『鳥はいまどこを飛ぶか』(山野浩一/創元SF文庫)

鳥はいまどこを飛ぶか (山野浩一傑作選?) (創元SF文庫)

鳥はいまどこを飛ぶか (山野浩一傑作選?) (創元SF文庫)

 東欧文学に関しては、「SF」よりも「ファンタチスカ」という語のほうがしっくり来る。ファンタチスカ、すなわち、サイエンス・フィクションやファンタジー、歴史改変小説、幻想文学、ホラー等を包括したジャンル設定だ。そこはレムやエリアーデカフカ、チャペック、ブルーノ・シュルツ、パヴィチたちの住処ということもできるだろう。
21世紀東欧SF・ファンタチスカ傑作集『時間はだれも待ってくれない』(高野史緒・編/東京創元社)p9より

 山野浩一傑作選Iと銘打たれた本書には、「鳥はいまどこを飛ぶか」「消えた街」「赤い貨物列車」「X電車で行こう」「マインド・ウインド」「城」「カルブ爆撃隊」「首狩り」「虹の彼女」「霧の中の人々」の10編が収録されています。一番古い作品で1964年発表(「X電車で行こう」)、一番新しい作品で1976年発表(「霧の中の人々」)ですので、そこはかとなく時代を感じさせる作品集ではあります。ただ、作品を通しての哲学性やあるいは実験小説としての試みなどはまったく古びていません。Iには「失踪=不在」という一貫したテーマを追った作品を収録したとのことですが、そうしたテーマ自体も普遍的なものです。SFというよりはカフカに近い読み口です。そういう意味で、上記引用文のようなファンタチスカというジャンルとして把握したほうがベターだと思います。
 本書巻末には著者あとがきが付いていますので、各話についての説明は不要だと思いますが、せっかく読んだので簡単な雑感を。
 「鳥はいまどどこを飛ぶか」は”この小説は、最初の二節と最後の二節以外のaからIの配列を任意に変更して読んで下さって結構です――作者”という前書きから始まる実験的な作品です。物語(ストーリー)というよりパノラマ的な風景を描いたお話です。「消えた街」は自分たちが住んでいる場所とアイデンティティとの関係が、多元世界の設定によって描かれています。「赤い貨物列車」は夜行列車という動く密室内での理不尽な死と緊張感を描いたサスペンス。三鷹事件三鷹事件 - Wikipedia)・下山事件下山事件 - Wikipedia)・松川事件松川事件 - Wikipedia)などの鉄道ミステリー事件が通奏低音としてあるように思います。「X電車で行こう」はいわゆる「幽霊電車」をSF的に描いた作品です。「マインド・ウインド」は「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な集団心理を「風」として叙情的に描いたのが面白いです。「城」はありがちですが潔いショートショート「カルブ爆撃隊」は、おそらくは精神病棟をSF的かつマイルドに描いたものだと思われます。「首狩り」は、会社をクビになった人間が首を狩ることになる、というシュールなお話です。「虹の彼女」は、今風にいえば「二次の彼女」ですね(笑)。「霧の中の人々」は、”アリバイ=不在証明を実存に結び付けた駄洒落が発端(本書「著者あとがき」p402より)”となっているお話です。ミステリ的には頻出用語のアリバイですが、不在の証明というのは確かに奇妙な概念ではあります。
 「赤い貨物列車」「X電車で行こう」はもとより、それ以外の作品でも「電車」が重要な役割だったり印象的な描写に用いられていることがとても多いです。なので、鉄道ファンの方にとっては思わぬ掘り出し物かもしれないです。
【関連】『殺人者の空』(山野浩一/創元SF文庫) - 三軒茶屋 別館

時間はだれも待ってくれない

時間はだれも待ってくれない