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2017-02-24

[]ジャーナリストの政策論

何のことかと思われるかもしれませんが一昨日開催された働き方改革実現会議の話です。さっそく官邸のウェブサイトに資料が掲載されており、私としては第一の関心は前回の議事録で高齢者雇用に関する議論の内容を確認することだったのですが(いやほとんど報じられていませんでしたし15日のエントリで「書ければ書く」と言ったことでもあり)、あれこれ見た中にいやこれはいくらなんでもというのがあったので、まあかなり不毛な気もするのではありますが方針変更して書きたいと思います。なにかというと白河桃子議員提出のこの資料です。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai8/siryou4.pdf

いや内容的にはけっこう大切なことを多く含んでいるとは思うのです。思うのですが、問題はそれをこうした政策を議論する場に持ち込むときの資料としてどうなのかということです。逐次見ていきましょう。

氏はまず教員の長時間労働問題を取り上げられ、これは多方面で問題視され関心を集めている時宜にかなう問題提起だと思うのですが、その根拠として、資料5ページ(なぜか右下のナンバリングは11になっているのですが、前ページが4で後ページが6なので5ページということではないかと思う)の見出しで「昨年度までの10年間に死亡した46人の新人教師の死因を調べたところ、20人が自殺(2016年12月23日 NHK報道)」と大々的に主張されるわけです。

もちろんこれは事実ではありますが、「46人の新人教師の死因を調べたところ、20人が自殺」ということで43.5%が自殺で死亡しているわけですが、平成19年から毎年発表されている『自殺対策白書』に記載されている20〜24歳の死因を見ると、最も古い平成19年版に掲載されている平成18年のデータでは自殺が43.9%、最新の平成28年版に掲載されている平成26年のデータでは自殺が50.8%となっていていずれも他の死因をしのいで最多になっています。つまり教員だけが特に自殺が多いといえるかどうかはやや疑わしく、たとえば公務員の正規職員で就職した人にしては明らかに高いとか、そういう検証が必要でしょう。いやもちろんこれはNHK報道の引用なので一義的にはNHKの問題であり、きちんと検証されているというのであれば失礼をお詫びしますが、こういう場にこうした資料を無批判に提出するのはどうかと思います。同じページの下半分の資料は文科省の資料(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/088/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/02/24/1316629_001.pdf)を孫引きしたものらしく、やはり一義的には文科省の問題ですが、精神疾患の患者数の伸び率と教員の精神疾患による病気休職者の伸び率を比較するのもどれほど意味があるのかという気はします。つか調べれば簡単に元ネタに到達できる資料をわざわざ孫引きするのってどうよ。白河氏が引用元に上げた井上伸氏という方は国公労連の関係者らしいのですがあるいはそれに意味があるのかしら。

少し飛んで8ページ(ナンバリングはありませんが7と9の間)では「イギリス「教員がやるべきでない仕事」1998年」という見出しでその内容が列挙されているのですが、これって当時英国でも教師が授業以外に忙殺されていることが問題視されて「これは本来やるべきではない」として列挙されたものであり、すなわち英国でもこれをすべて教員がやっていた内容であるわけですよ。でまあ現状がどうかは私は正しいところは知らないのですが、少なくとも一昨年まで英国に駐在していた友人に十数年経ちましたがそのようになりましたでしょうかと聞いてみたところ「あはは、そりゃ、ない、ない!!」と言ってはおられましたな(笑)。まあかの国も決して財政事情は容易ではないでしょうからそうかなとは思います。もちろん、これまたいやそんなことはない、英国ではこれがあまねくきちんと実現しているのだ、ということであれば降参するにやぶさかではありませんが、しかし「こうしたいなあ」と言っているものを「そうなっている」としてこういう場に出すのはやめたほうがいいのではないかと思います。

しかもこのページにはさらに疑問があり、「日本の教員がこれを読んで「自分の業務の8割だ」と落胆」したと主張しているのですね。困ったことにこれはこの資料内で自己撞着を起こしており、資料4ページには日本の教師の週労働時間は平均53.9時間との記載があり、6ページには日本の教員が授業に費やす時間は平均17.7時間との記載があるわけですね。もちろん統計が違うので限界は大きいですが大雑把な概況をつかむことはできると思われ、17.7/52.9≒33%というのが、まあ教員の労働時間全体に占める授業時間の平均的な割合に近いと思っていいと思います。となると、「自分の業務の8割」というのは、もちろんそういう人がいたのだろうと思いますが平均とはかけ離れており、そういう人がいることをもって政策を論じるというのもあまり説得力がないように思います。つか英国のリストをみても授業そのものとその準備、教育や教授法に関する調査研究といったものは教員のやるべき仕事の範疇とされていると思われ、それらが2割を切っている教員というのは、授業を持たない校長先生副校長先生くらいではないかという気もするのですが(まあこれは気がするだけです)。いや「数だけではなく役割分担が大事」という指摘は重要だと思うのですよ。思うからこういうずさんな根拠づけは残念だなあと思うわけで。

さて11ページ以降は女性就労の話になるのですが、やはり日本と欧州の労働市場や人事管理の根本的な相違を考慮していないダメな議論です。

もうこれまでさんざん書いているので詳しくは繰り返しませんが、氏は独仏との比較で父親の家庭参画、育児参加を主張されるわけですが、独仏では昇進昇格をめざすキャリアを歩む人は全体のまあ1割程度という少数なのに対して、わが国では正社員であればほぼ管理監督者への昇進昇格を目指すのであり、さらに大卒であれば経営幹部級への昇進昇格をめざすという違いがあるわけです。したがって独仏では大半の労働者は育休をとったところで失われるのはほぼその間の賃金だけであり、したがってフランスで「3日間出産有休(雇用主負担)+11日間「子どもの受け入れと父親休暇」(国の負担)」、ドイツで「パートナー月」(両親がともに育休取得すると両親手当支給期間が2か月増える)という形で失われるカネを国が肩代わりしてあげれば取得が増えるのは自然な成り行きです。

でまあ白河氏も表面的にはおわかりで、資料33ページでは「長時間職場に貢献し続けられる労働者に、高い評価や、キャリアにつながる仕事の配分・配属が行われる傾向」と書き、13ページでは「「男性の産休」(育児スタートアップ休暇)を企業は義務化…し、また育休、産休取得による「評価の低下」をしないと確約してほしい」とまとめておられます。まあ育休・産休だけを理由として制度的に「評価の低下」をするようなことはないでしょうが、一定評価を保障しろというのが無理な話であることは明白と思います。上位になればなるほど稀少になるキャリアの「椅子」をめぐって過酷な競争が展開される中で、産休育休取得者に対する「評価の保障」を行うのは少なくとも取得しない人に対するかなり強い優遇ですし、以前も書きましたが(そしてそんな極端な話をするなと怒られたわけですが)同期に不利にならないことを保障しろと言われたら、ひたすら養子縁組を繰り返して30年間育休を取り続ければ勤務の実態のないままにたとえば部長まで昇進させるということになるわけでして。

つまり方向は逆であり、昇進昇格はしないけれどワークライフバランスな生き方が、それが男性であっても承認され尊重される世の中をめざすというのが白河氏の取るべき戦略ではないかと余計なお世話ながら思います。「男のくせに育休を取るなんて、一生係長どまりでいいんだな」と脅す上司に対して「一生係長どまりでいいですが何か?」と言い返すのが立派でかっこいい世の中をめざすわけですね。これまた繰り返しになりますが係長どまりであっても解雇されるとか減給されるとかではないので「おりたもの勝ち」という見方もできるのであり、それを普及させることで父親の家庭参画、育児参加と母親の社会進出が推進できるでしょう。欧州ではむしろ普通の発想だと思います。

ということで、書きながら思ったのは、白河氏をメンバーに加えた官邸サイドの氏への期待はどういうものだったのだろうということで、まあ女性枠というのは当然あるでしょうが、やはりジャーナリスト枠ということもあったのではないかと推測します。資料3ページにも「私のところには数々の一般の働く方からご意見が寄せられます」と書いているように、氏が広く・深く取材したさまざまな事例を紹介することが期待されているのではないかと思うわけです(まあその割には紹介される事例はいつも同じシングルマザーの事例ばかりという感もありますが)こらこらこら。もちろん個別事例だけでは政策決定に大きな影響があるとも思えませんが、逆に言えばジャーナリストにあれこれ愁訴したい人たちの意見を代弁する役割ということなのかもしれません。でまあ白河氏としてはそれでは飽き足らず、なんとかご自身の提案する政策を実現すべくあれこれと資料を集めてきて失敗したというところでしょうか。もちろん先般の日本死ね騒ぎの例などもあり、科学的でなくても政治的にうまく使えば政策に影響力を発揮できる可能性もありますので、それに賭けてみるのも悪くはないのかもしれませんが…。いずれにしても問題提起としては大切な話もあるように思いましたので残念に感じました。

