Hatena::ブログ(Diary)

鈴木淳史の「ブログでも書いたら」と東京の偉い人に言われたので書いてみますブログ。

2017-08-08

Age Factory。

14:39

Age Factory


遅ればせながら、去年11月のアルバム『LOVE』で出逢い、もう関係者はじめバンドマンみなさま近くにいる人全て片っ端から薦めまくり、なるべくライブも行きまくっている。


じゃあ、何が良いかと言うと、僕の中では完璧なカウンターカルチャーヒーロー。


要は現在の流行旬主流と全く違う事をやっている。


ここ10年、フェスやSNSなどわかりやすく盛り上げる=バズらせる文化が根付いた。


確かにMCやつぶやきで煽り炎上させた事で音楽シーンは一瞬の盛り上がりになったかも知れないが、そこにぶっとい音楽が無ければ一生の盛り上がりにはならない。


多くの愛すべきロックバンドたちが、この煩わしいシーンに戸惑い苛立ち、でも沿わせる事も大切と必死にシーンに向かいあってきた。


中には悲しくも、表立ったシーンから消えていったものすらいる。


爆死とでも言おうか。


つまんねえなぁ、退屈だなぁと想っていた時に

現れたのが我らがAge Factory


現在のシーンの流行旬とか主流とか全く気にせず、自分たちのやりたい音楽をただただぶちかましてる。


舞台上でのふてこい佇まい、ふてこい物言い、明らかに中指突っ立てて闘争をおっぱじめてるし、何もかもひっくり返そうとしてる。


極端なやり方かも知れないが、この極端からど真ん中メインストリームをぶち抜くと信じている。


痛快愉快。


正義の壊し屋。


彼らが道を拓けば、より下の世代はぶち壊しやすいし、上の世代でぶち壊してる素敵な皆さんとも混ざり合って欲しい。


僕が本気で応援してるモノ、すなわち全員で切磋琢磨してほしい。


そして、彼らの歌は尖り散らかしただけでなく、日常生活を通して友達や恋人の事を想う温もり散らかした歌もある。


平均24歳の彼らは怒り哀しみだけでなく、喜び楽しさも歌っている。


39歳の僕からすると、同い年くらいの自分を想いだして懐かしいというより、現在進行形の自分に寄り添ってもらえている感じもする。


それが嬉しいからこそ、15も下の若者なのに己を奮い立たされてしまう。


一昔前の音楽雑誌なら『10年にひとりの〜』なんて煽り散らかした逸材だと想うし、それくらい煽り散らかしてもバチはあたらない。


僕ら世代が盛り上がるのは何となくわかる。


でもAge Factoryは、10代や20代の若き世代が本気で好きになれるモノ=本物である。


最終、その世代が盛り上がらないといけない。


だって、あなたたち若き世代のヒーローなんだから。


とにかく、このクソつまんない世界を怒りでぶち壊して、温もりで包みこんでほしい。


頼むぜAge!

2017-07-06

ナンシー関ならこんな毎日をどんな風に書くだろう。

23:25

 生きておられたら、明日7月7日でナンシー関さんは55歳。15年前の6月12日、40歳を目前に亡くなられている。


90年代に青春時代を過ごした何かしらのカルチャー好きであれば、小学校中学校的な義務教育、大学で言うところの一般教養みたいなもんで通ってない人はいないであろう。通過儀礼というか、何というか。


名付け親のいとうせいこう氏を始め、周りにおられた方に、その後、取材などで逢う度に、生きておられたら逢えていたのかなとも想うし、未だに亡くなった時の喪失感は覚えている。


好きだった事も亡くなった事も事実で、それ以上でも、それ以下でも無くて、何も言える事はない。そして、逢いたくても逢えなかったというのが大きい。中島らもさんにも近い感情なのかも知れない。


そういや、13年前になんばハッチで開催された中島らもさんのお別れ会で、芥川賞作家のモブノリオさんが『らもさんから教わった事は、逢いたい人には生きている内に逢いなさいという事です』と話されていて、納得せざるおえなかった。ちなみにモブさんは、らもさんに生前逢う事が出来なかった。


