祥見知生 器を愛する。

2012-01-13

[] 幸せの、うつわ沼


おはようございます。

鎌倉は晴天です。

このところ、寒さがいちだんと応えますね。

風邪をひかれている方も多いようです。どうぞ気をつけてください。

私はどういうわけか、めったに体調を崩すことがありませんが、

多くの皆さんに「身体だけは大事にしてください」と気遣いの言葉をいただきます。

たぶん、器の展覧会や、その他の本の仕事、音楽ライブの仕事などの見ていて「過労」を心配してくださって、言葉をかけてくださっているのです。有難いことです。



最近、私のまわりには、器のギャラリーを始めたいという方が増えていらっしゃいます。

熱心に器や作り手のことを勉強(?)され、遠方から鎌倉の展覧会へ足を運ばれている方もいらっしゃいます。

開業までの心のあり方をお手紙にして送ってくださる若い男性などの活動は、見ていて、とても頼もしく思っています。

なんでも、始まりには「強い志」があるものです。

それはとても純粋で、穢れがなく、尊いものです。

しかし、悲しいことに、その美しさや強さは、だんだん 磨耗して古びていくことが多々ありますね。

しかし、自分自身の感情なんですね、きっと、それも。

立派な信念よりも、わたしは個人の「感情」というものが、

きっと役立つのではないかと、うっすら思っています。


感情、いわば、ときめき、です。

ときめきは、冷静ではありません。計算もできません。

だから、「仕掛ける」こともできません。

持続させるための「マニュアル」もありません。

でも、感情というのは、毎日、わたしたちが「感じられる」リアルなもので、

自分自身の体調を整えていれば、リアルに「ときめき」は毎日生まれるものです。

どんな仕事でもそう言い当てることができると思いますが、この、器を伝える仕事は一筋縄ではいかないことも多いです。

しかし、私自身、器を伝えたい、と思った最初の「ときめき」こそが、

出発点であったことを忘れずに「何を求めていたのか」を忘れないでいたいと、そう思っています。

立ち戻れる場所は そこしかないのです。

日本各地に、器を伝えるギャラリーが増えたらいいな。

私もときめきを楽しみに出かけていきたいです。



去年は震災後精神的に辛いばかりの年でしたが、器を通じて出会った皆さんとお話させていただく機会や、ツイッター上での言葉のやりとりには、本当に励まされました。

なかでも、長崎諫早オレンジスパイスでの「TABERU」展へお出かけくださった福岡からいらしたご夫婦とは色々な話をさせていただきました。

印象に残っているのは、同じように器のことを話せる友人が少ないので、ある知り合いに、めし碗をプレゼントしたいというお話です。

そこで、どれが選ぶのかを、一緒に考えさせていただきました。

いろいろ丁寧に選ばれていき、最後に残ったのは、石田誠さんの南蛮焼締のめし碗でした。

そのめし碗が本当に素晴らしいものでして、またさらに悩みが増えたのですね。

よい器すぎて、自分のものにしたい・・・という正直な気持と、よい器だからこそこの世界を知っていただくために手渡したい、使ってもらいたい・・・という葛藤です。

そして、この世界を、その方は「うつわ沼」と表現されたのです。

うつわ沼・・・ 器を愛する皆さんなら、ここで、深く頷いてくださるのではないでしょうか。

湖でも海でもなく、沼なんですね。この、器の世界は。

一度入るとなかなか抜けられず、どんどん深みにはまっていく。

でも、その方はおっしゃったんです。明るい声で「でも、幸せです」と。

その笑顔がとても嬉しかったです。

以前に、たぶん2009年のころでしょうか・・

展覧会の初日に、突然「ショウケンさん、私、重い病気にかかったんです」とある女性に真剣な表情で告白されたことがありました。

私は一瞬言葉をうしないましたが、

最後に「でも幸せな病気なんです」という「オチ」を聞いて、安心し、

「その病気なら、私は子供の頃からかかって、現在も完治しておりません」と笑いあったものです。

うつわ沼、うつわ病。

うん、うん、うん。

続きはまた書く機会があると思いますが、器は幸せを、ときめきを、運んできてくれます。

最高の友人に出会う沼であり、病です。

よい器は決して裏切らないですから。そして、明日を生きる希望になってもくれるほどの愛しいものです(このあたりが病???)

