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taronの日記

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2016-08-24

[]田中史生『国際交易の古代列島』

 弥生時代から平安時代にいたる、国家間交易の歴史を整理した通史。新しい情報もまとめて、長い期間をすっきりとまとめている。しかしまあ、贈与経済が基盤にある交易関係が、どこまで、現在に通じるのだろうか。あと、この議論のフレームワークだと、どうしても「国家」が強調されすぎるような。弥生時代から営々と続いていた貝をめぐる九州南部と南西諸島の関係が、かなり後まで出てこないみたいな欠陥が見える。

 しかし、「中華」で生産される高級工芸品が、威信財として求められ、実際に政治関係を動かしていく姿が興味深い。朝鮮半島の有力者と日本列島の有力者間で、個別の贈与を通じた政治的関係が構築され、それが実際に外交に影響を与える飛鳥時代以前の姿。あるいは、奢侈品の獲得と分配が実際に政治的な力を持つ平安時代。それを制御しようと、国家による統制と、身分を通じた分配を試みる朝廷。

 物や人を通じて、意外とダイレクトに中国大陸の政治情勢の影響を受けるというのも興味深い。

 少々、読むのに時間がかかったせいか、いろいろと忘れかけているのだが…


 第1章は、邪馬台国あたりの時代。環黄海世界を通じて、中国の王権中枢と比較的ダイレクトにつながる。楽浪郡、朝鮮半島南部を経て、日本列島へ。穀物と木材を輸出し、鉄を輸入。さらに、入手した鉄で生産を拡大する。あるいは、邪馬台国が、西のゲートウェイとして博多湾に「一大率」を置き、東の交流拠点に自身の拠点を置く、交易を重視した姿。

 第2章は、国家形成の時代。中国大陸で混乱の時代に突入。朝鮮半島では、国家形成が進む。高句麗・百済・新羅の成立と抗争。列島の王権や諸豪族は、朝鮮半島の諸勢力と個別に関係を結ぶ。朝鮮半島の諸勢力は、軍事的援助を求めて働きかけを強める。贈答が、関係構築の重要なツールであったと。

 第3章は、隋唐と中国大陸に統一王権が出現した時代。隋との接触で、野蛮国扱いされて衝撃を受けて、体制改革を行い、律令国家への道を進む日本。さらには、白村江における唐との戦争。その中で、周縁の王朝として、中国からの威信財・高級品の輸入を管理、分配をコントロールすることで、国内の政治秩序の安定を図りつつ、南西諸島や東北・北海道の社会に対しては「中華」としてふるまう日本王権の姿。

 このあたりから、文字史料の増大に相応して、記述の量が増えていく。比較的短い時代の記述が厚い。


 後半は、「海商」の時代。安史の乱による唐の弱体化、さらに新羅国内も混乱状態に陥り、交易の国家統制がゆるむ。その中で、新羅系の海外に流出した人々が、張宝高を核としたネットワークの形成。一方で、日本の王権の対応の枠組みには、「商人」というカテゴリーが存在せず、「国家の使者」「帰化人」しかなかった。「漂流者」というカテゴリーを新設して、対応。新羅出身者が活発に往還して、情報をやり取りする。また、九州北部においてのみ、銀が価格表示機能をもって流通していたこと。かなり、密度の高い往来があった傍証。

 平安時代に入ると、「文明化政策」が進められ、その文明の源たる中国の高級工芸品の重要性は、さらに高まる。これらの品を集め、誇示することが、政治的に重要になる。淳和天皇の息子恒貞親王と嵯峨天皇の息子仁明天皇の皇位継承の争いと承和の変における唐物の重要性と文室宮田麻呂の政治的立場といった話がおもしろい。朝廷の交易管理の手段としての唐物使。

 第6章は、日本と中国を結んだ商人たち。838年の最後の遣唐使が、新羅系移民のネットワークに乗って往来したこと。円仁を代表とする、日本から送られた仏僧たちも、これら新羅人ネットワークによって支援を受けていた姿が紹介される。しかし、ネットワークの中核だった張宝高の暗殺によって、瓦解。山東半島経由の交易ルートの治安が悪化。江南商人による、江南・五島列島の直通ルートがメインルートになっていく。

 最後が、「交易がつなぐ人と地域」ということで、具体的な移動ルートを成尋の中国への密出国ルートから紹介する。あとは、南西諸島や東北・北海道の地域変化。商人たちの姿など。中国と日本の管理港の外側では、かなり自由に交流している姿が興味深い。唐物の売却が終わった後の交易活動は、日本の朝廷にとって関心の外であった。また、中国においても、舟山列島でさまざまな人々と交流を行っている。

