連合とかの構造改革主義・筋肉主義としてのワークシェアリング論

 02年に連合によばれてそこで幹部の方々の前で、野口旭さんとの共著『構造改革論の誤解』の担当章について講演させていただきました。

 その時の記事はここhttp://www.rengo-soken.or.jp/dio/no160/ridazusemina.htm

 そのとき、出席していた連合の幹部の皆さんからの発言は、1)構造改革がやはり必要、2)そのひとつのワークシェアリング論 というものでした。つまり連合の人たちの意識では、「やはり<長期的に>必要な構造改革」=ワークシェリング論 という脳内図式だったようです。

 このワークシェアリング論については、すなふきんさんがわかりやすく批判しているので以下一部を抜粋しておきます。僕は連合はまったく懲りてないなあ、と思います。

http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20090110/1231551714

ワークシェアリング論がまた盛んになってきているようだが、これは以前にも論じられたことがあって、その具体化が派遣労働の規制緩和から非正規労働者比率の拡大につながっていったのではないかと思うのだが*1、そのきっかけは今回同様景気の悪化である。

このことからも非正規労働者の増加の最大の原因は景気悪化と考えられ、たとえば「非正規労働者が増えたからクビが切り易くなったので、企業は正社員化を進めればクビが切りにくくなるだろう。」というのは本末転倒の議論ではないだろうか。

 それとすなふきんさんが触れてますが、企業は内部留保を削って非正規のくびをきらずに、社会的責任を果たせ、という議論があります。これは確か年末の5時間討論でも僕はコメントした記憶がありますが、高橋洋一さんがいったように企業の側に長期的(10年くらい?)にデフレ期待があって、企業の期待成長率だとか期待収益だとかが事実上半減するような世界では、内部留保キャッシュフロー)があってもそれを長期の投資に使ったり、(長期雇用=正社員への)人的資本に投資をするよりも、借金返したり、目先の配当優先したり、短期雇用優先したり、リスク回避のためにただ現金もってたり、するほうがいいわけです。

 社会的責任を果たせ、と企業を脅迫してその行動を変えることは原理的にできるでしょう。でもデフレ期待を払拭した方がよほど社会的なコストを生み出さずに済みます。

 それと非正規雇用が激増していく背景には、デフレとデフレ期待の進展があることは、僕個人は01年の『構造改革の誤解』の自分の担当章ですでに書いた通りでして、その点からもデフレとデフレ期待を払拭する上で、ワークシェアリングは何の効果ももたないですから、ただ単に既得権者とそれに対抗する人たちとの社会的な摩擦=悪感情を増幅するだけでしょう。しかも感情レベルだけではなく、より深刻な点は、非正規雇用の激増と新卒社員の採用減に実質上、この連合などの、うんざりするほどの相も変らぬ筋肉主義がまた貢献する可能性が高いことです。長期に必要もなにも、目先(しかももう15年も続いてる!)の不況の対策にはこの種の構造改革・誤った雇用流動化論・筋肉主義は問題解決を遅らせるだけではなく、単に悪化させるのにしっかり貢献してきました。

 まあ、こんなんだからロナルド・ドーア流の「所得政策」なんかにはまったく期待できないんだよね。

 

 なお、それから1年後くらいに、今度は非正規雇用労働組合の人と話す機会がありましたが、彼はそのとき「やはり構造改革必要」論をいってました。自分達のくびをしめるだろう、と僕が何度いっても、「改革しないと非正規雇用がなくならない」といって、やはり不況下の雇用流動性論を熱心に主張してました。ふたりいたんですが、そのうちひとりは僕の本など読まないで自説を延々タレ流してましたが……orz

 いま、下の二冊(前者は在庫あり、後者は在庫あるか要問合せ)にさんざん理論とデータをあげて書きましたから、ブログでの[話題]エントリーレベルで納得がいかない人たちはしたの本を参照ください。なお両著に書いたことは、09年の情勢を踏まえて、大幅に新しいものにするようにいま急ピッチで作業中です。改訂版ではなく新しい論点を踏まえて、自分なりの雇用論として単著の新刊として書いてます、まもなく。

構造改革論の誤解

構造改革論の誤解

日本型サラリーマンは復活する (NHKブックス)

日本型サラリーマンは復活する (NHKブックス)

懸念したとおりかな(日経報道から)。

 山形さんと僕のコメントを以下にエントリー収録。いまの日本の経済報道を考える上でも重要かな、と思う。率直にいって、ここまでひどいのは日経では稀な気もするが。正直いうと日本の新聞は、家族が読むので朝日をとってるけれどもほかはすべてネットのみ。前も書いたけれども日本の新聞よりも英米の新聞・雑誌(しかもネット版 笑)を読んだ方が勉強になるし、見識が広がる。しかもローコスト。あ、でもかのエコノミスト(英語)は、日本にいったみたいに金利上げよ、とFRBイングランド銀行とかに迫らないのかしら? 笑。たまに日本特派員だか日本からはげーこく雑誌・新聞でも変な声が聞こえる。そこんとこ皆もよく考える(邪推する)といろいろ妄想が広がるかもしれない 笑

 ともあれ以下ご覧ください。

山形 2009/01/09 10:47
>日本のネット界隈だけでの現象だが

ネット界隈だけとは限らないようです。以下の日経などをごらんあれ。

http://www.webcitation.org/5dgaID3YV

日本の量的緩和って、目標なんか設定してましたっけ? ゼロパーセントなんとかというやつのことでしょうか? 実際の議事録には、日本の量的緩和への言及なんか一切ないのにいちいち「日本の量的緩和策のような」とか入れることで、FRBの施策よりかつての日銀のほうが、政策的に踏み込んでいたという印象操作は、結構悪質。

tanakahidetomi 2009/01/10 09:06
>山形さん

この報道は「ワシントン」からみたいですが、確実にいえることは、1)FRBの公式文書の解釈として意味不明。日本型への言及など一切なし。これに関しては「量的緩和」というコトバの悪用が始まる気がするとした僕のこのエントリーを参照していただければと。まさに懸念したとおりの話かと思います。http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20081219#p1
2)「ワシントン」にいかないでも日本の片隅でほぼノーコストでももっと正確なFRBの公式文書だけをソースにした記事を書くことができることがわかりました。私企業でもムダな出費が
多いようです。

 あと日本の量的緩和の目標としては長期国債の買いオペの枠設定がありました。でも今回のFRBの文書には米長期国債の買いオペの検討は入っていたけれども具体的な目標(これこれこのぐらいの額という意味)の設定をめぐる議論の記述はない。それとFRBのバランスシートを将来にわたって拡大していく政策が積極的に議論されているけれども、日本銀行は自行のバランスシートの膨張を通貨の信認を低下させるものであると始終強調していた。だから日本銀行は長期国債買いオペの拡大を始終回避していたわけで、それが福井総裁後半の論戦のメインテーマでもありました(もちろんいまの方がそのときより緊急性を高めている)。すなわちFRBと昔・現在の日本銀行ではまったく異なる政策スタンスであり、日本流の「量的緩和」にすりよらせて、いまのFRBの政策を評価することは、事実の認識として単に間違い。