これがミュージシャンだと、亡くなっていても、音源はもちろん、映像であったりと、もっと身近に感じる事が出来るし、トリビュートなんて言って他のミュージシャンの体を借りて、魂まで再現する事も出来るのだが、やはり文筆家は違う。


写経じゃないんだから、その人の文章を再現する事も出来ないし、朗読されたとしても全くピンとこないだろう。


生前に残された本を静かに読むしかない。そっと個人を偲びたい。


そんな中、たまに明らかに『お前、ナンシー関みたいと言われたいんだろ?!』みたいな文章を書く人がいる。大体、そういう人は世の中を斜に見ながら辛口評論をしたら、ナンシー関さんになれると勘違いしている。


そんな墓を荒らすかのような行為だけは避けてほしい。


大きく違うのは、まず本当に想っているかという事。こういう風に書いたら、ナンシーさんっぽく思われるだろうという邪気が感じられただけで気持ちが萎える。


後、明らかにナンシーさんは評論家ではなくウォッチャーであったという事。


評論家というのは権威主義者であり、上から目線になる。


だからこそ、最近ネット記事でよく見る放送作家弁護士の親子の記事がつまらないのだろう。どちらも先生と言われるような立場であり、演者への、現場への敬意が無く、あからさまに評論している自分に酔っている。


ナンシーさんは、あくまで一般市民視点、一般視聴者視点としてブラウン管の動向をウォッチングしていた。


ただ単純に胡散臭いもの、スベっているものに対して、まっとうに反応していただけである。表現への圧倒的な愛があるからこそ、胡散臭さやスベりに対して許せなかったのだろう。


それと凄かったのは、愛はあっても必要以上の情を持たなかった事。人間なんて、どれだけ嫌いな人でも、度を超していなかったら、何となく、その人柄を好きになり、なし崩しのつもりはなくても、結果なし崩しに、その人の事を許してしまう。


だからこそ、ナンシーさんは必要以上に演者や関係者に逢わなかったのであり、逢ってしまった人に対しても情に流されず、引き続き冷静にウォッチングを続けていた。


その流れから、テレビ出演も『自分のイメージをコントロールできないから』という理由で、1993年以降出演していないし、それまでも4回しか出演していない。


そこを貫いたからこそ、一般市民、一般視聴者の視点を忘れる事はなく、権威主義者にも業界関係者にもならなかった。


ネットを観ていると「預言者」と持ち上げる声も多く、意味もわからなくはないが、ただただ彼女は想った事を言っていただけ。特別な事だではなく、普通の事を言っていただけなのだ。


今、読み返すと結構キツめの事も言っている。それが、あまりにも毒々しく怖く感じなかったのは、ユーモラスな画風の消しゴム版画や、あの太った見た目が中和していたようにも想う。


最後に個人的に一番好きなナンシーさんの話を。1993年2月、作家の島田雅彦氏が担当していた毎日新聞内連載『瞠目新聞』で、彼女は『子育ての自己陶酔はイヤらしい』というコラムを書いた。


子育てが絶対的主義と捉える一般市民から批判投書が殺到して、彼女はアブノーマル的に、ヒステリー的に全否定された。


後に島田氏の単行本『瞠目新聞』に、反論として『私の意見は極論か』という原稿を寄せている。このタイトルが本当に好きで、彼女は自分の意見が正論だと何も疑っていない。極論だと想われる事を、全く快く想っていない。


彼女は、全てに対して当たり前の様に正論を言っていただけなのだ。


特に『私の意見は極論か』は、怒りと悲しみに満ち溢れた文章である。弱者から強者への視点、マイノリティーからマジョリティーへの視点。そう考えると、明らかにカウンターカルチャーであるし、異分子を排除する世間の姿勢に真っ向から反論した。


