Hatena::ブログ(Diary)

月のひつじ

2018-02-15

べったらベタベタ


ちょいと前のことだけど…、岡山駅三省堂書店に本を買いに出向いたものの、表紙に腰が引け買わずに店を出た。

ま〜、映画公開というコトもあろうし、駅前のメルパ岡山ショーウィンドウにもマニア製作の戦車模型を幾つも展示してたりもして、それなりの空気のそよぎは判るけれど〜〜〜、嗜好の問題、昔からこういう"ベタ"な少女系は…、苦手。

接するのが苦痛。ちょっと特集記事を読みたかったけど、萎えた。


f:id:yoshibey0219:20180215030351j:image


で、ハナシをスライド。語呂合わせじゃないけど…、「べったら漬け」。

近頃、この漬物が食卓にないと、どうにも落ち着かない。

去年の秋頃から、そうなった。

一過性の舌の戯れと思ってたけど、そうでもなさそうで、飽きるどころか、サバ缶同様、常備しないと…、落ち着かない。

こういうのは何だか病的な心理なような気もするけど、ま〜、気にしない。


f:id:yoshibey0219:20180215030442j:image

f:id:yoshibey0219:20180215030445j:image


からして、きっと東北方面のものであろうと勝手に思い決めていたから、これがお江戸の"名物"と知ったさいは、いささかめんくらった。文字通りにベタな名で、洗練味に欠ける…、と鼻白んだ。

けど一方、

「米麹べったら漬けとなじむ秋」

は、ストレートでつまらないけど、

「浅漬けをすなをに切ってしかられる」

との川柳が示す通りに、タクアンのように薄く切って客人に出すのはもってのほか…、江戸っこの粋(すい)もまた感じられ、名とのバランスがいっそう悪い。

ま〜、そんな文化事情はともあれ、今夕もば〜りぼり…。

淡い甘味が逆に偏頗の度数を薄めているようで、何んにでも合うのがイイですな。50周年のレトルトにも。


f:id:yoshibey0219:20180215030722j:image


それに、べったら漬けは漬物界の中でイチバンの色白か? とも思える。

あまりに白くて逆に冷暗を想起し、いやだからこそ東北方面の空気の冷えが意識され、転じて、なんだか冬の星を眺めるような感もなくはなかったワケで。

云うまでもなくそれは誤解で、べったら漬けの発祥はお江戸だ〜い、このト〜ヘンボクめ〜だけど、麹で漬けると白が引き立つのかな?。


f:id:yoshibey0219:20180215031421j:image


この冬のいまどき、朝の4時くらいに外に出れば冷気の中、南東の低いところ、木星火星さそり座、さらに地面すれすれに土星と月が集合して…、といって『2001年宇宙の旅』の惑星直列じゃ〜ないんだけども、ともかくも皆さん狭い範囲にお集まりで、醒めざめ白らっぽく輝きつつな早朝会議な佇まいに、なぜだかボクはべったら漬けの、白の濡れた光沢を思ってしまうのだった。

微かにエロっぽい。

でもっていっそう連想をふくらませ、星を舐めたら…、ちょっと甘いかもな、

「ウフッ♡」

形而の上下振幅に揺られつつ、ファンタ爺ィ〜にもなるのだった。


f:id:yoshibey0219:20180215030318j:image

※ 2/9の朝4時撮影。iPhone撮影なので頼りないけど…、二十六夜下弦の月木星、雲間に火星がチラリの図。

iPhoneは星の撮影はとても苦手だ、ね。

2018-02-10

雑草もまた そよぐ


ポール・スミザーという人物。ガーデン・デザイナー

この人を追ったNHKプロフェッショナル仕事の流儀』の録画を、K殿下と妃殿下がプレゼントしてくれた。ボクがテレヴィジョンに接していないコトをよ〜く知っての贈り物。

あ・り・が・た・や


f:id:yoshibey0219:20180203064507j:image

f:id:yoshibey0219:20180210030219j:image


日本の自然、その良さを、英国人に教えられるというのも何だけど、視聴するや、眼と肩を同時に揺さぶられた…。なにしろ、足元で踏んづけてる草たちこそが主役というんだから、眼からウロコがポ〜ロポロ。

「ぁあ、なるほど」と感ずるトコロ大。羞恥を含んだ驚きを味わった。

それで、興がわき、氏の著作を何冊か購入。

眺め読んでるという次第。


f:id:yoshibey0219:20180210030327j:image


我々が培われている感性は結構イビツ。

アガサ・クリスティが、卵型の頭をした小男のベルギー人がイングリッシュ・ガーデン造りにはげむその滑稽を描いたように、過剰のモノマネと思い入れが勘違いを引き寄せて、結果、右脚と左脚の寸法がおかしいという変なバランスを持つ…。

そう踏まえてガーデンを思うと…、風、雨、日光、土地の性質などなど風土環境に応じ則した草木を使う庭が、理想の1つだろう…、とは即に理解できる。


庭とは塀で囲った、"特別の場"。塀あるいは境界がなければ成立しにくい、いわばキャンバス

そこで自然を徹底的に抽象し記号化した重森三玲の、驚愕の庭も登場してくる。

しかし日々毎日を過ごす場に置きたいのは、鮮やかな抽象ではなく、徹底の具象そのもの、自然の佇まいではあるまいか。ポール・スミザーはそこを思想化し実践する。


f:id:yoshibey0219:20180210030324j:image


日本の草木は華やかでない。はっきり云って地味だ。

けども、それらを上手に使い上手に演出するのが庭造りというもんだろう…、その実践には時間もかかる、とスミザーはいう。

原色カラフラな花は少ないけど、英国などと違い日本にはその数10倍の多様多種な草木がある。彼自身が山に入って何年も調べ、庭に使えると判断したものだけで何と2500種類というから…、オドロキ。

その大部分をボクらは『雑木』『雑草』と決めつけ、ちぎっちゃ〜抜いて捨てている。

それらを活かして初めて、海外の人の眼にも、

「ぁあ、これが日本か!」

その素敵をアピール出来るんではなかろうか、ということなのだ…。



f:id:yoshibey0219:20180210030321j:image


だから、スミザーのガーデニングは逆にいえば、限界がある。日本というフレームの中から出ないワケで…。

しかし、そここそが要め。大袈裟にいえば、自分がどこの何に所属しているか…、と問われるような、問うような、思惟的な庭造りといってイイ。無定型なイングリッシュ・ガーデンに憧れるよりも、このジャパンの自然の旨味をこそ庭へ…、というわけだ。


f:id:yoshibey0219:20180122195748j:image

※ レンゲギボウシ

ギボウシは日本に天然に育ってた野草だ。和名は擬宝珠。多くは見向きもされなかったけど江戸時代の1部の好事家が庭で育てていたりした。

それをシーボルトが見つけ、持ち帰った。株分けされ増やされ、品種の改良が起き…、やがてヨーロッパ圏のアチャコチャの庭で愛される植物となった。

で、昭和になって逆輸入されて、な〜んか舶来♡ と喜んでるのが、今の日本。


さてと、「オオイヌノフグリ」。

気の毒にも"雑草"扱いで、どこの園芸SHOPにも売っていない。

けども、2月の寒さ勝ちの大地、そこいらの路端でまもなく点々と小さく咲くであろうコレだって、庭に使えるのだと思えば…、ちょっと裕福な気にもなるんじゃなかろうか。


f:id:yoshibey0219:20180122195841j:image

オオイヌノフグリは外来の帰化植物

ポール・スミザーは、"雑草"という固定された概念は捨てて「足元を見よう」と喚起してくれた。

侮蔑的な名でこの小さな植物は損をし、出来たら改名が望ましいけど、数メートル四方の一画がオオイヌノフグリの白と青の花でいっぱいになってる図をみて、顔を赤らめる人はよもやあるまい。


f:id:yoshibey0219:20180122195901j:image

古来からの日本の特有種イヌノフグリ明治の時代に綿花と共に入ってきたらしきオオイヌノフグリの旺盛な活力にまけ今はそれに駆逐されつつあって、絶滅危惧種に指定されてる。もしも路端でこの花を見かけたら大事にしよう。種がとぶ頃合いに種をとって自宅に植えるもよし。