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2017-02-23

[]ヤマト運輸、労使で業務負荷を調整

適正な法規制の導入というのももちろん大事だと思いますが、個別労使のこうした取り組みを積み上げることはさらに重要、かつ結局は実効的なのではないでしょうか。今朝の日経新聞から。

 ヤマト運輸の労働組合が2017年の春季労使交渉で初めて宅配便の荷受量の抑制を求めたことが22日、わかった。人手不足とインターネット通販の市場拡大による物流危機で長時間労働が常態化。「現在の人員体制では限界」として、要求に盛り込み、会社側も応じる方向だ。深刻なドライバー不足を背景に、広がるネット通販を支えてきた「即日配送」などの物流サービスにきしみが生じている。ヤマト運輸労働組合は…18年3月期の宅配個数が17年3月期を上回らない水準に抑えることを求めており、会社側も応じる方向だ。労使一体で働き方改革に乗り出す。

 具体的には、ネット通販会社など割引料金を適用する大口顧客に対して値上げを求め、交渉が折り合わなければ荷受けの停止を検討する。ドライバーの労働負荷を高めている再配達や夜間の時間帯指定サービスなども見直しの対象になる可能性がある。人手不足は物流業界共通の課題のため追随する動きも出そうだ。

平成29年2月23日付日本経済新聞朝刊から)

正直、きのうのプレミアムフライデーもそうでしたが最近はなんでもかんでも「働き方改革」にされてしまう感があり、今回のこれも働き方という質的な問題ではなく人手不足という量的な問題でしょう。そもそも、業務量とそれに応じた人員計画、残業計画といったものはもとより労使間の最重要のアジェンダのひとつであり、現実にも労使関係が安定し成熟した大手製造業などでは定常的に協議され、どうしても人手が足りなければ操業を低下させるという対応も取られているわけです。

これに対して、運輸やサービスでは業務が顧客の要請に大きく左右されがちなため人員計画や残業計画の立案・運用が難しいことが問題であり、昨年末に発生した佐川急便の大規模な遅配(https://netshop.impress.co.jp/node/3805)もその結果だろうと思います(記事によればヤマト運輸も「昨年末は急増した荷物をさばききれず一部で配達の遅延も生じた」ようです)。

そこで今回の組合の要求は「これ以上仕事を増やしてくれるな」というものであり、会社の対応も「大口顧客に対して値上げを求め、交渉が折り合わなければ荷受けの停止」ということですから、まあ働き方改革で生産性向上して労働時間短縮といった話ではありません(もちろんIT投資などは別途行われるものとは思いますが)。

結局のところ、これは人事管理の問題というよりは(もちろん人事管理の問題はあるにせよ)その背景にある商慣行、取引慣行の問題であり、端的にはサービスの水準に見合った価格設定になっていないという問題だろうと思うわけです。サービスの価値以下の価格で提供すればたくさん売れるのは当然であり、その結果として人手不足になるのも当然でしょう。人手を確保するためには労働条件を上げることが必要であり、そのコストが適切に転嫁された価格がサービスの価値に見合った価格だということになりましょう。記事は「人手不足は物流業界共通の課題のため追随する動きも出そうだ」と書いていますがもちろん企業にはカルテルはできません。いっぽう労働組合は一種のカルテル的なこともできるので、そういう意味では業界最大手の労使がこれに取り組むことはきわめて意義深く、産別組織(運輸労連かな)にもおおいに奮起してほしいところです。

ただ簡単ではないだろうなと思うところもあり、送料というのは(基本的には最終的な負担者である)消費者にとってはややわかりにくい側面があることは否めません。さすがにこれだけインターネット通販が普及してくればかつてのZOZOTOWN炎上事件のときのような「送料がかかるなんて思ってませんでした」「別に送料取られるなんで詐欺みたい」みたいな人はもういないでしょうが、本体価格はぐっと抑える一方送料は実勢より高く設定して送料でさやを抜くご商売というのもあるようであり(いや悪いたあ言いませんがもめ事の原因になっていることも事実)、逆に送料も本体価格に織り込んでしまって送料無料をウリにしたり、一定額以上については送料無料をサービスにしたりするのはむしろ当たり前に見られるものでしょう。消費者にとってみると適正な送料というのが見えにくくなっているなとは思うところです。

というのも、記事によると「ドライバーの労働負荷を高めている再配達や夜間の時間帯指定サービスなども見直しの対象になる可能性がある」とのことですが、これも見直すとすれば料金で対応ということも考えられるわけです。再配達には追加料金(あるいは拠点まで取りに来てください)、夜間の時間帯指定は別料金といった方法ですね(あるいは夜間の時間帯指定はやめてしまうとか。もっとも時間帯指定は在宅確率が高まると思われるので生産性への寄与は微妙なような気もしますが)。これもサービスに見合った価格ということにはなると思いますが、しかしますます複雑化して消費者の反発を招く危険性もありそうです。

さて記事によれば、ほかの交渉事項としてはこうなっているそうで、

 ヤマト労組は宅配個数の抑制と併せて退社から次の出社まで10時間以上あける「勤務間インターバル制度」の導入も求める。宅配便は基本的に午前8時から午後9時までに配達しており、ドライバーや荷物の仕分け担当者は交代制で勤務する。だが、荷物の増加に処理が追いつかず、早番の勤務者が夜まで残って作業することがあるという状況の改善を目指す。

 ヤマト労組は賃上げについては定期昇給相当分とベースアップの合計で前年と同じ組合員平均1万1000円(前年の妥結額は5024円)を要求。陸運の賃金水準は他業界に比べて低く、ここ数年要求額を増やしてきたが、働き方改革を優先して要求を据え置いた。

賃上げについては、「働き方改革」というよりは得意先に値上げ要請をする以上はそれほど高い要求もしにくいという自主規制なのではないかなあ。なんかデフレ的だなあと思わなくもありませんが、まあそれだけ業務量抑制が切実で優先順位が高いのだということなのでしょう。賃上げより大事なのだ、という判断であれば交渉の作戦上十分ありうるものだと思います。

インターバル規制についても、過去このブログでも繰り返し書いているとおり現場の実情と必要に応じて設定すればよいのであり、こうした就業実態がある中で現場をよく知る個別労使が協議交渉のうえ合意に達するのであればたいへん立派なことであり尊重されるべきものと思います。それがコストアップにつながるとしたら(まあこのあたりは生産性向上努力で吸収してほしいという気はします…無責任な他人事ですが)、やはり価格に反映するということも考えられるわけで、最初に戻ってこれも含めて価格交渉だという話でしょう。なかなかチャレンジングな取り組みですが、奏功すれば付加価値が拡大することで生産性が向上するという好ましい形が実現するということでもありますので、おおいに注目したいと思います。多少送料が上がっても文句言わないぞ(笑)

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2017-02-22

[]プレミアムフライデー

いよいよ明後日の金曜日(24日)は初回のプレミアムフライデーということで、こんなニュースも飛び込んできました。今朝の日経新聞から。

 自民、公明両党は衆院予算委員会で審議中の2017年度予算案を27日にも衆院本会議で採決し、参院に送る方針だ。…与党は当初、24日の衆院通過を目指していたが、本会議での採決が夕方以降になり、各省庁や国会の職員の帰宅が遅くなる懸念があった。政府が働き方改革の一環として主導するプレミアムフライデーの初日にあたり、配慮が必要だと判断した。

平成29年2月22日付日本経済新聞朝刊から)

国会審議、それも予算案の審議日程を送らせてまでプレミアムフライデーに配慮するというのですからなかなかの本気度と申せましょう。官民挙げての一大プロジェクトということで、まずは政官自ら範を垂れるというところでしょうか。

民間についても、供給サイドの小売・サービス業界では各社おおいに商売するぞと意気込んでいるようであり、消費サイドについても経団連が昨年末に会員企業あて「プレミアムフライデー実施期間における柔軟な働き方推進へのご協力のお願い」という協力要請を行っています。いわく、

 経団連といたしましても、新たなライフスタイルの提案というプレミアムフライデーの趣旨に全面的に賛同し、推進しております。とりわけ、今年度は「働き方・休み方改革集中取組み年」であることから、プレミアムフライデーを契機に働き方を見直し、プレミアムフライデー実施期間中の柔軟な働き方の推進にご協力いただきたいと考えております。

