大衆文化とイスラーム

 今日は数人の人たちとの会合。東南アジア、南アジア、中東について知見のある人達に声をかけて集まった。研究者だけではなく、さまざまなバックグラウンドの人たちだった。普段は、どうしても自分の対象としている地域に偏りがちだが、違う地域や分野を専門とする人たちと話をすると、マレーシアや東南アジアを相対化し、どこが普遍的なのか特徴的なのか、その点を理解できる。

 会合に出席していた方で「イスラム世界」の拙稿を読んでくださった方がいらっしゃった(正確には、書いたので読んでくださいと自分からメールをしていた・・・)
 拙稿では汎マレーシア・イスラーム党(PAS)と芸能規制問題を主題として取り上げており、コメントを頂いた方からは、芸能や服装といった大衆文化という分野こそ、「イスラーム的」なるものが先鋭化して問題となりやすいのでは、といったあたりで意見が一致した。
 こうした先鋭化する分野というのは、イスラーム化の範囲を決める要素は何かを考える際に、大変示唆に富んでいると思う。拙稿では、PASが政権運営をするクランタン州ではこれまで相当程度規制がされていた芸能人のコンサート開催が緩和された事例を中心に伝統芸能などのこれまで規制が厳しい分野における最新の動向について論じた。こうした規制は、PASにとってみれば、「イスラーム的」であるとして進めた政策である。しかし、こうした政策、または違った角度から見れば「規制」を緩和する際に、単に、規制をゆるめることはできない。つまり、いったん、「イスラーム的」として導入した規制を緩和するには、単に大衆からの要望といったポピュリスト的な論理ではなく、PASというイスラーム政党であるが故に、「イスラーム的」な観点からの理由付けが必要となるのである。拙稿では、各種の芸能規制緩和において共通にみられるのは、男女の物理的な接触を避けること、であった。イスラームにおいては、男女の接触や女性のドレスコードは、−それが良いかどうかという価値判断は別にして−、頻繁に論争の焦点となる。拙稿の考察では、PASの政策においてもこのことは例外ではないことを浮き彫りにできたと思う。

 今日の会合は、やや酔っぱらいながらではあったが、なるほどと思うことが多く、また純粋に楽しむことができた。こうした対話から得られるアイディアは多い。

31歳。

 今日、6月14日、誕生日。31歳になりました。
 30歳になったときよりも、これから30代を本格的に生きるんだなとちょっとだけ感慨あり。
 今日、誕生日おめでとうメール、少しだけですが、もらうことができました。一番遠いのは、ヨーロッパの某国にいる日本人の方から頂きました。

 研究では、30歳までには論文を発表すると目標を立てていて、そのリミットの30歳の年、2006年12月に共著1冊、2007年3月に論文1本を発表することができました。ふりかえってみると、二足のわらじ研究者として、本業も手も抜かず、研究もできるだけのことはやる、と思って、それなりにやれてこれたのは、家族や友達などの支えがあったなあ、と感じています。次は、35歳、40歳までには、といくつか目標を立てています。
 特に研究では、そうめったに顔を合わせなくても、いい研究を発表していく何人かの若手から中堅研究者の存在をどこかで気にしていて、それが励みになったと思います。すでに多数の実績をあげている研究者の人たちからも、どんどんやりなさいと励まされ、本や論文を書く機会を提供してもらい、多少は恩を返すことができたかなと感じています。まだまだ、研究の質を高めないといけないけども。

 本業の面でも人的環境には特に恵まれて、自分なりの力を出せて取り組んでこられたととふりかえっています。

 そして、妻や子供の存在は、一番大きく。何も言わずに、今の状況を認めてくれていることが一番の感謝。子供もどんどん成長しています。本業と研究が忙しいから、家族を顧みない、というのは本末転倒。子供が小さい今は、人生でとても大切な時期のように感じているので、しばらく、いろいろとうまく調整してやっていくつもりです。

 たぶん、自分は研究を止めることはないでしょう。たとえ、相当ゆっくりになったとしても。
 もちろん、専業の研究者の人には様々な面でかなわないところが多いですが、自分の立場から発信できるものがあると信じて、このまま、進んでいくんでしょう。
 内村鑑三の「後世への最大遺物」と言うと大げさかもしれませんが、偶然で18歳から関係を持つようになったマレーシアという国。好きなところもあれば、嫌いなところもある。単にマレーシアのことを深く知るだけではなくて、微妙なバランスの上に成り立つ多民族社会から他の国が学ぶことも多いはず。
 気鋭の研究者である山本博之先生(京都大学)が著書『脱植民地化とナショナリズム 英領北ボルネオにおける民族形成』(東京大学出版、2006年)で「戦わないナショナリズム」という言葉を使っている。ある意味で、すごく衝撃を受けた言葉。ナショナリズムは、戦うはずではなかったのか。この言葉には、自分がなんとなく、マレーシアについて感じていたことの一つが見事に表現されている気がした。山本先生は、2000年に初めてマレーシアでお会いしたときに、日本マレーシア研究会(JAMS)の入会を勧めてくれた。その山本先生の著作の言葉で衝撃を受けたのは、ちょっとした縁を感じる。
 自分も日本マレーシア協会の会報誌で、「ナショナリズムの負のコスト」をあまり払わずに来たことが現在のバランスのあるマレーシア社会の形成につながったという趣旨のことを書いたことがある。山本先生ほど、上手には表現できなかったが、このあたりに、マレーシアらしいなにかがあるような気がずっとしていた。

