餃子と統計、あるいは宇都宮市と浜松市の仁義なき戦い

1月30日、総務省統計局家計調査の最新結果を発表した。すると、栃木の地方紙下野新聞が次のように報じた。

買った!浜松に勝った〜!宇都宮、昨年もギョーザ日本一

総務省の家計調査が三十日、発表され、宇都宮市が二〇〇八年のギョーザの年間支出金額日本一になったことが分かった。ギョーザ日本一の座をめぐり、対抗心を燃やすライバル浜松市に大差をつけ、宇都宮市が今年も「指定席」に着いた。

えらいはしゃぎようだ。
では、浜松の地方紙、静岡新聞ではどうかというと……あれ? 記事が見あたらない。浜松では静岡新聞と中日新聞が互角だそうなので、中日新聞のほうで調べてみると、

浜松市のギョーザ購入額全国2位 宇都宮と1000円余の差

2008年の浜松市のギョーザの購入額は全国の主要都市で2位だったことが、総務省の家計調査で分かった。トップは宇都宮市だった。07年に政令指定都市になった浜松市は今回が初調査で、“ギョーザのまち”を自任する両市の決着がついたのは初めて。

と、比較的冷静に淡々と事実のみを報じている。だが、日付をみると、下野新聞の報道が統計局の発表の翌日1月31日*1であるのに対して、中日新聞のほうは2月4日*2だ。この4日間の空白浜松市民の動揺が表れているというのは穿ちすぎか?*3
さて、この中日新聞、過去にはギョーザ消費、やはり浜松が日本一総務省の家計調査で実証などと報じている。残念ながら記事本文は削除されているが、探してみるとここに残っていた。今回と同じ家計調査の2008年第1四半期の結果では浜松市のほうが勝っていたらしい。また2008年上半期の累計でもまだ浜松市がわずかに宇都宮市を上回っていたことが、ここに記されている。
ところで、中日新聞の見出しの「ギョーザ消費、やはり浜松が日本一総務省の家計調査で実証」というのはどういうことか? 記事本文には書かれていないが、実は宇都宮市浜松市の餃子日本一を巡る争いには前段があったのだ。

日本一「ギョウザ」好き 浜松市悲願達成

日本一餃子好きの街といえば宇都宮市だったはず。ところが、2007年2月19日、浜松市の「グルメ団体」が市の調査結果を掲げて「餃子消費量日本一宣言」をした。発表によると消費量は宇都宮の4倍。どうする元王者、宇都宮市

記事で言及されているグルメ団体浜松餃子学会の公式サイトを見ても「餃子消費量日本一宣言」は見あたらなかったが、餃子消費量日本一宣言!!浜松餃子学会が認定したオフィシャル餃子などというものも売られているのだから、「餃子消費量日本一宣言」を行ったというのは事実なのだろう。
で、その宣言の根拠となった餃子消費量調査は浜松市が行ったそうだが、残念ながら調査方法の詳細はよくわからない。1世帯あたりの年間消費量が宇都宮市の4倍以上、というだけでかなり疑わしい上に、「消費量」の単位が「円」だということだから、調査の信頼度は天下の指定統計第56号*4とは比べるべくもない。宇都宮市の側からすれば、余裕綽々といったところか。
家計調査は、大都市から小規模市町村まで薄く広くカバーして実施されているが、信頼に足る標本数を確保しているのは都道府県所在市*5政令指定都市だけなので、都市別の結果はその分しか公表されていない。かつては、都道府県庁所在市でない政令指定都市川崎市北九州市だけだったので、家計調査の結果はあたかも都道府県別の状況を表しているかのように誤解されることが多かった*6が、2006年には堺市政令指定都市の仲間入りをし、来年くらいには相模原市政令指定都市になるそうなので、家計調査の捉えられ方も変わってくるのではないかと思う。
浜松市は2007年4月1日に新潟市とともに政令指定都市となった。新潟市は県庁所在市なので家計調査の上では従来と変わりがないが、浜松市は翌2008年1月から新規に家計調査の結果公表対象となった。ここでようやく宇都宮市と同じ土俵の上で勝負が可能となった*7のだ。で、一時的には浜松市に土をつけられた宇都宮市だが、去年1年間トータルの成績では首位を奪回したというわけだ。宇都宮餃子会の面々もさぞや胸をなで下ろしていることだろう。
ところで、せっかくだから今回の勝敗を決した家計調査の結果データを参照しようと思ったのだが、データが掲載されている「政府統計の総合窓口 http://www.e-stat.go.jp/」は無茶苦茶重いサイトらしく、さっきから何度もアクセスを試みているのだが、結果データはおろか目次にまでたどり着くことができない。仕方がないので、かわりに2ちゃんねるのスレッドにリンクしておく。

さて、宇都宮市の前に膝を屈した浜松市はこれからどうやって挽回を図るのか? 統計に頼らず独自の道を進むのか、それともあくまでも日本一の座を奪回するため大々的にキャンペーンに打って出るのか。
単純に家計調査だけに的を絞るなら、いちばん簡単な方法はアレだ。浜松市のナニは96しかない*8のだから、ナニにソレをすればみるみるうちに餃子購入金額が増えることは間違いない。とはいえ、そのようなアレは新旧統計法違反であるので厳に慎まれたいものだ。
ところで、静岡県東部、富士山の裾野には、その名も裾野市という市があり、日本一ギョーザが好きな町と称している。一説によれば裾野餃子は「日本三大餃子のまち」のひとつだそうだ*9が、残念ながら人口は5万人強なので、家計調査のランキングに参加することはできない。今後も独自の戦いを展開していくことになるのだろう。

*1:これはウェブ版の日付。

*2:同上。

*3:うん、穿ちすぎだと思う。編集の都合で、比較的埋め草的な記事が後回しになることはよくあるのだから。

*4:現行の統計法に基づく家計調査の位置づけ。今年4月からは新しい統計法に基づく「基幹統計」に位置づけられる。

*5:東京都区部を含む。

*6:このあたりの事情についてはカレーライスと鳥取人を参照されたい。

*7:それ以前でも、総務大臣の承認のもとで浜松市が家計調査と同じ基準と方法で統計調査を行うことは法的に可能だったはずだが、財政負担を考えれば事実上はまず無理だっただろう。なお、家計調査の実務は都道府県が担当しているが、調査費用は全額国費だ。

*8:ここ【PDF】をみると2007年の浜松市のナニは36だが、結果を公表している都市のナニの最低数が96なので、浜松市のナニも2008年から96に増えているものと推測した。

*9:ほかに金沢市別府市などいくつか候補地がある。「日本三大仏」と似たようなものか。