My Life Between Silicon Valley and Japan このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-09-26

[] 2006年YouTubeの年、2007年Facebookの年

ちょうど去年の秋は、YouTubeをGoogleが買収した大ニュースで大騒ぎだったが、2006年YouTubeの年とすれば、2007年Facebookの年だったと言えるだろう。

昨日ウォールストリートジャーナルは、マイクロソフトFacebookへの数億ドル規模での出資交渉を進めていると報じたが、これからおそらくグーグルとの間での提携・出資交渉の戦いが起こるだろう。しかしいずれにせよ、YouTubeときのようにいきなり買収というのはないだろう。マイクロソフトの出資交渉時に前提とする時価総額はもう既に100億ドル以上だという。GoogleYouTubeを買収した価格16.5億ドルが安く見えてしまう。

Microsoft in recent weeks approached Facebook with proposals to invest in the startup that could value the fast-growing site at $10 billion or higher, said people familiar with the matter. If those talks bear fruit, Microsoft could purchase a stake of up to 5% in the closely held startup, at a cost in the range of $300 million to $500 million, the people said.

もし今の段階で100億ドル規模のValuationで資金調達するのだとすれば、グーグル並み(時価総額三兆円くらい)か、またはそれ以上の公開時時価総額IPOに突き進もうと企図するのだろう。

さて、ビジョンのレベルで、Facebookが他のSNSと違うところはどこなのか。

1984年生まれ、弱冠23歳の同社CEOのMark Zuckerbergの言葉を追ってみよう。

Well the way that we think about it is that people have all these real connections in the world and we’re kind of mapping them out. We’re trying to figure out what are the connections that people have? For any given person who are the hundred people who they know? Who are the two hundred people that they have contact with? Who are the people that they care about the most?

Once people share that information we can give them a set of services that use that information.

(FT)

Our whole theory is that people have real connections in the world. People communicate most naturally and effectively with their friends and the people around them. What we figured is that if we could model what those connections were, [we could] provide that information to a set of applications through which people want to share information, photos or videos or events. But that only works if those relationships are real. That's a really big difference between Facebook and a lot of other sites. We're not thinking about ourselves as a community — we're not trying to build a community — we're not trying to make new connections.

(TIME)

"A lot of companies get grouped as social networking," says Zuckerberg. "Lots are dating sites, or media sites or sites for community. But our mission is helping people understand the world around them."

(FORTUNE)

We don’t view the site as an online community—we bill it as a directory that is reinforcing a physical community. What exists on the site is a mirror image of what exists in real life.

(NEWSWEEK)

Zuckerberg didn't care about using the Internet to make new friends. "People already have their friends, acquaintances, and business connections," he explains. "So rather than building new connections, what we are doing is just mapping them out."

(WIRED)

Facebookはよく知られているように、ハーバード大学学内サービスとして立ち上がって、最初は東海岸アイビーリーグへ、そして全米の大学に、そして一般に広がった。Facebookとは、もともと学生寮で作られる「実名と実写真入り」の小冊子、まさに「Face」ブックだ。これをオンライン化したのがルーツ

Zuckerbergが繰り返し語るのは、Facebookはオンライン・コミュニティではなく(We don’t view the site as an online community)、リアルでの人間関係をそのままマッピングした鏡像(people have all these real connections in the world and we’re kind of mapping them out/a mirror image of what exists in real life)で、新しいコネクションをネット上で作ろうとはしていない(Zuckerberg didn't care about using the Internet to make new friends)ということだ。

だからミッションは、人々にその周囲(リアル世界での人間関係)で起きていることの理解を助けること(our mission is helping people understand the world around them)。

そこが数々のSNSと全く違うところだ(That's a really big difference between Facebook and a lot of other sites)と言う。

大きなブレークスルーだったAPI公開についてはこう話す。

"Right now, social networks are closed platforms," Zuckerberg told the assembled entrepreneurs. "Today we are going to end that."

