装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊

2017-01-14 『妖精の女王』の書評に装丁にも言及が…

私が40年間でデザインした本の中でも最も.豪華な本として9月30日に紹介した、スペンサー作、福田昇八訳『妖精の女王』(九州大学出版会、2016.10)の新聞に掲載された書評が出版社から送られてきた。

 書評の主な内容は、アレゴリー詩であっても七五調の韻文訳で読みやすく大部の書物でも楽に最後まで読めてしまう。というようなものだ。

 書評で装丁まで言及するのは珍しいが、今回は「…造本が洋書風の美しい豪華本になっているのも特筆すべきだ。実に贅沢な凝った造りで、いわゆる愛書家なら垂涎数尺にたえぬだろう。」(渡辺京二、『熊本日日新聞』平成29.1.8)とあり、ちょっと嬉しくなって、ブログにアップしてしまいました。

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弦書房 渡辺京二
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岩波書店 森銑三 柴田宵曲
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2017-01-11 竹久夢二の手描文字…セノオ楽譜の表紙タイトル

竹久夢二の手描文字…セノオ楽譜の表紙タイトル】

 竹久夢二(1884〜 1934年)が描く楽譜の表紙タイトルはほとんどが手描きだが、中でも興味を惹かれるのはキネマ文字との関連だ。文字をデザインすること、いわゆる創作文字とか図案文字に興味を持ち始めたのも同じ頃ではないかな、という仮説を時間をかけても立証していきたいと思っています。


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竹久夢二装丁「順禮の合唱歌劇タンホイゼル」(セノオ楽譜、大正12年)

竹久夢二装丁「世の態」セノオ楽譜、大正12年)


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竹久夢二装丁「古歌の思出」(セノオ楽譜、大正13年)

竹久夢二装丁「独唱ラルゴー」(セノオ楽譜、大正13年)


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竹久夢二装丁「死と少女」(セノオ楽譜、大正13年)

竹久夢二装丁「夕映」(セノオ楽譜、大正13年)


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竹久夢二装丁「やまと少女の歌」(セノオ楽譜、大正13年)

竹久夢二装丁「西班牙小夜曲 ロリタ」(セノオ楽譜、大正14年)


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竹久夢二装丁「たそがれの歌」(セノオ楽譜、大正15年)

竹久夢二装丁「ジョセランの子守唄」(セノオ楽譜、大正15年)



今回掲載した数点ではわかるはずもないが、大正13年頃の作品にはそれらしい雰囲気がある。大正12年以前の作品になると微妙に違うかな? という感じがする。

 一方、昭和4年以降にはキネマ文字は使われていないように思える。キネマ文字にははっきりした定義や描き方のルールなどがないので、キネマ文字かどうかをきっちりと判断するのは難しい。

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新聞に掲載されたキネマ文字の映画広告(『朝日新聞』昭和2年4月20日)

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キネマ文字の映画広告で埋められた新聞(『朝日新聞』昭和2年4月8日)

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キネマ文字の映画広告で埋められた新聞(『朝日新聞』昭和2年4月21日)

この1面だけでも様々な書体が使われている。このような映画広告に使われた書体全てをひっくるめてをキネマ文字と呼んでいる。




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竹久夢二装丁「オリエンタル・ローマンス」(セノオ楽譜、昭和2年)

竹久夢二装丁「忍路高島」(セノオ楽譜、昭和2年)


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竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲 第14編 旅人の唄」(山野楽器店、昭和3年)

竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲 第1編 青い芒」(山野楽器店、昭和3年)


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竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲VI マノン・レスコオの唄」(山野楽器店、昭和3年)

竹久夢二装丁「中山晋平新民謡曲 V スキーぶし 雪よふれふれ」(山野楽


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竹久夢二装丁「オリエンタル・ローマンス」(セノオ楽譜、昭和2年)

竹久夢二装丁「忍路高島」(セノオ楽譜、昭和2年)


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竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲 第14編 旅人の唄」(山野楽器店、昭和3年)

竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲 第1編 青い芒」(山野楽器店、昭和3年)


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竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲VI マノン・レスコオの唄」(山野楽器店、昭和3年)

