介護者と家族の心のケア
以前紹介した『ケアを受ける人の心を理解するために』という本の著者である渡辺俊之先生の新刊が6月に発行されます。母が突然入院してから遠距離のお見舞い、リハビリと介助、医師や看護師との関わり…色々な経験をしてきました。その中で今まで心の隅に置き去りにしていた家族への複雑な感情が甦り、私は母をどう介護していったらよいのか悩みました。そんな時ネットで検索していたら渡辺先生のサイトに辿りつき上記の著書に出会いました。介護保険が運用されるようになり介護がビジネスになりつつある昨今、福祉に関する法律やサービス、介護マニュアルなどの本は溢れていますが、介護されるひと・するひとの心について書かれた本は少ないと思います。私は渡辺先生の本を読むことで母の心に少しは寄り添う準備を進めることができました。まだまだ辛い事は多いのですがケアは身体的なものに留まらないこと、ケアすることでお互いにケアされていることを意識すると心にしあわせな気持ちが湧いてくる事を学びました。新しい本の表紙には渡辺先生の御祖父様御祖母様の写真が使われています。渡辺先生のご家族の原風景なのでしょうか。「編集者と著者がケアしあいながら著作は生まれる」(先生のブログの言葉から引用)…この本の発行を楽しみにしています。看護や福祉・介護職の方向けの本ですが、専門家でなくても介護する家族を持っていたり今現在ケアをしている方なら用語辞典などを引きながら読んでみることをお勧めします。
- 作者: 渡辺俊之
- 出版社/メーカー: 金剛出版
- 発売日: 2005/06/02
- メディア: 単行本
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渡辺先生のブログ:辺縁への志向性
ご自身のスタンスを「学際的」と言わずに「辺縁」と仰るところにセンスを感じます。そして辺縁は社会の端に追いやられた人々のいるところでありかつ他の世界との縁が触れ合うところ。優しさとネットワークをイメージさせる言葉でもありますね。
テーブルの花
週末に母の介護に行けないことが罪悪感となって気持ちが落ち着かないのだと思う。仕事帰りにスタバに寄って夕方の薬を飲んだ後、実家に電話した。母が出た。「今日は何をしたの?」「診断書は出来たの?」「お風呂はどうしてるの?」「朝ごはんはちゃんと食べてるの?」気の利いた話が出来ない。母は私の質問に低いすこしかすれた弱々しい声で答えてくれる。片麻痺で話しにくいのだろうゆっくりと大丈夫だと言う。私は電話で母をどう励ましたらいいのか分からなかった。「絵は描いてるの?」と訊いてみたら、道具一式を片付けられてしまってそろそろ出してもらいたいと話してくれた。「今度絵の道具を出してもらって描けるといいね」そんな事しか言えなかった。私は今月実家に帰れないことを詫びた。母は無理しないでいいからと言った。きっとひとりで居る時困る事ややりたい事がいろいろあるだろうに…。「来月は行くからね、ごめんね」と言ったら、母は「ありがとう、ありがとう…」と繰り返した。何に?私は何もしてあげられないのに。電話で話すことくらいしか今は出来ないのに。私はたまらなくなって「じゃあまたね。気をつけてね」と言って電話を切った後泣いた。自分の無力さが情けなかった。母のありがとうという言葉が頭の中で響いていた。何が出来るだろう…
私は実家に帰るとき、時々小さな花束を持っていく。前回行った時もテーブルに飾った。もう枯れている頃だろう。もう一度電話を掛けた。母が出た。夕食前だった。「ごめんね。テーブルの花、枯れてない?」「しおれてるよ…誰も世話できないし」「明日ヘルパーさんに片付けてもらって。花を送るから。お昼ならヘルパーさんが受け取ってくれるよね?」「うん、お昼なら居ると思う」「じゃあ花を送るから。じゃあ気をつけてね」「あ…ありがとう…」私はまた泣きたくなって電話を切った。入院中に何度か持っていったセレンディピティのアレンジメントを送ろうと思った。出来るだけ明るい色彩の花を使った…。外は突然の雨がアスファルトを叩いていた。
傘は持っていたが外に出るのを躊躇していたらお店の人が「小降りになるまでゆっくりされてください」と言って小さなカップにコーヒーをサービスしてくれた。お礼を言ってコーヒーを飲みながら雨が止むのを待っていた。少しずつ気分が穏やかになってくる。
日本橋で途中下車して、花を注文した。今日も夫の帰りが遅いのでそのままコレド日本橋で夕食を済ませた。小奇麗な空間にぽつんと一人。周りを見ると一人で食事してる人が意外に多い。私は大きなテーブルの端で食べていた。食欲は全然無かったけれどとにかく食べた。食べているうちにこみ上げる悲しみに涙が溢れて止まらなくなった。必死に涙をふき取って食べ続けた。お母さん…ごめんね…こんなことしか出来なくて…。急いでフルメジンを飲み込んで感覚を麻痺させようと試みる。もう、顔はぐちゃぐちゃだった。そんなことはどうでも良かった。ただ食べる事で時間を埋めたかったのかもしれない。
「ありがとう、ありがとう…」母の声が胸をしめつける。