 あるいは、安全と価格の安定を確保できる「交易港」の重要性。海商のネットワークも「開放的」なものではなく、血縁や地縁、文化的素養、各地の有力者との私的関係といった「技能」によって閉鎖的に維持されていた。贈与と人間関係が埋め込まれた関係と。


 以下、メモ:

 ただし、三世紀に奈良盆地に倭人の政治センターが登場するまでの経緯は、西日本と東日本の交流が強く意識されるようになったということ以外、あまりはっきりとしたことはわからない。従来、邪馬台国近畿説は、楽浪郡の衰微を契機とする鉄流通の動揺で、北部九州勢力とヤマトを中心とする勢力に対立が生じ、「倭国大乱」がおこって、これにヤマトを中心とする勢力が勝利し、邪馬台国連合が登場したと説明してきた。けれども考古学的には、そうした大規模な「戦争」を裏付ける資料が確認できない。以後も鉄の普及に関して北部九州の優位性は揺るがなかったこともわかってきた。鉄資源の輸入ルートの掌握をめぐる九州連合とヤマト連合の抗争というストーリーは、大きく疑われるものとなった。p.24

 そういえば、弥生時代の遺跡で、焼き払われた形跡って、聞いたことないものな。


 そもそも卑弥呼にとって、魏との外交は、それ自体が有利な交易でもあった。中国では春秋戦国時代以来、中華=文明世界と蕃夷=野蛮世界を区別する中華思想と、中華の君主が高い徳で蕃夷を強化するという王化思想が醸成されてきた。漢代以降の歴代王朝は、こうした思想に基づき、異民族の君長が貢物をもって通行を求めると、それを中華皇帝の徳を慕う蕃夷の朝貢とみなした。また、そうした君長の求めに応じて「王」や「侯」などの爵位を与え、臣として冊封したり、貢物の価値を大きく上回る返礼品(回賜品)を与えたりして、中華皇帝の権威を誇示した。このため、朝貢品−返礼品の贈答によって成立する皇帝と君長の朝貢交易は、等価交換ではなく、朝貢を受け入れる皇帝側に莫大な負担を強いる構造となっている。それでも皇帝は、官営工房を発達させ、宮廷文化を彩る華麗な品々を国家直営で製作すると、民間交易に対しては管理を強化し特定物資の輸出規制をかけるなどして、文明的優品の独占と分配能力を高め、蕃夷の君長の朝貢を必死に招き寄せた。中華国は、その努力と交換価値のギャップによって、政治的権威を「買った」のである。p.30

 まあ、優位を主張する側が、気前よく贈り物をするのは基本だわな。権威を「買う」中華皇帝。


 このようにみると、唐律令と日本律令の交易管理に対する姿勢の差には、同じく中華を標榜しながら、自らのもつ高度な文明を広く国際社会に分配することで権威を保つ中心の王権と、外来文明を見にまとい、渡来人の人・モノ・文化を国内諸勢力に再分配することで権威を得る周縁の王権の差が、よく示されているということになるだろう。p.87

 輸出品の規制を行う唐の法律と輸入品の購入の管理を行う日本の法律の違いから。


 それは、九世紀が、以前にもまして「唐」に政治的な意味を見出した時代だったことの影響だろう。そのきっかけは、光仁天皇の皇子で、平安時代の幕を開いた桓武天皇が、天武−草壁系から天智系への皇統の転換を強く意識し、新皇統にふさわしい新都を築いて(長岡京・平安京)、理想的な天皇像を中華皇帝に求める動きを一層強めたことにある。以後、九世紀の王権はしばらく、政治と文化の両面で前代以上に「文明化」政策ともいうべき唐化政策をおしすすめ、都では唐風の文芸を国家の支柱とした空前の「唐風文化」が花開いた。そして、この唐化政策を推進するために、唐文化とのつながりや一体性が意識される国際色豊かな文物がますます注目されるようになった。こうして、支配層の求める「カラのモノ」とは、「唐」に代表される、まさしく唐物となっていったと考えられる。p.135-6

 桓武朝からの唐化政策。その中で、唐物の重要性が高まる。


 この九世紀、支配層の間に唐物獲得競争を促す要因は他にもあった。平安初期の王権が、専制君主的でありながら、桓武天皇の皇子たちによる「王統迭立」とも呼ばれる複雑な皇位継承のバランスの上に成り立っていたことである。桓武以後の皇位継承は、嵯峨−仁明系と、淳和−恒貞系の二つの王統の間で迭立がはかられたが、その水面下では王統間の激しい綱引きが繰り広げられた。このなかで、中央の支配層は、行幸の際や宮廷において、皇親を押し立て専制君主に接近しようと、競って絢爛豪華な儀式や宴会をさかんに開いた。こうした場で、政治的意味を強めた唐物が献物品として、また場を飾り立てるものとして重要な役割を果たしたのである。政治闘争のなかで、自らの政治的優位性を少しでも高めたい支配層は、権力や文明の中心性を象徴するようになった唐物の獲得に躍起となった。p137-8