イヌノフグリとて、出自をまさぐると…、古来に帰化した可能性が高い。だから、何をもってオリジナルな日本かという問題が出てくるけど。ま〜そこは原理主義的偏屈は云うまい。

2018-02-05

映画画質 2

 

老いたるヒトを抱えると、な〜かなか外に出られませんなぁ、あれこれ拘束されて。

ボクの場合はマザ〜ですが、ま〜、しゃ〜ない。お元気で何よりと口元ほころばせるっきゃない。

同年齢なフレンズにも自宅介護の似通う境遇を自嘲してるのが多い。

高齢化がもたらす顛末は、100歳の親を80歳の子供が面倒をみるという笑えない現実。

この先、80歳の方には子がいないというのが比率として高くなっていくだろうから、明るい未来、持続可能な社会構造の維持というのは…、遠のく一方なんだろなぁ、たぶん。


f:id:yoshibey0219:20180205035848j:image

※ 元旦のマイ・マザ〜。タマゴヤキにガンつけてるの図。

日常はベッドでの食事だけど三箇日はテーブルに坐ってもらい共に食す。手編みのヘアバンドとカーディガンでコーディネート。でもオシメだよ…、と息子微笑み、お餅は小さく切ってお出しし、かつ、ノド引っかかりに要注意の警戒モードでござんした、よ。


さてと。

自室にプロジェクターを導入した。

映画舘的な画質を味わいたいワイ…、との電圧上昇がここしばらく続き一向に下降せず、ならば宅でのDVD/ブルーレイ視聴は映画館っぽく、と蛮勇した次第。

近頃のプロジェクターは進化が著しい。昨年のジャズフェス(中銀前)で好評だった映像配信はその1例。

で、導入したのはジャズフェスで使ったものより2倍ほど明るい3500ルーメン(意味わからないけど)のランプとレンズを搭載したもの。


部屋はモノでいっぱい。今さら動かすのも面倒だしそんなエネルギーもない。

半地下構造で天井が高く、販売されてる電動巻き上げ式ではスクリーン位置が合わない。

それで、スクリーンは取り外しを前提に、現状の環境、書棚の中途に覆いかぶせるカタチ。

オシャレでスノッブなホーム・シアターには遠い。


f:id:yoshibey0219:20180205035934j:image

Before


f:id:yoshibey0219:20180205040014j:image

After


壁面の構造上、投写距離は2メートルとちょっと。

この距離でスクリーン・サイズが決まる。

ドンピシャなサイズの割り出しは現物合わせに頼るしかなく、やむなく横幅186センチ、TVサイズで云えば84型のスクリーンを別途購入。

でかさ際立ち、小スケールの模型達の中に大きな模型を置いたようで、かなりバカっぽい。


幸いかなサウンド環境は既にだいぶんと前から整い、それがあるからプロジェクションも可能というワケで…、また逆にそれがあるゆえリビングじゃなく書棚で埋まった部屋にしか置けないという住宅事情。

ただ、想定以上にスクリーンが大きくなり、フロントと左右のスピーカーはスクリーンの後ろ…、音の効率はどうだろう?

レイアウトは要再検討というコトにし、スクリーンとプロジェクターの位置合わせで一苦労。


f:id:yoshibey0219:20180205040056j:image

※ ホームセンターで見つけたリピートタイに救われる。スクリーン・フレームたる金属パイプの取り付けと左右バランス調整で活躍してもらった。


f:id:yoshibey0219:20180131122620j:image

 ピントやら台形歪みの補正やらやら、あれこれ調整のため試験にVHSをAVポート接続。眺めてるのはビートルズの『ヘルプ!』。荒い画像に時代の推移ありあり。


で、設置終えて試しに1本DVD

初体験はワクワクするねぇ、最初の1歩チョイスに悩んだ末に、

1954年作の『宇宙戦争』。

64年前の、この傑作を大きな画面で観るのはムロンはじめて。


f:id:yoshibey0219:20180205040221j:image


TV画面の黒色とは違う、投影ゆえの深い黒色に、淡い感動ジンワリ。

スクリーン上の黒と部屋の暗さとが溶け合うというか、うまく噛み合うんだね、投影式は。

画質に満足度昂ぶる。

CDからLPへの回帰が起きてるように、液晶式から投影式へ戻っちゃう…。鮭が川に戻っていくさいの歓喜の狂おしさっぽい感も、なくはない。


f:id:yoshibey0219:20180205040306j:image

※ この映画は4:3比率のフィルム・サイズ。牧師さんが焼殺される直前のシーン。しっかり輝度もあり、マーシャン・ウォー・マシーンのワイヤーも見える。


事の次いでとブルーレイ仕様の『フォースの覚醒』をば、チラリ。

ぁ〜らま、いよいよヨロシイじゃないの。

べっちゃり云えば、プロジェクターは光を大気に触れさせるワケだ。そこに極旨が生じるような感。


TVモニターでは意識もしなかった各映画の上映寸法というか、スクリーン・サイズの相異も際立って、そこも感慨深い。従来気づかなかった諸々が眼に映えるワケなのにゃ。

こんなコトならもっと早くに導入すればよかった。

こりゃしばし、スクリーン取っ払わず映画三昧かな…、仮設小屋的映画館風味に喜色する。


f:id:yoshibey0219:20180202182133j:image


ただ、2つ思いがけない弊害。スクリーン手前にMacのモニター2つがある関係上、干渉しないようにスクリーンを配置したもんだから、観るには首がちょっと上向きぎみ。

そのチョットに違和あり。今までチョクチョクやってたラーメン啜りつつ観ちゃうというのが、今後は首の上下運動が加わるから横着モノたるを自負してる身としては如何なものか? ラーメンに上下運動はヨロシクない…、と懸念する。

あとの1つは、視聴がための身構え。

若干に部屋を暗くしなきゃ〜いけないワケで…、馴れちゃうと、たぶん、アタリマエになろうけど、TVモニターやMacでのお気軽さはありませんな。早や数年前から自宅にプロジェクターを導入しているピアノ調律のY氏が、

「観る気がないとけっこ〜面倒」

苦笑していたけど、なるほど意味了解。

映画とは拘束だ。そこがTVとは違うを再認識。

f:id:yoshibey0219:20180205040532j:image


ちなみにマザーの部屋にはTVがあるけど、我がおつぼねさまは朝から晩まで右手にリモコンを持ってらっしゃる。

で、数分に数回の割合でカチャカチャ番組を変える。

すごい情報収集熱…、ではなくって、要は退屈なんだろうさ。幼児が番組よりCMの速いテンポに注視するみたいに。

結果、あれこれボタン操作をまちがえちゃ〜、ヘンテコな画面モードにしちゃって、ご自身で復帰できかね、

「テレビ壊れた」

常にTVに責任転嫁。これをば何度も繰り返す。

今朝も、入室してみるとTV画面にでっかい字幕。それも左右が切れちゃってる。

「おえんな〜、これっ」

リモコンに苦言を呈してる。

けっして学習しない、良い性格。

多少マザ〜の肩をもてば、今時のリモコンは多機能過ぎて老人向きじゃない。個々のボタンに詰まった小さな親切が、大きな迷惑っぽい。

復旧操作に、息子も苦労で…「親子リモコン遭難」。

2018-01-30

映画画質

 

早や1月が終わりかけ。

ここ数年で1番に寒い1月でしたなっ、感触として。


過日、北風ピ〜プ〜冷たくふいてた午後。

駅前のビッグカメラ1階のTV売り場で、大型のそれらを眺めるにやたらに4K画質対応+HDR対応とかで…、ブルーレイ仕様の『ローグワン』と『トランスフォーマー』の最新作だかが流されてたけど、観ちゃ〜いられないねぇ。

