にそうかは実は疑問ですが)望ましい方向性だと信じています。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/12/26 17:56 海上周也さん、コメントありがとうございました。
hamachan先生のブログのコメント欄を拝見する限り、「今後わが国雇用社会のあり方に対する期待」(私の場合は期待というよりは見通しですが…)にはほとんど開きはないように思います。
ただ、今回のガイドラインは、そうしたあり方の実現をめざすというよりは、短期的に非正規の処遇を改善したい、もっといえば大企業の非正規に賞与を払わせたいという意図が強いように思われます。
また、今後の法改正の内容次第ではありますが、訴訟を容易に起こし得るような法改正となった場合、短期間で取り得る現実的な対応として職域分離の厳格化を行う企業がかなり出てくるだろうと思います。これは正規と非正規、総合職と一般職の分断をより深刻なものとするように思われます。
こうしたことを考えると、私は今回のガイドラインを楽観的に評価することはとてもできないと思っております。

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2016-12-21

[]あれこれ・まだまだ続き

順調に質問が追加されております(笑)。まあ見解を求められるということはありがたいことではありますので先入先出で順番に書いていきます。

[]壮絶すぎる「出世競争」

現代ビジネスの「部長、役員経験者が明かす!メガバンクの壮絶すぎる「出世競争」 これぞ究極のサラリーマン社会」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50461)という記事に対する感想のご要望をいただきました。

まあ正直現代だしな(失礼)という感は相当にあり、もちろん私はメガバンクの内部事情は知らないので判断はできないのですが、かなり誇張や脚色が入っているのではないかという印象はあります。ただまあそれなりになかの人に取材をかけて書かれてもいるようであって話半分で読んでみる価値はあろうかとも思い、また昨日のエントリとの関連性も多少はあるので、ここで取り上げることにしました。ちなみにtwitterとかはてぶとかFBとかあれこれ探してみたものの関係者からの反応は見当たらず、まあそらそうかな。

さて私の感想ということですが、さすがにここまで極端な実態というのはありえないのではないかと思いますが、しかし類似の話がまったくないこともなかろうとも思います。

昨日も触れましたが(まあしょっちゅう書いているわけだが)、日本の大企業では大卒総合職というのは基本的に全員が幹部候補生であって、。記事にもあるとおり(本当かどうか知らないが、以下同じ)「同期1000人のうち、役員になれるのはたったの10人」という過酷な競争、4年に1人の社長を頂点とした一大トーナメント人事が展開されているわけです。その中でも、この記事は1敗失格の純度の高い(?)トーナメントを描いていますが、通常はまあ敗者復活戦もそれなりに準備されているのが普通でしょう(競馬の勝ち抜け制のほうがむしろ近いかも)。まあこのあたりは企業の人事管理のポリシーの問題でしょう。

とりわけメガバンクともなれば、新卒労働市場の中でも上澄みのさらに上澄みの、高い潜在力を持つ人たちを採用しているわけですから、基本的に全員きわめて優秀であり、そういう人たちを「同期1000人のうち、役員になれるのはたったの10人」というふるいにかけていくとなると、なかなか敗者復活の機会もつくりにくいのかもしれません。

また、やはり記事にあるように、入社7年めで2人に1人の選抜であれば、ボーダーラインを除けば相当割合は「国立大卒で英語もペラペラ、そのうえ営業成績も抜群。中堅私大卒で体力だけが自慢の私」など納得せざるを得ない評価で選抜することも可能でしょうが、より上位の資格・役職になるほどに、それまでの選抜を勝ち抜いてきた優秀な人揃いですから、そうそう大きな差のあろうはずもありません。

となると、どうしたって業績や実力だけでは判断できないという場面は多くなってくるはずで、結局のところはなにかで減点してふるい落とすという話になるのかもしれませんし、その裏返しとしての「目立ったもの勝ち」もあるのでしょうし、それこそ(本当かどうか知らないが)学閥とか派閥とか、「覚えがめでたい」とかいったことで決まってくるということもあり得るのでしょう。まあ、正味の話としては、こうした激しい競争を戦いつつ、さらに重責も担わなければならないという立場の人であれば、キーとなる部下には信頼できる人材を置きたいと思うのはむしろ自然であり、またそのほうが生産性も高いのではないかと思われますから、学閥やら派閥やらがそういう信頼感につながるのであればそれが必ず悪いということでもないだろうと思います(まあ歪んでいるなとは思いますし、もちろん人事担当者には「そうではない」という矜持を持ってほしいとは思うわけですが)。メガバンクはいずれも合併会社であるという事情も考慮すべきでしょう。

そこでそういう事情だとすれば問題は敗者へのケアだろうとは思うわけで、まあある程度の段階で勝ち組と負け組が分かれるというのはほとんどの企業でそうではないかと思うわけですが、一般的な対応としては前述のように敗者復活のチャンスは残しておき(結果的に復活するかどうかは別問題)、またあまり早い段階では勝ち負けを明示的には示さないというものになるのではないかと思います。まあそれがフェアかどうかというのは議論があると思いますが、労使で時間をかけて協議検討してそれがいいということになったのであればそれは尊重されるべきなのでしょう。

逆にいえば、敗者復活の機会のない不可逆的な選抜をしたのであれば、それは本人に明示しなければフェアとはいえそうにありませんし、明示することで転職などに活路を求めるという選択を可能としていくという考え方もありますので、記事のとおりだとすれば、昇進の有無という形で明示するメガバンクのやり方にも合理性はありそうです。