 政治闘争の手段としての唐物。


 また、「茶」や「銅匙ちょ」(銅製の匙と箸)も江南地域で生産されており、とくに茶は、徐兄弟の時代、江南地域で活発に生産と売買が行われていた。そもそも、唐代は磁器、銅製の匙や箸を茶器としても用いていたから、徐兄弟によって茶、磁器、銅匙ちょが運ばれた事実は、当該期の日本に、江南地域から茶文化が移入されていたことを示すのである。p.176

 九世紀の茶文化の移入。輸入品である限り、その文化の拡散には限りがあったってことなのかな。


 また遺跡では、唐津湾岸の鏡山南麓に位置する鶏ノ尾遺跡が興味深い。鶏ノ尾遺跡では、九世紀中頃から一〇世紀中頃にかけての製炭・鍛冶行為に付随して一括廃棄されたとみられる遺物のなかに、多くの貿易陶磁が含まれていた。そのなかには越州窯系青磁があり、1類と呼ばれる質のよいものも含まれている。また、王臣家とのつながりを示唆する緑釉陶器なども完形に近いかたちで数点出土している。いずれも九州での出土はそれほど多くない。さらにここからは、時期が明確でないものの、施釉大甕の破片が出土し、これも日本産ではなく、渡来船の物品を入れるコンテナ用の甕か、成尋の船にもあった水や酒などの液体を保管する容器と推測される。饗宴遺跡の可能性が指摘されている鶏ノ尾遺跡は、唐津湾に停泊する海商船と日本有力層との個別の結びつきを示す可能性をもつ遺跡である。p.200

 鍛冶行為ってのは、船の修理でもしたのかね。


その後、大宰府と「南蛮賊徒」との攻防は、一一世紀前半まで続いていることが史料から確認できる。p.211

 奄美諸島の住民と九州北部の商人が結びついて、海賊行為を働いていたらしいと。少なくとも、福岡近辺まで進出できるだけのネットワークを持っていたと。そういうのがあったんだ。

[]イタリア地震・ハッシュタグでわかる揺れの大きさ被害状況と現地の様子【動画あり】 - Togetterまとめ

 規模の割りに犠牲がと思ったが、歴史のある集落がまるごと壊滅した感じなのかな。なんか、立派な教会がある。

[]<麻疹>大規模コンサートに感染者 2次感染可能性を警告 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

再び【麻疹の注意喚起】 全国に広がるリスクのある事例 - 感染症診療の原則

 ほとんどバイオテロ、しかも、自爆テロだな…

 海外で病気もらってきて、高熱発症。さら全身に発疹が現れた状態で、コンサートに行く。さらに、関西と関東を往復。東京・千葉・神奈川を移動。あちこちにばら撒いているな。何を考えてるんだ、こいつ。重症化すると、まずい病気なのだが。

 ジャスティン・ビーバーのコンサートにいった人は要注意と。

2016-08-23

[]得能正太郎NEW GAME! 4』

 再読。

 うむ、みんなかわいい。一年経って、皆それぞれ、ちょっとづつ成長。青葉は、キャラデをまかされるも。ひふみはキャラ班リーダーに。ゆんとはじめも、それぞれ自分のやりたいことに挑戦を。一方で、キービジュアルは、コウが描くことになるといった挫折も。ラストのねねの「大出世じゃん」という一言に救われるな。まだ、新米であることを思い出させるというか。

 つーか、年齢が高い人がいないのは、やはり長くは勤められない業界ってことなのだろうか。

 キャラ班リーダーとして頑張っているひふみんがかわいい。あと、はじめとゆんの高校時代が、全然違うのが。

[]佐々木春隆『長沙作戦:緒戦の栄光に隠された敗北』

長沙作戦―緒戦の栄光に隠された敗北 (光人社NF文庫)

長沙作戦―緒戦の栄光に隠された敗北 (光人社NF文庫)

 新任の将校として従軍した人物による体験記。士官学校から、第2次長沙作戦まで。整理されていて読みやすい。が、部隊名が指揮官名をかぶせられたものであること、地図が簡単なものであることが、全体をわかりにくくしているように思う。