竹久夢二装丁「中山晋平新民謡曲 V スキーぶし 雪よふれふれ」(山野楽器店、昭和3年)


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竹久夢二装丁「.緊縮小唄 ビクター民謡曲II」(ビクター出版社、昭和4年)

竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲 第17編 龍峽小唄 」(山野楽器店、昭和4年)



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竹久夢二装丁「鉾ををさめて」(山野楽器店、昭和4年)

竹久夢二装丁「中山晋平民謡曲 XXII 琵琶湖シャンソン」(山野楽器店、昭和5年)



 つまり大正13年〜昭和3年頃にキネマ文字風の手描き文字を使っていたのではないかと推察することができる。この期間の装丁のタイトルなども含めた作品をもう少したくさん集めれば、この仮説を確かなものになるはずだ。そして、キネマ文字を初めて手がけたのは誰なのかということもわかってくるはずだ。

2017-01-05 西東京市都市伝説…尉殿神社に残る榛名神社鳥居の礎石

【西東京市都市伝説…尉殿神社に残る榛名神社鳥居の礎石】

 西東京市住吉町・尉殿神社の参道脇に大きな矩形の石が2つ鎮座している。手洗い鉢にしては水が溜まるところが小さいし、ししおどしの水受けにしても2つあるのはおかしい、と、以前からなんだろう? と不思議に思っていた。

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尉殿神社に残る榛名神社鳥居の礎石


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尉殿神社参道と榛名神社の鳥居礎石


 そんな謎が、今回初詣に榛名神社(柳沢氷川神社)に参拝したことで一気に解決した。

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榛名神社(柳沢氷川神社)境内に建てられた榛名大権現石物群を説明する看板

 榛名神社境内にある看板には

明治元年(1868)維新政府は神仏分離を発令すると、神道による国民教化を目的とし古代の神祇官にならい、伊勢神宮を筆頭に由緒の神社を官幣各社から郷村杜、無格社等と格付けして神社の統治を図りました。明治40年(1907)にいたると政府は、神道教化を徹底するため、村段階では一村一村杜を標準にして他を村社に合祀せよと定め、実質的には神社整理を断行しました。

 このとき旧上保谷村下柳沢集落の鎮守であった榛名神社は、無格社として村杜に指定された尉殿神社に合祀される対象となりました。以来氏子をあげて十年間の果敢な対運動を行いましたが、国家神道にまで強化された政府の宗教政策には抗すべくもく、大正4年(1915)ついに合祀となりました。その後昭和17年(1942)埼玉県浦和市蓮見新田の村杜を引宮したのが現在の氷川神社です。」

と記されており、と記されており、上保谷村の村民たちの尉殿神社に移動された鳥居を奪還する合祀反対運動の実力行使については触れていない。

 詳細はこうだ。大正4年、神社合祀が行なわれた際に榛名神社も市内の尉殿神社に合祀され廃社になった。

 これに対し、合祀されることとなった榛名神社の氏子達は猛烈な反対運動を起こし、警察に盗難届を出して、奪われた鳥居などを取り戻しに行った。そのとき、鳥居は取り返したものの、鳥居の礎石は重すぎて持ち帰れず、今でも尉殿神社の参道に放置されたままになっているのだそうだ。

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榛名神社の鳥居。これが取り返してきた鳥居か? よく見ると結構古いように見える。大正4(1915)年に取り返してきたとすると、その時からでも102年経過している。地方に行けば築100年以上の木造建造物はたくさんあるので、100年前から、あるいはそれよりさらに100年前からそこにあったとしても不思議ではない。


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氷川神社摂社・榛名大権現と傘付き石柱などの石物群

2017-01-04 榛名神社で初詣,どこで引いても中吉!