そうそう、ここまできたら全て書いておこう。同じ太った見た目で毒を吐く人でいうとマツコ・デラックスさんがおり、ナンシーさん≠マツコさんと語る人も多い。


女性であるナンシーさんは男性的な理性で語る人であり、女装しているマツコさんは女性的な感情で語る人である。だから、両者は全く違う。似て非なる者である。


長々と理性的に語る人より、端的に感情的に語り、その上、社交的な人の方がメディア的にも、お茶の間的にも断然ウケるだろう。


結局、わかりやすくシンプルストレートなものがマジョリティーになる。そう考えるとナンシーさんは孤高の人であり、圧倒的にマイノリティーであった。


だが、『私の意見は極論か』を読み返す度に、いつも想う。彼女は、揺るぎない正義であったと。


亡くなって、もう15年も経ってしまった。彼女が生きていたら…、想っても仕方ない事を、やはり想ってしまう。


ナンシー関ならこんな毎日をどんな風に書くだろう…。

2017-06-30 plenty解散について、シンプルに書いてみた。

plentyのライブは、いつも観客が呆然と立ち尽くしている。

ある意味、地蔵現象なわけで。

興味がなさ過ぎて地蔵の様に固まっているのではなく、興味があり過ぎて地蔵の様に固まる。

つまり馬鹿騒ぎではなく、胸騒ぎ。体踊るではなく、心踊る。

胸騒ぎするから、心踊り、そこから馬鹿騒ぎして体踊るに繋がるのは、まだわかる。

馬鹿騒ぎして体を踊らすだけなら、別に対象は音楽じゃなくて良い気がするし、みんな同じように騒いで、同じように踊るのであれば、それは単なる同調意識なだけ。

学生の頃の随分と昔の話になるが、とあるライブで、あまりにも胸騒ぎして心踊り、拳を突き上げたら、知り合いに『ひとりだけ手をあげていたな!』と嘲笑うかの如く言われた事がある。

和を乱したとでも言いたかったのだろうか。

ひとり目立ちたくて、『誰も手をあげてない中、ひとり手をあげてる通な俺どうよ?!』という気持ち悪い自意識過剰とでも思われたのだろうか。

そんな同調圧力は糞喰らえだ。

まぁ、ここまで考える事が逆に自意識過剰なのだろうが、単純に音が楽しくて自然に胸騒ぎして心踊る事が音楽だと信じている。

そろそろ本題に戻さなきゃ。

plentyのライブで静かに小刻みに体を揺らしていただけの観客が、ぽつぽつと何かが徐々に芽生えるかの如く、終盤に手を上げだす瞬間が好きだ。

ずっと湯を沸かしていたヤカンが急に沸けて音を鳴らす感じというか。

別に決して我慢していたわけではないんだろうが、一気に解き放たれた感じというか。

わかりやすくフェスやSNSでバズらせないと生き残りにくい時代だけど、こんなバンドがいても良いと想う。

plentyのライブは、自由に音を楽しめる。

同調意識や同調圧力なんてものは、そこには存在しない。

だから、何度でも行きたくなる。

なのに9月の日比谷野外音楽堂でのライブを最後に解散してしまう。

現在ラストツアー中であり、僕も今月頭ツアー初日に足を運んだ。

とにかく有無を言わさず、引きずり込んでしまう凄みがある。

突き抜けていく異様な広がりもあるからこそ、もっともっと大きな場所で観たかった。

大阪7月1日(土)なんばハッチを残すのみ。

ツアーラストとなる名古屋や本当のラストである日比谷野音に行けない方は、是非観に行ってほしい。

正直、その日、大阪はたくさん良いライブがある。

でも、plentyはラスト・・・。この機会を残したら、もうワンマンは観られない。

てなわけで、そんな想いをABCラジオ『よなよな・・・なにわ筋カルチャーBOYZ』でも喋ったのでした。

良ければ、そちらもradikoのタイムフリーやLINE LIVEかなんかで聴いてみてください。

おあとがよろしいようで…とは、まだ言えないplenty大阪ラストライブ前日であります。

2017-06-23

岡崎体育の日

21:54

ここ数年、『バズ』という言葉が市民権を得た。最初は伝説の音楽雑誌『BUZZ』をみんな今頃になって想い出しているのかなと思ったが、そんな訳はなく、何かしらざわつかせる、要は炎上に近い形で使われている言葉だと知る。


