火の見櫓からまちづくりを考える会編『火の見櫓:地域を見つめる安全遺産』

火の見櫓―地域を見つめる安全遺産

火の見櫓―地域を見つめる安全遺産

 静岡県の火の見櫓の悉皆調査を中心に、火の見櫓の様々な側面を紹介し、論じる本。こちらの書評を読んで興味を持った。写真も多くて楽しい。1ページ丸ごと使ったカラーの写真からは、火の見櫓の魅力が伝わってくる。ある程度の基本形の中で、個々の櫓ごとに細部のデザインが工夫されているのが楽しい。屋根のデザインとか。鉄製トラス構造以外の、非常時に半鐘を鳴らすという機能に限ると、ものすごいバラエティだけど。
 集落単位で、非常時に音を鳴らして急を知らせる施設というと、近世以前にもあったのだろうなと興味を感じた。盛本昌広『戦国合戦の舞台裏:兵士たちの出陣から退陣まで』(ISBN:4862486339)で、たしか変事に太鼓や鐘を鳴らすという記述があったような。江戸時代の定火消屋敷は太鼓と鐘だったとか、時代の変遷を追ってみるのも興味深そう。火の見櫓というのは、村の情報連絡システムの伝統に則った施設なのだろう。


 火の見櫓の類型から、消防団の歴史、櫓の立地や場所の移動、サウンドスケープに製作者、コミュニティの問題など様々な観点から論じている。立地が特に興味深い。集落の核となる部分が選定されているし、周囲の集落との音などの連絡も考慮されている。近世以来の集落単位の共同体によって建設されているので、そのあたりの観点から歴史学とも接続できそうな気がする。住宅地に飲み込まれた昔の集落を識別するのに、神社をよく使うが、今後は地域の神社を見るときにまわりに火の見櫓があるかどうかも、気をつけてみよう。熊本市内だと、ほとんどが撤去されているのではないかと思うが、それでもどこかで見かけたような気がするし…
 火の見櫓類似の施設として、消防署などの望楼を採り上げていたり、コラムでは立て方を中心に紹介されていて楽しめる。基本的には、地元の鉄工所が手作りである程度組立、ブロック単位で寝たまま現場に輸送、現場で立てるという形になるようだ。あとは、現存しないがやたらと高い櫓なんかも紹介されている。
 特に興味深いのがコラムの「見直される半鐘」で、津波警報の伝達に新たに半鐘が設置される事例が紹介されている。確かに、スピーカーや防災無線と違って、基本的に維持費がかからないというのは大きい。まあ、地域の人による維持の努力は必要なのだろうが。茨城県北茨城市では、2004年から24カ所に整備しているそうだし、徳島県の鳴門市では2006年から半鐘による津波警報の伝達と避難の訓練が行われているそうだ。なかなかローテクも侮れない。
 別のコラム「よみがえる記憶、つくられる記憶」も興味深い。特に、撤去された火の見櫓を新たに起こし直して、イベントに使っている富士市岩渕の事例なんかも、いいなと思う。


 以下、メモ:

こうした傾向は後に触れるように、つくった鉄工所による「手」の違いによると思われる。三つの町のなかで、ときどき違う町によくある形が現れるのはかえってそのことを示している。発注先が限られていて、ある程度のモデルがあるからこそ生じたバリエーションなのだ。しかし、さらにおもしろいのは、同じ傾向のものでもよく見ると少しずつ違っていたりすることだ。これは同じ製作者でもあえて違ったものをつくったとしか思えない。先変万化というのはこのことだ。p.29

 「似ているけれど少しずつ違う」ともいわれているように、ある程度似通った標準デザインの中で、村ごとにデザインを競っているのが、火の見櫓のかたちのおもしろさをだしているらしい。

 火の見櫓の半鐘は、集落に危機が身近に迫ったときには擂半という連打によって、近隣の危機には音のリレーによって非常事態を知らせた。中山間地に行くと、たまに集落から外れた場所に半鐘が下がっていることがあるが、これらは隣の集落との連絡を考えて設置されたと思われる。半鐘が打たれることは今ではほとんどないが、消防信号の「火の用心」は同時に「愛郷」の鐘でもあるのだ。火の見櫓の屋根は半鐘の屋根であり、そこをさまざまに飾り立てていることは集落にとっての半鐘の大切さを示している。半鐘は火の見櫓の心臓なのだ。p.31

 このあたり、藤木久志が論じる中世後期以降の地域の調停システムなどとつながりそう。

 火の見櫓のおもしろさは、基準のなかの余裕というか、形式のなかのゆるさというか、全国的な同一性と地元の手仕事による多様性とのバランスにある。このどちらかに偏っても、おもしろさは減る。このことは、近代を通過した現代において、新たな意味をもっているだろう。建築物や工作物の具体的なあり方についても、また、それをつくり使用する人的組織のあり方としても、火の見櫓のおもしろさは、これからの社会の参考に値するのではないだろうか。p.158



 本書で紹介されているサイト:
火の見櫓図鑑
環境デザインマニアック:火の見櫓
火の見櫓っておもしろい!!
火の見櫓からまちづくりを考える会
火の見櫓をさがして