TV画質が向上し過ぎて、そういう作りでない映画はどちらも造りモノ感ありあり。

映画の質感、だいなし。

背景も前景もクッキリ見え過ぎ、人間人形劇みたいで、すご〜く安っぽく見え、だんだん不快になっちゃった。


f:id:yoshibey0219:20180130031835j:image


それで、解毒として「映画画質」を眼に浸まそうと、すぐそばのメルパ岡山に出向いて、何でもいいや…、はじまってもう15分ほど経ってたけど『ジオストーム』なるSFをば、眺める。

途中から入り、終わり間際に、退出。

メルパ岡山は座席指定がないからお気軽。

でも『ジオストーム』はひどかったね。量産増殖中のCG映画の不良品って感じ。だからさっさと退出なんですが…、いや、そのCG部分は良く出来てる部類だけど、ドラマが甘〜いの。

弩級を謳いつつ、シュガー入れすぎな缶コーヒー的軽量。2時間半つきあったら糖尿になっちまうクラス。

エド・ハリスにアンディ・ガルシアといった大物が出てるというに、きっと彼らもこの映画にゃ不満だろうな。


f:id:yoshibey0219:20180130031934j:image


けどま〜、「映画画質」再確認の素材にゃなった。

いいなぁ、これだこれだって感じ。

程良き暗がりの中の適度な明暗のスクリーン。映画画質というより、環境を含めての、

「映画館画質」

だね。

もとより映画館での体感とテレヴィジョンでのそれはまったく別モノなハズ。館と菅の差異が検証されないまま「映像と音声」という括りで映画が放映されているから、思えば両者ともどもにお気の毒。

ま〜、それは置き、ともあれ、いまどきのTV装置はブリューゲルの絵を静止画で眺めるみたいな場合はヨロシイだろうけど、正直なところ、そのシャープさゆえに疲れまする。

リアル過剰で逆説にヴァーチャルっぽく、こんなの求めてたっけ? ってな感もジンワリ。今後さらに8Kだなんて…、いよいよ映画を観る装置じゃ〜なくなるっぽい感想、ポッと沸く。

2018-01-25

カッコ悪いのなんの 

今年イチバンの冷え込みっぽい本朝東京界隈は1970年以来…、48年ぶりにマイナスの4度ということらしいけど、ここ岡山も冷えびえ〜。

その寒気寒風の凍てつきをものともせずにペダルを廻し、朝の9時、シティミュージアムのM前館長がバイシクルでやって来る。

もちろん用あっての来訪ながら、我が自転車と館長のそれを眺めつつ、どう扱えば自転車はカッコ良いか、などなど…、早朝の濃い談義。

なかなか有意義


f:id:yoshibey0219:20180125103344j:image


それで一興。

今回は、カッコウ悪さについてを。

徒然に…。


岡山駅前の地階、一番街のスターバックス コーヒーの横を歩くと、よく眼にするのが…、窓際でラップトップを開いてるオトコの子。

岡山外のあなたの街や町にも、いるでしょ?

Macが多い。


f:id:yoshibey0219:20180125103422j:image


あれは何を、してるんだろ?

訝しむよりも、可笑しみと寒〜い感じがわく。

ボクはこれを、クール・ジャパンな光景と云う。

カッコ良い自分を演出なさっての行為と思うけど、正直…、自慰を見てるようで、ヨカ〜ない。


人間だれしも、カッコ悪いコトはしたくない。

けども、70年代に早川義夫が『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』というアルバムを出してたけど…、今も昔も同じで、カッコ良くやろうとの振る舞いが傍から見るとまっことカッコ悪いというコトがショッチュウ起こる。


f:id:yoshibey0219:20180125103521j:image


で、こういうのは常に我が事として思わなきゃ〜いけない。

色々な場所や状況などなど顧みると、そうすると…、何だかカッコ悪い自分が幾重と見える。

自分を客観視するのは難しいけど、たぶん、本人のみが気づいていないのがアレコレ多々いっぱい、あるだろう。

我が事を云うのも何だけど…、そも、"覚悟"せず、その場の情動でモノ云うところ、コトを起こしちゃうのがいけない。

一歩間違うとセクシャルハラスメントな嫌男(ケンオ)な空気すら、もたらす。アルコールが入るとその傾向度合いが高くもなる…。

よ・ろ・し・く・な・い


ちなみに、セクハラというような縮めコトバをボクは嫌いなんで、ここでは極力に省略造語を使わない。スマホ、キントレ、スタバネトウヨインフラだのだの…、縮めて得があるんかしら? エッセンスが凝縮されるんかしら?

ブレランと縮めるホドに長いか、『ブレードランナー』は…。

インスタグラムはグラムが重いか…?

せっかくの生麺を即席麺にすり替えるようで、カッコ悪くうつる。


f:id:yoshibey0219:20180125103711j:image


昨年に観た原田眞人監督の『関ヶ原』では、上記した、"覚悟"の上のカッコ良さという"気分"が隠れたテーマだったよう、思える。

同映画で描かれた主役級の人物はいずれも覚悟のヒトとおぼしい。

役所広司演じる下腹が異様にせせり出た家康も、対するオカダ・石田三成も、彼の配下となった女性の忍者・初芽もそうだった。

見てくれの家康は実に醜怪で奇っ怪ながら、そうであって、よ〜く考えると、アンガイと自己を貫くところが大なヒトで、まったく好きになれないキャラクターながら、ヒトのカタチとしては際立っていてそれで奇妙な魅力が放射されていた。あえてカッコ悪く振る舞うコトで逆説にカッコ良い領域に自身を持っていったヒト…、と解釈してもいい。

けども原田監督をしてうまく描けなかった"覚悟"は、敗北が判ってから逃走に至る石田三成の情動だ。

当時の風潮、当時のプライドの置き方で考えるなら、まず…、自刃だろうに、そうはせず、装束を変え、なぜ彼は戦場から逃げ出したか? それもただ1人で。

逃走の果てに再興があったと信じていたか?

まさか捕まることを前提にし、家康本陣の門前に引っくくられて坐らされ、そこを通る緒武将どもの本音の気持ちを知りたかった…、ワケはあるまい。

その部分の心のヒダヒダ、逃走に至る覚悟の深度が映像的にうまく顕わになったとはいいがたく、ボクにはただの迷走にしか見えてこず、袋小路刹那の遁走でもって三成の価値、強いていえば映画の価値もそこでカク〜ンと下がってしまうのだった。

捕縛後の三成が妙に毅然としているゆえ余計、筆の運びを違えたような…、カッコ悪さが残るんだ。

事実、史実としての三成はその逃走によって評価が確定しているようなところも大で、それゆえこの映画がそこの部分に何か新たな光をあたえるかもと期待したんだけど…。

DVDが -2/7予定- 出たら再見し、感想が変わる可能性もあるけど…)


f:id:yoshibey0219:20180125103809j:image


幸いかなボク自身は三成や家康の苛烈な状況を生きていないから、こうやってノウノウと書き進められるお気軽に甘んじてるけど…、ま〜、外野的には、それもまたカッコ悪りぃ〜振る舞いの典型か?

