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清水正ブログ

2017-03-23

「私の「D文学通信」時代」(連載2)


清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正が薦める動画「ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ」

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。



清水正宮沢賢治論全集 第2巻』が刊行された。

清水正宮沢賢治論全集 第2巻』所収の「師弟不二 絆の波動」より山下聖美(日本近代現代文芸研究家・日本大学芸術学部教授)「私の「D文学通信」時代」を3回にわけて連載する。


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『100分de名著 宮沢賢治スペシャル 永久の未完成これ完成である』定価524円+税

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「私の「D文学通信」時代」(連載2)

山下聖美(日本近代現代文芸研究家・日本大学芸術学部教授)


 長々と自分の蚕体験を紹介したが、その後の私の人生は、まさにこの「一本をつかむことができない」姿そのままであった。大学生時代は本当の「一本」を求めて様々なことを試みたりしたが、どれも、プツリプツリと切れ続けた。これでもなかった、あれでもなかった。一体、私の人生の「一本」って何だろう? と模索し続ける日々が続いた。こんな状態の私に、初めて実感として「本当の一本、つかんだかも」と感じさせてくれたのが、清水正先生が発行している「D文学通信」であったのだ。

課題で書いたものを、データで清水先生に提出すると、先生は当時のワープロオアシスでパパパっと編集してくださり、「D文学通信」の組み版ができあがる。それを両面コピーし、ホチキス止めをして完成だ。課題をもらう、書く、提出する、編集を手伝う、この繰り返しを、もくもくと、ひたすらに行うことにより、手元にはみるみるうちに私の文章が掲載された「D文学通信」がたまっていった。プツリと切れない、本当の「一本」を見つけた私は夢中になり、ただただひたむきに課題をこなしたものだ。

 大学院博士後期課程に進学した頃の私は、宮沢賢治研究史を探るという研究テーマのもと、膨大にある宮沢賢治の研究書を読破し、その書評をまとめていた。これが後に、『検証・宮沢賢治論』(D文学研究会 一九九九年)となり、博士論文の一部となっていくのであるが、「D文学通信」には書評のすべてを掲載していただいた。その数、二百本以上である。まさに、毎日、毎日、読んでは書き、読んでは書きを繰り返した。もちろん、私自身、かなりがんばったのであるが、指導する清水先生の労力たるや、大変なものであったことが、今となっては実感できる。はっきり言って今の私に、こんな指導ができるのかと言われれば、無理である。一学生が書いたものを、読み、編集して、「D文学通信」をつくる。ほぼ、毎日である。当時清水先生は学科主任をしていた頃であるから、その多忙さは大変なものであったはずだ。


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2017-03-20

「私の「D文学通信」時代」(連載1)



清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

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https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。



清水正宮沢賢治論全集 第2巻』が刊行された。

清水正宮沢賢治論全集 第2巻』所収の「師弟不二 絆の波動」より山下聖美(日本近代現代文芸研究家・日本大学芸術学部教授)「私の「D文学通信」時代」を3回にわけて連載する。


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『100分de名著 宮沢賢治スペシャル 永久の未完成これ完成である』定価524円+税

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「私の「D文学通信」時代」(連載1)

山下聖美(日本近代現代文芸研究家・日本大学芸術学部教授)


 宮沢賢治グスコーブドリの伝記」に、「てぐす工場」が描かれる場面がある。

  するとてぐす飼いの男は、狂気のようになって、ブドリたちをしかりとばして、その繭を籠に集めさせました。それをこんどは片っぱしから鍋に入れてぐらぐら煮て、手で車をまわして糸をとりました夜も昼もがらがらがらがら三つの糸車をまわして糸をとりました。

 鍋で煮られ、その身を犠牲としながら糸を生み出していく蚕の存在は、物語のブドリの生涯と重なるところがある。一方で、昼も夜も糸をとり続けるその姿に、私は様々な思いを馳せる。

 小学生の時、理科の実験で蚕の幼虫を飼っていた。幼虫のプニュプニュとした手触りや、粘着力のある小さな足部、透明感を増していく肢体、餌である桑の葉の匂いなど、今だ鮮明に思い出す。

 蚕の幼虫は、もくもくと、大量の桑の葉を食べた。彼らはとにかく食べることに対して真摯であり、その姿はとてもひたむきに見えた。こんな彼らを養うべく、私たちもまた夢中になって桑の葉調達にいそしんだ。近所にあった東京工業大学のキャンパスには、たくさんの桑の葉が茂っており、スーパーの袋いっぱいになるほどの葉っぱを(勝手に)ちぎりまくっていたものである。桑の葉泥棒の小学生をとがめるものは誰もいなかった。おおらかな時代であったと思う。

