マルタの鷹


マルタの鷹 [DVD]

マルタの鷹 [DVD]


 先日見た『カサブランカ』から、ハンフリー・ボガートつながりで。
 まぁ、ハードボイルド方面にはあまり今まで触れてきませんでしたが、「サム・スペード」の名前くらいは聞いたことあったわけで。正直、その名前にピンとくる事が出来なかったら、この作品も手に取れなかったでしょう。


 で、見終えての率直な感想として……もうストレートに、「カッコいい」、でした。やっぱこういう映画で、期待通りにそう思えるっていうのは幸せだぁね。
 特にこう、『カサブランカ』ではハンフリー・ボガートの良さというか、魅力がいまいちしっくり腑に落ちなかった部分があるのですが、このサム・スペードはストレートにストンと胃の腑に落ちました。こりゃカッコいい。


 頭のキレるヒーローがたまに見せる茶目っ気、というのが無類に好きなのですよ。それはもちろん、茶目っ気を見せられる余裕も含めてって事なんだけど。アメリカで作られた作品に登場するヒーローたちは、土壇場でもジョークを飛ばせるくらいの茶目っ気がわりと備わっていて、そういうのにはずっと憧れてきた気がする。
 もちろんただ軽いだけじゃなくて、内心の奥底には、底堅い意志も持っているというような……。
 そういう意味では、サム・スペードは私の中でパーフェクトなアメリカン・ヒーローだったのでした。


 作品としても、展開がとんとん拍子に進んで、退屈する事のない緊密な脚本でした。エンタメとしてよく出来てる。


 話の鍵を握る「マルタの鷹」については、かなり大仰なバックグラウンドが語られて、その辺がサム・スペードたちのリアリズムと相容れない要素に見えたのでいささか戸惑いましたが、まぁしかし、だからこそ彼は「くだらない」って切って捨てられるわけで、大仰な歴史の謎を巡る空騒ぎから、見事に実利だけ取り出して見せたサム・スペードの手際に感心すべきなんでしょう。


 そんなわけで、ほぼ突発的な思い付きで手に取った作品でしたが、非常に実り多い視聴体験でした。

 ニーベルンゲンの歌


ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)


 なんとなく中世の騎士物語。これも名前ばかり耳にしていて、物語の中身は今回初めて知ったような感じ。
 色々、想像してたのと違うなぁという感じは多々ありました。物語の半分くらいは、中世の騎士や王様たちのVIP歓迎・贈答お付き合い作法の絢爛絵巻という感じで、この時代の文化風俗の面で興味深いと思いつつも、個人的に年賀状書くのすら面倒というお付き合い無精人間として、いささか居心地悪い読み心地でありました(笑)。
 ジーフリト(ジークフリートという呼び名の方が親しみ深いですが、本書ではこの表記)の竜退治とそれによる不死身設定など、ファンタジーっぽいところもありつつ、基本的にはリアリズム寄りの宮廷物語でありました。プリュンヒルトとの力比べの際に用いられた隠れ蓑くらいですかね、スーパーナチュラルな要素。


 むしろ、リアリズム寄りの物語だからこそ、色々と展開が身に迫って実感されたという部分もありまして。特に、最初はグリム童話なんかにも出てくるような、典型的な大人しいお姫様に見えたクリエムヒルトが、ちょっとした食い違いときっかけでプリュンヒルトとの「女のプライド対決」に突入してしまい、圧倒的1ターンキルでプリュンヒルトのプライドを葬り去る劇的展開に、心底恐怖して震えました(笑)。いや、ここ一年ほど読んだ中で、もっとも戦慄したかもしれないw
 プリュンヒルトは劇中、恐るべき膂力を示して、並み居る勇者を寄せ付けない圧倒的強さを示し、ジーフリトによって辛うじて勝てるくらいの人物なのですが、それがお箸より重いもの持ったことなさそうな箱入りお姫様に、言葉一つで粉砕されて泣き崩れているという、すごい場面だったのでした。ペンは剣より強いって言うけど、これは……。
 いやはや人間って怖いッスw