 やっぱり、戦地の部隊に配属されるのは嫌だったんだな。あとは、成績順にこだわる姿とか。初陣の危険性。あとは、やはり人間関係で良くも悪くもなる居心地。

 しかしまあ、日中戦争の日本軍が。これは勝ち目ないなあという感じで。圧倒的に兵力で劣勢なのを、火力と航空優勢で何とかしている感じ。迫撃砲メインの中国軍に対し、山砲で優位に立つ。しかし、陣地にこもった中国軍を粉砕するほどの火力はなく、機動戦で迂回して包囲するのが基本。第2次長沙作戦のように、避けようがなく、陣地帯を無理攻めするときは損害が続出する。なんか、中途半端な優位さだな。

 中国軍の師団が、日本軍の1/3〜半分程度なので、単純に比較できないが、日本軍の兵力は、半分以下。個別の作戦正面では、同程度から優位くらいの感じなのかな。


 第一次と第二次の作戦のコントラストがすごいな。

 十分に準備された第一次長沙作戦が、苦戦する局面もなく、危なげなく終わっている。大規模に戦力を投入した割りに、結局、まとまった部隊を捕捉できていないようにも見えるが。

 一方、性急に開始された第二次では、後半になると弾薬や食糧に欠乏をきたして、息も絶え絶え。最終的には、敵の策にはまって、後方を遮断されて、重囲に陥る。拙劣極まる。

 突然の方針変更も、一次ではうまくいって、二次では大損害の要因となる。


 しかしまあ、第二次長沙作戦の拙劣極まる指揮にはあきれるな。

 前線を食糧不足、弾薬不足にしてしまうって、近代の軍隊としてダメじゃね。それで、日記に「敢闘精神」みたいなことを書き込む軍司令官。物資の備蓄も行わず、思いつきで作戦を開始してしまう。さらには、待ち構える敵の罠の中に飛び込んで、部隊を重囲に陥らせてしまう。

 よくもまあ、三個師団壊滅で、戦線に大穴が開くみたいな事態が起きなかったなと。

 これを指揮した軍司令官が、最終的には、陸軍大臣までなっているのが、日本軍のアレさを示しているとしか。

PCデポ問題

日本は諸外国に比べ消費者保護が遅れすぎている。このままでは更に世界の悪質業者が日本を狙うことになりかねない。 - Togetterまとめ

 欧米では、電話でのセールスをあらかじめ拒否できるのか、うらやましすぎる。あのセールスの不快さといったらな。訪問販売も、お断り表示のところに押しかけると、罰金とか、厳しいところでは資材没収とか。

 冗談抜きに、日本は消費者保護が立ち遅れているな。「規制緩和」とか、言われ続けているけど、肝心なところの「規制」がまともにおこなわれていない状況。そもそも、望まない勧誘を受けること事態が「損害」である。いや、まったくもって。

 シンガポールや韓国と比べても、遅れている実態。

 そもそも、日本は、経済活動が「自由すぎる」のではないかね。事業者サイドの抵抗で、規制が進まない。


 いや、これ、本当に他人事ではないよな。めんどくさいというか、わかりにくいサービスが横行している。こういう消費者を半ば騙すようなやり方は、サービス業の成長をも押さえてしまう。だいたい、規制の厳しい国に進出できない。つーか、リフォーム詐欺みたいなことを、東証一部上場会社が平気でやっているというのが、衝撃。

 最初の人だけだと、ここまで広がらなかっただろうな。あの、1テラバイト+クラウドで4テラバイトの写真が、PCデポの黒さを明確に示したとしか。

 しかし、見事な株価の下落振りが見てて楽しい。そして、この期におよんでも、打つ手を間違え続けている経営陣が、逆にすごい。


PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景(ヨッピー) - 個人 - Yahoo!ニュース 二度目のトラブルというのが。

スピン経済の歩き方:高齢者カモ疑惑 PCデポの「初動対応」があまりにもお粗末だったのはなぜか (1/5) - ITmedia ビジネスオンライン トラブルを続発する企業は、消費者を舐めた態度をとるようになる。

#PCデポ 多くの人にとって他人事ではない事案 - Togetterまとめ


「高額請求」で大炎上、PCデポは氷山の一角だ | スマホ・ガジェット | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 実際、パソコンなんかでも、要らないソフトがてんこ盛りだもんな…

 携帯電話関係のアレな商習慣も含めて、こんがり焼けて欲しい所。


2016-08-22

[]ポール・G・フォーコウスキー『微生物が地球をつくった:生命40億年の主人公』

 うーん、なんかわかった気がしねえ。イオンとか、あのあたり、苦手やねん。

 膜をつくって、電荷の差を作り出し、それによってエネルギーを得るナノマシンが微生物であること。これらが、地球全体に広がり、電子のやり取りを行って、環境を維持している。これを可能にする重要器官に関しては、遺伝的多様性が少なく、コアとして守られている。また、このような遺伝子は水平伝播が行われていること。

