喋りすぎる自分が嫌いだ。喋りすぎる、というのは自分で判断したものだけど。子どもの頃からよく喋る。その日あったことをとめどなく話し続けても、母は笑って聴いていた。実際は五分五分でしか聞いていないから、余裕そうにいられたのだ。発声欲みたいなものがいつもあったので、授業の発表や歌の時間は全く苦ではなかった。内弁慶なところがあるため少しは緊張するが、どこかで「失敗したらしゃーない」的な諦めみたいな気持ちが常にあった。成功したのかもしれないし、失敗もあったのかもしれない。今までをあんまり思い出せないけれど、きっとなんとかなってここにいる。それは私に“なんとかする”能力があるわけではなく、私の発声(発言)…