 会員代表者におかれましては、例えば、プレミアムフライデー当日の半日有給休暇(全日・時間単位を含む)の取得促進をはじめ、終業時間の前倒しやフレックスタイム制の活用等、各社で工夫し、社員の皆様が月末金曜日の午後は定時より早めに、できれば遅くとも午後3時までに仕事を終えられるよう、ご高配いただければ大変幸甚に存じます。

http://www.keidanren.or.jp/announce/2016/1213.html

ということで「3時までには帰れるようにしてね」という話になっているわけです。この文書によればその趣旨は「毎月の月末金曜日に、買い物、外食、旅行、ボランティア等、日常よりちょっと豊かな時間(各人にとって「プレミアム」「サムシング・スペシャル」と感じる時間)を過ごす習慣を創り出し、定着させることにより、働き方やライフスタイルの見直しを推進。結果として消費マインドの向上につながることも期待」となっており、まああれかな、3時に帰るということは定時で上がって一杯呑んで帰るというのは「プレミアム」「サムシング・スペシャル」ではないということなのかな。まあそうかも知らん。

もっとも、日経新聞の調べによると、消費サイドの動きはまだ手探りのようです。

 日本経済新聞社は大手企業を対象に、月末の金曜日の早帰りを促し消費を喚起する「プレミアムフライデー」に関して社員への対応を聞いた。退社時刻を早めるよう「対策を決定・検討している」企業が全体の約37%あったが、現時点では「特に対策は考えていない」という答えも約45%あった。初回となる24日の盛り上がりが、今後の制度普及の試金石になりそうだ。

…「従業員に対して何か対策を取るか」との問いに対しては、「対策を決定した」企業は全体の16.3%で「対策を検討中」が20.9%だった。

 一方で「特に対策は考えていない」という回答も約45%あった。その理由として、小売りや外食企業で多かったのが「当日にサービスを提供する側のため」。製造業では工場を持つ企業などから「部署や部門間の公平性を保つため」という声が目立った。

 自社の従業員に対する対策は「検討中」との回答が多いなか、ヨドバシカメラプレミアムフライデーを受け「店舗従業員も対象に、退社の時間を早めるなど勤務時間を調整する」という。同社では働き方改革の契機になると捉えており、日野文彦専務は「勤務時間を昨年に比べ3割程度減らす」と話している。

平成29年2月22日付日本経済新聞朝刊から)

いきなり脇道にそれますがヨドバシカメラといえばかつて人事担当者がこんなことを言っていた会社であって大いに働き方改革に取り組んでもらいたいところですが、しかし勤務時間3割減はすげえな。書き入れ時のはずのプレミアムフライデーに店舗従業員も対象に退社時間を早めるというのも忙しい時間帯に従業員を減らすという話であり、どうやってやるのだろう。まさかメーカーからの派遣販売員の増員を要請するとかではこらこらこら、まあ在庫管理とかでIT投資をすればかなりの効率化が可能なのかなあ。

さてそれはそれとして本筋に戻しますと、まあこれはたしかに小さく生んで大きく育てる類の施策ではあるのでしょう。記事にもあるようにもちろん初回ははなやかにやって盛り上げをはかるのが周知宣伝という意味でも景気づけという意味でもよろしかろうとは思いますが、大事なのはそれ以降も息長く続けることだろうと思われます。

実際、先週末(18日)の日経新聞の記事(http://www.nikkei.com/article/DGKKASDZ17I8V_X10C17A2EA1000/)によれば、企業の取り組みは「有給休暇の取得奨励と月末金曜日の会議自粛の組み合わせ」「パートを含む全従業員…に対して全日休と午後の有休取得を認める」(勤続が短く有休が付与されていない人にも有休を認めるという趣旨だろうと推測)「全日か半日単位だった有給休暇を1時間単位で取得できるようにする」「フレックスタイム制度を利用」といったものが中心で「いきなりの制度化は企業にとって容易でない」ものの、試行的に「まず2月24日に全社の7割程度が午後3時に退社する。特別休暇扱いとし、午後6時までの賃金を支給する」「偶数月の月末金曜日の午後を有給休暇として認める」(偶数月半日なら毎月3時と同等だということでしょうか)といった取り組みも一部に見られるとのことです。

ということでもっぱら既存制度の活用促進であって新規にはなにもしないというのが主流であり、一部でヨドバシカメラなどのような踏み込んだ取り組みも見られるがまあ珍しいという状況のようです。となると、現時点で初回のプレミアムフライデーにプレミアムな午後を過ごす人というのは、供給サイド(小売やサービスなど)ではない業界で、フレックスタイム制などの整った大企業の、業務の調整が柔軟につけやすいホワイトカラーがメインであってそれどのくらいいるのさという規模で、やはり小さく生んで大きく育てるために今後継続的な取り組みが求められそうです。まあ今回も、規模は大きくないとはいえ見たところ購買力は比較的ありそうなカテゴリではあるので消費拡大という意味では人数以上に効くのかもしれません。購買力という観点では経団連も本年版の『経営労働政策特別委員会報告』では例の「年収ベースの賃上げ」の一例としてプレミアムフライデー手当などと書いていて本気かよもといなかなかの本気度だなあと思ったわけですが現実にもソフトバンクが月1万円のプレミアムフライデー奨励金を支給するとかいう話もあるらしく(http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/24-5.php)おおいにけっこうなことだと思います。たぶんそれを聞いて「そんなカネがあるなら通話料を下げろ」とか言い出す人というのが出てくるのではないかという気もするわけですが、まあプレミアムフライデーそういうデフレ脳を払拭することにつながるなら喜ばしい話ではあります。しかしあれだな、ソフトバンクといえば吉野家に行列ができるスーパーフライデーというのをやっていたような記憶もありこの手の話が好きなのかな。いやけっこうな話ではありますが。

さて気を取り直して(笑)もう一度本筋に戻りますと、プレミアムフライデーを小さく生んで大きく育てる、さらに拡大・定着させていくというのもなかなか骨の折れる取り組みだろうと思うところはあり(まあそうでなければ初回からもっと大規模になったはずであって当然だ)、いや趣旨には大いに賛同するので関係各方面にはぜひ頑張ってほしいと思います。

まず第一に重要なのは供給サイドが毎月最終金曜日に魅力的なコンテンツを提供し続けることではないかと思います。早く帰ればプレミアムでサムシング・スペシャルになるというよりは、プレミアムでサムシング・スペシャルなコンテンツがあるから早く帰りたいと多くの人が思うようにしていくことが大事なのではないかと思うわけです。過去繰り返し書いていますが、ホワイトカラーは今夜はデートだとか野球やコンサートの切符を買ったとか早く帰りたい理由があれば日中生産性高く働いて定時に上がるわけですよ。それと同じことで、できるだけ多くの働く人たちが「プレミアムフライデーには早く上がりたい」と真剣に思うようにすることが最重要だろうと思うわけです。長時間労働がヘチマとか働き方改革が滑った転んだとかいう掛け声でやるもんじゃないよなと。

そうなれば、たとえばフレックスタイム制などが未導入の中小企業で「わが社でもプレミアムフライデーに早帰りできる制度を」という声が強まって、制度の導入・拡大といった取り組みが進む可能性はあると思います。それでプレミアムフライデーの規模が拡大してさらに魅力的なものになれば、生産や運輸といった現場を持つ企業においても「私たちもプレミアムフライデーには早く上がりたい」という声が高まり、プレミアムフライデーには3時で操業を止めようとか、交替制勤務の遅番シフトを休みにしようとかいう話になる可能性もなくはないと思います。まあ経営サイドにとってはかなりハードルの高い話ではあるので、労働サイドの強力な取り組みが必要とは思われ、それこそ連合がおおいに旗を振ってはどうかと思います。

ということで相当に困難をともないそうであってどこまで続くのかという弱気も出てきそうですが、しかし本当に日本社会を大きく変えるポテンシャルのある取り組みという感もあり、今後の展開に注目したいと思います。

なお消費サイドの私としてもプレミアムフライデーには分相応にプレミアムでサムシング・スペシャルな消費をなしてこれに協力したいと考えているところ、24日午後の私の予定は15時から三井業際研の国際講演会であり(まあ講師がMITのProf.Charles H. Stewartであってプレミアムフライデーの話が持ち上がる前から日程が調整されていたので致し方ないのですが)、その後そのレセプションに少しつきあって夜はスポーツ社会学の研究会と、あれだなあまりプレミアムな感じはしないな。まあ来月がんばります(なにを)。

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2017-02-16

[]佐野昌行・黒田次郎・遠藤利文『図表で見るスポーツビジネス』

日本体育大学の佐野昌行先生から、共編著『図表で見るスポーツビジネス』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