 地球の大気が酸素で満たされるには、生物の遺体が沈殿、地質活動によって岩石から取り去られることが必要であった。地上に生物が進出し、大型の植物が出現すると、その過程は促進され、酸素濃度が一層高くなるフィードバックがあったという。そういうのは、考えたこともなかったな。

 大型の多細胞生物は、微生物の大群によって形成・維持されているシステムのお客さんで、はるかに変化に弱い。そもそも、微生物も含む系統樹の端っこに過ぎないというのも、新鮮な見かた。


 最後の三章は、人間が生態に与える影響から、遺伝子操作による介入の可能性、さらには宇宙へ。

 無邪気に、何十億年かけて微生物が改変してきた環境を改変している人類のやばさ。爆弾の上でダンスをしているような危険さがアレだな。長年かけて、地中に貯留されてきた炭素=化石燃料を燃やしまくって、環境に戻す人類。大気中から人工的に窒素を固定して、ばら撒きまくる人類。自らが依存している地球環境を、自らビシバシ改変していく恐ろしさ。特に、窒素固定ってのは、微生物にはできない芸当で、富栄養化が進むと。

 微生物の遺伝に関する研究の歴史。そして、遺伝子操作への動き。しかしまあ、水平伝播の可能性と、それが環境中に放出されたらどんな反応が起きるかわからないことを考えると、微生物の遺伝子操作は怖いな。

 最後は、地球外生命体の話。


 微生物研究の歴史と地球環境の管理者としての微生物の話がオーバーラップする、なかなかおもしろい本。敷居は低くないけど。


 以下、メモ:

 光合成する微生物は太陽光のエネルギーを用いて新しい細胞を作る。世界中の海に、光合成をする微生物、つまり植物プランクトンがいて、酸素を生み出している。そうした生物はもっと高度な植物の先駆けだが、地球の歴史ではずっと以前に進化した。何日かして、私たちの研究グループが何年か前から開発していた、植物プランクトンを検知するための装置、特殊な蛍光光度計が、誰もそれまで見たことがなかったような奇妙な信号を記録した。信号は水中の相当深いところにあった。ちょうど酸素がなくなり、光の強度が非常に低くなることろだった。作業を進めると、その変わった蛍光信号に関与する生物が、厚さがわずか一メートルほどの薄い層を占めていることに気づいた。それは光合成する微生物だったが、もっと上の方にいる植物プランクトンとは違って、酸素を作ることはできなかった。この微生物は、植物プランクトンよりもずっと前に進化した古い生物の仲間の代表で、地球に酸素ができる前にいた生物の生きた名残だった。p.17-8

 黒海の水深150メートルほどに存在する、非酸素光合成微生物の話。黒海の話は、その後も、度々出てくる。

2016-08-21

[]

 また、37度とか、38度とか、頭のおかしい気温に。やってられない。

 夕方からゲリラ豪雨に見舞われる。熊本市の周辺には薄い雲しかないから、安心していたら、いきなり大粒の雨が降り出して驚く。雨雲ズームレーダーをチェックすると、10分でいきなりでかい積乱雲が出現しているのだから、こういう雲のエネルギーはばかにならないな。

 一昨日、雨が降りこんでベッドがびしょびしょになったが、乾燥終了。二日も他所で寝るはめに。なんか、寝床が変わると、寝にくいな。

[]熊本城16/8/20

 何ヶ月か経って、そろそろ熊本城の周囲にも変化が。百間石垣の下の道路が通行可能になっていたり。とりあえず、監物台樹木園は入場料無料です。

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熊本大神宮から棒庵坂まで

 ここいらは、以前から写真に撮っているが、いろいろと変化が。熊本大神宮では、崩れ落ちた櫓の撤去が始まっているようだ。あと、県立美術館分館前の崩落現場では、派手な侵食の溝が。せめて、カバーかけて、侵食を阻止するべきではなかろうか。それとも、裏もひどくて、近づけないとか。

 棒庵坂下の石置き場は、数が増えているかな。

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二の丸公園

 北側、百間石垣の上の部分が、ずいぶん広く囲い込まれている。あとは、西出丸の崩落を見るため、フェンス際を歩く人々。

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百間石垣

 北側の高石垣の状況。左右の枡形の破損がひどい。石垣そのものは、コンクリの吹きつけなどの応急処置が行われている。

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古京町別館

 けっこう好きな建物なのだが、再起不能らしい。解体方針なのだそうだ。もったいない。まあ、近くに行くと、かなりヒビが入っていて、外観からも厳しいのはわかるが。

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刑部邸

 近づけないので、本体はどうなっているかわからないが、周囲の塀はひどいことになっている。

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[]師走冬子『あいたま 9』

あいたま(9) (アクションコミックス)

