戦国時代のハラノムシ

戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

針聞書」(はりききがき)は、実在する戦国時代の医学書だ。
ハラノムシの特徴と棲息域・病状・鍼の刺し方や効き目のある漢方と煎じ方などが書かれている。
簡単に言ってしまえば、ハラノムシ=病気の原因ということになるのだけれど、かといって寄生虫とは少し違う。
姿はまるで現代のサブカルチャー的なのだけど、マンガ「蟲師」(むしし)の蟲に通じているんじゃないかなと著者は言う。(私はこのマンガを読んでいないのだけど)
「ムシの居所が悪い」「ムシが好かない」「ムシの知らせ」など、ムシは人間の肉体というよりは、どちらかというと心的な部分に関与しているモンスターだ。
それでも、「蟲師」の蟲と違うのは、心臓病のムシは心臓に棲み、肝臓病のムシは肝臓に棲んでいるといったように、症状のあるところに病原として動かずにいるところ。
これは肝臓病の「ソリ肝虫」(そりのかんのむし)




想像の書ではなく、あくまでも医学書
1585年には、織田信長重臣であった丹羽長秀が、ここに書かれた病にかかり、これを苦にして割腹自殺した「亀積事件」まで起きている。
これが原因とされるムシ「陽の亀積」 (ようのかめしゃく)。

原書によると、このムシは飲んだ薬も防御してしまい、患者が食べたご飯を横取りして食べてしまうので、取り付かれた人は「痩せの大食い」タイプになると推定されるそうだ。
治療法は、野豆を食べること。
この治療法の原理がすごい。
野豆をサヤから出すと、豆には「サヤから出されてしまった」という記憶が残る。(残留思念)
陽の亀積には、豆のサヤによく似た青い笠がついている。
陽の亀積が、残留思念のあるマメを食べると、マメが青い笠に働きかけて外してしまうのだ。
そのタイミングで薬を飲めば、防御されることなく効く、と。
類似のもの同士を感応させる呪術療法なのだそうだ。
丹羽さんは、これを試さなかったのだろうか。(ちなみに現代でいう「胃ガン」だったらしいので、間に合わなかったのかも)
残留思念を利用して治療するのは、ほかに「噛み寸白」(かみすばく)など。
そば粉に葦毛馬のしっぽの毛を細かく刻んだものを混ぜ、上等な酒で練って食べるとムシは消滅するらしい。
そう。噛み寸白は、ニョロニョロと長いムシなのだ。
(しかも節目ごとに口があって、体内で噛みつく)




原書「針聞書」は、福岡県の太宰府天満宮のそばにある九州国立博物館に所蔵されている。
この本は、「針聞書」の内容をカテゴリー別に並べ替えたり、解説を現代語になおして添えているもの。(意訳もある)
巻末には、原書の通りの記載もついている。
「針」という字は、現代では医療関係の場合、「鍼」という字を使うけど、昔は裁縫用も漁用もすべて「針」だったそうだ。
治療法としての鍼の刺し方については、「複雑なので、口づてに教える」という記述が多いのが、これではなんだか本を書いてる意味がないような気がしておもしろいようでもあり、やはり職人技は身を持って学ぶものなんだと納得するようでもあり。




これは、 「気積」(きしゃく) 。

棲息域:胃袋
病状:油物が大好きでよく食べる。精力絶倫となって色事を好むようになる
治療法:虎のハラワタを食らうと、この病は消滅する


ちなみに、虎のハラワタは日本では手に入らなかったと考えられるので、「色事好きは治りません」という教えだと思われるという著者の解説あり。
酒好きの病も、死んだ患者からムシが生きたまま出てきたということから、「酒好きは死んでも治りません」という教えではないかという解説もあり。





これは、脾のじゅ(ひのじゅ)。

岩石のような格好のこのムシは、立派な岩石ばかりの枯山水の庭園に行くと、仲間に会えたうれしさで大はしゃぎするので、あらかじめ脾臓を丈夫にしておくことが大事だそうだ。
脾臓を丈夫にって、どうすればいいんだろう?




「昼寝の虫」 (ひるねのむし)もバカにできない。
食事がのどを通らなくなり、昼寝ばかりするようになったら、この病気を疑う。
このムシに取り付かれたら、最後には必ず死んでしまう。



・・・それは、昼寝ではなく、病状が重くて起きていられないのでは?




この本の著者による解説や当時の医療と現代のつながりといった話も興味深い。
おもしろいなあ。