あの時選んでくださっためし碗は、その後、きっと、ご友人の手によって育てられていることと思います。

その後のお話もまたお聞かせいただけたらと思います。


さて、今日は夕刻から、吉岡萬理さんの展覧会の搬入があります。

奈良から萬理さんがいらっしゃいます。

今年はどんな器が大勢やってきてくれるでしょうか。

とても楽しみです。

にぎやかに、朗らかに、

そして、たくさんの「福」を持って、萬理さんがやってこられます。

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初日14日と15日は両日、吉岡萬理さんが在廊します。

ぜひ皆さま、お出かけください。

心が弾み、何か、新しいことが始まるかもしれません。

新作の長石釉の器も静かでとても品があり、美しいです。

ご覧ください。


onari NEAR 吉岡萬理展

2012年1月14日(土)〜1月23日(月)

会期中1月17日(火)休

14日は夕方から 「HAPPY NEW UTSUWA」 うつわ祥見の新年会を行います。

奈良からいらっしゃる吉岡萬理さんを囲んで、一緒に集いませんか。

去年雑誌『サライ』取材で私が案内した鎌倉の料理店で この季節絶品の牡蠣フライをご一緒に・・・と思っています。

18時から20時。 ぜひご参加ください。

   

3月1日細野晴臣 鎌倉ライブについて 特設サイトを作りました。

こちらもぜひ、ご覧ください。

http://hosonokamakura.com


細野さんのライブについては、また近々、くわしく、この日記でも書きます。

2月に向けて、いろいろ新しいお知らせをしています。

うつわ祥見のホームページ よかったら、のぞいてみてください。

では今日も一日、お元気で。

明るいうつわ沼にひたりながら、笑っていたいと思います。

2012-01-10

[] もうすぐやってくる。 A Happy NEW ・・・

こんばんわ。

10th anniversary  の二つ折りのチラシを見ています。

小さく「器とともに。」と言葉を添えました。

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お年賀をいただいた皆さんには これから 発送をいたしますね。

しばらく時間はかかるかもしれませんが、少し気長にお待ちいただければと思います。

昨年、クリスマスの頃に、いただいたお便りに、こんな言葉をいただきました。



 

器との楽しい一年でした。

器たちに、器の神様に、

器の伝道師たる祥見さんに、

感謝です。

新しい年も器とわくわくしたいです。

展覧会、合宿、食事会、

Tシャツ、CD、器たち・・・

楽しみです。



ありがとうございます。

肩のあたりが なんだか、ふっと軽くなるように感じました。


年明けの4日。日本晴れの青空の日。

東海道線の電車にしばらく揺られ、神奈川県の端の半島、真鶴に行ってきました。


真鶴には「中川一政美術館」があります。真鶴町立の美術館です。

中川一政さんは言わずとしれた高名な洋画家です。私はこの方の「あ・うん」の絵が好きです。

なんとも 力が強く、ユーモアがある。晩年に、富士山を描きたいと、弟子の車でスケッチに出かけたとき、あいにくの曇り空に、車の窓を下げて「ふう、ふう」と息をふき、雲を追いやろうとしたエピソードを知り、さらに好きになりました。

中川一政美術館」は今回お休みでしたが、そのリーフレットを駅前の食堂でいただいてきました。


画の見方 

画の見方といえば画をきゅうくつに考えないで見る事です。

富士山を見てよい景色だと思います。しかしよい景色は富士山ばかりではありません。

富士山ばかりをよい景色だと考えすぎると、天の橋立へ来るとわからなくなります。

そういう風にきめずに見る事です。

こういう風にすれば観賞の範囲が広くなります。

それからわからないものはわからないとしておいて、わかるものを先ず味わって行けばよいのです。

人というものは其人の心の深さだけしか見る事が出来ません。深い心の作品を見るにも自分の程度だけしかわかりません。いつ迄見ていてもよい絵というのは、自分の心が成長して行ってもまだ奥底のわからぬ絵のことです。自分にとけぬ謎のある絵です。

