無為のこころ

無為のこころ

解説

老子には「無為」がいたるところに出てくる。その無為は本当に何もしないように見えることもあるし、ものすごく頑張って行動しているようにも見える。ちょっと読んだだけでは到底「無為」を理解できそうにない。そこで、無為とは何なのかを自分なりにまとめてみた。ついでながら無知や不言などの行動を控える心得についてもまとめてみた。

最初は言及部分をピックアップして箇条書きにしていけば見えてくると考えたが、思ったほどうまくは行かなかったので文章でまとめた。下書きとなる箇条書き部分は末尾に添付した。

なぜ無為なのかと言えば、道が無為だから見習っている。それは第八章で道に近いとされる水を見て知り得たことだ。第七十八章では水の性質から弱さが強さを引き出すことを見つけ、第七十六章では水の柔らかさが堅さを超越することを教わった。第四十三章では水の柔らかさから狭いところにも入り込むことを教わった。水は第三十四章では水が万物を育んでも支配しないことを教わった。水は何も求めず、知恵もつかわず、意志ももたない。「無欲」「無知」そして「無為」。水だけでなく土も「無為」なことは第十六章からわかる。このように物を言わぬ自然から「不言」を学ぶ。だから聖人は最後まで水のように生きるのだ。自然と同じように「無為」で教える。だから聖人は無為なのだ。

確かに水は無為だが、それでいて命を生み育む恵みを「為す」。無為であることで大きなことが為せるのだ。だから、聖人は第四十八章のように損を続けて無為となり、無為から無事を為して天下を取る。
第三十七章では、道は無為なのに為すのだから、王侯が無欲なら天下は勝手に安定すると言っている。つまり、無為は天下を取ることだけでなく、天下を安定させることもできるのだ。
ただし、無為なのに為しては矛盾が起きるので、第三十八章では徳者は無為で成功するが自分の仕業ではなかったことにするのだと言っている。

では、天下を取る具体策は何か。第五十七章か。聖人は戦争を避け、兵器開発をせず、謀略家を起用せず、法律も厳しくしない。このように無事だから天下が取れる。
そして、第六十三章のように「無為」「無事」「無味」に努める。無為とは知られないように為すことであり、無事とは事件を起こさないことであり、無味は平凡で退屈な日々に感謝して生きることである。これが聖人が道から得たやり方だ。
そして、第六十四章が締めくくりとなる。聖人は無為無執だから失敗しない。それを最後まで気を抜かないで続けるから「無敗」なのだ。天下取りについての詳しい話は道者の天下取りを読んでもらうとするが、無為から見た天下取りはこんな具合である。

さあ、天下を取ったら統治だ。第五十七章では天下をとった後、無為を為せば民は安定方向に変化するとある。聖人の無事の影響を受け民が満足できるようになり、聖人のが無欲に教えられ民が素朴になる。それで天下が太平となる。もし為してしまえば第七十五章のように民が苦しむ統治となるので、無為に生きるのは賢いのだ。

太平とはトラブルが起きないことである。トラブルが起きた時の責任の所在はトップにあるのだから、太平時のリスク対策は重要だ。聖人の太平政治は第六十三章にある。無為とは自分の仕事がなくなるように暇を努めることであり、無事とは事件を未然に防いで起こさせないことであり、無味とは目立った事件もなく平凡な日々が続くことを当たり前なものにすることである。第六十四章の通り、これを気を抜かないで続け、最後には自然へと帰って行き、庶民に混じっていく(第七十章)から、破られることのない長期的な支配を続けられるのだ。

これが聖人の心構えとしての統治法だが、民の統治は愚民政策である。なぜ愚民政策が良いかというと、無為だからである。その無為の真意は第二章にある。聖人は小さな差異を見つけ出して区別や差別をしないのだ。だから、第三章では民に差別区別を気付かせないように無知を徹底させる。なぜなら、民は差があるとそれを埋めようと争い始めるからだ。だから、聖人は善や賢を褒めないようにして民を無欲にする。第四十九章のように無心を心がけて好き嫌いをせず、善悪で差別をしない。また、第五章のように、多くものを言うと器がしぼんで民に危害が及ぶことを懸念して、不仁を努めてひいきをしない。そういう聖人の無為によって民が安定する。それをまた第二章に戻って不言の教えを行うこととする。聖人は比較しても幸せにはならないことを民に黙って教えるのだ。第十章でも、民に努力を気取られない無知と民の善行悪行を見て見ぬふりをする無知があり、ここにも無為にして為す思想がある。

統治の詳しい話は聖人の統治にあるが、無為から見た統治はこんな具合だ。

「無為」を簡単にまとめると、他人のために何かをするが、直接はたらきかけずに遠回しに成果を上げて、誰がやったのかをわからないようにすることのようだ。

第二章
・「無為」聖人は小さな差異を見つけ出して区別や差別をしない
・「不言」聖人は比較しても幸せにはならないことを民に黙って教える

第三章
・「無知」聖人は民に差別区別を気付かせない
・「無欲」民は差を埋めようと争い始めるから
・「無為」聖人は善や賢を褒めないから民が安定する

第五章
・「不仁」聖人はひいきをしない
・「不言」聖人が多く言うと器がしぼんで民に危害が及ぶ

第十章
・「無知」聖人は民に努力を気取られない
・「無知」聖人は民の善行悪行を見て見ぬふりをする

第十九章

第三十七章
・「無為」道は無為なのに為す
・「無欲」王侯が無欲なら天下は勝手に安定する

第三十八章
・「無為」徳者は無為で成功するが自分の仕業ではなかったことにする

第四十三章
・「無有」無有は狭いところに入れる
・「無為」無為は有益である
・「不言」うるさく教えないやり方は有益である

第四十七章

第四十八章
・「無為」人は損が続くと無為となる
・「無為」無為な人は無為なのに為す
・「無事」無事な人は天下が取れる

第四十九章
・「無心」聖人は好き嫌いがないから善悪で差別をしない

第五十七章
・「無事」聖人は無事(戦争を避け兵器開発をせず謀略家を起用せず法律も厳しくしない)だから天下が取れる
・「無為」聖人が無為なら民が安定方向に変化する
・「無事」聖人が無事なら民が満足できるようになる
・「無欲」聖人が無欲なら民が素朴になる

第六十三章
・「無為」聖人は自分の仕事をなくして暇にする
・「無事」聖人はトラブルを未然に防いで事件を起こさせない
・「無味」聖人は平凡を当たり前なものにする

第六十四章
・「無為」聖人は無為だから負けない
・「無執」聖人は無執だから失わない
・「無敗」聖人は最後まで気を抜かないから負けない

第七十章
・「無知」聖人は有能さを知られないよう努める

第七十五章
・「無為」無為に生きるのは賢い