また、しょせんそういうあいまいな基準で差をつけているのであれば賃金などであまり大きな差はつけないとか、それなりの水準は維持するとか、よほどのことがない限り下げるまでのことはしないといった配慮は必要であり、その点もまあメガバンクの水準がそれなりに維持されるならまずまず配慮されていると考えていいのではないでしょうか。記事は「最終的な「年収格差」は4倍以上……。」とか鬼の首を取ったように書いていますが、まあ社長と比べるのはアコギとしても役員まで上り詰めた人と定年まで係長止まりで再雇用された人(再雇用で大幅に賃金が下がることに注意)とで年収格差が4倍というのはまあ普通じゃないかなあ。

ということで最後にまた繰り返しますが実際のところがどうかは私にはわからず、とりわけ敗者復活しなかった人だけが取材されているのではないかという疑念は払拭できないわけですが、まあ話半分に読んでも、メガバンクの労使だって真摯に考えているはずであって、それなりにそうなる事情というのがあるのではないかと思いました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20161221

2016-12-20

[]あれこれ・さらに続き

職場の回覧で回ってきた週刊ダイヤモンドの特集が「労基署が狙う」だった件(笑)。ダイヤモンドは一昨年末にも労基署を特集していて、その際にも内容の充実に感心したhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141219#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141221#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141223#p1)記憶がありますが、今回もなかなか力が入っているようです。読んでから感想など書きたいと思います。ということでご質問へのお答あれこれさらに続きです。

[]電通第二事件・フォロー

上記特集も電通社員の過労自殺を受けて編集されているようですが、これについても最後のエントリ以降にいろいろ動きがあり、何人かの読者の方から感想を求められておりますので書きたいと思います。

最新の状況として、電通は12月9日に労働環境改善の進捗状況について「多様な価値観とワークライフバランスを大切にする新たな企業文化の創造に向けた取り組みについて」という長い名前のニュースリリースを出しており(http://www.dentsu.co.jp/news/release/2016/1209-009103.html)、日経のウェブサイトでも記事になっています。

 電通は9日、従業員の行動規範とされてきた「鬼十則」について、従業員向け手帳への掲載をやめると発表した。2017年度からはすべての局での有給休暇の取得率も50%以上にする。労働環境改善策の一環。

 鬼十則は中興の祖である4代目社長、吉田秀雄氏の遺訓で、1951年に制定された。「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…」などという内容が過重労働につながっているとの指摘を受けていた。

 全体の有休取得率は15年度で54%、16年度も前年度を上回って推移している。しかし間接部門が高い一方、営業部門は低いなど部局によって差がある。全局で5割を超えるようにすることで業務量を平準化する。

 発注先の制作会社などとも個別に協議を始める。深夜業務や長時間労働につながらないように発注のルールや工程管理方法を作成する。

 管理職への360度評価も取り入れる。部下からの評価も対象となるため、多様な価値観や仕事観を管理職が認識するきっかけになるという。一般従業員の評価に関して、一人ひとりの成長やキャリア開発を重視して中期的な目標達成を評価に取り入れるため、労働組合との協議も始める。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ09HL6_Z01C16A2TI1000/

実際、電通は部署間の負荷を平準化するためにかなり大規模な人事異動を実施するなどしているらしく、本気で取り組んでいるのだろうなと思います。業務量に較べて要員が過少なせいで長時間労働になっているのだとすれば、そこの人員を増強するのはダイレクトに効果につながるでしょう。

とはいえ、電通は1991年に発生した過労自殺事件の際にも労働環境改善に取り組んでいたはずで(具体的なウラ取りはしていませんがご容赦)、それでもなお当時と同様の劣悪な労働環境が再現し、同様の事件が起きているわけで、これはやはり業務量と要員数といったデジタルな要因だけではなく、根強く形成された企業文化や企業風土といったものがなかなか変わらない、という問題もありそうです。

そこでやり玉に挙がっているのが記事にもある「電通鬼十則」で、まあ社員手帳に記載していたくらいですから企業風土として定着させようとの意図があったのでしょう。それを掲載しないようにすれば風土も変わるという簡単なものではないでしょうが、まあ風土変革に向けた一歩であるには違いありません。

中でもメディアをはじめ各方面が注目しているのがやはり記事にもある鬼十則の第五「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。」で、まあ「殺されても」という刺激的な表現がそうさせるのでしょうが、私が企業文化の問題として気になったのは鬼十則の第一「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。」と第二「仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。」です。

「なぜ?」とか「当たり前では?」とか思われる向きもあるかもしれませんし、日常的にこうしたことを部下に訓示している上長さんというのもたくさんおられるだろうとも思います。しかし、私は日本企業の長時間労働文化を生んでいる要因のひとつは実はこうした考え方にあるのではないかと思っています。

たとえば、マンション建設の現場の仕事を考えてみてほしいのですが、杭をどのくらい深く打ち込むのか、コンクリートをどれだけ打設するのかとか言った話は当然きちんと決められていて、「こうすれば工期短縮になって会社が助かる」とかいう仕事を「先手先手で」「自ら創る」人がいると、マンションが傾いてしまったりするわけだ。「そうすれば安くなってお客様も喜ぶ」から鉄筋の量を減らしましたというのもまあ後々に禍根を残すでしょう。ちょっとたとえは悪かったかもしれませんが、基本的には仕事というのはそういうもので、決められたことを決められた手順で正確にやってもらわけなければならない。欧米で一般的なジョブ・ディスクリプションというのも基本的にはそういうもの(まあどこまで書くかは職種により異なるわけですが)であって、それから逸脱することはないというのが、まあノンエリートの働き方になっているわけです。「自ら創る」だの「先手先手」だのいった働き方は、まあ全体の1割にも満たないエリート層だけのものであって、彼ら彼女らなかなりの長時間労働をしている実態があるようですが、ノンエリートは所定時間分の決められた仕事を決められたようにこなすだけで、残業をしないのがむしろ普通ということになっているわけです。