2014年の本ですが、昨年末に2刷が出たということでお送りいただきました。きわめて多岐にわたるスポーツビジネスの諸分野について、30人近い気鋭の若手研究者・一部実務家がわかりやすい解説記事を寄せています。まだ拾い読みなのですが、書名にもあるとおり図表もふんだんに使われていて理解しやすく、スポーツビジネスの入門書として好適です。オビには「好きなこと=スポーツを仕事にしよう!」との惹句が躍っていますが、自動車メーカーに入社したはずなのになぜかスポーツが仕事になってしまった私にも楽しく勉強できそうです。いやそれで幸せだからいいんですけどどうしてこうなった

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2017-02-15

[]残業上限「月60時間」

前々から観測気球は上がっておりましたが、いよいよ昨日の働き方改革実現会議で政府案が提示されました。

 政府は14日、首相官邸で働き方改革実現会議を開き、残業の上限を月60時間と定めた政府案を示した。1年間で720時間に収めることとし、繁閑に合わせた残業時間の調整を可能とする。会議に参加する労使ともに受け入れる方針だ。政府は労働基準法改正案を年内に国会に提出し、早ければ2019年度に運用を始める。

残業時間の上限規制

(現状)

●36協定締結時→月45時間、年360時間

●特別条項締結時→年6カ月までは制限なし

(政府案)

●1カ月の上限を60時間に

●年間で計720時間に

●繁忙期は最低限上回れない上限を別途設ける

(今後検討)

●繁忙期は月100時間まで容認

●2カ月平均で80時間を超えないようにする

 安倍晋三首相は「労働者側、使用者側にしっかりと合意を形成していただく必要がある。罰則付きの時間外労働時間の上限規制はこれまで結論を得ることができなかった」と強調した。

 働き過ぎの現状を変えるため、政府は労基法で残業の上限を定める。その時間を上回る残業をさせた場合は企業に罰則を科す。政府案は36協定の特例として、年間の残業時間を720時間、月平均で60時間と定めた。

 繁忙期に対応するための措置も今後検討する。仕事が集中する時期には月60時間を超す残業を容認。1カ月のみなら100時間までの残業を可能とし、2カ月平均で80時間を超えないように規制する案で最終的に詰める。100時間超の残業は脳や心臓疾患による過労死のリスクが高まるとされており、この数字は超えないようにする。

 80時間や100時間の残業上限を巡っては野党が過労死ラインと批判。連合からも反発が出ており、今回の案には盛り込まなかった。ただ、政府は「過労死の認定基準は医学的な根拠に基づき1カ月100時間超の残業」と説明している。3月末にまとめる働き方改革の実行計画には、この方針を盛り込む見通しだ。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS14H41_U7A210C1MM8000/

まあ労使ともに受け入れる方針だということですからよろしいのではないでしょうか。この政策で現状に較べて世の中に大変なご迷惑がかかるかといえばそうでもないでしょう(まあ個別にはともかく)。しかしあれだな、わざわざ「この会議に参加する」とおことわりを入れているのは、「労政審じゃねえんだぞ」という官邸の意向を汲んだのか、あるいは「この会議に参加していない」労使(特に労だな)の中には「受け入れない」という話もあるという趣旨なのか、なかなかに味わい深いですな(←ほめている)。

さてこの上限規制を考える際のポイントをいくつか書いていきたいと思うのですが、まず重要と思われるのはこれはある種の労使にとっては事実上の規制緩和と言えなくもないということです。

どういうことかと言いますと、今回提示された政府案が実現会議のサイトにアップロードされていますが(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai7/siryou2.pdf)、従来は強制力のない大臣告示だった「月45時間・年360時間」を労基法に書き込んで強制力を持たせ、36協定の特別条項は維持したうえでそれによる延長の上限を年720時間として、一時的な事務量増加の場合の上限も別途設ける(具体的には書かれていませんが、月100時間とか2か月160時間とか言われているものですね)、というものであるわけです。

そこで実態をみますと、ある種の労使≒ショップ制などでしっかり組織された労組が存在して労使関係の成熟した労使においては、以前も書いたように(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150327#p1、真ん中あたりのhamachan先生の論考へのコメントで触れています)コンプライアンスやレピュテーションの観点も含めて行政指導による強制力を重視し、すでに従来の大臣告示の水準(月45時間・年360時間)をかなり強制力のあるもの、まあ絶対に超えないというわけではないにしても超える際には労使で相当のハードルを設定した上でアフターフォローも厳格にやるという運用になっている労使もかなりあるわけです。さらには、これはだいぶ以前になりますがこのブログでも東京新聞の記事をご紹介したことがありますが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20120727#p1)、すでに特別条項の絶対上限が100時間を下回っている労使というのも相当にあります。まあ今回の政府案等が実現したとしてもこれら労使が運用を緩めるとも思えませんが(つ労基法1条2項)、しかし心理的にはかなり楽になるのではないかとも思われ、そういう意味では規制緩和だということもできそうです。

次に「安倍晋三首相は「労働者側、使用者側にしっかりと合意を形成していただく必要がある。罰則付きの時間外労働時間の上限規制はこれまで結論を得ることができなかった」と強調した。」と、従来労政審・厚労省ではできなかったことが実現会議・官邸ではできたと自画自賛しておられる件です

まあそれはそのとおりだと思うのですがただそれがなぜかと言えば現実的な規制内容になったからという点に尽きるのであり、従来はこの議論になるとなぜかすぐにEUでは週48時間とか日本の実態に合わない話を持ち出す人がいて、そうなるとさすがに使用者サイドとしても「議論はできないねえ」という話でしょうし、労働サイドだって建前はともかく本音でそれがいいとは思ってない人も多かったのではないかと思います。それが今回は年間720時間ということなので、まあ労使ともに例外設定などを除けば基本線としては受け入れ可能なところだったのではないかと思われます。それが可能になったのは官邸主導の実現会議だったから、というのはそのとおりかもしれませんが、しかし実現会議には労使の代表も含まれていて一応は三者構成になっているわけですから、三者構成がいけないというよりは推進会議には圧力をかける傍聴者がいないからではないかなあなどと邪悪なことを考えたりもする心の汚れた私。

さて年平均以外の規制についてはまだ労使で折れ合っていないようで、巷間報じられている月100時間・2か月160時間といった上限については今回の政府案には織り込まれず継続検討となっています。この100時間・80時間(2か月160時間)というのは日経新聞も書いているように長時間労働の労災認定基準を参照しているものと思われ、それなりに医学的な根拠のある数字であり、かつ上でご紹介した過去エントリの東京新聞記事(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20120727#p1)でも見られるように労使の実務に定着していますので、これを利用するのは妥当な線といえるように思われます。

これに対して連合の神津会長は「認定基準とは明らかな開きがあるべき」との見解ということで、まあ労組がなるべく上限を抑制したいと考えるのは自然なことでしょう。

ただその理屈には注意が必要で、実現会議の委員提出資料を見ていると労働界以外の委員の方で「「上限は75時間以下」になると、「命を守る法的上限が入った」という社会への強いメッセージとなり、評価も高まるのではないか?ここに過労死以上の80時間、100時間という数字が入ると、バッシングの恐れもある」とか主張している人がいるらしくいやそれはそういう話なのか

このブログでも繰り返し書いているように100時間、80時間というのは「おおむね」であり「これを超えていたら強い因果関係を推定して労災認定して救済しましょう」という基準であって、そこで不連続かつ大幅にリスクが高まるというものではありません。従事する職務の内容にもよるでしょうし、睡眠時間から逆算した数字なのでたとえば通勤時間の多寡もリスクに影響してきます。そういう性格のものを「過労死ライン」と呼び、さらに一部のメディアがあたかもこれを超えると飛躍的に過労死の確率が高まるかのように報じているのはかなりミスリーディングと申し上げざるを得ません。もし100時間、80時間に対してバッシングをなすメディアがあるとしたら、単なる勉強不足・知識不足か、あるいは意図的なデマゴーグであり、いずれにしても問題だと言えましょう。というか、この委員の方はジャーナリストであるらしいのですが、ジャーナリストが「(社会の)評価が高まる」、つまり政策で世間の人気取りをすることを推奨するというのもいかがなものか(お、久々に使ってしまった)と思うのですが、いやそうでもないのか、ジャーナリストだからこそそういう発想になるのか…。まああれかな、そういう持ちかけ方をすれば官邸がそう動くと見たのかな。官邸も甘く見られたもんだ。