 しばらくたった後、確か、画用紙で小さな仕切りのようなものを作らされ、幼虫はその中で綿菓子のような糸を吐き出した。もはや桑の葉は必要ない。幼虫は、ただひたすらに音もなく糸を吐き続ける。そし気付けば真っ白な繭となっていた。きれいな卵形になっているもの、形がいびつなものと様々で、この中で幼虫はさなぎとなっていたらしい。しかし実験では、さなぎから羽化させてはいけないという決まりがあり、繭は大鍋でぐつぐつ煮られることとなる。ちなみに、さなぎから羽化した場合でも、彼らは長年人間に飼い慣らされてきた習性によりその翼で飛ぶこともなく、大量の卵を静かに産み続け、死んでいくのだという。なんとつつましく、ひたむきな、蚕の一生であろうか。

 当時はこんな感慨にふける間もなく、大鍋で煮られ、ゆで上がったほかほかの繭が私たちの前に並べられた。幼虫が吐き続けた生糸をたぐり、くるくると巻いていく地味で根気のある作業のはじまりだ。小学生の私にとってこれは至難の技であった。「てぐす工場」のようにうまくはいかない。蚕はたった一つの口から、たった一本の糸をはいているわけであるから、本来ならばするすると巻いていくことができるはずである。しかし、たぐりよせることができる一本をつかむのが、難しい。糸は途中でぷつぷつと切れてばかりいる。少し巻けたかな、と思ってもプツリ、また巻いてもプツリ。結局私はそのたった一本をたぐりよせることができずに、むなしく作業を終えた。蚕がその身をもって生み出した生糸を無駄にしてしまったわけだ。


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2017-03-14

清水正の湧き出る泉と貝の名(連載3)




清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正が薦める動画「ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ」

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。



清水正宮沢賢治論全集 第2巻』が刊行された。

清水正宮沢賢治論全集 第2巻』所収の「師弟不二 絆の波動」より飯塚舞子「清水正の湧き出る泉と貝の名」を数回にわけて連載する。


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清水正の湧き出る泉と貝の名」(連載3)

飯塚舞子


 私は清水先生に出会ったばかりの頃「時空を超えて、ドストエフスキー宮沢賢治とテニスのラリーをしているんだよ」というお話をして頂いたことがある。その時、清水先生が常人の“理解”や“思考”を超えたところで様々な作家や作品の批評をされているのだと知った。私は時空を超えてテニスのラリーなど誰ともした経験がないので、それがどのような感覚なのかは分からないが、それこそ、あの講義の言葉・熱へとつながるのであろう。昨年、私は宮沢賢治研究という授業で『清水正宮沢賢治研究』という題で、『オツベルと象』について論じるため、『宮沢賢治を解く‐『オツベルと象』の謎』と『宮沢賢治の神秘‐『オツベルと象』をめぐって』という二冊の本を読んだ。それが私にとって初めてしっかりと清水先生の批評を読む機会であった。その内の一冊は驚くほど分厚く、はじめは目を疑った。そもそも『オツベルと象』という作品自体は数ページほどのものであり、謎が多い作品として知られているものの、まさかそんな数ページの批評が膨大な量に及ぶとは想像していなかったのである。正直、読み切ることは出来ないと思っていたし、失礼ながらよくある批評のように何だか的外れなことや、同じようなことが何度も書かれているのかもしれないとも思った。しかし、最初の何章か読み進めると、私の考えは一変した。数ページの作品の批評が数百ページになったのは、必然であったのだ。もちろん同じことは書かれていなかったし、それ以上に、そこには批評をも超えた真実しかないとすら感じた。あらゆる角度から、作品について清水先生の批評を見てしまえば、そうとしか考えられなくなるほどの説得力がそこにはあった。読み終わった時には、もはや宮沢賢治清水正に批評されることを見越して、こんなにも謎ばかりの作品を残したのではないかとすら思ったのである。その時、私は宮沢賢治に関して、もう他の人による批評は聞き入れることが出来ないであろうと直感的に感じた。清水先生は講義の中で宮沢賢治研究に対し、「賢治の研究は途方もなく地を掘り、高く飛翔し、一瞬で宇宙を駆け巡るような想像力と飛翔力が無くては出来ない」と仰っている。もちろん清水先生はそれらを成し遂げ、賢治とラリーをし、批評を超えた真実を探し出したのだ。しかし皆さんもすでにお気づきだとは思うが、そのようなこと普通は、他の人には、できないのである。だからこそ、清水先生のお言葉を借りれば「賢治研究は未だに衰退の一途を辿っている」のであり、清水正による批評を読めば、その他の批評など価値を見出せなくなるのである。

 私は、このように清水先生の批評や講義、お話について考えていると、やはり「さざえ」という名の大切さを感じずにはいられない。この名は他でもない清水先生の中に湧き出る、あんなにも凄まじいドストエフスキー宮沢賢治への批評などに関する、膨大な量の水が流れ出る泉から私のためだけにポロリと降って来た「さざえ」なのだ。私は、時代を超えて誰かとラリーをするテニスボールは持っていない。しかし、私の手の中には想像の及ばないほど神聖なところから降って来た「さざえ」がある。そして、それは、もはや美味な貝をはるかに超える重さとなっている。