ところが、日本のホワイトカラー総合職というのは基本的に全員がエリートで幹部候補生ということになっているので、ジョブディスクリプションもなければ、業務指示も「いついつまでにこれこれをこのくらいで」といった包括的なものにとどまっていて具体的な手段は従業員の裁量に任されていて、残業についても就業規則の建前は上長に申請して許可がなければできませんということになってはいるものの、現実にはやはり本人の裁量になっているのがほとんどではないかと思われます。そうなると、どうしても過剰品質で長時間労働になりがちなのは自然な成り行きでしょう。

16日のエントリでご紹介した鶴光太郎先生のセミナーやご著書では、非認知能力の重要性が強調されていましたが、そのベースになっている、鶴先生が阪大の大竹先生などと共同で実施された調査の結果はこのブログでも過去ご紹介しています。

…大竹先生らが日本で実施した研究の結果、日米で興味深い差異がみられたことが報告されました。Big5(Extraversion, Emotional Stability, Openness to Experiences, Conscientiousness, Agreeableness)および平等主義、自信・自信過剰、危険回避、時間割引といった行動特性が学歴、賃金、昇進にどのように相関するかを調査したところ、学歴に対しては情緒安定性と経験の開放性がプラスに有意なのは日米共通ですが、協調性については日本で正、米国で負の相関がありました。賃金については外向性、勤勉性、情緒安定性がプラスに働く傾向があることは日米共通ですが、協調性はやはり日本で正、米国で負となっていました。昇進についても日本は外向性、協調性、勤勉性がプラスに有意でしたが、米国では外向性のみがプラスに有意となっていました。このあたり、組織管理などに関する日米の違いが反映されているのかもしれません。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130908#p1

ビッグ5についてはここhttp://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20100324/217388/に面白い解説がありますが、

人間の性格を構成する5つの要素は、

(1)経験への開放性 (Openness to Experience)(2)勤勉性 (Conscientiousness)(3)外向性 (Extroversion)(4)協調性 (Agreeableness)(5)情緒不安定性 (Neuroticism)である。

 各要素を日常的な言葉で表現すると、(1)好奇心が強い、(2)まじめ、(3)人と騒ぐのが好き、(4)空気を読むのがうまい、(5)イライラしやすい・落ち込みやすい、となりそうだ。あるいはもっとよい日常的な表現もあるかもしれない。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20100324/217388/

ということで、ここでの協調性というのは、「協調性」と聞いて一般的にイメージしやすいチームワークとかコミュニケーションとか言ったものとはややニュアンスが異なり「空気を読むのがうまい」ということなのですね。「空気を読むのがうまい」人がわが国では賃金を高めるというわけです。

つまり、企業は経営方針を示し、上司は部下に包括的な指示を出して、あとは部下の裁量に任せる。部下はそこで「空気を読む」、つまり経営者なり上司なり人事権者なりがなにを望み、なにを求めているかを「言われなくても自ら察してそれを実行する」ことが期待されていて、それをやるのがいい部下だということで高く評価されるのでしょう。まさに鬼十則が「自ら創る」だの「先手先手」だの言っているのもそれに通じると思います。そう考えると、鬼十則の第九が「頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。」というのも企業や上司へのサービスまで含むように読めますし、Wikipediaの電通の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E9%80%9A)に掲載されている過去の「責任三カ条」でも「一を聞いて十を知り、これを行う叡智と才能がないならば、一を聞いて一を完全に行う注意力と責任感を持たねばならぬ。」となっているのも無縁ではなさそうです。

具体的には、卑近な例としては上司がプレゼンする際に見映えがするようにすばらしく美麗な(しかし過剰品質の)スライドショーを作り、どんな質問にも即座に回答できるように膨大な想定問答を準備する、といったことが想定されるでしょうか。もちろん、表向きは「出来合いのものの使いまわしでいい」とか「その場で回答できないことは『調べて後日回答』でいい」などというのが建前ではあるわけですが、そこはそれ、「空気を読んで」長時間労働で過剰な準備をしてしまうことになってしまうという話です。これは企業や上司にとっても都合のいいところがあり、上司としてみたら口に出して指示するのは建前上はばかれるけれど、しかし本音としてはこうしてほしいと思っているようなことを、「空気を読んで」気を利かせて「先手先手で」「自ら創る」部下はなかなか重宝なものでしょう。さらには、自分は具体的には指示していない、要求していないから責任を取らなくてもいいという話にすることもできる。「自ら創る」「先手先手で」新規顧客開拓やビジネス提案を実施したところ裏目に出て穴が開きましたとかいうときに、もちろん口に出して「部下が勝手にやったこと」とはさすがに言わないでしょうが、しかし具体的に指示をしたのかどうかというのは、なにかと差があるだろうと思われます。

昨日の日経新聞「経済教室」に黒田祥子先生が登場されて、労働時間規制との関係でこんなことを書かれているのですが、

…これまでの日本は「おもてなし」の精神に裏付けられた高品質・高サービスを売りとし、長時間労働で対応することで高い経済成長を実現してきたと考えられてきた。

 しかし数値的には日本の生産性は低い。おもてなしを細部に行き届かせることにとらわれすぎて、その価値を消費者に納得させて高い値段で買ってもらうということに注力してこなかった結果といえる。長時間労働是正は、高い価格が付かない非効率なおもてなしをなくし、時間当たりの生産性を上げていくきっかけと位置付けるべきだ。

 現在の日本はおもてなしの過当競争が隅々にまで浸透している。個々人や個別企業は「ここまでやる必要があるのだろうか」と感じても、長時間労働が常態化する中で、自分だけやめることは難しい。さらなるおもてなしの競争も起き、誰も望まない長時間労働社会が固定化してしまう。

平成28年12月19日付日本経済新聞「経済教室」から)