自分のわかる程度で素直に見てゆく事です。理屈ぜめにして見てゆかぬ事です。自分が成長すればわかるだろうと思う事です。そして成長する事を考えた方が近道なのです。

こういう風にすれば、観賞の内容が深くなって行きます。

以上のように観賞の広く出来るように深くなるように二つあわせてゆく事で見方が鍛えられると思います。

中川一政全集「美術の眺め」より

 

鑑賞ではなく、あえて、観賞という言葉を使われているのでしょうか。

何度読んでも感銘を受けます。

ここでは「画」と画伯は書かれていますが、これを「器」と置き換えても、そのまま意が通るのではと思うのです。


とらわれない自由な目と、「わからないものはわからないもの」としていいという見方に、改めてはっといたします。


たぶん、このつながりで、私がここで、次の書く人のことを紹介したならば、

ご本人から「勘弁してくださいよ〜」との声が飛んできそうですが、

それこそ勘弁していただいて 先に進もうと思います。

ここでご紹介したいのは、奈良陶芸家・吉岡萬理さんです。

萬理さんは、粉引き、刷毛目、鉄彩に加えて、華やかな色絵で、大変熱心な器つくりをされています。

私がまだ器の仕事を始めるずっと前からずっと人気作家さんです。

色絵の絵の自由さ、私は毎日、萬理さんの色絵プレートで朝食を食べているのですが、

この器の明るさ、朗らかさ、力強さが、どれだけ私の毎日の生きる活力となっていることでしょうか。

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その萬理さんがブログを始められたというので、楽しみに時々拝読しています。

(ときどき、魔女や泣き女になったりして、私も登場しているようです・・・)

私が知るかぎり、こんなに楽しく、人生に前向き、内容の濃い、陶芸家HPはないのでは・・と思います。本当です。

先日も「いざ鎌倉へ」と題し、今回のNEARの展覧会へ向けて文章を書かれていますので、ぜひ ご一読ください。

http://footen.exblog.jp/

以前、萬理さんには、「萬理さんの言葉には人を励ます力があります。萬理さんこそブログツイッターをやったほうがいい」と言った覚えがあるのですが、それが実際にきっかけになったかどうかは不明ですが、この日記を読んで、ときには「ほろり」とときには「大爆笑」と・・私は改めて、この方の大ファンになりました。

画の朗らかさ、突き抜けた明るさ。そして器としての完成度。

いま、この時代だからこそ、皆さんに伝えたいと思っています。

「萬理さんの器を使うと、気持ちが晴れる」

「顔を上げて、明るく、やっていこう」と前向きになるのです。

まるで魔法にかかったみたいな、不思議な、けれど、確かなことなのです。

私は小声で思います。

「芸術」には真にこういう力があるのだよ、と。


吉岡萬理さんの展覧会がonariNEARでもうすぐ始まります。

「いい器、持って行きます」

先日も力強い声の電話が届きました。

ぜひ、皆さんとともに、萬理さんの器を待ちたいと思います。

A Happy NEW BANRI の掛け声とともに。


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吉岡萬理展

2012年1月14日(土)〜1月23日(月)