(BUSINESS 2.0)

フォーサイト誌最新号で、Facebookを称してこう書いた(ネット上へのアップは来月)。

フェースブック利用者は、ハーバード大から東海岸アイビーリーグエリート大学へ、さらに全米の大学へと瞬く間に広がり、二年もしないうちに、全米の大学生の大半が利用するサービスに化けた。今は大学生以外でも利用できるサービスとなり、月間利用者は四七〇〇万人超にまで膨れ上がっている。

エコノミスト誌(七月一九日号)はフェースブックを、「The cartographer of human connections」(人間関係地図作成者)と呼んだ。フェースブックは英語圏ネット空間に、「実名で自己を表現しながら社会を生き抜く」という「強いアメリカ人の強い文化」を持ち込んで標準化し、実名でこそ意味が出る「人間関係地図」を、壮大なスケールで今まさにネット上に構築しつつあるのだ。

文中で紹介したエコノミスト誌の原文はこちら

Metaphorically, Mr Zuckerberg views himself as similar to the pioneering Renaissance mapmakers who amassed and combined snippets of information and then charted new lands and seas so that other people could use their maps to find, say, new trade routes. In Mr Zuckerberg's case, the map charts human relationships. Whereas many of the other social networks on the web primarily help people to make new contacts online—whether for hanky panky, marriage or business—Mr Zuckerberg is exclusively interested in “mapping out” the “real and pre-existing connections” among people, he says.

かなりの鼻っ柱の強さで話題のZuckerbergは、世界について入ってくる断片的情報から誰もが利用できる世界地図を作った「ルネサンス期の地図作成者」(mapmaker/cartographer)に自らをなぞらえている。「地理情報」ではなく「人間関係についての情報」から作る地図であるところが違いだ。

これからしばらくは、Facebookに要注目である。

Facebookについての参考資料は、

http://b.hatena.ne.jp/umedamochio/Facebook/

こちらにもあります。

ubspubsp 2007/09/26 17:43 アメリカは深刻な社会問題を抱えた国ですが、失敗を恐れず、新しいことに挑戦して新しい文化を創るという点では世界一偉大な国だと思います。Facebookについては、Stanford主催のEntrepreneur達のスピーチで初めて知りましたが、まさかここまで化けるとは思いませんでした。日本でもFacebookの成功を見て、二番煎じのサービスで成功しようとする人間が多くいると思いますが、新しい文化を創りだす企業も是非出てきて欲しいです。日本は「本音と建前」の社会ですから、今ある常識を疑い再定義する機会は多いと思われます。

greattonogreattono 2007/09/26 19:32 Facebook凄い発展ですね。この1年で激変してどんどん進化しております。Facebookではなく動画Bookはどうでしょうか?しかしこれに対して日本はモバケーですか?何かがっくりしませんか?

通りすがり通りすがり 2007/10/01 02:44 本文とずれているかは読み手の解釈次第という気がしますが、「自前でブログを開いてそこからトラバすればいい」というのは一理ある意見に思います。
しかし個人的には長文コメントも含めて色々と参考になりました。(トラバでなかったので読めた幸運に感謝。)

ウザいと思う心理状態になる方もいらっしゃるようですが、なぜそうなるのかのメカニズムは少し興味深いです。
一言ウザいと言えば済むというルールが成り立つというなら、その神経の方が逆にウザいと言いたい。
梅田さんを侮辱という言い方も僕にはよく分かりません。
また、それを言うなら、ご本人に成り代わるかのような発言をするというやり方は侮辱にならないのでしょうか?
妨害だと仰る方もいらっしゃいますが、その意味もよく分かりません。
で、全文を読んでいる人がほとんどいないなら妨害にはならないのでは?
仰り様の整合性のなさに、何か恣意的なのか、結局は感情に任せているだけなのかするのようなニュアンスを感じます。

少し関係があるかも知れないように思うところを書いてみると、最近の「空気を読め」とかいう日本の文化(?)はある種威圧的性質を含んでいると思うし、暴力的なムードに支配されてしまっている側面が強いようにも思えます。
ソフィスティケートという方向付けが「空気を読む」という文化の妥当性でもあるのかも知れず、その意味でなら理解出来ますが、長文コメントをバッシング(?)されている方々の仰るニュアンスには弊害の部分から来るムードを感じます。
そういう方にこそ理解しようとしてみる意味があるコメントを長文コメントの投稿者の方は書かれているようにも個人的には思えます。

web上のコミュニケーションはシステムに依存する部分も大いにあるのでしょうし、その辺の齟齬を感じるのも確かですが、モノの言い方一つで発言者が意図する妥当な指摘以外の部分で好ましくないミスリードが起き得る怖さに一人一人が心するのも大事ではないでしょうか?