これは企業と顧客との関係についての記述ですが、同様のことが職場でも起きているのではないかと思うわけです。「おもてなしの過当競争」というのはなかなか気の利いた表現だと思いますが、これが日本の文化として市場にも職場にも蔓延してしまっているのかもしれません。まあ書店に行けばビジネス書コーナーの平台に「気がきく」とか「気がつく」とか「気づかい」とかいった書名の本が積まれているのを見れば一目瞭然のような気もします。

  • 特に、電通のような規模の大きい企業(電通がそうだと言っているわけではない)だと、フォーマルな組織や指揮命令系統とは別に、有力者を中心とした一種の(やや言葉は悪いのですが)親分−子分関係のようなもの(学閥とか門閥とか○○さんを囲む会とか)ができることがあり、インフォーマルであるだけにますます「おもんばかる」ことが求められる…といったことが事情をさらに複雑にすることがあるようです。

ということで、黒田先生が言われるとおり「「ここまでやる必要があるのだろうか」と感じても、…自分だけやめることは難しい。」ということになってしまうのではないでしょうか。ただ、対顧客ビジネスと違って、職場ではキャリアをめぐる競争を降りてしまえば「自分だけやめる」こともできます。これも先日のセミナーで鶴先生が指摘しておられましたが、降りたところで賃金が上がらなくなるだけで減るわけではない。長時間労働しても競争に勝てない多数の人に較べればトータルでは恵まれていると考えることもできますので、業界でいうところの「降りたもの勝ち」という道もあることはあるわけですが。

電通の場合はそこにさらに「殺されても放すな」的なパワハラ風土とか体育会系風土とか、あるいはやはり端的に仕事が多すぎるとかいう話なども加わって過酷な状況をつくっていたのだろうと思うわけですが、まあ内情はわからないのでなんともいえません。ただ、「降りたもの勝ち」という実態もあるなら積極的に降りる人を増やすとか、そもそも競争に参加しないコースを拡大するとかして、キャリアをめぐる「おもてなしの過当競争」を緩和しなければなかなか解決にはつながらないだろうとは思いました。

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2016-12-19

[]武石恵美子『キャリア開発論−自律性と多様性に向き合う』

「キャリアデザインマガジン」に書評を掲載しましたので、こちらにも転載します。

キャリア開発論

キャリア開発論

 キャリア開発論(あるいは類似の)は、いまやほとんどの大学で開講されているだろう。本書もその学部向けテキストだが、内容はなかなかにユニークなもののように思われる。

 本書の副題は「自律性と多様性に向き合う」となっており、この2つが本書のキーコンセプトとなっている。まず第1部では、「全体像をつかむ」として、全体の約4分の1くらいを費やして主に「自律性」について述べている。まずはキャリア開発論に関わる基礎的な理論が紹介されていて、米国の主要なキャリア研究が中心だが、人的資本や内部労働市場の理論も敷衍されている。そして、日本企業におけるキャリア形成の過去・現状と今後の展望が述べられ、多様化が進む中で求められる「キャリア自律」の考え方が説明される。

 第2部、残る4分の3は「テーマごとに考える」として、各論が取り上げられる。ここが本書のユニークなところだと思うが、キャリア開発論のテキストではあるものの、主に個人に着目した心理学的な米国のキャリア研究の主流からは完全に外れ、もっぱら雇用政策と人事管理の観点からの記述となっている。こちらの主題は主に「多様性」であり、最初に取り上げられるテーマは「ダイバーシティ経営」だ。

 続けて「正社員の多元化」「ワーク・ライフ・バランス」「女性」「育児期」「介護」「再就職者」とテーマアップされ、さらには「ブラック企業」や「非正規雇用」といった今日的なものまで含めて、多岐にわたる視点があまねく取り上げられている。そういう意味では、アカデミックに汎用的なテキストというよりは、こんにちのわが国における(さらにはある範囲の大学・学生によりよくフィットする)キャリア開発論というピンポイントな本というべきかもしれない。

 本書にもあるとおり、これまでわが国大企業の典型的な人事管理は、労働時間にも勤務場所にも職種・職務にも制約のない無限定で画一的な人材を前提としてきた。ビジネスニーズと社員の能力・適性・希望とをすり合わせつつも、基本的には企業が企業内で個人の能力向上やキャリア形成を行い、社員はそれを受け入れるのと引き替えに、雇用の安定や、夫婦子2人の生活をおおむね充足する労働条件を得てきた。しかし、少子高齢化と人口減少をはじめとする社会変化のなかで、これまでの画一性は崩れ、多様性にとって代わられようとしている。となると、企業もこれまでのように、大半の社員の能力向上やキャリア形成を企業内で請け負うわけにはいかなくなるだろう。そこにキャリア自律の必要性が生まれる。

 現実をみると、長年にわたって継続してきたこうした人事管理の慣性はなかなかに大きいし、従来型の働き方を望む人というのも少なくはあるまい。しかし、これから長期にわたる現在の学部生の職業キャリアの中では、すべての人ではないまでも、多くの人がキャリア自律に直面することも確実なように思われる。それを学ぶことはきわめて有意義なことであろう。

 それに加えて、この本で「キャリア開発論」を学ぶメリットは少なくとも3つはあるように思う。第1に、この本がもっぱら職業キャリアを中心に書かれていることだ。もちろん、キャリアは職業キャリアだけではないが、しかしキャリア開発論を学ぶ学部生にとって、就職と仕事はなんといっても最大の関心事だろうから、やはり職業を中心としたテキストが学びやすいのではないかと思う。実際、この本ではさまざまなライフステージにおける職業キャリアを学ぶことで、生活者としてのキャリアもかなりの程度展望することができるように書かれている。

 第2に、本書の内容が実践的なものとなっていることがあげられる。上で紹介した本書の各論テーマは、学生にとってはいずれも自身が当事者となる、きわめて実践的なテーマであるに違いない(直接的には女子学生に関わるテーマもあるが、男子も結婚などを通じて当事者となりうるものだ)。つまり、テキストとしてだけではなく、一種の実用書としても有用だということになる。