西東京市市内の尉殿神社、田無神社、東伏見神社、氷川神社(榛名神社)とおみくじを引いて、一番いいのを信じようと思ったが、さすがは神様。どれを引いても似たようなもので、中では榛名神社で引いた写真の中吉が一番いい結果でした。

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 ちなみに榛名神社は明治時代の保谷在住文学者によって書かれた保谷八景の第4番と第五番に

「四、男坂の眺望(下柳沢〜下野谷川を渡り男坂から眺める榛名神社の黒松) 五、榛名の富峰(榛名神社(氷川神社)の高台より見たる富士)」

とあり、境内に今も残る黒松と、今は見えなくなってしまいましたが、ここから見える富士山が美しかったようですね。

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明治元年(1868)維新政府は神仏分離を発令。明治40年(1907)、神道国教化を徹底するため、村段階では一村一村杜を標準にして他を村社に合祀せよと定める。大正4年、神社合祀が行なわれた際に榛名神社も市内の尉殿神社に合祀され廃社になった。

 これに対し氏子が猛反発し尉殿神社に移されていた鳥居を奪い返した。そのとき、鳥居の礎石は重くて持ち帰れなかったらしく、現在もそのまま尉殿神社に残っているらしいが、本当かな? 気になるのでそのうち確認に行ってみようかな!


 榛名神社の創建時期は不詳だが、江戸時代中期この地域が開拓された際に村民が勧請したものと推察されている。大正4年に住吉町の尉殿神社に合祀されたが、昭和17年に再建。昭和59年榛名社を合祀。境内には榛名大権現の石造物(市指定文化財第38号)

文化4年(1807)造立、浄水盤

文政2年(1819)造立、榛名大権現笠付塔一対

文久2年(1862)造立、榛名大権現礎石

が残っています。

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 私は、悲しい歴史を不屈の精神で乗り越えてきた、市内屈指の歴史的遺産だと思っている大好きな場所です。

2016-12-29 流れの中に❤️が!

西武新宿線の下を流れる神田川を眺めていたら、なんと、流れの中にハートが!!!❤️❤️

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2016-12-25 斎藤佳三のモダンな手描タイトル

斎藤佳三(1887-1955)は、図案家、作曲家、舞台美術家、演出家、あるいはドイツ表現主義の図案・版画の紹介者などと、多方面で活躍したことで知られている。ここでは、そんな斎藤の手描のタイトルに絞って作品を鑑賞してみようと思う。

 斎藤は作曲家を志して官立東京音楽学校(東京芸術大学音楽学部の前身)に進学し、そこで一つ年上の山田耕筰を知り、小山内薫北原白秋三木露風らと交友を結ぶ。が、小山内の妹にデザインの才能を見出され、また、舞台芸術に触れ、音楽学校を中退し官立東京美術学校東京芸術大学美術学部の前身)図案科に再入学する。

 卒業前の大正元年(1912)11月にドイツに渡る。明治43年に渡欧していた山田耕筰と同宿しながらベルリン王立美術工芸学院で構成美学を学び、あわせて、ダルクローズの主宰する音楽舞踊学校で、リズムに関する研究も積む。

 大正3年1月、大戦の気配が濃くなったので、山田とともにシベリア経由で急遽帰国、早速、持参してきた表現派の獨逸シトゥルム分社主催「DER STURM木版画展覧会」を日比谷美術館で3月14日から28日まで開催した。これが日本初の西欧版画展となり、恩地孝四郎白樺派東郷青児らに影響を与える。

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▲「DER STURM木版画展覧会」図録、1914年

 斎藤は一方で、草創期の映画とのかかわりも深い。大正九年に蒲田撮影所ができると小山内薫がそこの所長になり、斎藤は美術部長として参画する。小山内は付属の松竹キネマ俳優学校の校長も兼ねており、斎藤はそれに協力して小山内とともに俳優教育にもあたった。二人は学生時代・ベルリン時代からの友人同士だから、力を合わせて映画という新しい芸術分野に飛び込んでいったのである。昭和六年にトーキーが誕生するが、その前年に試作品として「故郷」が製作された。この映画は、斎藤が作曲した「ふるさとの」を主題とした作品で、藤原義江と夏川静江が主役を務めている。

 今回紹介する斎藤が装丁を担当した楽譜のタイトルに使われている文字は、大正末から昭和初期に大流行したキネマ文字と呼ばれる書体がふんだんに使われており、映画や音楽、美術など広い範囲で活躍した斎藤を象徴する総合的な作品のように思える。