フィリップ・K・ディックが70年代に描いた、無縁な2人の人物が電脳的交錯でもってシンクロナイズして両者が破綻あるいは一方が大きく飛翔するというような状況に置かれて、ボクが三成と同期したら…、ボクは三成の心情を了解して自身もまた遁走するだろか? あるいは三成にボクが影響をあたえて、彼をしていっそう奇っ怪ながらカッコ悪くはない、あるいはもっとカッコ悪い行動にうつせたろうか…。

とま〜、勝手な空想をするのは、そうカッコ悪いことではなかろう。


f:id:yoshibey0219:20180125103902j:image


最近になってやっと観たアニメーショングスコーブドリの伝記』(2012年)は賢治の原作を大胆にアレンジしてかなり秀逸な描写が続いて高得点かと思いきや…、最後の最後、ブドリが自己犠牲でもって救済をもたらすクライマックスで小田和正の歌をながして全てをダイナシにしたのも、カッコ悪い実例とみた。

その"テーマ歌謡"でもって、映画全部がひっくり返り、眼もあてられない…。

自己犠牲という部分をあえてクローズアップせず、ブドリ君の日常を淡々と描き、その延長上でごくアタリマエの行為として彼がとった行動を描写していたから光明ありと思っていたのに、ベタベタベッチャリな歌詞でスッテンコロリン。


f:id:yoshibey0219:20180125104017j:image


この映画のナレーションは柄本さんだった…。変に感情移入しない淡々としたコトバの運びが素晴らしかった。

それでフッと懐かしくなって、某BARでの写真を探した。


f:id:yoshibey0219:20180125104603j:image


『不思議の国…』のチェシャ猫のような表情で故MIHOちゃんが肩にのっている。ボクの髪はまだ黒く、オーナーの頬っぺはふくよかでチャーミング。

撮ってくれたのは柄本さんの芝居を岡山で実現させたO森さんだったっけ。いささか記憶が薄い。

柄本さんは芝居を終えた直後で燃え尽きた感濃厚。役から本人に切り替えているさなかと思える。他者へのシンクロナイズから自分に戻ろうとしている表情だ。だから口数も少なかった…。

しかし、その姿、黙した彼はカッコウが良かった。役者の凄みをこの時ボクは知って、息をのみもした、

撮ってもう15年が経つ…。久しぶりに眺め、燃焼、持続、朦朧、沈静、覚醒…、そういった単語が舞い、それゆえこのアニメーションの歌での締めくくりを残念に思いかえした。


グスコーブドリの伝記』と同様なことは、例えば、山田洋次の『たそがれ清兵衛』にも云える。

ここでも最後の最後、井上陽水の歌声で奉じられる詩がいっさいをダイナシにした。

たぶん、これらは…、映画監督が音楽を過大に評価し、自身の作品のグレードアップと思っての器用か、あるいは、昨今の"実行委員会方式"での製作サイドの出資額によるパワーバランスな選択なんだろうが、内情はどうあれ、まったく、ダメ駄目ノーグッド。

それらミュージシャンの、"つまらないポエジー"が映画を破壊している。

叙情が歌手の情緒に流されてしまった。

なので、これはカッコ悪さの見本に価いする。


f:id:yoshibey0219:20180125105159j:image


DVDで『たそがれ清兵衛』を再見するさいは、井上陽水の曲が出てくる直前で観賞を、終えるがいい。

いまさら云うまでもなく音楽はボクにとっても大事な呼吸の1つだけど、使う用途によっては諸刃な危なっかし〜火種にもなる…。


で。なぜか今…、小山ルミの『さすらいのギター』。

D

こういうストレートで、淡いけどとてもエロい歌って、今はないねぇ。

これホントは、楽器のみのインストラルメンタル。フィンランドのザ・サウンズというバンドの1963年の曲。

原題は「Manchurian Beat」。マンシュリアン・ビート。

訳すなら、「満州の鼓動」といったところか…。

フィンランドのバンドが何で満州なの? このタイトルじゃ売れないワ、との判断で邦題は意味さらに判らんチンな『さすらいのギター』。


D

それをさらに…、ガラリンコと違う内容な色っぽい歌詞を加えた1971年のカバーが小山ルミ。

ところがこれが意外や、なつかしく、逆にとても新しい。

とらえどころのない満州イメージより、ヴァージンロストのストレートな歌声がとてもヨロスィ〜し、邦題のギター云々は別にして…、エロい情景をあっけからんと歌って、いっそカッコ良さげ。


追伸:「グスコーブドリの伝記」をはじめて読んだのは中学生の頃と思うが、実は読み知るまで…、鳥の話と思い込んでた。

グスコーブ鳥


もう1つ追伸:片桐はいりさんに会えたかも知れないチャンスを逃した…。

 (>_<)

2018-01-20

庭先寒々

この前の講演からヒトツキちょっとが過ぎたけど、何か動き有りや?

S社のA記者から問い合わせ。

「この問い合わせこそヒット。動きじゃ〜ん」

笑って応対しつつ、明治の上之町界隈のこと、などなど…、やはりテキストだな、しゃべってばかりじゃダメじゃな…、小さくあせる。

対話後、小庭でユルユル喫煙。


f:id:yoshibey0219:20180119184430j:image


昨日今日とほんの少し気温がゆるんだっぽいが、冬庭は寒々しい。

日が射すと陰影がくっきりしてそれがまた余計、寒々しい。

夏秋は大いにおごって何度かトゲで痛いメにあって剪定もヤッカイな山椒の木も、トゲトゲしい骸骨のようで見るからに寒い。


f:id:yoshibey0219:20180119184517j:image


ささやかなビニール覆いも、半透明な寒色ゆえ寒々しい。

今冬は去年より寒い感が増量だから、庭先はあんまり眼にいれたくない。

とはいえ、どこに眼を転じようと冬は冬でしかないけど。


f:id:yoshibey0219:20180119184555j:image


ボンヤリしてるうち、中電工の車輌が3台やって来て、すぐそば電線工事…。

何かを追加加工しはじめる。電線光ファイバーか鳥対策か何だか判らんけど、そうでなくともタコ足配線めいた混沌のビジュアルがさらに悪化するのは必然。


f:id:yoshibey0219:20180119184635j:image


葉のないユスラウメの後ろに屹立のツイン電柱途上国のそれのよう…。

昨年訪ねた吉備中央町重森三玲茶室の真ん前に居座った無粋な電柱を思い出す。いや、無粋とかでなく…、あれは犯罪に近似るよ、景観を殺していたもん。


無残やな 冬枯れいちがつ 眼に寒々(かんかん) 


いっそ雪でも降って下界を白銀に変えてくれたら束の間の新規を味わうだろうけど、ただ寒いばっかりじゃ荒涼が進むばかり。眼が楽しむ術がない…、と毎冬繰り返しおもう。


楽しむで思い出したけど、『フォースの覚醒』のディジー・リドリーの頬が『最後のジェダイ』ではふっくらしてたのが…、いけなかったな〜。

ドラマの連続性がそれで事切れちゃって、彼女のデビューに喜んでたので余計、残念。かすかな変化だけど気がかりな寒さをおぼえたもんだ。


f:id:yoshibey0219:20180119184353j:image

※ 『フォースの覚醒』時の絶妙な頬のライン。これが今作にないの…。物語が深刻になるんだから丸くなっちゃ〜いけないのに。


この前、K氏が星覗きの夜のことを教えてくれたけど、−8度くらいの低温になる八塔寺備前市の山中)界隈のアウトドアではiPhone電池がほぼ瞬時に消耗するらしい。

寒さに弱いんだな。ひょっとして北極南極では使えないのかも?


f:id:yoshibey0219:20180119184915j:image

※ 八塔寺付近。天体写真家・吉田隆行氏の「天体写真の世界」より転載


この先、車の未来はEV化に向けてまっしぐらなんだろうけど、だいじょうぶかな、EV車のバッテリー

寒冷地じゃ〜エンジンかからない、走行距離が伸びない、雪の渋滞でバッテリー消耗、エンジンストップでえらいコトに… などが頻繁に起きそうな予感。

ま〜、そんな技術的難所は数年も経てばきっと越えられるんだろうけど…、我がMINIはあと何年踏ん張れるかしら?


f:id:yoshibey0219:20180119184726j:image


このアナログの極地はいつまでも愛すべき対象じゃあるけど、この冬はオイル漏れ。

ごく僅かな滲み出ながら、塵も積もればでいつの間にやら駐車場の床に浸みちゃって一見大量出血の図。

これも…、寒い眺め。


f:id:yoshibey0219:20180119184822j:image


眼を転じれば…、ミス・ユニバースには会ってゴルフ談義にうつつを抜かせても、ノーベル平和賞NGO核兵器廃絶国際キャンペーン」のフィン事務局長の面会は断る政界トップの、卑小。

彼女たちの来日に合わせるように東欧に出かけ、北のミサイル脅威を訴える不可解。東欧諸国は北の1発どころか既に数千発のロシアン・ミサイルの脅威下にあるわけで、何をやっているのやら?