 第3に、本書、特に各論の記述が、実証研究(大半は著者自身の調査)をふまえたものであることを上げたいと思う。これは本書を説得力あるものとしているだけではなく、エビデンスベースの議論の大切さをも学ぶことができるのではないかと思うわけだ。

 こうした特色は、当代一流の労働研究者であり、また元労働官僚でもあるという著者自身のキャリアによるものであることも言うまでもあるまい。わが国の今日的な状況をヴィヴィッドに切り取った本でもあり、著者にはぜひきめこまかく改訂を行い、環境変化とそれをふまえた新たな研究成果を反映してほしいと思う。

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2016-12-16

[]あれこれ・続きの続き

質問に回答することが質問を呼び寄せることがわかった(笑)。まあ1件2件の話なので追い追い書いていきますので少々お待ちください。「続き」じゃなくて「(1)」とかにしとけばよかったかな。「続き」はサステナブルじゃないですよね(笑)。

[]働き方改革・フォロー

さて働き方改革についてもしばらく書いておらず、その後の動向についてということでおたずねをいただきましたので2点ほど。まずは同一労働同一賃金について、これがご関心事のようであり、また折よくガイドライン案ができたとの報道もありましたので書いてみたいと思います。前回(11月26日)の議事録を読んでも議員の発言はまあ相変わらず入口のところを行ったり来たりしているばかりで進捗感がなく、最後に首相が出てきて次回(12月20日)はガイドライン案を提示すると力強く言い切っていて内容以前に本当にできるのかしらなどと心配していたわけですが…。

 政府が働き方改革の目玉としている同一労働同一賃金の実現に向け、正社員と非正規労働者の賃金のあり方や不合理な待遇差を示したガイドライン案が分かった。賞与では「業績などへの貢献に応じた部分は同一の支給をしなければならない」と明示。原則として非正規労働者にも賞与の支給を求める内容で、処遇の改善につながる見通しだ。

 特に企業や非正規労働者への影響が大きいのは賞与だ。業績などへの貢献度合いが同じ場合は同一の支給を求めるとともに「貢献に違いがある場合にはその差異に応じた支給をしなければならない」とも明記した。

 基本給を決める要素を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに分類した。それぞれの要素が正社員と非正規労働者で同一であれば同じ水準の支給を原則としつつ、違いがある場合には待遇差を認める。

 時間外勤務や深夜・休日手当は同じ割増率で支払わなければならないとした。通勤手当や出張費、慶弔手当なども同一の支給を促す。社員食堂や更衣室の利用といった福利厚生や、職業訓練の受講機会なども同一とするように求めた。待遇差の理由を従業員に説明する義務は記載を見送った。

平成28年12月16日付日本経済新聞朝刊から)

まあモノを見てみないことには何とも言えないわけではありますがしかし筋が悪い。まず賞与についてはその性格について労使間に見解の相違があり、経営サイドはまあ業績への貢献に応じた利益配分という性格を強調するだろうと思いますが、労働サイドは生計費を考慮して「年間賃金の一部」という側面も重視するわけです。多い年は半年分出るけれど出ないときは一円も出ないということでは住宅ローンも組めないわけで、だから連合も主要産別も春季労使交渉においては賞与ということばは使わずに「一時金」と言っているわけですよ。「業績などへの貢献度合いが同じ場合は同一の支給、貢献に違いがある場合にはその差異に応じた支給」なんて簡単に割り切れるもんじゃないのに、行政の公式文書でお墨付きを与えちゃっていいんですかという話です。

また、経営サイドにしても賞与のすべてが直近の決算の利益配分などとは考えていないはずで、やはりそれ以前の貢献というものも大いに考慮されているでしょう。直近期の利益がすべて当該期の活動のみによって生み出されたものではないことは明白であって。さらには必ずしも個人に分割できない組織としての貢献というものもあるわけで、そこはある程度全員に一律にという話にもなる。そういう複合的なものを短期の個人業績だけで計算しようとしている時点でもう絶望的に筋悪と申し上げざるを得ません。

また元実務家として後輩たちが頭を抱えるだろうなと思うのは「貢献に違いがある場合にはその差異に応じた支給」ってどうやって測定するのさ。まあ労働時間が短い分は比例計算でバッサリやるとしても、残った部分はどうするんでしょうか。あとは同じではさすがに割を食う(賞与原資は一定なのでどこかを増やせばどこかが減ることに注意)正社員たちが収まらないでしょうし、労使交渉で決めるとかいうことが想定されているんでしょうか。まあこれについてはさすがに貢献がゼロとはいいにくいだろうからなんらかの賞与が支払われるようになればそれでよしという発想なのかもしれませんが筋が悪いな

「基本給を決める要素を「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに分類した」というのも目を疑ったところで、いくらなんでもこれは雑すぎて話にならないでしょう。まあ能力、成果+生計費という大雑把な区分だろうとは思うのですがあれ職務給はどこに行った。企業の賃金制度というのはきわめて多様であり(まあそれほどでもねえぞという声もありますが)、同一企業でも複数の賃金制度を持っているのがむしろ普通であり、さらに制度の細部(賃金項目の設定とか)も企業によりまちまちです。そらまあガイドラインだからある程度単純化しなければ作れないんだよという話はよーくわかりますが、しかしグレーゾーンが大きすぎて使い物にならねえという話になるんじゃないかとも思うなあ。逆に、企業の賃金制度をこの分類で100%説明できるようにしなさいというのも余計なお世話であって筋悪な話です。賃金制度は企業が勝手に・自由に変更できるとでも思っておられるのかしら。