という本文とは関係のないコメントで恐縮ですが、少し気になったので発言させて頂いてしまいましたm__m

通りすがり通りすがり 2007/10/01 08:45 達観と諦念を履き違えるからこその世の中の閉塞感でもあるとも思ってもみたり。また、自分の価値観だけで物事や他人のすることを括る(決めつける)のも無粋な行為に思えます。人の世の中というのはしかし本当に難しいですね。決めつけや諦めを簡単にせずに議論してみることにこそ意義もある気はしますが、梅田さんのblogを荒れさせたくはないのでこの辺で黙ることにします。

通りすがり通りすがり 2007/10/02 01:56 今回初めてコメントさせて頂いて思ったことは、はてな以外の(自)サイトへのリンクも貼れるようにして欲しいということです(投稿者名リンクについてです)。
上でコメントをしている方に聞いてみたいのは、匿名者の書き込みが同一人物である確証をお持ちなのですか?(憶測は問題の先送り的な態度であり、弊害をより大きく呼ぶということを言いたい。)そもそも現状のネットのシステムやルールにおいて発言者が誰であるのかが分かるかどうかをそこまで問題になさる意図が把握しにくいことを感じます。大切なのは内容の吟味であって、発言を読み解く個人個人のリテラシーの問題ではないでしょうか?私は匿名性よりも威圧的な言動・(短絡的あるいは刹那的な)決めつけ・意見の押しつけ的な姿勢なんかの方がよほど問題があるように感じます。
それからFacebookについての記述であろうとここは「はてな」なので、ここ(というよりも、あるいは、日本語ネット圏)特有の煩わしさを杞憂して匿名書き込みを行う人がいるのは保身の意味でも納得のいく話だと個人的には感じます。

通りすがり通りすがり 2007/10/04 05:59 higekumaさんが仰りたいことはある程度分かりましたが、そういうものは目くじらたてなくても淘汰されるんじゃないですか?その行為のどの部分がそこまで問題か把握しかねます。私はリテラシ−のことを書きましたが、それ自体とて各個人に帰属する能力であり、裁量は各個人に委ねられているという認識は大切だと思います。共有し得るリテラシーを求めるとして、その辺の機微を読み違えるのはその範疇から逸脱する行為のように私には思えます。重ねて書きますが、威圧的な言動・(短絡的あるいは刹那的な)決めつけ・意見の押しつけ的な姿勢とかいったものは結局の意味で問題を解決しないと思えるからです。
私は梅田さんが著作の中で述べられているように信じて預けてみれば物事は道理に従って流れていくようになるものだと思っています。裏を返せば自身がやった形でしか物事は返ってこないのではないでしょうか。(匿名のままこれを書くのは心苦しい気もしつつ。)故に他人への干渉は基本的には誰にとっても益にならない行為に思えますし、社会のバランスにとっても結局有益にはならない様に思えます。