この冬イチバンのさむ〜い情景とおぼしく、実に貧寒。


f:id:yoshibey0219:20180119185151j:image


夏ともなれば「寒」の字に出番がないけど、冬場は「寒」が出ずっぱり。

ま〜、しかたない。冬があるから春を期待できるワケだし、その変化こそが大事とも思えるし、じっさい、ミニミニなハウスの中では、微かな暖を頼りに、

「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍んで…」

小さいのが待機中。


f:id:yoshibey0219:20180119185302j:image

2018-01-15

天体嗜好症

年始がらみのパーティなどなど、いわゆる宴会のコース料理。4000円から6000円といった価格帯が多いと思うが、集う人数が多くなるに連れて店の選択も狭まり、さてそうすると、若干の味の違い、カタチの違いはあれど、どの店も概ねで新年っぽいメニュー、同じパターン。宴会がかさむと、

「またかぁ〜」

食滞気分が濃くなっちまう。

集いはそれぞれが違う性質、違う方々との合流だから、そこはま〜ヨロシイけど、テーブル上のそそられる華やぎという点では、内心、飽・き・ま・す・な。


f:id:yoshibey0219:20180114185044j:image

※ 13日夜の某新年会でのお料理…。けっして悪くないし、市内中心でない沿線の店ながら若い店主がガンバッて良い印象、好感だけど…、え〜、まぁその…、申し訳ないが舌はあんまり動かない。


それで、やたら呑んでばっかぁ…、というコトになって、さらにイケない。

ま〜、これもお付き合いという気分まで捨てはしないけど、いっそ…、会費7000円も支払ったのに、各種サバ缶食べ較べ・2時間呑み放題・ド〜ンといってみよう…、というようなバカなメに遭遇したいとも密かに願望する。

最後に出たのが、

「シメサバ」

というようなメに遭えば、それはそれで語り草になろう。


そんなパーティ系列なハナシではなく、ごくプライベートでのささやかシンプルな茶話会。

茶菓子にコーヒーティー。

毎年1月恒例な、K夫妻との我が部屋でのティー・パーティ


f:id:yoshibey0219:20180114191936j:image


K氏ときたら、ちかごろ休日となると夜毎に外出し、朝帰り頻繁のヒンシュクもの…、と云ったらウソになる。

行動はその通りながら、実は、星覗き。ヒンシュクなし。

天体望遠鏡を車に積み込み、暗さが確保できる場所、例えば備前市の八塔寺とかとかへ、イソイソ出向いちゃ、夜空にレンズを向けてらっしゃる。

で、下のような写真を撮る。


f:id:yoshibey0219:20180114185435j:image

※ K氏ことkuyama殿下撮影のM45星雲(プレアデス星団)。和名でいえばすばる座だ。


これを最初に見て…、正直、麺喰らったじゃなくって、ガツ〜ンな衝撃に近いメンくらいをおぼえた。

よもや、このような写真が撮れていようとは思ってなかったんで、

「うっそ〜!」

ビックリ・シャックリ・クリリンめだま。

「近年は廉価でも精度の良い望遠鏡やら装置があるんです」

とのこと。

そこでこたびの茶話会では、その辺りの消息をば聴き出すべく、根堀り葉堀りでアレコレ尋ねぬいちゃ〜、頭上に、

「!!」

ビックリマークを描いてた。

(廉価とはいえ、K氏も結局は装置一式に100万を超える大枚を費やしてるようで、やはり、!、ビックリマークですが)

夫妻の方は、こちとらのでっかいミレニアム・ファルコンにおったまげ〜ション、やはり、

「!!」

ビックリマークなのだったから、お相子だ。

かたやナチュラルなユニバース、かたやSF系ユニバースな模型、

「宇宙つながりでござんすなァ…」

などと北叟笑んで茶をすする。


f:id:yoshibey0219:20180114185548j:image

※ 8割方完成のM・ファルコン。残り2割は数ヶ月後にまた作業する…。熟成が進むのを待つワケだ。(むろん模型が熟成するわけはない。ボクの頭の中での模型との距離の熟れ頃合いという意味)


f:id:yoshibey0219:20180114185634j:image

※ K氏撮影のM33星雲。地球からの距離はおよそ300万光年


ワオッ! 300万光年の彼方…。

ということはこの写真は、300万年前の姿を今直視しているということなんだから…、星覗きというのは奇妙な時間旅行そのものだ、よね。

その300万光年の間には、写真に映ってる光点の1つか2つが消滅してたり大変化を起こしてたりもしてるワケで、でもそれが判るのは…、2018年の300万年先なんだから…、実にまったく言語道断な奇妙さだ。

写真に映る赤や青の光点はいわば1つ1つが太陽なのであって、その周辺には多数の惑星が周回していようから、光点の1つが消滅ということは当然それに付随の惑星たちにも大きなドラマがあるということだから、フ〜〜〜。溜息出ちゃうね。


いったい星の魅力というのは、何なのだろう?

その瞬きやら運行を思うと、地表上のアレコレな紛争やら闘争やらの政治的動きがまことにバカっぽく卑小に見えるのも自明だけど…、夜空の星々と空間には悠久の時間が潜んでいて、そこの消息に近寄りたいがためにヒトはついつい見上げちゃうのかしら…、などと若い頃に思ったこともあるけど、いまだよく判らない。

稲垣足穂はそこを「天体嗜好症」という造語で埋め合わせ、感覚言語の嚆矢とした。

うまいね、見事だ、素晴らしい。

けどもこれはあくまで感覚を文学的に表現したもの、感覚そのものを説明したものじゃない。


f:id:yoshibey0219:20180114185811j:image


だけども…、そもそも感覚は説明しなきゃ〜いけないか?

とある女の子を好きになったとして、その感覚を解説しなきゃ〜いけないとなると大問題。理論や論理で女の子を好きになったワケじゃないはずで。

それと同様、星を見上げる行為に解説やら註解は不要なり、だろう。

などと書きつつ、それでも何か、星を見上げるその行為の意味はまさぐってみたい。

『はるかな昔、遠い銀河系の彼方で…』

と、前置かれてスタートするスターウォーズ・シリーズを観ちゃうのも、その線上の、ボクなりの"星覗き"なのだろう。


f:id:yoshibey0219:20180114185909j:image

※ NGC4565と番号がふられている銀河。K氏撮影。

こういう写真たちを眺めると、どんな想像空想だって出来ちゃうね。


天体望遠鏡・追尾装置(赤道儀)・カメラ・モニター・パソコン…、次いでPhotoshop

今、天体観測ではPhotoshopはかかせないアプリケーションであるらしい。

骨まで凍える夜空の下で数分の露光を経て像が結ばれ、輝度や色調をPhotoshopで補正する。

ボクのような結論をいそぐ面倒がりには、ちょっと出来ないし、先夜ちょうどボクがとある夜会でチャカポコ呑んでるさいにも、彼は八塔寺のマイナス8度の低温の中、足先やら指先が凍えるのを堪えて写真を撮ってるんだから…、恐れ入る。

けども、手持ちの機材の中に天体画像が結ばれる刹那の気分は、

「やった〜!」

熱い歓喜そのものなんだろう、な。

Photoshopで補正するというのは、撮影者の意志というか主観を挿入するということでもあろうから、ただ撮影したというより、そこでアートに昇華させる力が強くはたらく…。

写真を完成させることで想像主になるワケだから、満足の度合いはたぶんに深そうだ。

が、それでいてやはり、被写体たる天体そのものは手が届かない遠方にある次第で、常にある種の物足りなさというかもどかしさというか…、もあろうかと思う。

ま〜、だから…、ミレニアム・ファルコンみたいな宇宙船が想像されて自在に天体間を行き来してみたい、みたいな願望もまた産まれるんだろな。

…などなど、なかなか形而上的優雅なおハナシをば進め、およそ3時間越えの茶話会を閉じる。


f:id:yoshibey0219:20180114190054j:image

※ 輝度が高すぎで明る過ぎの船体下部のLED照明…。

f:id:yoshibey0219:20180114190226j:image

f:id:yoshibey0219:20180114190222j:image

※ 上2枚、内装の1部。


f:id:yoshibey0219:20180114190318j:image

※ NGC4565ノートリミング版。K氏撮影。


K夫妻はいつも良い刺激をボクにくれる。ところどころで脱線ぎみに政治情勢などな形而下的オカズをいれつつ、あっという間の数時間。毎年思うけどこのティーパーティの時間の進みは尋常でない。異様に早い。

時間は一定不変じゃ〜ないぞと毎回勘ぐるけど今回は、夫妻帰宅後、「宇宙時間の官能」というフレーズが点灯。

2018-01-09

なぜSW…


ジョン・ヤングが亡くなった。

享年87歳。

と書いても、ニール・ヤングは知ってるけど、誰?