  • (12月17日追記)私の書き方がまずく誤解を与えているようなので追記します。私としてはガイドラインをより詳細緻密に作成すればいいというつもりはありません(しかし、そうも読めるな)。この話を通常の政策立案プロセスで(要するに厚生労働省が)やるとしたら、まずは民間の賃金制度の実態をJILPTなりが詳細に調査し、それをふまえて具体案を検討するでしょう。そこを今回はなんとなく「職業経験や能力」「業績・成果」「勤続年数」の3つに分類した、というやり方が雑すぎて話にならないと申し上げたわけです。きちんとした実態調査をもとに検討すれば、しょせん賃金決定を細分化してそれぞれに比較するなどということは現実的でなく、どうしてもやるならまあ労使間の説明・協議などのプロセスで規整するといったことが考えられたのではないかと思います(どうしてもやるなら、ですが)。ちなみに通常のやり方なれば後の方で触れている「欧州は8〜9割なのに日本は6割」についてもやはり詳細に調べただろうと思います。

本文にはありませんが基本給を勤続年数で支払う場合の勤続年数は「非正規で働き始めた時から通算」しなければならず、契約更新でリセットしてはいけないということも書かれており、なんかこれ同一労働同一賃金とあまり関係ないような気はするのですがまあ言いたいことはわからないではない。もちろんこれは短期での雇止めを誘発する副作用が懸念されるわけですが、まあすでに5年無期化という雇止め誘発マシーンが設置されているところなのでそれも含めて各企業が判断することでしょう。ちなみに私が日常的におつきあいのある人事担当の方の話を聞くと労働市場の状況にも鑑み待遇は同じまま無期化する方向性ですという人もけっこういますので案外それほど雇止めは誘発されないかもしれない。まあ労働市場次第でしょうか。

  • (12月19日追記)書き忘れてましたが下の記述との関係で、有期5年で無期化した人が事実上の「限定正社員」となる可能性は大いにあります。労働条件は変えないということで昇給も賞与も小さいでしょうし、業績への貢献も限定的ということで、こうした人たちがある程度のボリュームを占めてくれば、状況もかなり変わってはくるでしょう。当然、相当の時間はかかりますし、その間に労働条件にあり方についても労使で議論が進むものと思います。

「時間外勤務や深夜・休日手当は同じ割増率で支払わなければならない」というのも、結論としてはまあこれはこれで悪いたあ言いませんが、しかし政策的な理屈としては筋が悪いなと思います。つまり異なる割増率を適用する理屈というのも十分あるのであり、たとえば「多残業・長時間労働を抑制するために使用者へのペナルティを高めるべく割増率を上げましょう」というのであれば、その危険性の高い正社員の割増率を高く・危険性の低い非正社員の割増率を相対的に低くすることにも理があります。逆に、無限定に残業します(まあ労使協定による上限はあるが)と言っている正社員と、残業できないから非正規で働いている非正社員を較べれば本人にとっての残業時間の価値が異なるのだからそれに応じて非正社員の割増率を高く・正社員の割増率を低くするという考え方も十分ありうるものだと思います。私はこういうのは労使が話し合ってお互いいちばん納得いくやり方を決めるのがいいんじゃないかとは思いますが、まあ同じにしろと言われたので同じにしてますというのも人事管理が簡単になって楽かもしれないな。

福利厚生などについては長期勤続を前提としたものとそうでないものを混同しないことが重要であり、通勤手当や出張旅費のような実費補填的なものは同一にというのは筋が通っていると思います。いっぽうで教育訓練については労働条件であるとともに投資でもあり、その回収可能性を考えて実施されるものだということを考慮に入れる必要があるでしょう。

なお記事に書かれていないもので重要なのが退職金で、これはどうなっているのだろう。私個人としては非正規の待遇改善でまず取り組むべきなのが退職金だと思っているので、まあ気になるところではあります。

ということで、これに対して企業がどんな対応をとるだろうかということを考えるにつけ誰得という話になるんじゃないかなあと心配することしきり。そもそも最賃を引き上げ続けてきてそれだけで一部から悲鳴が上がっているところ、さらに賞与も払いましょうと言われてそうしますという話にはなかなかならなかろうと思うからです。非正規の処遇改善が重要なのは論を待たないでしょうが、繰り返し書いていますがその方法として同一労働同一賃金を担ぎ出したのが決定的にダメだよねという話で、まあ元が悪いからどうしようもないということでしょう。

さらにもう一つダメだよねと思う点があり、それが2つめの話題になります。

さる13日、日経センターのセミナーで鶴光太郎先生のお話をお聞きする機会がありました。わが国の労働問題・社会問題の根幹には多数の労働者が正社員として無限定な働き方をしていることがあり、その大半をいわゆるジョブ型の限定的な働き方に変えることでさまざまな問題を解決できるという、最近著『人材覚醒経済』(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160929#p1)で展開された先生のご持論を語られたわけですが、あわせて(これもご著書にもありましたが)働き方改革に対する政府の対応についてもかなり手厳しく批判されました。既報のとおり首相は9項目の取り組み事項を列挙してやるぞやるぞと言っているわけですが、鶴先生としては「根本的な原因である無限定正社員の問題に手を着けなければ、しょせんは小手先であってどれ一つとしてモノにならないだろう」というわけです。

返す刀で研究者や労働関係者についても「無限定正社員主流という現状の上で、それでは女性活用はどうしましょうとか高齢者の活性はこうしましょうというご商売をしているのだから、根本の無限定正社員を変えようということにはならない」とバッサリ切り捨て、「とても長い時間がかかるし、カネにもならないけれど、本当に問題を解決しようとするなら主流を無限定から限定に変えることをやらなければならない」「政府が政治的に手っ取り早く成果を出したいと考えている以上、小手先以上のことはできない」と断じられました。