あいたま(9) (アクションコミックス)

 今まで、どうも物語に体がなじまず、積んであった。そろそろ、精神的には平常モードってことなのかな。

 とりあえず、あいちゃんの弱点は注射w

 雪乃さんが、今回かわいすぎて。スランプに陥った兄貴を心配するところとか。むしろ、最後のおまけの、兄貴に構ってもらえなくていじけるところが凶悪にかわいいのだが。

 あとは、樹里が「悪魔の笑顔」で悩むエピソードもいいな。つーか、蓮ちゃんの笑顔の死にっぷりがw

 うむ、楽しかった。

[]カントク『下着党。』

 コミケ新刊。メロンブックスに入っていたので購入。

 いろいろな下着ブランドを纏った女の子のイラスト。お腹や背中の線がいいですな。表紙絵の女の子がかわいい。

Togetterいろいろ

宮崎県小林市をフランス人が紹介する動画の衝撃のラストに何回でも見たくなる - Togetterまとめ

 途中から、アレ?と思ったらw

 そもそも、さっぱり聞き取れない。


刃物の町岐阜県関市が作ったPR動画が狂気「どうした関市」「むしろ楽しそう」 - Togetterまとめ

 刃物がないからって、手刀で何とかしようってのも、アレだな。そして、理容室が怖いw

 なかなか強烈な映像であった。


#九州で女性として生きること のタグが闇すぎてにわかには信じがたいと話題に「目が点になった」 - Togetterまとめ

 そんな生き物、いるんだ…

 つーか、九州という括りでは、かなり雑なんじゃね。私の観測範囲だと、大学卒は前提っぽい感じだけど。暴力にいたっては。なんか、いろいろあるんだなと。

 まあ、「女性は花の名前でも勉強していろ」とかぬかした、某県の前県知事なんてのもいるわけだから、年寄りには、根強くそういう思考があるのかもしれんが。


全国放送のテレビ番組は全国といいつつ東京の話題ばかりだ、という声に共感の嵐「地方民みんな思ってることや」 - Togetterまとめ

 いや、ほんと、東京ローカルの話題を全国ネットでやるのは止めてほしい。全国ニュースなのに、天気は関東の話題とか、妙に細かな事件を取り上げるとか。全国的に晴れって、すごい雨なんですけどみたいな時がある。都知事選のときは、本気でムカっと来たな。ダーウィンが来たを流せっての。

 バラエティも制作費がでなくなったのか、本当に関東圏から出なくなったしな。東京の店とか、どうでもいい。しかも、やたら高くて並ばなくてはならないとか。

 通勤圏は、一つの都市圏だよな。

 まあ、そんなこんなで、テレビそのものを全然見なくなってきたけど。


多くの御朱印がオークションで高額転売され、そのせいで御朱印を一部中止にしている所も - Togetterまとめ

 それこそ、近世あたりには、代参講なんてのがあったり、お札を配りまくっていたりしたわけだが。「御朱印は神の分身」って主張は、新しい主張としか思えない。

 微妙感のある話ではあるが、なんかここまでぎゃあぎゃあ言われると鬱陶しくなるような。そもそも、スタンプラリー感覚で人を集めているわけだろう。

 転売屋死すべしとは思うけど。


東京ビックサイトは実は『神殿だった説』の説得力ヤバい - Togetterまとめ

 笑った。

 コミケは厄払いの神事だったのかw

2016-08-20

[]

 本日は、県立美術館に出撃。半日、粘る。展示会2つ+講演。

 行くとき、やたらと暑いと思ったら、正午の時点で35度もあったんか。そりゃ、ただ移動するだけで、ぶち切れそうになるわけだ。で、明日は最高気温38度の予想。いい加減にしろ、ほんとに。

[]企画展「親子でみる美術展 二の丸トラベル」

 旅をテーマとした企画展。明日まで。

 前半は、寄託されている永青文庫から、参勤交代に関連する品物を展示。後半は、近代に入ってからの旅行関係の絵画作品。熊本県出身の画家の資料や作品を出して、東京や海外に勉強に行く画家たちというのは、少々無理やりな気もしなくはないが。館蔵品だけで、こういう企画展ができるだけのコレクションが育っているのだなとも言える。富士山を描いた作品を並べるというのも、おもしろい。