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2017-03-13

清水正の湧き出る泉と貝の名(連載2)




清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正が薦める動画「ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ」

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。



清水正宮沢賢治論全集 第2巻』が刊行された。

清水正宮沢賢治論全集 第2巻』所収の「師弟不二 絆の波動」より飯塚舞子「清水正の湧き出る泉と貝の名」を数回にわけて連載する。


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清水正の湧き出る泉と貝の名」(連載2)

飯塚舞子


 さて、そんな清水先生だが、講義を受けていると、やはり占っているのではなく、全て清水先生ご自身が見通しているのだと思わされる。清水先生の講義は、学生にその場で小説を朗読させ劇を演じさせたりと、かなり独特なのだが、特に私が印象的なのは、目をつむり、マイクを片手に淡々とお話されている姿である。まるで自身の中に沸々と湧き出る泉の水を、ひたすらに外に出し続け、何かを潤しているようで、神秘的ですらある。そして、淡々と語る静けさの中に、誰にも勝てぬ程の熱意を感じるのだ。清水先生の頭の中では、膨大な量の考えが巡っているのであろうが、その考えを全く澱むことなく言葉にし、学生へと伝える。講義を受けていると、それらは決してどこかから拾ってきたような言葉ではなく、すべて清水先生の中で構築されたものであることはすぐに分かる。そして、それらは講義だけでなく批評にも共通しているのだ。



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2017-03-12

清水正の湧き出る泉と貝の名(連載1)



清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正が薦める動画「ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ」

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。



清水正宮沢賢治論全集 第2巻』が刊行された。

清水正宮沢賢治論全集 第2巻』所収の「師弟不二 絆の波動」より飯塚舞子「清水正の湧き出る泉と貝の名」を数回にわけて連載する。


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清水正の湧き出る泉と貝の名」(連載1)

飯塚舞子


 清水正は全てを知っている。彼には全てが見えている。もしかしたら占い師だったり、預言者だったりするのかもしれない。と思ったことが実は何度かある。

 清水先生は学生によく、あだ名をつける。本名から来るものや見た目などのイメージからつけられるもの。私の場合は後者であり、出会ったその日に私に「さざえ(栄螺)」という名をくださった。三年以上前のその光景を、私は今でも鮮明に覚えている。それは、まるでジブリ映画『千と千尋の神隠し』で千尋が湯婆婆に千という名前を付けられる時によく似ていた。そこに私の意志は全くなく、しかし妙な力に押し切られたものの、その時の私はあの時の千尋のように、まさか名前自体が力を持っているなどとは考えていなかった。ましてや、その数分後から本当に「さざえ」として大学生活をおくることになるとも想像していなかったのだ。しかし、清水先生は湯婆婆とは違い、親切でとても優しい方なので、その場で私に名前の由来を丁寧に教えてくださった。そして、その名は由来を聞いた私の心のどこか深くに根付き、周囲に瞬時に浸透し、私はあの時、あの江古田の中華屋の一角で本物の「さざえ」へとなった。その後、多くの人が何度も清水先生にも私にも名前の由来を尋ねて来たが、誰にも教えたことはない。これは清水先生と私だけの秘密となっている上に、とても長い話になるので、ここでも披露することは出来ないが、実はこの名には私のすべてが詰まっているのだ。私に関するあらゆる真実と、秘めた想い。過去と未来と、苦しみと希望。清水先生は出会ったあの日に、私と少し言葉を交わしただけで、私を構成する全ての要素が集約された、「さざえ」という名前をぴったりと私に当てはめた。そして、生まれた時に授かった本名(こちらも気に入っている)だけでなく、現在の私のために付けられた「さざえ」という二つ目の名の持つ強い力こそが私を日芸という環境の中で導いてくれていると感じている。

 私が「さざえ」へとなった経緯からも分かるように、清水先生はあらゆる人・物事の真意を驚くほど瞬時に、そして深くまで総覧する。清水先生に由来を聞いた時、私は自分の全てを知られることへの恐怖と喜びを同時に感じた。先述の通り、この名には私の全てが凝縮されている。もちろん、その中には私がひた隠しにしてきた部分も含まれている。自分の深奥に仕舞いこみ、誰にも見つけられぬように、自分自身も気付かぬようにしていたものを、出会ってすぐに引きずり出される怖さと、真っ暗だった場所に光を当てられる喜び。これはとても感覚的な表現になってしまうが、清水先生と少しでも話す機会を与えられた人ならば誰でも味わったことのあるものなのではないだろうか。この正反対にも思える恐怖と快感は、いつの日にか心地よさへと変わっていく。清水先生とお話をしていると、自分の内外はもちろん、過去すらも見抜き、未来すら予知されることがある。そのように、全ての物事を見通してしまう様が私には、占い師のように見えてしまうことがあるのだ。  


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