ただまあ100時間・80時間と95時間・75時間でどれほど違うかというとそれほど違わないのではないかという考え方もあり、連合がどうしても100・80は嫌だというなら例外の例外が適切に設定されるならそれはそれでかまわないという考え方はあろうかと思います。実際、他の委員の提出資料をみると、金丸委員が提出した経済同友会の「時間外労働規制等に関する意見」「研究開発やシステム設計などの専門職など、一律的な規制が難しい職種 については、健康配慮のための特別措置を講じた上で、適用除外を認める」ことを要望しています。具体的なケースとして想定されるのは、たとえば大物のシステムトラブルなどが発生した場合にはベンダーのエンジニアさんというのは昼夜兼行で対応することになるのでしょうが、物理的身体的負担が重い肉体労働ではない(いやしんどい仕事でないというつもりはありませんので為念)ことを考えれば、本人の健康状態などを慎重にモニターして異常のないことを確認しながら上限を超えることを容認する(そして解決後はまとめて休む)ということは考えられていいでしょう。

なお実現会議の提出資料をみるとなかなかに興味深い反応が示されており、たとえばイトーヨーカ堂の田中社長の資料には「現在、企業の再三の指導にもかかわらず、生活残業等で社員個人が意図的に違反しているケースも散見されるので、そういった社員への対応指針も検討すべき」(強調引用者)というまことに率直極まりない記述があります。生活残業で年720時間超…うーん、あるのかもしれませんねえ。日当たりにすれば約3時間なので、平均的に9時出勤・21時退勤、休日出勤すれば日当たりはさらに短くなりますので、まあ身体的負荷の高くないホワイトカラーであれば不可能ではなさそうです。基本的には企業の人事管理でなんとかすべき問題ではないかと思うのですが、懲戒処分できるとかいうことを想定しているのかなあ。指導にもかかわらず残業した分は残業代を払わなくてもいいとか、まさか考えていないと思いますが…。

また、上でご紹介した経済同友会の意見には「生産性の低い長時間労働の是正は、日本社会全体の構造改革である。したがって、実現に向けた期限を定め、国家公務員等も民間企業と同等の条件を適用する「働き方改革」を求める。」との一文があり、他人にやれと言うなら手前もやれという話ですなこれは。実際、このブログでもたびたび書いていますが、官僚にせよ有識者にせよ「そこまで言うならまず手前でやってみせてくれ」と言いたくなることはたしかに多いように感じます。

というか、日経新聞が報じている識者のコメントもそういう感はあり、

山本勲・慶大教授の話 残業上限の統一基準を作ることは評価できる。月60時間という数字は決して厳しい数字ではないが、今までは限度なく働ける状況だったので、急激に変えるのはひずみが大きい。まずは60時間から始めるというのはバランスが取れている。

 法律で残業時間を規制し、罰則が適用されることで抑止力が生まれる。統一基準を設けると、あまりに長く働いていることへのチェック機能が働くようになる。ただ、月100時間の「過労死ライン」は決して超えてはいけない。繁忙期でもそこまでいかない基準の適用が必要だ。インターバル規制は導入すべきだ。疲労の蓄積を防ぐことが担保される。月100時間の「過労死ライン」は決して超えてはいけない。労働時間規制の対象となっている一般の労働者は、ほぼデジタルで勤怠管理をしている。企業が日々の労務管理ができないとの理由で導入に消極的になるのは言い訳にすぎない。

平成29年2月15日付日本経済新聞朝刊から)

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170215&ng=DGKKZO12923090V10C17A2EA1000

前半部分については、ジョブ型でスローキャリアの働き方が普及してくれば上限も段階的に引き下げていけるだろうという趣旨だと思われますのでまことに妥当だと思うのですが、続けて「月100時間の「過労死ライン」は決して超えてはいけない」と言われると「だったらあなたも絶対に超えないでくださいね」と言い返したくはなります。いや山本先生としてはもちろん「月100時間の「過労死ライン」は決して超えてはいけない」のは「労働時間規制の対象となっている一般の労働者」であって、大学教授は「労働時間規制の対象となっている一般の労働者」ではないから超えてもいいのだ、ということだとは思うのですが。なお余談ですが「労働時間規制の対象となっている一般の労働者は、ほぼデジタルで勤怠管理をしている」というのは(いや時間だからデジタルに決まっているわけではありますがこれはそういう意味ではないでしょう)どこまで当たっているのかという気はします。いやタイムカードや勤怠簿をexellで集計してますというのまで含めれば「ほぼしている」と言っていいと思うのですが、デジタルな入退場時刻の記録や、端末のログイン/ログオフで労働時間を集計しているというのは、それなりの大企業かそっち系の業種では当たり前かもしれませんが、中小零細事業者まで含めれば「ほぼしている」とは言えないように思うのですが…もちろん「企業が日々の労務管理ができないとの理由で導入に消極的になるのは言い訳にすぎない」というのはそのとおりだと思うのですが。

ついでにもうお一方の有識者コメントについてもご紹介しておきますと、

 山田久・日本総合研究所チーフエコノミストの話 …女性や介護を抱える人たちの雇用を促して労働力を確保するためにも長時間労働の是正は必要で、中長期的に残業上限は引き下げていくべきだ。そのためには解雇規制の緩和も並行して進める必要がある。

 欧州の労働時間が短いのは、日本と比べて解雇規制が緩く、不採算事業の整理がしやすいためだ。労働市場の流動化が促されたのに伴い、長時間労働を前提にしないと採算が合わないような事業の淘汰が進んだ。日本は解雇規制が厳格なために収益性の高い部門に人材を移せず、不採算な事業が温存されがちだ。政府案は労働時間の総量に枠をはめつつ、仕事の繁閑に対応できる中身となっている。現実的な内容だ。

平成29年2月15日付日本経済新聞朝刊から)

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170215&ng=DGKKZO12923060V10C17A2EA1000

こちらも、ジョブ型や地域・勤務時間限定型のスローキャリアな働き方が普及していけば上限も引き下げられるし、そうした働き方は雇用保護も緩やかなものになるだろうという意味であればそのとおりだと思うのですが、「欧州の労働時間が短いのは、日本と比べて解雇規制が緩く、不採算事業の整理がしやすいためだ」以下はどこまで本当なのかなあ。もちろん日本企業が残業時間を雇用調整に活用してきたことが労働時間が長くなる一因だというのはまずまず定説だと思うのですが(その効果に疑問を呈する向きもありますが)、それが主要な要素だということはないように思うのですがどんなものでしょうか。「日本は解雇規制が厳格なために収益性の高い部門に人材を移せず、不採算な事業が温存されがちだ」というのも、賃金が低いゆえに収益性が高く、賃金が高いゆえに不採算だというのであれば、高賃金の人を解雇して低賃金で働かせるという理屈になるわけで、それがいいかどうかは議論があると思います。つか労働時間と関係ないんじゃないかと思うんですけどねこれ。そうでもないのかな。

さてほとんど報じられていませんがきのうの実現会議では高年齢者雇用についても議論されたらしく、これも提出資料などをみるといろいろ論点がありそうなのですが、こちらは明日以降書けたら書こうと思います。

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2017-02-10

[]佐藤博樹・武石恵美子『ダイバーシティ経営と人材活用』

佐藤博樹先生、武石恵美子先生から、おふたりの共編著『ダイバーシティ経営と人材活用−多様な働き方を支援する企業の取り組み』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

佐藤先生が中心となって精力的に取り組まれている中央大学のワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクトの成果をまとめた研究所で、東大時代から通算して3冊めになります。今回は女性活用やワーク・ライフ・バランスといったメインストリームに加えて、このプロジェクトが問題提起して最近注目を集めている転勤問題や、介護だけでなく病気治療にもテーマを広げるなど、前2冊同様に充実した内容となっています。副題にもあるように、企業の取り組みが多く紹介されているのも目をひきます。執筆陣も錚々たるメンバーで、hamachan先生にならって目次を貼り付けておきます。

序章 ダイバーシティ経営と人材活用(佐藤博樹)

I 新しい課題としての転勤問題

第1章 ダイバーシティ推進と転勤政策の課題(武石恵美子)

第2章 転勤が総合職の能力開発に与える効果(松原光代)

第3章 転勤と人事管理(今野浩一郎)

II 女性活躍支援の課題

第4章 企業における女性活躍推進の変遷(松浦民恵)

第5章 男女若手正社員の昇進意欲(高村静)

第6章 短時間勤務制度利用者のキャリア形成(武石恵美子・松原光代)

第7章 女性が役員になるための成長の要因(石原直子)

III 働き方改革

第8章 ワーク・ライフ・バランス管理職と組織の支援(高村静)

第9章 ワーク・ライフ・バランス管理職の育成(高畑祐三子)

IV 仕事と介護・療養との両立

第10章 仕事と介護における「両立のかたち」(矢島洋子)

第11章 従業員への介護情報提供と就業継続意識(佐藤博樹・松浦民恵・池田心豪)