会期中1月17日(火)休

14日は夕方から 「HAPPY NEW UTSUWA」 うつわ祥見の新年会を行います。

奈良からいらっしゃる吉岡萬理さんを囲んで、一緒に集いませんか。

去年雑誌『サライ』取材で私が案内した鎌倉の料理店で この季節絶品の牡蠣フライを

ご一緒に・・・と思っています。

18時から20時。 ぜひご参加ください。

新年の強い気持、明るく、皆さんと「器をまんなかに」集えたら とても嬉しいです。

2012-01-07

[] 心を映す、器と。


あちこちにノートを置いて、書きとめるクセがなかなか治らないのは、

いつもいつも、器のことを考えているせいかもしれないと思うことがあります。

考え事というのは、ただ漠然と、「今日は何を食べようか」というのんびりしたことから、

仕上げなくてはならない仕事の時間的な制約をクリアにするため思考や

約束事を守るために必要な労力の「計算」・・・普段からいくらでも、「考える」ことがあって、とどまることないわけです。

そうした「考え」を時々に必要な課題をこなしていくための思考とすれば、

「器とは何か」という命題を考えることは、終わりなき思考とでもいいましょうか、

誰に頼まれたのでもなく、ただくり返し、、あちこちに思いついたことを書き留めていくことになります。


年末の部屋の掃除で、一冊のノートが出てきました。

ぱらぱらとめくってみますと、2008年度のノートのようです。

4年前ですね。

短い言葉が鉛筆で書かれていました。

こんな文章です。

*****************


いちばん愛しいのは、時間なのだと思う。

かけがえがなく、

愛しいのは時間。

誰にも止めることができない、

誰にも作ることもできない。

もちろん、お金で買うこともできない。

その時間というものが、

わたしたちが生き続けるために、食べる器というものに、降り積もっていく。

そのことが愛しいのだ。

*****************



2008年といえば河出書房新社から『日々の器』を上梓した年です。

感慨にふけっているのではありません。

ただ、呆れるほどに、ずっと同じことを、繰り返しているんだな、と思ったにすぎません。


器とは何か、を考え続けて、「器は食べる道具」であるという答えを見つけました。

あまりに、ありふれていますね。

しかし、ありふれているからこそ、器なのだ、と最近さらに思うのです。

わたしたちの、繰り返す、日常の時間に、特別なものではない存在、それが器なのだ・・と。


ノートに書かれた、鉛筆の走り書きを見ながら、今夜はそんなことを思っていました。


昨日1月6日、鎌倉駅そばの常設の店「onariNEAR」が今年はじめてオープンしました。

私は、久しぶりに、器たちを間近に見て思いました。

NEARにある器は、どれも、本当に素晴らしく、美しい器たちでした。

華美ではないけれど、しっかりと強い芯あり、美しく、きりりとした表情で、立っておりました。

土の器の素朴なあたたかさ、

白磁の白の濃厚で、優美なやわらかさと、清らかさ。

新年の、新しい気持ちで店内の器をゆっくりと手に取ってみたせいでしょうか、

小さな小皿ひとつにも、何か、心打たれるものがありました。

「器を感じる」とか「器に出会う」というのは、

劇的な始まりの瞬間が或る日訪れるようなドラマティックなことではないかもしれません。

ただ、しみじみと、食卓で。とても小さな出来事の積み重ねで。

食事は心を満たす、心の所作なのだと思います。

一枚の器と、人が、少しずつ距離を縮め、信頼を重ねていく。

どこでもあるありふれた、食卓の光景のなかに、

かけがえのない「時間」をとともに生きていくのだと思います。

一客の器が、いま、この深刻な時代を生きていく、小さな個の、小さな光となるように。

そう願っています。

心で器を選び、心を許す器をそばに置く。

そう言い当てれば、器は心を映すものなのかもしれません。

素直に、心を映すものとして、器を。

よい器を選ぶのには、心の余裕も、確かに必要かもしれません。


NEARで、「うつわ祥見10周年の展覧会スケジュール」をお渡し始めています。

明日には、HPでも、後期スケジュールをすべてお伝えしますね。

お知らせできるのがとても嬉しいです。

おやすみなさい。

2012-01-02

[]「日々」の始まりに。