通りすがり通りすがり 2007/10/05 00:08 hanaoka様 まず申し上げますが私は当エントリーへのコメントが当blogへの初参加ですし、名前は「通りすがり」で固定しています。上の方とは別人ですので単純に一言お断りさせて頂いておきます。ここまで来るに至りネーミングをまずった気はしていますし、匿名で書いていることへの心苦しさもあります。それとこれもここのコメントを匿名でやっている以上かいても仕方がないことかも知れませんが私も以前から実名なりそれに準じた形で顔写真も公開したりしながら他の場所でHPやblogの運営をしてきています。私なりにずっと以前からなんとなく自分の身の回りにもあるように感じていたネットをリアル世界と乖離したバーチャル空間的に捉えすぎる感覚(他にも色々な面で色々な言い方が出来ますがうまくまとめて表現出来ないので歯がゆいですが)なりに違和感があったし個人的にもその辺の齟齬がどうにかならないものかというのはテーマだったりもします。しかしこれはそんなに単純な問題ではないことを思ったりもします。結局ネット空間もリアル社会を映す鏡のようなものでもある気もするし、アメリカなんかとは根本的な意味で違っている日本の社会が深刻に抱えてきている問題点というか因果のようなモノを私は感じ得る気さえしています。で、その辺の意味では、ある種の大事な視点を一番最初にコメントされている方なんかは投げかけているようにも思えましたし、どなたが書いたかにもかかわらず書かれた方自身の現状への真摯な憂いと問題提起を感じ得る気がしました。(人の屋根を借りるなという話はとりあえずおいておくとして。)例えば「実名での人間関係の地図」をネット上に構築するにしてもリアル社会が抱える問題点が多すぎるように感じるし、そこを解決するにあたって「ネットで実名を名乗る」というスタイルばかりに重きを於いてしまうのも現実的な解決にはならないことを感じます。そもそも本気でそれを言いたいならそれこそこのコメント欄を借用するのは違っているのではないですか?それぞれが少しでも深く真摯に自身に向き合うことが出来、人と向き合うときには各々と違いを認識しあえて、その違いを尊重しあえるというのは、各々の中での人格形成とかコミュニケーション能力を育むためにもとても重要になってくる回路だと思います。こういうものの大切さがそれなりに認識される世の中になってこそのネット論であり、社会論ではないか?というのは様々な齟齬を感じるほどに思えてしまうことです。勿論現実の社会をリセットすることなんてたやすくはないことでしょうし、それを望むのも(もしかしたら非常に)危険なことだと思います。しかし強者の論理ばかりを押し出していても状況は好転しないようにも思います。匿名無名にかかわらず真摯なコミュニケーションをする、威圧的な言動・(短絡的あるいは刹那的な)決めつけ・意見の押しつけ的な姿勢とかいったものはしない、というのは様々な日本の現状を鑑みたときに大切な姿勢になってくるのではないかというのは個人的に思うところです。それこそテンポの速い現代社会で「サバイブする」ことを主眼に考えてみれば、私が言う姿勢との齟齬が今度はそこに生じてしまうジレンマは分かりますが、大勢の人を巻き込みたいのであれば、様々な人の在り方を理解してみようとすることもとても大切でもあるわけで、多様性の容認は社会が活力を得ていくためにはとても重要な要素であるように思います。表層的な部分で争い出せば結局罵声の浴びせ合いにしか話は転んでいかない気もするし、逆に言えば、ネットというパブリックの空間で暗黙のルールが成り立つほどに日本にはコミュニケーションに対するシビアさや真摯さに対しての実感としての理解みたいなモノは未だ浸透していないように感じます。皮肉を込めた喩えをするようで恐縮ですが、素人プレイヤーの集まり集団にレアルマドリードのサッカーをやれと望んでしまっているような齟齬を感じます。しかし目指す理想があることは素晴らしいことだし大事なことだとも思います。理想と現実のギャップに落胆して冷めた目線に甘んじて人ごとの様な分かったようなセリフを吐き続けるのは結局表層を追うだけの悪循環ループに自らも加担しかねない行為であるのではないでしょうか。

通りすがり通りすがり 2007/10/05 08:37 権威主義と折り合いをつけたり植え込まれてきた強迫観念から自己を解放するのは難しいことだと思いますが、ここに自己矛盾を持ち込まれているのはあなたの様に思えます。あまりダイレクトに書くのは本意ではないですが話が通じないようですのでアシカラズ。

通りすがり通りすがり 2007/10/05 11:52 ですね。。w

mbtmbt 2010/05/31 19:59 本当にありがとうございました、これからも素敵な写真を楽しみにしてます!

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