 戦争、紛争、テロ、宗教対立などのニュースが世界から絶えない毎日。
 マレーシアという国が、完全ではないけれど、民族や宗教の共生の成功のための秘訣を語っているような気がしてなりません。その秘訣を読み解き、発信することが自分のライフワークの一つではないか、勝手にそう思っています。

 本業、研究、家族、その他諸々。
 新渡戸稲造は"Haste Not, Rest Not"(急ぐな、されど休むな)と語ったらしいです。まさにその通りで、何が大切かを見失わず、でも欲張らず、できる範囲でゆっくりでもいいからやっていくことが大切だと思います。

 あらためて、自分の31年を支えてくれて、豊かにしてくれた、周りの人々全てに感謝。
 ありがとう。

激励

 今日は、別の用事である研究者の人と電話で会話。
 先日、送付しておいた雑誌「イスラム世界」に掲載された論文の抜刷を読んでいただいていたらしい。
 これからも、いろいろ発表してくださいと激励された。こういう風に言ってもらうと、また次へとやる気に。感謝。

2007年6月10日(日)更新版

1.著書
2006年12月
(共著)鳥居高編『マハティール政権下のマレーシア:“イスラーム先進国”を目指した22年』アジア経済研究所(第八章「マハティール政権下での汎マレーシア・イスラーム党(PAS):民族問題とイスラーム主義のはざまで」を担当)

2.論文
2007年3月
汎マレーシア・イスラーム党(PAS)の政策決定過程に見る『イスラーム的』なるもの−近年のクランタン州政権による娯楽規制政策を事例にした考察−」『イスラム世界』第68号(2007年3月25日)、日本イスラム協会、pp.25-46

3.その他の論考
2006年
「文献案内:ナシャルディン・マット・イサ著『革新を求めての50年』」『JAMS News』第34号(2006年3月26日)、pp.48-51
2004年
「アブドゥラ政権の5ヶ月 〜新時代のマレーシアに向けて〜」『月刊 マレーシア』第473号(2004年4月20日)、日本マレーシア協会、pp.4-7
2003年
「マハティール政権 その政治過程と次世代への課題」『月刊 マレーシア』第467号(2003年4月20日)、日本マレーシア協会、pp.4-7
2002年
国際問題から国内政争へと転化したPASの言説−地方政党から全国政党への展開とその課題」『JAMS News』第22号(2002年1月)、pp.18-23

4.口頭発表 *新規研究業績を追加
2007年
5月26日 「マレーシア政治における『イスラーム的』な正統性−ハラール・ハブ(halal hub)戦略を事例にした一考察−」(2007年度アジア政経学会東日本大会 分科会V東南アジアの政治的安定、学習院大学目白キャンパス)
http://www.jaas.or.jp/pages/convention/taikai-e.htm

5.エッセイ等
2006年
「私流マレーシア研究」『JAMS News』第35号(2006年7月19日)、pp.9 -12
2005年
カンポン・バルのアチェ移民による被災支援風景」『JAMS News』第31号(2005年2月26日)、pp. 12-14

6.インタビュー記事
2005年
3月20日 NNA「この人と60分」
http://nna.asia.ne.jp/free/interview/kono/kono152.html

口頭発表(2007年度アジア政経学会東日本大会)

 少し前になりますが、5月26日(土)にアジア政経学会で学会報告を行いました。
 (学会ホームページ 2015年度アジア政経学会秋季大会のご案内 2015年10月17(土)
 昨年末の日本マレーシア研究会では、パネル企画と司会を行ったことがありますが、自らの研究報告という形での口頭発表は締めてでした。
 タイトルは、「マレーシア政治における『イスラーム的』な正統性−ハラール・ハブ(halal hub)戦略を事例にした一考察−」として、マレーシア政治とイスラームの関係について、アブドゥラ首相が推進するハラール・ハブ戦略を通じて考察を行いました。フロアには、マレーシア研究などで見慣れた方が何名かいらっしゃり、少し緊張しました。
 発表は、自分のマレーシア政治と政治の関係についての大枠の理解を示したかったので、それのために持ち時間の半分少しを費やしました。やや駆け足にはなってしまいましたが、だいたい、提出したフルペーパーの要点は話せたかなと思っています。
 質疑応答やコメントでは、建設的なコメントを頂くことができ、大変ありがたく感じました。投稿論文とするには、一部大幅な修正と追加的な調査が必要であることに気がつきました。
 「二足のわらじ」研究者のため、作業は遅々としたペースになりますが、立ち止まることはせず、少しずつ前進して、年内には学会誌などへの投稿のメドを付けたいと思います。
 なお、研究業績も下記の通り、口頭発表の部分を更新しました。