 あと、今西コレクションの有用性。熊本県出身画家を永青文庫関係以外では、ほとんど今西コレクション。これがなかったら、コレクションのレベルはどうなっていたか。

 あえて言えば、熊本の庶民の旅に関する情報が少なかったかなとは思うが。


 参勤交代関係は、旅行用の道具と絵図類。大名行列の格を示す対鑓や金紋付きの先箱といった道具類。熊本に持っていくお気に入りの茶道具を選らんだ史料。挟箱など。

 絵図類もおもしろい。大名行列を描いた「御入国御行列之図」、絵入り道中記や海陸行程図といった地図類、御船入港図鑑など。船で行き来するにしても、ずいぶん多数の船を仕立てなければいけないのだな。「川尻」と付箋に注記してある船は、川尻から回したらしい。大名の立場からすれば、籠にゆすられていくより楽かもな。

 これだけは、よそから借りてきたらしい、狩野勝波「江戸勤番之図」がおもしろかった。屋敷の長屋で長時間生活する藩士が、さまざまな遊戯や酒盛りで暇を潰している姿。青木直己『幕末単身赴任:下級武士の食日記』を思わせる。突然、在府が一年延長されて、自棄酒くらって、暴れるの図が、なんとも印象的。

 名勝図の類が何点か出品されているが、「植生」に注意してみるのもおもしろい。木が個別に書かれているところを見ると、草山が多くて、やはり木は少ないと考えるべきなのだろうか。「七滝瀑布図」では、滝の周辺には、かなり密に木が生えているように見えるが。木を採取しにくいところは、木が残るということなのだろうか。熊本藩の絵師が、派遣されて富士山頂からとか、松島の図を描いているのが驚き。藩命で、全国渡り歩いているってことか、これ。杉谷雪樵らの日記とか、残っていないのだろうか。


 後半は近代に入ってから。

 小林清親の「東京名所図」や「小林清親風景画」、多数の画家が参加している昭和14年の「新日本百景」といった、版画が良い。特に、小林清親の版画、いいなあ。吉田初三郎の鳥瞰図も、3点ほど出品されていた。

 最後のほうは、熊本出身の画家が旅先で描いたものということで、作品の連射。荻須高徳「モンマルトルの旧役場・青いレストラン」、坂本善三「建物」、吉家研二「塔」あたりが好き。特に、「塔」は気にいったなあ。

[]ミュージアムセミナー「肥後から江戸へ! 熊本藩の参勤交代」

 展示されている品物の解説がメイン。

 最初は、「親子でみる美術展」の意義とか、参勤交代の基礎知識とか。家光の参勤交代の法制化は、過熱する忠誠競争を抑制するためというは、ある程度常識化しつつ話ではあるが。


 一番目のトピックは、大名行列の図。こういう行列や、細かい持ち物で差別化というのは、「家格」の主張に命をかけまくった江戸時代の大名らしいな。とにかく、いろいろな場面で自分の家格をデモンストレートする。二人横並びの金紋先箱や対鑓は、将軍の許可が必要で、少数の大藩にのみ認められたもの。家格の高さを主張するもの。「御入国御行列之図」では、数えると900人だそうで、これは多くも少なくもない数なのだそうな。初入国の時は、気合を入れて動員をかける。細川光尚が2720人、斉護が3000人というのが多い例。逆に、窮乏期の重賢の時には、546人まで削減されていたという。

 参勤交代の旅は、なかなか過酷で、随行する藩士は体力増強のための訓練が行われた。あるいは、土佐藩などは重いものを持っていかないようにする。逆に前田家などは古式の完全装備での行列と、お国柄が現れるらしい。

 登城時にも対鑓を持つこと望んで、許可を求めたが、断られた。しかし、明治に描かれた「登城図」には、しっかりと対鑓が描かれているという話には、家格に対する執念が表れているようでおもしろい。


 二番目のトピックは、旅のルート。豊後街道を通り、鶴崎から海路をとる。豊前街道を経由、関門海峡あたりから海路。同豊前街道から山陽道の三通りのルートがあった。行きは豊前街道からの海路、帰りは鶴崎経由が多かったそうな。あと、江戸時代前半は、国替え時のトラブルから黒田藩と仲が悪くて、鶴崎一択だったとか。