 そして後半は、怒涛のバッドエンドへ向けて着々と進んでいくわけですが。
 なんかこう、この作品、もう最序盤の冒頭からずっと、「これが後に大いなる悲劇をもたらすのである」みたいな、とにかく最後は悲劇になりますよって事をくどいくらいに、もう数ページに一回くらいのペースで語り続けるんですけど(笑)、そんな「バッドエンド予告」が終盤になるほどにペースを上げて行って、もうなんだこれ、っていう感じに。
 全体的に、かなり特異な構成の話になっているようで、現代日本の物語のパターン、いわゆる「お約束」を念頭においてると、容赦なくそこが外れていくんで、そういう展開の意外さがまた面白かったりもしました。あ、この人物、この流れでこんなセリフ言ったら絶対討ち死にするな、と思って見てたら生き残ったりとか(笑)。
 ジーフリト暗殺をはじめとする陰謀を主導したトロゲネのハゲネとか、そういう人物なら普通は真っ向勝負には弱そうというイメージでいたら、これがとんでもない豪傑でめっぽう強かったり(笑)。


 最後の方の連戦は、さすがに読みごたえがありました。戦いそのものも、またそこで交わされる人間関係とかも、物語として大変魅力的で。
 またね、一部すごいキャラが立ってるわけです。ハゲネと共闘するフォルケールとか、ヴァイオリン弾きなのに、そこらの一般兵が束になってかかっても敵わない豪傑で、言動も荒くれ者だという、すごいキャラ立ちしてるわけですよ。これがまたカッコ良かったりして。
 そんな感じで、全体のストーリーから細部に至るまで、見どころの多い楽しい読書でありました。
 さて、次。

 仕事と日


ヘーシオドス 仕事と日 (岩波文庫)

ヘーシオドス 仕事と日 (岩波文庫)


 岩波文庫で復刊されてたのでサクッと読んだヘシオドス。
 薄いしすぐ読めるだろうと思ってたのですが、内容がこう、不出来で働かない弟にヘシオドスが説教するというのが主筋なせいで、いささか読んでて眠くなりました(笑)。
 まぁ、紀元前ギリシャで起こった論争について、どちらの言い分が正当なのかとかはどうでもよい話ではありますが……。


 逆に、英雄叙事詩ではなく、農事や航海の方法を叙事詩として歌い上げるという特異さという、解説で触れられていた部分については多少興味は湧きました。これがエンタメとして受け取られる土壌、またそう受け取ったのがどういう人々だったのか、という部分ですかね。
 まぁ、この作品を現代人が、エンタメとして読めるかと言われると微妙な部分もあるかもしれない。
 ただ、古代ギリシャに生きた人々の生活、暮らし、風俗なんかを様々な角度から肉付けしてくれるという意味では大変面白い本だと思いました。種まきをする時期を何で知ったのかといった部分はもちろん、たとえば荷車について「我々が普段使ってる荷車が、百個以上の部材を組み上げて作られる複雑なものだと分からずに、必要になって作ればいいなどと思っていると痛い目に遭うぞ」みたいな事を言ってる記述があったりして、この時代の農業器具がけっこうハイレベルな代物だったらしいと実感できたり。
 やっぱり、知識だけじゃなくて、実感できるって大事だと思うわけです。


 同時収録されてる「ホメロスとヘシオドスの歌競べ」も、単純に史実としてのホメロス、ヘシオドスの事績を知りたいなら、ここから汲めるものはあまりないのかも知れませんが、例によって私は伝説その他、周辺情報も扱っている者なので、大変面白く読みました。ホメロスが、オデュッセウスの孫にあたるなんて説もあったんですな。


 そんな感じで、小粒ながら得るものは少なくなかった、そんな読書でありました。