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 ▲新聞全面にキネマ文字で書かれた映画広告があふれる『朝日新聞』(昭和2年4月21日)


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・斎藤佳三装丁「洒落男」表紙(ビクター出版社、.昭和5年1月)

・斎藤佳三装丁「都会交響楽」表紙(ビクター出版社、昭和4年)


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・斎藤佳三装丁「金座金座」表紙(ビクター出版、昭和4年)

・斎藤佳三装丁「満州前衛の歌」表紙(ビクター出版社、昭和4年)

 


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・斎藤佳三:装丁「ミス・ニッポンの歌」表紙(ビクター出版社、昭和5年)

・斎藤佳三:装丁「女給の唄」ビクターハーモニカ特選楽譜No.11、(ビクター出版社、昭和5年) 


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・斎藤佳三:装丁、日活映画主題歌「エロ感時代の歌」楽譜表紙(ビクター出版社昭和5年10月)

・斎藤佳三:装丁「夢の女の歌」楽譜表紙 (畑耕一:作詩 中山晋平:作曲 ビクター出版社、昭和4年)


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・斎藤佳三:装丁「野球メロディー」楽譜表紙(時雨音羽:作詩 佐々紅華:作曲 ビクター出版社、昭和4年)

・斎藤佳三:装丁「山の歌」楽譜表紙(時雨音羽:作詩 佐々紅華:作曲 ビクター出版社、昭和4年)


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・斎藤佳三:装丁「愛して頂戴」楽譜表紙 (西條八十:作歌 松竹蒲田音楽部:作曲 ビクター出版社、昭和5年 )

・斎藤佳三:装丁「母の歌」楽譜表紙(鶴見祐輔:作詩 中山晋平:作曲 ビクター出版社、昭和5年)


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・斎藤佳三:装丁「緊縮小唄」楽譜表紙(西條八十:作詩 中山晋平:作曲 ビクター出版社、昭和4年)

・斎藤佳三:装丁「不忍小唄」楽譜表紙(時雨音羽:作詩 佐々紅華:作曲 ビクター出版社、昭和4年)


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・斎藤佳三:装丁「モダン東京」楽譜表紙(ビクター出版社、昭和4年)

・斎藤佳三:装丁「四季の満州」楽譜表紙(佐々紅華:伴奏編曲 伊藤孚遠:旋律・作詩 ビクター出版社、昭和4年)


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・斎藤佳三:装丁「東京行進曲」ビクターハーモニカ楽譜(松原千加士:編曲 西條八十:作歌 中山晋平:作曲 昭和4年)

・斎藤佳三:装丁「女性讃 [A]」 (西條八十:作詞 近藤柏次郎:作曲 ビクター出版社、昭和5年)


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・斎藤佳三:装丁「かちどきの唄」ビクターハーモニカ楽譜No.1(松原千加士:編曲 時雨音羽:作詞 佐々紅華:作曲 昭和4年)

・斎藤佳三:装丁「海のメロディー」ビクターハーモニカ楽譜(松原千加士:編曲 時雨音羽:作詞 佐々紅華:作曲 ビクター出版社、昭和4年)

2016-12-23 手描文字の装丁家、田村義也と平野甲賀

【手描文字の装丁家田村義也平野甲賀

 田村義也平野甲賀も共に、主に手描の文字だけで装丁をするブックデザイナーだ。

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田村の装丁本、安岡章太郎『感性の骨格」(講談社、1970年)や安岡章太郎『モグラの言葉』(講談社、1969年)に初めて出会ったときは、レタリングの基本を無視した素人っぽいデザインだと思っていた。

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ところがどっこい田村義也『のの字ものがたり』(朝日新聞社、1996年)には「…『軟骨の精神」はその前年歩いてきた沖縄の、海浜の砂をかたちづくっている骨のようなサンゴのイメージだった。