新年明けましておめでとうございます。

お正月を、ゆっくりと鎌倉で、過ごしています。

元旦は、頭を真っ白にして、あえて何も考えずにおりました。

そして一夜明けて、この静かな時間に、

ふだん頭のなかで ぐるぐると考えていることを、言葉にしてみました。

10年の節目の年、

多くの方に支えられて、これまで器を伝えてこられました。

こころより感謝を申し上げます。

ありがとうございます。

昨年暮れ、10年の節目の年に向かって展覧会を「組んで」いるときに、

実は、自分のなかで、どんどん心が沈みこんでいくことを感じていました。

不思議ですね。

傍から見たら、順風な仕事が、わたしのこころを沈める。

何を見ているのか、どこを見ているのか、

大きな目、遠くを見る目・・

わたしは誰と、あるいは、何と、対話を繰り返したらいいのか。

そう思っていたのだと思います。

そして・・・。

そして、思います。

自分のなかの「真」にむかって、わたしは仕事をしていると思う。

厳しいとは、他人に向かって 発することではないのです。

人であるという自明なこと・・・

その「人であること」と同じように

わたしの前には仕事があります。

それを どれだけ 目をそむけずに かたちにしていくのか。

問われていると思う。

ときおり、わたしは 作り手に向かい、厳しいことを言います。

言わずに にやついていては 何も かわらないと思うから。

重いでしょう。

重いのです。

器を作る、伝える。 この仕事は「終わりなき旅」だと思う。

もちろん、「伝える」ために、つまりは、もっと人に見ていただくために何が必要なのか。四六時中考えます。

よく「仕掛けて」などといいます。

確かに「仕掛ける」ことが必要なのかもしれない、と思うこともある。

もちろん、有効な「働きかけ」もあるでしょう。

すべては器のために。すべては器を伝えるために。

そう思えば、この時代、いくらでも、「やりよう」はあるでしょう。

しかし、その労力をかける時間を、淡々と

わたしは作り手と向き合うことに、より時間を割いていきたいと思う。

向き合うことで、ほんとうのことを言おうと思う。

ほんとうのことを言うのは、勇気がいります。

こわいです。ほんとうに。

でもね、いままでもそうでしたが、

これからも

厳しくあらなくてはならないと思う。

そのために、体力が必要なのです。



ここからは、必要なものは、ごくわずかだと思う。

清潔なタオル。

寝床。

風呂。

からだを包む衣服。

音楽。本。

土のついた野菜。

光が必要で、土が必要。

そして、手が必要だと思う。

そして、何よりも、こころが必要なのです。

生きるために。

こころとからだを守るために

食べることが、必要です。

食べる道具として、

いまほど、器が、必要な時代はないと思う。


震災後、さまざまな「ひずみ」が明らかになりました。

しかし、こんにち、日本は、あまり変わらないように感じます。

大晦日。ETV特集原発がとのように作られてきたのかのドキュメンタリーを見ましたが、

この根は想像以上に深いです。

戦争もこうして繰り返されてきたのだと思い当たります。

人はどこに向かうのか。

わたしは、より、リアリティのあることを信じていきたいと思う。

「器とは何か」。

そして、余計な言葉もなく、

ただ「器」であることが、

名もなき、この「器」というものが、

無垢な光を放ち、この小さな存在が、生れ落ちたことを喜びたい。

淡々と、厳しさを。

仕事をしていきたいと願います。


皆さんにとって、本年が 幸いに満ちた一年でありますように。


一年の始まりに。 日々のはじまりに。


本年もどうぞ宜しくお願いします。


2012.1.2  祥見知生

2011-12-31

[] 一年間 ありがとうございました。

こんばんわ。

あろうことか、12月の日記更新が大晦日になってしまいました。

一年前のこの日、やっぱり、私はこの「日記」を書いていたんだなぁと思い出します。

プログ上で、「一年間を振り返る」ということを思いつき、言い出した自分をはんぶん恨みながら、二日にわたって

写真入りで一年間の展覧会をまとめる作業を、晦日と大晦日に行っていたのです。

あれから一年になるのですね・・・。


2011年、あまりにも大きな、大変な年でありました。日本人にとって忘れることができない年となりました。

