Hatena::ブログ(Diary)

遼東の豕

2018-08-21

バカのせいで大切なことが書けない

 なにを共産党が言っていやあがる。
《「子供の迷彩服試着は不安」共産党要請で自衛隊イベント中止 埼玉鴻巣
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180820-00000556-san-l11
 埼玉県鴻巣市というのは、じつに平和な町でヤンスね(嘲)。
《20、21日に予定されていた自衛隊のイベントが、日本共産党鴻巣市委員会などの要請で中止されたことが20日、分かった。》
 町の共産党いちゃもんをつけてきたら、子供たちが楽しみにしていたイベントを止めちまったんだとさ。アホか。
 イベントの内容は、自衛隊の子供用迷彩服の試着体験などが行われる予定だったそうな。それを共産党が「市民に不安を与える」としてショッピングモールの館長に中止を求めていたんだとさ。根性のない施設側は自衛隊埼玉地方協力本部にイベントの中止を申し入れ、子供たちの夏休み最後の楽しいイベントを中止したということやね。
 アホちゃうか。共産党はもともと共産党だからアホなんだけど、共産党の脅しに屈したショッピングモールの館長の意気地のなさは、事なかれ主義の権化のようなもので、現在に至るまでの特アに対する卑屈外交そのままではないか。

 いいかい。街を歩けよ。迷彩柄の服なんてもう完全に市民権を得ていて、どこでも見かけますよね。それになんの災害にも縁のない鴻巣では目にしないかもしれないが、東日本大震災西日本豪雨、各地で起きている災害の現場では、迷彩服を着た自衛隊員が大活躍をしているのだ。迷彩服姿の自衛隊員が現場から撤収をする時に、その後ろ姿に手を合わせる老人がどの現場にも数多いたことを鴻巣市の連中は知らないのか。
 東北大震災で、子供たちが画用紙に書きつづった絵は見るものに感動を与えた。いいか!その絵に描かれた自衛隊員迷彩服を着ているんだぞ。イデオロギー煮しめられた共産党はバカだから「市民に不安を与える」と喚いているが、どの災害現場でも自衛隊迷彩服は希望を与え続けたんだぞ。鴻巣共産党、適当なことを言って子供たちのイベントを壊すんじゃない。こいつらのやっていることは、規模こそ違えども、中国共産党が今やっている情報統制と同じことなのだ。自分たちのイデオロギーと反するものを排除する、もっとも卑劣な情報隠しなのである。
 ワシャは広島県被災地に行ってきた。すでに災害救援は緊急レベルを越えているので、自衛隊の姿はなかったが、いいか、共産党鴻巣の根性なしどもよ、迷彩服を着ると軍靴の音が聞こえてくるのではない(おまえらは耳が悪いのか)。迷彩服は命を救出してくれるヒーロー戦隊のユニフォームなのだ。

 くっそー!広島災害現場のことや、人とのいい出会いについて書こうと思ったのに、朝一番で鴻巣市のクソ対応のニュースを見てしまったので、筆が思い切り走ってしまった。
 長期独裁政権を続ける志位共産党、これも規模こそ違え、習近平の中京と同根の結社のなのである。そんなことは絶対にないが、志位共産党政権をとれば、軍隊は党の軍隊となって党員の命や財産を守るために振る活動するようになる。そういう現実を措いておいて、建前だけで子供のイベントにクレーム入れているんじゃないぞ。

2018-08-20

西日本豪雨の現場で

 金曜日の宴席で防災関係者と一緒になった。仮にAさんとしておくが、Aさんは翌日土曜日から西日本豪雨災害被災地に入るという。今回、もっとも被害の大きかった広島県に行き、被災の状況、復興の度合い、支援の進捗、ボランティアの活動などを確認してくる。呉市にはスーパーボランティアの尾畠春夫さんも入っている。もしかしたら現場で遭えるかも。
 翌日の日曜日には、日本最大のNPO組織である「ピースウィンズ・ジャパン」の本部(広島県神石高原町)にお邪魔して、現在の事業展開、将来の事業計画をお聴きすることにしている。
 そのあたりの話(各論)は、おいおいとまとめていくことにして、今日は全体の概要を記しておく。