とにかく、フェスやSNSでバズらせる事が、バズった事が、重要であり、それは直結で人気に繋がる。まぁ、売り上げにも繋がる。


まもなく40歳という年齢なのか、それとも元々の保守的な性格なのか、そのようなムーブメントとは全く無縁の生活をしていて、ちょっと早く騒ぎが終わってくれないかなとさえ想っていた。


そして、このムーブメントの中心人物は、間違いなく岡崎体育君であろう。


MVあるあるをおもしろおかしく詰め込んだ『MUSIC VIDEO』は、You Tube動画再生数約2180万回という数字を記録している。


その効果もあり、去年は『ミュージックステーション』にも出演して、メジャー1stアルバムはオリコン9位に輝いた。


とにかく彼は話題作りに長けていて、楽曲自体も『MUSIC VIDEO』しかり物議を醸すような印象に残るような作品を作り、真正面からバズらせにいく。そして、SNSでガンガンに煽っていく。


なりふり構わず手段を選ばす、ビジネスとして割り切って活動する彼だが、おもしろネタ要素の無い真面目な作風の楽曲もある。


充分、そういった作品だけで音楽的に勝負できると想うのだが、彼は割り切っていて、最初におもしろネタ要素の楽曲で興味を持ってもらってから、真面目な作風に興味を持ってもらえたらと言う。


もっと言うと、将来的にはステージに自分自身が立たなくて、プロデュースや楽曲提供に回りたいとも言う。


僕自身、関西のイベンターである清水音泉の男湯こと田口さんから紹介して頂き面識はあったが、インタビューを担当した事が無かったので、色々な情報は他の人が担当したwebインタビューなどで読んでいた。


その時代その時代の見せ方があるのもわかっているが、音楽至上主義、楽曲至上主義な僕としては少し寂しい考え方だなと想っていたのも事実で。


まぁ、でも僕には関係ないやと外野として呑気に暮らしていた5月下旬、太田出版の雑誌『Quick Japan』編集長から久しぶりに電話があった。


内容はずばりこう、『6月24日売りの次号で岡崎体育君表紙大特集をするので、軸となる4本の対談を担当して欲しい』。


ピンインタビューをせず、くるり岸田繁氏、ゴールデンボンバー鬼龍院翔氏、関ジャニ∞丸山隆平氏、そして体育君のお母様という4人との対談で掘り下げるのは良いなとは感じた。


が、その時点で各対談スケジュールは出ておらず、〆切スケジュールとしては6月上旬には取材と入稿を済ませ、6月中旬には校了という中々シビアなものだった。


てか、何よりも問題なのは担当インタビュアーが僕で良いのかって事。


体育君は時の人であり、いくらでも彼にインタビューしたい人はいるし、以前より彼に想いを持っている人もいる。


自分の様な少し距離を置いて対岸から眺めているような人間がメインインタビュアーなぞ務めて良いのか?


それに〆切スケジュールも決して楽では無い。


完全に断る方向も頭に入れて、なぜ僕なのかを編集長に聴くと、ひとつ目としては体育君と同じ関西在住の人間である事を話された。


つまり関西内での京都の立ち位置も或る程度把握しといて欲しいという事だったのだろう。


そして、ふたつ目としては客観性の温度感がある人。他にも、もう幾つか理由はあったのだが、個人的には、この客観性の温度感というのが一番納得いく答えであった。


もし自分が何かしらインタビューで関わるなら素を掘り下げたいと考えていたし、今回のアルバムでいうとラストナンバー『式』に興味があった。


取材初日、開口一番に『「式」が本当に良かった』と伝えると、体育君も『それは嬉しい!』と喜んでくれた。


おもしろネタ要素の無い真面目な楽曲『式』で、おもしろネタ要素の無い真面目なMVが公開されたのは、もう少し先だが、この時点で、その流れも聴かせてもらった。


その時点で、はっきりと自分の役割が見えた。


今作のアルバムも前作同様に『ミュージックステーション』に出演して、常にSNSでも煽り続け、目標ランキングの6位を大きく上回る2位に輝いた。快挙と言っていいだろう。