第12章 長期在宅介護に対応した仕事と介護の両立支援(池田心豪)

第13章 ケアマネジャーによる仕事と介護の両立支援(松浦民恵・武石恵美子・朝井友紀子)

第14章 仕事とがん治療の両立(矢島洋子)

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2017-02-07

[]このごろのあれこれ

春季労使交渉がこの時期に行われるのは例年のことですが、今年はほかにもあれやこれやとめまぐるしく動いておりますな。いずれも以前まとめて書いたことがあるような話ではありますので、現時点での感想を日経新聞の記事をもとに簡単に。まずは1月31日のこの記事から。

 安倍晋三首相は30日の参院予算委員会で、退社から翌日の出社まで一定時間の休息を設ける「インターバル規制」の導入を検討する考えを示した。中小企業を念頭に「助成金創設や好事例の周知を通じて自主的取り組みを推進し、導入の環境整備を進める」と表明した。今後、法律で義務付けをするか否かについては明言を避けた。民進党の蓮舫代表への答弁。

 インターバル規制は労働組合などが求めており、民進党などが提出した「長時間労働規制法案」にも盛り込まれている。蓮舫氏は「長時間労働を無くすには残業時間の上限設定とインターバル規制が大事だ」と主張。首相は「インターバルを設けることは健康な生活にも重要だ」と応じた。

平成29年1月31日付日本経済新聞朝刊から)

繰り返し書いていますが、交替制勤務に従事する人など、インターバル規制を積極的に考慮すべき人については適切な規制が考えられるべきだろうと思います。いっぽう、そこまで必要性が明白でないケースについては、まずは産別・個別の労使の協議を通じた適切な制度の導入を先行させるべきでしょう。それがある程度広がってきて、「この業種・この仕事・この働き方にはこの程度の規制」という方向感が見えたところで法制化を考えるのが望ましい手順だろうと思います。まあ今回は助成金などを使って取り組みを促すということですから、いいのではないでしょうか。

また、わが国の実情を考えると、これを普及させるためにはインターバル確保のための不就労時間については無給とできることが望ましいように思われます。欧州においてはインターバル確保のために勤務免除が発生するというのは相当のレアケースでしょうが、わが国ではホワイトカラーを中心としてこれが長時間労働のインセンティブになってしまうという懸念が(残念ながら)否定できないからです。いずれ、本当に働き方の大勢が変わってくれば、有給としていくことも可能になるでしょう。

次に、翌1月31日に報じられた、春季労使交渉に関する神津連合会長の談話記事から。

…――経営側は一時金などを含む年収ベースの賃上げを掲げていますが。

 「年収で対応するというのは違う。月例賃金を上げてこそ初めて『春闘』だ。個別交渉であるべき水準を追求していく」

 「一時金は短期的な収益動向に左右される。働く人が求めているのは、将来の安心感、安定感だ。賃金が上がるという常識を取り戻すには、月例賃金を上げるしかない。消費への影響も一時金よりはるかに高い。ベアを通じ、個人消費の増加、デフレ脱却につなげていく」

平成29年1月31日付日本経済新聞朝刊から)

これはこれでそのとおりだとは思うのですが、しかしベアゼロが続いたのも働く人が安心感、安定感を求めたからだというのも一方の事実だとも思うのですね。ベースアップで固定費が増えた結果雇用削減、失業増ということになるくらいならベアゼロでも致し方ないというのも、ある時期の労使の判断だったわけです。

でまあその時期にはこんな話もあったわけで、当時の鷲尾連合会長と奥田日経連会長の春闘セミナーでのやりとりの記事ですが、

 鷲尾氏がまず「もしベアゼロなら、個人消費を冷やし、景気回復に水を差すことになる」と賃上げの必要性を強調した。これに対し奥田氏は「賃上げと消費拡大との関係性は薄い。むしろ雇用安定を最優先すべきだ」と反論。一方、鷲尾氏が「もし、失業率を二%台まで下げることを約束してくれるのなら、ベア要求を引き下げることもありうる」といえば、奥田氏が「賃上げした部分を一〇〇%消費に回してくれるのであれば、賃上げも考えられる」と応じた。

(平成12年1月14日付朝日新聞朝刊から)

現在も過去数年のベアにもかかわらず個人消費の伸びははかばかしくないわけですが、当時も「賃上げと消費拡大との関係性は薄い」という状況だったらしく(鷲尾氏も反論していないようですし)、働く人が安心感、安定感を求める結果として家計防衛的に倹約に励んでしまっているというのが当時も今も現実だったようにも思えるわけです。

ということで、奥田氏がかつて述べたようにベア分は消費することが好循環の実現に向けて重要であり、連合および神津会長には「ベアを通じ、個人消費の増加」にぜひとも強力なリーダーシップを発揮してもらいたいと思うわけです。さらに言わせていただければ、せっかく経営サイドが「年収ベースでは賃上げする」と言っていることでもありますから、年収ベースアップ(?定昇分は含まない)分は消費しましょう、という呼びかけなどもあっていいのではないでしょうか。ここはぜひ労働サイドから踏み込んでほしいと思います。しかしあれだな、賃上げしても消費がさほど増えないのは将来不安があるからだというのも昔も今も言われている話ですが、特に根拠はないですが消費が伸びないのは物価が上がらないからじゃないかと思うことしきり。

続いて同じ日の記事ですが、前日に開催された厚労省の「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」で解雇の金銭解決制度について議論されました。

 厚生労働省の有識者検討会は30日、裁判で不当とされた解雇を職場復帰でなくお金で救済する「金銭解決制度」の導入に向けた本格的な議論を始めた。…

 もともと今回議論されている制度は、中小・零細企業でほとんどお金を得られずに、泣き寝入り同然に解雇される労働者を救済する目的が大きい。2013年には裁判で不当とされた解雇が約200件あった。

 制度の導入を掲げた日本再興戦略では、仕組みを新たに作ることで、解雇を巡る紛争処理の「時間的・金銭的な予見可能性を高める」ともしている。十分な解決金を迅速に得られれば、次の仕事も探しやすくなり、結果として労働市場の流動化促進にもつながる。

 労働者側が懸念しているのは、新制度を企業が使えるようになれば、金銭による安易な解雇が助長されるのではないかという点だ。…

 解決金の金銭水準に基準を設けるかも焦点になる。勤続年数や解雇される前の年収などが考慮の要素となりそうだ。また、金銭水準に上限や下限を設けるかも議論になる。上限を設けることに労働者側は反対の立場だが、下限の設定には解決金が膨らむとして中小・零細企業の反対が強い。

 ただ大企業からすれば、新制度導入を通じて解決金の相場が形成されれば、解雇をする際のコストの見通しが立ちやすくなる側面もある。ただ、金銭水準の議論は制度設計の根本に関わる点だ。新しい仕組み自体を不要とする労働者側の反発は必至で、議論は次回以降に持ち越しとなった。

平成29年1月31日付日本経済新聞朝刊から)

日経新聞はすぐにこの話を流動化とか相場とかに結びつけたがるわけですが、本当の要点は不当解雇の救済方法の多様化です。解雇が不当とされた場合の救済は法的にはバックペイと職場復帰ということになるわけですが、現実には章場にとってもご本人にとってもそうそう簡単なことではないでしょう。そのため、結局はあらためて話し合いを持ち、解決金を支払って退職という形で決着することも多く、そのプロセスは労使双方にとってかなりの負担になっているという現状もあるといわれます。そこで、裁判所が金額を示す形での救済も可能にしてより迅速で負担のない解決を可能にすることを考えてもいいのではないかという話になるわけです。したがって、基本的には労使のいずれかが金銭解決を望めば金銭解決できることが望ましいと考えられます。

もちろん、労働サイドが「解決金の相場が形成されれば、解雇をする際のコストの見通しが立ちやすくなる」ことで「金銭による安易な解雇が助長される」と心配するのはもっともで、もしかなり固定的で予測可能な解決金の相場ができてくれば、その相場にそった手切れ金を提示して「裁判所で不当判決が出ても解決金の金額は変わらないんだからこれで解雇されてね」といったことをやりはじめる企業というのは出てくるかもしれません。したがって、記事にあるような「金銭的な予測可能性を高める」ことは望ましくなく、不当解雇の多様な実態に応じて解決金も個別に判断されることが求められるでしょう。具体的には、悪質なケースに対しては懲罰的に高額な(事実上使用者が金銭解決を選択不可能な)解決金を示す一方で、労働者にも相当の非がある場合には比較的低額の解決金を示すわけです(極端な話ですが、私はバックペイについても労働者の非に応じた減額があってもいいと考えているくらいです)。