概ねこの人物を知る人は少ない。

でも、ボクにはヒーローの1人だったから、

「また地上の星が消えた」

哀悼しつつ、寂しく思う。(没したのは5日)


彼は、ジェミニ計画時に2回宇宙に出、次いでアポロ計画でも2回、さらにスペースシャトルで2回と、60年代からなが〜くNASAで活躍した宇宙飛行士だ。

なぜヒーローかといえば、この人の反抗的振る舞いに好感していたから…。

巨大な体制の中の限りなく上層にいながら、ジョン・ヤングは名の通り、若さを、怒れる若者の気風を失わない人だった。

1965年ジェミニ3号でのフライトではこっそりサンドイッチを船内に持ち込んで喰い、当時の常識であった宇宙では練りハミガキのチューブみたいな液状食品でないとダメに反撥をみせてNASAを揺さぶった。

アポロ10号での月着陸への予行演習(月面に降りなかっただけで次の11号と同じ飛行行動)ではNASAが"科学的"に準備し推奨したビタミン補強としての船内食料の1つオレンジに対し、

「食すたびにガスがたまり、とても臭いオナラが出る。極小の閉じた空間で3人の男が10日以上を過ごすコトを考えろよ」

フライト後、医療関係者に盛大にイチャモンをつけた。

後のNASA用語のオレンジ警報(Orange Alert)はこれが語源というジョークもある。

スペースシャトル計画がはじまると、計画の卑小さを徹底して批難し糾弾した。

けども、シャトルの第1回めの試験飛行のさい、はたしてグライダーとして機能するのかしら? 危ね〜ぜ…、の声をよそに、彼はコロンビア号の船長として搭乗、見事に操縦して重責を担い、シャトル使用の道を開いた。


f:id:yoshibey0219:20180109030151j:image


この人の、ただの文句野郎ではない気質がボクは好きだった。

NASAを運営する方々や現場の方々にとって、たぶんジョン・ヤングは煙たい存在だったような気がしないでもない。

けども、例えば転じて『スタートレック』のカーク船長の振るまいを眺めれば、会社(軍)のいうコトを何でも素直に受け入れるのではないヒネクレが、カークをカークたらしめているのと同様、ジョン・ヤングはそのモノ言いによってヤングをヤングたらしめ、結果として組織を強固にする粘着材的存在だった…、とそう思えて、な〜かなかこの人、頼もしくカッコいいのだった。

神経質そうなその顔立ちも好感だったし、そこに濃い印象が残って、ボクの眼にはいわば"名優"の1人として映えていた。

あらため謹んで、冥福をいのりたい。


f:id:yoshibey0219:20180109025950j:image

※ 月面で星条旗に敬礼するジョン・ヤング船長(1972年4月のアポロ16号)


さてと…。

1月は各種パーティの月。大小の集いが幾つかだけど、それは置いて、ジョン・ヤングの訃報を知ったゆえ…、宇宙がらみで、今回はすすめる。


最近のこのブログを読んだか、

スターウォーズお好きなんですね〜」

先夜、某にそう云われ、むず痒くって苦笑した。


だって、ダースヴェーダー誕生篇たる99年から05年にかけての3本はDVDすら買わないほどに評価しちゃいないし、シリーズを通してフィーバーしているワケでもなく、平たく好いてるというには遠い。

だから、その指摘がむず痒ゆかった。


f:id:yoshibey0219:20180109030246j:image


なるほど、はるか前の第1作や2作目が公開された頃は過熱し、夢中になりましたァ。身辺にはSW関連なグッズも点在する。

けども回を増すごとトシを増すごと冷却が進んで、遠縁の子を眺めてるようなクールダウンした気分の方が、今は高い。

ジョン・ヤングじゃないけれど…、賛同でない批判の立ち位置に往々にして、いる。

だから苦笑した。


1977年 新たな希望      70点

1980年 帝国の逆襲      75点

1983年 ジェダイの帰還    45点

1999年 ファントム・メナス  5点

2002年 クローンの攻撃    5点

2005年 シスの復讐      3点

2015年 フォースの覚醒    55点

2017年 最後のジェダイ    50点


点づけるなら、ま〜、こんな感じ。(スピンオフ作品は省く)

SFとして評価できず、ファンタジーっぽいスペースオペラとしても評価できず、要はシリーズでなく単品で、せいぜい最初の2作があれば…、それで良いという程度なもんだ。


f:id:yoshibey0219:20180109030410j:image


工作を進めている模型とて、これはある種の卒業製作みたいな気分が濃ゆいし、ミレニアム・ファルコンという宇宙船が好きなのは、これがCGでなくって模型撮影されたアナログ時代のモノだから…、だろう。

マペットのぎこちない動きのヨーダがCGのヨーダよりはるかにチャーミングだったのと同様、スターウォーズにボクは手作りな感触を欲くしてるんだろうな。

撮影で使われたオリジナル模型の、その同寸のレプリカという点も、好もしい。

ま〜、もっとも…、そのサイズと重さゆえ、工作にナンギしてるワケだけど。


だから熱狂して映画館に出向いてるフアンではなく、とはいえ、ウダウダ書いてるところからして、嫌いでないコトもまた確かで…、スターウォーズはある種のバロメーターとして"機能"しているような気がしないではない。

若い頃に体感した熱の残滓が新作があるたび古傷が疼くように少しホットになるみたいな、そんな感もチラリ。


宇宙モノで…、大好きで〜す、と云えるのは、たとえば1954年の『宇宙戦争』あたりかな。

当然に映画館で観たワケでなく、中学3年の頃に自宅の白黒TVではじめて見て…、ビックラこいたよ、これには。


f:id:yoshibey0219:20180109030459j:image


火星からやって来たマーシャン・ウォー・マシーン(侵略戦闘船)のデザインが秀逸で完璧。

友好出来ると信じた牧師が瞬時に焼かれるシーンや、その後の圧倒的な戦力差の描写、パニックに陥ったヒロイン、原爆を使用して対峙したものの平然と浮遊するマーシャン・ウォー・マシーンの描写、暴徒と化した人間の悪性、追い詰められた人々が無力と判っていても教会にすがる描写などなどなど…、今観ても、どのシーンも素晴らしい。


f:id:yoshibey0219:20180109030553j:image


マーシャン・ウォー・マシーンが複数のワイヤーで吊られているのは画面上でハッキリ見えてしまってるんだけど、そこもまた良くって…、結局、それを見てるコチラは頭の中でワイヤーを消去しつつ観賞してるワケだ。

だから、映画に"参加"してると云ってイイ。

この"参加"が映画のツボかも知れない。

今時のCGは、その参加を拒んでただ見せてくれるだけでね…、つまんないのさ。

スターウォーズもそうだ。


f:id:yoshibey0219:20180109030649j:image


今、ミレニアム・ファルコンのでっかいのを工作しているのは、そうやってボクは、いまさらに"参加表明"を行っているようなもんだ。

むろんキットをキットのままに組み上げるみたいなツマンナイことは、しない。

改造し、追加し、頭の中のミレニアム・ファルコンをカタチとして掌握しきりたいワケなのさ。

映画のプロップ1つに哲学出来ちゃうホドの年齢に達して…、哀しいような悦ばしいようなゼッタイ的自己同一矛盾的おかしみもおぼえるけど、でも、ま〜、数歩さがってみれば、多くの方にはど〜〜でもイイこと、