 金曜日の、土曜日である。金曜の夜の宴会で決まった。すでにワシャには土曜の朝から午後2時まで予定が入っている。すでに宴会は進み午後9時をまわっている。今から明朝の約束に断りを入れるのは、厚顔なワシャでもなかなかできない。しかし、Aさんは「ワルシャワさんは西日本の豪雨被害を見ておいた方がぜったいにいい」と言われるので、土曜のスケジュールを少し前倒しにして、対応したのじゃ。
 なんとか土曜日の昼過ぎに博多行きののぞみに乗ることができた。作業着や作業用の靴もキャスターバッグに詰めて、尾畠さんほどではないにしろ、現場で自給自足できる用意はしていった。
 3時過ぎに東広島着。レンタカーを借りて、呉に走る。24人が亡くなっているという凄まじい現場に入る。中でもひどかったのが呉西部の町の天応地区だった。幹線道路である国道31号も、この地区に入ると、陥没や土石流撤去工事であちこちで迂回させられた。ここで尾畠さんとすれ違うかなぁと探してみたけれど、結局、遭えなかった(なにしに行っとんじゃい・自嘲)。
 呉で活動を終えたのが午後8時過ぎだった。そこから、翌日の現場に少しでも近づいておくために、広島から山陽自動車道を走らせて、東広島まで行き、西條駅前にあるホテルに転がり込むことができた。ホテルの駅前にあった居酒屋で軽く食事をして12時過ぎに就寝。
 翌朝は6時に起床、食事を済ませて、早々にホテルを出る。ここから県東部の山間部にある神石高原町(じんせきこうげんちょう)に向かう。その町に「ピースウィンズ・ジャパン」の本部があるのである。
 そこでの話は中身が濃すぎて、脳の容量の少ないワシャにはまだ消化しきれず、整理するのには少々時間がかかりそうだ。
 とにかく、そこではヘリコプターに乗せてもらって、上空から被害状況を見せてもらった。ううむ、俯瞰をすると災害の有様が手に取るように判る。とくに理事長のご好意で、樹をかすめていくような低空飛行をしていただいたので(めちゃめちゃ怖いけどね)、とてもリアルに災害現場を体験することができた。
 神石高原町での仕事(といってもすべてプライベート)を終えたのが、午後3時を回っていた。これから車で福山までもどるのだが、さっきまで、ヘリコプターで福山上空にいたのにね。そこで降ろしてもらえればよかったのだが(笑)。一担、神石高原町のヘリポートに房って、車で山道をスタコラと福山に帰ったのでした。
 福山でまた一悶着あったのだが、その話もまた後日と言うことで。

2018-08-19

東広島にて

 午前7時、東広島市西条駅前のホテルにいる。
 一昨日の夜、急に思い立って昨日、西日本豪雨災害の現場入り。
 朝食を済ませて駅前をぶらぶら。
 以前に立川で研修会があって、東広島市の人とご一緒したことがあった。ワシャは東広島なんて知らなかったので、北名古屋程度に見くびっていたが、来てみてびっくり。都市計画はしっかりとできていて、西条駅まで続く四車線道路は中央分離帯に高木が並び、両側の歩道は広く無電柱で、西三河の19万程度の町とは比ぶべくもない。完全に負けた(泣)。
 そんなことはどうでもいい。被災現場のことである。昨日は呉市の被害を見て回った。あちこちで山が崩壊していた。
詳細はまたここで報告するが、なにしろすごい有様だった。
 今日は広島県の東部にある神石高原町の被災地を廻る。そちらも多くの箇所で山が崩れている。
 おっと、もう出発の時間だ。
 では、また。