まさに御意であり、今回の働き方改革はあまりにも拙速である点が決定的にダメだということでしょう。それでもまあ2〜3年くらいはかけるという話ではあるでしょうが、とてもそれでは時間が足りない。

同一労働同一賃金にしても、フランスが9割なのに日本は6割だというわけですが、ベンチマークする対象が違いすぎるわけです。フランスのベンチマークは賞与もなければ昇給もわずかなジョブ型正社員であって、決して超エリートのカードルと比較しているわけではない(当たり前で職域が違い過ぎて同一労働にならない)。それに対して、日本のベンチマークには相当程度無限定正社員が入っていて、まあ見たところなんとなく同じような仕事をやっている、という「同一労働」を議論しているわけで、数字の意味がまったく違います。本当に同一労働同一賃金をやるのであれば、まずは日本でもベンチマーク対象となるような、賞与もなく昇給もわずかなジョブ型正社員を主流にしていくところから始めなければいけないわけで、それには相当の長期を要する。まさに鶴先生がご指摘されるとおりです。賃金に限らず、労働時間の問題にしても同じことでしょう。

もちろん、政治的に短期で成果がほしいというのはよくわかりますしそれが悪いとも申し上げません。ただ、であれば小手先しかできないわけで、同一労働同一賃金のような施策ではなく、もっと効果的な施策、たとえば最低賃金の引き上げや正社員登用促進策といったことを考えるべきでしょう。根本解決に向けた取り組みは、政府が長期の施策を出せないというのであれば、労使がしっかり議論してロードマップを作り、激変を緩和しつつ漸進的に実施していくという取り組みが求められるのでしょう。

人材覚醒経済

人材覚醒経済

海上周也海上周也 2016/12/21 07:34 政府の同一労働同一賃金ガイドラインについてなかなか厳しい見解を示されていらっしゃいますが…。一つひとつの批判のご指摘点は小生も理解できない訳ではありませんが、では(例えば基本給に関して)このタイミングでどのようなものを同ガイドラインに望んでおられますか?それによって日本企業の人事労務あるいは日本人の働き方について何をどのように変えていけるとお考えでしょうか?建設的なご提案を開陳して頂けるとブログ読者皆さんも大変参考になると思われますのでお時間ありますときにご検討頂ければ幸いです。

元労務屋@保守おやじ元労務屋@保守おやじ 2016/12/21 12:48 海上周也さん、コメントありがとうございました。
ご質問には、別途エントリを立ててご回答しますので、しばらくお待ちください。

2016-12-15

[]あれこれ・続き

細切れにしか書けない(泣)。昨日は朝から夜まで外回りでしたが、午前中の打ち合わせはヤフージャパンが開設した「LOGDE」というオープンスペースを利用させていただきました。東京ガーデンテラス紀尾井町(赤プリの跡地ですね)のワンフロアを解放して、ミーティングだけではなく飲食や調理、工作などもできるコワーキングスペースを作ったというものです。11月にオープンして3月までは試験運用ということで、日帰り利用であれば、まあ身元がはっきりしていれば(身分証明書の提示は求められる)予約等は不要で、だれでも自由に・無料で利用することができるというキャンペーン期間になっています。ものすごく開放的に作られているので(まあそれが狙いのようだが)密談には向きませんが(笑)、しかし快適だった。ただまああの好立地であれだけの好環境のスペースを無料開放すればいずれ利用ラッシュになることは目に見えているわけで、4月以降は会員登録・予約制とかになるのかもしれません。有料化はまあヤフーさんの狙いとの兼ね合いでしょうが…。とりあえず昨日は朝早い時間帯ということもあってかなり空いていましたが、ご関心の向きには混みはじめる前に試してみることをおすすめします。なんかヤフージャパンの回し者と化した感はありますが(笑)、まあ利用させていただいたお礼ということで宣伝しておこうかと。

https://lodge.yahoo.co.jp/

[]中大WLB・D&I研究PJT転勤提言

ぱっと見なにかわからないかな(笑)。佐藤博樹先生が中心になって進められている中央大学大学院戦略経営研究科ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクトが先日公表した「ダイバーシティ経営推進のために求められる転勤政策の検討の方向性に関する提言」について若干の感想を書きます。提言はこちらですhttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/material/pdf/Survey_summary_tenkin2016.pdf。調査結果はこちらhttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/material/pdf/Survey_report_tenkin2016.pdf。一般読者のみなさまの便宜のためには要約とかしたほうがいいのですが年末進行で押しているので省略でご容赦ください。

さて提言の第一は「人材育成策としての転勤の効果についての再検討を」ということで、まあ「再検討」ということならそうだなと思うわけですが、提言は人材育成策としての転勤に対してかなり懐疑的なようです。もちろん転勤も多様であってアフリカで新規拠点を立ち上げるために駐在するとかいうのは普通に考えてかなり人材育成効果があるでしょうし、広島支店の業務課長が仙台支店の業務課長に転勤するというのはまああまり人材育成効果はありそうにないというのも納得できるところです。

ただまあ私などは同じ調査結果をみて割と効果あるジャンと思うわけで、つまりここにはかなりあからさまな本音と建前の使い分けがあるのではないか。転勤に限らず人事異動全般がそうですが、現実には(言葉は悪いのですがご容赦)ビジネス事情優先で場当たり的に行われることもけっこうあるわけです(まあそれが日本の無限定正社員というものだ)。でまあその時に企業側は「人材育成のためでもある」と言い、言われた側は「そうは言うけど会社の都合だろ」と思っているわけですね。

ということで、この手の調査への企業の回答は相当に建前である可能性があってまともに真に受けるのはヤバい感じはあり、数字に出るほどには人材育成効果を重視・期待しているわけでもないのではないかというのが一面。その裏返しで、転勤する人のほうも、(とりわけ行きたくない転勤の場合は)転勤時あるいは転勤終了時に昇格するとかいうことがないと「人材育成のため」に納得できない(いやこれは言い過ぎかな、でも少なくとも昇格があれば納得するだろうとは言えると思う)から人材育成効果を低く見積もるのではないかというのがもう一面です。

