覚え書:「書評:哲学原理の転換 加藤尚武著 [評者]鷲田 小彌太」、『東京新聞』2012年12月09日(日)付。




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哲学原理の転換 加藤 尚武 著

2012年12月9日

◆今と向き合う「苦情処理係」
[評者]鷲田 小彌太 哲学思想研究家。著書に『日本人の哲学(1)哲学者列伝』など。
 現役の哲学研究者で加藤氏ほど、通史かつ最新の問題意識をもち、鋭利な論理で包括的かつ刺激的な議論を展開してきた論者は稀だ。本書は大部ではないが、大情報を備えた氏の「最後から二番目の決算書」と思える。
 氏は常に哲学者の「立ち位置」に、哲学に何ができ何ができないのかに細心の注意を払う。哲学は個別分野を超越し統合する特権的な地位にあるのではない。学問、技術、政策等の分野に入り込み、社会的な合意形成の援助をすることを本務とする。氏の比喩にしたがえば、清掃係、苦情処理係だ。軽微な仕事なのか。そんなことはない。
 二十世紀後半、(1)核エネルギー開発が原子の、(2)遺伝子操作が遺伝子の、(3)臓器移植が生物個体の、(4)温暖化が地球生態の、それぞれの自己同一性(=狭義の自然法則)を破壊し、従来の技術のままでは自然が存続機能を失うことが明らかになった。
 この最新技術は、しかし最古の哲学問題、プラトン以来の精神「離存説」と経験論の「白紙説」(生まれ落ちたとき精神は白紙状態だ)の誤謬(ごびゅう)を明らかにする。「知性のない感覚は存在しない」(ヘーゲル)、「その都度の経験に先行する一定の形式が経験を可能にする」、たとえば生物学的な先天性(遺伝子等)が経験の成立に関与しているという「自然的アプリオリ論」を認めざるをえなくする。最新の技術問題と最古の哲学根本問題がリンクしているだけでなく、ともに問題解決を迫られている、これが現在なのだ。
 だからこの問題提起も解決の方途も従来の哲学や倫理学の枠内から生まれるべくもない。哲学の応用(周辺)部門だけが担いうる問題だが、先駆的に提唱してきた応用倫理学こそが現在の哲学の中心課題を担いうると誇らしげにいう理由だ。哲学者は個別科学の専門家ではない。同時に哲学研究者として専門家でなければ技術と哲学とを架橋できないと言外にいう。至言だろう。
かとう・ひさたけ 1937年生まれ。哲学者。著書に『二十一世紀のエチカ』『災害論』など。
未来社 ・ 2310円)
<もう1冊>
 加藤尚武著『応用倫理学入門』(晃洋書房)。生命・環境・企業・情報の四つの基本軸で、どんな思想的合意が形成されるかを学ぶ。
    −−「書評:哲学原理の転換 加藤尚武著 [評者]鷲田 小彌太」、『東京新聞』2012年12月09日(日)付。

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