スターウォーズお好きなんですね〜」

一言で括っちゃえるようなモンですけどな、こういうのは。

2018-01-04

始動

大晦日に恒例化した、4人での「ゆくとしくるとし」。

こたびは某郵便局長君とのスケジュールが合わずで3人に。

3者ともども『最後のジェダイ』を観ているので歯車の回転が速い。

共通見解は、

スターウォーズ的混乱」

そう、かつての『帝国の逆襲』で描かれたルークとダースヴェーダーの血縁関係暴露での、そのルーク・スカイウォーカーの、

「ノ〜〜〜〜!」

の叫びでもってこのシリーズは混沌世界に堕ちちゃったという見解。

そこをネタにキャラキャラ笑ってる内に2017年2018年に変化。


より濃くなった混沌の、予測不可能な年がスタート。


f:id:yoshibey0219:20180104030452j:image


あっ

という間に過ぎる三箇日。


やたら早起き。

朝からお屠蘇。というか燗酒。

銚子が3本4本…、良い具合良い調子にすすんで餅。

4つか5つ。


f:id:yoshibey0219:20180104030552j:image


赤らんだ顔を窓辺に寄せ、陽が射し、翳り、また射してくるのを眺める。

甘い午睡。

どこにも行かない。

詣でない。

何も買わない。

喰っちゃ〜寝・くっちゃ〜、ネ。

それが我が正月。


f:id:yoshibey0219:20180104030630j:image


そういう次第なので4日の、酒と餅のない朝はチョイ寂しい。

でも〜、メリとハリ。

お屠蘇と餅はまた来年につなげばヨロシイ。正月以外は餅は食べないので、いわば362日のガマンなり。

しかし、4日の早朝は三箇日にない冷え込みだな〜、と体感したらアンノジョウ、庭池が凍ってる。

県北やらの寒冷地じゃ、こんなのは薄氷に過ぎないけども、なんだかちょっと正月っぽい。


f:id:yoshibey0219:20180104080425j:image


今年は、自分の1部の振る舞いを反省しキモに命じて抑制し…、是正に努める。

と、自分に願かけ約束す。

自転車転倒の後遺症じゃ〜ないけれど、モノとヒト、わけても後者との…、距離の測量間合いを慎重に。

と、そういう次第。


さっ、ゆるゆる始動。

年末からテーブルを占拠したミレニアム・ファルコンに若干の工作。

改装と久々のコンプレッサー塗装。


f:id:yoshibey0219:20180104030817j:image

f:id:yoshibey0219:20180104030813j:image

f:id:yoshibey0219:20180104030808j:image

年明けから卓上は混沌の極み…。

2017-12-30

さぁ年末


f:id:yoshibey0219:20171230151821j:image


すべからず頃合いが難しい。

サイズとスケール。


f:id:yoshibey0219:20171230151818j:image


足りず、過ぎず、の均衡。


f:id:yoshibey0219:20171230154225j:image


偶然の遭遇。


f:id:yoshibey0219:20171230152101j:image


ギタリスト達の笑み。



f:id:yoshibey0219:20171230152149j:image


満員の映画館。


f:id:yoshibey0219:20171230151812j:image


梅蘭のうまい焼きそば


f:id:yoshibey0219:20171230154417j:image


冷却と過熱。

沈潜。呵々大笑。


f:id:yoshibey0219:20171230152617j:image


………。


f:id:yoshibey0219:20171230151815j:image


数日先の戌の笑み。

終わるもの。

終わらないもの。


また来年。

2017-12-24

明治のクリスマスの頃

明治時代の12月24日や25日を…、思う。

一応は宗教自由が解禁された時代。とはいえ、ごくごく1部キリスト教徒の家庭以外、聖夜を祝う慣習などない。

だから当然、ケーキもプレゼントもない。

それで瞬間に、「あら、寂しいわね」と思ってしまったけど…、慣習にもなっていないんだから寂しいなんて気持ちは湧いてこない。あと1週間で年が変わるというコトで妙にソワソワした感が増幅してるだけの2日だったに、違いない。


f:id:yoshibey0219:20171223195548j:image

一般家庭向きにサンタクロースが本で紹介されたのは明治31年らしい。

亜公園が開園して6〜7年後だね。"さんたくろう"というのが可笑しいし、個人的には…、Kurose歯科医殿とマ〜ちゃんを白味噌で和えて煮詰めたような顔も好もしい。


ま〜、サンタが苦労してるのは置いといて…、先の講演でも解説した例の亜公園は、明治24年の10月より工事がはじまってる。

落成しオープンしたのは翌年の3月21日。

7階建ての集成閣をはじめ、敷地内の夥しい建物いっさいが、わずか半年で出来上がってるワケなんだ。

建築専門家でないボクは、その僅かな期間が怪しく思え、訝しんで、

「そんな短期間であれだけのものが出来るワケね〜や」

ず〜〜っと疑問視していたんだけど、明治期家屋の専門家でらっしゃるノートルダム清心女子大のU教授の部屋で懇談したさい、氷が溶けるみたいに謎が解け、ちょっとした歓喜を味わった。

江戸時代から明治にかけての、建築における職人らの気質を教授から聴いて、なんだか炯々と眼に映えるような鮮烈をおぼえて、眩くもあった。


f:id:yoshibey0219:20171223195634j:image

亜公園の模型写真(ごく1部) 集成閣と天満宮


以下は自分宛のクリスマス・プレゼントとして記述する。(苦笑)


江戸の職人は往々にして、

「宵越しの銭は持たね〜」

とか云って、稼いだ金をその日の内に散財しちまうというのが、ま〜、よく聞くハナシじゃ〜あるけれど、それは何も江戸という地域限定じゃ〜ない。

地方の職人、この岡山もそれは同じ。

で、彼らを代弁して云うなら、稼ぎを一夜の呑み喰いに費やしてしまったワケではない。

それは誇張というもんだ。

彼ら職人は、例えて云うなら、500円で請け負った仕事を、600円だか700円だかな経費と手間を費やして仕事をこなし上げ、クライアント側の、発注より素晴らしい出来具合いにビックリ喜んでる表情に向け、

「ま〜、こんなもんでさ〜」

さも平然と装う…、という次第での"散財"なのだった。

当然に自分へのご褒美として、毎夜に呑みもするから…、余計に金はなくなる。

職人の女房には迷惑このうえない。家に金を入れずで、1人、女房殿は苦労する。


f:id:yoshibey0219:20171223195746j:image

※ 明治23年に撮影され彩色された大工職人たち。手前の2人はまだ子供の年齢なんだろうけど見習いをやってるワケだ。


古今亭志ん生の『大工調べ』の可笑しみを持ち出すまでもなく、かつての左官大工ら職人全般は、徹底して、

「いい仕事してますね〜」

な、誉れこそが生き甲斐と云ってもいい。

そこに"粋"をみ、それが"生きる"と同義であったよう思える。

思えば、最近ブームになってる北斎だけど、はるか20年前にマンガ家の杉浦日向子北斎とその娘・お栄の魅力を『百日紅』で、実に凛々と描いて、職人の気質を存分に見せてくれてたなぁ…。


f:id:yoshibey0219:20171223195932j:image


江戸期、明治期の職人気質というのは、まず競争原理の中に立っていて、職人同士で競いあっている。(北斎たち絵師もそうだ)

より良い仕事を達成させて仲間から、あいつはスゲ〜…、と思わせたい。

その上に、施行主の依頼を上廻る、いわばビックリさせるような仕事成果を見せたくって、いけね〜。

そういう性質(たち)なんだ。

だから、手間を惜しまない。

当然に自分が納得する仕上がりでなくっちゃ〜いけない。

自ずと経費もかさむ。

赤字なんぞはマッピラ御免だけど、ゼニ勘定よりはるか上に、「いいワザをみせたい」があるから、かなりの確率で収入より支出が多くなる。

納期をキッチリ守って、その期間中にビックリのワザを見せるのが、当時の職人というものらしい。

実にヤッカイな性質というか気質なのが、ま〜、職人なのだ。


f:id:yoshibey0219:20171223200019j:image

※ 亜公園の模型写真。これが全体ね。


なので、

「多数の家屋ながら亜公園は半年で完成したでしょう」

と、教授はほぼ断言した。

むろん当然、今のような、労働時間の制約はない…。場合により夜明けから陽が陰るまでと、1日8時間なんて〜制限でない時間軸の中でもって、自身を発揮させていたワケなのだ。