そして多くのことを学び、知り、通わせ、こころ深くに蓄えた一年であったと思います。

それぞれの個人が、突きつけられた現実のなかで

生きるとは何かを 考えさせられたのではないでしょうか。

私にとっては、それは、器とは何か、ということでありました。

器とは食べる道具である。

この信じることを、より明確に伝えるために、何が必要なのか。器に何ができるのか。

「器」というもの可能性について、あるいは「希望」について

走り続けるスケジュールのなかで、考えた一年となりました。


そんななかで、何よりも、嬉しかったのは、

器を通じて出会った皆さんとのつながりでした。

昨年から始めた「ツイッター」140字の世界がその「つながり」を強くしてくれました。

これは本当に驚くべきことです。

住んでいる地域も性別も、おそらく年齢も、関係なく、器を愛する心で、つながっていく人と人。人、人・・・。

これまでも、器は度々ブームになってきました。

古くは・・・と辿れば、茶の湯が流行った桃山の世、少しばかり遠い昔です。もう美術史の世界ですね。

新しいところでは民藝運動かもしれませんし、もっと近々では・・・と言えなくもありません。

しかし、あえて言えば、現在、うつわ祥見のまわりで生まれてきている「器を愛する方々のつながり」は

ほかのどの「かたち」でもない、つながりであるような気がしています。

器との出会いを喜び、生きて食べて その道具である器と心から付き合って、

育て、ともに生きている喜びを知る方同士の つながり といいましょうか。

そして、私の知る限り、その皆さんは、めっぽう明るく、寛容で、穏やかなのです。

私は夢を見ます。

いつか、その、各地に住む「器を愛する皆さん」が集まるようなことができないか、と。

器の同窓会を開き、皆さんが育てて愛する器が集まるような会を開きたいと、思っています。



そんなことを考えていましたら、

来年2月に長崎諫早 オレンジスパイスで行う「冬のどんぶり展」のDMが届きました。

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来年は、ずっと、気になりながら取り組むことが後回しになっていた「どんぶり」という器を

作り手の皆さんとともに 伝えようと、「どんぶり展」を企画しているのです。

長崎がその第一弾となります。

DMに添えた言葉は

「こころにやさしく、手に優しく。

 チャーミングで、あたたかい。

 食べたくなる、この器たち。」

DMからも 弾むような楽しさが伝わってきます。

その束の一番先頭に 「この手に付いていきます」と手書きでメッセージがありました。

これには、思わず笑って、ちょぴり、泣きたくなりました。

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「手」とは、11月にオレンジスパイスで行われた展覧会「TABERU」の初日 器を愛する話し会で

 夢中になって話している「私の手」なのでした。


「器を愛する」その一心で始めたうつわ祥見は

来年で10年の記念の年を迎えます。

プライベートギャラリーは今年でいったん役目を終えて、クローズとなり、

これからは、全国各地での器展、そして鎌倉・御成通りの「onariNEAR」での展覧会で器を伝えていきます。

10年を記念して、ホームページを少しだけリニューアルしました。

トップページは石田誠さんの南蛮焼締のめし碗です。

使われて育ち、ますます美しくなる器です。

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この小さな器のよさを、心からの言葉で、伝えていきたいと思います。

「器を愛することは日々を愛すること」。

器とともにある日々に。 皆さんとともに、朗らかに、器を愛することでつながっていきたいと願っています。

「onariNEAR」の展覧会、そして各地で行う展覧会を ホームページでお知らせしました。

ぜひ鎌倉へ、そして、お近くの会場へ

器に会いにいらしてください。

この一年、うつわ祥見を支えて下さった皆さまに 深くお礼申し上げます。

本当にどうもありがとうございました。

皆さまにとって、新しい年が 幸せに満ちた日々でありますように。

希望の日が 訪れますように。

よい年をお迎えください。

2011年12月31日 

祥見知生