 それは海に洗われ風に吹かれて、角がまるくなり、小さな白骨のように見えた。ポケットに入れて大切にもち帰って机に並べていた。だから、どうもこのサンゴの曲線が気になって仕方がない。『軟骨の精神』という明朝体の角ばった漢字を、思いきって強引にデフォルメしてしまった。……すごく時間をかけ、何度も何度も変化させながら、やっとここまで辿りついたので、キュに出来たわけではない。……曲線によるデフォルメのやり方やフクロ文字のつくり方は、これらの本で身についたように思う。それから翌年の『もぐらの言葉』(講談社)、次の年の『感性の骨格』(講談社)と、しだいに、無茶苦茶なデフォルメになっていった。三冊とも、見返しにも、このデフォルメ文字を思うさまぶちまけてしまった。勝手なことをやり過ぎてしまい、安岡さんや編集者の諸氏にも申し訳なかったのだが……。このやり方は『私説聊斎志異』(安岡章太郎、1975年・朝日新聞社)まで続いた。しかし、一般にやってよいことと悪いことがあって、著者の性質、本の内容、著者との関係、出版社のカラーを考慮すると、なかなかのことで書き文字などをつくるわけにはいかないことはいうまでもない。書き文字は、私にとって、いつも不安である。」

 と、あの軟体動物のような文字も明朝体の「角ばった漢字」を基にしていたことを知り、手書きのタイトル文字の誕生話を知り、敬意の念を新たにさせられた。


 平野甲賀については後日書かせていただきます。

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2016-12-20 明治時代のボタニカルアート掲載誌『園藝の友』

【明治時代のボタニカルアートが出てきた】

 探し物をしながら書庫(というほどのものではないが)で本の山をひっくり返していたら、明治時代のボタニカルアートが掲載されている雑誌『園藝の友』(園藝研究会、明治38年)が出てきた。明治時代のカラー印刷がこんなにレベルが高かったとは、今更ながら驚いている。

 針金綴じ製本の原稿を書いていた頃に集めたものらしいが、その頃は、雑誌の内容など見向きもせずただひたすら針金綴じ製本が日本でいつ始まったのかを追求していた。

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  写真は「玉利博士発見の野生の梨 甲、長善寺梨又核無雄梨 乙、西洋梨又雌梨…」との説明があり、梨の新種発見の報告か? 切り取り線が付いているので、額装することを念頭に作られたものと思われる。印刷は、精度の高さから、当時の最新の印刷術である玻璃板(コロタイプ)と呼ばれる写真製版法を使っているのではないかと思われる。コロタイプは1870年代にドイツのアルベルトJ.Albertによって実用化された印刷術で,日本でも1889(明治32)年ころから使用されている。ガラスの板を原板に使用することから、日本では玻璃(はり)版とも呼ばれている。

 実家の裏山にも小さな梨が実っていましたが、あまり美味しいものではありませんでした。


 その他の記事も、植物画を描き始めた今読むとなかなか興味ふかい。

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2016-12-19 幸せの黄色い金棒

【2月号の表紙を考える】

 まだクリスマス・イブにもなっていないというのに、頭の中はお正月を飛ばして、もうバレンタインデーです。

 2月号の表紙の制作に取り掛かっています。節分とバレンタインデーを組み合わせて、鬼がチョコレートを食べ、豆のマスの中には、アーモンドチョコレートやマーブルチョコが入っていたら面白いのではないかな? な〜んて考えてみました。 鬼の金棒も幸せの黄色い金棒にしてみました。

 そうしたら豆まきは「ふくわ〜うち〜、おにも〜うち〜」かな? すでに、うちに鬼はいるって?

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2016-12-12 結構楽しい。ジグソーパズル風カード

♪ I have a pie . I have an apple. u… applepie♪ な〜んて遊んでいる場合ではない。某大学英文科の案内パンフレットの表紙デザインを考えているんです。イギリスの絵本やカード、人形などを並べて、なんとかアイディアをひねり出そうと苦心しているんです。

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メインの絵カードをペンとアップルにして、ピータラビットが、「P」はおいらだろう!とクレームを言う。「A」は私よ、と不思議の国のアリスが、自分のカードを持ってくると、イギリスっぽくなりそうな気がするんだが…。


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 それにしてもこのカードは、幼児用のカードだと思われるが、結構楽しい。ジグソーパズルになっていて正解すれば、文字とカードがつなぎ合わさるようになっている。

 幼児用だと侮っていたら、左下の写真のカードなどはちょっと難解だ!

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