ただ問題はここから。


個人的にはバズる一瞬の記録なんかどうでもよくて、沁みる一生の記憶を信じている。


今作は前作以上に、沁みる一生の記憶に繋がるアルバムだと捉えている。そのガイドラインとして、是非とも6月24日(土)発売の『Quick Japan』を読んで欲しい。


ビジネス、ブランディングを自ら策略家である事を本人自ら隠さず明かすが、ナイーブでセンシティブな性格を持ち合わせている事やルサンチマン的な怒りや哀しみの執着心がある事が読んで頂いたら伝わるはずだ。


別に内心何を考えているかとか興味なくて、一瞬バズる感じがおもしろければいいという人もいるだろう。体育君に飽きたら、次のバズるおもしろコンテンツにいくだけだろうし。


でも、これも何かの縁。『式』を聴きながら、『Quick Japan』を読んで欲しい。そこにはあなたが知るつもりなかった魅力的な体育君が潜んでいる。


炎上も良いけど、哀愁も良いよ。


何はともあれ、6月24日は『岡崎体育の日』と覚えて、彼が表紙の『Quick Japan』を買いに行って欲しい。


今回に関しては、とにかく僕もなりふり構わず手段を選ばず、単純に売りたいのだ。


特にお母さんが語る小学校時代のエピソードには、思わず泣けてしまう…。


同じひとりっこでお母さんに全て世話をしてもらった身として、何とも言えないシンパシーがあった。


あっ、そうそう6月24日は我がオカン玲子の古希70歳の誕生日でもある。『オカン玲子の日』だ。


明日は我が家でオカン玲子の顔色を窺いながら、書店で岡崎体育の売れ行きも窺ってみよう。


おあとがよろしいようで


http://www.ohtabooks.com/quickjapan/backnumber/2017/06/14000000.html

2017-03-04

『プロ小沢』とは。

22:32

ABCラジオ『よなよな・・・なにわ筋カルチャーBOYZ』第152夜は、2月21日でした。そりゃ、オープニングナンバーは『流動体について』を流すしかない。


去年のツアー時の大特集でも話したが、あのツアーは魔法的であり、大衆的であった。


表舞台から長年姿を消したと想われていた小沢健二が再度、俗にまみれた世間へ飛び出して暴れ出そうとする始まりの合図を告げたツアー。


そのツアーで一番言葉もメロディーも強かった『流動体について』が本格的な復活作になったのは、誠に納得がいく。


ただ、一番危惧しなければいけないのは、小沢健二ファンだけで馬鹿騒ぎして、彼を囲う事。僕らは彼が90年代、テレビやラジオや雑誌を賑わし、CMにも出演して、紅白にも出た姿を観た。あの現象をカミングバックさせたい。今回、彼がメディア露出を多く果たすのも、そういう意志があるはずだ。


音楽などのカルチャーが好きな若い世代でも、もはや小沢を深く知らない。ならば、音楽を無料でネットで垂れ流されるものとして暮らしている世間の人々からしたら、もっと小沢を知らない。


だからこそ伝える事、広げる事、届ける事が一番重要である。

目指せミリオン、目指せ紅白、目指せ国民的ポップスター。


彼の音楽には深みがあり、我々のような物好きは語りたくなるのに、大衆的にも売れていた事が一番の魅力だった90年代。あの現象を再びなのだ。


それが我々小沢健二好きの裏方の命題である。

伝説にしちゃいけない。



ミュージックステーション』を目前に控えた2月23日の小沢健二のコラム。


自分のファンの数が20年前から、オリコンチャート目安だと、1位ではなく、4位だと言い切る。もちろん1990年代と2010年代オリコン1位とオリコン4位の売り上げ枚数に違いはあるが、『量』の例としてはわかりやすい。


そして、小沢は4位の人々の『質』を信じていてる。

1990年代の4位の人々の『質』が自分の歌を2010年代にも残るスタンダードにしてくれたと書く。20年かけて、4位が1位になったわけだ。


今も全国にショッカーのように潜伏する4位の皆さんに、『ミュージックステーション生中継で『歌おう!』と呼び掛けるから、歌って欲しいと願う。その歌い声が歌い継がれ、結果スタンダードな1位となる。