便利な電動工具はない。

トラックも重機もない。

あるのは長年使い続けた手足の延長みたいな小さな道具類のみ。

徒弟制度だから、棟梁たる彼の下、何人もの配下がいる。

その配下もことごとく、良い仕事をば見せようと懸命だ…。

ましてや年が変わろうとする1週間ほど前の12月24日や25日は、当時の職人さんらは、自身の中で"年内にはここまでヤッちゃうぞ"の意気込みに燃えてる頃と思え、夜明けから夕暮れまでノコを引き、金槌を打ちと…、がんばってたに違いない。


ましてや亜公園オーナーの片山儀太郎は若いながら県内最大規模の木材商だ。

このオーナーの眼を誤魔化すような作業は出来ないし、当然、誤魔化すような気もない。むしろ高いプレッシャーをおぼえつつ、それをはねのけるだけの良い仕事をと…、励んだはずなのだ。


亜公園建造の場合、中張亀吉という大きな棟梁がい、その下にサブの棟梁がいて、その下に多数の大工左官や屋根葺き職やらやらがいた。

それが100人なのか200人なのか、あるいはもっと少ない人数だったかは判らないけど、凍えるような寒さの中でトンテンカンと普請している図は想像できる。


数少なく現存する当時の亜公園の写真をば眺めるに、どの家屋も立派で豪奢で、安普請の匂いは微塵もない。

亜公園閉園後に、集成閣をはじめ幾つもの家屋が他所に移されて転用された、という事実からも、亜公園の家屋が良い姿カタチであったと断言出来る…。当然に使われた木材も良いものだったろう。

たとえば亜公園内にあった管之家(常磐木)という旅館ケン風呂屋の家屋は、新造されつつある宇野港の、数多く必要な港湾事務所のメダマの1つにと買われ、再組み立てされた。


f:id:yoshibey0219:20171223200112j:image

※ 常磐木の模型。湯屋を兼ね、県北の鉱泉を宇甘川・旭川を経由、わざわざ運んで湯にしていた。ちなみに常磐木の茶席は、大獄事件で無実のままに処刑された森近運平が常連客だった。


f:id:yoshibey0219:20171222051937j:image

※ 植木職人見習いのデッチ少年達が樹木を運んでる図、亜公園内にも庭園があった。(この写真は亜公園とは関係ないけど、イメージとしてはこの通りだったろう)


彼ら職人の気質を思うに、その元締めたる中張亀吉を含め、亜公園構築事業で"大いに儲かった"というアンバイではなかったような感がする。

亜公園開業後にオーナーの片山が中張に運営の1部を任せているトコロに、その顛末が見えもする。

良い仕事をしてくれた…。なので、それに報いるために、入場収益の1部を中張氏に入るようにしたオーナー片山の気配りも何だか淡く見えてくる。開園と同時に亜公園では『亜公園漫録』という岡山初の観光(景観)ガイドブックを細謹舎から刊行したけど、その著作料が中張氏に入るようにとか。

昨今のリニア談合でもって利益分配していたと糾弾されてる大林組などの建築業とは、ど〜も営みの基本が違っていて、いっそ明治期の彼らのスピリッツの方がとてもクリーンで美しく…、おもえる。

当時の職人の多くは、背や腕に彫り物をいれてるんで一見は、怖っぽいけど…、その姿の内側には良性な職人気質が熱く躍動しているワケなんだし、またその誇りの示し方としての彫り物なのだから、眉をしかめるようなもんじゃ〜なく、むしろ文化的諸事情の中にしっかり定着した美しいものだったと思うのがよい。


f:id:yoshibey0219:20171223200511j:image


ともあれ、大掛かりな複合娯楽施設の亜公園は、わずか半年あまりで完成したワケなのだ。

たいしたもんだ。明治の職人たちのガッツポーズが見えるようで、ちょいとそこに参加し…、振る舞いの御神酒など、お流れを頂戴したいような気も、する。


片山家ご親族から直に聞いたハナシだけど、片山儀太郎は開園後は船着町(京橋)の自宅から亜公園まで、紋付き羽織って馬で通ったらしい。

当時とて、乗馬での通勤はそれほど実例がない…。

これはどういうコトかというと…、彼の自信と誇りをそうやって彼は、見せたかったんだろう。良いものを創り上げての堂々たる気分が物静かなこの人物をして、昂揚させて、そうさせたに違いなく、亜公園は岡山市民への驚きのギフトであると共に、いわば彼自身による彼への大きなプレゼントだったという気がしないでもない。

2017-12-19

最後のジェダイ ~笑撃のブラ~


映画を唐揚げで例えるなら…、STAR WARSシリースの第1作たる『ニューホープ』はカラッと揚がったファーストフードとして上出来な逸品だったけど、回を増すごとにカラッ味減少、油が染み過ぎベタッと重たく、見終わると、胃がもたれるみたいなトコロがないワケでない。

けれどしっかり観ちゃってるのは、古い友達に会う…、みたい馴染みがあるからで、だから当然に、「あいつときたら」と舌打ちして苦笑してるようなもんだ。

で、こたびの新作。

京劇ライトセーバーの舞いやら配役やら最後の戦闘シーンでの赤い砂塵の扱いにイメージとしての「三国志」のレッドクリフ(赤壁)に重ねたようなアンバイやらが、いかにも中国市場を見込んでの配慮というように映りもするけど、レイ役のディジー・リドリーが前作同様にチャーミングで、そこはジューシー。前作でミレニアム・ファルコンの副操縦士にならないか?とハン・ソロに誘われ、断ってしまったさいのしかめっ面が最高だったし、こたびも良い表情を見せてくれる。


キャリー・フィッシャー没後にして当然に最後の映画…。

映画でも現実でも、まさに世代交代をマノアタリにさせられ…、ラストの配役とスタッフ名のスクロール時、ふいに音楽がとだえ、キャリーへの哀悼が表示され、そこからまた次第に音楽がテンポ良きなものへと変わる流れに、悲哀含みの感傷をおぼえつつ『ブレードランナー2049』と同じく、あえてメルパ岡山で観賞。

イオン岡山に較べ、トイレへの距離が短いのがヨロしッコ。

でも、こたびは爽やかにも途中での行軍なし。


f:id:yoshibey0219:20171219050132j:image


映画鑑賞後、ごく小数での忘年会+クリスマス会。お鍋をつつきつつスターウォーズ談義もそえてアレコレ花が咲く。

しかし途中で、

「最近は男性用のブラジャーがあって売れている」

とのハナシになり、当方まったく、それを知らなかったもんだから、悶絶。

同性愛的流れの中でのものでなく、オシャレな感覚で着用しているらしき実態を聞くにおよび、衝撃と笑撃のゴッタ煮モミ苦茶、スターウォーズなハナシがフッ飛んで

「ワケわかんね〜!」

悪寒めくな不愉快ぶくみな大笑い。

「うちに帰ったら検索してみッ」

と、Chika君が云うんで、ちょいとそうしたら、

「うっそ〜〜!」

楽天でもアマゾンでも平然と売られてんじゃないの。

ヒトの趣味趣向に口出しはしないけど、『最後のジェダイ』のキャッチコピー「光か、闇か…」を踏襲して云えば、闇にきまってるジャンそんなの着けるのは…。世も末だわ。


けど、くじけてる場合でない。

映画も観た次第ゆえ、デアゴスティーニミレニアム・ファルコンに眼をむけ、メンズ・ブラの気味悪さから遠ざかる…。

光の速度じゃないけれど、これは亀の速度ながら工作進行中。


f:id:yoshibey0219:20171219050239j:image


作業デスクに乗りきらないデッカサがやっかいながら、模型は逃げやしないから気長に、亀さん速度でジワジワ歩を進めるっきゃ〜ない。

f:id:yoshibey0219:20171219050234j:image