 大坂以後は陸路を通るが、名古屋までは、鈴鹿越えと関ヶ原越えの2ルートがあったと。

 40日ほどで熊本と江戸を往復。

 あとは波奈之丸の話とか。文化庁の人が、地震後、天守閣に突入して、無事を確認したらしい。しかし、あれ、もともとけっこう傷んでいるという噂を聞くが…


 最後は江戸での生活。

 殿様は登城するのが仕事と。しかし、出かける度に行列組まなくてはならないとなると、鬱陶しかろうな。

 狩野勝波「江戸勤番之図」の解説がメイン。類例がない史料なのだとか。一部の役職者以外は、仕事は数日に一度程度で、かなり暇を持て余すらしい。他の藩の武士とのトラブルを避けるため、外出は制限されて、長屋で暇を持て余す。で、いろいろと遊んだり、駄弁ったりという姿が、描かれる。特別手当が出るので、懐はそれほどきつくもないらしいが。特別手当で借金を返済するために、頻繁に参勤交代に参加する武士もいたとか。

[]特別展「ランス美術館展」

 県縁の画家としてコレクション形成中の熊本と晩年をすごしたランスという、レオナール・フジタを媒介とした企画なのかな。ランス美術館が蓄積してきた17世紀以来の絵画コレクションとレオナール・フジタ関連のコレクションの展示。なかなか充実したコレクション。最近、西洋美術に興味がなくなりつつあるが、こうして見ると、意外と楽しい。

 二点出ていた静物画が印象に残る。17世紀のストンメ「レモンのある静物」とゴーギャンの「バラと彫像」。前者は、ステムにトゲトゲのついた「レーマー杯」とその質感が良い。後者も、なんか印象に残る。

 あと、やっぱりバルビゾン派の風景画が好きだね。個人的に。

 肖像画がたくさんあるのが、一見した特徴。17世紀の王侯から20世紀に到るまで。ヨーゼフ・シマの「ロジェ・ジルベール=ルコント」が印象に残った。


 レオナール・フジタのコレクションが充実しているのも特徴。三つある展示室のうち、一つがフジタの作品。晩年に力を注いだノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂のフレスコ画下書きの素描がたくさん。あとは、フジタ作品がいろいろと。「ノルマンディーの春」を見て思ったのは、同時代の少女雑誌と挿絵の雰囲気と似ているなと。「授乳の聖母」にも、そういう雰囲気が。色使いかな。なんでだろう。

麺作りから始まった工作機械の歴史 - デイリーポータルZ:@nifty

 佐賀から名古屋ってのが、一番不思議だったが、義父と出資者の板ばさみで出て行ったのか。で、名古屋で大隈麺機商会を開業。自ら製麺機の製造開発を行うと。

 シュレッダーって、製麺機から出ているのか。すげー

 日露戦争の時、製麺機の売れ行き不振と民間への軍需物資の発注が行われたので、工作機械の生産を開始。まあ、金属加工をやっているわけだから、業態転換は可能だったのだろうな。製麺機の技術を応用して、旋盤やボール盤を製作。麺を切る刃棒の精密加工という基礎技術があったからこそではあるのだろうけど。自社用に旋盤を作っていたりもしたようだし。

 1930年代には、自動車の製作にも手を出してたりするし→亀田忠男『自動車王国前史:綿と木と自動車』。つーか、アツタ号も言及されている。


 で、戦後いち早くCNC加工機の製造に取り組む。紙テープか。

 ここらあたりで、だいぶ畑違いの電機関係の技術者を雇う必要があったと思うけど、どこからリクルートしたんだろうな。あと、その投資の決断の背景とか。

 だんだん、電機系のメカが増えてくるな。制御用コンピュータとか、サーボモーターとか。


 文字通り、工作機械の歴史だな。

山形の防火建築帯がすてき - デイリーポータルZ:@nifty

 普通の商店街っぽく見えるけど、防火帯。で、これがスタンダードとして広まったと。これが、どこからの火事を、どう防ぐつもりだったのかが、気になるな。昔は、そんなに木造建築物が密集していたのか。今は、わりとスカスカで、大火が起きそうな雰囲気ではないが。

 ずっと、緩傾斜というのも、自転車にはありがたくない地形だな。

うなぎカマボコを、うなぎと言って食べさせた - デイリーポータルZ:@nifty

 なんか、いろいろと出ているのだな。うな蒲ちゃんに、うな次郎とか。

 でも、一発でばれるのか…

 ここのところ、スーパーに行くたびに探しているのだが。通販しかないのか。

@nifty:デイリーポータルZ:妹と道の駅になった中学校を見に行く

 うーむ、諸行無常すぎる。

 学校は、住宅街のものだけに生き残っているが、幼稚園は移転したな、そういえば。

木の上にはコケの森が広がっている - デイリーポータルZ:@nifty

 うーん、拡大しても、やはり森には見えない。

 しかし、コケとか、地衣類って、まじまじ観察すると面白そうではある。