テレビ生中継は全国にも届くからこそ、普段はオリコン1位〜3位の人々にも触れられるチャンス。そんな人々にも小沢の『歌おう!』が届き、少しでも多くの人々に伝わりますように、広がりますように。


特に小沢で青春を過ごした我々世代、そこに中途半端に影響を受けた我々の下世代には、興奮した狂乱だけで小沢を囲い悦に入るカルチャーマニアの人々、ちっぽけなプライドだけで小沢を批判して悦に入るカルチャーマニアの人々がいます。


そんなカルチャー村だけの儀式は辞めて、小沢健二を全国の心のベストテン第1位に輝かせましょう。私も方向性を間違わないように、姿勢を正して、小沢健二応援します。


2017年小沢健二と過ごすLIFEは、始まったばかり。



2月28日のABCラジオ『よなよな・・・なにわ筋カルチャーBOYZ』第153夜は、番組史上最多5度目となる小沢健二氏大特集。


2014年春の番組初夜と第2夜という始まりを飾ってもらうも、もちろん誰も聴いてなくて話題にもならなかった。


3度目は、2015年春。番組1周年記念で何気にやろかと想いきや、発表した翌日にライター大塚幸代さんの訃報が入ってきて、どうしても、そこに気持ち傾ける事になった特集に。


フリッパーズギター時代から誰よりも愛していたのに関わらず、ニューヨークアポ無し直撃取材を敢行せざるおえなくなり、小沢氏に睨みつけられたりしている内に真っ直ぐなインタビューをする事が出来ず、遂には亡くなった、その無念の想いの話を。


4度目は、2016年6月。言わずもがな、新曲中心のツアー『魔法的』。確実に再度シーンへ本格的に乗り込む勢いを感じ、『大衆的』なスターであることを改めて認識した、そんな話。


そして今回は、19年ぶりのシングル『流動体について』リリースのタイミング。ここに関しては、ただただ昔ながらのファンは90年代の亡霊として変な祭騒ぎをして小沢氏を囲わず、世代問わず多くの人に伝えて届けて広げて、万人のポップスターに昇りつめさせようと、そんな話をしたわけで。


自分は学生時代からサブカルチャーという極端だけどど真ん中を射抜こうとする表現者が大好きで、すなわち、それはカウンターカルチャーと呼ばれるもの。


なので売れたからと言って魂を売ったとファンが離れる話は好きじゃなかったし(まぁ、たまにほんまに魂を売り損なう輩もいるが)、何よりもファンが多くの人に知られたくないと囲うのが何よりも苦手だった。


後は人に多く知られてないカルチャーを知ってる自分が特別だ、偉いという間違えた優越感からくるファンのおごりも大嫌いだった。物語は好きだが、評論やジャーナリズムに酔いすぎて、


小難しいインテリでお高くとまるファンも勘弁して欲しかった。凄いけど凄く見せすぎない、そして、その凄さをポップに、大衆的に魅せるスター、ヒーロー、ヒロインが大好きだ。


自分も、そこに寄り添うファンでありたいし、ファンを通り越して好きなカルチャーの側にいたくなったから、そのカルチャーを伝えて届けて広げる仕事、つまり自然に裏方に就いた。


カルチャーは、あくまで娯楽だ、高尚じゃない特別じゃない、何も偉くない。


そんな自分の思い想いのルーツに真っ向から向かい合わせてくれたのが、小沢健二氏の特集。勝手に『プロ小沢』なんて造語も作りましたが、小沢氏をプロフェッショナルな想いを持って応援するなんていうメッセージを烏滸がましくも込めていたわけで。


まぁ、いつまでも熱情をはねっ返らせながら、強い気持ち強い愛を持てますように。


音楽の灯を少しでも長く灯しながら、常に感動のLIFEを進んでいきたいものだ。


自称『プロ小沢』の戯言、以上。おあとがよろしいようで