そう考えると、上限についても設けないか、かなりの高額に設定する(まあ設定する意味がないが)べきでしょう。

下限についても、現実問題として企業の支払能力を考慮しない解決金というのもあまり意味がないので、やはり設定しないか、設定するにしてもあまり高くしないことが望ましいと思われます。ただし、これについては、ある程度高めの下限を設定する一方で、ドイツのように従業員10人以下の企業は解雇規制を大幅に緩和するという方法は考えられるかもしれません。

続いて、2月2日のこの記事です。

 政府は1日、首相官邸で「働き方改革実現会議」を開き、長時間労働是正に向けた議論を始めた。残業上限を月平均60時間、年間計720時間までとする政府案に沿って意見集約を急ぐ。対象は原則、全業種。安倍晋三首相は会議で「長時間労働は構造的な問題で、企業文化や取引慣行を見直すことも必要だ」と指摘した。政府は年内に労働基準法改正案を国会に提出し、早ければ2019年度の施行を目指す。

 この日の会議は各委員からの意見表明が中心で、1カ月の残業上限を平均60時間、年間計720時間までとした政府原案は14日の次回会議で示す。企業の繁閑に柔軟に対応できるようにするため、単月なら100時間、その翌月と合わせた2カ月平均では80時間までなら残業を認める方針だ。…

 全業種が大原則だが一部で例外は設ける。「企業競争力の発揮」といった観点から特例が必要となる業種を選定する方向で、研究開発職などが候補となりそうだ。…

平成29年2月2日付日本経済新聞朝刊から)

労使とも上限規制の必要性では一致しているそうですので、なんらかの規制はできるのでしょう。問題は水準ですが、原則として全業種ということになると、まあかなり緩めのものになるのは致し方のないところでしょう。年720時間、二か月160時間、月100時間という水準であれば、まあ大方の労働者はその程度には収めるべきレベルのように(あまり根拠はありませんが)思われます。

もちろん、いつぞやの週刊ダイヤモンドで長時間労働の実例として紹介されていた大手証券会社の商品企画など、経験豊富で自己完結できる高度な専門職で物理的身体的な負担がそれほど高くない人についてはそれ以上の長時間労働にもそれほどめくじらを立てる必要もないわけで、まあそういう人たちは裁量労働制の対象者になるか、今回設定される研究開発職などの例外で対応すればいいでしょう。これまた、まずは幅広く緩い網をかけておいて、産別や個別の労使で実態にあった適切な制度を導入していけばいいのだろうと思います。

もう一つ、これは電子版の記事ですが、

 厚生労働省は、長時間労働の温床とされるサービス残業をなくすため、会社側の「暗黙の指示」で社員が自己啓発をした時間も労働時間として扱うことなどを求めた指針を作成した。指針の作成は電通社員の過労自殺を受けて同省が昨年末に公表した緊急の長時間労働対策の一環。指針に法的拘束力はないが、同省は労働基準監督署の監督指導などを通じて企業に守るよう徹底する方針。

 労働基準法違反容疑で書類送検された電通では、実際は働いていたのに残業時間を減らすため、自己啓発などを理由に会社にとどまる「私事在館」と申告していたことが問題となり、同社は原則禁止とした。…

 指針では労働時間について「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義し、「使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる」との判断を示した。

 具体的には、業務に必要な資格取得の勉強や語学力向上の学習など自己啓発をした時間について、「海外転勤するんだから英語を勉強しろ」などの上司からの指示がなくても、そうした状況に追い込まれる暗黙の指示があれば労働時間に当たるとした。…

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG03H6H_T00C17A2CR8000/

明示だろうが黙示だろうが会社の指示でやってるなら自己啓発じゃなくて仕事だろ。仕事をするのに法制度の知識が必要であり、それを習得するために教科書や参考書で学ぶというのは、まあ仕事でしょう。ただまあそのすべてが本当に仕事に必要かという話はあり、直接は必要ないけれど興味を惹かれてより深く・広く勉強しましたというのは、さて仕事かどうかはっきりしません。ホワイトカラーの仕事というのは高度になればなるほど仕事と勉強の境界があいまいになるわけで、そこについては「使用者の指揮命令下に置かれている」判断の要素として会社構内にいるかどうか(当然拘束度は高い)といったことで判定するという知恵も必要かもしれません。電通のいわゆる「私事在館」は認めません、勉強したいなら社外に出てやってくださいというわけですね。これだと会社の設備や資材を使って個人的な関心事を学びたいというエンジニアの欲求には応えられないわけですが…。

もう一つ考えなければいけないのは、黙示というのは上司としては一切そんな指示しているつもりはないけれど部下はそういう指示があったと思い込んでいるというケースも想定されるわけで、そういうのはなかなか扱いが難しくなるでしょうね。記事にもあるような「海外転勤するんだから英語を勉強しろ」と明示的な指示はなく、上司は「海外転勤はいつかはあるかもしれないけれど英語はその時勉強すればいいよ」くらいに言っていて、しかし大半のマネージャーがキャリアパスとして海外駐在しているという実態があれば、部下はやはり自己啓発で英語を学ぼうとするでしょう。それは暗黙の指示といえるのか。

これに労働時間の上限規制が重なってくると、コンプライアンス上安全サイドに構えて「自己啓発も含めて上限規制内に収めなさい」とかいう話になりかねないわけで、それは学習意欲の高い労働者にとって本当にいい話なのかどうか。まあ少なくとも私はまっぴらですな。長時間労働対策も重要でしょうし世論が盛り上がっている間にあれこれ仕掛けたいというのも悪いたあ言いませんが、しかし息苦しい話だなとも思う。いいのかねえ。

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2017-02-01

[]アルバイトの病欠に罰金

セブン−イレブンの加盟店で、アルバイトが病欠にあたって「代わりに働く人を見つけられなかった」ことへの制裁として当該欠勤時間分の賃金と同額の罰金を徴収していたことが発覚したのですが、昨日の毎日新聞でこう報じられているのを見て仰天しました。

 コンビニエンスストア最大手、セブン−イレブンの東京都武蔵野市内の加盟店が、風邪で欠勤したアルバイトの女子高校生(16)から9350円の「罰金」を取っていたことが分かった。セブン−イレブン・ジャパンは「労働基準法違反に当たる」として、加盟店に返金を指導した。

 親会社セブン&アイ・ホールディングスの広報センターなどによると、女子生徒は1月後半に風邪のため2日間(計10時間)欠勤した。26日にアルバイト代を受け取った際、給与明細には25時間分の2万3375円が記載されていたが、15時間分の現金しか入っていなかった。手書きで「ペナルティ」「9350円」と書かれた付箋が、明細に貼られていた。

 店側は「休む代わりに働く人を探さなかったペナルティー」として、休んだ10時間分の9350円を差し引いたと保護者に説明したという。

 広報センターの担当者は毎日新聞の取材に「加盟店の法令に対する認識不足で申し訳ない」と話した。「労働者に対して減給の制裁を定める場合、減給は1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が賃金総額の10分の1を超えてはならない」と定めた労基法91条(制裁規定の制限)に違反すると判断したという。

 厚生労働省労働基準局の担当者は「代わりの人間を見つけるのは加盟店オーナーの仕事」と話す。母親は「高校生にとっては大金。立場の弱いアルバイトが差し引かれ、せつない」と語った。【早川健人】

平成29年1月31日付毎日新聞朝刊から)

http://mainichi.jp/articles/20170131/ddm/041/020/112000c

何に驚いたかというと労基法91条違反と判断したので返金を指導したというところで(いや事例の悪質さにも驚きましたが)、91条違反ということは金額が大きすぎるということであって懲戒自体は正当というつもりなのかということに驚いたわけです。

ただまあこれはさすがにそうではないようで、日刊スポーツのウェブニュース(配信は共同)によれば、

…(セブン−イレブン)ホールディングスの広報センターによると、店では、休む際に代わりの人を探さないとペナルティーを科すというルールを設け、アルバイトに伝えていた。担当者は「代わりを探すのは雇用主の責任。労働基準法で定めた減給制裁の上限も超えている」としている。

 女子高生は既にアルバイトを辞めているが、店側は差引額の全額を返済するという。

http://www.nikkansports.com/general/news/1772505.html

ということで、基準局だけではなくセブン−イレブン(の広報)も「代わりを探すのは雇用主の責任」と言ったとのことで、全額を返済するとも書いてありますので、罰金処分は取り消されているしそれを正当と主張するつもりもないということがわかります。毎日のように「91条違反」で「返金を指導」だと、91条違反部分のみを返金したようにも読めますよね。毎日の記者さんは署名で書いていることでもあり、もう少しきちんと書いてほしいなあ。さすがにこれはセブン−イレブンに失礼だろうと思います。

