音楽の根源にあるもの

yazvinsky2005-02-13


小泉 文夫 著
音楽の根源にあるもの
平凡社(1994)


目次:

  1. 風土とリズム
    • 東洋の音
    • 諸芸のリズム
    • 日本のリズム
    • 三分割リズムと生活基盤
  2. 民俗と歌
    • 歌謡のおこり
    • わらべうたはどのようにして育ってきたか
    • 日本音楽における民族性
    • 日本語の音楽性
  3. 二つの講演
    • 自然民族における音楽の発展
    • 音楽の中の文化
  4. 三つの対話

ISBN:4582760570

 「音楽の中の文化」の節で、ガムランについても少し触れられています。ペロッグとスレンドロの音律について、おもしろい図がのっていますので、それを元に自分で書き直した絵をのせます。


ペロッグを9等分平均率のサブセットとして表しています。これもあくまで概念的なものであって、幅があるのだと言うことを灰色の帯で表しています。本当はタイの7等分平均率もあわせて図に書いてあったのですが、それは省略しました。おもしろいですねー。音律の話はうんざりでも、絵としてこんな風に描けるというのは興味深いと思います。
 もう一つ興味深い話を引用してみたいと思います。

(「音楽の中の文化」より抜粋して引用)
一番重要な旋律というのは、鍋のような形をしたクノンという楽器で、それがポーンとかカーンとかたまに鳴ります。西洋人や日本人なら、おそらく一番重要なメロディはみんなにはっきり聴かせなければならないというわけで、その音をボーンと強く浮きあがらせるように演奏するはずです。(中略)
 しかしインドネシアの人たちは、重要なメロディを、重要だからこそ小さくやるんですね。それも遅れてやる。(中略)ほかの音がガンガン鳴っている中で、何か一つだけモタモタしたのが鳴っていれば、それが一番重要なんです。その旋律をほかの人たちは聴きながら、その音に合わせてゆく。
ジャワガムランのクノン(Kenong)という楽器の役割についての話です。小泉先生はそれをジャワの社会性に結びつけて論を展開されるわけです。よく日本の大学でも生徒の注意を喚起するために、わざと小声で講義する先生がいるなんて話も聞きます。それと同じかも。ヨボヨボの老先生がボソボソ講義してたら、みんな耳をそばだてますよね。しかし自分が思うのは、小さい音でもそれを聞き分けられる人たちとアンサンブルしているときはきっとそれでいい。だけど、難しいパートを必死に演奏している人なんかには、「ちゃんと聴いとけよぉーっ!」と、あえて注意を喚起するために大きめに音出したりしますよね?きっとクノンが小さい音でもよくなったら、アンサンブルの完成度が上がっているということになるのでしょう。