2018-08-18

真実はなかなか見えない

《1930年代に日本教授が残忍な実験…「中国人の睾丸を摘出して染色体研究」》
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180815-00000005-cnippou-kr&pos=5
 やれやれ、ネタ元は、左巻きの北海道新聞に、テレビ朝日か……。
日中戦争直前の1937年6月、現北海道大学の前身・北海道帝国大学の教授が満州で、生きている中国人から睾丸を摘出して染色体観察実験をしたことが明らかになったと、日本メディアが14日報じた。》
 詳細部分まで報じられていないので、ワシャの感覚でしかないが、まず「睾丸摘出手術」というものはあるよね。爆笑問題の田中さんも確か手術をしているし、ワシャの友人にだって片金男は存在する。生きている人間から睾丸摘出はありうるし、治療であるならそれほど残酷なことでもない。そのあたりを北海道新聞テレビ朝日はきっちりと検証していてくれることを祈る。
 それに、睾丸を摘出するのって、遊牧民は馬の去勢などでお手の物だし、支那文明では宦官という歪な人間を製造していたことでもよく知られている。日本人が……というよりも、支那人朝鮮人の助手かなんかの入れ知恵でやったことではないのかなぁ。現代にだって、お調子者の大学教授なんて山ほどいる。助手に唆されて手術してみたら、ある程度の成果が得られてしまったので、ついつい吹聴してしまったとさ、てな話ではないのかニャ。
《戦争当時、日本軍と学者・医者の人体実験はこれまで何度か暴露されてきた。満州に駐留した関東軍731部隊が第2次世界大戦中に韓国の独立活動家中国人戦争捕虜を対象に残忍な人体実験をしたという事実が一部の加害者の証言で明らかになった。第2次世界大戦末の1945年5月、九州帝国大学医学部日本軍の指示で米軍捕虜を解剖して殺害した事実も、戦後の連合軍総司令部の調査で明らかになった。》
「残忍な人体実験をしたという事実」が「加害者の証言で明らかになった」と言うが、あくまでも「一部の加害者」であって、慰安婦デマを飛ばした詐話師の吉田清治の例もあるように、反日の人間、あるいはコミンテルンに洗脳された連中は、平気で嘘を吐くから怖ろしい。
 アメリカ公文書館で公開された対日機密文書10万ページにも、残忍な行為を裏づける資料は見つかっていない。つまり証言以外の証拠はなにも残っていないということ。慰安婦でも南京でもそうだが、「わたしは見た」「わたしが被害者だ」という証言は山ほどあるが、そういった証言ほどいい加減なものはない。
 平常時においても、異常な事件は起きる。それが戦場という特殊な環境下であれば、さらに多くのにおいてでも発生するだろう。しかし、世界の兵隊の中でも、日本軍の兵士は極めて高い倫理性を持っていたことも事実だ。いい話を拾い上げれば枚挙に暇があるまいキョ。それらを押しやって、まれに発生した悪いことを喧伝し、そればかりが日本軍を覆っていたかのような嘘、捏造、デマを蔓延らせようとする反日メディアがあることも厳然たる事実である。北海道新聞テレビ朝日プロパガンダに騙されてはいけない。

2018-08-17

思い出の街

 朝、がらりと風が変った。寝室にはエアコンが入れてあって、朝まで28度をキープしている。昨日までは寝室を出ると、2階の廊下が熱を持っていた。吹き抜けの窓は開いているのだが、そこから入ってくる風が熱い。
 ところが今日は違っていた。28度の寝室を出ると、廊下がひんやりとしているではあ〜りませんか。おそらく陽が登ってくれば暑くなるのだろうが、午前6時の風はひんやりしている。だから朝のシャワーもちょっと鳥肌が立ちましたぞ。

 夕べ、隣町で小さな宴があった。駅前からかなり歩いたが、隠れ家のようなひっそりとした佇まいのお店だった。お酒も美味しくて、料理も手が込んでいる。和のコースで出てくるのだが、これがみんなお腹に収まってしまった。
 このお店の近くに、かなりくたびれた2階建てのフィリピンパブがあった。どこかで見たことがある建物だなぁ……と思いつつ記憶をたどると、それが学生時代にアルバイトしていたクラブだったんですね。隣町ではけっこう有名な高級店だった。いまはフィリピンパブになったのかぁ。でも懐かしいなぁ。
 そんな話をしていたら、一緒に飲んでいた先輩が「ぼくもよく飲みにきていた」と言われるではありませんか。
「めぐちゃんっていう娘(こ)がいたよね」
 おおお、よく覚えておられましたな。愛嬌があって、可愛くて、客足らいがいい。その店ではめちゃめちゃ売れっ子だった娘(こ)ですぞ。
 帰り道にその名前が飛び出たので、ひとしきり懐かしい話題で盛り上がってしまった。記憶の池の底に沈んでいた思い出が突然浮上してきた。

 考えてみれば、隣町の駅周辺で1年以上アルバイトをしていたわけで、まさに青春の1ページをこの街で過ごしていた。そうか……だからワシャは隣町に対しポジティブであり、好意的な発言をしてきたんだなぁ。