ただまあこれはセブン―イレブンの広報にも問題はあり、91条違反を持ち出すまでもなく労働契約法15条に抵触して無効だから全額返金を指導したと言っておけばいい話ではあります。周知のとおり労働契約法15条は懲戒に客観的合理的な理由と社会通念上の相当性を求めているわけですが、「ペナルティーを科すというルールを設け、アルバイトに伝えていた」という話だと就業規則に本件懲戒の明文の根拠規定があったとは考えにくく、まあ病欠の際にはアルバイトが代替要員を確保するという内規への違反をもって一般条項を適用するというのも「合理的な理由」とはいえないでしょう。相当性についてもまさに「代わりを探すのは雇用主の責任」というのが社会通念であるわけですからおよそ社会通念上相当とは言えそうにありません。したがってこの罰金は労契法15条により懲戒権の濫用であって無効なので撤回返金させますという話のほうがよほどまともではないかと思うわけです。

  • さらに言えば、今回のケースでは「休むときに代替要員を見つけないこと」に対して「当該欠勤時間分の賃金」の罰金という計算式が定められているので、労基法16条の損害賠償の予定の禁止にも抵触する可能性が高いように思われます。労契法と違ってこちらは刑事罰付の強行法規なのでカネを返せば済むという話ではありません。チェックオフ協定がなければ24条(これも強行法規)違反の問題も発生しそうです。

とはいえ、記事に対する不満はまだあり、(全額)返金するという話だけが報じられているわけですがこの人にカネを返せばそれで済む話ではないでしょう。これまでも、他のアルバイトなどにも同様に罰金を支払わせてきたのでしょうから、それらをすべて洗い出して全額返金するのが筋のはずです。まあ加盟店としてはどうせ証拠も残ってないだろうからアルバイトが言い出さなければ頬かむりを決め込むという算段なのかもしれませんが、そこをきちんとやらせるべく追及するのがジャーナリストの仕事だと思うのですが違うのでしょうか。

  • ところで、いつまで遡って返済すべきかについては、労契法15条違反なら賃金債権ということで労基法115条の短期消滅時効(2年)にかかるのだと思うのですが、労基法16条違反の場合は損害賠償金ということで不法行為の時効3年が適用されるのでしょうか?詳しい方、ご教示願えれば幸甚です。

また、再発防止についても気になるところで、もちろんフランチャイズ店のオーナーは一国一城の主であり経営者であるわけなので第一義的にはその責任において再発防止がはかられるべきですが、しかし本部としても類似の実態が他のフランチャイズ店で行われていないかどうかを調査し、行われていれば正常化を指導するというのが道義的に望ましいのではないかとも思います。このあたりも、今回のケースをどこまで重大に受け止め、本部としてどこまで再発防止をやる気があるのかといったことに突っ込むのも報道機関の役割ではないかと思うのですが…まあ期待しすぎかなあ。もちろん、そのあたりしっかり突っ込んだけれど紙幅の関係で報じきれませんでしたという話なのかもしれません。

[]濱口桂一郎『EUの労働法政策』

hamachan先生こと、(独)労働政策研究・研修機構統括研究員の濱口桂一郎先生から、ご著書『EUの労働法政策』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

http://www.jil.go.jp/publication/ippan/eu-labour-law.html

1998年の『EU労働法政策の形成』の全面リニューアル版とのことで、EUの労働法政策について、その前身(の前身)であるヨーロッパ経済共同体(EEC)時代からの形成過程に、2001年の増補版以降十数年の動向と現状とを加えて広汎・詳細・網羅的にまとめられています。A5版が8ポイント(!)のフォントでびっしり埋められて521頁という一大労作で、hamachan先生の勤勉さにはまことに頭の下がる思いです。EU労働政策の基礎文献としてきわめて有意義なものと言えそうです。

ISBNコードがついて書店に並ぶ本ではないようですので、上記リンク先からお求めください。\2,500+税です。

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2017-01-30

[]日本労働研究雑誌特別号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌特別号(通巻679号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

日本労使関係研究協会(JIRRA)様からもお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/special/index.html

(まだamazonへのリンクが入れられません)

今号は例年同様に昨年6月に開催された2016年労働政策研究会議の特集号です。総括テーマは「労働時間をめぐる政策課題」。本ブログでも聴講記録を掲載しましたのでご関心の向きはごらんください。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20160620#p1

[]田中勇気『営業秘密防衛Q&A』本寺大志・小窪久文・中島義文『マネージャー育成講座』

経団連事業サービスの讃井暢子さんから、田中勇気『営業秘密防衛Q&A』本寺大志・小窪久文・中島義文『マネージャー育成講座』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

田中著は副題のとおり内部不正、つまり従業員や元従業員からの機密漏洩防止の実務書で、Q&A形式でわかりやすくまとめられており、就業規則や秘密保持特約のひな形なども掲載されていて有益です。本寺ほか著は新任マネージャー向けのテキストですが、副題にもかかわらず、リーダーシップ論にとどまらず、労働条件や労働法規の解説やメンタルヘルス対策などにも触れられていて目配りが行き届いています。

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2017-01-26

[]JILPT労働政策フォーラム「多様化する仕事と働き方に対応したキャリア教育」(3)

もう少しだけ残っているので書きます。実践報告について、特に大学と高校の取り組みは多大なご苦労がしのばれるもので、その勤勉さにはまことに頭が下がるものがあったのですが、それに協力する企業というのも立派なものだと思いました。文部科学省が展開している中学生の職業体験は、実施率こそ公立校の9割近くにまで達していますが、4割が1日、3割は2日という短期にとどまっており、その最大の課題は受け入れ企業の確保といわれています。24日のエントリでも書きましたが栃木県下のインターンシップ参加率は1割に満たないということで、まあ全体の6割以上を占める普通科ではインターンシップを行わないのがむしろ普通であるとしてもやはり低率であり、その理由もおそらくは受け入れ先確保の困難さではないかと思われます。

まあそれもむべなるかなで、受け入れるとなればそれなりの意味のある仕事を準備する必要がありますし、仕事を教えたり、制服や作業服を容易したり、危険のないよう配慮したりしなければなりませんし、万一の事故というリスクもあります。インターンシップは無料のアルバイトとかいう勘違いも一部にはあるようですが、たとえば東京都の受け入れ事業者向けのマニュアル(http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/seisyounen/pdf/02_shokubataiken/27guideline.pdf)とかを読んでみると、いやこれ本当にタダでやるの?という話ではなかろうかと思います。これを社会奉仕として実践していただける企業というのはまことにありがたい存在と申し上げるべきでしょう。

こうした状況の中、宇都宮商高では2年次に全員が5日間のインターンシップを実施しているそうですが、同高の全日制の定員は280人であり、その受け入れ企業の確保には相当に苦労があったのではないかと思われます。県庁所在地に立地する創立100年を超える伝統ある商業高校ということで地元企業で活躍する卒業生が多いものと思われ、他校に較べればまだ協力を得られやすい環境はあったのかもしれませんが、それでも容易ではなかったでしょう。そして、インターンシップがフォーラム当日に報告のあったような大きな成果を上げているのだとすれば、それはすなわち受け入れ企業の人材育成力だということにならないでしょうか。同高のウェブサイトでインターンシップのようすが紹介されていますが(http://www.tochigi-edu.ed.jp/utsunomiyashogyo/nc2/index.php?key=joq51mgkw-287)、受け入れ先はかなり多様なようであり、また小規模な組織もかなり含まれているものと思われるわけですが、そういう現場の人材育成力というのは実はすばらしいものがあるのでしょう(そうはいっても当たり外れは大きいような気はしますが)。

企業の実践報告では、両社ともに現状の定着状況は良好なようですが、やはり過去は相当ご苦労されたのだろうなという印象は持ちました。藤井産業の大久保部長は前回書いたとおり「3年、5年の視野で」と繰り返されましたが、これはおそらく1年、2年で退職していった若者に対する「せめて3年いてくれれば続いただろうに…」という気持ちの反映ではないかと邪推したわけです(申し訳ありません)。それでもなお大久保部長は「長期雇用、雇用保障は大切にすべきだ」とも発言されていて、月並みですがやはり人材を大切にする会社なのだろうなあと思いました。まあ、そういう企業だからこのフォーラムに登壇するのでしょうが…。

ということでたいへん充実したフォーラムで、フォーラムの時間と往復の時間がちょうど同じくらいでしたが、はるばる出かけた甲斐がありました。宇都宮ぎょうざも美味でしたし、東武電車を使えば浅草−東武宇都宮は往復2400円でそれほど高くもないですし。また行こう。

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