藝能と藝術



 昨日7/1(木)は、東京丸の内東京会館で劇作家井上ひさし氏追悼の会が催されたとのことである.氏の訃報に接してから、記憶を辿ってその舞台化された作品を回顧したのであったが、なんと、『化粧』は渡辺美佐子一人芝居の舞台との印象が強すぎて、この作品が井上ひさしの原作であるとは失念していた.1983年2月に、東京世田谷区下北沢の本多劇場で観劇している.
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 この作品を別の役者が演じて、どういう舞台になるのかは予想できない.梅沢武生浅香光代筑紫美主子ら、大衆藝能の錚々たる先達から学び吸収して臨んだ、渡辺美佐子の舞台はそうかんたんに継承・再現できるものでもあるまい.人類学者の山口昌男氏は、舞台での渡辺美佐子の演技は、「むしろ庶民的な芸の伝統に発していて、全体の表情が一回凝縮されてそれが豊かになっていくという感じは、むしろ狂言の一人芝居に近づいているんじゃないかという感じがした」(公演パンフレット)と述べている.とすれば継承はあり得ることだろう.劇文学としての戯曲と、藝能としての演技(舞台)との緊張関係についてはむずかしく、むろん図式化できる問題ではない(さらに演出というポジションもある).駄作がよい舞台を生むことはないが、すぐれた作品が退屈な舞台とされてしまうことは考えられよう.中世史家は、昔書いている.なぜか、この論述はよく記憶している.

「すなわち、藝能はすべての藝といわれるものに對しての個人が主體的に保有する力をさしていたが、やがてはその個人によって創造された對象物を指すようになった.そしてその場合には、特に藝のうちにおいても特定の個人と不離な関係にあるものを指している.従って現在飜譯によって藝術といわれる彫塑・繪畫・文藝のごときは、その創造に當たって個人的實力に多く負っているが、その完成ののちは制作者個人から獨立して存在を主張しうるものとなる.しかるに演劇・舞踊・茶道のごときは、その實演者個人を措いて決して成立しないものであって、かかるものが特に藝能とよばれる理由と考えられる.」(林屋辰三郎『中世藝能史の研究』岩波書店

⦅写真(解像度15%)は、東京台東区下町民家のアガパンサス(Agapanthus=紫君子蘭、南アフリカ原産)。小川匡夫氏(全日写連)撮影。⦆