もちろん「再評価」そのものは人材育成策のPDCAサイクルを回す中で常に行われる必要があるでしょうが、しかし大半の企業が現状を変更するつもりがないと回答しているというのもまあそうだろうなと思った。

提言の第二は「転勤対象者の範囲の検討と転勤の有無による雇用区分間の処遇格差に合理性を」というのは実は私もかなり同感する部分があるのですがなかなか難しい問題です。

「転勤対象者の範囲の検討」については、勤務地無限定にもかかわらず実際には転勤していない人というのがかなりいるという話で、だったら無限定の人はもっと少なくてもいいのではないかということでしょう。これは要するに勤務地もふくめ様々な無限定性が総合職正社員の定義になっていることが多いからで、それを徹底するために相変わらず一般職から総合職へ職変する際に必ず転勤させるという企業もまだあるらしくそれはたしかに無駄だろうと思います。そこまでいかなくても、人事管理の実情からみて総合職が多すぎるのではないかという問題意識があるのであれば、スローキャリアで勤務地限定のコースを設けるなり、すでにコースがあればそちらを増やすなりすればいいというのは私も同感するところです。ただし企業調査によれば企業の大半は転勤ありのコースは現状維持ないし拡大の方向らしく、まあビジネスの広域展開を進める中では、同じスローキャリアの限定正社員を導入するにしても転勤の可能性は確保しつつ職種限定とか定時・短時間勤務とかいう方向なのかもしれません。あるいは限定正社員を導入することにともなう人事管理の煩雑化に較べれば現状の問題点のほうが小さいという判断かもしれず、やはり正社員の多様化というのもなかなか難しいのだなあとあらためて弱気になる私。

処遇については、たしかに同じ企業でも職種によって転勤の頻度・可能性は異なり、「転勤はあっても1回」という部門もあれば「海外駐在3回4回なら当たり前のうち」という部門もあるわけです。まあ海外駐在については手当がそれなりについているでしょうし、国内であっても単身赴任であればたいてい手当(まあこれは帰省旅費の実費負担という面もありますが)が出るでしょうし、帯同であっても格安な家賃で社宅を提供する(これがばかにならず、相場が20万円近い物件の家賃が数万円という例も多いらしい)ということもあるわけです。問題の中心はおそらくは昇進昇格であろうと思われ、まあたしかに3回4回当たり前の部門があっても1回の部門の3倍も4倍も恵まれているということはなかろうと思います。ただまあそこに不満があるという企業は全体の21.4%という調査結果になっているわけで、大半の企業はそれなりにうまくやっているということでいいのではないでしょうか。

「転勤の有無による雇用区分間の処遇格差に合理性」というのも悩ましいところで、まあ従業員(特に転勤がない雇用区分の従業員)に不満があるというのはうなずける結果です。この手の話はどこまで行っても不満はあるわけであり、それなりに理由を説明し格差を調整することで大方の(不承不承ながらも)納得が得られるところを探るしかないのでしょう。ただしそれとて決して容易な話ではなく、つまり差がつく理由は転勤の有無だけじゃあないよねえという話です。それこそ能力とか職務とか、勤務地以外の無限定性とかも含めて差がついてくるわけで、それを○○円は能力の違い、○○円は転勤の有無…とかいちいち説明しろというのは、まあなにやらどこぞの出来の悪い同一労働同一賃金論と同じだよねえと思うことしきり。

なお転勤の有無について従業員に不満があるから全員転勤させるようにしているという例も紹介されていますが、これも一概には無駄と言い切れないように思われるところで、まあ俺は転勤したのにあいつは転勤していないのはけしからんからあいつも転勤させろという話であればたしかに無駄だと思いますが、話が逆のケースもあるじゃないかとも思います。つまり、転勤が昇進のキャリアパスになっていたり、人事評価上有利に取り扱われたりしている場合は、「私は転勤していないから昇進できない、私も転勤させてほしい」という話になるのがまあ自然であり、となると全員に転勤させましょうということになりがちだろうと思うわけです。

第三の提言「社員の希望や事情とすり合わせが可能な制度や仕組みで個別対応を」というのも大筋では同感で、実際問題この調査でも(企業・個人とも)大多数で本人事情が考慮されるという結果が出ています。そうはいっても「会社事情を優先」が大半ではないか、と言われるかもしれませんが、これとて「絶対的な拒否権は与えない」くらいの建前で回答している例も多いのではないかと思います。ポイントはやはり転勤しない・できない事情に対する配慮とキャリアとの兼ね合いだろうと思いますが、いずれにしてもこれについては提言も対応を拡大する企業が増加していると評価しており、今後(必要に迫られてという部分も含めて)取り組みが進展するのではないかと思います。

第四の「社員の生活設計見通しが可能な制度対応を」、第五の「運用における社員からみた不透明さの排除を」というのは、要するに従業員の予見可能性を高めるべきだということでしょう。実際には第三の個別配慮で対応する部分も大きいのではないかと思いますが、企業としてもくふうが必要だろうと思います。

ということで、細切れとか書いたわりには長くなりましたが、転勤が本人にも家族(キャリア形成や教育をふくめ)にも大きな負担であり、転勤に応じられない事情のある人が増えており、また企業としても高コストなものであることなどはまあ間違いのないところなので、できるかぎり必要最小限にとどめることが望ましいだろうとは思います。実態として必要性の低い・無駄な転勤もかなり存在するのだろうとも思います。とはいえ提言が想定するほどに多いかというとそうでもないんじゃないか、企業はそれなりに合理的にやってるんじゃないかというのが私の全体的な感想です。

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